戦争がしばしばそうであるように、あの戦争も突然始まった。だがあの戦争が他の戦争と違ったのは、国家間、あるいは国家内での争いではなかったということだ。それどころではない。地球に住む人間たちのほとんどが、一丸となっていた。にもかかわらず、相手の正体もわからなかったあの戦争は、開始以来ずっと互角以下の戦況だったのだ。
南米とアフリカを中心に、相手は侵攻を開始した。それが侵攻と呼べるのかどうかははっきりしない。相手は突然あらわれはじめたからだ。前日までは何もなかったところに、ある日いきなり金属製のドームが出現している。近づいた人が、エネルギー弾の攻撃を受けて一瞬で消滅する。敵意の有無はわからなかったが、危険で破壊力があるということははっきりしていた。そのうちに移動砲台と言うべきものや、戦闘機と呼べるような飛行機も出現するようになった。それらは一貫して遭遇する人間や人工物を手当たり次第に攻撃した。国家や団体に関係があるとは考えがたく、被害は加速度的に増大した。各国の軍隊が出動したが、それらに対して有効な攻撃は殆どなかった。
それでも、俺にとっては文字通り遠い世界の出来事だった。北半球に住む俺からは物理的にも遠いところだし、まして実感など全くわかなかった。むしろ正体不明であるという事実の方に俺は興味があった。
そのうちに相手の呼び名が、「先住地球人」という意味の言葉に決まった。ナスカの地上絵の側に、はかったように正確な2*4の長方形型に並んで出現した材質不明の塔が、とても地球外から来た者の仕業とは思われなかったからだ。ただし、目撃されたのは機械と建造物だけで、「先住人」らしき姿を見かけた者は居なかった。
連合軍──国家連合軍は苦戦続きだった。先住人の兵器の物理的な能力は連合軍の最新兵器とでも比較にならなかった。先住人の最も戦闘能力の低い戦闘機を一機落とす間に、最新鋭の戦闘機が平均三機撃墜された。苦戦というより、勝負にならなかった。
俺が白昼夢を見始めたのは、その頃だった。
最初の何回かは、無数のと言っていいほど様々なイメージが頭の中に次々に現れては消えてゆくという、支離滅裂なものだった。そのうちにイメージは具体性を増してゆき、まただんだんストーリー性が増してきた。
そして、同じストーリーが何度も繰り返し現れるようになってきた。近未来のようなイメージだった。
生体コンピュータが実用化され、ついに本当の「人工知能」と言うべきものが完成している、そんな世界での話だった。大型のバイオコンピュータに地球上の人間生活は管理されている。幸せそうに暮らす人々。だが何故か、破局らしきものが訪れる。飢饉が起き、大洪水で大陸が水没する。太陽系外の惑星に移民するひとたち……。
迫真のイメージに、俺はわくわくした。しかし流石に何度も何度も見せられて覚えてしまうと飽きてくる。七度目くらいにイメージが現れた時、俺は口には出さずに、結局どうしろってんだよ俺に、と呟いていた。
その時。
……思念が送れる、あなた。
夢が返事をした。
……いよいよやばくなってきたな俺も。
……待って。待て、ちょっと。思念が、送れる人、なかなか居ない。私が──敵ではない。話がしたい、だけ。
細切れなことばで、夢は語りかけてきた。あまりにリアルだった。
その声が言うには、声の主は地球から遙かに離れた惑星に住んでいるのだそうだ。でももともとは地球からの移民で、バイオコンピュータ「ガンプ」の子供「レプリカ」を携えて、何千年も前に移り住んだ人たちの末裔なのだという。ちょっと待て、どっかで聞いたことのある話だぞ。
しかしその思念は伝わらなかったようで、声は続けた。
そもそも自分たちが移民することになったのも、「ガンプ」が原因だ。生体コンピュータ「ガンプ」は高度な知能と自意識を持ち、自分の遺伝子を残すためには人間は邪魔と判断した。そして気象の変化や大陸の水没を巧みに用いて、人間を絶滅させようとした。それに気付いた一部の人間たちが「ガンプ」と対決、痛み分けのような形に終わった。人間は大陸の片隅にわずかに生き残り、「ガンプ」は自分のコピーである「レプリカ」を6つの惑星への移民に持たせて、自らは活動を停止した。
自分たちはその惑星のひとつ「ゼビウス」に住んでいる、「レプリカ」による支配に対抗するレジスタンスであるという。レジスタンスとはいいながら、異星で生き抜くために共生に近い関係が続いて来た。だが、最近新たな事実が発覚した──
声のトーンは明らかに変わった。
「ガンプ」は自らが地球に再出現するための布石を、死ぬ間際に打っていたのだという。移民を送った6つの惑星は、12000年後に地球を中心とする正八面体の頂点の位置に来る「ヘキサクロス」という状態になる。その時には「レプリカ」からのESP作用が地球で具現化し、再び「ガンプ」が力を取り戻すのだという。
ESPについては詳しい説明はなかったが、この話をしているのもその作用のひとつであるらしい。人間の精神作用が素粒子の不確定性に作用してどうこう、とかなんとか、原理の説明を俺なりに解釈するとそうなった。力の有無と強さは特定の遺伝要素に依存するため、「ガンプ」ももともとは強い力を持つ者の遺伝子を組み込まれて作られ、その力を持つようになったという。
……そして、俺自身もその遺伝子のかけらを受け継いでいる筈、らしい。
ともあれ、その天体配置「ヘキサクロス」が実現する年が、来年なのだそうだ。だから、「ゼビウス」では、「レプリカ」もレジスタンス達も、地球がどうなっているかを知ることに躍起になっているという。
もはや惑星は相当その配置に近づいている。だから「レプリカ」の、すなわち「ガンプ」の力が地球ではたらき始めつつある。布石である地上建造物は長い眠りから覚め、移動砲台や戦闘機が基地から発進する。「先住人」はほんとうに先住人だったというわけだ。皮肉な話だが、この思念が送れているのも、「レプリカ」の力の作用のおかげなのだそうだ。
もう少し力が強くなれば、思念だけでなく物質を送り込むことが可能になるらしい。そうなれば多分、勝ち目はない。それまでに、地球に置かれた布石をなんとか排除しなければならない。
そんな話だった。
その話を聞いても、俺にはどうすることも出来なかった。そもそも自分自身ですら本当のことなのか判らなかった。まして他人に話せるような出来事ではなかった。
声の主も、──もし妄想でないのだとしてだが──俺になど思念を送っても仕方ないに違いない。だが、向こうは相手を選べないのだ。
連合軍の疲弊にともなって悪化の一方だった戦況が、曲がりなりにも好転したのは最新鋭の戦闘機の登場によってだった。
もちろん本当の戦況など一般人にはわかりはしないのだが、それまでの苦戦の原因は、空中戦においては絶対的な破壊力の不足だったとされていた。運動性や速度ではそれほど大きな差はなかったが、耐久性では先住人の戦闘機がはるかにまさっていた。そのような相手を想定されて設計されていない既存の戦闘機では、歯は立たなかった。
連合各国の技術の粋を凝らして製作された、というふれこみで実戦投入されたその戦闘機は、「高エネルギー砲」と称する武器を装備していた。あまりにもうさんくさいネーミングだったが、その武器は本当に強力だったらしい。後に発表された資料ではその戦闘機の投入が大きく戦況を変えたことになっている。
その戦闘機は「ソル・バルウ」と名付けられた。
声の主は楽観してはいなかった。情報入手を行っているのはひとりではないらしく、各所から仕入れた情報を持っているので、俺などより余程戦況にも詳しかった。だから、俺と接触する意味など本来はないのだろうが、責任を感じている、と言っていた。一方的に話を聞かせて、役に立たなければそれきり、では悪いからと。
そして、今回の新鋭戦闘機は優れたものだが不安点もある、と指摘した。……パイロットがごく限られる。乗りこなせれば何十機もの敵を相手にできるけど、何万人にひとりにしか出来ない。
……特殊な遺伝要素が必要。
……あなたに、そのパイロットになる素質がある可能性は高い。実際に、徴兵されるかも知れない。
俺は激しく動揺した。実際に戦火が広がってくればともかく、戦場はまだ南半球から出ていない。徴兵など遠い先の話だろうと思っていた。いや、正確には考えたことすらなかった。
……なんなんだ、あの戦闘機は。
その言葉が思念として通じたらしい。声は応じてくれた。
……ESPを攻撃や飛行に用いている戦闘機。何処かの技術者に誰かの思念、おそらく異星にいる移民の末裔の思念が届いて開発されたもの。ちからの強い者が乗れば、現状程度の敵なら三機で壊滅させられる。
そんなものに自分が乗れるかも知れないなんて。
一旦好転した戦況は、また悪化しはじめ、戦線はずるずる後退していった。ついにアフリカで北半球に達し、半月もしないうちに南米でも赤道を越えた。声の主によると、原因は「ソル・バルウ」のパイロットの不足だという。量産することすら難しい戦闘機であることも確かながら、現時点ではパイロットの数のほうが圧倒的に足りない。ひとりでも多く、パイロット候補が欲しい状態らしかった。
……もうすぐ、来る。
……たぶん。
声はそう言った。
その通りになった。俺の家に連合軍の将校が自ら訪ねてきた。簡単なテストを受けて即合格、4日だけの猶予を与えられ、俺は北米の訓練所に連れて行かれることになった。
母親は泣いた。父親は呆然としていた。
俺は仕方ないな、とだけ思っていた。
訓練はきつかった。泣きそうだった。人並みの体力と人並みの反射神経の奴を戦闘機乗りに仕立てあげるわけだから、尋常ではないメニューが課された。同時にごく限られた人数の候補者だから、向こうとしてはあまり無茶な扱いも出来ない。潰れないように、甘えないように、巧みに言葉や訓練の緩急で俺たちを鍛え上げていった。
その中でも俺はずっと仕方ないな、と思いつづけていた。体力も知力もなかったが、扱いやすい奴、ということで教官たちの受けは好いようだった。
その間にも戦況は刻々と悪化していく。危機感を煽る意味もあって、訓練所内ではおそらくかなり正確と思われる戦況を知ることが出来た。
毎日訓練に明け暮れ、三度の飯を詰め込み、倒れ込むように眠った。時はすごい勢いで過ぎていった。
声は話しかけてくる頻度こそ減ったものの、聞こえ続けていた。戦況についてはお互い同じような知識を共有するようになったこともあって、むしろ関係ない話をすることが増えた。だけど俺の思念は相変わらず届いたり届かなかったりで、もどかしかった。
訓練所に移って半年が経った。戦火は北米と南ヨーロッパにまで広がっていた。資源が不足しはじめ、「ソル・バルウ」はようやくパイロットが揃ってきたのに今度は機体が足りなくなり始めた。
……「ソル・バルウ」は「太陽の鳥」という意味。つまり、死なない鳥ってこと。だけど、飛ぶことが出来なくては。
……もう限界。
……地球で止められないのなら、仕方がない。最後の手段をとるしか。
声は寂しそうだった。
……最後の手段ってなんだよ。どういうことだよ。
俺は心で叫んだ。これは珍しく通じたらしかった。
……「ヘキサクロス」を阻止する。物理的に。惑星がひとつでも欠けると、ヘキサクロスは成立しない。ガンプの力もそこで終わる。
……それって──つまり、
……さようなら。運がよければ、また会える。
……ちょっと!ちょっと、待って、
イメージ。
大きな爆弾かなにかの爆発。
バイオコンピュータもろとも惑星の表面がえぐりとられ、ゆっくりと軌道が変わる。
ヘキサクロスは起こらない。
俺は白昼夢を一切見なくなった。
そして、さらに半年が過ぎた。
多くの戦争と違い、あの戦争は終わるのもまた突然だった。相手は現れた時と全く同じ唐突さで消え始め、戦火は縮小していった。それに伴って連合軍はその存在意義を失い、しばらくは組織の形をとどめていたが、やがて解散された。
多くの人が死んだ。当初は民間人が巻き込まれたが、相手が秩序立った侵攻をして来ないと判ってからは圧倒的に軍人の割合が高くなった。
俺は訓練所から出ることもないまま終戦を迎え、「ソル・バルウ」ともどもお払い箱にされた。
そして家に帰った。
それだけだ。俺はあの時以来、結局声を聞くことはなかった。運が好ければ、とあの声は言っていたが、その運はなかったのだろう。ごく平凡に俺は暮らしている。たぶんこのままごく平凡に死んでいくだけだ。
あの戦争についても、特別な感慨は年々薄れていく。それどころか、現実の出来事だったのかどうかもよく判らなくなっている。訓練所に送られたことも、ソル・バルウに乗ったことも。
だが、妙に鮮明なイメージが、未だに俺の頭に灼きついている。あの声が、最後に語りかけてきた時に、別れる刹那に俺に残していったイメージ。
俺たちと殆ど変わらない顔だち。多分、声の主の姿なのだ。笑顔、満面の笑顔。深い色の瞳、意志の強そうな眉。
それが頭に浮かぶたびに、俺は後悔と無念さと懐かしさの入り交じったような感情に襲われるのだ。
補足(もしくは蛇足):
このはなしは本文中に書いたゼビウスのサイドストーリーをもとにして書かれています。従って文中の設定の多くは実際にゼビウスの設定であったものです。しかしながら、僕はそのサイドストーリーの抄しか読んだことがないため、誤解などがあるかも知れないことをお断りしておきます。
サイドストーリーは『ファードラウト』というタイトルで市販もされていたのですが、既に絶版で入手困難です。今回これを書くにあたって、僕としては随分気合いを入れて探したのですが、発見することは出来ませんでした。