ISO第3世代 118.大日本認証5

23.11.02

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


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6月末になった。ここは大日本認証である。
審査部の吉野部長は、スラッシュ電機に予定している審査員4名を集める。
スラッシュ電機は一旦認証が失効しているので初回審査となり、必要工数から4名4日で計画した。リーダーは加藤、審査員は、佐藤、高藤、内藤である。
今日はメンバーを集めてスラッシュ電機の審査について少し説明するつもりだ。


高藤 内藤 吉野部長 佐藤 加藤審査員
高藤審査員 内藤審査員 吉野部長 佐藤審査員 加藤審査員

注:安藤から始まって、「あかさたな」と「藤」で苗字をつけてみました。

吉野部長 「審査の前に審査員を集めてお話しするなんて、めったにありません。今回 集まっていただいたわけは、来月 皆さんに審査してもらうスラッシュ電機はかなりの難物だからです。それで状況を説明して皆さんに審査する組織を理解してもらい、審査に備えてほしいのです。

対象の組織は『スラッシュ電機本社・支社』となります。本社と支社の傘下にある営業所と倉庫を含みまして拠点数は30いくつか、今回の審査場所の数は11か所となります。
本社はここから歩いて10分ほどのところですから、皆さんもご存じでしょう。支社は北海道から沖縄まで散在しています。なお本社も、ここ大手町にある本社ビルの他に、浜松町に本社ビルに入りきれない部門があります。その他書類を保管している倉庫が三鷹市にあります。
詳細は先方からの提出資料を見てください。

さて、メインテーマですが、この組織の特徴とみなさんへの期待をお話ししたい。
まだ業界設立の認証機関が動いていない1990年代前半に認証した少数の工場を除き、スラッシュ電機は本社も工場もQMSもEMSも、業界設立の認証機関である品質環境センターに審査を依頼していました。

この本社・支社は認証してからもう15年、認証機関を変えずにいました。ところが昨年末、審査中に審査員による暴行事件が起きました。それだけでなく、その是正処置に不満を持ったことで認証機関の移転を決定しました。
認証機関は当初、外資系のジキルQAと交渉していましたが、審査員の対応が無礼ということで依頼をキャンセルし、ウチに話が来ました。

そんな経緯もあり、それについては加藤さんも同行しまして向こうの意図や要求水準などを聞き取りしました。当初はスラッシュ電機の要求がトッピなことか、それとも非常に厳しいのかと思っていましたが、通常のビジネスとして考えれば当然のレベルでした。

彼らが問題にしているのは、審査員は、企業の経営層や一般社員に対して、ぞんざいな口をきくな、目上のように振舞うなということに尽きます。
まず言葉使いで尊敬語などは要求していません。しかし部下に対するような物言いは困ると言われ、具体例を挙げて説明を受けました。
また人を馬鹿にしたようなことや、上から目線の言い方は即苦情が出されています。それはビジネスとしての当たり前の丁寧語を使えば問題ありません。
品質環境センターもジキルQAも、具体例を挙げて、厳しく批判していました。言い換えると、とんでもない言行だったわけです」

内藤 「上から目線と言いますと、どういうことでしょうか?」

吉野部長 「例えば規格の解釈などで組織側が異議を唱えたとき『企業の人が知ったかぶりして』という発言をしたとのこと」

佐藤 「そういうのは分かりますね。なにせ会社側で審査員ほど規格を理解している人はいません。我々から見れば、会社の異議など取るに足らないバカバカしいことだ」

吉野部長 「まず会社側は審査員ほど規格を理解していないという発想は止めてもらいたい。今時の会社はISO規格など十分理解している。ましてスラッシュ電機は只ものじゃない。
もう3年前になるが、ウチを含めてスラッシュ電機のISO14001の認証をしている認証機関4社が集められて、もっとしっかり審査をしろと言われた。具体的な内容は言えないが、問題は不適合にすべきことを見逃していたことだった。
そのとき出席していた、ええと品質環境センターの取締役、ジキルQAの取締役、真実QAの審査部長、そして私だったが、スラッシュ電機の言い分が正論であり反論できなかった。

それ以外でも品質環境センターとジキルQAが、間違えて不適合を出したことに、厳しく追及された。それについて2社ともただ謝るしかできなかった。
皆さんが審査で誤った判断、例えば法違反でないことを違反と断じるとかすれば、即座に異議申し立てがされるだろう。そうなってほしくない」

佐藤 「審査を甘くせよということかね?」

吉野部長 「佐藤さんは私の話を聞いてないのですか
彼らは不適合にすべきことを見逃した我々認証機関4社を集めて、不適合を出すように指導したんですよ。
要するに甘いとか厳しいとかでなく、しっかりと現実を見て、規格適合・不適合の判定を正しく下せというのが要求なのです」

佐藤 「話を聞くとバカバカしいね。それほど己に自信があるなら、認証なんてせずに自己宣言すりゃいいだろう」

吉野部長 「彼らは認証を止めることも検討しているようだ。だが現状ではまだそこまで割り切れず、品質環境センターはだめだったけど、もっと良い審査をする認証機関があるのではないかという期待を持っているのだ。

同時に我々審査する側としては、認証ビジネスがシュリンクする一方であり、ウチも認証件数は過去10年以上、年4%前後の減少を続けている。皆さんだって肌で感じているでしょう。
QMSはピークが2006年で、今年2019年は最盛期の65%に減り、EMSも最盛期であった2009年の73%まで減っている。
だから気にいらない客はいらないなんて言える状況じゃない。」


注:JAB認定の2023年末の認証件数は、QMSはピークだった2006年の52%、EMSはピークだった2009年の61%まで減っている。

吉野部長 「第三者認証ビジネスは、日本だけでなく先進国での伸びは止まった。だがまだ途上国を含めると全世界では拡大している。我々はまだこのビジネスモデルは継続できると考えている。
それには審査の価値を示さなければならない。認証を止めようかと考えているスラッシュ電機に、審査には価値と効果があると示すことも、そのひとつだろう。
だからこそ、この大日本認証で優秀と目されるこの4名を選出した。そういう事情を理解してほしい。

昨年の暴行事件で品質環境センターの業界内の評判は地に落ちた。まあ、元々認証機関の恥部なんて囁かれたいたところだけどね。
だがジキルQAと審査を依頼する話はかなり進んでいたのに白紙になったことも広まり、ジキルの力量も疑問視されている。
そして今、ダークホースとして登場した大日本認証は、認証機関からお手並み拝見と見物されている。

実を言って、この仕事を受けるか受けまいかだいぶ迷った。上手くいけば大成功だが、ウチもスラッシュ電機からダメ出しされれば、そういう噂は認証企業に広まっていく。

だが営業といろいろ話し合ったが、チャレンジすべきだと決めた。この仕事で食っていくには、逃げることはできない。最善を尽くして挑戦を続けるしかない」

高藤 「なんかものすごく重大深刻のようですね。でも審査なんていつも同じでしょう。相手によって真剣さが変わるなら失礼なことだし、私は傲慢な態度をしたつもりはありません。
日ごろから言葉使いに気を付けていますよね、佐藤さん、内藤さん?」

佐藤 「あっ、もちろんだとも。私は失礼な態度などしたことはない」

内藤 「私もです」

吉野部長 「それを聞いて安心した。
スラッシュ電機を訪問したとき、ジキルの審査員から何と言われたか聞かされた」

内藤 「何を言われたのですか?」

吉野部長 「ええと覚えている通りに言うと……スラッシュ電機がジキルに『審査においてはISO規格用語を使わずに行っていただく』と語ったそうだ。それに対してジキルは『強気の発言だね』と応えたという」

佐藤 「はっはっは、規格用語を使うなとは、これまた……発想がおかしいというか審査員に対して要求するのは越権行為でしょう」


注:こんな審査員はいないと言ってはいけない。
私はこういう審査員を、両手両足使っても数えきれないほど相手してきた。21世紀も四半世紀も過ぎた今はいないというならそれは結構なことだ。


吉野は無言で斜め上方を見上げた。
この人は優秀と言われているが、そういう人たちの目は節穴なのだろうか。現実を知らずに、固定化した考えと手法で審査をしている人がいるものだ。諦めと同時にある意味感心する。

加藤審査員 「失礼ですが佐藤さんはISO14001の2015年版を、お読みになったことありますよね?」

佐藤 「そりゃ失礼だね、加藤君」

加藤審査員 「ならばお忘れになったのでしょう。
ISO14001のアネックスに、企業は規格用語を使うことはなく、手順書を規格の項目に合わせることもないと記載してあります(Annex A.2)」

佐藤 「そうだったか? それがどうした?」

加藤審査員 「規格にそう書いてあるのですから、規格の用語を社内で使っていなくても問題なく、従業員は規格を知らなくても問題ないのです。
つまり規格用語を使っても話が通じないこともあるということです」

佐藤 「そうなるのか? すると環境側面という言葉を審査で使ってはいけないのか?」

吉野部長 「使っていけないということはないでしょう。でも通じないこともある。そのとき理解しろと言うのは筋違いです。審査員は相手が分かるように話さなければなりません」

内藤 「それじゃ審査できないじゃないですか

加藤審査員 「規格の用語、佐藤さん環境側面を例に挙げましたが、環境側面という言葉を使わずに審査できなければ審査員の力量が疑われるのです。
環境側面を何も知らない人が分かる言葉で言い換えるか、そんな言葉を使わないプロセスアプローチで審査するよう努力するしかありません」

佐藤 「そんな、馬鹿な」

吉野部長 「考えてほしい。強気ですねと言うとか、規格用語を使わなくちゃ審査できないと言えば、品質環境センター並みだとか、ジキルと同じくダメだったと言われます。
3年前、私はスラッシュ電機に反論できなかったと言った。まあ私だけでなく他の三つの認証機関も同じだったけどね。

それじゃダメなんだ。規格用語を使わずに審査し、不適合を見逃さず、間違えた判断もしない、そういうレベルの審査ができなくちゃならない。
我々はこの仕事で飯を食っているんですよ。それができないなら、この仕事から足を洗うしかありません。

相手はISOMS規格だけでなく、ISO17021もISO19011もJAB基準もIAF基準も、自家薬籠としていると理解してほしい。
変なことをしたり言ったりすれば返り討ちにあう」

佐藤 「そんな化け物がいるものか」

加藤審査員 「それから規格は日本語でなく、英語で理解してほしいと言っていましたね」

内藤 「それはまた?」

加藤審査員 「JIS訳は誤訳というか誤解を招きやすいと言ってました」

内藤 「はぁ〜、ちょっと想像もつかないですね。
しかしJIS訳ではダメと言われても、私はどうしようもない」

加藤審査員 「奴らは英文を読むにしても英和辞書を引くのでなく、英単語ひとつひとつ英英辞典で語彙を調べて考えている。以前はアメリカ人がその部門にいたと聞きました。
JIS訳を読んだだけの人では太刀打ちは難しい」

佐藤 「ともかく疑心暗鬼になってもしかたない。本日はそういった情報を教えてくれるわけだね。その上で攻め方を考えろと……」

吉野部長 「そういうことです」

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吉野部長 「名刺交換のとき両手でしろとか会議室で座る場所とかは、常識としてご存じと思います。
名刺交換 しかし先ほども言いましたけど、ちょっとした会話とか動作で相手を侮っているとか、信用していないとか現れてしまいます。ですから語る言葉、語調で真摯な態度を表すよう注意してください。

『強気だね』とか『お手並み拝見』なんていうのは、自分が相手より上だということで、失礼極まりない表現です。
先ほども言いましたが、言葉以前に相手より自分が詳しいとか上位だと思う心をなくすことです」

佐藤 「だけど規格の理解なら、わしらのほうが詳しいことは間違いない」

吉野部長 「そう思わないでください。そう思っていたら必ずそれが表に現れます。彼らは審査を審査しているのですよ」

佐藤 「それは楽しみだ。一戦交えて身の程を教えてやる」

吉野部長 「分かりました。佐藤さん、この仕事から降りてもらいます。他の人に代えます」

佐藤 「ふざけんじゃない この会社でわしより詳しいのはいない」

吉野部長 「トラブルになるのが分かっていて突き進むわけにはいきません。これは大事な仕事なんです」

佐藤 「加藤君も内藤君も高藤君も、こんなバカバカしい仕事なんて真面目に相手することはないぞ」

ドアを乱暴に閉める 佐藤は立ち上がり部屋を出る。少し前の安藤審査員 安藤審査員と同じだ(第111話)。
吉野はため息をつく。審査本番であの行動をとられなかっただけ、良かったと思うことにする。
この仕事には我の強い人、自尊心の高い人はだめだな。もちろん自己肯定感が低いほうが良いわけではないが。

加藤審査員 「内藤さん、高藤さん、お二人も審査員は審査を受ける方よりレベルが高いとお考えなら、降りたほうが良いと思います。
ちょっとした発言で相手から苦情を言われては嫌でしょう」

高藤 「いや、私は話を聞くほどに興味を持ちました。吉野部長と加藤さんが語ることで、信じられないところがありますが」

加藤審査員 「私は審査員になって5年になります。それまでいた会社ではISO審査など1年に1回やってくるのを遠くから見ていただけでした。認証機関に出向することになり、ISOの月刊誌を読みましたが、まず内容を理解できませんでしたね。
研修を受け、マニュアルチェックなどさせられて、やがて審査に見習いとして参加して、半年もすると審査員ですよ。
そんな人が、企業で10年も審査員とチャンチャンバラバラしていた人と立ち会えるわけありません。なんとかなったのは、対応する人たちが私をISO審査とか規格のことなら何でも知っていると思っていたからでしょうね。
菊池寛の『形』ってお話をご存知ですか?」

内藤 侍 「古武士と若侍が鎧兜を交換するお話でしょう。若侍は手柄を上げ、古武士は名もない足軽に殺される」

加藤審査員 「そうそう、実力はなくても相手が名声に畏怖しているから勝てるというお話。あれと同じですよ。審査員というだけで恐れられる」

吉野部長 「スラッシュ電機の連中はテレビアニメの『一休さん』の"どちて坊や"のように、先入観なしに道を究めたいと思っているから、名声も地位も通用しない。
我々は自分の才覚で相手の信頼を勝ち取らなければならない」

内藤 「何も恐れない人間は手ごわいですね」

加藤審査員 「そうです。スラッシュ電機は、恥も外聞も気にしない宮本武蔵のような求道者ですから、家柄の吉岡一門のような態度では一刀両断されてしまう。
我々は横綱相撲なんて恰好をつけずに、死に物狂いで頑張らねばなりません」

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内藤 「規格用語を使わないで審査するとは、具体的にどうするのですか?」

加藤審査員 「自分が理解していることを言えば良いでしょうね」

吉野部長 「この前来た三木さんは、規格本文から考えて『管理しなければならないこと』と言っていたね」

内藤 「管理しなければならないとは?」

加藤審査員 「もともと環境側面の定義があいまいなんですよ。定義でなく本文を読めば、法に関わること、訓練が必要なこと、事故の可能性、被害が大きい、そんなものが該当するわけです。
要するにしっかり管理しなければならないものと考えれば間違いない」

内藤 「と言われましても?」

加藤審査員 「その職場の著しい環境側面を知りたいなら『この職場で環境に関わるもので、しっかり管理しているものは何ですか?』と質問したらいかがでしょう?」

内藤 「それと著しい環境側面は一致しますかね?」

加藤審査員 「本社・支社はちょっと置いといて、工場なら電気とか重油、廃棄物、騒音・振動となれば一致すると思う。
相手の回答が自分が考えたものと一致していれば、著しい環境側面を認識していると考えられる。もちろんそれだけではだめですよ。それについて文書化された手順があるか(規格では文書は必須ではないが、現実問題と文書化してなければ管理できない)、教育しているか、力量のあるものを任じているかなどなど」

内藤 「本社・支社では?」

加藤審査員 「ちょっと自信がありませんが、開発、生産、営業活動についてのアドミニストレーションではないでしょうか」

内藤 「アドミニストレーションが環境側面ですか? 普通、オフィスの環境側面というと電気・ごみ・紙とか言いますが」

加藤審査員 「紙・ごみ・電気が著しい環境側面では、ISOが泣くというか、お遊びでしょうね。
普通、オフィスの環境側面というと紙・ごみ・電気と言いますが、オフィスの紙ごみ電気の環境影響よりも、全社あるいは企業グループの統制がはるかに大きいね。
もちろん紙・ごみ・電気も無視せずに、世間並みの管理は 必要 すべきでしょうけど」


注:紙ごみ電気は著しい環境側面ではないと書こうかと思ったが、紙ごみ電気教の信者から文句を言われるかと思い一応書いたうえで、「shall」ではなく「should」であることを明言した。
「shall」でなければならないと苦情ある方申し出てください。

内藤 「おっしゃる意味はよく分かります。ともかく規格用語を使わないという意味合いは分かりました。確かに自分自身よく理解していない言葉を使うのはいかんですね。言い換えると今まで無造作に規格の用語を使っていましたが、反省しますよ」

高藤 「監査という言葉は十分通用しますよね?」

加藤審査員 「一般企業なら誤解ないと思いますけど、病院や薬局では監査とは検査に近い意味で使っている。調剤した薬を別の人が正しいか確認することを処方監査と呼ぶ。
他方、監査に近い業務には点検という言葉を当てていますね」

高藤 「なるほど、監査という言葉も無造作には使えないと……」

吉野部長 「仕事によっては用語は普通の意味と違うから、こちらが考えている意味が普通だという思い込みはしないことですね」

高藤 「虚心坦懐を常としなければなりませんね」

内藤 「まさしくそれです。審査で指導してやろうなんて考えるのではなく、この審査で何かを学んでいこうと考えるべきなのでしょうね」

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内藤 「ところでスラッシュ電機では著しい環境側面の決定を、どんな方法でしているのでしょう」

加藤審査員 「尋ねました。法律などで定める評価を当てていました」

内藤 「法律?、いったいどんな方法でしょうか?」

加藤審査員 「例えば新しい化学物質、特段珍しいものでもなんでもなく、例えばスクリーン印刷ならイソホロンとでもしましょう。イソホロンを新たに使うとしたとき、安衛法、消防法、毒劇物法その他の法規制で安全衛生、防災その他の観点で使用可否を判断することになります。それは安衛法で定められている。
その結果、届け出、資格者、保管の規制その他でしなければならないことがある。となると当然使用前にその対応をしなければならない。そういう対応をしなければならないものを著しい環境側面に当てている」

高藤 「それじゃなんでもかんでも著しい環境側面になってしまう。電気などはどうするのですか?」

加藤審査員 「まず使用量では第一種、第二種管理指定工場になれば、当然法規制を受けるから著しい環境側面になる」

高藤 「該当しなければ著しい環境側面ではないのですか? 化学物質なら少しでも著しい環境側面となり、電気使用は法規制に当たらなければ著しい環境側面ではないというとおかしいと思いますね」

加藤審査員 「いや、法規制受けるかどうかという基準で見れば矛盾はない。産業廃棄物はひとかけらといえど著しい環境側面になる」

内藤 「しかしそのような判断基準でいくなら、著しい環境側面だらけになってしまうよ。そんなに管理する項目があったら手に負えないじゃないですか」

加藤審査員 「その話を聞いて私もそう思った。だけどいろいろ考えると、そもそも法規制受けるなら、ISOの要求ではなく法規制によりば届け出、資格者、保管量や使用量の管理などをしなければならない。だから違反しないために実際にしているわけだ。

さて、ここで考えなければならない。法規制を受けないで、著しい環境側面として管理しなければならないものとして、どんなものがあるだろう?」

内藤 「そう言われると世の中で著しい環境側面と言われるものはすべて含まれてしまいそうです」

高藤 「事故が起きる可能性はいかがですか?」

内藤 「事故の可能性といっても、例えば大量の小麦粉や古紙などは消防法の規制を受ける。漏れはなさそうですね」

環境マネジメントシステムの構築と認証の手引き

加藤審査員 「だいぶ古いがBVQIの方が書いた『環境マネジメントシステムの構築と認証の手引き(下記注)』という本がある。2004年に出版された。
この本では、法規制があるか、利害関係者の要求があるか、会社が決めたものかという3つの観点で著しい環境側面を決定している。とんでもなくいい加減に思えるが、世の中のスコアリング法などよりも、正直で正しい結果が出る」


注:「環境マネジメントシステムの構築と認証の手引き」、土屋通世、システム規格社、2004
実はこの本のオリジナルがあり、この方がより著しい環境側面の決定方法については優れていると思う。
「環境マネジメントシステムの構築と認証の手引き」、原田伸夫・土屋通世、システム規格社、2000
私は過去何十辺も書いているが、これ以上の環境側面を語った良本はない。
いずれも古本で手に入る。一読の価値はある。少なくても世に存在する環境側面の決定方法の中で唯一意味のある方法を述べている。

高藤 「なるほど、改めて考えると著しい環境側面なんて考えるものではなく、既に選ばれて対応されているものなのか」

内藤 「著しい環境側面を決める方法を考えるより、まずは著しい環境側面とは何かと考えることが大事ということですか」

加藤審査員 「私も彼らの話を聞いて、世の中にたくさんある著しい環境側面を決める方法は、無意識に考えているものを合理化するための方法に過ぎないと分かったよ。著しい環境側面なんて考えるまでなく、法規制や事故の可能性を考えれば明白なんだ」

高藤 「加藤さんはその方法で適合と判断したのですか?」

加藤審査員 「悪いとする根拠はないものね。誰がやっても同じ結果になる方法であり、その結果は規格要求を十分満たす。何よりも遵法は完璧だ。
一言でいえば、お遊びでない唯一の著しい環境側面の決定方法ですね」

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吉野部長 「高藤さん、内藤さん、どうでしたか。本日の話し合いは」

高藤 「始まりはいささか驚きましたが、お聞きした話は大変ためになりました。そしてスラッシュ電機が語っていることは、おかしくもなんともないと思います。言い換えると、今の審査というものは世の中の常識とはかけ離れているなと思いました。

少し前に個人的なことで弁護士を頼んだことがあります。弁護士となれば資格を取るのも超難関ですし、社会的地位も高い。
しかしいろいろ説明したり対応を相談すると、まずものすごく腰が低い。話す言葉もこちらをお客様扱いです。それが世の中のスタンダードなんでしょうね。

他方、審査員が審査に行って、客先ですよ、そこの幹部に対してぞんざいな言葉で語る、若者を小僧と呼ぶ、そんなの世の中で通用するはずがありません。
だけど皆そういうものだと思って頭を下げている。おかしいですよ。それをおかしいと言ってくる客はまともです。
こういった話を審査員の集まりで教えていただきたいですね」

内藤 「ところで今までの審査でも言葉が通じないというか、理解されないことは多々あります。そういうときは、いろいろと言い換えて伝えようとするわけですが、あらかじめこの用語はこういう言い方をするとか考えておくと円滑にいきそうです」

加藤審査員 「具体的な表現を決めておくまでもなく、常にわかりやすく話そうと考えていれば、自然と話せるのではないですかね」

吉野部長 「ともかく腰を低く、失言しないよう気を付ければ第一関門は突破だ。
あとはいつも通りに審査すれば問題はないさ」

加藤審査員 「佐藤さんの代わりはどうするのですか? だいぶ前に人がいないときは、営業部長を入れるとかおっしゃってましたが、あれは冗談ですか?」

吉野部長 「急な話でまだ考えていない。誰か推薦する人がいますかね」

内藤
誰か呼んだ?
半藤
「半藤さんはいかがでしょう? 腰が低く、規格に明るく、あたりが柔らかいことで定評があります」

吉野部長 「半藤……ああ、最近入ってきた契約審査員の方だね」

内藤 「私は二三度一緒に審査したことがあります。以前は外資系認証機関にいたとのことで、規格にないことを言いませんし、コミュニケーションが上手です。
そして彼の素晴らしいところは、お客様の会社を出てからも決してお客さんを批判したり貶したりしませんね」

吉野部長 「なるほど……ということは客先から離れると、客を批判したり貶す審査員は多いということか。
他に候補者はませんか?」

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内藤と高藤が部屋を出て、吉野と加藤が残った。

吉野部長 「加藤さん大役ですがどうですか、自信はありますか?」

加藤審査員 「あまり構えることもないでしょう。スラッシュ電機で聞いたことは、はっきり言えばよくあることばかりです。態度が悪い、言葉が悪い、偉い人を目下に見るなどどこでも見かけます。
そしてそれは審査員側から見ても芳しくない。そうは言っても先輩審査員とかですと、注意するのも憚れます。自分が審査リーダーであっても注意はできませんね。佐藤さんは私がここに来たときのチューターでしたし……
私は素直じゃないから、佐藤さんの態度を反面教師にしましたが、彼の態度を受け継いだ人は多いですね。

先日、スラッシュ電機ではどこかで苦情があった審査員は、その後はグループ企業では忌避するとか言ってましたね。そういう企業側の姿勢が普遍的になれば、ああいう審査員はあっという間に淘汰されると思いますよ。

あのね、吉野さん、私はスラッシュ電機の語ることは、まったく当たり前のことだと思うのです。誰が審査で判断を間違えた人に頼みたいと思いますか。審査で威張り腐っている人にまた来てほしいですか。
それと先ほど高藤さんが弁護士の話をしましたが、審査料金が審査に見合っているのかということを常に考えないと、世の中の常識とずれてしまいます。弁護士の働きと料金、それとISO審査の料金、そういうのを比較して値付けにフィードバックすることも必要です。

20世紀末頃、審査員がお土産とか接待を求めたことが三大新聞で報道され、そういうのはいけないとなりました。同じくお客様を訪問してぞんざいな言葉を使うとか、目下扱いする姿勢が是正されることを望みます。
審査側の私がいうのはおかしいとか無責任と思われるかもしれませんが、審査員個人の力ではどうしようもないですよ。
スラッシュ電機の尻馬に乗って叫びたいのが本当です

現実に今日は佐藤さんという実物がいました。先日の安藤さんもそうでしたね。
当社がおかしいのではなく、正常なのですよ。正常とは正しいことでなく、多数派のことです。
たまたまスラッシュ電機は苦情を言いましたが、多数のお客さんが苦情を言わないのはおとなしすぎるのか、あるいは逆で審査員を赤ん坊扱いしているのかもしれませんね」


吉野は全く同感だと思いつつ、これでは認証ビジネス再興は無理だろうなあ〜と思うのであった。



うそ800 本日の振り返り

2020年代の審査の現場は、2010年と大きく違っているだろう、審査員は審査スキルを向上させ、あるべき審査を行っているだろう……と思っていた。
だが古いなじみに会って聞く話では、以前に比べて審査員はおとなしくはなったそうだ。 それは単に認証件数が減少していることから、ぜひとも認証を継続してもらうために余計ことを語らなくなっただけのようだ。
決して規格の理解が深くなったわけでもなく、審査スキルが上がったわけでもなさそうだ。

まあ言葉使いは丁寧になり、かってのように怒鳴ることがなくなったことは良くなったのだろう……当たり前だという声も聞こえそうだ。



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