ISO第3世代 133.パンデミック1

23.12.28

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


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11月になった。環境管理課にとっては特段忙しい時期ではない。いや今は負荷の山谷はどんどん小さくなってきている。
従来は年度首には仕事がてんこ盛りだった。省エネ法、PRTR、廃棄物など前年度実績の行政報告、人事異動による届け出者の変更、株主総会後の役員変更の届け、おっと株主総会対応もある。その他環境報告書の発行、新年度の種々計画作成などがあった。

秋になると上期の進捗フォローと下期の計画、次年度の計画と予算作成が始まり、公害防止管理者試験などがあり年末にはまたイベントはなくなる。
年度末にはまた実績集計が始まり翌年度の計画の内部調整などで忙しくなる。
そしてもちろんときどき事故や違反が発覚して忙しさに彩を添える。


しかし時代は変わった。
まず前年度実績は、従来工場からのデータをエクセルなどで集めて集計し、正誤確認、内容の精査などで半月くらいかかったが、今や4月になった瞬間にデータはまとまる。人間がフォローも集計もすることはなくなった。
廃棄物は電子マニフェストに連動して手間はかからない。

環境報告書も今は冊子を作らなくなり、エネルギーや廃棄物などの指標は四半期ごとに最新のデータをウェブサイトに掲載している。

ISO審査も今ではイベントではなく、いつでもどうぞとUL審査並みの対応となった。それに実を言ってULほどの真剣さを必要とするものじゃない。


注:ULとはアメリカの保険団体が作った製品安全認定制度で、UL認定された製品による事故でなければ保険金を払わないという仕組みである。元々は電気製品から始まった。
UL認定を受けるには製品だけでなく、製造している工場も審査を受けて管理状態が適正であることが調べられる。それも1回合格すれば良いのではなく、年に4回事前通告なく来訪して行われる。


磯原は来年度の予算を考えている。社会の動向や法規制の変化によって、中期計画を毎年ローリングしていくわけだが、実際には大きく変わるわけではない。前年度に若干加除修整すれば間に合う。法改正なんて急に湧いて出るわけではなく、数年前から動きはあり中期計画には織り込み済だ。

パソコン作業 悩むのは組織体制だ。磯原が課長代行になってもう1年になる。宙ぶらりんのままで困る。早い時期にしっかりした体制にしてほしい。一度山内さんと話をしておかねばならない。
そういえば山内さんもそろそろ定年だ。山内さんでなく、部長に相談しなければならないのだろうか。おっと部長も山内さんと同じ歳だったかもしれない。

磯原は特に上昇志向があるわけでもなく、本社を希望してきたわけでもない。本社に来て4年近くなる。そろそろ工場に返してもらい、省エネとか電気設備のお守りとかした方が向いているし、気が楽なのにと思う。


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磯原がそんなことを考えていたある日、山内から呼び出しがあった。

山内 「最近は時間外が減ってきたようだな。暇になったか?」

磯原 「おかげさまでだいぶ楽になりました。
短期的にも長期的にも負荷が減ってきました。最近の時間外は月40時間程度です。残念ながら時間外手当はもらっていません」

山内 「管理職待遇なんだから既に時間外分をもらっているわけだぞ。
40時間だって少なくはないが……以前は70時間くらいしていたな。
どうして暇になったのか?」

磯原 「いろいろあります。一番は田中さん、坂本さんが来てくれて本来の目的とは違いますが、指導だけでなく戦力として仕事をしてもらっていることが大きいですね。毎朝の工場や関連会社からのメールを処理するだけで、数十時間かかっていましたから。

廃棄物は増子さんが遵法で、石川さんがリサイクルや廃棄物削減を担当して、それなりに成果が出ています。ただ石川さんは教育が目的です。あと半年様子を見て、1年後には戻さなければなりません。交代に新たな研修者をとるのかどうか、

人員計画と工場の人材育成の案はありますが、正式な課長が来たら方向付を決めてほしいです。
田中さんがいつまでいられるかもありますし、坂本さんも来年一杯で定年ですから、放ってはおけません」

山内 「お前はどんなふうに考えているのだ?」

磯原 「まずは環境管理業務の取り合いを再検討すべきです。何年か前の環境部解散が適切でなかったのですよ。機能とか業務の関連を考慮しなかったように思います。
私が担当している省エネは、環境というよりも生産技術マターでしょう。それから公害防止関係も排水も煤煙に関わる工場がどんどん減っています。そうしますと本社に公害防止の担当を置くほどではなく、該当する工場で対応すれば済むことになるかと思います。

それによって必要な資格も減り、人材育成計画も変わります。もちろんエネルギー事情や、東日本大震災のようなことがあれば自家発電を備えることもあるでしょうね。そうなるとまた大気や騒音振動が関わりますし、消防法関係もあります。流動的ですねえ〜
ただ最低限、工場と本社の担当切り分けは再検討すべきです」

山内 「取り合いとなると環境事故対応と同じだな」

磯原 「そうです。大きな本社か小さな本社か。その中間も考えられますが、基本は方針次第です」

山内 「そうそう、今日話そうと思っていたことだが、先日の研修会でわしは工場サイドでしっかりと管理できるようになれと語った。それは大きな工場・小さな本社ということになるだろう」

磯原 「山内さんがそう考える理由は何でしょうか?
山内さんのお考えを聞かないと何とも言えませんね」

山内 「わしは持続可能性を高めないとならんと考えている。我々にとっての持続可能性とは、温暖化とか資源枯渇などという曖昧模糊なモノではない。
環境管理においての持続可能性とは、異常事態になっても安全を確保すること、工場の事業継続できること、そういうことだ」


緊急事態とは何だろう? さまざまな機関とか法で定義しているが(注1)さまざまであるが日本という国家の緊急事態は、財政危機、武力攻撃を受ける、原子力災害、パンデミックであるようだ。
いや、実際に起きたものだけが緊急事態に取り上げられているともいえそうだ。


磯原 ステゴサウルス 「確かにおっしゃるイメージはわかります。会社として全体最適を目指すのは良いけれど、万が一、情報途絶とかすると工場では判断できなくなってしまいます。恐竜には脳がふたつ持つのがいたとか聞きますが、本社が消滅あるいは連絡が取れなくなっても、工場が独自に動けなければなりませんね」

山内 「わしもそう考えている」

磯原 「ただ危機といっても多様でして、我々環境担当部署でするのは一体どこまでかもはっきりしません。
先日も山内さんは工場で起きる事故や違法などだけでなく、地震や台風対応も取り上げられましたが、実際には危機と思えるものはもっともっとあります。
余部さんでしたっけ、彼もどこまで対象にするのかと質問されてましたね」

山内 「彼はどこまで対応するのかを疑問に思っていたな。
どこまでやるのかというよりも、どこまで対応できるのかということではなかろうか?
緊急事態とはなんだろうといろいろ考えてみた。ISO14001では定義も範疇も決めてない。ならば認証組織が決めればよいことだ。わしは企業の持続可能性という観点から考えるしかないと思う。
というかちょっと考えてみればISO14001の緊急事態など存在しない。存在するのは企業の事業継続に支障がある緊急事態しか考えようがない。

環境側面とは『環境と相互に作用する組織の活動又は製品又はサービスの要素』あったね。それが何かと考えるのもバカバカしい話で、企業の立場でなら環境側面なんて特別に取り出す意味はなく、品質も安全も環境もジェンダーもみんな合わせて対応しなければならないのは自明だ。

緊急事態にしても、環境事故を起こすのも、怪我人が出るのも、為替の大変動も、地震も台風も区別する必要もない。自然災害、人工災害、国家安全保障に関わること、公衆衛生の脅威、社会的混乱、テロ、我々は区別する意味もない。いずれであろうと発生したら、民間企業ができる範囲で対応し、可能なら社会の安定に寄与することだろう。
環境担当課だから環境に関する緊急事態に対応するという発想はない。どのような緊急事態が起きても、環境担当課として寄与できるなら実行するということだ」


だが、ISO14001でいう緊急事態は環境限定とも思えない。
ISO14001規格では「環境」を「大気、水、土地、天然資源、植物、動物、人及びそれらの相互作用を含む、組織の活動を取り巻くもの(ISO14001:2015 3.2.1)」と定義している。
この定義を真面目に受け取れば、環境には為替大変動もテロも感染症も隕石落下もすべて含まれる
ということは、どう考えてもISO14001規格はおかしいと思わないか?

英語のEnvironmentにも日本語と同じく二つの意味があり、ひとつは人の人生を取り巻く周囲の、 隕石 建物や人間関係、仕事や暮らしなどであり、もうひとつはある場所の自然、天候、土地の状況、生態系の様相を意味する。
ISO14001規格の文言は原文も翻訳もenvironmentの前者の意味にしか取れず、それは経済も隕石も感染症も含むとしか思えない。もちろん規格本文では後者についてしか記述していない。それにISO14001が人間関係にも隕石落下にも関わるはずはない。


磯原 「おかしいとか間違っている以前に、私はISO14001規格の価値、認証の意義など認めていません」

山内 「ほう、お前はISOの価値はないと思っているのか? じゃあなぜ認証するのか?」

磯原 「私が認証しようと提案したわけではありません。私にとっては所与の条件ですから、なるべくコストも手間もかからないように対応しているだけです。
ISO14001を無意味とは言いませんが、現実の環境管理とは縁遠いと思いますね」

山内 「ともかくお互いの認識は合っているようだ。
とすると君はISOでいう緊急事態対応をどう考えているのかな?」

磯原 「簡単明瞭です。従来から手順を定めている事故や病人発生や災害対応の仕組みの中で、環境というかISO規格要求に関わることを抜き出して、審査のときに見せるということです」

山内 「ほう〜、なぜわざわざ抜き出して説明するのかな?
ISO規格の定義なら、為替レートが混乱しれも、隕石が落ちても、感染症の大流行でもみな緊急事態じゃないのか」

磯原 「まず規格要求を満たすことを説明するのが審査です。もし従来からの仕組みがそれを満たしているなら、余計なことをするまでもありません。
そして定義と本文の意図が違うのはどうなのか理由は分かりませんが、為替レートや感染症や隕石について、企業が活動をしろと書いてありません」

山内 「なるほど。ではISOを忘れて一般論としての緊急事態に対応する仕組みをもっと改善し強力にしようという意思はないということか」

磯原 「何か管理職の試験を受けているようですね。山内さんと私の視野は違います。山内さんは会社経営として見ています。私は環境管理部署の範囲で見ています。

まず現実社会では環境の意味合いはISOの定義よりはるかに狭い。極端なことを言えば人間関係は環境部門の仕事じゃありません。人事や職制のマターです。オフィスのデザイン……といってもレイアウトとか広さとかいすや机の高さや座り心地などは、我々環境部門の関わることじゃありません。安全衛生とか対外的な見栄えの問題です。

我々は公害防止と廃棄物あとは植栽とかが担当です。危険物は本来なら保安/警備の担当でしょう。毒劇物は安全衛生担当であり、環境部門のお仕事ではありません。
地震が来たときその被害を少なくすることや環境施設からの二次災害を防ぐことは考えますが、避難は範疇外です。
山内さんが研修会の締めでお話しされた東日本大震災のときに、工場で避難した従業員の防寒やトイレの心配というのは、環境部門が持っている器具などで対応できたからにすぎません。

感染症(注2)の流行は範疇外。もちろん環境管理課の保有する設備や技術が役に立つならそれを行うでしょうけど、我々がイニシアティブをとって動くわけがありません。
もし感染症がはびこったとき、環境部門がどのような点で貢献できるかは状況次第でしょう」

山内 「まあ。そう言えばそうだな」

磯原 「仮に私が環境課長だとして、感染症が流行したとき、勤務体制とか感染予防措置とかに口をはさむはずがありません。必要な機能があるからそれを行う部署を作るのです。『餅は餅屋』というような得手不得手ではなく、初めから担当部署が決まっているのです」

山内 「つまり環境は余計なことを考えなくてよいということか?」

磯原 「先ほど申しましたが、山内さんの立場なら考えることでしょう。私の立場で考えることではありません。
それも環境部門の仕事だとするなら、現有勢力では不足というよりも専門知識もありません。それなりの専門家の補強が必要です。というかそもそもお門違いなのです」

山内 「うーん、ではわしはどのように動いたらよいというか意見を聞きたい」

磯原 「緊急事態すべてに環境部門がタッチするという発想はどうなのでしょう? 先ほど緊急事態にはどんなものがあるのかという話が出ましたが、感染症が流行したなら担当である人事部門が産業医とか専門家に参画してもらい対応策を立て実行するしかないでしょう。
環境部門が関わる必然性はありません」

山内 「先だっての研修会ではお前は異常事態における環境の緊急事態の発生といっていたな……あぁ、そういうことか。あくまでも対象は環境の緊急事態なのだな。
お前は天災とか感染症などが発生した時でも、環境に関わる緊急事態対応の体制をしっかりしようということか」

磯原 「私が申したのはそういう意味です。それが私たちの本務でしょう」


山内は頭の後ろで指を組んでしばし沈思黙考沈思黙考

山内 「こんなことを言うと笑われるかもしれないが、わしは感染症が流行して人の移動もできないような事態になるかもしれないと思っているんだ」

磯原 「可能性はあるでしょう。
人間じゃありませんが2011年の宮崎県の口蹄疫は韓国から来たって言われてますね(注3)ああいったことが起きれば、政府は素早く人の移動、特に危険地域からの来日外国人の入国規制、行動規制かは必要です。
しかし当時首相だった菅直人はまともな対応をしませんでした。 牛 宮崎県も東国原も犠牲者ですよ。

国内で人間の感染症が流行した場合、感染リスクのある従業員の移動禁止、出社禁止ということになる、いやそうすべきです。
そうなった場合の工場管理というのは重要なテーマになるでしょう」

山内 「重要なテーマになるでしょうじゃねえよ。そういう事態になったときどう対応するか決めておかなければならないということだ」

磯原 「可能性としては分かりますが、喫緊の問題ではないという気もします。
翻って自分の立ち位置を見れば、体制や指揮の問題などの混乱の極みをやっと抜け出て、日常業務はこなせるようになったところ。改善とか今までしていなかったことに手を出すのはこれからです」

山内 「今まで中国のSARS(2002)とか新規の感染症流行はあったよね。幸い日本では流行しなかった。だが新しい感染症の登場は終わることはない。新しい何かが口蹄疫と同じように国内でも大流行する可能性は大だ」

磯原 「それには同意します。これからは環境部門の仕事として、担当者が出社できないときの設備管理などの対応をどうするか考えておくことになるのでしょうか」

山内 「考えておくのではなく、体制を整えておくことになるだろう」



うそ800 本日の思い

ダイヤモンドプリンセス

やっとのことで2019年末まで来ました。
ダイヤモンドプリンセスが登場して華やかに有終の美を飾ろうと思っておりましたが、12月には間に合わず、事実同様に2月にずれ込んでしまうのでしょうか?



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注1
法的に日本という国の緊急事態は、財政、武力攻撃、パンデミックである。
@世界保健機関(WHO)による概念
 大規模な疾病発生のうち、国際的な対応を特に必要とするもの
A日本の法律による緊急事態
・財政法、国有財産法、地方財政法……いずれも民間企業が関われることではない。
・警察法71条 内閣総理大臣が(中略)治安の維持のため特に必要があると認めたもの
・自衛隊法78条 一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合
・災害対策基本法105条 非常災害が発生し(中略)災害応急対策を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるとき
・国家安全保障会議設置法1条第2項 通常の緊急事態対処体制によつては適切に対処することが困難な事態
・原子力災害対策特別措置法2条第1項第2号 放射性物質又は放射線が異常な水準で当該原子力事業者の原子力事業所外へ放出された事態
・武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 種々日本が武力攻撃を受けたとき
・新型インフルエンザ等対策特別措置法32条 新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある事態

注2
感染症とは、病原体(=病気を起こす小さな生物)が体に侵入して、症状が出る病気のこと
昔は伝染病という言葉が使われていたが、今は伝染病という言葉は使われず、感染症という言葉が使われている。
伝染病と感染症は少し違う。破傷風は古釘などを踏むと感染するが、伝染したわけではない。包含関係でいえば、感染症は伝染病を含みより大きい意味である。

注3




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