ISO第3世代 87.ISOの季節1

23.07.13

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

前回のあらすじ
今まで業務の細かいことまで考えたことのなかった上西課長であるが、実際に自分が仕事をしてみればいろいろ不具合に気づき対策を考える。それを話し合おうと田中、磯原、柳田を集めて、環境管理課へのメールの区分けや担当の見直しなどを話し合い、改善を進めた。
その中で年末のISO14001の維持審査の通知が来ていないという話になり、上西課長が認証機関から来たメールを放っておいたことが判明した。
とりあえず磯原が認証機関と交渉を開始し、審査の準備を分担して行うことになった。


磯原は認証機関から10日ほど前に来たメールを開いてじっくり読む。まだ回答期限内である。
今までと変わらないな
磯原
認証機関からの通知
内容としては変わり映えなく、指定された期限までにスケジュール案の諾否回答、審査員の諾否回答、そして必要な資料の送付をすることを確認した。
あるがままに見せる方法とはいえ、やることは結構ある。一番はやはり人のアサインと場所の確保である。こちらがあるがままにしたから、審査員もあるがままに切り替えろと言いたいが、そうはいかない。やはりそれなりの顔触れは揃えておかなければならない。昼飯も手配しなくちゃならないし

全部ひとりでというのも、はっきりいって不可能ではないが、それほど頑張ることもないと磯原は思う。人も増えたことだし、なにもかも自分がすることはない。
それに上西課長や若手の石川や岡山に分担してもらうのも、彼らにとって良い経験になるだろう。もし彼らのいた工場が怪しげなISO対応のシステムを作っていたなら、真のISOを知ってほしい。上西は間違いなく何も知らないだろうが、石川あたりはどうだろう?


磯原はスケジュール案を基に環境管理課の役割分担を考える。
環境管理課がする仕事としては

こんなものだろう。仕事の詳細と課員の仕事と性格を考えて、役割の割り振りと実施計画を立てればよい。


簡単にまとめると柳田さんに頼む。
認証機関から来たスケジュールに簡単な説明書きを添えて、環境担当役員から、審査予定とされた部門の担当課長に問い合わせてもらう。今ではISO審査といってもイベントではなく日常業務レベルだから、審査を受ける部門のトップのスケジュール確保を各部門にお願いするが、ダメな場合は代理者を確保してくれれば良いということで調整してもらう。どの部門からも「何かあっても代理者を確保するから問題なし」てな回答が来る。

問題は、経営者であり管理責任者である大川専務のスケジュールを抑えられなかったことだ。これは前回も前々回も環境担当役員である大川専務が出席できず、そのスタッフである山内参与の出席で了解してもらっている。
こちらがISO審査をないがしろにしているわけではないと示すためには、何年かに一度は執行役に顔を出してほしいと磯原は思う。とはいえメールが来た10日前でも、役員のスケジュールは詰まっていたから手はなかった。出席してもらうには数カ月前に予定を入れておかなければだめだ。

それとオープニングとクロージングのための中会議室、そして審査員用の小会議室の予約をする。審査を受ける支社と本社の部門にはそれぞれ場所の確保の依頼。


多くの企業ではISO審査を受ける部門の長は面倒なことに関わりあいたくないと、特段予定がなくてもわざわざ出張を作ったりするというが、スラッシュ電機の本社では磯原が来て審査を受けるスタンスを改革したおかげで、審査員に言いたいことを言ってやろう、いちゃもんをつけてやろうという風潮が生まれ、逃げ腰の管理者はいなくなった。
今では苦情を言うのも一巡したようで、自然体で聞かれたことを答えるだけだ。もし審査員にいちゃもん付けられても、まっとうな仕事をしている管理者なら、いちゃもんを否定する理論武装も意思もある。

およそまっとうな管理者なら、己のしている業務に瑕疵があると言われたら、相手の発言が妥当か否かを判断し、不適切なら断固戦うべきだ。(ケネディの名言のパクリ)


次に環境管理課が審査までにすること、課員に何をしてもらうかを考える。
磯原は担当と役割を簡単にまとめて、各位それぞれA4で1ページくらいの概要をまとめた。課内への説明は、これと口頭説明で間に合うだろう。社内への説明会用には、日にちをいれたスケジュール表を作る予定だ。

環境管理課 役割分担(案)
氏名準備段階審査中終了後その他
上西説明会司会種々ミーティング司会報告書発信
田中事前点検(支社巡回)審査状況フォロー
まとめ作成発信
是正処置支援
坂本事前点検(本社・内部監査)トラブル対応是正処置支援
岡山アテンド
増子本社ビル管理確認アテンド是正処置支援
石川増子補助アテンド
柳田スケジュール(社内)周知
説明会、審査会場予約
お茶/昼飯手配費用支払い
磯原認証機関交渉CIC(Combat Information Center)報告書作成非常事態対応

磯原は皆にISO審査の役割分担を説明するから指定日に集まれと周知する。


****

さて次に片付けなければならないのは、認証機関への回答だ。
まずスケジュールについてだが、日程に異議はないが審査する拠点の順序と移動日程があまり適切ではない。認証機関の予定を見ると審査員の移動にロスが多く、そのために乗り換えが厳しいとか多少遠回りするとかが散見される。とはいえ先方が決めたことだ、飛行機や電車の乗り換え時間が短くても大丈夫なのだろう。
時期は台風シーズンも終わったし、突発的な事故がなければ大丈夫だろう。


それは良いとして審査員はまともなものが来るのだろうか?
一昨年は磯原が担当して初めての審査だったが、あのときはダメ審査員がいた。昨年は維持審査だったので審査員は3名と1名減で一昨年ダメだった審査員を除いた人たちだったので問題はなかった。

今年の審査員予定者はどうだろう?
リーダーは三木という一昨年から来ている人だ。こちらの要望は理解しているし考えはまともだ。ボケてなければ問題ない。
メンバーの朝倉という人も一昨年から来ている人で、審査を受けた部門から苦情はない。
三人目は……オイオイ、一昨年にきて、とんちんかんな指摘を出してもめた寒河江審査員ではないか。昨年は審査メンバーにいなかったので幸いだった。
今では心を入れ替えたのかどうか知らんが、少なくても来てほしい人物ではない。これは拒否だ。

審査員忌避の理由
一昨年の審査に来社したが、その際に弊社社員がISO用語を知らないことを問題としたこと、省エネについて環境実施計画を立てていないことを問題にしたこと、など審査員の力量を欠くと判断する。

注1:「ISO用語を知らないこと」が不適合とするには、「ISO用語を知ること」が規格要求事項でなければならない。規格を読めばその要求はない。むしろアネックスではそれを要求していないと明言している。
 cf. ISO14001:2015 Annex A.2
ここでISO用語とは「環境側面」とか「認識」などの言葉を言う。

注2:審査員が『省エネの計画がないことを問題にしたこと』が誤っている明確な理由がある。
本社も支社も賃貸ビルである。本社が所在するビルに「スラッシュ電機ビル」と名がついていても、借りている面積がビルの床面積の過半を占めているからに過ぎない。
当然、法で定めるビルの省エネ義務も計画策定も、ビルを管理しているビル管理会社が行っており、店子はその指示に従い行動している。また暖冷房、照明機器などの維持管理もビル管理会社である。

よって店子がなすべきことは、賃貸契約に基づきビル管理会社の指示に従うことである。空調基準、照明基準などはビル管理会社が作成し店子に協力を求めており、省エネ計画はそこに織り込まれている。店子がイニシアティブをとって行うことではない。
受査組織はビル管理会社の基準類を従業員に周知し、実施状況を把握して遵守に努めている。それは改善活動ではなく維持であり、計画を必要とするものではない。


磯原は認証機関が要求した、環境マニュアル(方針、認証組織の範囲の組織表を含む)、環境側面のリスト、法的その他の要求事項リスト、環境実施計画の写を用意し、スケジュールの承諾書、審査員受諾回答を合わせて、上西課長に認証機関への回答をまとめましたのでご確認くださいと提出した。上西は分かったとカバーレターに押印した。審査員拒否のシートは見もしなかった。
磯原は控をとって即郵送した。
磯原はもうそれを忘れて次に取り掛かった。宮本武蔵と同じく「我、事に於て後悔せず」である。


****

課員を集めての説明会である。上西課長以下、庶務の柳田まで全員揃う。

石川リカルド 増子 坂本勇人 岡山一成 上西 田中幹也 柳田ユミ 磯原
石川 増子 坂本 岡山 上西課長 田中 柳田 磯原

磯原は資料を配り、説明を始める。

磯原 「本社・支社のISO審査が12月にあります。ふた月弱ありますから時間は十分です。
今回は本社のISO審査を経験した人が私と柳田さんしかおらず、他の方々は初めてですから仕事の分担の説明だけでなく、本社の仕組みというかISO審査を受けるスタンスを説明します。よくご理解ください。

本社の経営者というかトップは環境担当役員の大川専務です。ただお忙しい方ですから審査に関わったことはありません。いつも山内参与、ISO的には管理責任者となっていますが、山内参与が経営層を代表して審査対応のトップを務めています。

どこでもISO認証の事務局という名称の担当者や部門を置いてますが、本社ではいません。認証機関との窓口はこの環境管理課で、担当者は特にいません」

石川 「ちょっといいですか? ISO事務局がいなくては、内部監査とか誰がするのですか? 監査員は各部門から参加してもらうにしても、計画策定とか報告とか仕事があると思います。
その他にも環境教育の実施とか、環境実施計画のフォローもしなければならないと思います」

磯原 「ここではISO認証のための環境教育も内部監査もしていません」

石川 「内部監査をしていない! それでは…」

磯原 「会社では監査をするのは監査部と決まっています。ですから監査部が行う監査をISO規格で要求している内部監査に充てています」

石川 「えっ、そんなことできるの?」

坂本 「それはすごい! それで審査員はOKしたんですか?」

磯原 「もちろんです。というか依頼する前に、私どもの条件を出して問題ないことを確認しています」

坂本 「それを聞くと、他のことも大体想像がつきます。わくわくしますな」

石川 「私には全然想像がつきません」

上西 「私も想像がつかないなあ〜」

磯原 「予定していたのと変わりますが、初めにそういうことをまとめてお話ししちゃいますね。
こんなことを言うと唯我独尊なんて言われそうですが、世の中の認証機関とか審査員の語ること、コンサルの教えること、また本に書いてあることを信用してはいけません。私の語ることを信用してください」

上西 「おやおや」

磯原 「2年半前、山内さんと私が本社のISOを担当することになったとき、どうすべきか考えました。それこそ必死に考えたものです。途中、千葉工場の佐久間さんに応援に来てもらいました。
そこで考えたことが間違いないかどうか、複数の認証機関に確認を取り、まっとうな方法だと言ってもらえました。そこで認証機関を変えるということも選択肢にありましたが、一応それまで依頼していた認証機関に、この方式で了解するなら継続して依頼すると話をしました。

ISO規格の要求事項とは仕様です。製品を設計するときに、市場調査とか顧客要求によって仕様を決めます。洗濯機なら例えばこんな風になりますか」

洗濯機 仕様の例
洗濯・脱水容量 7kg
乾燥容量 3.5kg
標準使用水量定格洗濯時 69L
定格洗濯乾燥時 57L
定格洗濯乾燥時(乾燥時) 0L
消費電力電動機 260W
電熱装置 1000W
最大値 1190W(温水時)
消費電力量定格洗濯時 65Wh
定格洗濯乾燥時(標準乾燥時) 1750Wh

磯原 「もちろんこれだけでなく、この他に大きさとか重さとか色とかいろいろあるでしょう。
詳細はともかく、さて、これで洗濯機が作れるでしょうか?」

田中 「できるわけないでしょう。仕様書に1000Wとあっても、どのようにしてそれを達成するか、いやそれが可能かどうかもわかりません。
そもそも仕様書を書けば物が作れるなら、設計部門はいりません」

磯原 「その通りです……と元設計課長の田中さんにいうのは失礼極まりますね。
与えられた仕様を実現できるかどうかも不明です。そのためにこれを実現するために設計が存在します。

ISO規格も仕様です。いや仕様の前の要望でしょう。ともかく設計図ではありません。
例えば『7.4.1のコミュニケーション』という項目では
 a)コミュニケーションの内容
 b)コミュニケーションの実施時期
 c)コミュニケーションの対象者
 d)コミュニケーションの方法
を決めろとあります。
内容をどうするか、実施時期がいつなのか、対象者は誰とも、どんな方法でするのかも決めていません。決めるのは組織つまり認証を受ける企業です。

となるとISO規格でコミュニケーションをすること、その手順を決めろとあるけれど、コミュニケーションの方法は会社ごとに違ってよいというか、違うはずです。

そしてまたそれを文書に決める方法も自由です。A社ではコミュニケーションを決めた規則をコミュニケーション規則と名付けてもよく、報連相規則としてもよろしいですし、B社では情報連絡手順書でもよい。あるいはC社では品質とか勤務とか環境などそれぞれの規則の中でコミュニケーションの手順を決めて、コミュニケーションをひとつにルールにまとめないかもしれない。
要するにISO規格を満たす方法は多様であり、その会社が決めればよいのです。
ここまでよろしいですか?」

上西 「説明は分かったが、要求事項を満たせばどんな方法でもよいのだろうか?
現実に審査ではISO規格に書いてなくても、審査員はこうあるべき、こうでなければ不適合というぞ」

石川 「課長もおっしゃいましたが、私の経験でも……具体的には高崎工場では是正処置規則というのがありまして、不具合が起きたときの対応を決めていました。その中にラインの製造条件を記録して製造条件が一定範囲から外れたら対策することが決めてありました。
あるときISO審査で、それは是正処置ではなく予防処置である。だから是正処置規則に決めてあるのはまずいと言われました」

坂本 「ありそうなことだな」

……と言いながら坂本はニヤニヤしている
それを見て、磯原は亀の甲にも年の劫にも勝てないなと思う。

石川 「それで不適合を出され、従来の是正処置規則を分割して新たに予防処置規則を作ったのです。
ですから磯原さんの言うような方法では、ISO審査では不適合になります」

磯原 「おっしゃることは良く分かります。現実にそういう審査が多かった。
でも高崎工場ではその規則を何年も運用していて、問題はなかったのでしょう。その方法が高崎工場にマッチしているなら改定する必要はありません。
ISO規格でも是正処置を決めろ、予防処置について決めろとあるだけです。是正処置と予防処置を一緒に決めてはいけないとは書いてありません。
つまりその指摘は審査員が間違っているのです。

では審査員が間違っていたら、ハイハイと直すのでしょうか。直すにも手間暇つまりお金がかかる。直せば余計な問題が起きるかもしれない。今最善であるものを悪くする意味がありますか?
私たちはどうすべきでしょうか?

石川さんがいた高崎工場のように審査員が間違ったことを言ったとき、仕方なくそれに従うのもあるかもしれない。あるいは、断固それは間違いであると拒否する、異議申し立てする、最悪なら認証機関を鞍替えするか、そういう道を選ぶのもある」

石川 「えー! 拒否とか異議申し立てとか鞍替えとかできるのですか?」

坂本 「できるさ。するかしないかは、ISO担当者がISO規格を理解しているか、会社の費用や損益を考えているか、根性があるかどうかで決まるんだ」

磯原 「ISO認証機関は我々から見て業者です。ねじを納めるとか、ホームページを作ってもらう業者と同列です。
ねじ
このときできの悪いねじを納める業者とか、へたくそなホームページしか作れない業者を使い続けますか?
常識があるなら悪質とか技術の低い業者を切って、まともな業者に切り替えるでしょう。
ISO認証機関がまっとうでないなら、契約を切ってまっとうな業者に転注することはおかしくありません」

注:「業者」と蔑称ではない。
法令等で「事業者とは、個人事業者と法人や団体を指し、事業とは、同種の行為を反復、継続、独立して行うこと」としている。事業者を業者ともいう。
官公庁だけでなく自治体も、取引先を大企業であろうと「業者」と呼ぶ。

上西 「おいおい、そんな途方もないことを語ってよいのか? 認証機関から笑われてしまうぞ」

磯原 「課長『途方もない』とは道理に外れることを言います。私が語っていることは法律にも会社規則にも則っています。
そういう長い物には巻かれろという意気地のない発想をしてはいけません。悪い業者を使い続けることは、職務怠慢で懲戒処分に当たります。重大であれば背任になり刑法犯です。

2年前、本社・支社のISO認証担当者がいなくなってしまい、山内さんと私が対応しなければならなくなりました。そのとき過去の仕組みがあまりにもおかしかったので、リセットをかけようと決断しました。そして今の姿にしたのです。
もちろん当社の方法を審査員が理解できないとトラブルが起きるでしょう」

上西 「だから、そんな方法は無理だって」

磯原 「ですから我々の要望をまとめて認証機関に出向き、これを理解して審査を行わなければ鞍替えするという話をしました(第23話)」

上西 「ええ、本当かよ」

磯原 「そのときの先方に示した要求事項説明書は20ページか30ページあったと思います。電子データはサーバーにあります。是非お読みいただきたいです。
説明にあたって、先方には取締役が対応するように要請しました。当日は向こうの取締役が3名いたと思います。

そこで確認したのは、

大きなものとしてそんなところです」

上西 「認証機関はそれを飲んだんだな?」

磯原 「もちろんです。先方の取締役3名のサインをもらっています。そうでなければこちらは業者を、いや認証機関を鞍替えする予定でした」

田中 「聞けば全く同意だ。しかしなぜその考えを全社に広めないんですか? その方法で良ければ多くの工場で負荷が大きく減るだろう」

磯原 「本社支社がISO認証のスタンスを変えたのは一昨年の暮れで、翌年明けにその顛末を各工場に報告しています。そして方法を変えるほうがその後の手間が省けるから、切り替えることを推奨するとしています。もちろん変える・変えないは自由としております。
その結果、実際に方法を変えた工場は、二つあったと思います。それ以外は特段なんのリアクションもなく、それぞれの意思で旧来の方法を踏襲しています」

田中 「そうだったのか、俺が役職定年で課長を止めたのは4年前だから、それ以降の話だな。ということは課内回覧しなかったのか、あの野郎。めんどくさいことはしたくないのだろう」

坂本 「田中さんの後輩への薫陶が足りなかったのですよ、アハハハ」

上西 「ともかくその方法で問題ないということだな」

磯原 「ありません。そして皆さん工場では知らなかったとおっしゃいましたが、私どもは2年半前に工場に通知していたこと、そして切り替えた工場もあるということです。

ええと、だいぶ話がそれましたが、本社のISO審査のスタンスについてよくご理解ください。そのスタンスを理解していただければ特段準備するとか勉強することはありません。
おっと会社規則、といっても環境に関することとか文書や記録管理のこと、そして監査規則についてしっかり頭に入れておくことは必須ですよ」

石川 「会社規則など読んだことありません」

増子 「石川さんあなたがここに来た初日に、会社規則を頭に入れておけと言いました。聞いてないとは言わせません」

石川 「あっ、済みません。増子さんからそう教えられたのを思い出しました。会社規則を勉強しなかったのは私の責任です」

岡山 「はっはっはっ、私はここに転勤してきてすぐに柳田さんから、会社規則を覚えてしまえと言われて400本ほどある会社規則すべてを読み、環境業務に関する規則、約40本をほとんど暗記しましたよ、

実際は大した手間じゃありません。毎日時間が空いたときに規則を1本読むのは大して時間はかかりません。多くの規則は数ページですしね。正直言って覚えることはないのです。どんな規則があるのか、どんなことが書いてあるのかが頭に入れば実務上十分です」

柳田 「ありがとうございます。それはきっと岡山さんの力になるでしょう」

石川 「なぜ会社規則を理解しておかねばならないのですか?」

柳田 「私たちの仕事はすべて会社規則に基づいています。伝票であろうと、勤怠であろうと、私用外出するときの手続き、会社規則を知らずに仕事も出社も退社もできません。
そして磯原さんがおっしゃったISO審査を受けるスタンスというのが、私たちは会社規則で仕事をしている。会社規則はISO規格より厳しく定めている。よって会社規則通り仕事をしていれば、私たちはISO14001以上のレベルで仕事をしているわけです。ISO審査で合格になるのは当然です」

田中 「論理学の三段論法だな」

坂本 「まさしく……とはいえ、それを理解できる審査員がいかほどいるものか?」

田中 「すべての審査員が三段論法を理解していれば、審査トラブルは起きないよ、アハハ」

磯原 「現実には会社規則を知らずに仕事をしている人がいます。石川さんには悪いけど、石川さんはその一人のわけだ。だから柳田さんの言うようにすべての従業員がISO14001以上のレベルで仕事をしているわけではありません。

ISO審査というと何だと思うかもしれないが、見方を変えれば会社規則を守り仕事をしているかの確認です。当然、会社規則を知らないとか規則を守っていないとかあれば、不適合になるのは当然。むしろそういうのはドンドン不適合を出してほしい。
だが審査員の気分とか好き嫌いでの不適合はお断りです」

増子 「石川君、理解したかね?」

石川 「分かりました。ここに来たとき磯原さんが仕事を教えるときは、仕事の手順だけでなく、その仕事の目的や意義も教えなければならないって言ってました。
増子さんが会社規則を読む目的とその重要性をも話してくれたら、きっと岡山さんのように真面目に取り組んだと思います」

増子 「石川君が口の減らない奴というのはしっかり覚えたわよ」

石川 「あっ、冗談抜きに今のお話を聞いて目から鱗が落ちる感じがしました。私は会社の仕事は、口頭での伝承に頼っているのかなと思っていました。そうじゃなくて、すべて文書で定まっている、それを理解することが大事だということですね」

田中 「ISO規格で要求していることは、文書化された仕組みだ。我々はISO規格が現れる100年も前に創業して以来、真面目にそれをしてきたわけだ。今更ISOでもないのだよ」

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坂本 「その2年前の発信文で、選択の余地を与えるのでなく、全工場に方法を変えろ指示すべきだったと思います。なぜ選択肢を与えたのですか?」

磯原 「本社のISOの仕組みを見直した後にそういう話もありました。しかし山内さんとの話し合いで、ISO認証を止めたほうがメリットがあるのではないかということもあり、当面は手を下さないという結論で今に至っております」

田中 「ISO認証をやめてしまうなら、一刻も早ければそれだけ外部流出費用が節減できる。なぜしないのか?」

会議室机

磯原 「これだけメンバーがいれば、そういう検討ができるでしょう。しかし昨年末に本社ISO認証の助っ人に来ていた千葉工場の佐久間さんが戻りました。それから4月まで私一人、4月から増子さんと課長が転勤してきましたが、環境管理課の仕事のほとんどを私一人がしていたという事情を思い出してください。
毎年年度初めから、環境計画のフォロー集計、各種行政報告のフォロー、監査部監査への支援などに忙殺されて、とても認証返上のメリット・デメリットの検討とか工場の希望収集などできませんでした」

田中 「いきさつは分かった。これからのことを考えるのは我々だな」

上西 「ISO認証を止めるかどうかは、私が山内さんと話をしてみる。うかつなことを言わないように」

皆はこの課長は何を考えているのだろうという目で見つめた。
課長の発言は揚げ足取りか、ケチをつけるだけだ。単なる保身か?事なかれ主義か?

磯原 「話を戻します。
審査時に審査員がISO規格用語で質問した場合ですね、まずは放っておいてください。質問された方が対応できればよし・対応できなければそれもよしで、審査が進まなくても放置でよいです」

岡山 「回答できなかったということで、教育が悪いと不適合にならないのですか?」

磯原 「定時前のミーティングで不適合を出されたら、認証機関との申し合わせ事項を示して取り消しさせます」

上西 「磯原君、君の言葉はけんか腰にしか見えないのだが。審査が円滑にいくように予めISO用語の教育とかしていれば良いのではないか。今からでもISO教育をすることを検討しようや」

磯原はこの人は一体何を考えているのかという思いで一杯である。最近仕事をする気が出たようで、少しは良くなったかと思ったが、中身まで腐っていてどうしようもないのだろうか?
こぶし
どうしたものか

磯原は脱力感に襲われた。

磯原が歯を食いしばって沈黙していると、柳田が声を上げた。

柳田 「上西課長、磯原さんが作った仕組みを元に戻そうなんてチラッとでも言ったら、本社・支社の多数の女性から大クレームがきて課長は吊し上げですよ。ISO用語を覚えるなんて言うなら、総スカンを覚悟してください。

それまでとんでもなく手間暇がかかりやりにくかったISOのための仕事を、一掃してくれた山内さんと磯原さんの支持者は、どこにでもいることを認識しなければなりませんわ。それは女性に限らず、男性も関連会社の人も同じです。磯原さんの影響力は役員級ですよ。
それは単に理屈ではないのです。会社の仕事の効率化、無駄を省いた、みんなを楽にしたということなのです」

坂本 「私も今聞いただけで、とんでもなく大きな改善になったと思うよ。さすが山内さんと磯原さんだ」

遠山の金さん

石川 「私もその意義は分かります。しかしそれを通すために認証機関に乗り込んで、了解しなければ鞍替えするぞってかっこいいです。まるで遠山の金さんのようで尊敬します」

石川の歳で「遠山の金さん」を知ってるはずがないとは言ってはいけない。「遠山の金さん」シリーズは1977年で終わっているが、再放送は2023年時点でも行われている。

上西は苦虫を噛み潰したような顔で黙っている。

田中 「しかし磯原さん、ISO規格が仕様書とか、規格の呼び名を使わなくて良いなんて初めて聞いたよ。
私は審査員の言う通りせにゃならんと思ってたよ」

坂本 「私もです。磯原さんのような解釈で審査をしてくれれば、手間がかからないISOができそうですね。なにしろ今の審査では、規格に書いてない、なぜダメなのか分からない理由でも、審査員がダメというとダメなんだから」

田中 「環境目的が3年より短いとダメとか、最近の流行は有益な側面がないとダメとか、呆れちゃうね」

増子 「廃棄物処理法が改定になったとき、その対応を環境目的に入れようとしたら施行時期が3年より短かいから目的にできないとISO事務局に言われたわ。
若い子ならワケワカナ〜イって言うでしょうね」

坂本 「おっしゃることが分かりませんが、それって……どういうことですか?」

増子 「3年以内に達成することの計画は当然3年より短いわけで、それはISOの環境目的にならないんだそうですよ、計画とは3年以上のものをいうそうです。アホらし」

坂本 「はあ……3年にはどんな意味があるのかなあ〜、」

柳田 「それって審査員が生殺与奪の権利を持つ暴君ってことじゃない。ウチに来てそんなことを言う審査員がいたら暴君ネロと呼びましょうか。
それにISO規格って言っても、私たちは日本語訳のJIS規格しか見てないでしょう。英語原文と日本語訳は同じじゃないのよ。
審査員は原文読んでるんでしょうね」

坂本 「へえ〜、翻訳が違うの?」

柳田 「私はISOなんて費用の支払いくらいしかタッチしてないから良く分かりませんけど、昨年春までここにアメリカ人の女性の研修生がいたの。彼女がいろいろ教えてくれたわ。彼女は日本語も堪能だったからね。

ISO規格の中に『決定する』って言葉がたくさんあるのよ。これって原語は『determine』なのよね。『decide』は『(誰かの)意志で決定する』だけど、『determine』は意思で決めるのでなく、調べた結果決まってしまったということね。例えれば『回答が分かる』とか『火事の原因が判明した』という意味合いなのよね。
試験問題の解答は、多数決とか自分が決定できるものではないわ。いろいろ検討した結果、これしかないとなるわけよ。
だから『環境側面を決定する』よりも『環境側面を明らかにする』とした方が正しい訳よ。

それに『コミュニケーション』ってカタカナのままなんだけど、これは日本語になっているコミュニケーションとは意味が違うのよね。(異論ある方は英英辞典を数冊使って調べてください)

『認識』は原語はawareで、元々の意味は『現実を理解すること、感覚を通じて認識する能力、経験や教育を通じて獲得した情報や理解を有すること』だって。要するに知識・知恵・感覚の総合体みたいね。日本語の認識にはかすりもしない空振りの三振よ」

注:文章を書いていて、「正しいわけ」も「正しいやく」も同じ漢字であることに気付き驚いた。翻訳とは言葉を変換することでなく、正しく伝えることなのだ。

坂本 「決定する(Determine)とはそういう意味だったのですか。
となると点数をつけて環境側面を……という方法は、はなっから間違えていたわけだ」

柳田 「なにをおっしゃる、坂本さん。あなたは外国で工場を立ち上げたんでしょう。英語が得意なのだから、審査員が規格の意図を誤解していたら指導すべきよ」

坂本 「私はボディランゲージでコミュニケーションができても、難しい言葉は知らんですよ、アハハハ」

周りの人たちは柳田と坂本の掛け合いを見て笑っていたが、上西は腕組みして面白くない顔をしている。
それを見て、磯原はどうしたものかと考え込んでしまう。



うそ800  本日 伝えたいこと

いやあ、大したことじゃないんです。
伝えたいことが大したことじゃないのではなく、ISO審査なんて大したことじゃないってことですよ。
上西課長が認証機関から来たメールを部下に伝え忘れても、手間暇かけなくても、審査員が気に入らなかったら「チェンジ」って言うのも、ゼーンゼン大したことじゃない。
だから気を大きく持って緊張せずに、適当に業者しんさいんをあしらえば良いのです。

業者しんさいんの方、苦情ありましたらお待ちしております


最後の最後になりましたが、本日も軽く12,000字でありました。無念



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