ちょっと妙な話だが、このゲームはおそらくおれがこれまでの半生で一番やってみたいと思ったゲームだと思う。当時おれは小4で、ゲーセンというのは悪い人たちの集まる行ってはいけない恐ろしい場所であり(だいたいお金もなかったし)、自分とは一生縁がないところだと思っていた。
ファミコンは世に出て日が浅かったため、ハードの性能はまだ半分以下しか発揮されておらず、このゲームが移植されるとは考えづらかった。パソコンなら、PC-8801SR 以降であればなんとかできそうだった。おれはそれが実際に移植されて、我が家の PC-6001 が 88SR 以降に買い換えてもらえる、というありそうもないことふたつのコンボを本気で願った。
ゲーム自体は、複雑な内容ではない。むしろ単純だ。延々と続く障害物の並ぶコースを、ランナーはひたすら走る。ハードルを、スリップゾーンを、転がってくる巨大な缶を、跳び越え、じぐざぐによけ、間をすり抜け、ただ制限時間内にゴールを目指す。プレイヤーには特別な手先の器用さも要求されず、コースを覚えて淡々と走る、はっきり言えば地味なゲームだった。
無機質な通路をサングラスをかけた主人公はただ走る。他に生物は登場しない。強いて言えば床を這い回るねずみぐらいだ。それがおれには無性にかっこよく感じられた。ゲーム自体も面白いに違いないと思った。やれなかったからこそ、やってみたいと、切実に願った。
上記の「コンボ」はもちろん成立しなかったが、意外にもこのゲームは比較的早い段階でファミコンに移植された。とはいえ当時はうちにはファミコンもなく、友人の家で遊ぶのがせいぜいだった。期待の通り楽しいゲームだったがとても難しく、どうしても6面を超えることができなかった。
中学に上がってから、ゲーセンはむしろ身近な場所になったが、このゲームにめぐり合うまでにはさらに時間がかかった。少し稼動時期を過ぎてしまっていたし、単に縁がなかったということもあるだろう。ついにゲームセンターで遊んだのは 1989 年――発売されてから5年の時が経っていた。
妙に切ないBGM、クールなグラフィック。おれは夢中でランナーを走らせた。2回目に10面ぐらいまで行ったと思う。窓の外に見える赤い空と近未来調の建物のシルエット。長らく憧れつづけた世界の中で、おれはついに走ることができた。
だが、おれはそれ以降もあまりメトロクロスをプレイしていない。どういうわけか行動圏内のゲーセンについに入らなかったこともあるし、見かけたときも必死にそこに通う、ということもなかった。何故だろう。見つけただけでおれは満足してしまったのか。そんなことはない。ならば、いいのかこれで。
いい筈がない。
これを書いている今、久しぶりに行動範囲内で『メトロクロス』が稼動している。おれはなんとか週に一度は 100 円を投入して、白と青のタイルの上を走っている。憧れ続けた世界はやはり美しく面白い。おれがこれまでに一番やってみたかったゲーム。きっと一生、このゲームを見るたびに、おれはコインを入れるだろう。そして、手が届かないゲームだと思っていた日々のことを、懐かしく思い出すだろう。