*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
2019年4月中旬
年度初の人事異動のドタバタも収まり、磯原はISOの準備というか確認を行うことにした。これは田中、坂本のお仕事だ。
一応、本社を田中、支社を坂本担当としているが、二人で調整してうまくやってくれればどうでもいいと磯原は考えている。
今日、坂本は大阪支社を訪問している。会社規則を守っているかの点検と言っても、全部門じゃなく点検するのはISO審査受ける部門限定だ。
対面は総務部の吉岡部長、宮本課長、そして横山担当である。
「ご存じと思いますが、認証してから長い間ISO審査はISO審査対応と考えていましたが、3年前から会社規則を守って仕事をすればよいという指導をしております。
ということで大阪支社の環境管理のお仕事が、会社規則そして支社規則に従って仕事をしているかどうかを確認させえていただきます」
「私どもは会社規則を守るよう指導している総務です。すべてにおいて法令遵守、会社規則遵守を徹底しております」
「そのように期待しております。
まず総務は廃棄物管理担当と思います。まずは廃棄物契約書から始めたいと思います」
「ここで委託している廃棄物処理業者は5社でして、毎年契約書を新しくしております。取引業者ごとにファイルしておりまして、最新の契約書はこれで、昨年のものはその次ぎ、その次は3年前のものがファイルしてありますが、当時は毎年新しく契約書を作り直さなかったからです。
ええと、それからこれは現地調査の記録、業者を総合的に評価をしたもの、これも毎年実施しておりましてその記録です」
大阪支社にて | ||||
宮本課長 | ![]() |
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吉岡部長 | ![]() |
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坂本さん | |
横山担当 | ![]() |
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「なるほどしっかりやっておられますね。ええと、この仕事を定めている支社規則がありますか?」
「支社規則はイントラネットにアップしています。だから誰でも閲覧できます」
「横山さんが実務をされているのでしょうか?」
「実際の業務はスラッシュビル管理に委託しております。もちろん仕事はこの支社規則に基づいて行っていただいています。新しく仕事に就いた者にはそれを見せて教育しています。
廃棄物を出すのは月に1回くらいですから、覚えるまではいきませんね。廃棄物が発生すれば、その都度イントラネットを見て仕事をしているようです」
「ええと、この規則を見ますと、契約書を新規締結した時は経理課に内容と印紙金額のチェックを依頼するとあります。依頼したことが分かる記録はありますか?」
「契約締結時には契約書決裁伺いという申請書、カバーレターですね、それをつけることになっています。
ええと……ああ、支社規則のここに書いてあります。様式は規則の末尾に添付されています」
「なるほど、しっかりできていますね。ところでこのB社の契約書には伺いがファイルされていますが、こちらのA社のファイルには伺いがファイルされていませんね、どうしたのでしょう?」
「ファイル漏れですかね?」
「契約書には部長の職印がありますが、ええと吉岡部長さんは伺い書がなくても疑問を持たず押印されたのでしょうか?」
「なんだ!俺のせいか? そう言えば伺い書が1枚で契約書が複数あるときもあったね。俺も気にせずにハンコを押せというところには全部押したけど、アハハハ」
「それじゃ後追いで伺い書を作ろうか?」
「お待ちください。問題を整理しましょう。
規則でひとつの契約書に一つの伺いをつけるとありますから伺い書がないのも問題ですが、もうひとつ気になることというか、違反に気づいたのです」
「なんだって?」
「契約書の収入印紙金額は取引金額によって違うのはご存じですね。A社の契約書とB社の契約書には同じ400円の印紙が貼られています」
「両方とも委託料が200万円で、400円の収入印紙が貼ってあるから問題ないだろう?」
「B社は請負ですから400円で間違いないですが、A社は収集運搬の契約書ですから印紙税法の1号の4文書にあたり1000円のはずです」
注:国税庁「印紙税の手引き」
「印紙金額不足かよ〜」
「いやそんなはずは……」
「何年か前に本社総務部で、収入印紙の金額が不足というのが、監査部監査で見つかっています。そのとき本社総務部が全工場、全支社に点検指示を出しています。本社では再発防止として契約書を作成したら、経理部でチェックしてもらうように規則を直したと聞きます」
「ハイ、私は昨年入社した者ですが、それは聞いています。大阪支社でも新たに契約書を作ったときは、経理部でチェックしてもらうことにしています」
「その記録は……つまり契約書決裁伺いになるわけですね。
そうしますと、先ほど私が申しましたがB社の契約書には伺いが綴じられていて、A社にはなかったということは、どういうことが考えられますか?」
「坂本さんも皮肉がきついねえ〜。つまり決裁伺いを1枚しか作らず同時に作った契約書を複数その後ろにつけてチェックを依頼したってことじゃないのか」
「でもその場合、伺い書があってもなくても、経理は添付されている契約書をチェックするでしょう。ならば印紙額が不足していることに気づくのではないですか?」
「うーん、そうか……とすると…」
「私のミスでしょうか」
「別に横山さんが悪者になることはないぞ。本当のところはどうなのよ?」
「部長、とりあえずこの点検において収入印紙金額が足りないものがあったということで、その原因については調査いたします」
「頼むよ。俺はさ、最初は何事もないと思っていたのだが、こういろいろあるとちょっと心配だ。
坂本さん、もっとあるのかね?」
「はい、契約書の用紙様式は、支社の廃棄物管理規則の末尾にあるという横山さんの話でした。
ええとモニターで見ますと、廃棄物管理規則のレビジョンは改定12となっています。
契約書を見ますと、用紙様式の右肩に規則番号とレビジョンが記してあるのですが、それは改定11となっています。規則の改定欄を見ると改定12の日付は契約書の押印日より4か月以前です。
ということは…」
「契約書を作成するとき、古い様式のもので契約書を作ったということだ」
「さようですね」
「うわー、たった1枚の廃棄物契約書でこれほどボロが出るとは、横山さ〜ん、どうしたのよ」
「すみません、すみません」
「おいおい、宮本君もどうしたんだよ。君がハンコ押してんだぞ。
いやいや、たった数分でこれだけおかしいことに気づくとは、さすが本社から来た方は専門家だ。規則と照らし合わせれば分かるのだろうが、我々が1時間見ていても気づかないだろう。
しかし廃棄物のさわりでこれなら、ほかの仕事でも会社規則からの逸脱なんてもっとあるのだろうなあ〜
おい宮本課長、支社総務課長会ってあるよな。ウチの恥だけで済む話ではない。今回見つかったことを簡単に他の支社の総務課長に送っておくように。
どうせ坂本さんはこれから他の支社にいくだろうから、その事前点検をしておくようにって」
「承知しました。坂本さんには迷惑かもしれませんが」
「いえいえ自発的に点検してもらえばうれしいです。私が次に行く支社では問題がないと、皆さんは残念かもしれませんが会社にとってはよいことです」
坂本はその日いっぱい大阪支社の会社規則遵守状況を点検した。その結果、書面で8か所、運用で4件の不具合を見つけた。
環境に限定したとして100%見られるわけはない。法に関わることとか審査で見られるような項目に限定して抜き取りでチェックするのがせいぜいだ。とはいえ、相手の顔色を見て、坂本が見たのを参考に、見ていないところも点検するだろうと予想をつけたからそうしたのである。右から左に聞き流しているのであれば、一日延長しても徹底的にするつもりだった。
夕方、吉岡部長からどうですか? と聞かれたが、明日は朝から東海支社の点検だからと断る。
6時の新幹線で名古屋まで移動して、予約していた駅から5分ほどのビジネスホテルに泊まる。無理すれば静岡の我が家まで行ったほうが良いかもしれないが、新幹線の遅延もないわけではない。仕事を基本に考えれば名古屋泊が正解だ。
翌日朝、坂本は起きるて身だしなみを整えると、すぐにホテルを出る。
最近のビジネスホテルはレストランがない、あっても朝飯を出さないところが多い。朝から夜まで営業するチェーンの定食屋が多く存在する今では、泊り客は紋切り型の朝飯よりも、自由に選べるのが好みなのだろう。よって小さなビジネスホテルは寝る場所しか提供しない。
坂本はワンコインの朝飯定食を食べながら、歩道を埋める通勤者の波を眺める。昨日無理して静岡の自宅に帰宅すれば、今朝は大変だったとホッとする。
9時15分に名古屋駅から歩いて数分の東海支社に入る。始業時間ピタリだと、朝礼とか朝のメールのチェックなどで対応できないだろう。
受付で総務を訪ねてきたというと、すぐに岡田嬢が現れた。彼女は本社の講習会で会ったことがある。
総務部の衝立で囲われた打ち合わせ場に案内される。
すぐに川端課長と岡田嬢がコーヒーを載せたトレイを持って登場する。
「私もISO審査を受けたのは数回になりましたから、だいぶ慣れましたよ。初めのときは審査員の語る言葉を理解できませんでした。
環境側面は何ですかとか、自覚はどうしていますかとか、外国語かと思いました」
「そうなんですよね、彼らは一般人がISO用語を知っていると信じてますからね。困ったものです。
でも3年前ですか、本社支社の審査ではISO用語を使うなと認証機関に申し入れたそうです。だから今は、あまりそういうことはなくなったと思います」
東海支社にて | ||||
坂本さん | ![]() |
![]() ![]() ![]() | ![]() | 川端課長 |
![]() | 岡田マリ | |||
「そうでもないですよ、昨年は支社の規則で『遵守』という漢字を見つけて『順守』にしろと語った審査員がいました」
注:2012年だったが、審査員が「遵守」ではなく「順守」が正しいと言い出した。形而上のことでなく、会社規則の漢字を修整しろというのだ。何を根拠にそう言うのか?
これについては寺田 博氏が「ISO14001:2004要求事項の解説」(p.128)で「"遵"を"順"にしたのはより読みやすく、親しみやすくする意」としている。
「遵」は決して使っていけないわけではない。常用漢字であり中学卒業レベルとされている。思い込みでいちゃもんをつけてはいけない。
おっとその件については審査員閣下のご要望を丁寧に拒否した。
「課長もいい加減にしておけばいいのに、審査員を煽ってからかって、ハハハ」
「いやからかったつもりはないよ。入社したときの上司から、漢字は正しく使えと教えられたものでね、まあどちらでも良いのなら、規格がどちらの漢字を使おうと勝手だが、我が社もどちらの漢字を使おうと勝手でしょう」
「えぇ!、規格の漢字と規則の漢字が違うと不適合なんですか?」
「なるわけありません。でも不適合にしてもらえると面白いですね。みんなで認証機関にデモでもしましょうか」
「どういう考えで規格と漢字が違うといちゃもんをつけるのでしょうねえ〜。弱いものいじめをして憂さ晴らしかなあ〜」
「課長、それは冗談ですか。いつも か弱い私をいじめているのに」
「岡田さん、誤解されるようなこと言うのを止めてくださいよ。今はですね、ちょっとしたことでパワハラだ、セクハラだってつるし上げ食らいます。まさに管理職の暗黒時代です。一番強いのは若い女の子ですよ。
さて審査というのか事前点検を始めてください」
「大阪支社での問題は、もうこちらに連絡が入っているのでしょう?」
「はい、昨夜メールが来ていました。
廃棄物契約書の、印紙金額、用紙様式、決済伺いなど、確認されると思いましたので用意してあります」
坂本は岡田が机の上にドサッと出したファイルの山から、上から二番目と下から二番目のふたつ抜き取ってパラパラと眺める。それから過去1年の廃棄物の状況を眺める。
「昨年、会議室の什器を更新したようですね。これは下取りしてはもらえなかったのですか?」
「もう何十年ものでしたから」
「怪しいものではないでしょうけどWDSなどはどうしました?」
「環境省のガイドラインをみましたが、情報提供をすれば良くWDSそのものは必須ではないようです。
それで、什器の処分を委託するときに現物を見てもらい打合せしています。そのときの打合せ議事録を適正処理のための情報提供として、先方のサインをいただきコピーを業者さんにお渡ししました。ファイルしてあります」
「ああこれですね、分かりました。結構だと思います。
昨年の廃棄物のリストを拝見しましたが、オフィスから出るゴミというか消耗品だけですね。支社なら中身が怪しいものを廃棄することはないのでしょう?」
「展示やサンプルに使った製品とか客先からの返品は、基本的に製造工場に返送しています。什器もなるべくレンタルにしていますし……
「それじゃオフィスを拝見してよろしいでしょうか?」
三人で総務の事務所を見てから、営業のフロアを巡回する。
「ここに一般ごみのごみ箱がありますが、分別はしているのですか?」
「PPCは通常のリサイクルと機密に分けて箱に入れています。テッシュとか飲料パックなどは一般ごみです。
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「その分別基準はビル管理会社の作成ですか?」
「分別はビル管理会社の指示が基本ですが、ウチの考えもありますので、分別表を作って掲示しています。ビル管理会社作成したものに解説を付けたといったニュアンスです。それを支社規則の付図にしています」
「どこに掲示されていますか?」
「各ゴミ捨て場に近くに掲示しています。一般ごみ、PPC回収ボックス、それと自販機です」
「このゴミ箱対応のものは、どこにありますか?」
「ええと廃棄場所の近傍としているのですが……どこかしら」
通りかかった女子社員が岡田に声をかける。
「新入社員が来て、この島が机二つ増えちゃったのよ。それでPPC回収ボックスと一般ごみ箱を複合機の脇から、あそこのロッカーの隣に移動したの」
「1週間ほど前、関連会社のスラッシュビル管理で仕事したのですが、そのとき掲示板を移動しなかったのですね。スラッシュビル管理に言っておきます」
「仕事完了時に総務は立ち会わないのかい?」
「手が回らないのですよ。ですから工事完了の立ち合いは、その職場にお願いしているのです」
「完了確認したことを総務は何かもらっているの?」
「工事完了時にスラッシュビル管理が工事の内容を書いたものを作成して、それと実態があっているかどうか職場の人がチェックしたらサインをもらい、コピーを総務に送ってくるのです。その工事完了確認のチェックリストの中にゴミ箱移動と掲示物移動が記載されています。
そういえばこの工事というかリレイアウトの環境確認はまだもらっていませんね」
岡田は先ほどの女性の席に行って話をする。それから二人で坂本と川端のところまで来る。
「ええと、先ほどの説明を訂正します。
まず工事は完了していないそうです」
「まだ新人用の机や椅子が入っていないので、もし用があって来たとき必要と思って倉庫にあった古いものをとりあえず置いただけです。実を言って新入社員もまだ研修中なのでまだここには来ていません」
「分かりました。
分別要領を描いた掲示物は、支社規則で決めているのですね?」
「はい、そうです」
「それじゃ人が座っていない席のパソコンで、あなたのIDでログインして表示してくれませんか?」
「ちょっと借りるわね」
岡田は誰にという風でなくそう言って、人が座っていない席についた。
岡田がパソコンを立ち上げる間に、坂本はやってきた女性事務員に何か話すと二人で20メートルほど離れたところに歩いていく。
すぐに、そこから戻ってくる。
「坂本さん、ありました。これでーす」
「わかりました。ええとこの掲示物は昨年の暮れに改定になっていますね。どこが変わったのかわかりますか?」
「廃棄するPPC(コピー用紙)が大量の場合は回収ボックスに入れずに、コピー室に運ぶか、それともコピー室に連絡することを追加しました」
「なるほど……
ええとPPC回収ボックスとゴミ箱を移動する前の場所に、分別要領書がまだ掲示してありました。あそこです」
坂本が指さすと壁に貼ってあるA4の紙が見える。
「あっ、そうそうあそこでした」
「それでですね、貼ってある分別要領書はレビジョンが昨年の春なんですよ」
「文書管理が悪いということか」
「そうですね。今のお話では改定部分が大量にPPCを廃棄するときということなので、大きな問題が起きるとは思いませんが、文書管理が悪いのはまずいですね」
結局、オフィスをワンフロアを一回りするとお昼までかかった。
総務に戻ってくると、川端と岡田はぐったりと疲れたようだ。歩いたせいではなくトラブルが多々あったせいだろう。
「イヤハヤ、ウチもこれほどボロボロだっとは、思いもしませんでしたよ」
「私も自信あったんですけど〜」
「まあまあ、元気出してください。
今年は会社規則を読もうキャンペーンがあるでしょう」
「そうなんです。面白そうなので楽しみにしています」
「私は岡田さんに会社規則を読むように期待しているよ」
「私も工場にいたときは、会社規則なんぞ読んだことありませんでした。本社に来てから必要に迫られて読みましたが、読むと面白いですよ」
「面白いですって!」
「自分の仕事は自分だけでクローズしない。どんな仕事でもプロセスの中の一工程です。会社規則を読むと情報や物の流れがわかります。
後工程でどんな風に使われるのか、処理されていくのかを知ると、全体の目的が理解できます。ならばどうすればもっと良くなるのか、合理化できるのか考えられますよね。
そういうのって楽しいでしょう」
「そいじゃ、お昼を食べてから、また楽しいこと続けましょうか」
本日思いついたこと
会社規則(または同等のもの)に限らず、仕事はそれだけではクローズしない。前を見れば現場で部品を作るのにも、前工程は資材調達から受入検査、前加工があり、後ろには後工程があり組み立てがあり検査があり出荷され販売され、最終的にお客様が使用する。
ものばかりではなく、伝票でも誰が起票してどういう風に流れ、最後にどこにたどり着き誰が処理するのかと考えると、それは即改善である。
規則とか手順書というと、面倒くさいと思うのが大多数だろうが、自分の仕事をやりやすくすることだと思えば読むのもそれに従って仕事をすることは面白いとしか言いようがない。
とまあ、それは私の経験である。
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