「ラッキーマン」

23.11.16

お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたい方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。



1980年頃、フジテレビで「世界名作劇場」というのを放送していた。「ポリアンナ物語」「小公女セーラ」「不思議な島のフローネ」「赤毛のアン」などを観た。今でもテーマソングを覚えている。
当時勤め先は週休二日ではなかったが、日曜は休みだ。日曜日の夕食後に、3歳の娘とまだ赤ちゃんの息子と見た覚えがある。とはいえまだ娘も息子も、物語を理解できなかったようだ。

💿

それから数年してレーザーディスクが登場した。VHSは持っていたが、レーザーの画質は素晴らしくアニメのディスクを買って家族で見ようとなった。子供たちは再放送で見た世界名作劇場を全編見たかったのである。

当時家内の妹が家電販売店に勤めていて、そこからレーザーディスクプレイヤーを購入した。一緒に世界名作劇場の「赤毛のアン」のディスクを数枚買ったが、義妹がおまけしてくれたのが「バックトゥーザフューチャー」の第一作である。
そのとき小学2年の娘と幼稚園の息子は、「赤毛のアン」よりも、そちらが大のお気に入りになり、何度も何度も見た。そんな思い出がある。


私は高校生を演じたマイケルが好きになり、その後、彼が主人公を演じた「摩天楼はバラ色に」
デロリアン
デロリアンって車名でなく
メーカー名って知ってた?
「ハードウェイ」「ドク・ハリウッド」などのレーザーを買った。
「バックトゥーザフューチャー」のPART2とPART3はレーザーでなく、映画館で見た記憶がある。

子供たちも小学高学年になるにつれ、親離れもテレビ離れもしたし、自分も仕事で多忙を極めたので、一緒にどころか私もテレビも映画も見ることはめったになくなった。ただ「マーズアタック」だけは見た記憶がある。



2002年に職も住まいも替わった。新しい職場で親しくなった同僚と雑談をしていて、マイケルがパーキンソン病になったと聞いた。非常に驚いた。
私はパーキンソン病がどんなものかほとんど知らないが、高齢者がかかる病気と思っていた。マイケルはまだ40前じゃないのか!

実際には、彼は1990年頃に30歳で発病していた。

そのときはパーキンソン病とはどんなものかを調べることもせず、難病になったマイケルに同情しただけであった。

いくら気に入った俳優が病気といえど、それほど他人の病気を心配するわけはない。マイケルのことはすぐに忘れ去った。マイケル、ゴメンナサイ



2023年コロナ流行が一段落したというのか、感染拡大が手に負えなくなったから第5類にしたのか、ともかく外出規制もマスク着用も大いに緩和されたのが2023年3月だった。
いや、政府広報は3月13日のはずだが、実際の運用は行政機関や企業によってさまざまであった。

図書館では段階的に規制緩和してきた。最初はマスク解禁、次は手の消毒が 消毒 必須でなくなったが器具は置いてある。
夏以降は手の消毒も不要かつノーマスクで、書架をぶらぶら歩けるようになった。
ことがことだから、段階的に試行錯誤することはもっともなことだと思う。

だが今も図書館に長滞在はできない。書架にはソファも椅子もなく、立って本を探すだけだ。
以前のようにソファに座って読んだり居眠りしたりできない。用済後はすぐに退館せよと表示してある。

フィットネスクラブでも私が利用しているところは、マスクと体温測定は止めたが、手の消毒は マスク 11月時点の今もさせている。
近くにある別のフィットネスクラブでは、5月頃マスクも体温測定も消毒の器具も取り払った。その違いはなんだろう?

それまでは読みたい本があれば図書館の蔵書検索をして、見つかればネット予約する、用意ができたという通知メールが来ると、図書館の無人貸し出しで受け取るというスタイルだった。
だから読む本が決まっていなければ本を借りることができない。ちょっと矛盾だよね。
ともかく2023年の夏以降は自由に書架をめぐり、気に入った本を借りてくることができるようになった。











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そんなわけで暇があると、私は図書館の書架をさまよっている。そして私は背表紙に「ラッキーマン」と書いてある文庫本を見つけた。棚は図書分類「778」つまり分類が「映画」のところだ。

映画のタイトルで「マン」が付くのはたくさんある。「スーパーマン」「スパイダーマン」「バットマン」「Xメン」「アイアンマン」……、
日本だって「キン肉マン」「働きマン」「ガッチャマン」「アンパンマン」「ウルトラマン」……もう数え上げればきりがない。

だが「ラッキーマン」なんて映画は聞いたことがない。と思いつつ手に取ると表紙では、マイケル・J・フォックスがニヤリとしている。なんだろうとパラパラめくる。
最初のページはマイケルの指が不思議に痙攣することから始まる。そして初めてこの本がマイケルの闘病記であることを知った。


書名 著者 出版社 ISBN 初版 価格
ラッキーマン マイケル・J・フォックス SB文庫 4797329890 2005/02/25 781円

私も来年は後期高齢者である。元気はつらつのつもりだが、正直言えば毎年なにかしら怪我や病気をしているのが本当のところだ。そしてそれらの不具合はかなりの割合で加齢によるものなのである。
そんな私であるから、病気の本、闘病の本などを読むと、自分はどうだろうかと心配することが多い。当然マイケルの「ラッキーマン」を読んでもパーキンソン病ではないかと、主たる症状の有無をチェックしたのは勿論である。

手 マイケルの最初の自覚症状は左手の小指がぴくぴくと不随意に動いていたという。後にそれはパーキンソン病の初期症状であること医者から聞かされる。だがそれは初期症状が現れてからずっと後のことである。
早くに医者に診てもらっていればとも思うが……そうしたとしても対処はできなかったらしい。パーキンソン病には治療方法が確立していないのだ。

実際にパーキンソン病の初期症状として典型的なのは指の痙攣なのだそうだ。痛風の初期症状は足の親指の付け根の痛みという。危ない病気の初期症状一覧は覚えておいたほうが良さそうだ。

ちなみにパーキンソン病の初期症状は、次のようなものである。

マイケルは身体に異常を感じても、自分は健康だと 信じて 思い込もうとして医者にかからない。それは正しくはないが、自分でもそうしただろうと思える普通の行動だろう。
当時は「バックトゥーザフューチャー」でスターになり、出演依頼は引きも切らず、ビッグウェーブに乗ろうとしたのは当然のことだ。


本の内容はそこから大きくそれて、マイケルの幼年時代、少年時代の話になる。
幼児のときから好奇心旺盛であちこちに出かけて迷子になったとか、学校は興味を持ったことは一生懸命だったが、興味を持てないものはまったくやらなかったとか、算数でなんとか60点を取ったとか、私的なことが延々と続く。

この本では「父の職業は職業軍人」となっているが、日本のウィキペディアでは「警察官」になっている。
不思議に思ってアメリカのWikipediaを見ると、「父親は元職業軍人でマイケルが生まれる前に警察官になった」とある。大して重大なことではないが、何事でも興味を持って調べるのは大事だと思った。

正直言って、このあたりのはプライベートなことはもうたくさんという感じになる。国語(英語)が好きだろうが、数学が嫌いだろうがあなたの勝手でしょと思う。

ともかく延々と祖母、両親、兄弟姉妹の性格、そして彼らとマイケルとの付き合いが語られる。妻となるトレイシーと出会うと、トレイシーとのやりとり、心理描写がこれまた延々と語られる。

マイケル大好きって人は、そういう情報が好きかもしれないが、もっと端折ってほしいと、そこを読んでいるときは感じた。

だがページが読み進むと、書物の中で年月も進みまた物語も進む。
そしてトレイシーとの結婚式で、マスコミを排除する決断をし実行する、更に後に自分がパーキンソン病であることを広報することについての決断に、彼の生い立ち、彼の価値観というものが現れていることに気づかされる。

結婚式 結婚式の披露宴に、大スターとか大物を招くのがハリウッドスターのスタンダードでも、マイケルは家族そして親しい人がいればよい。マスコミも大勢の見物人も要らないと考え、それを実行するということが彼の価値観なのだ。

それは数行で「そう考えた」と書くだけでは読者は理解できず、子供の時の兄弟姉妹との関係、父とは考えが違ったが尊敬していること、幼い時の祖母の教え、そういう家族関係そして年上の人たちの影響なのだということだ。

自分がパーキンソン病になったことを母に告げると、母がショックを受けるのではないかと思い迷うのを読むと、優しい人だなあと実感する。



彼の物語を読めばアメリカ人的考えとは違うと感じる。彼自身、カナダ人であるがゆえに、アメリカ人とは感性が違うと述べている。感情がウェットで物より心を重んじるようだ。
もっとも彼の幼少年期を過ごしたカナダは、もう存在しないだろうとは思う。世界中どこであっても、時とともに実際の風景も変わるし心象風景心の中の風景も変わる。それはやむを得ない。
それに彼が思い描く少年時代は、実際より美化されているのは間違いない。


ともかく彼は難病とともに歩まざるを得ない運命であるが、それと戦うというよりも連れ添って生きて、家族を大事、そしていかに支障なく仕事をしていくかを考える。

やがて病気を隠して仕事をするのは困難だと判断し、パーキンソン病になったことを表明し、その原因究明と治療法を研究してほしいと財団を作る。細かいことは弁護士とかがしたのだろうが、広報、組織化、運営をするのはそれなりの才能があるのだろう。
彼はそれを「チャレンジ」という。俳優になろうというチャレンジ、監督になろうというチャレンジ、子育てへのチャレンジ、彼の人生は常にチャレンジだ。


彼は強い意志を持った人間ではない。だからちいさなエピソードに勇気付けられる。
マイケルがパーキンソン病であると広報したのち、ネットで見かけたという投稿

「今朝スーパーに行ったら、レジの人にどうしてそんなに手が震えているのかと聞かれたの。パーキンソン病なのよと言ったら、レジの人はこう言ったの。『あら、マイケル・J・フォックスみたいじゃない』って。ここ何年ものあいだで初めて気まずい思いをしないですんだわ」

それを見てマイケルは、自分のしたことは価値あることだと納得する。
マイケルがパーキンソン病であることを隠していれば、あるいはスクリーンから姿を消せば、パーキンソン病の人たちは今まで通り病気を表に出さずに暮らしていただろう。勇気を出せば勇気が返ってくる。

カミングアウトという言葉が広まってきた。通常はLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)であることを表すことと理解されているが、元は「coming out of the closet」つまり「隠れていたところから姿を現す」ことだ。
病気であることを隠して生きるのではなく、病気です、だから手を貸してくださいというのは恥でも何でもない。権利以前に当たり前のことだ。

マイケルも自分がパーキンソン病だとカミングアウトして多くの人が表に出てきたことを喜ぶ。そしてLGBTがそうであったように、パーキンソン病の人たちも政府に要求する。それは病気の研究をして治療法を確立せよという運動だ。
もちろんすがるだけでなく、自分たちも募金して財団をつくり治療法の研究にお金を出す。

マイケルはそのお金を稼ぐために映画にでる、また募金の看板を務める。スターだからできるのではなく、それができるからスターなのだろう。


とはいえ彼は語る。
「毎朝目を覚ますたびに、向こう岸まで泳ぎ切るエネルギーがあるだろうかと思ってしまう」
先が見えない自分だからこそ、途中で……と懸念するのは良くわかる。老人なら常にそう思う。趣味の道具をそろえても使う前に、覚える前に……と懸念するのは必然だ。
そしてパーキンソン病とは、自然な時の流れより何倍も速く歳をとる病なのだ。

しかし彼は負けない。
「この病気のおかげで、僕は今の自分になれた。だから自分のことをラッキーマンだと思う」
彼は幸運な男ではない。試練を幸運に変えた男だ。



私はヒーローだ うそ800 本日のヒーロー

映画「ハードウェイ」の劇中劇でヒーロー警官を演じるスーパースター"ニック"は軟弱だけど、ニックを演じたマイケルはまことのヒーローだ。

この本が出てから20年が経つ。
ご安心召されよ、彼は今、62歳、健在だ

私は2023年元旦から11月15日までに214冊読んだ。その中で素晴らしいと思った本は11冊あったが、これはその1冊である。





注1
日本で難病とは「発病の機構が明らかでなく、治療法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とする「難病の患者に対する医療等に関する法律」第5条で規定される医療費助成の対象となる疾病である。

アメリカでも難病指定はあり、希少疾病医薬品法(Orphan Drug Act)で規定されている。もちろんパーキンソン病も入っている。
List of incurable diseases



ふとし様からお便りを頂きました(23.11.24)
いつもお世話になっております。ふとしです。
バックトゥザフューチャー大好きでしたので、記事を読んですぐにAmazonで探しました所、「高ッ!!」というわけで諦めましたがなんと地元の図書館にあったので借りてきました。

なんというか場面場面で絵面というか映像が頭の中に浮かんでくるような本でした。
確かに仰る通り、「過去編長いな」という印象は受けましたが彼の生涯を描いた映画を観たような気分になりました。
久しぶりに素晴らしい本を読ませていただきました。

ふとし様 毎度、お便りありがとうございます。
私は子供たちに見せたほうですが、ふとし様は自分が若い時にご覧になったのでしょうか?
そこが重要で歳の差を感じます。
お値段が文庫本にしては高いですね。とはいえアマゾンでは古本で1円で出品されていました。でも運賃が600円以上になっていました。都合600余円……やはり高い
彼の生涯を描いた映画……まさにそれですね。やはりハリウッドで主役を張って何作も撮ったような人はすごいのでしょう。日本でもヒット作ひとつとかヒット曲ひとつという人がたくさんいますが、20年30年とスターであり続けるのはすごい才能、努力、人格があってこそなんでしょうね、
ところで40年前に戻れるならどうします?
私は可能ならぜひ戻ってもっとまじめに仕事したいですね。振り返れば後悔ばかりです。


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