ISO第3世代 112.大日本認証2

23.10.12

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


2019年4月中旬
今日は、大日本認証がスラッシュ電機を訪問する日である。メンバーは吉野審査部長、水谷営業部長、加藤審査員、そして先日スラッシュを訪問した営業部員の野崎である。
大日本認証とスラッシュ電機の最寄り駅は同じだから、電車で行くわけにもいかない。三人は暖かくなった大手町の地上を歩く。遠くに皇居外苑が見えるが、桜はとうに散っている。
天候は穏やかであるが、野崎を除く三人の心中は穏やかではない。とんがった議論にならないことを祈るばかり。
ひとり野崎野崎だけが、審査契約が取れたも同然とリラックスムードである。



*****

スラッシュ電機の受付で訪問の意を伝えと、待つほどもなく岡山が現れる。
彼の案内でロビー階の会議室に入る。
吉野は立ち上がって窓から外を眺めると、新丸ビル、丸ビル、kitteビル、パークビルが見える。いや吉野が知っているのはそれくらいしかない。東京駅は近いのだがビルの陰で見つからない。
大日本認証も認証機関では大手だが、さすがスラッシュ電機ともなると場所もよく、見晴らしもよい。家賃も桁違いだろうと吉野は思う。

ウエイトレスがコーヒーカップとポットを持ってくる。岡山が皆にコーヒーを注いでくれたので、コーヒーを飲む。コーヒーも旨い。大日本のコーヒーは給茶機だから、コーヒーの味は推して知るべし。紙コップでないだけで味がワンラックアップする。


大日本認証スラッシュ電機
営業部
野崎
野崎
コーヒーコーヒー
コーヒー
コーヒー
コーヒー
コーヒー
営業部長
水谷
水谷部長磯原磯原
審査部長
吉野
吉野部長岡山岡山
審査員
加藤
加藤審査員

数分して40前後の男が登場。これでメンバーがそろったようだ。
名刺交換する。
岡山は肩書がない。あとから登場した男は磯原といい肩書が課長代行とある。

水谷部長 「磯原さん、失礼ですが課長代行というのはどういう役職なのでしょう?」

磯原 「ハハハ、弊社では課長代行という役職はありません。岡山や私の属する環境管理課は、現在 課長が空席なのですよ。対外的には課の代表者がいないとまずいこともあり、課長の代行をしているという意味で、そのまま課長代行と表記しております。担当者であるけど課の統括業務をしているとご理解ください」

水谷部長 「課長代理とは違うのですか?」

磯原 「課長代理とは弊社では営業部門で係長クラスの役職名です。課長になるには社内資格や年齢などいろいろ条件がありまして、私のような若輩者には、はるか遠いです」

水谷部長 「歴史ある大会社は難しいのですね」

磯原 「ええと岡山さん、それじゃ打ち合わせを仕切ってもらえますか」

岡山 「はい、先日、野崎さんがいらっしゃって、認証審査を依頼することで打ち合わせました。
そのとき弊社はISO審査についていろいろ希望があり、対応願いたいということを申しましたところ、野崎さんのほうから担当の方が直接伺うので、別途打ち合わせしたいということでした。
本日はその打ち合わせということと理解しております。
よろしいですね?」

野崎 「はい、そのように考えております」

岡山 「それでは早速弊方の考えていること、御社に希望することについて、お話していきたいと思います。
審査についての考え、規格解釈についてのすり合わせ、報告書、その他というふうに分けて進めていきたいと思います。

もちろん弊方の希望ですから、御社のお考え、ご意見など、都度申し出ていただき議論していって、妥協点を求めたいと考えております。
よろしいですか?
それじゃまず審査についての考えから進めたいと思います。

と言いながら出席者にA4を10枚くらい綴じたものを配る。

岡山 「弊社では審査とは、規格要求を満たしているか否かのチェックと理解しております。当たり前だとおっしゃらないでください。
現実の多くの審査では、規格文言を満たしているか否かのチェックが行われています。審査でも規格の文言が社内文書に反映されているか、規格の文言が実行されているかをチェックする審査員が多いのです」

吉野部長 「すみません、規格文言を満たしているとはどういうことでしょう?」

岡山 「そのままです。規格の言葉が手順書に書いてあるか、規格の文言通りに業務が定めてあるかということです」

吉野部長 「はっ、良く分かりません」

岡山 「私どもは規格で何々をするとあったとき、それを具現化する方法には、数多あると考えています。ですから手順書には……弊社では会社規則という呼称ですが……弊社ではその要求事項に対してどんなことをするかを具体的に定めてあれば規格要求は満たしていると考えます。

しかし世の中にはそうではなく、規格文言が入っていないとダメとお考えの審査員もいるということです。
具体的には、順守を評価であれば手順書に『力量の証拠として記録を作成する』と書いてあるかをチェックし、書いてなければダメとする審査員がいるのです」


注:ISO規格に限らず法律などで「手順書(procedure)」と呼ぶものは、社内の業務の手順や基準を定めた文書の意味であって、手順書と名が付く文書ではない。
ISO用の文書を○○手順書としている会社をたまに見かける(笑)。


吉野部長 「いくらなんでも、そんなことをいう審査員はいないでしょう。
わざわざ御社が要求するとか確認する必要もないと思います」

岡山 「そうだとよろしいのですが、具体例を挙げますと、順守評価を定めた規則に、『順守を評価し、必要な場合処置をとる』という文章がないからと不適合にした御社の審査員がいました」

吉野部長えー」

岡山 「現実に審査で問題が多々発生しておりますから、審査に入ってからのトラブルを防ぐ意味で必要と考えます。ここで話し合ったことを、御社の審査員に周知されることを望みます」

吉野部長 「はあ〜、そうですか、現実を認識しておらず、大変申し訳ありません。
加藤さん、どうですか?」

加藤審査員 「私もそういう指摘を出した審査員を見たことがあります。気づいたときは訂正を求めていますが、先輩格ですとそうもいかず……」

岡山 「審査員研修でマニュアル審査という科目があるそうですが、そこでは『順守を評価し、必要な場合処置をとる』という文章がないとペケだそうですね。まあ、マニュアルは規格適合を示す文書らしいですから、そういう文章が必要なのかもしれません。
もっともマニュアルでは必要という根拠もないですね。EMSでは元々マニュアルの要求はありません。
社内の手順書であれば、審査のためのものではありませんから、そのような文章を書く必要がないことに、ご同意いただけると思います」

吉野部長 「確かにマニュアルの場合、shallに対応する記述は必要としていますね。とはいえ、弊社では現在、マニュアル提出を不要としました。法規制一覧表などで十分としていますので……」

岡山 「とりあえずそれは後で議論しましょう。ええと、話を進めます。
私どもは文字解釈を徹底しております。文字解釈の対義語は論理解釈ですが、それはしません。ですから規格で『Aを何々せよ』とあれば『Aを何々する』と解釈します。そのときBはどうかという発想はありません。
よろしいでしょうか?」

吉野部長 「具体的にどんな問題が想定されますか?」

岡山 「審査において、『Aの場合Bをすることとあるから、Cの場合でもBをしなければいけない』ということをおっしゃる審査員もいるからです」

吉野部長 「そういうのは拒否ということですか?」

岡山 「規格要求にはないと応えております。いつももめます」

水谷部長 「そういう事例もあるわけですね?」

岡山 「はい、非常に多く」

吉野部長 「分かりました」

岡山 「それから文字解釈と申しましたが、解釈の基本は英文にて行います。JIS訳ではありません」

水谷部長 「日本国内ではJIS訳が根拠であると理解しないとなりませんよ。審査登録証にも認証規格としてJISQ14001と書かれています」

岡山 「私どもは原文を正とします。もし双方の見解が異なった場合は英文を根拠に議論しましょう」


注:「正」とは、「正しいことにする」「根拠として解釈する」を意味する。


水谷部長 「正としますって、あなた、岡山さんが断定しても正当性はないでしょう」

吉野部長 「水谷さん、ISO規格は英語とフランス語が正となっています。数学で言えば『公理とする』という宣言です。疑義があるときは正である英語又はフランス語を基に解釈しなければなりません。
岡山さんのご提案に異議ありません」


注:「公理」とは数学では「出発点において論証抜きに真と仮定して他の命題の前提とするもの」
例:平行でない二つの異なる直線はただ一点で交わる


岡山 「私どもが英語原文にこだわる理由として、JIS翻訳には誤訳と思われるものが多々あるのです。審査員がJIS翻訳を根拠に審査されますと、私どもの実態と合わないことが多々あります。弊社はISO14001を満たしているつもりですが、どうもJISQ14001を満たしていないようです」

水谷部長 「まさか、JIS訳に間違いがあるのですか?」

岡山 「例を挙げればdetermineは『決定する』という日本語が充てられています。Determineの意味は『決定する』ではなく『決まってしまう』という意味です。火事の原因を究明したら失火だと分かったというときの、『分かった』が『determine』なのです。明日は『映画に行くことに決めた』という『決定する』とは違うのです。

例えば6.1.3順守義務の項では『組織の環境側面に関する順守義務を決定し』と訳されていますが、はっきり言えば誤訳でしょう。規制を受ける法律を企業が決められるはずがありません。規制受ける法律は人が決定できるものではなく、必然的に決まるのです。
著しい環境側面も同じく、我々ができることは、決めることではなく究明することだけです」

加藤審査員 「確かに、determineで英和辞書を引くと『決定する』もありますが、『究明する』とか、『調べた結果分かる』でしたね」

岡山 「2015年版の対訳本の付属書Aでは『"特定する"(identify)から、"決定する"(determine)などに変更した意図は、標準化されたマネジメントシステムの用語と一致させるためである。"決定する"(determine)などという言葉は、知識をもたらす発見のプロセスを意味している』とあります。これを読めば、私の申すことをご理解いただけるでしょう。

ただ1996年版でdefineを『特定し』と訳していたのを、『決定する』としたのはどうしてなのでしょうかねえ〜。
JIS訳では一つの英単語は常に同じ日本語にするという原則から、『define』を『特定する』としたから『特定する』が使えず『決定する』にしたのですかね?
とすればお粗末な話だなあ〜、『究明する』とでも訳せばよかったのに」


注:「define」にもいろいろ意味があるが、「定義する」「内容を明らかにする」「(責任などを)明確にする」などであり、「決定する」の意味合いも「定義する」の意味合いで恣意的な決定ではない。
例: The outer boundary of a closed figure usually defines its size.


吉野部長 「翻訳の是非はともかく、おっしゃることは分かります」

岡山 「ということで、どんな方法であろうと評価した結果から著しい環境側面を決めるという理屈は間違いと考えます」

吉野部長 「はあ!

岡山 「日本において新材料、新物質、新工法の採用や、使用量の増加などがある場合、労働安全衛生法、消防法、毒劇物法、公害防止組織法、工場立地法、その他さまざまな法規制で、導入や増加するときに評価する義務があります。その結果、届け出、安全策、有資格者や責任者の設置などが定められている。
また過去に発生したなら工場はその予防策、発生時の対策などをとっているわけです。

弊社は事前の評価結果、届け出、安全装置、健康診断、有資格者などが必要になるもの、及び他社を含めて過去に事故が起きたものを管理しています。そして弊社が管理しているものを著しい環境側面であるとしています」

吉野部長 「いや、それじゃ全然規格の定義とは違うでしょう。確かにその論理は簡単明瞭だが、考えはISO規格とは違いますよ。
法規制がなくても事故が起きてなくても、著しい環境側面はありますし、法規制があっても著しい環境側面でないものもある」

加藤審査員 「いや吉野部長、『環境側面に関する順守義務を決定(6.1.3)』とあるから、順守義務があれば著しい環境側面になることは間違いない。ということは、岡山さんの論理はおかしくない」

岡山 「弊社では吉野様のおっしゃったように考えています。
根源的にはdetermineを人間が決めるのか、必然的に決まるのかという考えの違いです。
現実を見れば、スコアリング法であろうとなかろうと、皆自分たちが考えている著しい環境側面となるように、数字や算式を調整しているにすぎません。ばかばかしい無駄な仕事です。

では次に行きましょう。
駐車方針 『Policy』が『方針』というのも変と思います。海外の施設やホテルでは、いや海外に行かなくてもしゃれたホテルやマンションでは、駐車場に『Parking Policy』なんて看板を見かけます。
駐車場方針とは何事かと思いますが、よく見れば『車椅子マークのところに健常者は停めるな』なんて書いてあるわけです。

あんなの見るとポリシーって厳かなものじゃなくて、行動を求められていることって思いますね」

水谷部長 「あ〜、Parking Policyか……確かに」

加藤審査員 「それが審査にどう関わるのでしょうか?」

岡山 「ISO規格にあるような箇条書きでなくても良く、ISOの語句がなくても良く、実用的なことを書いてなくちゃならないってことでしょうね。
そういうことから弊社では、環境方針をひとつのものとは考えておりません」

加藤審査員 「ひとつのものでないということは?」

岡山 「社長の年頭挨拶、会社規則などの総体として、規格要求を満たせば良いと考えています」

加藤審査員 「ええと……よく分かりません」

岡山 「実はIBM社とか海外の有名企業の環境方針を結構な数読みました。どうも我々がイメージするものとは違うんですよ。A4で会社発祥の精神からいろいろ書いているもの、概要だけで詳細はさまざまな社内文書を引用しているものがほとんどでしたね。ISO規格のような箇条のものはありませんでした。

いろいろ考えました。
法を遵守せよというのは環境方針で示すものなのか、どうでしょう。文書なり規則の構成を考えてみましょう。環境のカテゴリーで環境法を守れといい、経理の規則で国税の法を守れと語り、知的財産の管理において特許法とか著作権法を守れとしたら、バカかと言われますね。

とするとそういう規則の構成はおかしいわけです。仕事に関わる法律を遵守せよとするのがまっとうな方法でしょう。異議ありませんね?
ならば環境方針で環境法を守れと語り、品質では法令要求事項を語り(ISO9000:2015 3.6.6/3.6.7)……という構造ではおかしいでしょう。まあ、おかしいと思わないから今があるわけですが……

弊社の会社規則……たまたま今年は会社規則制定100周年なのでありますが……その中に遵法とコンプライアンスの規則というものがあります。たった1ページものですが、日本の法律を遵守すること、違法なことをした場合は懲戒に処すとあります。
コンプライアンスは最近追加されましたが、法規制まで至っていなくても社会的な共通認識が有されていることについては、遵守することを記しています」


注:コンプライアンス(compliance)は、英語でも古い辞書では法規制に限定された記述が多いが、最近のものは法規制のみでなく合意とか社会的要求などどんどん広がっているようだ。


岡山 「年度毎の環境の方針は文字通り毎年出されるわけですが、実は弊社の環境担当役員は品質担当役員を兼務しておりまして、品質・環境方針となっており、その中で環境規制の動向への対応とかそんなことがあります。
そういったことを考慮して各部署は部署の方針に展開して業務を推進するわけです。その意味でそういった文書の総体と申しました」


注:そんなのダメだよという声が聞こえる。実は10年前に某外資系認証機関のエライさんから「ISOのために方針を出しているわけではない。過去から会社規則や社長の言葉など規格に合うものを見せればよい」と言われた。それでこのアイデアを言ったら、それで良いとお墨付きをいただいた。


加藤審査員 「本当に規格を一語一句解釈しようとして、更にまた参考資料を読む、そして御社の実態から考えられたのですね。なにか……一般的な会社とは違いますね」

岡山 「規格であげている項目通りに、箇条書きで書けば、審査員は喜び、審査はシャンシャンと進むでしょう。
しかしそれが本当にISO規格の意図を表すのかといえば私は違うと思う。
もっともISO14001のアネックスでは『組織のマネジメントシステムの文書にこの規格(ISO14001)の箇条の構造又は用語を適用することは要求していない』とあります。ですから規格に合わせて文書を作るとか項番を合わせる必要はありません。

先ほども言いましたが、弊社の会社規則は100年もの歴史があり、世の中の規制や要求に応じて常に見直されて今があるわけです。ポッと出のISO規格に合わせることもないでしょう。真にISOの意図を実現する、事実に沿った環境方針を示さなければ意味がありません」

吉野部長 「実際にそのように方針が出され展開されているなら、問題ありません」

加藤審査員 「利害関係者が入手可能であるというshallには、どう応えているのですか?」

岡山 「弊社のCSRレポートをはじめ、ウェブサイトなどにも、遵法、事故防止、製品やサービスでの環境負荷低減を掲げています。それらはすべて言いましたように会社規則とか年度方針などで裏付けられています。それで十分だと考えます」

加藤審査員 「そういうものが方針ならば、従業員に周知されているかの確認のはどうするのでしょう?」

岡山 「加藤さんが現場で従業員にあなたのお仕事は何ですか? どんなテーマを与えられていますかという質問をされたらいかがでしょう。
その回答はひとりひとり違うでしょう」

加藤審査員 「人によって回答が違う? それじゃ不適合でしょう」

岡山 「いえいえ、回答は人によって異なるのが本当で、異なることが必須なのです。
例えば私が所属している環境管理課でも、磯原課長代行の考えている方針と私の考えている方針は違います。
課長代行は課の人材育成とかさまざまなタスクを納期通りに達成することかもしれません。私にとっては、社内監査の精度向上、監査員の育成、ISO認証機関の移管を問題なく行うことですね。

ところで弊社の方針は違反をするな、事故を起こすな、環境計画を達せよとかです。我々の考えている環境方針は、それぞれの立場で会社の環境方針の一部を担うものであるはずです。すべての人の回答が異なっても、それぞれが上位の方針を展開したものなら、矛盾がないどころか整合しているわけです。
回答した人の業務と地位に応じて、方針の一部を担っているなら、方針が周知され推進されていると理解できるでしょう。
仮に課長代行も私も同じことを言ったら笑い話です。そういう例えを火の用心って言いましたね」

水谷部長 「私もそれを思いました。おっしゃる通りと思います」

吉野部長 「それは理想の組織ですね。だけど職場でインタビューしてそういう回答が返ってくるものでしょうか?
正社員以外に、例えば派遣社員やアルバイトやいろいろな方がいるでしょう」

岡山 「派遣社員は派遣社員なりに、アルバイトはアルバイトなりに、与えられた仕事、改善目標を認識しているかを確認できるでしょう。
もしアルバイトであっても、返答できなかったとすれば、周知されてなかったとしてください。不適合を出されても苦情は言いません。
ただ私の受け取り方としては、ISOの要求に不適合なんてどうでも良いことで、管理者が務めを果たしていないことが問題と受け取ります」

加藤審査員 「それでよいのだろうか?」

磯原 「加藤さん、オフィスや清掃している人に質問してください。その結果で判断してくれたらよろしい。それがすべてですからね。

余計なことですが、審査員の問いに方針を答えたとしても、それだけじゃ不適合ですよね。
規格は方針を周知しろという要求です。ここで周知とはcommunicationの訳でして、情報なり意思なりを伝えることではありません。英英辞典を引けば『あなたの考えや思いを他の人に伝え理解させること』とあります。ですから各人が単に聞いたとか覚えていれば良いのではありません。行動していないなら周知されていないのです」

加藤審査員 「コミュニケーションとはそういうことなのですか?」

磯原 「規格にはコミュニケーションが定義はありませんから、普通の語義で解釈することになります。
大事なことは、同じことを聞いても、各人が考えて行動することは違うということです。
省エネとあっても、営業課長なら省エネ製品を売ることを考えるかもしれない。派遣社員なら7時間でできる仕事を定時内に終えることであり、アルバイトなら指示された仕事のQCDを守ることでしょう。
お断りしておきますが、ISO規格要求だからということではないのです。企業で働く者の義務ですからね。
もし全員が環境方針なるものを口をそろえて唱えたら異常ですよ」

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岡山 誤訳の話に戻ります。定義では『objective』を『目的、目標』と訳しています。これは1996年版からの負の遺産のせいなのでしょうけど、正しくは『目標』と訳すべきですよね」

吉野部長 「確かにこれは同意です。2015年版の中では目的という語句は使われていなかったと思う」

岡山 「1996年にobjectiveを目的なんて訳した付けが回ったんでしょう。ISO9001は目標と訳していたのにね」


注:ISO14001:2015の本文では『目的』という語は、4.1と5.2で『組織の目的』と2回登場するが、この『目的』は『objective』でなく『poupose』である。
なぜ定義3.2.5で『objective』を『目的、目標』としたのかまったく意図が分からない。単に『目標』とすれば矛盾も何もない。1996年版の瑕疵を引きずっているとしか思えない。どうなんだろう?


加藤審査員 「岡山さんは詳しいですね」

岡山 「規格に登場する英単語をすべてデータベースにして、バージョンによる定義とか使い方の差異や、他のMS規格との違いなどを調べましたよ、アハハハ」

加藤審査員 「それをどんなふうに活用されたのですか?」

岡山 「元々規格を読んでいて、変なところは訳がおかしいのではないかと考えたのです。他のMS規格との比較でいろいろ気付きがありました」

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岡山 「それでは次は審査のスタンスということについてです。
弊社はISOのための文書はありません。まだ御社から審査の手引きのようなものをいただいておりませんが、今までの認証機関では環境マニュアルの作成提出を求められておりました。
弊社の環境マニュアルは認証機関が要求したから作成しておりまして、社内においては文書の位置づけではありません。顧客に提出するカタログとか見積書のようなもので、一過性、使い捨てのものです」

加藤審査員 「いやいや、マニュアルは受査企業の責任者の決裁印が必要ですよ」

岡山 「まあ見積書でも客先に出すときは、それなりの責任者の決裁が必要なわけで、同じように内容の確認と確認印を押しております。但しバージョンアップはしません」

加藤審査員 「それはまずい、御社で会社規則を改定したなら、それマニュアルに反映しなければなりません」

岡山 「ちょっと理解に苦しみます。御社は認証している企業の会社規則あるいは手順書のバージョン管理をしているのでしょうか? そしてそれが認証とどう関わるのでしょうか?」

加藤審査員 「環境マニュアルを改定したときは改定版の提出を受けていましたっけ?」

吉野部長 「いや、もらっていないな。翌年審査前に最新版をいただいているだけだ」

加藤審査員 「となると環境マニュアルの扱いは、先ほど岡山さんがおっしゃったように見積書とかカタログと同じですか?」

吉野部長 「そんなもんだろうなあ〜」


注:昔々、浦島は〜♪はともかく、1993年だったと思うが、ISO9001の認証をしたとき、契約書を見ると、認証機関は品質マニュアルの最新版を維持するとあった。 亀さん となると社内規則を改定するたびに、英訳してイギリスまで郵便で送るのだろうか?
実際は規則を改定しても要求事項に関わるようなことはなく、マニュアルで引用している文書名も文書番号も変わらない。

それで会社規則を改定したときではなく、会社規則の名称や番号が変わったときのみ改定版をイギリスの認証機関に送った。すると、認証機関はそこまで管理していないから、次回(当時は審査は半年毎だった)審査する前に最新版を送ってくれれば良いと言われた。
考えてみれば、認証している会社規則のタイトルが変わろうと文書番号が変わろうと、認証機関は関係なさそうだ。

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岡山 「では審査についてお話ししたい。
何度も申し上げているが、弊社ではISOのための文書もなく、記録もありません。ISO規格で要求する文書や記録は、過去から作成して使用している文書記録になります。当然ながらその名称はISO規格が策定されるはるか以前からですから、ISO規格と全く無縁のタイトルです。
もちろん弊社から審査前に提出するものの中に、ISO規格要求と対応する文書・記録の名称と番号の対照表を入れてあります。
審査する場合は、規格要求を言われても従業員は理解しませんので、その対照表を参考にしてください。

なお、アテンドはしますが、道案内とトラブルにのみ対応する予定で、ISO規格と会社の文書の通訳的なことはいたしません。もし審査員の方の質問が理解できない場合は、理解できるように言い換えるとかの工夫をお願いします」

吉野部長 「加藤さん、今のお話の条件で審査はできるね?」

加藤審査員 「文書と記録については了解しました。しかしISO審査の質問は、一般語ではいわく言い難いわけで、質問するときには規格の用語を使うこともあるでしょう」

岡山 「何具体的には、どのような語句がいわく言い難いのでしょうか?

加藤審査員 「例えば環境側面とか……」

岡山 「環境側面という言葉を使う質問として、どんなことが考えられますか?」

加藤審査員 「この『職場の著しい環境側面は何でしょうか』というのは、どうでしょう?」

岡山 「環境側面については先ほど申したと思いますが、『管理しなければならないこと』で完全互換だと思います。ですから単に『著しい環境側面』に『管理しなければならないこと』を代入すれば良いでしょう」

加藤審査員 「それでは著しい環境側面の意味が伝わらないのではないでしょうか?」

岡山 「例えば診療所として、環境に関わる管理しなければならないことは何かという質問をすれば、看護師は消毒用アルコールをはじめとする可燃性液体とか感染性廃棄物を挙げるでしょう。意味が通じなくて問題になる懸念はありません。

規格用語を使わないと、必然的に質問が口語的な易しい文章になるはずです。更に言えばクローズドクエスチョンではなく、オープンクエスチョンになります。そしてまた大きな変化として、項番順審査でなく、プロセスアプローチにならざるを得ないはずです」

加藤審査員 「そうすると質疑に時間がかかるようになるでしょう」

岡山 「いや、却って質問の効率が上がり、時間がかからないでしょう」

加藤審査員 「そうなりますか?」

磯原 「職場を訪問して著しい環境側面のリストをみて個々に質問していくより、この職場で環境に関して管理しなければならないことは何でしょうかと口を開くだけで、相手は勝手に説明してくれますよ。楽で良いでしょう」

加藤審査員 「法律についてもその方法でいけますか?」

磯原 「相手が認識している法律で漏れがないかを確認するのが審査です。
ですから法規制一覧表に載っている法律の対応がしっかりしているか否かを見ても、意味がありません。
審査員が現場を見て関係する法規制を想定する、それを認識しているか、管理しているかを見なくちゃ審査になりません」

加藤審査員 「ということは、審査員は法律というか、規制内容を知らなければならないということになる」

磯原 「当然でしょう。だからこそお金がもらえる」

吉野部長 「磯原さんがおっしゃることは良く分かる。だけど審査員全員が現場を見て、そこでどんな法律がどんなことを規制しているか頭に浮かぶものだろうか?」

磯原 「そんなお言葉を聞きますと、御社に頼むのが心配になりますね。
ISO審査は遵法点検ではないと言われます。その通りなのですが、マネジメントシステムが規格要求を満たしているかを確認するには、インプットが正しくアウトプットになっているかを確認しなければなりません。
そのためには関係する法規制を調べること、正しく運用されているかを判断することは、法規制を知らないとできないのです」

吉野部長 「いえいえ、私どもでも法規制一覧表や著しい環境側面一覧表がなくてもできますよ。なあ、加藤さん」

加藤審査員 「……できると思います」

磯原 「良かった。期待していますよ」

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岡山 「最後になりましたが、マナーについてお願いがあります。
ISO17021も何度も改定されました。今では依頼者とは認証を依頼する企業となっています(ISO17021-1:2015 3.5)。

私はお客様は神様とは言いませんが、審査員と対等であると考えています。特に今回の審査は工場ではなく、本社・支社です。社長は対応しませんが、各部門では執行役……弊社は委員会設置会社ですから取締役というのは業務とは関係しませんので、社長以下執行役が業務の推進の責任を負っています……その執行役が顔を出すと思いますので、応対にあたっては挨拶や言葉使いはそれなりにお願いします。
御社に限らず審査員の方は社長より目上と自覚されているようで、いろいろと困っております」

水谷部長 「岡山様、御社からの忌避の状況も調べております。マナー教室も開催しておりましてそれなりにビジネスマナー研修をしているつもりです。審査員には年配者が多く、徹底できなかったのは事実ですが、今後ともマナー向上に努めてまいります」

岡山 「よろしくお願いします。はっきりいって偉い人は扱いがぞんざいでも気にはしないのですよ。しかし一般社員や派遣社員、アルバイトの方は上から目線で話されるのを非常に気にします」

野崎 「それにつきましては一層の研鑽に努めますのでご期待ください」

岡山 「よろしくお願いいたします。
それから以前からお願いしておりますが、我々は不適合が出ることを嫌がってはおりません。しかし審査報告書の記述がISO17021-1を満たしていないものは修正を求めております。今回から記載に納得できないもの報告書には、サインをしないこととしますのでよろしく周知願います」

野崎 「承りました」



うそ800  本日の解説

実を言って私は審査員稼業というものをしたことがありません。
私の元同僚で審査員になった方々や、いろいろな関係で知り合った審査員の方々と、飲んで話を聞いたことを元にしております。実際のところは、どのような認識なのでしょうか?

もう10年も前ですが、日系の某認証機関の社長に「認証ビジネスを真剣に考えている審査員は少ない」と話したら「身の程を知れ」と言われました。イミ、ワカリマセン
少なくても私ほどISOビジネスを考えていた方にお会いしたことはありません。




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