ISO第3世代 88.ISOの季節2

23.07.17

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

前回のあらすじ
ISO審査が12月に行われる。環境管理課も大きく人が入れ替わったために、本社のISO審査を経験した人は磯原と柳田しかいなくなってしまった。それで今年異動してきた人のために、本社のISOの考え方の説明を行った。

それはどこでも見かけるISO規格にぴったり対応したサルにも分かる方法ではなく、あるがままを見せて規格適合かを判定してもらう方法である。だからISO用語を覚えることもなく、ISO規格など知る必要もないから、ISO教育なんてしない。質問されて分からなければ分からないと答えること。

そんな方法が
良いはずはない
すぐ元に戻せ

上西

そんなことを聞いて工場から転勤してきた人たちは、それで良いのか、不適合にならないのか疑心暗鬼である。
それでも磯原が理屈を語り、過去の審査で問題なかったことを説明すると納得した。

ところが上西課長はそれでも納得せず、旧来の方式に戻せとか、工場でしているようにISO教育をしろと発言をして話にならない。
そしてあるがままを見せる方式はダメと言いながら、認証を止める検討をなぜ進めないとか、筋が通っていないのだ。
磯原は自分が説得できなかったことが無念だ。

なにごとも自分で決定できない上西課長は、これから山内さんに話を持っていくのだろう。山内さんは、絶対 改革前に戻さないだろうが、彼も上西を説得できるとは思えない。


*****

説明会が終わるとすぐに、上西は山内の席に行く。
山内は上西が来るとパソコンを叩くのを止めて、またかという顔をする。
山内

山内 「最近はちゃんと仕事をしているのか?」

上西 「はい、もちろんしっかりやっております。
ええと本日は人事異動を考えておりますので相談したいのです」

山内 「おいおい、今年の春に一昨年来た磯原と庶務の柳田を除いて総入れ替えしたし、下期には君の希望を受けて4人も補強した。
また人事異動など、そんなに落ち着きのない施策は、相当の理由がなければありえない」

上西 「私が来る前からいた磯原を異動させ、すべて私の考えで体制を作りたいのです。私の施政において彼は不要だと考えます」

山内 「ハハハ、君の施政とはよく言うものだ。
磯原を不要というと、彼のしている仕事はすべて大丈夫ということか?」

上西 「大丈夫どころか、いない方が今より改善が図れると思います。
現在の問題は、私の考えを進めようとすると、磯原は必ずそれに反対してきます。まるで私に反対することが生きがいのようです」

山内 「わしは彼ともう2年以上一緒に仕事をしてきたが、彼が独断専行したことは一度もない。それはわしに対してだけでなく、監査部とか総務、事業本部、工場に対しても同じだ。彼は関係者との調整を図り、意見の相違があれば改善のために相当努力している。
君にだけ反対するなら、君の考えが杜撰かもしれないぞ」

上西 「彼はそんなに協調的ではありません。例えば今日議論になったのは、ISO審査でISO用語を使わないことを認証機関に要求したと聞きました。
私の知る限りそんなことを言い出した工場も企業もありません。審査員の心証を、わざと悪くするための嫌がらせにしか思えません」

山内 「ちょっと待て、それは聞き捨てならない話だ。ちょっと会議室に来い」


上西は、山内が磯原の発言に怒ったのだろう、これなら自分を支援してもらえると思ってニヤついた。
二人は小会議室に入る。

山内 打合せ 「上西君は、ISO審査でISO用語を使わないことを認証機関に要求したことがまずいと考えているのだね。
それを決めたときわしも賛成した。なぜダメなんだ?」

上西は山内の言葉を聞いて驚いた。
アレ、逆効果だったか? いや、その前に磯原の考えは正しいのだろうか?

上西 「だって審査員に注文をつけるなんて発想はおかしくないですか?」

山内 「おかしくないかと問われても、おかしくないとしか言いようがない。
ISO認証とは単なる民間の事業だ。官の認可とか必要なわけではない。二者間の取引に過ぎないから、ISO規格で定めていないことについて、客が注文付けて悪いことがあるのか?
我々のビジネスで契約書のひな型を使うなんてことはまずない。案件ごとに支払いとか、問題が起きた時の処置とか責任区分などの詳細を詰めるから同じ文面の契約書はまずない。
ISOの審査契約で条件を付けるのが悪いのか?」

上西 「だってISO規格でしょう」

山内 「君はISO規格を読んだことがあるか?」

上西 「もちろんです」

山内 「君は公害防止の専門家だそうだ。岩手工場の公害関連の環境側面に何があるか知っているか?」

上西 「公害関連の環境側面ですか? ちょっとオフハンドでは答えかねます」

山内 「公害防止の専門家で、しかもISO用語で審査を受けようとする上西君なら、環境側面すべては無理でも、考えるまでもなく5つや6つは出てくるだろう」

上西 「いや、ちょっと」

山内 「順守義務として、岩手工場ではどんなことをしていたのかね?」

上西 「私は環境課長でしたので、細々としたことまでは知らないのです」

山内 「ほう、本社でも工場でも審査の対面は課長であり、基本的に課長が回答する。
ISO審査風景 数字とか詳細が分からないときは、書類ファイルを担当者が差し出して、それを課長が説明するというのが一般的だ。岩手工場では審査対応を担当者がしていたのだろうか?」

上西 「私も座っていましたが、ほとんど担当者が対応してました。
ええと、山内さんのおっしゃることが、ISO用語とどう関係するのか分かりません」

山内 「ISO規格では質問にISO用語を使うとか、ISO用語を理解していなければならないとは書いてない。
審査員は会社の人が分かるように質問しなければならず、回答が質問と1対1でなくても、審査員は総合的に解釈して合否判定をしなければならない」

上西 「そうISO規格には書いてあるのですか?」

山内 「書いてない」

上西 「それじゃダメじゃないですか。質問を理解できなければ不適合になってしまうでしょう」

山内 「上西君が審査員だとして、その職場の環境側面を知りたいとき、この職場の環境側面は何ですかと聞くのだろうね」

上西 「当然そうなるでしょうね」

山内 「そういう質問の仕方は最低レベルの審査員だろう、いや、いや、そういう審査員が多いのだ。皆が最低ではおかしいかな?
だがISO規格では環境側面という言葉を周知しろと要求していない。だからそう質問されても、環境側面というISO規格が作った言葉を知らないから質問を理解できない」

上西 「では山内さんが『この職場の環境側面は何ですか?』と聞かれたなら、審査員にどう答えるのですか?」

山内 「簡単だ。『そういう言葉は知りません』と答えればいいじゃないか。
わしはISO用語など知らんから、日常用語で質問してくれと言うよ」

上西 「それでは不適合になるでしょう」

山内 「ISO審査で不適合にするには、文章にshallのついていることをしてないときだ。環境側面という言葉を覚えろとか使えとは書いてない。
だがそうすると審査が進まない。その理由は問われた人がISO用語を知らないからではなく、審査員の力量がないからだ。その理屈は分かるかね?」

上西 「審査員の力量が足りないということが分かりません」

山内 「ISO審査とはISO規格の要求事項を満たしているか否かを調べることだ。だが、環境側面を知っていることを前提としてはいけないということだ。

つまり審査員は環境側面という言葉を知らない人に質問して、環境側面を把握しているか否かを調べなければならない。だからこそ審査で高い金をとっているのだ」

上西 「ともかく、山内さんはISO用語を覚える必要はなく、教える必要もないということですか?」

山内 「当たり前だ。無用なことをすることはない。わしは環境方針さえ知らんよ」

上西 「環境方針は暗記する必要があるはずです」

山内 「ほう、どこに暗記しろと書いてあるのかね?」

上西 「書いてあるはずです」

山内 「君は間違っている。書いてあるのは『組織内に伝達する』だけだ」

上西 「そうそう、それです。ですから伝達とは従業員に知らしめ覚えさせることです」

山内 「部長級になったなら、いい加減なことを話してはならない。たぶん、だろう、はずだなど言うな。対外的な発言には責任を問われるぞ。
『伝達する』が『知らしめ覚えさせること』とは思えんな。
もちろん環境方針は知らしめ覚えさせなければならないと語る上西君は、岩手工場の環境方針を暗記しているだろう。ひとつ語ってくれよ」

上西 「あっ……すみません、覚えてません。
それと『伝達』の意味を調べてみましょう」

山内 「話をはぐらかすな。覚えなければならないといったのははったりか? そう断定すればわしが信じると思ったのか? わしは君がいい加減なことしか語らない人間だという不信感しかない。

それから国語辞典を引いても意味はないぞ。ISO規格は英語が正で、JIS訳は根拠にならない。
該当箇所の英文は『be communicated』だ。コミュニケイトは伝達すると訳されているが、情報交換とか感染するというイメージだ。何かを伝えることであり、暗記とかではない。

そもそも環境方針なんてA4で1ページもある。暗記できる人は少ないだろうし、暗記する意味もない。一般の人は自分が関わることだけ読んで趣旨を理解すればよい。いずれにしても方針で行動することはない。従業員は手順を守り、環境実施計画の実現を図ればよいのだ」

上西 「そうなのですか?」

山内 「そんなことも知らずに、磯原が不要だと豪語するのは自信過剰ではないか。
磯原異動の件は却下する。

そもそもわしが了解し、認証機関が異議を唱えず、過去2回のISO審査でトラブルが起きていないという状況において、わざわざ大金をかけてISO教育をせよという指示を否定することは、妥当であり正当であるとみなす。
逆にそれを上司命令への反抗と主張する方が非論理的とみなされるぞ。
君が否定しようとしているのは、磯原の考えではなく、私の考えなのだからな」

上西 「人事異動はダメということですか?」

山内 「当たり前のことを、何度言わせるのだ。
君は余計なことを考える前に、まず現在の職場に来てから発生したいろいろな問題を、自分で対処できるようにならねばならない。
熊本の流出事故、目前の問題対策中に理想論を語る、工場の悩みやトラブルを知らない、環境教育の必要性、なにごとにおいても君は磯原君に丸投げしていた。あれを自分が解決したと思い込んでいるなら、笑いものだ。
先日の岩手工場が改ざんしたのではというとき、君は岩手工場に行きたいと言った。君が行くなら同行者を減らすのは当然だ。出張だってただじゃない。君はあの問題に対処できたのか?
自分自身でトラブルが解決できるようになってからでないと、誰も君の発言を聞かないぞ。

あのな、わしは何度も指導をしてきたつもりだ。多分これが最後だからよく聞け。
命令権というものは管理職に付随する権限だ。だが権限だけで部下がそれに従うわけではない。人は権限よりも権威で動く。権威とは尊敬されること、正しい判断をするとみなされること、知識があるとみなされること、知恵があるとみなされること、そんなことだ」


注:知識とはいろいろなことを知っていること、知恵とは論理的な考えができること。


山内 「課長になったら会社規則で定める権限を自動的に持つわけだが、権威は個人の努力で勝ち得るものだ。環境管理課で権限を持つのは君だろうが、権威をもっているのは磯原だぞ。まして岩手工場の問題では権限のひとつである決定もできず、わしに頼ってくるとはなにごとだ(第82話)。
君が命令しても磯原が反対するということは、君は権威を得ていないのだ。自分で決定できないようでは無理だな」


注:権限は普通みっつから構成されると考えられている。
 決定権…物事を決裁すること
 命令権…部下に実施を命じること
 実施権…実行すること
それに移譲権(自分の権限を他に委任すること)を含めることもある。

上西 「就業規則では『会社の指示命令に従うこと』とあります。上長の命令に従わないのは懲戒です」

山内 「だが上長命令より優先するものがある」

上西 「それは何ですか? ああ、より上位者の命令ですね」

山内 「君は組織論も知らんようだ。世の中には『飛ばし』なんて言って、部長が課長を経ずに直接担当者に命じたりすることもあるようだが、そういうことは企業人としての常識がないとしか言いようがない。
命令は直属上長からのみ受ける。君が私の命令を受けることは、組織論から言えば間違いだ。君は課長だから部長からの命令のみを受ける。だが君んところの部長は、権限を私に移譲しているようだから私が君に命令している。
しかしよく考えると、わしは命令というよりアドバイスをしているだけだな。

わしが言おうとしたのは、そんなイレギュラーなことではない。
上長命令より優先するのは、会社規則と法令だ。上長命令が規則違反あるいは法令違反であれば、従ってはいけない。誰であろうと法令遵守コンプライアンス違反を見た場合、直ちに定められた部署に通報しなければならない」


注:公益通報者保護法は、企業の義務は公益通報の制度を構築することであり、違法発見者に報告義務を定めていない。
しかし会社としては通報できる仕組みを作っても、従業員が通報するときの負担や跳ね返り(お礼参り)を恐れるようなことがあっては、そもそも仕組み以前だろう。

上西 「私がISO用語教育をすべしという命令は法令に反しませんし、会社規則に反しません」

山内 「そうだろうか? 就業規則をよく読んでほしい。それは『過失により会社に損害を与えたとき』に該当する。する必要がないことをして、無駄に費用を発生させることは、就業規則違反となる。

もちろん、過失でなく故意であっても懲戒対象で、こちらのほうが罪が重い。
過失の場合は、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止となっているが、故意の場合は、懲戒解雇、但し平素の服務態度その他情状によっては、普通解雇、減給又は出勤停止とするとある。
熊本工場のときは柳田に救われ、今回は磯原に救われたようだな」


注:就業規則とは労働基準法で労働時間や休日、賃金の支払い、社員の健康に関する事項などを定めたもので、労働者が見られるようにすること(106条)、また監督署への提出が義務(89条)である。
通常の会社は就業規則を会社の文書体系の中では会社規則とすることが多い。法律と同じく、従業員は(会社側はもちろんだが)就業規則を含めて会社規則を知っているとみなされる。罪刑法定主義は担保されている。

上西 「そんな……重大なことなのですか?」

山内 「まずISOの教育をするだけでも、とんでもない大金がかかる。タクシー券を私用に使ったというレベルではない。
それから罪というのは、職階が上になるほど厳しく判断される。平社員なら戒告で済んでも、管理者になれば減給かもしれんし、ケースによって懲戒解雇かもしれない。
そういう会社の常識も知らないのか?」

上西 「ISO用語を教育する費用なんて、ほんの些細なことでしょう」

山内 「ほう、上西課長は金をかけずに教育できるのか?
この世の中、ただでできることはない。
認証機関に提出している資料で、本社・支社の認証範囲の人数は5,000人だ。
教育時間を短く見て30分として2,500時間になる。費用は直接人件費だけではない。本業の時間がとられることになるし、時間外にするなら時間外手当が上積みされる。教育を定時内で仕事を残業でしても、残業代がかかるのは同じだ。
勉強会は無給でしろなんて言うなよ。手が後ろに回るぞ。

羽左ああ、お金が飛んでいく羽右

羽左ああ、お金が飛んでいく羽右

ISO教育にもお金がかかる

1時間1万円として2,500万円、少なめに見積もっても1,700万というところだ。
君の一声でそれだけ費用がかかる。売上を数億積み上げなければならんな。

だが30分と言ったが、教えなければならないISO用語はいくつある? 30くらいはあるだろう。プリント配って1語5分説明したとして150分、2時間半になる。今言った金額の5倍になる。君はISO用語を教えるのに1億円の価値があることを説明できるか? 例えばISO用語を知れば、10億くらい売上が増えるのか?

実際には1回の説明で理解されるとは思えない。何度も時間を取って教育はできないから、自宅とか通勤で覚えろなんて言ってみろ、組合から苦情がくる。ISO用語を教えるのにそれだけ費用も負担もかかるのだ。
確認するが、環境側面とか認識のISO規格の意味を教えるのに、それだけの価値があるんだな?」

上西 「それほど金がかかるとは思いませんでした」

山内 「ならいくらかかると思ったのか? いくらまでなら許容できるのか?」

上西 「ちょっと分かりません」

山内 「余計なことをしないのが会社のためだな。
1円玉 そもそも君が言い出さなければ、審査員は当社がISO用語を知らないことを前提に審査をすることになっている。1円もかからんわ。
当社も困らず、認証機関も不満がないのを、なんでわざわざ寝た子を起こしてトラブルにするんだ 💢


上西が立ち上がりそうになるのを見て、山内は座れと止めた。

山内 「ちょっと思っていることを話させてくれ。私は君の環境管理の力量が不足していると思っていたが、一般社会の常識とか企業の価値観にも暗いようだ。
磯原を見ろ。奴は何をするにも費用対効果を考える。そして同じ効果を出すには他に方法がないか、安くて済む方法がないか考えている。

かって本社にISO事務局があった。そこはママゴトの内部監査をし、環境教育をし、勉強会をし、紙ごみ電気の改善活動をした。
だがそういう方法では、違法はなくならず、省エネ活動が費用削減に結びつかなかった。それを奴は費用をかけず、ISO規格適合で、最大の効果を出し、従業員が楽になるようにした。
君が磯原を飛ばしたいのは、自分にそれができないからか?」

上西 「そうではありません」

山内 「それではなぜかと聞くことになるが、止めておこう。
君は課長だ。課長にできることは大きい。だが権限を振り回して磯原を飛ばしたら、次は田中さんが苦言を呈するだろうし、田中さんを飛ばせば、坂本さんや柳田たちも反旗を翻すだろう。その頃には課長の能力ゼロとみなされて自滅か、ハハハ
はっきり言っておく、もう次はない」


*****

同じ頃、柳田ユミは人事部を訪れていた。
柳田が人事部のドアを開けると、下山が気づいて立ち上がった。そして小さな会議室に案内する。

柳田 「会議室まで取ってくれてたの?」

下山さん 「みんなの前ではできない話だろう」

柳田 「知らない人が見たら不倫してると思うかもしれないわよ」

下山さん 「アハハハ、人事で俺たちの関係を知らない人はいないぞ。
さて、電話では話せないということだから、じっくりと聞こうじゃないか。
影の部長のユミちゃんだから、多少ふけてもさぼること問題ないだろう」

柳田 「今日、磯原さんがISOの審査の準備について環境管理課のメンバーを集めて説明会をしたの。2年前に本社ではISO審査対応を全面的に見直して省力化したのはご存じよね。
私と磯原さんだけが本社のISO審査の経験者だから、今年異動してきた人たちにその概要の説明と、審査のときの作業分担をお願いするという趣旨だった。
そこでまたトラブルが起きたわけ」

下山さん 「また上西かい?」

柳田 「そうなの。私は何度も彼を教育しようとしてきたんだけど、話を聞いたときは納得しても、時が経つとを忘れるというか、真に理解していないからなのかなあ〜
あるいは精神が幼くて駄々をこねているのか、真意は分からない。でも磯原さんの説明会をぶち壊したのは事実。
ということで、もう上西さんをこのままにしておくのは、容認できないと思いが募ったわけ」

下山さん 「俺が彼に話をしてから何か変わった?」

柳田 「毎日、課に入ってくるメールや書類を見るようにはなったわ」

下山さん 「ということは、今までそれもしていなかったというわけか?
じゃあ、その前はいったい何をしていたのだろう?」

柳田 「私も常時監視しているわけじゃないけど、隣の席だからときどき目に入るわ。まず離席することはほとんどなかった」

下山さん 「それじゃ、何もしていないわけか?」

柳田

環境課長
23.07.17

上西
「部下が提出する報告書とか発信文とかを見て、決裁するくらいかなあ〜。指示待ち人間という言葉があるけど、伺い出を待っていて、日に何回か部下が持ってきた書類にハンコを押すだけ」

下山さん 「本来なら工場の課長から本社の課長になり、数年したら工場の部長を経験させて本社の部長にするという道筋だったけど、もうそれはない。とはいえ仕事できない人間を工場で引き取るわけがなく、本社の他の部門でも引き取るところなんてないよ。
環境も素人ってばれちゃったし、ましてや営業も総務的な仕事も不向きだろう。出向といっても引き取る関連会社なんてない」

柳田 「磯原さんは上西課長がおかしな決定した時を除いて抗議しなかったけど、田中さんや坂本さんは年上だし、もう先がないから怖いものなしよ。だから上西さんがおかしなことを言う度に、即座に上げ足を取るというか突っ込みを入れるの。このままでは環境管理課はまずいですね」

下山さん 「まさか磯原を課長にしろとか言うんじゃないだろう。彼は年齢も社内のバランスからもまだまだ早い。
それよりまず上西をどうするかだな。窓際族なんて昔の話、今はコスト意識が厳しいから、使えない人間を置いとくわけにはいかない」

柳田 「それで環境関連のイベントや年中行事を考えると、今11月上旬、希望としては来月くらいに手を打てないかなと」

下山さん 「おいおい、そんな時期に人事異動はないぞ。それに短期間過ぎる」

柳田 「あと5ヵ月間も放っておけば、部下が爆発しない可能性は低いわよ」

スマホ

下山さん 「脅かすなよ」

下山のスマホがプープーと着信音が鳴る。
下山がスワイプして電話を受ける。

下山さん 「やあ、上西君か、どうしたの?
……
えっ、今人事部に来ているの? 困ったな。それじゃ俺の席に座って待っててくれよ。
こっちを片付けて場所を確保するから、ちょっと待ってくれ
……
ユミちゃん、噂をすればだ……上西先生が来たそうだ。ユミちゃんとバッティングはまずいから、まず俺が出て奴を別の会議室に入れてから連絡する。そしたら素早くこの部屋から出てくれ」

柳田 「了解。私の夫も大変ねえ〜」

下山さん 「旦那さんにもっと優しくしてほしいよ」


「なぜ下山夫婦が自宅で話をしないの?」と考えた人がいるかもしれません。
私はすべきでないと思います。仕事の話は会社でする、家でしてはいけないのです。
ひとつは情報管理上当然です。
もうひとつは、家は団欒するところです。仕事の話を家庭でするのは筋違いというか、全くの誤りです。

その意味でリモートワークはどうなのかと思います。仮に仕事部屋があったとして、ドアを通り過ぎれば職場と家庭の切り替えができるものでしょうか? まして仕事部屋がなければ……

昔は農家でも商店でも家族みんなで仕事をしていた。そして親の背中を見て育ったとおっしゃるか?
確かにそうなんですが、そのとき子供は遊んでいたわけでなく仕事していたわけです。現代の情報漏洩とか、インサイダー云々などが厳しく問われる時代に、半世紀前のことを持ち出しても比較対象になりません。

家で仕事の話をすべきでないもう一つの理由があります。
ご存じでしょうけど、制服を着ると気が引き締まり仕事の能率が上がります。休日出勤であろうと、現場なら作業服、オフィスならいつも着ている服装でないと、私は心理的に仕事モードに入りません。
同じく、働く場でないと気が緩みます。休暇をもらうにはトイレで上長に言えとか、他社のトイレに入り込んで情報を取るとか良く言われます。仕事の話は職場、家庭は家族と決めつけるのが吉でしょう。

ゴルフ
30年前、休日出勤はいつも上下ゴルフウェアで来て、これが能率が上がると語っていた課長がいた。でもろくな仕事してませんでしたね。
キーボードを叩くより、ゴルフボールを叩きたかったのでしょう。なら休日出勤しなくてよいのにね、



うそ800  本日のオチ

オチもなく上がりもありません。まだ話は半分も進んでいません。次回に続きます。
だれだ 文字数が多くなるのを防ぐために小分けしたなって言ったのは!
実はその通りです。とはいえ分割しても目標である6,000字をはるかに超えて9,900字となり……救いがありません。




<<前の話 次の話>>目次




外資社員様からお便りを頂きました(2023.07.18)
おばQさま 暑さにも負けず更新有難うございます。
上西氏は、期待を裏切らず残念なままでした。
それに比較して山内氏の何と立派な事。
「無駄に費用を発生させることは、就業規則違反となる。」
これって当たり前のように見えて、中々できません。だから企業内部は不祥事や失敗の揉み消しが絶えない。

「無駄な費用」この例にもありますが、工数の扱い。
本社の間接部門は直接経費でもなく、個別工数を管理せず定額処理が普通。
だから工場から見れば本社の工数は直接経費に見えない、実際には税金の如く
定額取られるのですが本社の人が働こうが働かなくても直接の影響無し。

一方ISO認証で工場として無駄な仕事が増えれば、これは直接見えるから管理できる。
本社から見れば工場が無駄な事をやっても直接の影響がないから、シランプリが普通。
でも山内氏は会社全体を考えて、上西に懇切丁寧に説明し理解させようとしております。
自分の利益にもならず、でも会社の利益、不利益を防ぐ事を行う「無私の人」です。
多分、私なら「判らない奴に教えても怒るだけだから、黙って次の時に人事異動」です。

日本型企業の強みって、こういう無私の人、会社の利益を最優先出来る人達に支えられていたのでしょうね。
人事の下山も同じ、庶務のユミも野次馬のようでありながら会社の利益という方向を持っています。
でもそうした人々が終身雇用制の崩壊で消えていった。
結局 日本型企業が、新たに立ち上がる為には、人間的に立派な「無私の人」に頼るのではなく、システムや組織として、会社の利益を担保出来るようにするしかないのかもしれません。
もちろん、日本型企業の強みを抱えたまま国際競争の中で生き延びている企業もおりますが、労働者の側が一生同じ企業で働こうと考えないならば、旧来通りでは立ち行きません。

おばQさまのお話は体験をもとにしているだけに重要なヒントを含んでおります。
これからも楽しみにしております。

外資社員様 いつもお便りありがとうございます。
まず上西さんを悪者にするつもりはないのですが、書いているとどうしても彼がまともになるような気がしません。ということで悪いまま終わってしまいそうです。
お金の話は企業によっていろいろでしょう。工場の場合はショップごとに1時間いくらと算出するのは簡単ですけど、支社とか研究所は難しそうですね。
私がいたオフィスではざっくばらんに事業でいくら売り上げだから、オフィスワーカー一人当たり1時間○○円稼がなければならないと認識しろなんて言われました。まあ言われても言われなくても頑張るのは一緒ですけど。
価値観もありますが、認識するということが大事かなと思います。仕事で法律などを読むようになると、就業規則をはじめとして会社規則を読むのが楽しくなり、また自分もジャンジャン規則を作るようになりました。
規則間の整合性とか、いかに簡潔に重複なく書くかと考えると、法律を読むときも素早く読めるようになりましたし、また他人が作ったもののアラに気づくようになりました。
普通の会社員が就業規則を熟読しているとは思えませんが、よく読んでいれば会社で泳いでいくのが楽になりますね。また変なことで懲戒ということにもならないでしょう。30年位前、定期券を解約して友人の車に便乗していた人が懲戒処分を受けたのですが、その人は何が悪いのかも分かりませんでした。交通信号を知らないで道路を歩いているようなものです。規則を知り守る習慣づけをすればみんなハッピーになるように思います。
犯罪がこれほど多いのですからあまり関係ないですかね?


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