ISO第3世代 105.鞍替え3

23.09.18

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

*****

2月になった。岡山は、ジキルQAに認証を依頼したく打合せに訪問したい、ご都合の良い日時を連絡されたしとメールを送る。するとメールを送って10分もかからないうちに、ジキルQAの橋野取締役から、日時を指定されれば御社を訪問いたしますという返事が来た。
取締役がやって来るとは、こちらを絶対に逃がすまいとしているなと岡山は思う。
磯原に相談して、二人がいる日時を回答する。


*****

約束した日時に、ジキルQAの橋野取締役と片桐審査員が来社する。こちらは磯原と岡山だ。
はっきりとは言わないが、スラッシュ電機の本社を審査するときのリーダーに片桐審査員を充てるつもりらしい。


ジキルQAスラッシュ電機
橋野取締役ジキルQA橋野取締役 磯原磯原
片桐審査員片桐審査員 岡山岡山

磯原 「私どもの本社は、長い間品質環境センターさんからISO14001の認証を受けておりましたが、新たな気づきなどがあることを期待して、ジキルさんに移転することにしました。
正式に審査を依頼する前に、弊社の考えをご説明いたしますので、それに対応していただけるかの確認をさせていただきます」

ジキルQA橋野取締役 「言っちゃなんですが、品質環境センターさんはかなりユニークな規格解釈で審査を行っていますから、それを気にされていると思います。
弊社はISOMS規格とIAFの基準を完全に満たして審査を行っております。よほどトッピな要求でなければ御社の要求は十分満たすと思います」

磯原 「そう期待して御社を選んだわけですが、契約前に再確認したいということです。
そいじゃ岡山さんお願いします」

岡山 「橋野取締役から見れば当たり前のことかもしれませんが、我々は過去に何度も審査で困ったことを体験しておりますから、そういうことが起きないかを確認させてもらいます。

まず審査を受ける当社のスタンスを説明させてもらいます。
多くの認証を受けている組織は、一生懸命規格を勉強し、ISO用語を覚え、それに沿って文書を作り、審査員の質問を理解して応えるという姿勢だと思います。まあ実際には一般社員はISO用語など知らないですから、ISO事務局なるものが通訳をすることが多いようです」

ジキルQA橋野取締役 「ハハハ、そういうことが実態でしょうね」

岡山 「まず規格要求をみますと、ISO14001の2015年改正でアネックスに『組織の文書に、この規格の構造または用語を使うことは要求していない(付属書A A.2 要旨)』と明記されました。
そしてまた規格では改定前から、組織の人に規格用語を理解することを求めていません。

また弊社の体制では就業規則において、従業員に会社規則の遵守を要求していること。
次に、弊社は創業以来の会社規則とその下位規則に、業務遂行だけでなく福利厚生や労働条件や昇格基準などすべてを定めております。
他社で見られるようなISOMS規格対応の文書などはまったくありません。

そしてISO14001の要求は、すべてこれらの文書に織り込まれていると考えております。
以上のことから弊社では、社員が就業規則に従い業務を遂行することで、ISO14001の要求事項をすべて満していると考えております。

また御社の審査契約書にある、ISO規格要求と社内手順書の関連を示す文書(環境マニュアル)を作成し提出することという要求によって、審査員は規格要求事項と弊社の会社規則集の参照ができると考えます。
その前提で、弊社の審査においてはISO規格用語を使わずに行っていただきます」

片桐審査員 「行っていただきますとは強気ですね、アハハ」

ジキルQA橋野取締役 「ちょっと、片桐君!
磯原さん、岡山さん、大変失礼しました。今の発言を取り消します。
片桐君はISO規格用語を使わないと審査ができないのか? 当然のことだろう」

片桐審査員 「あっ、すみません。もちろん私どもは規格用語を使わず、プロセスアプローチで審査を行います」

岡山 「今のお話からジキルさんは、審査はプロセスアプローチで行い、ISO用語を使わずに審査することを確認しました。

次ですが、先ほど橋野取締役からも言及されましたが、弊社は過去の審査で規格にない要求を言われ困ったことが多々ありました。御社は審査においてISOMS規格に則り、規格要求事項以外を要求しないことは間違いないですね?」

橋野取締役 「規格要求以外というのはどんなことですかな?
審査基準はISOMS規格、御社の社内手順書、法的その他の要求事項となっており、ISOMS規格の要求事項だけではありません」

岡山 「あっ、言い間違えました。おっしゃる通りで規格要求だけではありませんね。私どもは審査基準として、それ以外を盛り込むかをお聞きしたつもりです。
それ以外といいますと、最近の流行はやりは有益な環境側面ですかね。もっとも盛りはもう過ぎましたか」


注:有益な環境側面は2010年頃がピークで、この物語の2019年頃にはだいぶ減ってきた。
それでも2019年には認証機関の2割のウェブサイトで有益な環境側面についての言及があった。
有益な環境側面があると考える認証機関推移

驚くことに審査員研修機関のウェブサイトでは、2012年には9割、2021年には研修機関の大きく数を減らしたが、残った3社中2社はウェブサイトに有益な環境側面も教えますと表記してあった。審査員登録機関はしっかりと承認審査を行っているのだろうか?
有益な環境側面があると考える審査員研修機関推移

詳細はこちら参照 ⇒ 有益な環境側面2021


片桐審査員 「有益な環境側面ですか……それが何かまずいですか?」

橋野取締役 「ほう、片桐君は有益な環境側面についてどう思っているのかな?」

片桐審査員 「確かに有益な環境側面というものは、規格にありません。しかし環境側面というと、多くの人は資源の使用、公害発生などの悪影響を思い浮かべ、環境を良くする影響を持つ環境側面を思い至りません。
そこで良い環境影響も忘れるなという意味でしょう。ただ文章として環境影響ではつながりがおかしく、ちょっとひねって有益な環境側面と称したのかと思います。
目くじら立てるようなことじゃありません」

岡山 「そういうことなら人畜無害でしょう。しかし現実はそうではありません。

まず環境側面とは『有益な環境影響や有害な環境影響を及ぼす製品やサービスの要素』と規格の定義にあります(ISO14001:2015 3.2.2の本文及び注記1を要約)
ところで有益な環境影響を及ぼす環境側面は有益な環境影響しか出さないのかといえば、そうではありません。すべての環境側面は有益な環境影響も有害な環境影響も及ぼしているのです。
廃棄物がなぜ出るのかといえば、廃棄物を作ろうとしているのではなく、製品やサービスを生み出した副産物が廃棄物のわけです。製品だけ作るプロセスは理想でしょうけど存在しません。また廃棄物のみ作るプロセスを作るはずがありません。

ISO審査だって、紙を使わず、パソコンもインターネットも使わず、出張もせずにできるわけがありません。環境に良い影響を与えようとする活動は、環境に悪い影響も与えているわけです。

規格の定義から演繹すると、有益な環境影響のみ発する環境側面はないわけです。では有益な環境側面とは何でしょうかね?」

片桐審査員 「うーん、有益な環境影響が有害な環境影響より大きな環境側面かな?」

岡山 「まさか、有害な環境影響が有益な環境影響よりも大きいサービスや製品なら、存在が許されませんよ。例に挙げた環境ISOの審査で発生する有害な影響が、審査によって企業の遵法と汚染の予防を増進する効果より大きいなら、ISO認証が制度化されるはずがありません。ご理解いただけますね」


注:「有益な環境側面はない」と言われるようになってから、「有益な環境側面とは有益な環境影響が有害な環境影響より大きい環境側面だ」と言い出した某認証機関の幹部がいた。アホか!
救いようがない 別の認証機関では「有益な環境影響を有益な環境側面ということもある」とウェブサイトで注記している。これまたISO14001の定義を無視した(理解していないのか?)トンデモ認証機関!恥の上塗りである。

2023.09.17に「有益な環境側面」でググると、夥しい有益な環境側面の講釈がヒットした。その日付は2023年とか2022年、最近というか現時点である。
イヤハヤ


岡山 「言い換えると大きな有害な環境影響を持つものでも、相対的に有益な環境影響が大きければ使用されるわけです。
PCB(ポリ塩化ビフェニル)はその絶縁性、安定性、難燃性などから、今でも航空機での使用は許されているはずです。同じくカドミメッキも無害なものへの代替えは検討されていますが、まだ航空機については使用可能のはずです」


注:主たるものとしてPCB、カドミメッキ、劣化ウランなどがある。
航空機メーカーはPCBの使用を止めているが、ネットで見た限りアメリカでPCB使用を禁止する法規制はないようだ。
劣化ウランについてもネットを見ただけだが、使用済後に回収する誓約と帳簿を維持することで、一般の製品に使用する許可が得られるらしい。


磯原 「片桐さん、御社は本社というか本部はイギリスにあると思います。そこでは有益な環境側面なる言葉を使っているのでしょうか?
本家本元で使われていないと思いますよ」

片桐審査員 「そう理詰めで来られても困りますね。まあ、いきさつは先ほど私が言いましたように、良い環境影響も忘れるなという意図だったのでしょう」

岡山 「弊社でも単に良い環境影響も忘れるなという意図での意味なら、特段目くじらを立てることはありません。
しかし弊社の審査で、『有益な環境側面がない』として不適合を出されたこともあり、別のケースでは『環境側面それぞれに有益か有害かの区分をしていない』からと不適合を出されています。

それは認証機関あるいは審査員個人の考えなのかもしれませんが、認証機関のウェブサイトに有益な環境側面という言葉が飛び交っているわけで、審査員個人の理解ではなく、認証機関としての見解だと理解しています。

そんなことから私どもは、有益な環境側面という発想そのものが規格を理解していないこと、そしてそれに基づいて不適合を出す認証機関には審査依頼しないと決めております。
片桐さんのお話をお聞きすると、御社に審査を依頼すると問題が起きそうですね」

片桐審査員 「いや、それほどまでに規格を読みこんでいる企業さんがあるとは思っておりませんでした。また審査においては要求事項を文字解釈して判断しますので、その懸念はご不要です」

橋野取締役 「岡山さん、まあ片桐君にはスラッシュ電機さんの考え方、その真剣さ、厳密さを理解してもらうために来てもらっている。準備運動だと思ってください」

磯原 「実際の審査は真剣勝負を期待しております」

橋野取締役 「ご期待ください」

岡山 「御社は『有益な環境側面を要求しない』と理解しました。
次は当たり前ですが、規格解釈は英語原文で行ってください。和訳されたJISQ14001は参考にとどめてください」

片桐審査員 「そのようにいたします」

岡山 「なにしろ原文では『必然的になる』という意味を、日本語訳では『決定する』となっていますから、誤解の元ですわ」

片桐審査員 「はっ?

橋野取締役 「determineですね。そういうおかしな翻訳は多々ありますね。policyも日本語の方針とは違いますね」

岡山 「不適合の証拠と根拠をトレース、つまり証拠・根拠を特定するように辿たどれるように記述願います。これはISO17021-1の『9.4.5 審査所見の特定及び記録』という項目に書いてあることそのままです」

片桐審査員 「証拠を後から辿れるように記述する意図は分かりました。しかし証拠や根拠をたどれるように記述することは難しいですね」

岡山 「どうしてでしょうか?」

片桐審査員 「ISO規格要求であれば規格を見ればすぐに該当するshallの項番は分かります。でも法規制に関わるものは、どの法律の何条かなんて審査中は分かりません」

岡山 「しかし法律に反していると見つけることができるなら、どの法規に反しているかは分かっているわけですね。今申しているのは、所見報告書に不適合を記述する際には法令名と該当条項を示すこと、不具合のあった文書名と所在するページとか工場のどこにあったのかということを、記してほしいというだけです」

片桐審査員 「しかし間違いなく法規制にあったと覚えていても、その条項を思い出せないことはあるでしょう」

岡山 「それは言い換えると『あったと思う』という根拠で、不適合を出すということですか?
存在があいまいなことを否定するのは悪魔の証明です。我々は違反していないことは立証できませんね」

片桐審査員 「審査側が違法である根拠を示せば不適合ですが、審査側が違法である根拠を示せずに受査側が合法である根拠を示せないときはどうなりますか?」

磯原 「ご存じと思いますが、そのケースが裁判なら推定無罪です。審査も裁判と同じく証拠裁判主義であると思います。ともかく不適合とする根拠を示すことができなければ、理屈から不適合ではありません。
ちなみに先ほどの規格にない要求を出すなというのは、罪刑法定主義になります。


注:証拠裁判主義とは「事実認定は証拠によって行われなければならない」という原則(刑事訴訟法317条)
罪刑法定主義とは「ある行為を有罪とするには、法令によってその行為が犯罪と規定されていなければならない」という原則(憲法31条)


磯原 「ISO17021-1では、所見報告書が適正か否かを審査するプロセスを要求しています(ISO17021-1:2015 7.2.10)。これは裁判で言えば裁判官の役割になりますね。
ご存じと思いますが、いや多くの人は勘違いしているのですが、審査員は裁判官ではなく検事です。問題があれば、その根拠と証拠を挙げて有罪の判決を要求します。この証拠や根拠が有罪にするに当たらない場合は無罪です。
裁判官は被告人を裁くのではなく、検事が提出した根拠と証拠が有罪にするに十分か否かを裁くのです。

認証機関の判定委員会あるいはそれに相当するプロセスにおいて、審査員が出した報告書の内容を審査判定するわけで、これが裁判官の役割ですね。
ジキルQAではこのプロセスは有効に機能しているでしょうから、片桐審査員が根拠を明確に記述していない報告書を上げても、報告書が差し戻しになるでしょうね。差し戻しにならないなら驚きです」

片桐審査員は驚いたように橋野取締役の顔を見る。
橋野取締役は苦笑いである。

磯原 「とはいえ確固たる証拠がなくても不安であれば、口頭でコメントするとか、どうしても不適合と考えたなら、一旦ペンディングとして双方が期限を決めて調査するということでいかがですか?」

片桐審査員 「それはできません。万が一見逃したことが後々で事故や違反につながれば認証機関も責任を問われます。
それに我々は次々と審査をしているわけで、審査した組織の結論がその場で片付かないと困ります」

岡山 「そういう大量生産的な考えで審査されては困りますね。認証機関から見ればワンノブゼムでしょうけど、我々にとってはオンリーワンですからね。
10万円のオーダースーツだって客の好みを聞いてくれますよ。本社の審査費用は300万ではきかないでしょう。認証機関主体で考えるのではなく、顧客主体で考えてほしいです」

片桐審査員 「提案があります。ISO認証は遵法点検ではありません。審査登録証にも違反がないことを意味するものではないと記してあります。御社の審査においては法に関わることを見ないというのはいかがでしょうか?
もちろん法規制の調査とかまとめたものは拝見するということで」

磯原 「片桐さん、冗談を言ってはいけませんよ。審査とはプロセスだけを観察してもだめです」

片桐審査員 「はい?」

磯原 「プロセスが正しく機能しているかを調べるには、プロセスの仕組みを吟味するとか、正常に機能しているかを見てもダメなんです。
インプットとアウトプットを見て、そのプロセスが正常なのか否かを判断しなければならない。

法規制を調べるという仕組みがOKかNGかを調べるには、その仕組み、調べ方を見てもダメ。アウトプットされた法規制が妥当か否かです。
ISO審査は遵法点検ではないと言われます。確かにそうなんでしょうけど、該当法規をしっかり調べているか、遵守評価は有効かを確認するには、実際の遵法状況を調べなければならないのです」

片桐審査員 「でも結果が良ければOKというわけでもありませんよね。仕組みが悪くて結果が良いこともあるでしょう」

磯原 「ちょっと待ってください。仕組みが良いことをどういう方法で確認しますか? 実用的な方法としてはプロセスをブラックボックスとして、INとOUTからプロセスを評価するしかありません。
これは法規制だけではありません。計画でも同じ、訓練の仕組みも同じです」

片桐審査員 「計画の場合とは?」

磯原 「省エネ計画で100を目標としたとしましょう。その結果が90なら、計画が悪いと断じてもよいということです」

片桐審査員 「えっ!だって計画そのものの責任でないこともあるでしょう。経済環境とか気象条件とかメンバーが頑張らなかったとか」

磯原 「計画は見直しを含めて、結果を出さなければ計画が悪いのです。技術が足りなかったならそれを見込まなかった計画が悪い、天候不順だったならその時点でリカバリー策を考えない計画が悪い、
あのですね、企業においては想定外のことで競争に遅れたという言い訳はありません。負けは負け、敗軍の将兵を語ってはいけない」

橋野取締役 「いや〜、磯原さんはすごい人だ。ここに置いておくのがもったいない。ぜひともウチに来て欲しいなあ〜」

磯原 「それはお褒めの言葉かもしれませんが、失礼だと思いますよ。私どもはモノづくりをしておあしをいただいています。仕事の内容もレベルも、認証機関に劣るとは考えておりません」

橋野取締役 「いや、申し訳ない。失礼した」

磯原 「ええと岡山さん、別項目にあった最終ミーティングで決着つかなかったことの対応も、ここで出したほうが良いんじゃないか」

岡山 「そうですね。 ええと今の事項と関連しますので、もう一件合わせて確認したいことがあります。
法規制に関わることですが、審査の中で審査員から違法という指摘をされて受査側が反論して決着がつかないことがありました。

実は御社からISO14001の認証を受けている工場は、弊社の中でみっつあります。そこの審査で、御社から法に反しているとして不適合を出されたケースが過去数回あります。いずれのときも工場側は違法ではないと反論して同意に至りませんでした。しかし最終会議では審査員が一方的に不適合として報告書を出しています。

その後、再度行政機関に問い合わせて違反ではないことを確認し、そのエビデンスを御社に送付しておりますが、報告書の是正はされていません。
本来なら次回審査において前回の不適合の是正確認をするはずですが、その件についてはなかったようにフォローしなかったと記録されています」


注:「ISO17021-1:2015 適合性評価−マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項」9.4.7に依頼者(企業側)と審査チームの間に意見の相違があったときの対応が記してある。
だが私の経験では100%審査側が強行し、受査側の意見が反映されたことがないだけでなく、再審(?)を求める手段が与えられたことは一度もなかった。


橋野取締役 「あれだね、マニフェスト記載がどうたらという……」

岡山 「さようです。御社の審査でこの問題が直近に発生したのは、今から1年半前で内容はおっしゃる通りでした。
内容は、電子マニフェストにインプットした際に、その他を選択して2種類入力していたが、荷姿が違うなら2件入力すべきとして不適合とされた。そのとき東京都環境局に問い合わせて問題ないことを確認したと説明しても受け入れられず、法違反による指摘事項とされた。

その後、再度、東京都環境局に問い合わせて問題ないと回答を得て、それを添えてジキルQAに申し入れたが、報告書の改訂はできないとの回答を受けた。
しかも翌年の審査において、それに一言も言及がなく、あたかも前年に不適合がなかったかのように。不適合の訂正も是正フォローもしないとはどういうことなのか?

弊社では各事業拠点と関連会社における審査結果を集計しておりまして、このような問題は御社だけではありませんが、数十回の審査で1件程度の割合で発生しています。
いずれにおいても、認証機関が誤りを認めて報告書を訂正したという話は聞いたことがありません。工場サイドではISO審査とはそんなものと諦めているようです。
まあ、そうであるからこそ、御社の審査では、今後間違いを訂正する仕組みを作ってほしいということです」

橋野取締役 「ええと、お答えします。
その件は御社の高知工場かと思います。まずこのような問題が起きてしまったこと、および適切な後処理を行わなかったことについてお詫びいたします。
言い訳でありますが、本件の問題が発生したことには、御社からの報告等が正式な苦情とか異議申し立てでなく、御社から担当した審査員に宛てたものであったことがあります。

この件はいろいろな不適切な判断が重なっております。
まず審査側と受査側の意見が一致を見ないとき、強行して審査を終了し不適合としたこと。これは審査員の行為はISO17021に抵触します。更にその後に行政確認の通知を得たのに対応しなかったことも、審査を担当した審査員個人の判断でありました。
あげくに次年度に審査を担当した審査員に不適合について是正フォローしないよう引き継いでいたという、問題を上司に報告せず自分一人の判断で糊塗してしまったという、呆れるようなことをしていました。

ISO審査は民民の契約でありますから、審査基準に反して不適合を出し、その誤りを正さなかったことは信義に反する契約違反です。
そして御社から見れば、審査員の回答は当認証機関を代表した回答であるとみなすことは理解します。

かような不行き届きについては、弊社内規によって担当した審査員、次年度に引き継いだ審査員について始末書を取り懲戒処分を行いました。またそれより以前の類似事例については、調査したところ数件ありましたので、本人に事実確認の上、戒告などの処分を行いました。

スラッシュ電機さんに対しては、契約の当事者は高知工場でありますので、弊社から正式に高知工場に顛末書とお詫びを行いたいと考えております。

また最終会議で受査側と意見の一致を得られない場合の手順はISO17021もありますが、弊社では内部文書にして詳細手順も定めており、それについて審査員全員に対して再教育を行うこととします。
またお客様からの重要な文書などを、問題の重要性に応じて上司に報告せず、処理せず放置または無視したことへの処分も徹底します。

また最終会議において決裂した場合も含めて、意見・苦情があれば、報告書にサインする義務のないこと、また異議申し立てあるいは苦情を、弊社の正式ルートにて申し出ていただくことができること、これにより差別的取り扱いが起きないことを、すべてのお客様に対して、公文にて広報する予定です。

以上の措置を直ちに行います。
ということで岡山さんの疑問への回答になりましたでしょうか?」


注:「異議」とは受査側が審査側の行為に対して申し立てる。
「苦情」とは受査側を含めた利害関係者が申し立てることができる。
認証を受けた企業に不祥事があれば、一般市民が認証機関の能力に苦情を言うことも可能である。もっとも対応するかどうかは別だ。


岡山 「概要はわかりました。本日以降の御社の審査を拝見して是正されたのかを確認いたします。
細かなことになりますが、今後最終会議で妥協できないときは、双方サインしないという運用となるのでしょうか?」

橋野取締役 「証拠・証拠などの調査結果決着がついたとしても、双方集まって最終の報告書にサインとなると、スラッシュ電機さんの本社の場合、東京から横浜桜木町まで電車で30分、なんとか半日で片付くでしょう。しかし一般論では全国津々浦々ですから、はっきり言って実行不可能です。
弊社のウェブサイトなどに電子署名できる仕組みを作って、双方が納得できればそれぞれサインをするという方法とか考えましょう」

磯原 「現実問題として、最終会議で納得できないというものは、弊社では約35拠点で審査を受けていますが、私の知る限りこのような問題はあって年1件でしょう。もちろん認証機関のシエアから、御社はその1割しかありません」

橋野取締役 「発生確率は少ないということか」

磯原 「そうです。そのくらいの発生割合ですから、受査したのが工場であっても、桜木町までお邪魔してもよいかなと思います。我々の場合はですが。
とりあえず対応手順を整備して周知していただければ幸いです」


******

打ち合わせを終えてスラッシュ電機を出た橋野と片桐は、東京駅まで地上を歩く。冬とはいえ日が差しているので暖かい。このあたりに来るのは久しぶりなので、日比谷通りをお堀に沿って歩き、行幸通りを左に曲がる。所要時間は15分程度だろう。
道々、片桐は橋野に話しかける。

片桐審査員 「まったく屁理屈ばかりですね。最近は企業で働いている人に、審査員より詳しいと思い込んでいる痛い人が多くて……」


注:「痛い人」という言葉はオタクの間で、中二病のように「痛い発言」をする人を「痛い人」と呼んだそうだ。一般人が使うようになったのはネットでグルると2010年代半ば以降である。そんなに歴史がある言葉ではないようだ。
ちなみに現代の定義()では「聞く人がいたたまれなくなる「心の痛さ」を感じさせる人」なんだそうです。


橋野取締役 「片桐君、そういう思い込みはしないほうが良いよ。『強気ですね』と言った君の茶々は少しばかり失礼すぎだ。それに向こうの論理は間違っていない。
そして君が勘違いしていることがある。岡山という男は知らないが、磯原は田舎の工場で省エネを担当していて、3年前、本社に異動したと聞く。それまでISOに関りがなかったとのこと。

二人連れ 名刺には肩書がなかったが、昨年末に課長になったらしい。本社の課長というのは部長級だ。まだ40前だろう。優秀なのは間違いない。
ISOなど全く知らなかったのに、形式的で2重帳簿だった本社のISO14001認証を、全面的に見直してあるがままを見せるように変えた。彼の上長がわしの大学時代の友人だが、そいつが言うには年間数千万の削減になったという。

そのとき、磯原氏はわしのところに相談に来たことがある(第16話)。それから本社に留まらず全社のISO14001を形だけのものから、二重帳簿を止めさせて裏表なしのものにした。
そして審査で問題になった審査員のミスを、片っ端から訂正を求めるということをしてきたんだ。どこも奴にかかっては赤子同然だ。幸い今までウチが審査のミスで叩かれたことはなかった。
今回はついにウチもかと驚愕したよ。
困った審査員が己のミスを隠そうとしたんだよな。後はミスが重なるばかり」

片桐審査員 「審査員のミスを叩くというのは自己満足ですか?」

橋野取締役 「そんなことじゃない。有益な環境側面がなければならないと言われて、そんなことに対応するのは費用の無駄だ。まともなサラリーマンが年間40時間も費やせば40万円かそれ以上の損になるだろう。見方を変えれば、審査員が理由なく会社に損害を与えているわけだ。
環境実施計画は目的用と目標用の二つが必要とか、環境側面はスコアリング法だけ、調査はクリップからトイレットペーパーまで使用量を調べろ……そんなことを言う審査員はたくさんいる。余分な手間をかければ会社の損はすぐに年間1千万とか2千万位なるわ。
磯原はそんな悪を許せないんだな。まあ、回りまわって会社の損出が減り、最終的にはサラリーに反映されるわけだし。
今日の奴らの話をよく聞いていたか? ああいった批判は当然だ。わしだってあんなことをされたら怒るぞ。あれを痛い人なんていうようでは、君こそ痛い人だ。

ともかく奴はただ者じゃない。ISO規格それもMS規格だけでなく17021とか19001とかも暗記しているし、IAF基準やJAB基準もそらんじている。
今どき、ISOの知識など会社側のほうが詳しいかもしれんぞ。審査員が会社勤めより抜きん出ているものがあるとすれば、所見報告書を書くことくらいだ。
特に磯原は……わしが奴に議論を吹っかけて勝つ気はしないね」

片桐審査員 「そうですか。じゃあ審査が楽しみです」

橋野取締役 「意気込みは評価するが、地に足をつけてないと足をすくわれるぞ。
有益な環境側面なんて日本限定だ。領海を出たら無意味だ。ウチのウェブサイトは本部に常時チェックされている。もし有益な環境側面なるものを表記したら、責任者が懲戒される。
そういうことを知っておくんだな」

片桐審査員 「そうなんですか。勉強します」

橋野取締役 「言っておくが、今回は鴨が葱を背負って来た状況じゃない。彼らはウチを査定しようとしている。鼎の軽重を問われているんだ。
今まで認証機関のの方の品質環境センターに依頼していたので、今回は少しは評判の良いウチのお手並み拝見というところだろう。そして我々が期待に応えられないなら、スラッシュ電機はISO14001を見限り認証を返上して、ISO14001認証は役に立たないと叫ぶに違いない。

本社の審査で彼らに評価されれば、工場もウチに移管するかもしれないが、反面 失望させれば我々の評価は落ちる。
君ならできると思い審査リーダーにするつもりだった。だが今日の君の発言を聞くと、わしは誤ったのかもしれない。おかしな発言をしただけでなく、そのミスに気づいていないのだから。
自信がないなら、わしがやる」



うそ800  本日の無念

認証機関のえらいさんが、こんなふうに話が分かる人なら結構ですが……私が相対した方々は、皆 偉すぎて私のような下々を相手にする気はなかったようだ。
いくら理屈を解いても馬の耳に念仏、右から左であった。

矢印
右耳
■ ■ ■
左耳
矢印

ちなみに聞いたことをすぐ忘れてしまう人を「ちくわ耳」というと小学生のとき教えられた。英語では「go in one ear and out the other」と言うと英会話教室で習った。
私はこの言い回しを何度聞いても忘れてしまう。私の耳はちくわ耳である。

私が抗議に行っても、多くの認証機関は何も知らない会社員が手ぶらで抗議に来たとバカにした。
冗談じゃない。私もそれほど猪突猛進ではない。抗議に行く前に規格解釈ならISOTC委員や他の認証機関の取締役に相談したり、手続きであればJABへ問い合わせたり、法に関わることなら行政機関に確認して、成算があるから乗り込んだのだよ。

だから講演会などで名前を知っただけの方にメールとか相談したことは何度もある。取引のない認証機関の幹部と知り合ったのはそういうことからだ。
ただ、相談した認証機関の幹部から、そんな問題があるなら認証機関を鞍替えしなさいと言われるのには閉口した。もっとも彼らも商売だから、悪いのは私なの?



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外資社員様からお便りを頂きました(2023.09.19)
おばQさま
いつもながらリアルですね。

何がと言えば片桐のセリフ
>「まったく屁理屈ばかりですね。最近は企業で働いている人に、審査員より詳しいと思い込んでいる痛い人が多くて……」
認証を受ける側はお客、それも無駄をしたくない(安くでは無い)という当然の顧客要求。にもかかわらず、こういう審査員側の考えが普通だったのでしょうね。

もっとリアルなのは
「万が一見逃したことが後々で事故や違反につながれば認証機関も責任を問われます。
それに我々は次々と審査をしているわけで、審査した組織の結論がその場で片付かないと困ります」
認証機関が責任を問われるという自信の根拠が「認証は企業を良くする」という考えとセットなのでしょうか?
そして「その場で片付ける」が多くの誤った審査を生んだ原因な気がします。

審査した側は、もうそれで終わりと思っているが、納得いかない被審査側の会社は絶対に忘れない。この非対称な関係が合理性の無い不適合を生んだような気がしました。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
正直言って、私のように真剣に受け止める人が少なかったと思います。
会社側の9割方の人は、認証さえ取れればおしまい、うるさいことは右から左に聞いておけば済む、さあ明日からISOなんぞ忘れて仕事しようぜ〜ってなもんじゃないでしょうか。
現役時代、私は認証機関の幹部にも会いましたが、それ以上に審査員の方々に知り合いは多く飲んだりもしてました。
まあ、皆さんISO審査で社会貢献などしようとは思っていません。定年まで本体で勤務できず出向の目にあった。しょうがないなあ〜という感じではないのでしょうか。
いろいろ面白い話を聞きました。
「審査に行って怒鳴ったので苦情を申し立てられたよ、アハハハ」
そんな程度なんでしょうね。
「審査で判断ミスしてなんとかごまかした」
そうですか……
「審査のスケジュール表を別の会社に送っちゃったよ、アハハハ」
私も別の会社のものが来たことがありました。
「乗り継ぎに失敗して遅刻したよ」
実を申しまして私は……同名の別の会社を監査で訪問したことがあります。監査の神様、お許しください。
というと、私も似たようなものでしょうか、アハハハ

ふとし様からお便りを頂きました(2023.09.20)
いつもお世話になっております。ふとしです。
今回の話は、なんと言うか、とてもリアリティーを感じました。
評判の良い○○だから大丈夫だろうと油断していたらトンデモ審査員が来たことを思い出しました。
どこにでもこういう審査員は居るのでしょうね。

私は、佐為様のお話に出てくるキャラクターの顔片桐審査員を見ただけで良い役なのか悪い役なのか分かるようになってきました。
話の流れ的に、「良い審査員」が出てくる気がしていましたが片桐さんのお顔を拝見して、「こいつはダメな奴だな」と、ピーンときました笑
案の定、失言妄言のオンパレードでしたね。

「同名の別の会社を監査で訪問」の件、お知り合いの話かと思っておりました。
ご自身のお話だったのですね。
これぞまさに、孔子の倒れ、弘法にも筆の誤り。
私は電車で眠ってしまって、往復し乗車駅に帰ってきたところで目を覚ましたことがあります。

ふとし様、毎度ありがとうございます。
なにしろこのお話が始まったのは、ふとし様からの要望ですからね。行く末を見届けてもらわないと生まれた子がかわいそう。
実を言いまして、私はうっかりもの、忘れん坊、困ったちゃんでございます。
私も大船駅から東京方面に帰るときのこと、酔っぱらっていて目が覚めたら大船駅で、まだ発車していないのかと思ったことがあります。実は東京まで行って、また戻ってきたところだったのです。夕方の通勤時間帯は終点でも、中の点検をしないのでしょうか? 酔っ払いが何を言っている!
そんなことで驚いてはいけない キリッ
やはり酔っぱらって東京から当時住んでいた稲毛に帰ろうとして、目が覚めたら佐倉!なんと目的地をはるかに超えておりました。
へたすると成田空港まで行って国際線に乗っていたかも……なことはありえない!
すぐにと言いたいですが、夜になると東京〜成田の電車は1時間1本とか2本。寒風吹くホームで立ち続け、やっと来た東京行きに乗り、目が覚めたら市川〜♪、目的地を通り過ぎて東京の手前です。
そのときは絶対に座らないぞと決心してシンデレラの時刻に稲毛へたどり着きました。
どうだ!ふとし様に勝ったぞ!

えーと、お顔の件でございますが、過去にお話を書いた時の絵を流用しております。なにせテレビドラマでは俳優は悪役もするし刑事役もするし、殺す役も殺される役もやります。
なぜ流用するのかと言いますと、しっかりと理由がありまして、プロバイダの容量が一杯々々で絵もテキストもダイエットしないとダメなのでございます。なにしろウェブサイト創立から22年という個人のウェブサイトでは日本記録レベルなのでもうダメポです。
とまあばかばかしいお話を続けますので、生暖かい声援をお願いします。


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