ISO第3世代 115.会社規則を読もう2

23.10.23

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


*****

2019年4月末である。
古田美咲は今年入社して、4月頭から3週間の研修を終えた後、総務部本社総務課に仮配属された。
仮配属とは会社によって定義というか意味はさまざまで、この会社ではとりあえず置いてみて、問題なければそのままということのようだ。新入社員は往々にしてひと月ふた月で辞める人も多く、員数外というのが本音かもしれない。

美咲 2019年に4大卒ということは、1997年生まれになる。1997年生まれの女の子の名前第1位は萌、2位は美咲、3位は七海である。しかし1991年から2000年まで10年間トップスリーにあった名前は美咲のみである。
いや、それは良いことなのかどうか? 美咲が掃いて捨てるほどいるということになる。

参考:生まれ年別名前ベスト10

キヨちゃん
お久しぶり
配属されてからの数日、美咲は「お局キヨちゃん」と呼ばれている猪越先輩から簡単な仕事を指示された通りしている状態だ。
ちなみにお局キヨちゃんとは悪名ではない。若いのにリーダーシップを発揮して活躍しているからのふたつ名である。

簡単な仕事とは他部門の会議で人手が欲しいと言われて案内とか資料配りをするとか、各部門から頼まれたポスターを社内各所に貼ったり・はがしたり、ちょっとした工事の立ち合いそして完了確認のサインをするとか、総務では多様な仕事があり、猫の手よりましなら使い道は多々あるのだ。
ちょっと驚いたのは他部門で人手が欲しいというとき、応援に行くことが多いことだ。あるとき美咲が「総務ってなんだろう」と一人ごちたら、「総務とはすべてつとめることなり」と課長が応えた。
その後、会社規則を読むと総務の職掌は「他部門の行わない仕事」と書いてある。さもありなんそうであろう

ハテナ
美咲
大学で経済を学んだといっても、総務部が何をするのかも知らないし、自分がどんな仕事をするのか、その仕事の知識、才能があるのかどうかも分からない。総務部の席に座ってまだ数日の美咲は、文字通り右も左もわからない。

大学で同期の仲間からは、既に話と違うとか、上司のセクハラガー、ブラックだよう〜、辞めようかなあ〜なんて愚痴、不満のメールやLINEがドバドバ来ている。
美咲はまだ愚痴をこぼすまでの体験さえない。


今日は朝から猪越さんに呼ばれて仕事の説明を受けている。

キヨちゃん 「今年は会社規則制定100周年なので『会社規則を読もう』というキャンペーンをしているの」

美咲 「廊下に貼ってあるポスターを見ました。会社規則をしっかり読んで間違いのない仕事をしましょうっていうアレですよね。
それと、ここに来てパソコンとメールアドレスをいただいてから、毎朝『会社規則を読もう』というメルマガがきます。欠かさず読んでますが、正直言って仕事らしい仕事をしていないのであまり実感がないです」

キヨちゃん 「読んでくれてうれしいわ〜。誰も見てないと思ってた。
メルマガは4月初めから出しているんだけど、古田さんは今まで研修だったから、ここに来てから見たのね。今月の原稿を書いているのは、人事部の下山さんと私なの。もちろん年間計画で順次の各部門の人に書いてもらうの。
今月は新入社員とか転勤者の時期だから、それに関することを人事部と総務部が書く計画なの」

美咲 「新入社員にもなじみががあるものだと良いですね」

キヨちゃん 「新入社員が知りたいことは、新入社員にしか書けないと思うの。それで来週5日間の内、2回分を古田さんに書いてもらおうと思うの」

美咲 「うわー、私ですか? できるかなあ〜」

キヨちゃん 「大丈夫、大丈夫。お金をもらう人は皆プロなんだから。
3週間の新入社員研修が終わって仮配属になったから、新人を迎えた職場ではこれから歓迎会が催されるわけよ。それで、そんな席でパワハラとかセクハラをしないように、またされたらどうするかというのを書いてもらおうかなって思っている。
それが1回分よね。もう一つは、休暇願とか遅刻の手続きとか、そういうことを書いてもらおうかなって。

ただ目的は会社規則を読みましょうということなのね。だから最後は、こういうことは会社規則に決まっていますよというオチにしてほしいの」

美咲 「分かりました。それじゃ、その方向でドラフトを明日一杯くらいに書いてみます。それを猪越さんに見ていただくということでよろしいですか?」

キヨちゃん 「それで良いわ、そういうことで。ところで会社規則がどこにあるか習ったわよね?」

美咲 「はい、イントラネットの使い方の講師は猪越さんでした」


*****

美咲は頼まれた『会社規則を読もう』のメルマガの文章を考える。
内容は指定されている。歓迎会でのセクハラ・パワハラだ。
社会人といえど歓迎会の場所は、このビルの地下にある居酒屋か、せいぜいが神田駅周辺とか八重洲の居酒屋だ。バブル時代のように銀座とかはない。二次会はカラオケだろう。

イメージとしては大学時代の飲み会かな。大学の飲み会で、困ったこと、嫌だったことは何だろう? 私は男子学生にタッチされるのが嫌だったな。大騒ぎするのも大人げないと黙っていたけど、ああいうのは犯罪だろう。4年前は世の中が今ほど厳しくはなかったけど、された方が嫌だったことは変わりない。

待てよ、東京都とかあるいは大学で、飲み会の時の注意事項など作っていないかしら? 個人的な視点でなく、公式な規範があるならそれを引用したほうが間違いない。
閃いた
美咲
それに『会社規則を読もう』というキャンペーンなのだから、それに関係する会社規則があるはずだ。まずは、それを探して読まなければならない。

流れとして、飲み会で困ったこと嫌なことの事例を示して、それはどういう規則に抵触するのか、どう対応すべきかを示して、ぜひ会社規則を読みましょうという流れにしよう。
今日と明日でドラフトを書くには、急がないと……


ええと、会社規則はどこにあるのか……研修会でイントラネットにあると習った。まずは本社のホームページにアクセスしてと……会社規則のリンクはどこにあるのだろう?

すぐに会社規則のページは見つかった。とはいえ画面にあるのは目次だけだ。会社規則は600件くらいあると聞いた。いや規則は件ではなく本と数えると言っていたな。

それはともかく規則はどのように分類されているのか?
目次を見ると4桁の数字が規則に与えられている。千の位が1は総務編、2が人事編、3が経理編と、なるほど業務ごとに分けて採番されている。百の桁はその細分だろう。その下は連番だろうか?

総務の私が頼まれたのだから、セクハラ・パワハラの決まりは総務編にあるのだろう。ならば総務編で飲み会とかパワハラの規則を探せばよいわけだ。
総務編といっても100本近くある。まずはタイトルを眺めていけば……

  ・
  ・
  ・
  ・

1時間かけて総務編の目次を見て、それらしいものを開いて斜め読みしたけど、パワハラも飲み会もない。ハテ、どうするか?
猪越さんに聞くのも癪だし、ここは考えるところだわ。
何かひっかかるのね、ええと今月は人事部と総務部が書くって言っていた。もしかしてセクハラは人事部が関わるのかしら?

美咲は総務部の職掌と人事部の職掌はどうなっているのかと思う。そういえばここに配属されたとき課長から説明があった。総務部には全社を見る全社総務課と本社内を担当する本社総務課、それから会社規則などを扱う文書管理課、株主対応や株主総会を取り仕切る株式課があって……あと二つあったけど、保安だったか防災だったか。大学時代なら忘れてもテヘペロでおしまいだけど、社会人になったからにはしっかり覚えておかなくては。

ともかくパワハラは人事部担当かもしれないから人事編を見てみよう。ええ、こちらも規則が100本もあるの!
勤怠、教育、懲戒、なんかヤバそうな規則だなあ〜。
おっと『遵法とコンプライアンスの規則』というのがある。これが臭いな。でもアクセスしてみるとたった1ページしかない。
目次に戻って見ると、その下に同じ文書番号にハイフンがついた細則というのが何件かある。4桁の番号が同じなら関係があるのだろう。となるとこのあたりかな〜

『ハラスメントについての細則』というのがあるぞ。やったね!
細則のほうが親よりページ数が多い。みるとハラスメントの判断基準、対応、処分などがあって、後ろに事例、該否の事例集というのが付いている。

興味を持って全ページ読んでしまった。
『飲み会でも職制で場所を指定して開催する場合は、就業している場所以外でも職場に含まれる』『勤務時間外の宴会等でも,実質上職務の延長と考えられるものは職場に該当する』とある。
ほう、ということはそこでのセクハラやパワハラは、職場で行われたと同じで会社側に管理責任があるのね。

ビールビール
『セクハラは取引先の事務所,取引先と打合せをするための飲食店,顧客の自宅等であっても,当該労働者が業務を遂行する場所であれば該当する』
ふーん、こういうことは仕事をする上で知らなければならないことだわ。
もう立派な社会人なのだから、セクハラされたらはっきり嫌だと言わないと……

そして被害者の取るべき措置、管理職の役割、通報制度と……猪越さんにメールを書いてみてと言われなかったら知らなかったわ。お局キヨちゃんに感謝しなくちゃ


ところで規則とか細則ってどういう関係なの?
と考えても分からないなら聞くしかない。総務部に文書管理課があるのだから、そこで会社規則の管理をしているのかしら?

女は度胸、当たって砕けろだわ。話しかけてみよう。


村上 美咲は歩いて10歩ほどのところにある文書管理課という看板の下に、事務机が10個ほど並んだ島に行く。課長と年配の男性と30くらいの女性がいる。あとは出払っているのだろうか?
こういうときは声をかけにくい人に話しかけるべきと美咲は考えている。それでまずは男性に話しかける。

美咲 「すみません。教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

村上 「ハイ、なんでしょう?」

美咲 「私は先週、総務部に仮配属になりました古田美咲です。会社規則を読もうとしているのですが、分からないことばかりです。構成とか読み方とか教えてもらえませんか」

村上 「ああ、先週の朝礼で挨拶された方ね。私は村上といいます、よろしく。私の仕事は会社規則のお守り役ですよ。 ちょうど一段落したところだから30分くらいなら良いですよ。
体系的に説明するなら丸一日かかるからね。どうしましょう。とりあえず今日は古田さんが疑問に思っていることとか、分からないことを質問してもらおうか」

美咲 「それじゃ今まで規則を読んでいて、疑問に思ったことをリストしましたので、時間の許す限りでよいですから、それについて教えてください」


*****

村上と名乗った人は間違いなく専門家だった。美咲の質問すべてに、分かりやすく説明してくれた。文書体系を聞くと会社規則と図面などの関係がビジブルに教えてもらえた。
一つの文書体系に、図面も規則も承認図や購買仕様書更には現場の作業指導書まで、すべてが網羅されていることに驚いた。もちろん細則がどういうものかも分かった。
そして美咲の質問への答えを聞けば、村上は文書管理全般を自家薬籠としていることがうかがえた。さすがである。

美咲が「会社規則を持ち出して他社に売ったら高く売れますね」と冗談を言うと、間違いなく高く売れるという。1960年代はデミング賞を取るには、会社のルールが整備されてなければならず、実際に当社の会社規則が欲しいと言われたそうだ。
もちろんそんなことをすると、窃盗と情報漏洩で懲戒解雇だよと村上氏は笑う。

ともかく美咲が知りたかったこと、規則の探し方、規則の体系、文書構成などは教えてもらった。また分からないことがあればその都度聞きに来なさいと言われた。
総務部で一人相談できる人ゲットしたと美咲はうれしい。


*****

翌日の夕方にはドラフトを仕上げて、終業前に美咲は猪越さん宛に翌朝打ち合わせたいとドラフトを添付したメールを送る。
翌々日の朝、猪越さんから声をかけられた。

キヨちゃん 「メルマガの案を拝見したわよ」

美咲 「わー、猪越さんのコメントを聞くのが怖い〜」

キヨちゃん 「大丈夫よ。初めての作品から出来が良くて驚いた。話の流れが自然だし、最後に会社規則だけでなく、読むべき参考資料も記載してあって最高よ」

美咲 「ありがとうございます。はげみになります」

キヨちゃん 「完ぺきといいたいけど、リファインしてほしいこともある。
朝の時間に読ませるには文字数が少し多いね。今1,800字あるけど、1,200字にしたい。(この文は約一万字です)
ドラフトには事例が今5件あるけど、それを2件に減らして欲しい。誤字もあったから朱記して返信するわ。
削った文は取っておくのよ。ネタがなくなったとき、リリーフに使えるから」

美咲 「ハイ、いただいたコメントを反映して修正案を作ります」



*****

5月の連休明けである。
湯気
紙コップ
ここは始業前の半導体事業本部の技術課である。

20代後半の女性が始業10分前に席についてパソコンをオンする。パソコンが立ち上がるまで、隣のビルで買ってきたコーヒーを飲む。給茶機のコーヒーでは香りが不満で、毎朝安くないお金を払ってコーヒーショップから買ってくるのだ。

立ち上がるとすぐにメールチェックをする。始業前に仕事をすることもないとも言えるけど、連休中に緊急連絡が入っているかもしれない。

この会社では「電子メール規則」で、発信するメールには内容が分かるようにタイトルを付けることと、緊急性と重大性の二つの視点から【 】で注記するのを義務付けている。
だからタイトルを見ただけでメールの内容と重大性、緊急性が分かる。本文を読まないと、内容や重大性が分からなければ処理時間は何倍にもなるだろう。

幸い今日は、いや今日もトラブルはなかった。それでも連休中に入ってきたメールは数十件あるだろう。まあ、それはおいおい始業後に見ればよい。
おっと『会社規則を読もう』っていうメルマガが来ている。毎日来ているけど、複数の人が書いているようで日によって出来不出来がある。だけど読むと結構面白い。先月のセクハラ・パワハラについてのメールは役に立った。その後に行われた新入社員や転勤者の歓迎会でのトラブルは、激減したと話題になった。

今日は何かと思ってタイトルを見ると『休暇を取るとき』とある。自分は派遣だけど、ここで働いてもう5年になる。庶務業務ならこの私に任せなさい。休暇のことだってバッチリよ。私がチェックしてやるわ

何々……「休暇は働く人の権利だけれど取る時期は一方的には決められない。当日休暇の場合、管理職が業務状況を考慮して可否を判断する」
当然だよ、庶務のしかも派遣社員の私が、休暇を取って良いとか悪いとか言ってはいけないのだ。

しかしそれに続く文章を読んで女性はいささか驚いた。
えっ、こんな決まりあったの !

電話が鳴る。

クミちゃん 「ハイ、スラッシュ電機半導体事業本部です」 電話する

渋谷 「ああ、クミちゃん。俺だよ俺、渋谷だよ」

クミちゃん 「あら、渋谷さん、お久しぶり。どうしたの」

渋谷 「あのさあ〜、ちょっと今日は野暮用ができちゃってさ、休暇出してくれない」

クミちゃん 「当日休暇は課長に伝える決まりですよ」

渋谷 「いつもクミちゃんに言えばやってくれたじゃない」

クミちゃん 「会社のルールでは直属上長に申し出て許可を得ることになっています」

渋谷 「明日、俺が課長に謝るからさ、とりあえず休暇だけ出しておいて」

クミちゃん 「理由はどうします?」

渋谷 「病気にでもしておいて」

クミちゃん 「病気を理由にするなら実際にお医者さんにかかってください。明日課長に説明するとき診断書までは必要ないと思いますが、病院のレシートか出されたお薬を見せてください」

渋谷 「えっ、俺は健康だよ」

クミちゃん 「だめです。当日休暇を出そうってなら、ちゃんと裏付けを作っておきなさい」

渋谷 「分かりました。それじゃ課長に病気ということで休暇願を出しておいて。俺は間違いなく診察を受けておく。そして明日は病院のレシートを持っていくよ。
でもどうして今日は厳しいの?」

クミちゃん 「毎日配信されている『会社規則を読もう』ってメルマガを知っているでしょう。今日は『休暇を取るとき』というお題だったの。就業規則では当日休暇は翌日に上長が理由を確認すると書いてあったわけ。

課長もメルマガを読むだろうから、当分は当日休暇のチェックは厳しいよ。
あのね、嘘ついて当日休暇を取ったのがばれたら懲戒よ。首にはならないでしょうけど、昇給とか昇格試験のとき減点くらうかも」

渋谷 「……分かりました。クミちゃんのお気遣いありがとうね」

連休明けに特段の理由なく当日休暇を取ったために、上長から叱られた人が数十人もいた。皆、メルマガ「会社規則を読もう」のせいだと思った。
それはそうだろうけど、渋谷と他の当日休暇をとった人の違いは、庶務担当がその朝 休暇の連絡を受けたときに、翌日休んだ理由の証拠を示すことを伝えたか否かであった。
渋谷はクミちゃんのおかげで、課長に診察券と診療費領収書を見せて説明したので小言を頂くことはなく、それどころか体調を心配された。

ケーキ コンビニのケーキでは失礼だろうと、渋谷は昼休みに片道5分歩いてオアゾで買ってきて、クミちゃんにお礼を言った。正直、当日休暇の人たちが叱られた騒ぎを聞いて、ヒヤッとしたのだ。

もちろん課長は渋谷が挙動不審なので、仮病だろうと薄々勘付いていた。奴の危機一髪を救ったのは、クミちゃんの指導だろう。
名もなき課長
私の指導が
良いからさ

夏のボーナスの査定では、渋谷に減点をつける謂れはない。クミちゃんはプラス5%にした。彼女のことだ、ルールを守れと諭し、対策も教えただろうことを評価した。彼女は派遣なので直接的ではないが、派遣先が評価すれば派遣元の査定が悪くなることはないだろう。
課長自身も事業本部の会議で、本部長から「お前はしっかり指導しているな」とほめられた。悪い気はしない。フッフッフッ


注:ある講演会でのこと、講師は元大手銀行にお勤めで、その後大学の先生になった方であった。銀行員は仮病で当日休暇を取るときは、必ず医者にかかりずる休みではないという証拠を作るそうだ。信用創造ならぬ証拠創造である。証拠は偽物ではないから捏造ではない。
それを聞いて、人生瑕疵がないように生きていかねばならないと知った。

当日休暇をとる理由だが、お葬式はちょっと考えられない。身内なら忌引きがもらえるし、従妹より遠い親戚とか近所や知り合いなら、お葬式当日だけいけばよく、当日休暇をとるまでもない。仮に突然だったとしても、私のいた田舎ではお葬式の引き物と一緒に入っているハガキを会社に見せればOKというルールだった。
本人が具合が悪い、子供が病気、というのは見ればわかる。渋滞や事故なら当日休暇をとるまでもない。場合によっては遅刻扱いもされない。

現実は当日休暇の9割はまともな理由ではない。まともでない理由とはどういう事態だろうか?



徹マンで朝になり、昨夜負けたから今朝から取り返そうなんてアホもいる。同じ職場の4人が具合が悪いと当日休暇を、それもひとりから4人分連絡があったことがある。1970年代はそんなものだった。
朝起きたら始業時間を過ぎていたというのはよくある。帰省して最終日に飲みすぎて昨夜電車に乗れなかったなんてのもある。もちろん一番は会社に行きたくないというものだろう。

私が管理職だったとき「免許更新の最終日と気づいたので、今から免許センターに行きます」という電話があった。翌日「新しい免許見せろや」と言うと、真っ青になった。「車通勤でないので携帯していません」くらい言えよ。奴の誕生日は知っていた。休暇を取った日のひと月前ではなかった。
ネットにはすばらしい当日休暇の言い訳例が示されているが、本質はそんなことになる原因を解決しなければならない。それは本人次第としか言いようがない。



*****

美咲がメルマガ『会社規則を読もう』の原稿を書くのは、もう10回目くらいになる。
今回はオフィスから出るごみの分別の話である。

美咲は取り掛かる前、猪越さんにこのテーマを選んだ理由を聞いた。
猪越さんが語るには、オフィスから出る廃棄物の種類は少ないという。

注:家庭から出るゴミには、生ごみ(33%)、食品の包装材(15%)、酒・調味料・化粧品などのガラス容器(5%)衣類(3%)が過半を占めるが、それらはオフィスからは出ない。
 ( )内は重量%

PPCコピー用紙、新聞紙、雑誌類、カタログのような紙類はリサイクルに出す。機密書類は密封して製紙工場に直送してリサイクルする。処理依頼するときはスラッシュビル管理の人が工場まで行って立ち会うという。
弁当は衛生上のことから、毎朝清掃時に分けて回収してその日の内に業者に委託している。
紙コップは給茶機の会社が回収してリサイクルしている。だから各自のゴミ箱に入れるのでなく、パントリーにある専用のごみ箱に入れること。
飲料の空き缶やペットボトルも同様に、自販機わきの回収箱に入れる。

クリップマウスキーボード紙コップペットボトル
ホチキス

キーボードやマウスは情報システム部管理であり、故障や不用品は、そこが回収して処理する。
私物のキーボードやマウスを使うことは禁止。以前キーボードに盗聴器が仕込まれていたことがあって私物利用禁止になったそうだ。

壊れたホチキス、電卓、文房具などの金属やプラスチック類は、産業廃棄物として排出している。
机や椅子は固定資産を持たないために現在はリースだそうだ。一定期間ごとに一斉に新品に更新する。


家庭ごみの回収は自治体が行うが、自治体によって分類が細かなところも大雑把なところもある。社内の分別はそれらに比べればはるかに簡単だ。
しかし問題はその簡単な分別をしてくれない人がいることだ。いったん混ざってしまうと、選別するのに大変手間がかかること、汚い仕事であること。一人一人がちょっと気を付けてくれたらと猪越さんはこぼす。


それからごみの廃棄方法などは、会社規則やその子供の文書ではなく、総務が清掃を委託しているスラッシュビル管理の文書で動いていることだ。
そういえば空調の基準を決めている文書も会社規則ではなく、ビル管理会社の文書で動いている。
これはどうしてだろう? 文書管理課の村上さんに聞いてみよう。


お掃除 美咲は文章を書く前に、紙類については古紙回収業者がビル内でどのように集めているのか、それから業者のトラックに便乗して製紙工場に送るまで見てきた。
機密書類については定常的に出るものではなく、年に数回なのでそのとき一緒に行きましょうとスラッシュビル管理の人に言われた。


そんなことをしていて1週間かかってしまった。でもその成果として、想像でなく実体験をもとに文章を書くことができた。
単に広報のメルマガをひとつ書くためと思えば効率が悪く無駄でしかないが、これから総務で仕事をしていくわけで素晴らしい経験だと思う。

それからいろいろな気づきがあった。
まず本社とか総務部だけで仕事が進むわけではない。このビルの管理とか当社の管理とかは多層構造になっている。その関係を理解しないとならない。
改善をするには関係部門と調整しないとうまくいかない。


ビル管理の構造
立場物語の中の名称役割
ビルオーナー○○不動産ビルを所有して不動産賃貸業(K691)をする
矢印
ビル管理会社○○ビル管理ビルの管理、店子の範囲外の清掃や警備など
矢印
店子スラッシュ電機ビルの一部を使用する
矢印
店子の下請けスラッシュビル管理スラッシュ電機の借りている範囲の清掃・受付・警備など

メールの文章は、
まず省エネやごみの分別もしっかりとルールで定められていることを伝えること。
ルールは会社規則だけでなく、省エネなどはビルオーナーとかビル管理会社の定める規則に従うこと、ごみ分別や廃棄物処理はスラッシュ電機が業務委託しているスラッシュビル管理の定める分別方法に従うこと、
現実には分別を守らない人が多くて、担当部門が困っている。みんなルールを守りましょう。


やったね!
美咲
 やったね!
美咲はメルマガを書くのに少し自信がついた。
そして総務に自分の居場所を得た感じがした。



*****

某日、猪越さんと美咲がコーヒーを飲みながらの会話

キヨちゃん 「古田さんが書いた『会社規則を読もう』の評判いいよ。今月の人気記事投票では、下山さんよりも私よりも、人気抜群だったよ」

美咲 「ほんとですか! ありがとうございます。
今までいろいろな文を書かせてもらって、分かったことがあります」

キヨちゃん 「何が分かったの?」

美咲 「猪越さんの狙いは、私に学ばせようとしているのですね」

キヨちゃん 「おや、何それ?」

美咲 「最初は会社規則の調べ方を覚えることでしょう。そのおかげで文書管理課の方と知り合いになれました。
それから休暇の手続きの処理の仕方、これは私のこれからの仕事で必要です。ごみの分別は廃棄物処理の方法とスラッシュビル管理の人たちと知り合いになることは仕事上必須ですもんね」

キヨちゃん 「アハハハ、私はそんなに深読みされるようなことしないわ。
会議のお手伝いとか、工事の立ち合いだけじゃつまんないと思ってね、気分転換してもらっただけ。
最初の日、私に何も聞いてこなかったので、ちょっと心配した。言われたことしかしない人っているのよね。そういう人を放っておいたらチューター失格だから」

美咲 「分からなければ聞くしかないと思いました。でも猪越さんに聞くのは、猪越さんの指導方針に反するかなと思いました。それでその仕事をしている人を探して聞くことにしたのです」

キヨちゃん 「古田さんは知らないことを恐れないチャレンジ精神があって良かったわ。意欲がないと次の日から会社に来なくなったりしたかもしれないし、言われたことだけしかしないのでは伸びないからね」

美咲 「私、それほどひ弱じゃありませんよ。
あのね、大学の同期の人たちとLINEとかメールのやりとりをしてますけど、愚痴をこぼすとか覇気のない人が多いです。実を言ってもう会社辞めた人もいるの。まだ二月経ってないのに」

キヨちゃん 「じゃあ、古田さんを採用した人は見る目があったんだ。人事はすぐ辞めた人を採用した人のボーナス減らすって聞いたわ、アハハ」



うそ800  本日の教訓

旅人 「かわいい子には旅をさせろ」とは「子供がかわいいなら、甘やかさないで、世の中のつらさを経験させるべし」という意味。
一から十まで手取り足取りして教えると、主体性のない人間が出来上がる。私はそういう人をたくさん見てきた。

苦労させると言っても、ハードルが高すぎるとお手上げで進みません。そこの匙加減が難しいところ。
教えるほうも教えることで育つのです。とはいえ私は教えても教えられても、少しも成長しませんでしたねえ〜




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外資社員様からお便りを頂きました(23.10.23)
おばQさま
いつも興味深いお話を有難うございます。
今回の社内規則は、労務管理の分野 問題ないようにしっかりと書かれているのですね。

>当日休暇
労働法では「年次有給休暇を与えなければならない」とあり理由は要件ではありません。
それゆえ当日休暇でも、理由を示して貰うには、労働者の権利を阻害しないように社内規定での規定が必要。
会社から見れば当日休暇は業務の遂行に支障があるから、就業規則で理由の提示を求めることは違法ではありません。
判断について部門や上長により相違があると問題だから、具体的な基準(医療機関等のレシートの提示等)を定めるのは会社の管理として望ましい。 だから、このようにしっかりとした社内規則がある会社は立派。

お話の中では文書管理課があって、そこに社内規則のスペシャリストがいる。
流石 伝統ある大会社? ですね。
なぜそう感じるかと言えば、旧軍のお話で同様な存在が出てくるからです。
軍隊も官僚機構だから文書と規定で動く、部隊長が規定に精通するのは難しいから司令部付きの専門士官がおります、多くは兵隊上がりの准尉で隊内の生き字引。
隊長や司令は転任するが、こういうベテランは根が生えたように組織にいて官僚機構を支えました。
でも今回のお話では、組織の根が生えたような人だけでなく、新人の女性社員が主人公。
彼女は、ベテランの知恵を活かしつつ、しっかりと記事を仕立てた、とても良いお話でした。

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
外資社員様からのお便りが来ているのを見て、これは何かまずかったかと冷や汗が出ました。本当です。
文章を書くときは一応、法律を読み、ネットにある弁護士とか社会保険労務士の解説は見ております。また厚労省の就業規則ひな形のページには、ひな形以上ボリュームのある解説がありますので参照しております。
法律では就業規則に当日禁止と書くことは合法とありますが、実際には個別に審査して当日休暇を認めるか認めないかを判断しないと裁判では負けるようです。

以前勤めていた会社では、技術管理部門が図面やJIS規格などの管理をしているのは、総務の職掌であるが委任しているのだと聞いたことがあります。それほど総務部門は権力があるのかと驚きました。文書管理というのはひとつの専門技術とみなされていたようで、社内で尊敬されていました。
私がISO認証に関わったのは1992年頃には、まだ1960年代にデミング賞を取るために頑張った文書管理の人がいて、あのときに比べれば文書体系も中身もあるから簡単だと言われました。確かに文書体系があり、そこにたいていの規則が網羅されていればISO認証なんて簡単だと思います。
だけどデミング賞などと無縁な会社では、あるのは社長方針と就業規則だけなんてところもありました。
1980年代に品質保証協定を要求する企業が多くなりました。仕事は取りたいが文書がないという会社に行って、品質保証に必要な規則の作成を手伝ったことが何度もあります。
ISO認証の時も社内文書がなくてISO認証しようとした企業も多くて、そういった企業に文書を作らず認証するというテクニックを教えるコンサルが大儲けしたのはどうなのかなと思います。
そんなコンサルは文書の意味、標準化の意味、それによる効果など分かってないだろうなあと思います。


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