*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
物語の現在の時は2019年3月上旬である。
スラッシュ電機の本社・支社のISO審査は例年12月だったが、昨年は審査中に暴行事件が起きて、審査が中止され認証は切れてしまった。
それで新たに認証しなおしすることになったのだが、会社の繁忙期を避けるために12月から8月頃にずらす予定だ。そろそろ動き出さねばなるまい。
ということで岡山と田中と坂本が集まって、ISOプロジェクトの打合せである。
「今回の我々の仕事は、通常の審査準備とちょっと違います。
ひとつは認証機関の移転ですから、従来のままでも品質環境センターではOKだったわけです。今回はジキルQAですから審査のニュアンスが違い、認証機関の特徴を調べて多少は調整する必要があるのかもしれません。
次は先日のミーティングで出ましたが、審査のためというのではなく基本は会社規則や法令をしっかり守るという観点で進もうということ。
第三は審査員がかなり上から目線でくるようで、今回審査中に職場でもめないようにし注意が必要かと思います」
「いろいろ違和感があるんだけどね。一番目は現状が悪くないなら、不適合を出されたら説明することで対処できるんじゃないかな。あまり気を使うことはないよ。
ふたつ目だが、会社規則を守らせるって、具体的に何をどうするのか見当がつかない。
みっつ目はおかしいよ。そもそも品質環境センターから移転するのは、審査員の暴行事件があったからだよね。そのために替えるのに、移転予定の認証機関が上から目線とかやりとりで問題が起きる懸念があるなら、そこを選ぶのが間違いだ。もっとましな認証機関を探すべきだ」
「坂本さんと同じ意見だ。暴行事件が起きたから、認証機関を替えるというのは当然だ。だけど予定しているジキルQAも問題が起きそうなら、まだ契約していないのだから他を当たるべきだろう」
「まだ契約はしていません。ただ山内参与からジキルにしろという指示があったそうです。過去からいろいろと交渉があって、親密な関係と聞きます。
でも、そうですよねえ〜。ジキルを使う義理はないですよね。元々は品質環境センターよりジキルQAは、審査能力が優れているという触れ込みだったそうです。しかし実際に会って話をしたり、実績をみれば良いとは思えません」
「少なくてもそういう懸念があるジキルQAに対して、何もアクションを取らないで、内部で対応を考えるというのは筋違いでしょう。
ええと、まずはジキルに対して我々の懸念を伝えて、そういうことは絶対に起こさないという言質を取るべきです」
「実は先日ジキルの取締役と多分審査リーダーになると思われる審査員が来たとき、上から目線だったので、その場で失礼だと申しました。向こうは謝罪しましたので、それは片付いたと考えていたのです。
その後、当社グループのISO審査にその審査員が来たかどうか調べたら、高知工場に審査に来ていて態度が悪く次回以降忌避していることが分かりました」
「それが分かってどうしたの? 当社では問題を起こした審査員は、それ以降は全社でお断りというルールでしょう」
「おっしゃる通りです。ただその審査員、片桐といいましたが、高知工場では毎回忌避しており、その他の工場にはまだ派遣されたことがないのです。
実は先方との打ち合わせを終わって、戻ってきてから磯原さんと話したのですが、磯原さんはその審査員を忌避しようという意見でした。たまたまそれを聞いた柳田さんは、忌避せずに何かあったら抗議した方が効果的じゃないかという意見でした。磯原さんは結論を出しませんでしたね」
「彼はまだ時間があると思っているのかな?
契約はいつの予定?」
「今3月です。来月には契約しないと、審査の予定を入れてもらえませんね」
「我々が動かなければ進まないよ。高知工場に実際はどうだったのか問い合わせる。ジキルで認証している会社で知り合いがいたら、聞いてみるとかもう少し調べよう。
特定の審査員だけなら、当人だけ忌避すればよいだろうけど、認証機関の体質的なことなら鞍替え中止とかいろいろ考えないとならない」
「おっしゃる通りですね。考えが回りませんでした。
それじゃすぐに調べてみますから、そうですね週末くらいにまた集まってもらいます」
「一人で何でもするのではなく、皆で分担しよう。高知工場は私が問い合わせる。それと私の取引先にジキルから認証を受けている会社があったから聞いてみるよ。
ジキルで認証を受けているほかの工場や関連会社については、岡山君調べてくれ。数が多ければそれも分担しよう。
坂本さんも知り合いにジキルの認証を受けた会社があれば、状況を問い合わせてくれないかな」
「了解、古巣に聞いてみましょう」
田中はすぐさま高知工場の知り合いに電話をする。田中は本社に来るまでは宇都宮工場で環境課長をしていたから、他の工場の課長とか担当者に知り合いは多いのだ。会ったことのない親友さえいる。
「俺だよ、田中だよ。元気している?
今、俺は本社勤務なんだ。昇進じゃないよ。今年で定年だ。もちろん嘱託で働くけどね。
ちょっと聞きたいことがあってさ、お宅はジキルQAでISO14001認証しているよね。3年前かな、片桐という審査員が来てもめたとか聞いたけど、どんなことがあったの?」
「片桐? ああ、覚えている。本当は、思い出したくない奴なんだよな〜。審査ではなくマナーというのかな、態度というのか、人の神経を逆なでするような奴だった。
まずどこに行っても傲慢不遜な態度で、ヒアリング受けた人は気を悪くした。私はあとで大勢から苦情を言われて参ったよ。
それってさ、田中さんが聞いてきたということは、どこかジキルに鞍替えするわけ?」
「品質環境センターが大阪支社で起こした暴行事件のことを聞いてるかい?
そうそう、トンデモだよね、アハハハ
支社と本社は一体で認証を受けているんだ。昨年の審査はそのために中止になり、今は認証が切れてるんだ。それで鞍替え先を検討中だ」
「片桐審査員は問題があってから断っているが、ジキルはほかの審査員だってひどいもんだよ。2年前にウチで法違反なんて指摘を出してさ、こちらが一生懸命説明しても耳を貸さず、法違反という報告書が残っている。その後、行政に確認しても問題ないという回答をもらって文書にしてジキルに送ってもそれっきりさ。
うちの会社も上のほうは細かいことは分からないから、課長はお叱りを受けたよ。ひどい話だ。
というわけで俺としてはジキルを勧めない。鞍替えするならもっとましなところにしなよ。ウチも鞍替えしたいけど、なんでも革新することは難しいね」
「ありがとう。大変ためになる情報だった。こんなことを言っちゃなんだが、同じことをおたくの課長に聞くけど良いよね? ありがとう、そいじゃまた」
田中は電話を高知工場の環境課長に電話をかけなおす。向こうの席は二つ三つしか離れていない。
「お久しぶりです!宇都宮にいた田中です」
「おお、本社に行ったんだって」
「そうなんです、栄転じゃないです。とうに役職定年過ぎてますよ。ちょっとお聞きしたいのですが」
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課長から聞いたことは担当者が語ったことと全く同じだった。彼らの意見は、本社が鞍替えするならジキルは止めろということだ。もちろん彼らが良い認証機関を知っているわけではないし、別のところが良いという保証もない。
坂本は以前の勤務先である静岡工場に電話する。
「あっ、俺だよ。サ カ モ ト、忘れちゃった? 俺が転勤してまだ半年だよ。そこで40年も働いていたんだけどなあ〜
あのさ、うちの取引先でISO認証をジキルでしていたところあったよね。本社をジキルにしようかって話があってね。そうそう、いくつか会社と担当者名を教えてもらえないかね。頼むわ」
岡山は柳田に、工場や関連会社の審査トラブルのデータベースがどこにあるのかを聞く。それを立ち上げて、ジキルで認証している工場と関連会社を探す。
工場は高知工場を含めて3つ、関連会社は5社あった。
そう言えばと岡山は思い出した。1990年代初頭にISO9001を認証が始まった当時は、原子力の認定を受けている認証機関は少なく、ジキルの他に一つか二つしかなかったと聞く。だから原子力関係の仕事をしているところはジキル一択だったとか。
もっともスラッシュ電機が原子力発電機器を製造しているわけではない。
原子力発電所で使われる、監視カメラも受電・送電も皆原子力関連とみなされると聞く。原発の監視カメラを受注しただけでも、ISO9001の認証を受けるにはカテゴリーが原子力になるのだ。
もちろん原子力発電と関わらない外部の警報や監視カメラなどはその限りではないのだろうが、岡山は細かいことは知らない。
ともかく残り2工場と関連会社5社に、過去ISO審査でトラブルがなかったかを見る。とりあえず過去3年に限定する。
豊中工場ではコンプレッサー騒音特定施設を増設しているが、その届をしていないという不適合が出されている。振動特定施設は1台でも増設したら届をしなければならないが、騒音特定施設は届けを出したときの数の倍を超えたときに増設を届けることになっている。単純な勘違いなのか、そもそも法律を知らないのか、まあ良くあると言えば良くあることだ。
これについても是正しようがないので、その旨ジキルに申し入れたが、音沙汰なかったとある。
れっきとした会社で、取引先からビジネスに関して公式に問い合わせがあったとき、無視するというのは心臓が強い。取引を打ち切られても文句は言えまい。
いやいや、民事訴訟で訴えられるカモ
正直言って、私はISO14001認証が始まった時から、規格要求以外に余計なこと追加して審査する認証機関を訴えたくて仕方なかった。
なんで環境側面を調べるとき、ゼムクリップまで調べるのか? どこにそんな要求があるのか?
スコアリング法でないとダメと言った審査員はISO認証制度を悪くした責任を追及すべきだ。
UKASが言っていると騙った(誤字じゃありません)審査員は詐欺罪ではないのか? 詐欺罪なら民事ではなく刑法犯だよ。
長野工場では……3年前のこと、審査で紙マニフェスト票が回収されていないものがあるとして、廃棄物処理法違反の不適合になっている。
岡山は何度読んでも状況を理解できなかった。
お手上げのものをいくら考えても分からない。斜め向かいに増子が座っているかと見るといない。その隣に増子の弟子の石川がいる。
「おい、石川君、ちょっと教えてくれんか?」
石川は立ち上がって岡山の席に来る。年上が呼ぶとすぐに来るとは、なかなか良い青年だと岡山は心の中でほめる。
「ええとさ、長野工場で3年前ISO審査で法違反の不適合が出ている。いきさつが書いてあるのだが、俺が読んでも理解できない。サルにも分かるように説明してくれ」
石川は岡山のモニターを覗いてから話し出す。
「状況はわかりました。審査員が法律は知っていても、現実の運用を知らないで判断を誤ったのです。
ええと、話は長いのですが、まず産業廃棄物を業者に渡すときにはマニフェスト票を書いて渡すか、電子マニフェストシステムにインプットしなければなりません」
「ふむふむ」
「両者とも同じ役割なのですが、紙マニフェストでできることで、電子マニフェストではできないこともあるのです」
「ほうほう」
「まず紙マニフェストは、別に法で産廃の引き渡しにのみ使うものと決まっていません。それ以外の用途、有価物の引き渡しの伝票に使おうとメモ紙に使おうと問題ありません。
しかし有価物の引き渡しとかを、電子マニフェストのシステムに入力して管理することはできません」
注:参考にした資料
・環境省の「規制改革通知(H25.3.29付)」
・(一社)東京産業廃棄物協会 マニフェストFAQ
「ちょっと待って。俺は門外漢だけど、産業廃棄物の引き渡しにはマニフェスト票が必要だけど、有価物の引き渡しには不要だよね?」
「その理解でよろしいです。でも会社の担当者としては、お金になる有価物とお金を払う廃棄物で発行する伝票が違うと面倒でしょう。
それにどこの会社でも製品でも廃棄物でも敷地から外に持ち出すときは、品目・個数・許可者のサインのある持出を許可する文書を門でガードマンに見せないと盗難になります。
廃棄物ならマニフェスト票を見せればOKですよね。電子マニフェストならスマホの画面を見せればOKです。
有価物の引き渡しには電子マニフェストが使えません。それでマニフェスト票を使ったのです。言いましたように、マニフェスト票を目的外に使用することは、禁止されていませんから。
それともうひとつ理由がありました。段ボールとかは時により相場が変わり、有価物であったり、値段が付かない廃棄物となったりするのです。だからいつもマニフェスト票を交付していれば、問題ないわけです」
「なるほど、電子マニフェストでは問題になるのかい?」
「電子マニフェストの場合、廃棄物ならインプットできますが、有価の場合は廃棄物じゃないからシステムに入りません」
「なるほど、そうすると?」
「この問題が起きたのは今から3年前というと2016年ですから、マニフェストの電子化率が60%を超えたくらいですね。
この文章だけでは、廃棄物の時も紙マニフェストを切っていたかどうかは分かりません。しかし有価のときは紙マニフェストを発行していたわけですね。たぶん理由は有価物を引き渡した記録としてでしょう」
「なるほど、そこまでは分かった気がする。
で、このISO審査ではどうして違法だと言われたのだろう?」
「ええと……この文章では『回収していないマニフェスト票がある。例:○月○日発行のNO.○○』とあります。
廃棄物の処理の場合、マニフェスト票には法で定める事項を記入して、また運搬業者からB2票、処理業者からD票とE票が返却されまるから、それを保管しておかなければなりません。
しかし段ボールが有価物、つまり資源回収業者に売れるときは単なる売買であり、廃棄物処理ではありません。
有価物の場合、売買ですから買ったあとに誰に売ろうと、それを元の持ち主に知らせる義務がないのです。所有権の移転は自由です」
注:所有権の移転は完全に自由ではない。農地法での移転や転用の制限や、輸出管理では外国や外国人への売却が規制されている。
「段ボールは廃棄物になったり、有価になったりするといったじゃないか。値が動いたのに気づかないんじゃないか」
「それは収集運搬業者に渡すときにわかります。いくらで買いますと言うか、今は値が付かないと言うか、段ボールを引き渡すときはっきりしています。それを確認せずに仕事を依頼する人がいれば職務怠慢です。
ですから有価の時には、マニフェスト票は売買の記録ですから、法で定める事項、中間処理業者とか書く義務はありません。そして回収義務もありません。
仮に値が付かない……正確に言えば運賃よりも買値が安い時は……廃棄物になりますから廃棄物処理法で定めるこまごましたことを書かないと法違反になります。
ともかくこの場合は有価物として売却していますから、違法ではありません」
「分かったような分からないような感じだが、プロが言うならそうなんだろう。
でも収集運搬業者が有価と廃棄物を間違えることはないのか?」
「間違えれば自分自身も違反ですから、それはないでしょう」
「そういうことなら法違反だと、不適合にされて、更に行政に確認して合法だと言っても一回書いた審査所見報告書は修正できないなんて言われたら怒るよね」
「人間あきらめが肝心です。くじ運が悪いと思うしかありません」
「オイオイ、そんな悟りきったようなことを語って……君もそんな経験があるのかい?」
「毎度々々、わけの分からない審査員に苦しめられましたよ。
日本語じゃ通じないかと思って、ポルトガル語で説明したこともありますが、審査員が怒ってましたね、アハハハ」
注:今の日本は外国人労働者が多く働いている。ISO審査で外国人労働者とコミュニケーションするのは当然である。
ISO審査のルールでは30年以上前から、監査で使う言語についての規定がある。ISO10011-2:1991の時代は、通訳の支援を記述していたが、最新のISO17021-1:2015では、審査員が能力を持つべきとある。大変だねえ〜(棒) もちろん通訳を使っても良いのだろうけど
なお、石川はブラジル移民の日系三世で、日本に出稼ぎに来た親と一緒に来て、日本の学校を出て結婚して帰化したのである。
「君も大物だねえ〜」
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ジキルが3年以内にした判断ミスはこれくらいか。いやいや、これくらいどころか十分すぎる。
工場だけでなく関連会社もあるが、こちらはどうだろう……
関連会社でジキルQAに依頼しているのは、6社ある。でもってもめたのはあるのだろうか……3件あるぞ。
ちょっと待て、先日、ジキルと打ち合わせた後の打ち合わせのときに、柳田さんは審査でトラブルのあった工場や関連会社を調べたはずだ(第106話)。これが漏れていたということは関連会社については調べなかったのかな。ちょっと抜けのある人だ。
顔を上げると柳田さんがすました顔でタルトを食べコーヒーを飲んでいる。さすがお局様
「柳田さん、ちょっと〜」
柳田は石川の隣の隣の席だが、石川と違い岡山のところまで歩いてくる気配はない。
柳田さんに石川のに爪の垢でも……
「はい、なんでしょう?」
「先日打ち合わせ場でジキルQAの話をしたことがあったよね」
「ああ、通りもんを食べたときですね」
「そのタルトはどこからの差し入れですか?」
「まっ、聞こえが悪い。3階のケーキ屋から自腹で買ってきたのでござりんす」
「いつから花魁になったの? それはいいけどさ、その打ち合わせ場でのとき、柳田さんがジキルでもめたのを調べてくれたでしょう。あのとき関連会社までは見てなかったの? 審査でもめたのはけっこうあるんだけど」
「あんれ、あちきは片桐啓介が当社の工場か関連会社に来てないか、と言われたような覚えがありんす。
喧嘩出入りを調べてとは〜」
磯原が脇から声を出した。
「岡山さん、私は柳田さんにそう言いました。だから柳田さんに片桐氏の名刺を渡したでしょ」
「野暮はおさらばえ」
「クヤシーぞえ」
岡山は柳田からタルトをもらい、コーヒーを飲む。少し冷静になろう。
関連会社を見ていくと、ジキルQAのもめごとが見つかる。
A社では、社長にタメグチをきいたとあったので審査員は誰か見ると、氏名は書いてないがメンバーに片桐啓介がいる。あれ、するとやはり柳田さんは片桐の名でも見逃しているじゃないか。
「柳田さん、A社で社長にタメグチきいたというトラブルがあるけど、これは片桐じゃないのかい?」
「タルトが美味しかったから、いちゃもん付けてもう一個もらうつもり?」
「そうじゃねえよ。片桐をキーワードにして調べればこれはヒットしたよね」
柳田は岡山の席まで来る。
「これはね、もめたって書いてあるだけで審査員が誰か書いてないでしょう。それで向こうの会社に電話して審査員の名前を聞いたわよ。残念ながら片桐じゃなくて、鈴木だって」
岡山は立ち上がって深く礼をする。
「大変失礼を申し上げました」
「しっかりした仕事をしようね、岡山君」
「オイ、やられっぱなしだな。仇を取らないとだめだぞ」
「返り討ちにしてやるわ、フフフ」
ともかく片桐の先日の発言は、たまたまではなく度々あるようだ。悪気がないというレベルではないだろう。ISO審査員なら、アナウンサーのように敬語を使いこなすまでではなくても、ビジネスでは丁寧語は当然だ。
B社では審査での判断で審査員同士が激論したなんてのもある。認証機関に常識教育をしろというのは論外だ。どうしようもない製品を作っている会社に消費者が、品質向上しろと抗議するはずはない。不満を持った客は買わなくなるだけでなく、悪評を周りに拡散する。そのほうが淘汰圧は大きい。
認証機関に苦情を言うより、他所に移ったほうが早くて確実だ。ついでに噂も広まるだろう。
注:各種の調査で不満を持った客でクレームをつけるのは4%と言われる。96%はサイレントクレーマーと呼ばれ直接企業に苦情を言う代わり周囲に悪評を広めるといわれる。
cf. グッドマンの法則
しかしこう見てくると、まずジキルが良い認証機関というのは、ガセというか伝説のようだ。いや伝説でなく思い込みか。
じゃあ、なぜ悪い評判が立たないのかというと、顧客が一般消費者でなく企業だからではないだろうか。企業は正当であってもクレームをつけると、却って自社の評判を落とすことを気にする。だから猫を追うより皿を引けという行動になりやすい。
あのとき柳田さんは、審査は製品でなくサービスだから、審査の品質は認証機関でなく審査員個人を見なければならないといった。だが、それはおかしい。製品であろうとサービスであろうと、提供する組織は常に一定の品質を確保しなければならない。
サービスの品質は人に依存するのは間違いないが、だからこそ組織はばらつかないように管理しなければならない。
人が変わろうと常に一定の品質を保証できないなら会社を止めるべきだ。ましてやISO9001で良い品質が提供できる仕組みか否かを審査する商売をするなら、己の提供するサービスの品質を管理できないなら認証機関を止めるべきだ。
岡山、田中、坂本は三日後に集まったが、皆 審査員個人の問題でなく、認証機関を見直すべきだと意見が一致した。
岡山はそれを確認すると磯原を呼ぶ。
岡山が、ジキルQAのサービスはバラツキが多く品質も低いことを説明する。そしてスラッシュ電機グループのジキルQAの審査で過去に発生した問題について説明する。
「うーん、私は片桐氏のみ忌避ということで考えていたけど、まるっとダメか。
橋野さんも現場を見ていないのかなあ〜
まずは三人の結論を確認するけど、ジキルQAに依頼するのは反対だということね。但し現時点推薦する認証機関はなし。
私に一晩考えさせてください。明日朝、もう一度集まって話し合いをしたい。もしかすると私の決定は皆さんの意見と異なるかもしれないが、どちらにしても私が責任を取るのだから了解してほしい。
その後、速やかに山内さんが捕まりしだい話をします。そのとき岡山さんは同席してください。
そいじゃ、解散」
本日の課題
物を買うとき、それが形あるもの(製品)であろう形ない役務(サービス)であろうとと、QCD(品質、コスト、納期)を重要視する。
なお、納期とは、単に早く納めるということではなく、必要な時に納めること、何事が起きても納めるなど供給能力の意味を持つ。
21世紀になった頃はE(環境)も加えてQCDEだなんて言われたこともあったが、すぐに廃れた。今ならSDGsを加えようとなるかもしれないが、17項目では多すぎる。
ISO認証機関を選択するときもQCDが重要なのは同じだ。具体的には次のようになる。
Q:審査の品質
これには二つあって、ひとつは当然だが規格の理解と判断がまっとうなことであり、もうひとつはマナーとか態度がまともであること。
C:審査料金
実はあまり重要ではない。というのは仮に一日数万違っても審査料金は数十万も違わないが、規格の理解が誤っている認証機関なら、企業の被害はそんなものじゃない。
D:顧客が望むときに審査できるか
ISO審査が始まった1990年代半ばまでは極めて重要だった。なにしろ認証機関が少なく、認証が必要だという企業が目白押し。審査してもらえるなら御の字で、品質も価格もどうでもいいという時代だった。
20世紀では、QCD三拍子そろうことはなかった。
今はどうなんだろう?
納期というか供給はお客様のお気に召すまま、夜でも休日でも対応する。初めて聞いたときは驚いたが、夜勤なら夜審査する、24時間対応のコールセンターなら、24時間から抜き取って審査するのも当然だ。今時、定休日が平日という会社は珍しくない。
価格破壊はドン・キホーテやユニクロだけではない。審査料金もかっての半値になった。当然審査員の(以下略)
品質は……(放送禁止)
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