Yasemin(ヤスミン)は、ジャスミンを意味する言葉です。白い小さな花をたくさん咲かせる植物で、ジャスミン茶でもおなじみですね。
植月千春は2001.3.19にイスラーム教徒になりました。シャハーダ(イスラームにおける信仰告白)を行って付けたイスラーム名がYaseminです。
ちなみに、この単語の綴りはトルコ語のものです。(なぜトルコ語なのか?)
なぜイスラム教徒となりしか?
話せば長い長いお話になるのですが、要するに、全ての疑問が氷解し、 素直に信じることができたということにすぎないようです。
これまでたくさん宗教学の書物を渉ってきた千春としては、初めて受け入れることのできた宗教でした。
もしかしたら、昔から千春は砂漠に惹かれていたことも何かつながりがあるのかもしれません。
もちろん、家族親類と親しんできたキリスト教の素地もあります。つまり、神はひとつであって、モーセやイエス・キリスト、ムハンマドは偉大な預言者であるというイスラムの考え方を理解するには、これまでの知識が役に立っているという意味です。
ともあれ、ヤスミンの中では、イスラームはこれらを統合するものとして、極めて自然に理解でき、落ち着きがよかったということのようです。
メッカへの道/ムハンマド・アサド[他]/原書房/1983.4
という本があります。きっかけとしては、この本が千春に大きな影響を与えたようです。
シャハーダ2年目までに、クルアーン(日本ではコーランといわれているが、このほうが原音に近い)を頑張って読破(604ページのアラビア語)しました。クルアーンの暗記も30章に及んでいます。
2003年3月初旬にクルアーン読了し、その後は、タジュウィード(クルアーンを読むときの規則)の勉強をしています。
しかし、どのような宗教にも多かれ少なかれいわれることですが、信じるが故に苦しいことも多いようです。大きいジハードとは自分との日常の心の戦いであって、実際の外敵と闘うことは小さいジハードだということが言われているそうですが、良くそれをあらわしています。このはなしは、また別の機会にしましょう。
1990年の湾岸戦争当時、米国政府のやり口やこれに日本政府が支援していることにひどく苦しんだ植月千春でしたが、2001.9.11の不可解な事件をきっかけとして行っている、米国政府を中心としたアフガニスタンやイラクへの攻撃、イスラエルのパレスチナ人弾圧などなど、なりふりかまわぬこの世の愚かな権力の横暴にはひどく心を痛め強く抗議しています。
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