ISO第3世代 114.大日本認証4

23.10.19

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


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翌週の水曜日午後3時5分前、吉野部長の電話が鳴る。ちょうどパントリーでコーヒーを注いでいた。慌ててポケットからスマホを取り出し受信マークをドラッグした。
電話は受付の女性からで「三木さんという方がお見えになった、ロビーの会議室に案内しておく」とのこと。なお、加藤審査員にも伝えたとのこと。
吉野は ヨシッと掛け声をかけて、紙コップのコーヒーを流し台に流し紙コップをゴミ箱に捨てて歩き出した。


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三木良介である
三木である
昔の名前で
出ています
吉野部長が指定された会議室に着くと、部屋の前で加藤審査員が待っていた。吉野がドアをノックして中から返答があったので二人一緒に入る。
待っていた三木氏は、なかなか上品な年配者であった。調査したところによると、大手機械部品メーカーで部長をしていたとあるが、貫禄十分である。

ビジネスなら名刺交換がルーティンだが、三木氏はもう引退したので名刺はないという。お互い自己紹介をする。

吉野部長 「電話でお話ししましたが、改めていきさつをご説明します。
ご存じと思いますが、スラッシュ電機は昨年末のISO審査時のトラブルにより、認証機関を変えることを決めました。

当初はジキルQAに移転するつもりだったようですが、ここでも過去の審査時に問題があり、その件についてジキル側が是正処置をしていないことが分かり、キャンセルしてしまいました。現在スラッシュ電機は新たな認証機関を探しているところです。それで弊社にも声がかかりました。

おっと品質環境センターの審査での問題やジキルに依頼するのを止めたことは、この業界では公知の事実ですから秘密ではありません。

過去10年間、認証件数の減少は激しく、それは弊社でも同じです。弊社はこの大きな物件を取ろうと考えております。先週、先方に伺いましていろいろお話を伺いました。
まず驚いたのは、スラッシュ電機の方々が、ものすごく勉強されていることでした。そして過去の問題を踏まえてより良い審査をしてほしいと、いろいろな注文をいただきました。

向こうの要望はISO17021-1などに照らして、まさしく正論でありまして、異議を唱えるようなものはありません。 しかしながら、それを満たす審査はかなりハードルが高い。はっきり言って並みの審査員では難しいと考えます。まだ契約を取ったわけではありませんが、どのような審査をすべきなのか、審査方法も考えなければならない、そういったことの研究を進めたいと考えております。

そのため過去にスラッシュ電機の審査を行った方を、伝手を当たって探しました。その過程で三木さんのお名前を伺いまして、ぜひアドバイスいただきたいと思い、今日お招きした次第です」

三木 「まずいくつかお断りしておくことがあります。契約審査員になった時の秘守契約がありますので、契約終了後の今も営業秘密に関することは話せません。もちろん営業秘密に限定されていますが。
私が問題ないと判断したことについてはお話ししますし、万が一守秘義務違反にあたることであれば、私が責任を負います。同時に皆さんも営業秘密に当たろうと当たるまいと、私の話したことを口外しないことを期待します。速記とか録音はしないでください」


注:営業秘密とは下記3要件を満たすものであり、いずれかを満たさないものは営業秘密ではない。
・秘密管理性(秘密として管理しているもの)
・有用性(有用な営業上または技術上の情報)
・非公知性(公然と知られていない)
事故の隠蔽とか違法事案の情報は、営業秘密には当たらないし、漏らしても公益通報制度で保護されるのではないかと思う。そもそも見つけた違法を行政へ報告を禁じる守秘義務契約は、民法90条「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効」に反すると思う。ISO審査員は会計士と違い、見つけた違法の報告を禁じられていない。

吉野部長 「了解しました。速記、録音はいたしません。必要に応じてメモは取らせていただきます」

三木 「そのようにお願いします。
ではどのように進めるのでしょうか? お宅から聞きたいことを質問されるならどうぞ……」

吉野部長 「まず三木さんがスラッシュ電機の審査での経験、問題などを話せる範囲で教えてください」

三木 「そのようなオープンクエスチョンですと、私の発言が広がってしまう恐れがありますが、まあいいでしょう。そのようなご質問があろうかと、お邪魔する前に当時のことを振り返ってきました。

会議室 2016年、3年前のことだと思います。スラッシュ電機のISO審査で、本来ならISO審査で見つけるべきものの見逃しがありました。
それでスラッシュ電機が品質環境センターの取締役を呼び、その責任を追及し、今後はしっかり審査すると約束させられたそうです。

そしてその年のISO審査前に改めてスラッシュ電機から、しっかりした審査をすること、更に追加で項番順でなくプロセスアプローチとすること、審査でISO用語を使わないことを要求されたと聞きます。
ここまでは当時の上司から伝えられたことです。

そんないろいろ小難しい注文が付いた審査でしたので、審査員歴だけは長い私がアサインされたのでしょう。メンバーは私が決められるわけではありませんが、一応ベテランと目される4名でした。受諾伺いを出したところ、1名が忌避されました」

吉野部長 「忌避なんて珍しいですね、何か問題があったのですか?」

三木 「文書には書いてありませんでしたが、電話で問い合わせたところ、当該者の審査態度が横暴であるということでした。スラッシュ電機では、一度どこかの工場で問題を起こすと、その審査員はそれ以降、どの工場でも忌避します。そういうルールがあるのかどうか知りませんが、経験則ではそうですね。

おっと、そういうことは書面には書きません。何度も来ているから新しい人をとか、同業他社にいた人だから芳しくないというふうに理由は書かれています」

吉野部長 「トラブルを起こすと二度目はないという噂は聞いています。厳しいですね」

三木 「お客様から見れば当然でしょう。我々は業者です。約束を守らないとか担当者が失礼ならば、転注するのは当然です。問題の人を忌避するだけで取引を続けてくれるのは、甘いのではないですか」


注:転注とは、ビジネスでは調達先を変えることを言う。

注:「業者」は蔑称ではない。
法令等で「事業者とは、個人事業者と法人や団体を指し、事業とは、同種の行為を反復、継続、独立して行うこと」としている。事業者を業者と略す。
官公庁や自治体では、大企業であろうと外資系であろうと取引先を「業者」と呼ぶ。

吉野部長 「3年前ですか、その結果はどうだったのでしょう?」

三木 「そもそもスラッシュ電機が内部監査で見つけた問題とは……ほんとのことを言ってしまいますが……工場の省エネ計画は会社が決めた数値でなく、それに上積みした計画であったことでした」

加藤審査員 「すみません、質問です。会社が決めた省エネ計画よりも、工場の省エネ計画の目標が高かったということですか? それがなぜ問題なのでしょう」

三木 「スラッシュ電機は、本社が社外公表した事柄は、定義3.2.9でいう『組織が順守しなければならない要求事項』であるという考えです。実際にISO14001のアネックスでは上位組織の意向を反映することが望ましいとあります。

認証範囲というのはある程度恣意的に決めることができますが、それが独立した組織か否かは恣意的には決められません。そして企業の一部門や工場であれば、本社の指示は絶対の強制力があると考えられます」

吉野部長 「しかし全社の計画よりも工場が高い目標を掲げて活動することは、むしろ良いことではないのかな?」

三木 「スラッシュ電機はそれを良いこととは考えなかったのです。スラッシュ電機は、グループ全体で環境行動計画を立てて、それを社会に広報しています。当然その目標を達成するための投資計画そして資金計画は、本社が認許しているわけです。それ以外の投資については本社が認めていません。
関連会社に対しても強制できるかとなると会社法などが関わりますが、環境行動計画についてはグループ企業も参加して計画を立てていることから、正当性というか合法であるようです。

本社指示に従わないのは企業統制に反する行為であること。そもそもリソースを与えずに改善を命じることは強制労働とか過重労働でしょう。また本社広報と違うことを広報することは不正競争防止法などに抵触する恐れがある。そういった結果 会社の信頼を落とす業務命令違反ととらえたのです。

そして私がリーダーとして行った2016年のISO審査結果、その問題は過去のISO審査時に、審査員が目標を高くすることを指示したためであることが判明したのです(第40話)」

吉野部長 「えっ! つまり過去の品質環境センターのISO審査において省エネ目標を高くしろと指示して、その工場がそれに従って数字を修正したということですか?」

三木 「そうです。その後過去にそれを指示した審査員に事情聴取した結果、その事実を認めました。彼の論理は投資計画で1%省エネをして、更に創意工夫で0.8%上積みすべきなのだそうです」

加藤審査員 「どの会社でも現場の努力とか、改善活動という名目で削減を計上していますよね。何が悪いのですか?」

三木 「企業は虚偽の広報は違法です。新開発とか新製品などと広報して嘘だったとなると、株価操作となります。会社が広報しているより良い方向だから許されるわけではありません。まさか加藤さんもそんな指導をしていることはないですよね。完璧にISO17021-1に反しますよ」

加藤審査員 「いえ、私はそんなことは言いません。でもそういうのは多々見かけます」

三木 「その審査員は思い付きじゃなくて持論のようでした。実現可能な計画は計画じゃなくて予定にすぎない、高い目標へのチャレンジが必要とのこと(注1)まさにISOと正反対の考えです。ISO14001の6.2.1では、計画を達成するためのリソースを確保しなければならない」

吉野部長 「リソースがなければ改善できませんか?」

三木 「リソースがなくても改善できますか? 『なせばなる』は精神論です。自分自身が実践するのは結構ですが、他人に強制しちゃいけません。
改善を考えろというのは良いでしょう。でも金を出さず目標を達成しろというのは、サービス残業しろというのと同じレベルですよ。リソースを与えず目標を与えるとはそういうことです。

ISOの世界は革新的なアイデアを求めていません。おっと、アポロ計画のときはノーベル賞クラスの発明発見が起こる確率も織り込んで計画を立てたそうです(出典忘れた)。しかしISO規格の求める改善は、現実の技術を基に実現可能なものだけです。

ならばそのためのリソースが必要なのは明白で、それを用意するのは経営者の責任であると明記されています(ISO14001:2015 5.1)
ということは、この事態はISO14001に不適合であったわけです。

なお、それを指示した審査員は、改善活動はできるだけ高い目標を設定してチャレンジしなければならないそうです。達成できなくても目標は高いほうが良いという。もう支離滅裂です。
それなら0.8%なんて言わずに、1%でも2%でも大きいほうが良いでしょうにね。2%では荒唐無稽と思ったのでしょうか? ならば0.8%は荒唐無稽ではないのか?」


注:0.8%など微々たるものと思うかもしれない。でも金をかけずに0.8%というのは不可能に近い難題です。あなたの家庭で使用電力量を毎年0.8%削減しようとしたらできると思いますか? 便器 水道水使用量を毎年0.8%減らそうとしたらどうします?

水使用量を減らそうとするなら、節水便器に交換するとか、シャワーヘッドを変えるとかしなければできない。いずれもお金がかかる。節水便器にするなら工事費込みで10万をはるかに超える。金をかけず努力と工夫だけでできるものではない。

もちろん最初の年なら節約だけで1割くらい減すことができるかもしれない。2年目はできますか? 3年目もできますか? 終わりはありません。もちろんお金をかけちゃいけないんです。たぶん4年も経てばお手上げでしょう。

歯磨きのうがいを10回していたのを毎年1回減らしたとして、10年目は歯磨きを止めるか😄
そう考えれば、0.8%とはとんでもなく厳しいと分るでしょう。

吉野部長 「いやはや、恐れ入りました。私は目標を高くすることは努力を促す良いことだと思ってしまった。考えが足りませんでした」

三木 「企業には社会の信頼や内部統制を考えると、個人なら良かれと思うことも、してはいけないことがあるのです。
外部に広報しなければよいわけでもありません。省エネとか廃棄物削減なら、目標未達でも経営に影響しないかもしれない。しかし売上や開発で願望を目標に掲げたらどうします? スラッシュ電機が、そういうことを良しとしないことは、まっとうなことです。

ということが2016年の審査で発覚して、更なる問題となりました。当然ですね。
そして更になぜそんな指示をしたのかということをつきつめると、弊社の……おっと私はもう退職しています……認証機関の社長が常日頃 審査員に『経営に寄与する審査をしろ』と檄を飛ばしていることにありました。

ワー 経営に寄与する審査とはいかなるものか、私は分かりません。ともかく、それを受けて、その審査員は苦し紛れに、審査で高い目標を立てるように指導することが経営に寄与すると考えたのです」

吉野部長 「うーん、審査員が指示するなんてあってはならないことだが、ウチだってあるんだろうなあ〜。そしてその高い目標を立てなさいというのも言ってそうだ。
だが高い目標なら経営に寄与するといえるのだろうか?」

加藤審査員 「『経営に寄与する審査』なるものはよく聞きますが、意味不明ですね。
しかし確固たる裏付けもないのに目標を上げろと語った審査員は、目標の重みを知らないのでしょうね。
私も見聞きしますが、審査員は皆の努力で上積みできるだろうと言います。投資して時間短縮とかエネルギー削減するなら分かりますが、投資せず工夫だけで改善できるはずがない。それができるなら、今までサボっていたことになる。やる気と頑張りではできないんです」

三木 「ともかく2016年の審査は、特段 問題がなかったとされました。
誤解なきよう、審査で不適合がなかったのではなく、スラッシュ電機が期待したレベルの審査であると認められたのです」

吉野部長わー」

加藤審査員 「どのような観点で評価されたのか分かりますか?」

三木 「それは審査前に要求を示されていました。
そのときの資料はもうありませんが思い出せるのは、ISO用語を使うな、プロセスアプローチをしろ、規格は英語原文を正とする、環境側面を決定するはおかしい、有益な環境側面はない、方針とは会社の規則や文書に展開されているとか、いろいろありました」

吉野部長 「今お聞きしたようなことは、先日スラッシュ電機を訪問した時に言われましたね」

三木 「そうでしたか。実を言えばそういった個々の項目の考えが違うだけでなく、スラッシュ電機は根本的に環境経営とか環境マネジメントシステムについての理解が一般と違うようです。
ただ、今考えると一般の考えが間違っているのであって、スラッシュ電機の考え方が正しいと思います」

吉野部長 「具体的にはどんなことですか?」

三木 「まず環境の位置づけです。環境投資、環境目標、あるいは教育訓練も何もかも、環境という範疇では決定できない、すべて経営全体で考えなければならないということです。
そんなこと当たり前といえば当たり前ですが、ISO14001の規格をいくら読んでもそういう考えは読み取れません。環境負荷を低減するために……という発想しかない。

例えば住民からの苦情とか法改正などによる投資なら、環境のためといえるかもしれません。
リサイクル しかし省エネであれ、廃棄物削減であれ、投資の判断は環境の観点だけではありません。例えば単に廃棄物とするより、リサイクルあるいはリユースすることはすばらしいと思われています。しかしリサイクルする費用が廃棄物処理費用より高ければ、リサイクルはしないでしょう。
赤字でも環境のために決定したなんてのも見聞きしますが、それも短期的にはともかく、長期的にはそのほうが得になるからにすぎません。

同様に、環境マネジメントシステムはシステムではないと言っていましたね」

加藤審査員 「環境マネジメントシステムはシステムではないとはどういうことですか?」

三木 「会社に包括的なマネジメントシステムがあり、それはシステムである。しかし環境マネジメントシステムはその一部ではあるがシステムではないということです」

吉野部長 「環境マネジメントシステムはシステムではない? どうして?」

三木 「廃棄物処理も省エネも環境といわれますが、現実には廃棄物と省エネは相互作用もなく無関係です。排水処理とPRTRもお互いに関係ないです。相互作用もなく無関係なら、定義からシステムじゃないでしょう。
要するに環境というのは一つのカテゴリーじゃなくて、たまたま環境の仕事だと思われたものを寄せ集めた集合に過ぎないんです。

ですからそれらを集めても組織でもないし、機能はバラバラです。多くの企業では、廃棄物、省エネ、社会貢献、化学物質管理などをまとめて環境部としている。考えるとそれらを集めるのは発想がおかしいと思いますね」

加藤審査員 「それ分かります。私も不思議に思っていました。環境法なんてまったくの寄せ集めです。典型七公害は環境省、省エネは経産省、消防法は総務省、毒劇物は厚労省、道交法は国交省、容リ法は5つの省にまたがりと……
環境というものは一つのカテゴリーじゃないですね」

三木 「まあ、どう考えても環境というくくりはないでしょうね。
実はこれ、ISO14001の定義を読むと、そういう趣旨であるとわかります。つまり大多数の人はISO14001の定義を理解していないのです(注2)

一般に環境と呼ばれるものは同類じゃない、このような無関係なものをマネジメントするのは、ISO規格に書いてあるようなアプローチではダメなんじゃないか?」

吉野部長 「どうしてだめなのでしょうか?」

加藤審査員 「現実にマネジメントするには、省エネといっても工場、運輸、製品などカテゴリーごとに、それぞれプロセスとして管理することではないのですか。
化学物質といっても安全についてだけでも、製造時、使用時、廃棄時など管理は全く異なります」

三木 「おっしゃる通りと思います。規格の項番ではなく、その会社の組織や工程に織り込まなければならない。運用はもちろん、審査においてもそういう発想でなければ成果は出ない。

話は変わりますが、私が審査員になった2000年頃、先輩審査員に審査に行った企業で対応する部門に環境の名が冠されていないなら、付けるように指導しろと言われました。
考えてみればとんでもないことです。審査員がそんなことをいう権利はないし、環境を冠したら何か良くなるわけもない。
まあ、おかしな考えが蔓延っていたとしか……」


注:「環境の名を冠する」とは、例えば施設管理課を環境施設管理課とか環境管理課とすることである。
ハテナ この「環境を冠せよ」というご指示!は2000年前後、審査のたびに言われた。そう語る審査員になぜかと聞いたら、「会社(認証機関)から言われている」という。訳が分からない。
環境をつけると環境保護が進むのか? 娘に美という文字を使えば、美人に育つのか?

ところで、やはり1990年代半ばに、大学では環境○○学部とか環境○○研究科というものが雨後の筍のごとく創られた。
そして2010年頃になると、環境を冠した学部・研究科はどんどんと廃止されていった。
ついでに言えば、大学のISO14001認証は2000年ごろから流行し、2009にピークになり、2018年には壊滅した。
ああ、流行は過ぎたと思ったね。いずれもたった15年だった。
ついでに言えば、企業でも環境部は時代遅れになり、部門名もCSR部とかESG部が主流だったが、最近はSDGs部を見て驚いた。会社の業務として、貧困追放とか水洗便所の普及でもするのだろうか?
SDGsの17テーマ

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三木 「話があちこち飛んでいますが、頭に浮かんだことを述べますから、ご参考にしてください。
経営者インタビューについてです。
今論じているスラッシュ電機の認証組織は、『スラッシュ電機本社・支社』という名称です。認証範囲のトップは環境担当役員となっています。審査では役員の方は挨拶程度しか顔を出しません。

まあ数兆円企業のトップスリーに入る人ですから、30分拘束すれば数億の売り上げ……あるいはそれ相当の価値を生み出さなければならないでしょう。自嘲するようですが、ISOのインタビューにそれほどの価値があるとは思えません。

実際の経営者インタビューは、環境担当役員のスタッフが受けます。スタッフといっても工場長クラスより上、要するに役員一歩手前の方です。彼らにしても1時間当たり相当価値のある仕事をしなければならないわけです。だから審査員には価値ある質疑が要求されます」

加藤審査員 「価値ある質疑とは何でしょうか?」

三木 「価値は主体によって異なります。ですからお金を払う人、成果を評価する人が価値があるとみなすものでなければならない。
私は問われました。『このインタビューの成果は何ですか?』と」

吉野部長 「それは……厳しい問いですね」

三木 「そこから考えたインタビューのテーマですが、話をしていて相手が今関心を持っていること、納得していないことを聞きとって、それ以降の審査でその回答を見つけて、クロージングミーティングで報告できることだとたどり着きました。
『武士道といふは死ぬことと見つけたり』という言葉もありますが、審査とは審査を受けている経営者の関心を知り、関心を持っているものの実態を調査して報告することでしょう。

往々にして審査員は、規格適合に関することしか聞き取りしません。でも企業幹部が、規格に適合していることを確認したと報告を受けて意味がありますか。それでヨシとするのは認証機関の幹部だけです。
とはいえ、事故の恐れもなく違反もありませんでしたなんて言える訳がありません。せめて依頼者、お客様が役に立つと思うことを報告しないと顧客満足は得られません」

加藤審査員 「ええと趣旨は分かりますが、具体的にはどうするのでしょうか?」

三木 「経営者インタビューで『方針が理解されているかな』と語ったとしましょう。クロージングミーティングで、どういう報告をすれば良いと思いますか?
『派遣社員が○○していた、それは方針の○○が末端まで徹底されている証拠です』と言えば相手は喜ぶでしょうね。もちろん徹底していないなら『○○が見られたことは方針が末端まで徹底していない』と報告するのです。もちろん証拠を添えてです」

加藤審査員 「なるほど……ではまず経営者インタビューで、相手の関心を把握しなければならない」

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吉野部長 「ISO規格の用語を使わないで審査はできますか?」

三木 「私は以前から要求事項そのままの質問をしません。そんなの、するほうも聞かれるほうも面白くないでしょう。
多元方程式は、未知数の数より多い式があれば解けます。それと同じです。つまり直接的に『○○はどうしているか?』と聞くのではなく、この仕事は何をするのか、何のために、どのように、困りごとは、異常が起きたときは、そんな風に質問を重ねます。それらを総合すれば解は得られます。
その方法の良いところは、複数の質問をすることで、複数の要求事項の回答が得られることです。そういう質問ならISO規格の用語など不要です」

加藤審査員 「はぁ〜」

三木 「またどの会社に行ってもISO事務局なるものがあって、そういった人たちが案内するだけでなく、通訳もするわけです」

加藤審査員 「通訳?」

三木 「審査員の質問を、一般社員が分かるように言い換えるわけですね、
でもね、それっておかしいですよね。審査員の仕事は、業務がISO規格適合か否かを判断することです。そのために観察をするし質問もします。そのときインタビューされる方が、審査員の質問を理解しようと努める義務はありません。
もし意思疎通ができなければ、質問者である審査員が悪い。そして時間切れになれば審査員の負けです。
コミュニケーションを図るのは審査員の義務です。お金をもらっているんだから」


注:通訳を英訳するとinterpretationとなるが、interpretationは通訳だけでなく解説とか解釈という意味もある。

三木 「ならば、審査員は相手が理解できるように言葉、話し方、言い回しを考えなくちゃならない。ましてや規格用語を使うなんて論外です。
今日だけ働いているアルバイトでも、分かるように問いかけられないと審査員の力量がないのです。

スラッシュ電機では通訳がいませんから、他の会社のように通訳頼みはできません。審査員は、一般の人が分かるように質問しなければなりません」

加藤審査員 「厳しいなあ〜」

三木 「最近は企業側もものすごく勉強しています。だからインタビューしていると、それはどのshallなのか理解してますし、次はどんな質問が来るか予測されている。一言二言、言いかけると、すぐさま該当する資料が机の上に現れる。

そういう状況を、どう思いますか?
私は自分が未熟だと恥じ入ります。質問が浅いのでしょう。相手に審査員は何を知ろうとしているのか分かってしまったら負けなんです。パラパラといろいろなことを聞いて、その結果、何事かが分かる、そういうアプローチをしたいですね。
規格用語を使うなと言われる前に、規格と無関係な話をして、規格要求が満たされているかを把握しなくちゃね」

吉野部長 「我々は、三木さんの足元にも及ばないと認識しました」

三木 「いやISO用語なるものを使わずに、ISOMS規格は書けたはずです。規格を作った人も未熟なんでしょう」

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三木 「それからスラッシュ電機の審査で、インタビューされた人から言われた厳しい言葉を思い出します。『予め決めてきた筋書き通りの回答でないと困るのか?』と言われたのです(第38話)。
審査員が手っ取り早くこういう回答が欲しいと思う気持ちはわかります。でもそんなことを思うのは、そもそもおかしいでしょう。
現実を見て、現実の考えを聞く、それが予期していたものと違うのが現実です。そういうものじゃないですか審査とは」

吉野部長 「三木さんのお話はとても重いですね」

三木 「冗談を言わないでください。 とにかくスラッシュ電機はオーデタビリティー(注3)が低い。平たく言えば審査しにくい。特に規格用語を使い、更に項番順審査ならそうでしょう。
しかし目的を果たすためにどのように質問するかを考えれば、難しくも何ともありません。知りたいことを平易な言葉で聞く。質問は一挙両断ではなくいろいろな切り口で聞いて、それを総合して事実なのか、口先だけなのかを考える。
そうじゃなければ張り合いがありません。

最後に一般的な注意ですけど、
審査員はフェアでなければなりません。『○○してますよね?』なんて誘導尋問をしてはいけません。
まずはISO17021-1やISO19011はしっかり読むというか、身に付けましょう。これを理解していないと、最近は企業側からご指導をいただきます。真面目な話です。

御社では問題ないと思いますが、よくいますよ、企業の人は審査員ほどISO規格や認証制度に詳しくないと考えている人が。冗談ではありません。今時、企業の人のほうがISO規格や認証制度の手続きに詳しいですよ。異議申し立て説明しないとクロージングミーティングで苦情を言われます。それさえ何のことかを理解できない審査員もいますからね。

耳 審査員や監査員の発祥は、大昔、中東の王様のために町の噂を集める役人(スパイ)だったそうです。集めるべきは、自分が望むことではないし、王様の望むことでもない。真実でなければなりません。

適合にしても不適合にしても、確固たる証拠と根拠を見つける努力と能力を持つこと。そうでなくちゃ不適合も適合もありませんからね。まあ現実には、それができない審査員もいるわけですが。

不適切な行為・発言をしないよう気を付ける。
トップが顔を出さないことに文句を言うのはいけないですね(第94話)。先ほども言いましたが、昔なら東証一部、今なら東証プライムの社長が、たかがISO審査に顔を出しますか? いや審査に価値があれば顔を出すでしょう。
1兆円企業なら1秒で13万の売上です。30分拘束したなら2億円です。まあ社長が売っているわけではないにしろ、相手を拘束するからにはそれくらい配慮と覚悟が必要です。

トップばかりじゃないですよ。監査部とか法務部に行けば、司法試験合格者もいます。うかつに規格解釈の議論をしてはいけません。赤っ恥かくだけです。

ところでスラッシュ電機で、磯原さんという人に会いましたか?」

吉野部長 「お会いしました。実を言いまして、彼には数年前にお会いしたことがあります。
先日お会いしたときに頂いた名刺には課長代行とありました」

三木 「彼にはいろいろと教えてもらいました」

吉野部長 「えっ、教えられた! 教えたのでなくて?

三木 「私は審査員を17年やりました。しかし第三者認証制度にも、審査員の力量にも、もちろんISO規格の読み方にも、納得できない疑問がたくさんありました。
そういう疑問を彼に話すと、彼はほとんどのことに答えてくれました。驚くほど詳しい人です。
師に付いたり本を読んで知識を得たというのでなく、彼が実体験からひたすら考えたのだと思います。彼には普通の審査員では手合い違いでしょう(注4)

実際、品質環境センターに規格解釈が間違えていると乗り込んできて、審査部長と技術部長の二人を相手に議論して説得したという伝説があります(第17話)」

吉野部長 「私も経験がありますよ(第7話)。やはり認証機関がしっかりと規格を読んで審査するようにというお話でした。規格に詳しいだけでなく、話がうまい。
先日、私どもが先週訪問したときは、先方の岡山さんという方が対応されて、磯原さんは沈黙していましたね。猫をかぶっていたようです」

三木 「岡山という方には会ったことがありません。磯原さんも課長になったなら、ISO審査など部下に任せるようになったのでしょう。
1年前までアメリアというアメリカ人女性が、磯原さんのアシスタントをしていました。彼女は英語はもちろんですが日本語も達者で、JIS訳のおかしな点を語っていました。磯原さんが規格を原文で考えるようになったのは、彼女の影響かもしれません」

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三木の話は一段落して、雑談モードになる。

吉野部長 「大変ためになるお話、ありがとうございました。
三木さんにお願いがあります。今回のスラッシュ電機の審査だけでも、弊社と契約審査員になっていただけないですか?」

三木 「正直言いましてもう審査員は卒業ですよ、卒業、Happy commencement.
これから第三者認証制度を盛り上げていくのはあなたたちです。老兵は死なずただ消え去るのみ(注5)

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吹き出し
吉野部長
三木氏の話に続いて、吉野と加藤が用意していた質問をすると、時刻は5時を少し過ぎていた。
吉野は三木氏を一席設けましたからと誘ったが、三木は固辞して、謝礼を受け取るとさっさと帰ってしまった。

水谷部長は最初からメンバーに入っていたから、空いた席には野崎君を呼べばいいと頭を切り替えた。
地下の居酒屋の個室を予約しているから、そこで今日の三木氏の話を説明して、これからのことを話し合おう。吉野は加藤に連絡を頼んだ。



うそ800  本日の目的

先の回(第111話)で、大日本認証の面々がスラッシュ電機を訪問して、スラッシュ電機の考え方を聞いたわけですが、私が言いたいことの半分も書いていません。それで老骨 三木さんを引っ張り出して、残った半分の更に半分くらいを語ってもらいました。
まあ私がここで叫んでもまったく意味はないですけどね。

もしネットにこの文章が20年後も残っているなら、誰かが「第三者認証制度の興亡」なんて 論文 小説を書くときに参考にしてもらえればうれしいな。💗
「銀河帝国の興亡」(注6)のように作者の没後も書きつがれたら、これに勝る喜びはない(私が死んじゃったみたいだね)。




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注1
偉大なる経営者として知られる土光敏夫は『計画とは将来への意志である。将来への意思は、現在から飛躍して無理があり、実現不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長線上にあり、実現可能な計画は、むしろ予定と呼ぶべきだ』と語った。

同じことを語る審査員がいるが、開発段階での未知への挑戦と省エネなど結果を出さなければならない活動はニュアンスが違うのではなかろうか?
あるいは単に当たって砕けろ精神なのだろうか?それはもはやISO的思考ではない。
「土光敏夫 信念の言葉」、PHP研究所編、PHP研究所、2009/10/02、p.22

注2
ISO14001:2015の定義3.1.2では「環境マネジメントシステム」を「(包括的な)マネジメントシステムの一部で、環境側面をマネジメントし、順守評価を満たし、リスク及び機会に取り組むために用いられるもの」と定義している。
ここで「用いられるもの」は「包括的なマネジメントシステムのpart(部分)」であって、システムともサブシステムとも言っていない。

注3
監査性(Auditability)とは可監査性とか監査可能性ともいうが、監査のしやすさを意味する。監査を受ける人が素人とか隠そうとするなど、審査しにくい・証拠が得られない場合、監査性が低いという。

注4
碁盤 「手合い違い」とは二つの意味があり、ひとつは囲碁や将棋で対戦者の実力があまりにも違いすぎる場合のこと。

もう一つの意味は力が違う人が対戦するときは、将棋なら香落ちとか、囲碁なら置石とかハンディをつけるが、そのハンディを付け間違えること。

注5
「老兵は死なずただ消え去るのみ」とはマッカーサーが退任演説の中で語った言葉。
元ネタはアメリカの兵隊が歌う歌で、元々の歌詞は「若い兵士はつらい仕事をさせられ、年配の兵士は楽な仕事をして退役していく」という意味だったらしい(諸説あり)。
マッカーサーは「自分は戦いで生き残り、役割を終えたから去る」という意味で使ったらしいといわれる(これも諸説あり)。どうとでも取れる言葉である。

注6
「銀河帝国の興亡」とはアイザック・アシモフの「ファウンデーションシリーズ」の超長編小説で全7巻まで書いたが未完で亡くなった。
アシモフの没後、それを引き継いだ作家により新たに3巻が書かれた。




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