「海軍ダメージ・コントロールの戦い」

26.07.27

お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。
読んだ本はそのきっかけにすぎない。

だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。


私は「事業継続マネジメントシステム」の認証に関わったことはない。そもそもISO22301が制定されたのは、私の引退と同時だ。

もちろん規格制定前から、当時存在したアイソス誌に、事業継続マネジメントシステム規格に関係している人の、規格の進捗とか規格の紹介があったから、それなどは読んではいた。 そして東日本大震災前に、多分3社だったと思うが、事業継続の認証を受けたという記事を新聞だったか、何かで読んだことがある。

シニカルな私だから、そういう会社が大災害・・・当時、大災害と言えば阪神淡路大震災のイメージだった・・・が起きたときに、その真価が分かるだろうと思ったことを覚えている。

本音は、そのようなものは認証審査で評価できるはずがないと思っていた。言い方を変えると、BCMを認証するのはリスクが大きすぎる、勇気のある認証機関でなければできない。


ところでISO22301が制定されたのは2012年、つまり東日本大震災より遅い。認証を受けたという会社は、何という規格で審査を受けたのだろう?


それらの認証企業の中には、東日本大震災で被災したところもあったはずだが、認証を受けていない会社に比べてトラブルが少なかったとか、復旧は垂直立ち上げだった・・・・・・という話を聞いたことはない。


認証を受けた会社の、震災後はどうだったかAIに聞いた。

AIの回答: 事業継続マネジメントシステムを導入・認証(ISO 22301など)していた企業が、東日本大震災などの災害時に比較的早期に業務を再開できたという事例はいくつか報告されている。
ただし、公開されている情報の多くはケーススタディや調査報告の形式であり、定量的に「認証していない企業より何日早かった」というような回答ではなく、厳密な比較データは見つからなかった。

とあった。
定性的では投資対効果が分からない。

なお上記で、AIは『認証(ISO 22301など)』と回答したが、ISO22301制定は2012年5月15日で、東日本大震災は2011年3月11日である。
この齟齬はAIのミスなのか?
それとも制定の1年も前から仮認証をしていたのか、私は分からない。


そういう事例を探していて思った。真に有効性が検証されている事業継続の仕組みを作り上げているなら、それを他所(よそ)の人に見せるはずがない。
また今現在、認証が取引の際に評価されるとは思えない。なぜなら過去の実績の方が、認証よりも説得力がある。認証より実証(●●●●●●)である。

現実にISO22301制定から14年経った2026年現在でも、ISO22301の認証件数は100件もない(注1)だが日本の大手企業が10年かけても認証できないはずがない(注2)
つまりBCMを整えても、認証する意味(効果?)がないと考えているのだろう。


それに事業継続という発想は昔からある。トヨタなどは40年以上前から、交通事故で部品入荷が遅れる・止まると判断したとき、躊躇なくライン停止したと報道されていた。

それは単なる危機管理だと言うこと止めよ。どんな思想も手法も、積み重ねだ。様々な経験により危機管理の経験を積めば、川上には未然防止に広がり、川下には事業停止からの復旧策に広がっていくものだ。


さて、私が自分のウェブサイトに書いている小説もどき「タイムスリップISO」で、事業継続マネジメントシステムが出て来るので、出鱈目はいかん、少しは勉強しようと何冊か本を読んだ(注3)

そのとき古い本は参考にならないと思い、2020年以降に出版されたものを選んで読んだ。結果として、それは悪手だったようだ。
事業継続という発想は、別にISO22301が初めでもなく、PAS56が初めてでもない。
BCM規格を作ろうとするはるか前から、事業継続マネジメントに関する論文や本は多数ある(注4)

注:面白いことに、時代が(さかのぼ)るほど事業継続のテーマは経営事項になっていく。つまり倒産の危機を初めとして財務関係、スキャンダル、ネットのない時代での情報漏洩などを取り上げていた。
女性

時代が下がるにつれて経営レベルでなく現場レベルのもの、具体的には東日本大震災以降は地震を筆頭とする災害、そして新型コロナウイルス(COVID19)以降はパンデミックと移ってきた。
大分毛色が変わったというのが印象である。

そういう認証するための規格要求の解説本を読むよりも、事業継続とは何かを白紙で考えた本の方が有用だと後になって気づいた。著者が経験した、あるいは考えた事業継続の仕組みを書いた本の方が、要求事項だけの規格よりも真に価値があり、有用なのは間違いない。
見方によれば焦点が合っていないように見えるかもしれないが、認証にフォーカスした情報より、事業継続というものを多面的に見ることができる。


そもそもISO規格があって、事業継続マネジメントがあるのではなく、現実に存在する障害をどうすればよいのかという疑問、悩みがあって、対応を考えるわけだ。それが現実の試練を受けてリファインされたものが、その会社に適した事業継続マネジメントシステムだろう。

そういうシステムの事例がたくさん揃ったとき、それを標準化しようとしたものがISO規格であるべきだろう。
ISO規格にまとめられたものが、素晴らしいとか役に立つかどうかは、誰も検証していない。実際にISO9001以降、ISO9001だけでは不十分なことが実証されている。

ならば多様な人の考える事業継続マネジメントとはどんなものかを知り、それを元にしてBCMを考えた方が間違いない。


と、考えて読んでいると、またまた疑問が現れる。 事業継続マネジメントの以外でも、外乱、内部要因、システムのノイズなどを受けても、タスクを遂行し目的を達しようとしたものは多々ある。そういうものは、どんな仕組みだったかということである。 そういえばロバスト(注5)なんて言葉が流行ったのはいつだったろうか?

外部からの影響が大きいとなれば、災害などのような確率的なことではなく、いや確率的であっても、その確率がパーセントのレベルでなく、30%あるいは50%の発生確率である場合を考えれば、該当するものにはいくつも思い当たるだろう。

私は現場監督だったが、パートの人が急に複数休んだとか、入った部品が不良だったとか、事故で停電になったなんて発生確率は相当高かった。

更に言えば、非常事態になるのが必定(ひつじょう)という分野もある。
言わずと知れた軍隊だ。戦えば勝っても負けても無事ということはない。もちろん国家レベルなら選択肢もあるだろう。一師団を見捨てるとか、艦隊戦で負ければその艦隊は除籍して終わりということもあるかもしれない。

しかし当事者の軍艦の乗組員とか、師団の一員とすれば、攻撃を受けて損害が出たらお手上げというわけにはいかない。使える手段、使えるアイデアを総点検して最善を考え実行しなければならない。
事業継続のもっとも必要な組織は軍隊である。ご異議なかろう。


負け戦を描いた本は多々ある。とはいえガダルカナルとかミッドウェーの起承転結を検討してもあまり意味はない。
戦いが起き、勝ち負けに関わらず被害をいかに修復して、戦い続けたかを書いた本はあまり知らない。
小野田少尉の本くらいかもしれない。彼は敗残兵ではなく、29年間戦い続けていたのだから。とはいえ彼は正規戦ではなかった。

注:正規戦とは、国家の正式な軍隊同士が法律やルールを守り、正面から戦う伝統的な戦争形態。 歩兵 非正規戦とは正規戦以外の、ゲリラ、民兵、テロなどをいう。国家間の紛争でないテロは単なる犯罪である。
そして事業継続への障害が正規戦であるはずがない。


そんなことを思いつつ、図書館の書架を彷徨っていて見つけたのがこの本である。


書名 著者 出版社 ISBN 初版 価格
海軍ダメージ・コントロールの戦い l雨倉孝之l l光人社l l9784769831075 l l2019/02/21l l820円l

ダメージ・コントロール(以下、ダメ・コンと記す)とはなんだろう?


英英辞典でmeaning of damage controlと引くと、

「ミスや悪い出来事の後、悪影響を最小限に抑えたり、面目を保ったり、損失を減らしたりするための措置を講じること。それは、根本的な問題を解決するのではなく、その影響に対処することに重点を置いている。
一般的には企業がスキャンダルを起こしたのち、自社の評判守るために行うこと(謝罪や声明)や、日常生活で誤った行為や発言を取り消したり謝罪したりすること。
いずれにしても本当の問題を解決することでなく、悪い評判を隔したり打ち消したりすること」

とある。
なにか、あまり良いイメージがない。


なおmeaning of damage control in NAVYで検索すると、

「海軍では、ダメージ・コントロールとは船舶の沈没を防ぎ、火災を消火し、構造上の問題を解決するために講じられる緊急措置をいう。 主な目標は次の3項目である。
・乗組員と装備を守るために消火活動を行う。
・浸水を制御して船の安定性を保つ。
・化学兵器や生物兵器による攻撃に対する防御」

なるほど、海軍のダメ・コンとはそうであったか。


この本は、大日本帝国海軍が発祥した明治初期から、太平洋戦争の敗戦で海軍がなくなるまでの間、軍艦が被害を受けたとき船を沈めずに戦闘を続けるための、考え方、組織、機能、手順、設備、などについて述べている。
なお日本ではダメ・コンとは言わず「応急(おうきゅう)」と称していたそうだ。

「応急」を国語辞典で引くと

「急な困った事態に対して、とりあえずその場しのぎで間に合わせること
急場の間に合わせ、一時しのぎ」

とある。屋外で怪我をしたとき、その場で手当するのを応急処置なんていうけど、あまり良いイメージではない。


読むと階級の変遷、「応急」の組織のトップの兵科は機関だったので将校でない士官に指揮権を渡すのかという問題があって、戦争末期にやっと機関科の士官も指揮継承権を持つに至ったとか、多面的に事情を描いている(注6)

しかし日本だからということはないだろうが、「攻撃は最大の防御なり」と公言して応急(ダメ・コン)など眼中にない提督もいたし、軍艦設計の神様、平賀譲中将などもダメ・コンを等閑視していたようだ。
そういう気風の中でダメ・コンを主張することは憚られたらしい(注7)

とはいえそういう発想は日本ばかりでなくイギリスもそうだった。ユトランド海戦でイギリスは制海権を取り一応勝ったことになっているが、この海戦でイギリスの軍艦は損傷を受けるとすぐに戦う機能を失ってしまう(速い話がすぐ沈む)ことが明白になった。

この本によるとドイツの軍艦は排水量(軍艦の重さ)の4割が装甲(防護)の重量だったが、イギリスの軍艦はこれより10%少なかった。
アメリカなどはこの海戦の結果を見て、自国の軍艦の装甲に反映した。幸か不幸かイギリスはあまり重要視せず、戦艦プリンス・オブ・ウェールズは参戦したが、それ以降も補強工事はされなかった。

その後、マレー半島沖でプリンス・オブ・ウェールズとレパレスは、日本海軍の飛行機に簡単に撃沈されたが、それは日本軍が優秀だったのではなくイギリスの軍艦がヤワだったからという説もある。


ともかく日本海軍もダメ・コンに関しては自慢できないのだが、太平洋戦争の過程でその重要性を学び体制も技術も上げていく。
戦艦大和なども就役時と沖縄特攻時では、防御もダメ・コン対策も雲泥の差だったらしい。
しかしダメ・コンを頑張っても、物量で負け、航空支援がなければ海の藻屑だ。

戦艦大和

日本の軍艦や貨物船は、アメリカ軍の航空機や潜水艦に攻撃された事例はたくさんあるが、何も対策せずに同じ羽目に陥ったわけではない。
輸送船の護衛の強化も大きいが、ダメ・コンも大きい。

なにしろ戦争だから「応急」はまさに緊急だし重要だった。
本書では様々な事例を述べていて、ケーススタディの塊だ。


本書を読んで思ったのは、事業継続マネジメントは、机上の理屈(空論とは言わない)ではないことだ。
非常時には緊急対策の考えも手も物も足りないのだが、復旧段階においても、あらゆるものが足りないのは当然だ。

当然、あるものを使って代用する方法を考えなければならない。それはその場で思いつくとか簡単にできるわけではない。
その一つが人材の活用である。前述の機関科の士官も指揮継承権を持ったということは、機関科の士官も航海術、砲術を知っておかなければならないことになる。実際にこれは結構な負担増だったらしい。


BCM規格においても、要求事項をどう読むかではなく、発生しうる事態において必須なものが喪失したときどうするか。
学問なき経験は、経験なき学問に勝るという。仕組みは整えても、最後は臨機応変に対応する能力が重要になるだろう。



うそ800 本日、予想する苦情

「なんだかんだと好き勝手なことを騙って、ダメージ・コントロールについて書いてないじゃないか💢」というお叱りを予想する。

冒頭に書いておりますように、
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことであります。

私にとって、お話を書く参考になったなら十分であります。





文末脚注
  1. 2026/07/24時点79件
    BCMS認証取得組織検索


  2. ISO9000s認証がEU圏内への輸出企業の必須要件だとなった1992年、日本の輸出企業は1994年末までに928社が認証している。


  3. 参考図書
    • 「見るみるBCP・事業継続マネジメント・ISO23001」深田博史他、日本規格協会、2021
    • 「はじめての企業防災BCP入門」インフォコム株式会社編、WAVE出版、2025
    • 「中小企業の防災マニュアルとBCP」本田茂樹、労働調査会、2020
    • 「JISQ31000:2018 リスクマネジメント-指針」JIS検索(リンク)から入ると見られる
    • 「JISQ22301:2019 セキュリティ及びレジリエンス-事業継続マネジメントシステム-要求事項」同上
    • 「転ばぬ先のBCP策定」城西コンサルティングループ編、税務経理協会、2023
    • 内閣府作成「事業継続ガイドライン(令和5年3月)」
    • 「BCPの見直し・訓練・展開が分かる本」飛鳥馬 隆志、中央経済社、2021
    • 「事業継続マネジメントとBCPがよくわかる本」打川和男、秀和システム、2016


  4. CINIIでタイトルに事業継続と付く論文の数
    期 間ヒットしたすべて災害・パンデミック関連備  考
    1961~197010
    1971~198020
    1981~199020
    1991~2000154
    2001~20104939
    2011~20201830約750東日本大震災とCOVID19の影響と思われる
    2021~2026953(備考参照)約370(備考参照)2026年は06月まで・COVID19関連多し

    こう見てみると、事業継続マネジメントシステムなんて、東日本大震災と新型コロナによる流行にしか思えない。


  5. ロバスト(robustness)とは外部の影響を受けたとき、それによって変化しないような仕組みまたは性質をロバストという。


  6. 士官と将校が違うのを初めて知った。軍隊で士官とは幹部として処遇される階級を言い、将校とは戦闘行為を指揮できる士官を言うそうだ。
    医官、技術士官、機関科士官などは士官であるが、戦闘になったときに指揮を執ることができない。軍隊は指揮継承権が明確に決められている。指揮官が戦死あるいは指揮が取れないとき、次席が指揮を執る。この順序は階級順になる。このとき兵科(歩兵とか砲兵など)の士官(将校)は階級順に指揮をとるが、医官や機関科の士官は階級は上でも指揮権を継承できない。


  7. この本では藤本海軍造船少将を、ダメ・コンを理解していたと持ち上げている。私はその辺は分からない。







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