タイムスリップISO 1.目が覚めたら変

24.07.15

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


タイムスリップISOとは



主人公の佐川である
主人公の佐川です
いつのまにか眠ってしまったようだ。部屋の中で人が歩く気配がして目が覚めた。
定年になって3年嘱託で働き、会社をやめて7年になる。誕生日が来れば満71歳だ。
引退してからは仕事もせずに、ぶらぶらしている。ぶらぶらと言っても、マンションの役員とか趣味のクラブの幹事、それにほとんど毎日フィットネスクラブに通っており、暇ではない。

フィットネスクラブでは曜日によって、ジャズダンス、筋トレ、スイミング、ヨガなど、いろいろする。1時間半も体を動かすとけっこう効く。特に水泳をした日は、風呂に入って帰宅すると、疲れが出て眠くなってしまう。
今日も帰ってから寝てしまったようだ。今は10月末、暑くなく寒くなく昼寝には最適だ。


蛍光灯 目を開けて天井を見ると、四角い行燈のようなサークラインの蛍光灯が天井から吊るされていて、古臭い感じだ。
我が家はどの部屋もLEDのシーリングライトだ。どこか訪問先で寝てしまったのだろうか? これはしたり。

ついつい「知らない天井だ(注1)と声を出してしまった。
傍から「なに、ふざけてんの!」と聞き覚えのある声がする。そしてキャッキャッという若い女の子特有の声も聞こえる。

あわてて上半身を起こして見回すと、家内がいる。
……いるのだが……今年65歳のはずが、30代に見える。

若返った そんな まさか

そして家内のそばには、小学生くらいの女の子と中学生くらいの女の子がひっついている。家内と仲が良さげなのは分かるが、どこの娘だろう?
我が家の上の娘は中学生どころか高校生の子供がいるし、下の娘だって中学生の子供がいる。だからこのふたりが孫でないのは間違いない。

妻は何か感じたのだろうか、心配そうにそばに来て、じっと私の顔を見つめる。
ふたりの子供も妻にぴったりついてくる。

妻 36歳の洋子 「しんちゃん、気分でも悪いの?」


寝ぼけているのよ 佐川直美あなた、大丈夫?
佐川洋子
佐川里美 チーチ、死んじゃったの?

次女 「チーチ、大丈夫?」

長女 「寝ぼけている人に話しかけるの良くないのよ」


私を父と呼ぶなら、間違いなくウチの娘だ。ふたりが小さいとき、お外では親をママとかお父さんとか呼んではいけない、父・母と呼ぶのだと教えたら、それ以降 我が子らは家の中でも常にチーチ・ハハと呼ぶようになったのだ。
だが「ハハ」と呼ぶのに、「チチ」でなく「チーチ」と伸ばすのは私を尊敬していないからだろうか。

妻も若く、娘たちも幼いということは、若い時の夢を見ているのか?
目をつぶり額に手を当てる。見ているものが夢なのかうつつなのか。一体どっちなんだ?
手に違和感があったので、はっとして左手を見ると、指が関節で曲がっておらずまっすぐで曲げても痛くない。これもおかしい。

恥ずかしながら年は取っても年には負けないぞと、毎朝ストレッチをしている。そして夜風呂から上がるとテニスボールで太もも、
洗濯ばさみを使う
ふくらはぎをマッサージしている。

ところがひと月くらい前から、テニスボールをつかむと左手の指の関節が耐えられないほど痛む。痛みは段々ひどくなり、先週は洗濯ばさみを広げることもできなくなった。
これは疲れとかでなく異常だと整形外科に行った。

医者はレントゲン撮影や血液検査の後に「これはヘバーデン結節(注2)だ」と言う。
主原因は加齢だそうだが、指の使い過ぎ、関節の動かし過ぎで、骨と骨の間の液体がはみ出し、骨と骨が直接擦れ合うようになって痛むのだという。私の仕事や生活習慣を聞くと、過去何十年も文字を書いたりキーボードを叩いたりしたからだという。

確かにそう言われると人差指、中指が根元から指先までまっすぐな円筒形ではなく、人差指と中指の第一関節が横に太くなっている。太くなっているのは関節の間の液体がはみ出したからだという。レントゲン写真を見せられたが、確かに黒いものが関節から外にはみ出している。

治療方法を聞けば、治療方法はないという。対症療法として痛み止の軟膏を付けるだけという。そして無理するなとしか言わない。
無理してませんというと、パソコンのやりすぎだろうという。否定はできない。


ただ今見る限り左手はまったくそんな気配はない。指を曲げ伸ばししても痛みは全くない。
医者が予後不良というから治るはずはない。私は若返ったのだろうか? まさかそんなことが?

もちろん左手だけが悪くなるわけでなく、外科で言われたのは、右手も数年で同じくなるから覚悟しておけとのこと。老化とは悲しからずや


私、41歳の佐川真一 「ちょっと顔を洗ってくる。目を覚まさないと」

洗面所らしき方に歩く。ここはマンションでなく木造一戸建てだ。そしてハッと気が付いた。1990年頃に住んでいた福島県K市の我が家ではないか!
えっ、すると自分が定年まで働いて、そして退職してブラブラしていたと思ったのが夢だったのだろうか?
洗面所の鏡を見ると、老人ではなく40頃の自分の顔が見える。昔の免許証の顔だ。

若い時の私である
若い時の私です

驚きは大きいけど、叫んでもしょうがない。ともかく顔を洗って部屋に戻る。
部屋を見回すと懐かしいというより、古臭い家だと思う。天井からつるしている蛍光灯もそうだが、壁のコンセントも、テレビやLAN端子の付いたマルチメディアコンセントではない。
電話機も黒電話ではないがダイヤルがある昔ながらの形だ。

なぜこの家に住むと決めたのか、私は思い出した。
元々、親が死んで土地もなければ家もなく、遺産もない。だから結婚して10年間アパートを転々とした。
下の娘が小学校に入るとき、引っ越すと友達が変わるからいやだという。当時、自分は下っ端で転勤がないと思っていたので、家を買っても良いかと考え、借金はしないようにと築20年の中古建売を買った。正直言って買った時から古びていた。

私が中古の家を買うと聞いて、同僚や上司に「一生のものだから多少ローンを組んでも立派な家を建てろ」と引き留められた。
家内も私も援助してくれる人がいないから、無理はしないという考えで何事も決めていた。そんな私から見ると30年ローンの家とか、車もローンで買うライフスタイルは理解できなかった。まあ、人それぞれだ。


子供たちは家がくたびれていても気にせず、小学校まで歩いて5・6分というのが気に入ったようだ。なにしろそれまで住んでいた公営住宅からなら、小学校まで25分かかった。入学する前から嫌だったのだろう。
これより学校に近いと運動場の声が聞こえてきてうるさい。
ここに住んで……4年になるのか、いやいや、違う32年前じゃないか。

家内は何も言わずキョロキョロしている私を見て、不安を募らせたようだ。

妻 36歳の洋子 「しんちゃん、ちょっと混乱しているようね。少し寝たらどうかしら」

今まで寝ていたと言いたいが、おとなしく言うことを聞いて布団で寝ることにした。
どうしてしまったのだろう? 納得できないなあ〜
疲れているのかまた眠ってしまった。


*****

翌朝、いや翌朝だろうと思う。時間の感覚も変だ。私は目を覚ました。時計は6時少し過ぎだ。引退した今は毎朝7時まで寝ているのだが、なぜか目が覚めた。

妻が部屋に入って来る。

妻 36歳の洋子 「今日は会社に行ける?」

私、41歳の佐川真一 「大丈夫だと思う。今日は何日だろう?」

妻 36歳の洋子 「11月16日月曜日よ。今日から職場が変わると言ってたじゃない」

私、41歳の佐川真一 「えっと、職場が変わるってどうしてだろう?」

妻 36歳の洋子 「しんちゃん、大丈夫なの? 休んだ方が……」

私、41歳の佐川真一 「おかしいんだよなあ〜、ここ最近の記憶がはっきりしないんだ。
ええと思い出すよ。何があったんだろう?
ええと今、何年だい?」

妻 36歳の洋子 「1992年よ……本当に大丈夫なの?」

1992年、俺の人生で何かあったな。なんだったけか?
バブル崩壊は昨年だし、阪神淡路大震災は1995年だから、これからだし……
ああ、あれか、俺に関する大事件だった。
そうか、俺はひょっとしたら70歳から、何かの理由で30年前のあの事件のときに戻ってしまったのだろうか?

あの事件、思い出したくもない。犯罪とか不正なことではないが、会社で都合の悪いことが起きて、その責任が私にあるとされた出来事だ。
その結果、自分は管理職解任になり品質保証に異動となった。当時、品質保証課は流罪の地と言われていた。
そこの課長も出世の見込みのない人だったし、担当者もチョンボしたという人ばかり。

私の人事異動は季節外れで皆がなぜなのか不思議がっていた。私から見ればこっちこそ被害者だ。まっ、誰がが首を差し出さなければならないから下っ端を切ったのだろう。首にならないだけましか。もっとも首にしたなら私が監督署に飛び込むかもしれない。管理職解任くらいで手を打ったということだろう。
洋子はそれを知っているから私(の精神)が大丈夫なのか、会社に行けるのかを心配しているのだ。

そんなことを考えているとだんだんと思い出してきた。その事件で人事異動になり、今日は異動先に顔を出す初日ということに気付いた。いや、思い出したと言うべきか。
そんな経緯だから、普通なら会社に行きたくない気持ちだろう。だが今の自分はそれよりも、あれから30年、引退してから10年近く経っているから、まともに仕事ができるのかそれが心配である。

ともかく朝飯を食べ出勤の用意をする。
我が家には車は一台しかない。子どもたちの習い事とか病気になったときのために、車は家内専用だ。私は1時間に1本程度しかないバスで通勤である。
なにせ安い中古を探したわけで、自宅が古いだけでなく街から遠いのは仕方ない。

メガネ

そうだ、今日から現場じゃないからネクタイをしないといけないな、なれないネクタイをする。
メガネ、メガネと探すが遠近両用がない。そういえばまだ若いことを思い出し、手元にあった近視のメガネをかけるとちゃんと見えた。


*****

家を出るとバス停まで5分ほど歩く。バスの通る道は1キロ以上直線で水平な道路なので、遥か彼方にバスが見える。ここに来るまで2・3分かかるだろう。これに乗り遅れると家内に送ってもらわないと遅刻確定だ。
いつもの癖でポケットからスマホを出してニュースを見ようとしたが、ポケットには財布とハンカチしかない。

今の時代はスマホどころか携帯電話もない。その代わりいつも本を持ち歩いて暇があれば読んでいたのを思い出した。当時の方が勉強していたようだ。
あ、だんだんとバスが大きくなってきた。


バスはガラガラだ。1時間に1本どころかそのうちなくなってしまうだろう。そのときはどうしたものか。
いや、自分の記憶ではどうだったのだろう?
思い返すとここに今後10年くらい住んでいたはずだが、その間はバスが減るとか路線がなくなることはなかった。心配することはない。

路線バス バス停でバスが止まり、私が乗り込むとバスは走り出す。
バスに20分乗り、バス停から会社まで歩いて10分、体が若くなっているから歩くのは苦にならない。


*****

工場の門をくぐる。
工場の従業員は1,000人もいるから、自分に注目する人などいないと分かっているが、管理職を首になった自分がどんな目で見られるのか気になる。
前回はどうだったのだろうか? 忘れてしまった。あるいは細かいところは違うのだろうか?


*****

今までロッカールームで作業服に着替えていたが、今日からは直接事務所にスーツのまま行く。実際に仕事をするときは上着をロッカーに入れる。スーツは何のために羽織るのだろう。

品証課といっても少人数だ。課長と男性数人、庶務の女性一人、それに自分だ。
課長が既に出社して座っているので挨拶すると、始業後に全員に紹介するからお茶でも飲んでろと言われた。
課長も私のことをどう聞いているだろうか。まあ、何と思われてもいい。腹をくくって、給茶機から紙コップにお茶を注いで飲む。

引退した頃ならパソコンを立ち上げてメールのチェック、サイボウズの確認などしていたが、この時代はまだ管理職だけにイントラネットにつながるパソコンが支給されていて、平社員は持っていない。一部の人は自前でパソコンを持ち込んでいた。当然イントラネットにはつなげない。

なんだか嫌なにおいがする。タバコか……
灰皿
1990年代は仕事中自席でタバコを吸うのは許されていたというか、アプリオリ、水が高きから低きに流れると同じく当たり前のことだった。庶務担当は臭い灰皿掃除をしていたがひどい話だ。
私は生まれてから一度もタバコを吸ったことがない。だから臭いが嫌いだが、そう言っちゃいけないのも当時の常識だった。いや、今の常識だ。
たった30年で世の中良くなったなあ〜と感動した。
いやいや、明日から、ずっとこの息苦しくがんの恐怖に怯えながら仕事するかと思うと、逃げたくなった。


本日の登場人物
主人公の私
佐川真一
妻 洋子 長女 直美 次女 里美
1992年 41歳 2020年 70歳 1992年 36歳 1992年 14歳 1992年 11歳
佐川真一 老人になった佐川真一 佐川洋子 佐川直美 佐川里美


うそ800 本日の誓

私はISO認証に企業の側で20年関わってきました。私もそれなりに勉強しましたから、審査員がトンチンカンなことを語れば「それはおかしい」と言い、要求事項にないことで不適合と叫べば、根拠がないと怒鳴り返した。

私が納得しなかった不適合は、今考えても100%適合だと確信している。だが、アホな上長は「審査員はわざわざ来てくれたのだ(お金払ってますけど)」とか「要求になくても会社を良くするために善意から言ってくれている(会社を悪くしますよ)」と、審査員を持ち上げて不適合を受け入れてしまった。
審査員との討論は論理的には完勝だと思いますが、政治的には完敗でした。

だからアホな上司に邪魔されず、言いたい放題戦える戦場を与えられたらと、いつも夢想していました。
ひらめいた
小説で書きゃいいじゃないですか。
無敵のISO担当者、更に20年間の審査の経験をもって認証の黎明期に現われれば、審査員の横暴に膝を屈することはありません。

20年の経験があるのはチート(注3)かもしれません。いや経験の有無で正しさは変わらないからチートではなくフェアではないか!
打倒、悪の審査員、無知の審査員、傲慢な審査員、根切り皆殺しにしてやる!
待っていろ

注:新作を書くたびに「今回こそ1話何文字以下にするぞ」と決心するのですが、それが達せられたことはありません。
今回こそ1話6,000字以内にしようと思います。第1話は5,670字でした。



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注1
異世界ものではチョー有名なセリフで、多くの作品で使われて十分に手垢がついてしまった。
初出はエヴァンゲリオン第2話だそうだ。

注2
老人になるとほとんどの人がなる。50代で3割、70台で5割、80台で6割という。
第一関節の場合をヘバーデン結節、第二関節の場合をブシャール結節と呼ぶそうだ。

注3
チート(cheat)とは本来は「勝つために卑怯な手を使う」意味であった。
そしてテレビゲームなどで良い成績を出すために、ゲームのプログラムのパラメータを書き換えるなどすることに使われた。
その後、異世界転生小説で、生まれ変わった人が神から与えられた魔法とか体力向上などの力をチートと呼ぶようになった。この場合は卑怯というよりも神が与えたギフトの意味で使われる。

この小説の場合、審査員と対等に発言できる場を与えるだけだから、チートどころかフェアと言うべきだろう。
言い換えると現実の審査の場において審査員と同等の発言が許されていないということだ。それって審査員がチート(悪事)を働いているのではないですか?



ふとし様からお便りを頂きました(23.07.16)
いつもお世話になっております。ふとしです。
ぃよっ!待ってました!!
皆〇し大好物です。楽しみだなぁ!

ふとし様、毎度ありがとうございます。
まだ出だしですので調子が出るまで10話くらいまで生暖かく見守ってください。
頭の中では20話くらいまでできているのですが、手と足が頭についていきません。
よろしくお願いいたします。




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