教養とはなんだ2

26.01.15

このコンテンツは教養とはなんだの続編です。
ここだけお読みになっても構いませんが、お暇なら前編もお読みください。

某所で「教養がない」と言われたことから、2025年末から正月にかけて教養を身につける本を読んだと書いた。
その後、昨年末に図書館に予約していたものが、年が明けてから図書館から揃ったと連絡があり、借りてきて読んだ追加の感想文である。
教養のない人間が書いた、「教養とはなんだ」の第二弾である。


タイトルの後ろの★☆は私の独断による評価である。
評価は以下の通り(アマゾンに準ずる)
 ★★★★★ 感動した。
 ★★★★☆ 良い本である。
 ★★★☆☆ 読む価値がある
 ★★☆☆☆ まあまあ
 ★☆☆☆☆ 読むだけ無駄


本「トップの教養・トップエリートのためのリベラルアーツ」 ★★☆☆☆

著者出版社ISBN発行年定価
倉山 満KADOKAWA978-404604727420201,500円


一言で言えば「俺の目を見ろ〜何にも言うな♪」という本である。つまり「理屈じゃねえんだ、考えず俺を信じろ」という意味である。

倉山 満 いろいろ語っているが、アインシュタインの「子どもに説明できなければ、理解したとは言えない」という言葉に照らせば、語っていることを理解しているとは思えない。だって私が理解できないから。
教えることに関しては細野先生の足元にも・・・

彼曰く、「教養とは生きた知識(p.26)」なんだそうです。知恵ではないのだ。

彼曰く「Companyとは中隊のことであり、会社経営者たるもの軍隊で150人くらい指揮できる者という了解が英語圏にはある(p.189)」
英語圏でそういう了解があるかどうか知らないが、違うように思う。

Companyとはラテン語で「一緒にパンを食べる」という意味で、意訳すれば「同じ釜の飯を食った仲間」である。
そもそも近代の軍隊組織のない昔、大隊も中隊も小隊もない。カンパニーとは、部族の仲間が群れて戦った時のグループのことだった。そこに150人などという意味はない。

ちなみに英語で小隊はplatoonでその語源はフランス語のpelote(小さなボール)であり、小さなグループのこと。
大隊は英語でbattalionであり、イタリア語の戦うグループから来た。起源からそれらの語の間に大小関係はない。後に軍隊の階層にそれらの名称を割り当てたに過ぎない。

会社名の場合、元々は英語では「Mitsui and company」のように使う。意味は「三井と仲間」である。150名なんてカンケーない。家族経営でもカンパニー、大企業でもカンパニー。
現在ではcompanyは組織を意味するようになり、○○ companyという表記もある。
ま、一字一句を真面目に理解しようとしても意味がないのかもしれない。

冒頭にもあったが、彼は教養とは知識と考えている。例えば「教養として知っておく(べき)(例p/94)」という言葉がいたるところにある。もうね、教養は知識でありいかに暗記するかのようだ。
覚えれば教養なのか、思い出せることが教養なのか?
おっと、「教養人の常識(p.98)」とあるから、教養と常識の関係は?という新たな疑問がわいてきたぞ。

ISOで方針の要求は「トップの考えを理解して自分の立場でどうあるべきかを考えろ」というものだ。だがほとんどの審査員も企業も「トップの方針を覚えれば良い」と理解している。あげくには方針を書いたお札を配れば良いと考えるようになった。
倉山さん、良い(●●)ISO審査員になれますよ(笑)

私は倉山に凝ったことがある。思い返すと8年前になる。なんであれほど倉谷本を読んだのか、いまでは理解できない。
倉山の語ることが正しいか、感動するかはともかく、彼は論理的に説明していない。つまりリベラルアーツからはるかに遠い。

突っ込まれるのを避けるために追加する。彼は論理的かもしれないが、書く文章は論理的ではない。あるいは考えの過程を記述していない。



本「これだけは知っておきたい!大人の常識力大全」 ★☆☆☆☆

著者出版社ISBN発行年定価
話題の達人倶楽部青春出版社978-441311109620141,000円


まさに読むだけ無駄と言える本だ。
問題はいろいろある。

まず「常識」というものの考え方・捉え方だ。
この本は常識とは知識であると決め込んでいる。だからこれを知っておけ、これは知らないだろうという羅列であり、知恵を働かせろとか論理的に考えろとはひとつもない。

?
例えば電話詐欺などに関する対応はない。だが現代に生きる常識には、神社の正しい参拝の仕方(p.163)より詐欺電話かどうかの判断が優先するだろう。
それに詐欺電話が最も多かったのは、この本が発行された2014年だった(注1)

この本が発行されて12年経過しているが、その時の経過で覚える価値も必要もなくなっている項目がある。
具体例としてはバイオエタノールの話がある(p.76)。この本では食料との取り合いとか環境破壊の問題を取り上げているが、12年後の今はヒーローの座から滑り落ちた。

フォルクスワーゲン それはなによりもEV化の大変動があったし、それにはディーゼルゲートの影響があった。内燃機関のための燃料を考えるより、内燃機関脱却にテーマが替わったのだ。

12年の間にはCOVID19の流行もあり社会に大きな変化があった。だが12年間で様相が変わるようなものを、覚えることがあるべき姿ではないだろう。社会環境が変わろうと変わらない知恵を、常識と言うのではないか。


間違いが多い。

一言で言えば、この本は常識がない。



本「世界でいちばんやさしい教養の教科書」 ★☆☆☆☆

著者出版社ISBN発行年定価
児玉克順Gakken978-405406880320231,600円


この本は通常の書籍の構成ではない。見た目は立派な書籍だが、内容が違う。例えて言えば受験勉強のための、単語帳とかまとめ本のようなイメージだ。

使い方とするなら、大学で教養を取ったがだいぶ時が経ち、もう一度復習しようかと言う人がパラパラと見るような使い道しか思い浮かばない。

内容的には無学・無教養の私が知らないことがないレベルだから、復習にもならないかもしれない。

10行の感想を書くために、240ページも読むのは無駄だったと反省する。
いや、まてよ、教養の教科書を読んで知らないことがないなら、私は教養があるのだろうか?
なことないか😅



本「教養としての世界史の読み方」 ★★★☆☆

著者出版社ISBN発行年定価
本村凌次PHP978-456983194720171,800円


タイトルが「教養としての世界史の読み方」であり「世界史の読み方」でもなく「教養としての世界史」でもない。ということは世界史を語っているわけでなく、また教養とすべき世界史を語っているわけでもない。

古代ローマ人

この本は古代ローマ史を取り上げて、この出来事にはこんな裏があったよ、いろいろな見方があるよ、と講釈を語っている。
著者が講釈を語る解釈方法で世界史を読めば、教養がつくでしょうと語っているわけだ。

そのせいかどうかあまり深くはなく、また新しい発見もない。過去より有名な歴史のイベントとか名言が、現代でも使えると例を示すことが基本となっている。
それを活用できることが教養と考えているようだ。

この本における著者の解説のような見方をすると、教養がつくのかどうか定かではないが、学校教育では習わないのは事実だ。だがすれた私は書いていることが当たり前だと思った。

私は気になったことを調べるために、広辞苑、英英辞典、ネット辞書、Chat GTPを、参照しながら読んだ。それは、他の本と違って裏を取ろうとさせるだけ真面目にさせるものということだ。その意味で教養を付けてくれる本なのかもしれない(半分皮肉だ)。

気になったのは、学者らしくなく引用文献欄がない。これは大きな欠点である。

それから明らかな間違いがある。

小麦 注:収穫倍率とは、農産物種子一粒から何粒採れるかをいう。
農業や食糧自給の本を読むと、小麦は現在20前後だが、ヨーロッパ中世で3〜4と言われている。

だからこの本の中で中世で5というのは妥当だが、古代シュメールで70というのは異常であると気づかないのがおかしい。
シュメール文明はBC4000年頃だ。21世紀の肥料・農薬を多用する農業の収穫倍率が、6000年前の3分の1というのはあり得ない。



注:ヒトラーのカラー写真があるかと探した。カラー写真フィルムは1930年代には市販されていたそうだが、ヒトラーのカラー写真はあまりない。
目は青だが、髪もひげもかなり暗く、濃茶と思われる。アーリア人らしくない(笑)
 その1その2



ぬれ落ち葉 本日のまとめ

前回に続いていろいろ読んだのですが、教養を付ける以前に教養とは何かを、未だ理解しておりません。半分冗談ですが半分は本音です。

まず普通なら議論や主張をする前に、しっかりと定義を定めるというか表明するのですが、私の読んだ本では冒頭で定義を書いているのは半分もなく、その半分も本当かいなと思うものがあります。 これではいくら議論しても、話は雲のように漂うばかりです。

「教養とは知識だ」という考えではクイズ番組でトップを取れるかもしれませんが、電話詐欺にひっかかり良い政治家を選ぶこともできない人生を送るのではないでしょうか?
あるいはそういう生き方のほうが、人生の悩みもなく、自己研鑽の苦しみもなく、よろしいのでしょうか?
いや、教養ってそんなものじゃないよね。


本 今日はずいぶん文字数が少ない(4,400字しかない)とおっしゃるかもしれません。
でも倉山本が200ページ、常識力大全が380ページ、世界でいちばんが250ページ、世界史が300ページ、合計1,130ページ。この4冊を読むのに三日潰しました。






注1 KDDI 詐欺電話は年間1万件以上 フィッシング詐欺の手口やKDDI・auの対策サービスなど紹介

注2 知らない人はいないと思うが、日本が戦争に負けて占領されたとき、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は日本を車も人も右側通行にしようとした。
結局、それが困難だと気づいて人だけ右側通行になったのだ。

注3 参考文献
古代・中世の農業生産性(収穫倍率)の比較

注4 1938年に経済相シャハトが「これ以上軍事費を増やすと国家破産する」と言って更迭された。
ヒトラーがしていたのはドイツ経済を立ち直らせたどころか、借金をしての自転車操業であり、開戦しないと破産してしまう状況だった。




外資社員様からお便りを頂きました(26.01.19)
おばQさま いつも有難うございます。
今回は痛快な内容で、教養を強要する本に、教養で切り替えしですね。

現物を読んでいませんが、漢検とか着物オバサンのように、「これが常識だ、教養だ」という人達に、さらに掘り下げて切り返し。 要するに、ダメ教養本は、掘り下げが足りないという事ですね。

右側通行は、なるほどGHQ起源 常識では根拠法 道交法10条1項「歩行者等は、歩道又は歩行者等の通行に十分な幅員を有する路側帯(次項及び次条において「歩道等」という。)と車道の区別のない道路においては、道路の右側端に寄つて通行しなければならない。」
その起源に遡るのが教養だとすると、まさに仰る通り。
蛇足を言えばGHQ起源は、結構 多くて「大麻」が覚醒剤になって取り締まり対象になったのも米兵のマリファナが原因。
戦中までは、「大麻」と言えば、神社などのお札か、繊維としての大麻 日本の麻は覚醒剤成分は少ないらしいですが、戦後管理対象になってしまった。
ネット検索等でも禁止ワードに引っかかる事が多いW

神社の参拝の仕方は、明治以降の国家神道の流れで統一されたものを神社本庁が「お作法」として定めている。
本来は神社毎の作法があるのが当然だし、神社本庁に属さない出雲大社などは、違うやり方が当たり前。
だから「これが正しい神社の参拝方法」だと言う方が、単なる神社本庁方式だろうと疑問です。
地元人や氏子さんにならうのが正しいのでしょうね。

着物オバサンも同じで、自分が習った流儀を他人に強要しているだけの、縄張り主張。

おばQさまのお話を伺うと、教養は生活に役立つのが前提との事でしょうか?
私の場合は、常識が生活寄り、教養はむしろ役に立たなくても良いのではと思っています。(もちろん役に立っても良いのですが)
何かの為に学ぶのではなく、学ぶ事自体が喜びとか目的で、その結果が教養?
とは言え、おばQさまも、しっかりと教養人なので、いつも尊敬して拝見しております。

毎度ありがとうございます。
子どものときオヤジが古本屋から買ってきた古い本がたくさんあって、その中に戦前の交通安全ポスターの絵があり「人モ車モ左側」とありました。
親にこれはどういう意味なのかと聞くと、昔に日本は人も車も左側通行だった。それが占領軍が気に入らず人も車も右にしようとしたのだが、道路の形とか全てが左側通行向きになっていて変更が無理だと分かった。それで人だけ右、車は左のままになったのだと言ってました。

神社の参拝は外資社員様の指摘を読んで驚きました。今の「二礼二拍手一礼」とは100年ちょっとの歴史しかないのですね。
靖国などに参拝に行くと、皆さん真面目に二礼二拍手一礼やってますが、あの混雑でそんなことしていると大変です。それで私は申し訳ないが一礼二拍手一礼で済ませています。今までは申し訳ないと思っていましたが、これからは堂々と混雑時はこれが世のためだと確信をもって参拝します。

私は教養は生活に役に立つとか立たないと思っておりません。たまたま「教養のない奴だ」と言われて、一体何が?と思ったのが発端です。
もし飯の食い方が汚いなら、それは立派なことではないですが、それが教養かと言えば違うと思います。行儀(マナー)でしょうね。
モルドバの歴史を知らなくても恥も書かないでしょうけど、ウクライナの歴史を知らないとロシアとの確執を理解できないから教養なのか?
ストリートピアノが弾けたらカッコいいですけど、それは教養なのか?なかなか難しいです。
私が教養がないのは間違いないです。


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