ISO第3世代 96.ISO審査4

23.08.14

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

本社支社のサーベイランスで関西支社の審査に行った大柴審査員が、質問したことに知らないと答えられて癇癪を起して暴れた。結果、警察まで来る騒ぎになった。
質問されたのがアルバイトの女子高生で、スラッシュ電機の取引先の社長の孫娘であったから、示談はタダでは済まないだろう。
認証機関もお詫びで大変だが、スラッシュ電機も被害者ではあるが、大事な顧客のお嬢様をとんだ目に合わせて大騒ぎである。


*****

スラッシュ電機本社
終業時刻 間際に、品質環境センターの鈴木取締役と今回の審査リーダー三木氏がやってきた。受付で待っていた磯原は、二人をロビー階の会議室に案内する。

外来者はオフィス階まで入れず、ロビー階で打ち合わせをする。ロビー階でエレベーターを降りると外来者との応談のために喫茶店のように多数のパーテーションで仕切られたテーブルが並んでおり、一面が窓でそれに直角方向の壁が一面カウンターになっている。そこでコーヒーなどの飲み物と洋菓子を提供している。

以前、田中たちが転勤してきたとき柳田が本社を案内して、ここでは社員同士では飲み物を頼んではいけないと言った。いや社員同士で飲み物や菓子を食べてもよいのだが、部門費につけてはいけないということだ。
ロビー階にはこの応談スペースの他に、内緒話するための大小の会議室が用意されている。

到着の報を受けて桃田、山内、下山が会議室で待っていた。

山内生産技術本部
山内参与
品質環境センター
鈴木取締役
鈴木取締役桃田人事部
桃田参与
今回の審査リーダー
三木主任審査員
三木下山人事部
下山
磯原環境管理課
磯原

会社対会社の交渉は、通常は同格同士で行われる。年商数十億の会社と1兆円企業なら、小さいほうの社長に対応するのは課長だろう。部長ともなれば異動のとき挨拶するくらいで普通は会うことはない。

品質環境センターは年売上が25億だからそこの取締役に、年売上3兆円のスラッシュ電機の参与(工場長級)が対応するのは手合い違いだ。今回は重大問題だからとしよう。

ちなみに3兆円企業となると、ひとつの工場の年生産高は少なく数百億から大きければ数千億規模になる。そんな工場のトップに中小企業のトップが会えるはずはない。
私を権威主義と言ってはいけない。世の中はそんなものだ。

参考までに、認証機関大手JQAの認証件数は約12,000件で売上70億前後、中堅といわれる認証機関は2,000件、10数億の売上である。こういう数字は覚えておくと良い。(参照:「JQA CSR報告書2022」
もちろんJQAは別格であり、認証件数 数百とか、中には認証件数が100件ほどの認証機関もある。


挨拶もそこそこに話が始まる。

桃田 「私が弊社を代表して、弊社が入手した情報を説明します」

桃田はつい先ほど関西支社の人事から聞いた最新情報を語る。
まず倉庫訪問からの時間的経過と出来事を説明する。また大柴審査員の発言の録音があると伝える。

次に対応状況であるが、横山と女子高生たちに肉体的被害はなかったこと、ただ精神的な面が心配なので、明日 女性たちのカウンセリングを予定していること。
その他、大工ひとりが顔にケガをしたが、全治1週間程度であること。
物的な損害としては包装作業していたノベルティグッズは、かなりの数が破損したが金額的に大きくないこと。
今後の課題としては、女子高生たちの親御さんが重要な取引先なので、謝罪交渉がどうなるか懸念していること。


桃田参与が説明した後、鈴木取締役が入手した情報を説明する。
大柴氏は現場検証の後に警察署に連行され再度調書を取られた。
品質環境センターが顧問弁護士契約している弁護士事務所が提携している大阪の弁護士が、身元引受人として警察に行った。そして警察にいろいろ聞き取りした。

警察は、悪質でないこと、逃亡の恐れがないこと、加害を認めていること、反省していることなどから拘留されず解放された。被害者と示談が成立したなら不起訴になるという。もちろんもめて被害届が出されれば逮捕状請求となる。
なお、交番では傷害事件としていたが、正式には暴行事件となった。

傷害罪と暴行罪は大きく違う。傷害事件は暴行してケガをさせた場合で、15年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金であるが、 逮捕しちゃうぞ 暴行事件とはケガがない場合で、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金である。
傷害事件の場合はほぼ逮捕されるが、暴行事件では逮捕されるのは半分もない。

なお暴行とは直接被害者を殴る蹴るだけでなく、凶器を振り回す、服や体や髪の毛を引っ張る、(相手に接触しなくても)物を投げる、物を叩く、唾を吐きかけるなどが該当する。

問題になるのは使用者責任がどこまでかということだが、使用者責任の成立要件である、1.被用者の不法行為 2.使用者と被用者の使用関係 2.被用者の不法行為が事業と関連している 4.使用者としての免責に該当しないこと、から考えると雇用者責任は逃れようがないという。
但し民法で認証機関が支払った後、被用者大柴審査員に対して求償できるらしい。
いずれにしても当面は認証機関が損害賠償、慰謝料の支払いをすることになるだろう。

大柴氏はだいぶ憔悴しているので本日は大阪に宿泊する。明日から弁護士が示談交渉を開始するつもりとのこと。示談はトラブルが起きないように弁護士が対応するという。明日にでも顧問弁護士と品質環境センターの者が大阪に赴き、大阪の弁護士と打ち合わせるという。
双方の説明が終わると皆ため息をついた。


桃田 「事件そのものは、もう我々の手を離れて警察、弁護士、当事者のこととなりました。弊社も当事者ではありますが、本社としてではなく関西支社が被害者として大柴氏と交渉することになります。
私どもは、女子高生たちと親御さん、それと大工さんとの謝罪交渉がありますが、これも関西支社のマターです。
残るものとしてISO審査関連の取り扱いになりますが……これは山内さんから説明してもらいましょう」

山内 「今回の審査はいったん中止していただきました。これからどうするかが検討事項です。
審査をするにしてもすぐにというわけにはいきません。うろ覚えですがサーベーランスは審査登録証の日付の前後1か月だったと記憶しています。ならばとりあえず現時点ではその最終日までにということにしておきたい。現時点日程は未定です。

今回二日分の審査にかかった費用ですが、審査契約では審査依頼した側の事情で審査できなかった場合のみ記述している。認証機関の都合による中断や延期については記述していません。
審査を中断することを申し出たのは弊社ですが、私どもは顧問弁護士と相談した結果、契約にないのだから二者間で協議する必要があるとのことでした。私どもでは費用負担するつもりはありません」

鈴木取締役 「うーん、費用負担〜、それについては私どもでも検討させてください。
すぐさま新たなメンバーで本日まで実施したのを有効として、未実施分を再開するのもありますが?」

山内 「弊社はISO審査では飾らずあるがままに見てもらうというスタンスでありますが、審査に対応する人たちのスケジュールを抑えたり会議室を確保したりと結構前準備は必要です。一旦中止すると、再度多数の関係部門とネゴをしてスケジュールを立てるには時間が必要です。

それからこれを機に認証の必要性を再検討が必要という意見もあります。まず関西支社からこの事件がトリガーとなって、かなり強硬な意見が出されました。正直言って審査員の質向上の要求がありました。
またこの情報を受けた本社のいくつかの部門からも意見がありました。端的に言ってISO14001認証を返上すべきということです」

鈴木取締役が顔を上げ椅子に座りなおす。

鈴木取締役 「御社は認証返上するということですか?」

山内 「現時点、まったく未定です。ただ今までも認証の必要性について疑問を呈されたことはあります。今回は認証の必要性を再検討しろという意見になり、一段階アップしたといえます。
いずれにしても弊社内で認証の必要性を納得させなければ前に進みません。その他にも……言いにくいですが、事前に審査員の資質を確認する仕組みを作り、それで社内を納得させないとならないでしょう」

鈴木取締役 「まあ、それはそうですね。事情は分かります」

山内 「ご理解ありがとうございます。
今回の倉庫での応答は、先ほど桃田さんからお話がありましたが、倉庫の管理人や女子高生たちがスマホで録音していました。それを聞きまして私個人としては、ISO審査をする価値はないという認識を持ちました。

審査の方法はいろいろあるでしょうが、従業員を捕まえて環境方針を知っているかと聞くことが、環境方針が伝達されているかを聞くことではないと思います。
仮に環境方針の伝達を『知っているか?』と聞いて、壁に貼ってある環境方針を指さすとか環境方針カードを見せてOKというのではISO規格をばかにしていますよね。

今回の本社支社の審査で、御社からいただいた見積書では200万くらいだったと思います。弊社はあるがままを見せると自称しておりますが、それにしても内部費用はタダでは済まず、審査に対応するための人件費、諸費用を考えると審査費用以外に内部では1千万や2千万はかかっているわけです。
ISO14001認証することでそれを回収できる、売上増が期待できるのかと考えると、それは無理でしょう。

おっと、誤解はないと思いますが、私どもはISO認証に関らず監査部監査で環境遵法を点検しておりますし、環境側面なる言葉が現れる前から、法規制を受けること、重大な環境影響を持つもの、ビジネス上重大な事項はしっかりと把握して管理してきたつもりです。それらを1990年代から、省エネ、廃棄物削減、リサイクル推進など目標値を定めて環境計画を推進してきました。

言い換えると弊社にとって、ISO認証とは弊社が過去からしてきた環境活動が適正か否かを見てもらうことであり、弊社の環境活動を向上させる効果を期待しておりません」

鈴木取締役 「話をさえぎってすみません。それはISO認証の効果、審査の効果はないということでしょうか?」

山内 「ISO認証の効果というものは、企業の環境活動がISO規格を満たしているかどうかの裏書ですね。ISO/IAFの共同コミュニケにそう書いてあります。
鈴木取締役がおっしゃったISO認証の効果とは、私どもは環境活動が一定水準にあるといいう裏書だと認識しております。そしてその効用はもちろんあると認識しています。
しかし今の時点では、私どもはビジネスを進めるには、実態さえあれば裏書はなくても世の中に通用するのではないか、信用されるだろうと考えたということです」

鈴木取締役 「今回の事件でそれが表面化したということですか?」

山内 「そうですね。実を言ってそういう声は前からありました。昨日三木審査員から私がインタビューを受けました。失礼ですが、あのインタビューにいかほどの価値がありましょうか?
成果をどのような指標で見るかはいろいろあるでしょうけど、専務のスタッフである私が対応するならまだしも、執行役専務が対応する重要性はなさそうです。

大柴氏は昨日姫路営業所の審査をされましたが、そこで姫路営業所の上位組織である関西支社の支社長が挨拶に来ないのはおかしいと言われたと報告がありました。また本日、関西支社で審査を始めるときも、弊社で出席したのが支社の総務部長が出席しましたが、ここでも支社長が出ないのはまずいと言われたそうです。

職位の高い人が出席するなら、当然それに見合った成果を求めます。支社長というのは支社のトップ管理者でありますが、同時に営業活動の最終兵器です。担当者、課長、部長で埒が明かないとき、弊社の最後の砦といいますか、契約を取るために出馬するわけです。
もちろん国家プロジェクトなどになれば社長の出番です。支社のビジネスであれば支社長が最終兵器です。つまり支社長に見合った見返りがなければ使わないというのが本音ですね」

鈴木取締役 「私も認証機関に出向するまでは企業の人間でしたから、おっしゃる意味はよく分かります。現実のISO認証の意義は共同コミュニケの通りですね。それ以上の効力を謳うことは詐欺になるでしょう。
まあそれ以上の機能とか効果、例えば経営の規格とか会社を良くするとか騙る認証機関やコンサルはたくさんありますね。

ISO認証とはデジュリではなくデファクトスタンダードです。民間が構築した制度にすぎません。その価値、信頼性は仕組みを作ったものが確立しなければなりません。言い方を変えると政府や経産省に、あれやこれや言われることもないはずです。現実は違いますが」

山内 「まあお互い企業の中で生きているわけで、そういう仕組みをどうこう言いません。しかし審査員が『最高責任者が顔を出さないとは無礼である』などと言われるのは困るわけですよ。ご理解いただけると思いますが」

鈴木取締役 「それはもう〜」

三木 「それは審査員は、へりくだれということでしょうか?」

磯原 「発言をお許しください。
三木さん、それは違うでしょう。大柴審査員は、執行役や支社長が応対するのが当然とお考えのようです。そうではなく、我々担当者が審査員の質問に答えられるなら、十分と認識してほしいということです。

また上から目線という言葉がありますが、企業の人よりレベルが高い、だから教え諭すという意識を排除してほしい。我々はISO審査員を教師とみておりません。企業の仕組みと運用を、ISO規格に適合/不適合を判断してもらいたいだけです。そしてもし教え諭したならISO17021-1違反であるはずです。

しかしながら上から目線とか、教え諭すということよりも、もっと根源的な問題を提起したい。
それは審査そのものが適正だったのかということ、この問題が起きたのは審査員の規格解釈に疑問があるということです」

桃田 「ええと、磯原君、どういうことかな?」

磯原 「鈴木取締役と三木さんはお聞きになられていないかもしれませんが、こちら側のメンバーは倉庫の管理人がスマホで録音したものを聞いております。
そこではアルバイトの女子高生たちに『環境方針を知っているか』と各人に質問し、皆が知らないと回答したので激昂したようです。
質問ですが、御社は環境方針が周知されたことの確認を、どのような方法あるいは質問で行うのか、指導されているのでしょうか?」

鈴木取締役 「三木さん、どうですか?」

三木 「弊社で環境方針が組織内に伝達されているかを、どのように調べるのか具体的には指導していないと思います。
規格は方針を暗記することを求めているわけでなく、トップの思いが従業員に共有されることを求めています。ですからあるべき方法は、従業員の行動を観察したり規範や計画を聞いたりして、それらが方針に整合しているかを確認することでしょうね。

それと環境方針だけでなくどんな方針でも、従業員全員が覚えろとか実行せよというのはありませんよね。知的財産の日における工場長の言葉をパートの人に理解しろということはないでしょうし、安全週間の意義について、オフィスの人と工場の人が同じ認識ということもないでしょう。
とはいえ、女子高生であっても、御社で働くのであれば彼女たちに関わる環境方針を知らしめることは必要です」

桃田 「ほう、アルバイトであってでもですか?」

三木 「ISO規格というと難しいと受け止められることが多いですが、当たり前のことしか書いてありません。だからISOのために何かしなければならないわけではない。言い換えると会社の仕事を、規則を守り手順通り遂行しているなら、ISO規格適合であり、環境保護も達成されるはずです。

具体的に言えば、例えば今日限りのアルバイトであっても、その人を雇ったからには、仕事があって雇ったわけですから……良い仕事をしてもらうように、ケガをしないように、職場のルールを守ってもらうように、仕事前にしっかりと指示し監督すると思います。
そのために、どういう仕事なのか、その仕事の目的、手順、出来栄え、命令者は誰か、異常あったとき誰に伝えるのかを教えるでしょう。
それが環境方針の周知であると理解されてよいでしょう」

磯原 「三木さんのお話を聞いて安心しました。私もそのように理解しております。
実際には、大柴さんはそのような質問ではなく、ひたすら『スラッシュ電機の環境方針を知っているか?』と女子高生に質問しています。質問して回答が得られない、相手が理解できないなら、質問方法を変える、表現を変える、言葉使いを変えるというのは審査員の常套手段であるはずです」

三木 「おっしゃる通りです。そもそも項番順のアプローチが失策でしょうね。彼はプロセスアプローチを知らないのかもしれない。
それは弊社の教育が悪いということですね」

磯原 「私もそう思います。JABは2007年頃にプロセスアプローチで審査するよう通知を出していたはずです。今から11年前ですね。御社はJABが審査方法について出した指示を、11年かけても徹底できなかったわけですか?」

注:JABは2007年にプロセスアプローチで審査せよと通知を出している。


鈴木取締役 「現場でどのような応答をしているかまでは、把握していませんね」

桃田 「ちょっと待って。では具体的にどういう質問をすべきなの?」

磯原 「アルバイトの女子高生に環境方針が周知されているかどうかを確認するとき、私が審査員でしたら、まずは我が社の環境方針を頭に思い浮かべます。そして質問はそれを即物的なことに展開というか翻訳して、アルバイトに理解できることを聞かねばなりません。
どんなふうに質問するか、実際の会話調で話してみましょう、

問:今どんなお仕事をしているのですか?
回答が、来週開催されるイベントのノベルティグッズの袋詰めならば

問:具体的にどういうことをするのですか?
その回答が、会社のマークが印刷されたドキュメントバッグに製品カタログ、CSR報告書、イベントのアンケート用紙、文房具セットを入れることであれば

問:入ってきた段ボール箱はどうするの? ポリ袋は? クッションは?
過不足なく袋詰めするにはどんな方法をとっているのか?
実際の質問は相手が打ち返したボールに応じて変わっていくでしょう。しかし知りたいことを聞きだすのが目的なのは変わりません。
更に、

問:照明は暗くない? お外は寒いけど暖房はどうなの?
注:この物語は今2018年12月である。

そんなふうに、具体的な平易な質問を重ねていくことにより、ごみの捨て方とか省エネとがか指導されたかどうか知ることができます。
審査であろうと監査であろうと、日常生活であろうと、自分が知りたいことをそのまま質問するのではなく、自分が知りたいことを返してくれるように話をするのではないですか。それは疑問文でなくてもよいのです。

弊社の環境方針は、『1.エネルギーの効果的利用による脱炭素社会の実現、2.資源の有効な利用を推進し高度循環社会の実現、3.入手容易な資源活用により自然共生社会を実現、4.法令遵守と社会の変化を手順と基準に織り込む』でしたね。

廃棄物の処理の仕方、空調の調整、ものを大事にする、そういう行動をしていると確信が持てたなら、環境方針が伝達されていると判断できるのではないですか。
環境方針の文言を知ってもらう必要はない。いやISO規格で環境方針というものを、環境方針という名前を付ける必要もないわけです(参照:Annex A.2)。

そのような平たく易しい(平易な)質問をすれば、環境だけでなく併せて安衛法や労基法が遵守されているか、あるいはもっとほかの法律に関わることも分かるでしょう。照度が安衛法基準以下とか、通路が消防法違反なら、不適合でなくコメントなり記述されれば審査の価値は上がります」

三木 「磯原さんはISO規格に詳しいだけでなく、コミュニケーション力もすごいですね。驚きました」

磯原 「私は複雑なものは、単純なことに分解しないと理解できません。自分に分かるように言おうとすると、必然的に易しい言葉、文章になります」

三木 「ISO審査員の鑑というか、才能があるのですね」

磯原 「冗談はやめてください。しかし大柴さんの質問を聞くと、規格を理解していないとしか思えませんね。
環境方針が伝達されたかを調べる質問が『環境方針を知っているか』では目的と手段が合っていません。 規格要求は『伝達すること』ですから、伝達されたかを調べなければなりません。

そして……これはJISの翻訳がまずいのですよ。原語はcommunicateですから、伝達といっても手紙を届けることじゃなくて、『感情や考えを相手に理解させること』なんですよね。方針を暗記したり、方針カードを持っていれば良いものではありません。文言を知らなくてもトップの気持ちを理解して協力すれば良いのです」

鈴木取締役 「それが弊社の平均的な審査員の実力なのだろう。残念ながら」


*****

大阪の某ビジネスホテルである。
シングルルームで大柴が一人、缶ビールを飲んでいる。もう三つ四つ空き缶が溜まっている。
何てことをしてしまったんだ
缶ビール缶ビール大柴審査員
缶ビール

今日は、思いがけないことであった。自分でも信じられない。まるでブレーキもアクセルもハンドルも動かせない暴走車に乗ったような感じだ。
ちょっと感情的になった自覚はあるが、あれよあれよといつのまにか犯罪者になっていた。

交番で聴取されてから現場検証をして、そのあと警察署に行って再度調書を取られ、確認後に解放された。認証機関の顧問弁護士という人が来て、引受人になったと言われた。なんやかんやで警察署を出たときは7時近かった。

警察を出てから喫茶店で、弁護士がいろいろ説明してくれた。まず私がしたことは頑固おやじの行状では済まされない犯罪であると、きつく言われた。面目ない。
唾がかかったのも机の上のものを払い落としたのも暴行に当たるそうだ。大工が来て取り押さえられたとき、パニックになって手を振り回して顔に当たって出血したのは、暴行ではなく傷害罪になると言われた。傷害罪だと逮捕され何日も勾留されると聞いて青くなった。
 注:刑法犯の処理ルート

弁護士が交渉してくれたからか、これからの流れは複数の被害者と示談が成立すれば不起訴となるらしい。不起訴とは裁判所に送られないで済むことだそうだ。
ただ被害者の女の子たちはいいとこのお嬢様たちで、親御さんの出方によっては慰謝料が大変なことになると言われた。
ちょっとした感情の高ぶりで、とんでもないことになってしまったと改めて自覚した。

弁護士と別れてから家族へ連絡すると、認証機関から既に連絡があって、老妻はショックで寝込んでしまったと結婚して同居している娘から聞かされた。
審査はこのトラブルで中止されたと三木リーダーから連絡が入っていた。もう沖縄に行くことなく、自宅に戻るわけだが、東京まで帰る気力もない。大阪のビジネスホテルに泊まることにした。

羽左老後の資金が羽右

羽左老後の資金が羽右

老後の資金が

これで契約審査員はおしまいだろうなあ〜。
示談の慰謝料はいったいいくらになるのだろう。女子高生たちはカウンセリングを受けると聞いたが、その費用も請求されると弁護士は言った。
示談の相手は、女子高生が5人、アテンドした社員そして大工、お嬢様といっても何百万ということはないだろうが……
一瞬の衝動で、老後は悠々から窮々になってしまった。



うそ800  本日の反省

大柴審査員の勘違いはいろいろあるようだ。
まず審査員なら審査する企業のトップに会って、経営者の考えを聞く必要があると思うことは正しいのか?
審査員は審査を受ける人より目上なのか?
質問すれば必ず期待通りの回答が返ってくると思うのか?
己はISO規格を理解していると思っているのか?
規格要求を満たしているかどうかを知るには、項番順審査は役に立たないことを知らないのか?
質問は質問された人が理解できるような言葉、表現であるのか?
審査員の特質として忍耐強くなければならぬと知らんのか?(参照:ISO19011)
謙虚さが足りないのではないか?

この問題は、
・規格をよく理解していない
・規格解釈を誤っている
・コミュニケーション力がない

要するに仕事を甘く見ているのではなかろうか?
審査員の原語は「auditor」すなわち聞く人の意味だ。
知りたいことについて、早く正しい回答をもらうためにはどう質問したらよいのか、それを常に心掛けること、一つ一つの発言において留意すること、そういうことに努めれば、相手に真意が伝わっただろう。そしてとんちんかんな返事が帰ってくれば自分が未熟だと反省すればよい。
そういう発想がまずない。それが問題ではなかろうか?

彼は今まで20年間どんな審査をしてきたのだろうか?
審査を受けた人たちは、彼の能力を推し量りそれに見合った対応をしていたのだろうか?
それじゃ審査員は回答者におんぶにだっこではありませんか。
この大柴審査員は架空の人物です。でも彼のモデルになった方は複数います。怒鳴る、机を叩くまではこの物語の通りですが、警官を呼ばれることはありませんでした。
良かったですね、犯罪者にならずに済んで、



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