*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
新しい職場の初日である。
始業時になり、三十人ほどの事務所で全員が立ち上がって「おはようございます」と朝の挨拶をする。それからは課によって朝礼をするところもあり、何もせずそのまま座って仕事を始めるところもありいろいろだ。
品質保証課では今朝、ミーティングをすると連絡していたようで、事務所の一角に衝立で仕切られた、折り畳みのテーブルと折り畳み椅子が10個ほどあるところに、品証課の幹部()が集まる。
注:()は「幹部だってよ〜」という揶揄とか自嘲などの意味である。
福田課長 |
彼のその後は記憶が怪しいが、転職したような気がする。長いことここにはいなかったはずだ。
村上です |
ところが彼はこの半年後、再び支社に転勤していくはずだ。なんでも支社では有能な営業マンだったので、戻ってきてほしいと支社長から要請されたという。捨てる神あれば拾う神ありとも違うか?
いや、そんなことはまだ半年も先のこと、話も出ていないだろう。私もうっかりして最初の人生で知っている人事異動とか世の中の事件を、語らないように注意しなければならない。
島田です |
大村です |
前回の人生では、ふたりとはあまり付き合いがなかった。島田さんはペシミストで私は話をするのが苦手だった。
大村さんは人づきあいが苦手で誰とも、仕事以外の話をしないという。
浜本です |
前回の人生では、彼と一緒に計器管理体制の全面見直しをした。そんなわけで、けっこう仲が良かった。
とはいえ彼とはこの場が初対面だったはずだ。あまり気安く話しかけないほうがいい。最初はお友達から……
桜庭です |
以上、品質保証課の幹部()を集めて福田課長が私の異動の説明、双方の紹介をする。その後私が挨拶したが、何を言ったのか覚えていない。たぶん30年前と同じことを言ったはずで、おかしなことは言わなかっただろう。
課長の説明では、私は村上さんの下で品質保証の仕事をすることになる。
解散したのち、村上さんとふたり打ち合わせ場に残り話をする。
村上さんは現場育ちの私に、品質保証とはいかなるものかを教えようと黒板にいろいろ書いて説明する。
村上さんは品質保証のことを初歩から教えてくれたが、実を言って私が知っていることだから半日も話を聞くのは辛かった。ともかく彼は真面目な人であるのは間違いない。
実は前回の人生では、私は本日異動するまで品質保証とは何かを知らなかった。現場で日々生産に追われている者にとって、品質管理と品質保証の違いなど、知る必要もなかったし知る暇もなかった。
現場勤め最後の先週末も、トラックが待っている、あと何分でできるのかなど追いまくられた。日程計画では夕方定時までに生産すればよいのに、どうなっているんだ。
おっと、それは先週のことじゃない、30年前のことだった。
どうも感覚がおかしい。今朝は30年前に戻ったと考えていたが、夢なのかもしれない。
ともかく、今、成すべきことは、品質保証屋として一人前になることだ。いや待てよ、私は既に品質保証屋としては一人前じゃないのか?
村上さんを超えていることは間違いない。
だって彼は1年半しか経験がないが、私は20年もISO認証を担当していたのだから。
ともかく村上さんから言われたのは製造を受注した電子ゲーム機の品質保証要求書に見合った品質保証マニュアル
村上さんの腹の中は、どうせ私の作るものは使い物にならないから、それから彼が作成に取りかかるのだろう。いや、それは間違った考えではない。どんな仕事でも、保険をかけ、安全率をかけ、冗長を持たせるのは鉄則だ。
だが実際はその仕事は、今の私にとってお茶のこさいさいだ。もちろんそのためには仕事のベースがなければならない。まずは使えるものを確認しておこう。
品質保証課にはDOS-Vのデスクトップがふたつ、ノートがひとつあった。
ノートパソコンは課長専用らしい。
当時のノートパソコンは、縦横は今より少し大きいくらいだが、厚さは5センチくらいあったから、タイプするときは手前に肘を乗せる台を置いたりした。
デスクトップはみんなの事務机とは別にパソコンラックに置かれている。実際問題、モニターがCRTだったから事務机に置いたら書類を置くスペースはなくなってしまう。
10年ひと昔というが、3つも昔では、パソコンを使うのは非日常だったのだろう。ハレの日に使う食器とか衣服みたいなものかな?
ワープロソフトは……当時はもう多種多様、一旦作った文書のデータを使い回すという考えがなく、立派な文書を作れば一件落着という時代だった。だからワープロソフトの互換性なんて気にしない。
弁護するわけではないが、1990年代初めはハードもソフトも日進月歩の時代で、規定を作っても、それを見直しするときはフロッピィディスクも5インチから3.5インチに代わり、OSも変わる時代だからデータの保管などしていても意味がなかったのだろう。
今ならWordやExcelは20年前のでも十分互換性がある。もっともFDDが付いているパソコンはもうなさそうだ。
パソコンの台数に対して利用者が多く順番取りも大変なので、文章作成は個人持ちのワープロ専用機でテキストを入力し、フロッピィディスクを介してパソコンで読み込み書式を決めて文書を仕上げるという方法も広く行われた。
会社のパソコン利用が混んでいて使えないなら、自分でパソコンを買って会社に持ってこいという上長もいた。会社で使うものを個人に買わせるなんて労働法違反だろう
自宅でワープロをしろと言った上長もいた。当時は今と違いセキュリティもウイルスも気にしなかったし、風呂敷残業
ところでWindows3.1が登場したのは1992年4月だった。Windows3.1が発表されて既に半年が過ぎていたが、3.1が動いているパソコンは社内で見かけない。パソコンが文書の清書に使われているだけならDOS-Vで間に合っていたのだろう。
手に負えんわ |
とはいえ、それは後知恵で、未来の状況を知らない人は、それ以前の和文タイプに比べてパソコンのワープロアプリはなんてすばらしいのかと思っていた。
それはNCテープの穿孔機を使っていた私も同感だった。電子データをセーブして、跡で読みだして部分修正ができるということは今なら当たり前であるが、当時は夢でしかなかった。
人は贅沢に慣れると元には戻れない。
図面改定や規定の改定が速やかにでき、使用部門がそれをすぐに差し替えできるというのは、改定作業やコピー作業が容易であるという前提がある。
晴天下、文字や図面を描いたパーチメント紙の下に、印画紙を置いてコピーしていたなんてのは、1960年代初めまで普通に見られた。
ISO9001:1987の4.5.2文書管理に
可能な場合には、変更の性質をその文書中で、又は適切な添付文書で明確にする。
相当回数の変更が行われた後には、文書を再発行する。
とあるのは、当時は図面改定をすることも、修正した図面をコピー配付することも簡単にできず、配付した図面そのものを手書きで朱記訂正しなければならなかったということだ。
規定に一文字誤記が見つかれば、工場を歩き回り配付した規定集の全部を朱で修正するのもたいへんな作業だ。
当時、ISO審査の前日にそんなことが発覚すると、文書管理担当の総務の女性が駆り出され、夜遅くまで各部門に配布されたものを手書きで修正したものだ。
またワードで作った文書に写真を貼って原紙にしていると、文章の修正で写真がずれたり、修正にとんでもない手間がかかるのはお分かりだろう。
pdfをウェブにアップしたり、ユーザーに応じてhtmlやCSSを自動生成するなら、ちょいとひねればおしまいだが、30年前は手間暇はたいへんだった。
自分はもうWindows10に慣れきっているから、DOS-Vとこの時代のワープロソフトに慣れる練習をしなければならない。
もちろん英語なら紙の辞書を引かなければならない。ネットがないから翻訳サイトも使えない。
自分が経験や知識で30年のアドバンテージがあると言っても、それはその時代のツールに支えられている。品質保証の知識とかISO規格を理解していても、支援ツールがなければ自分の力量を100%発揮できない。
まずは高性能とは言わないが、windows95程度の機能は欲しい。それさえあと3年待たねばならない。現状では品質マニュアル、顧客の呼称では品質保証マニュアルと言ったか、それを入力するのも簡単ではない。
ええとその前に、過去の品質保証マニュアルなるものはどこにあるのだろう?
まずは何件か眺めて前例に従い、かつそれ以上のものにしなければ……
「桜庭さん、今までの品質保証マニュアルというのはどこにありますか。勉強のために見たいのですが」
「こちらに来てくれます? ファイル棚の置き場を説明します」
桜庭さんは課保有の書類一式の置き場と何があるのかを教えてくれた。それから仕切りのある打合せ場に連れていき、課の職制表と年間行事スケジュールを渡していろいろ話し始めた。
30年前も聞いたはずだが、これは全く忘れてしまっていた。
桜庭さんは、品質保証課は危機的状況にあるという。
まず品質保証グループは、今まで村上さんただ一人しかおらず、営業とか設計から養成されると動くだけで、品質保証業務を積極的にする気もないしパワーもない。
速いところ私が一人前になって支援してほしいという。
計測器管理は、これまた壊滅的だと嘆く。
品質保証協定で契約した製品の製造検査には、正しく校正した計測器を使うことになっている。いや、契約以前に当たり前のことである。
しかし現状では工場の規定とおりに定期校正されているものは半数にすぎず、該当した製品の製造検査には特に校正したというラベルを貼った計測器を使っているという。
とはいえ、正しく校正された計測器は数少なく、実際の作業では手近にある校正されていないものを使っていることも多いという。
桜庭さんは大きなため息をつく。
この人は真面目に会社を心配してくれている人だ。実を言って私は、そんなことを30年も前に知っている。すぐさま対策をするつもりでいる。私はスーパーマンなのだ。
桜庭さんの話は続く。
庶務業務として標準化月間の10月に各部門は所管している工場規則を見直すことになっている。品質保証課は品質保証、信頼性、計測器管理の規定を約80本担当している。
もちろん全部見直すのではなく、文書管理規則では5年に一度となっているので、80割る5で毎年16本見直せばよいのだが、とても手が回らず、過年度からのものが積み重なって手に負えない。
そもそも本来は各担当の人が担当の規定を見直すわけだが、村上さんはじめ誰もがしないので、すべての規定を桜庭さんが見直すことになる。
実際の仕事を知らないから、桜庭さんが知っている職制改正対応とか帳票の最新化などだけ見直しているという。
現実にはそれだけの処理も今年の分が終わっていないという。
桜庭さんがしているのはボランティアだ。その作業時間は元々予定してない。
注:ボランティア(volunteer)とは無償で働くことではない。強制されることなく自らが進んで仕事する人のこと。元々は徴兵に対する志願兵の意味であった。
規定の見直しを手伝ってほしいというのが桜庭さんの第一の要望かもしれないな。気持ちは分かる。それも片付けてやろう。
話を聞いた後、DOS-Vパソコンの使い方を習った。本当を言えば30年前に使っていたわけだが、完全に忘れていて当然だ。
私用として3.5インチフロッピィディスクを10枚ほどもらった。
両面倍密のフロッピィディスクが1枚あれば、自分が一生に作る文書が入るなんて言っていた時代だ。もちろんその見通しは外れた。Wordのファイルの肥大化、写真の高精細化などにより、ファイルサイズは大きくなるばかり。
いやぁ、いろいろと 問題があるものだ。 これらを片付けて、 名を上げるか |
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私、佐川真一である |
机に座るとこれからの仕事の優先を考える。
まずは村上さんから指示された品質保証マニュアルのドラフト作成だ。過去のサンプルを眺めるのに半日、構想に半日、ワープロに1日、見直しに1日、そんなところだろう。
準備としては
・過去の品質保証マニュアルの現物は確保した。
・工場規則集も確保した。
・パソコンの使い方も 覚えた 思い出した。
・客先の品質保証要求事項もある
明日から取り掛かろう。
それから計測器管理についてだが、明日マニュアルに飽きたら息抜きに計器管理室に行って、浜本さんと話をしよう。
工場規定の定期見直しは……ドラフトを片付けてからだな。余計なことをしていると納期前でも村上さんはいい気がしないだろう。
仕事に取り掛かる前に、まずはコーヒーを飲むか。
本日の登場人物
品質保証課の課長。 すぐに異動してしまうので覚える必要なし。 |
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品質保証担当。私の先輩格になる。 この人は来年春には転勤するはず。 重要人物ではないが、数話登場する。 |
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この二人は信頼性評価1係と2係の係長。 ときどき顔を出して狂言回しの役割をするだけのモブです。 覚える必要なし。 |
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計測器管理室のリーダー これからの数話では、私、佐川真一と一緒に活躍する予定 |
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庶務担当で真面目な仕事をする人。 私のこれからの活動の支持者であり支援者になる。 |
本日の言い訳
ノロノロしてるな!早よう、スタートダッシュしろ
そう言いなさんな。出だしは舞台背景の説明です。
これから役者が動き出しますから
本日は6,600文字、第2話でもう約束破り。次回はまさか1万字とか?
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注1 |
今は「品質マニュアル」という呼称が定着しているようだ。だが元々は客先から品質保証を求められて了解すると、その体制を説明する文書が求められた。 客先によって「品質保証説明書」「品質システム説明書」とか「品質保証マニュアル」など名称はさまざまであった。 ISO9004:1987において「Quality manual」を「品質マニュアル」と訳したが、最初聞いたとき、これはまた簡単な表記にしたものだと思った。 この品質マニュアルとは何かの説明(定義ではないと思う)は、現在の「ISO9000:2015 品質マネジメントシステム-基本及び用語」に記載された内容とほとんど同じで、「3.8.8 注記 個々の組織の規模及び複雑さに応じて、品質マニュアルの詳細及び書式は変わり得る」と一律でないとしている。 | |
注2 |
会社で使う用具や衣類を労働者負担にするものは、労働契約に明記しておかなければならない。(労働基準法 第15条) しかし仕事以外で使えないもの、会社独自のものは、会社支給または貸与としなければならないとされている。 また高額なものは労働者が納得できないこともある。1990年頃のDOS-Vパソコンは10数万したから、月給20万の人に仕事をするために購入しろという理屈は通用しないと思われる。 | |
注3 |
昔は書類を風呂敷に包んで持ち帰ったが、現在ではインターネット残業とかモバイル残業と呼ばれる。 |