ISO第3世代 97.ISO審査5

23.08.17

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

大柴審査員が関西支社で暴れた問題は、事件としては弁護士の活躍もあって大事にならずに済みそうだ。スラッシュ電機の大顧客である中堅ゼネコンのオーナー社長一家は、お嬢様がその後トラウマもなく暮らしているのを確認して、大柴氏から慰謝料を取ろうなんてことは頭に浮かばなかったようだ。まさに金持ち喧嘩せず。友人たちも大騒ぎすることなくお詫びと数万円でおしまいとなった。
倉庫の管理人と大工たちも、お詫びプラス慰謝料で笑って済ませてくれた。

だがそれですべてがハッピーエンドではない。スラッシュ電機のISO審査をどうするのか? いやISO認証を続けるのかという意見も現れ、支持者を増やしている。
そもそもISO審査でなにか効用があったのか? ビジネス上必要ないという営業現場からの声もある。
そのへんをはっきりさせないと進みようがない。


*****

関西支社の吉岡総務部長は考える。今回のトラブルはまだまだ決着したわけではない。アルバイトの親御さんとは穏便に話が付いた。だが発端の大柴審査員については、不起訴でおしまいではおかしい。
真に再発を防ぐには、今回の原因である本人への懲罰が必要だし、そういう審査員を使っている認証機関への是正を求めないとまた起きることは間違いない。

吉岡部長 まず大柴審査員に懲罰を与えないとまずい。法律上では不起訴となったようだ。刑事上でなともく、何か手段がないものか?
吉岡部長は山内に審査員に懲罰を与えるには、どんな方法があるのか、どうしたら良いのかと考えるが、そういう方面には知識も伝手もない。

今回の事件で何度かやり取りがあった本社人事部の下山に、誰かISOに詳しい人物を教えてほしいと頼った。下山は、真っ先に頭に浮かんだ磯原を教えた。
という流れで吉岡は磯原に、何か手段を教えてくれと連絡を取ってきた。


磯原は今回の問題は、審査員の質と力量が根本的な問題だと認識していた。それで吉岡部長の考えることはもっともだと理解する。だが磯原も審査員の懲罰規定など知らない。
磯原 磯原は認証機関との審査契約書、ISO17021、ネットにあるJAB基準類、審査員登録機関の基準類を、手当たり次第に読み漁り、方法を考えた。
そして認証機関に苦情を出すより、審査員登録機関に苦情を申立てたほうが客観的に判断されるだろうし、もみ消されることがないだろうとアドバイスした。

磯原自身が苦情を申し立てても良いわけだが、認証機関と今回の問題について日常的に交渉している立場として、会社としても個人としても磯原が苦情を言うのも変かなという気がしたこと、今回のことに不満がある人は多いのだと知らしめるにも、別の人が申し立ててくれたほうが良いと考えた。
おっと品質環境センターとの示談書には、苦情を申し立てることには言及していない。もっとも示談書は法人であって、吉岡部長個人を拘束しない。

若干状況を説明しておく。

注1:JABに認定された環境マネジメントシステムの審査員登録機関は、この物語の2018年時点は産業環境管理協会・環境マネジメントシステム審査員評価登録センターマネジメントシステム審査員評価登録センター(CEAR)であった。マネジメントシステム審査員 評価登録センター(JRCA)への移行は2019年10月である。

注2:主な認証機関の審査契約書における、審査及び審査員への苦情の定めは「すべての利害関係者は苦情を申し立てることができる」こととそのときの手順を定めている。 だが「審査員登録機関に苦情を申し立てることができる」とは記載していない。同時に審査員登録機関に苦情を申し立てることを禁じていない。

注3:当時のCEARのCD150U「環境審査員資格停止・失効・取消し」規程によると「3.1(2)当該環境審査員に対し、苦情がCEARに寄せられた場合」判定委員会で判定するとある。また苦情を申し立てる人の要件を定めていない。

つまり誰でも、認証機関に苦情を申し立てれば認証機関が判断し、CEARに苦情を申し立てればCEARが判断するということだ。


審査員が審査中に狼藉を働くと刑事と民事だけで済まず、認証制度のルールでも処分されることを、一事不再理に反すると語ってはいけない。交通事故だって三つの罪というのがある。刑事上の責任、民事上の責任、行政上の責任である。
交通事故も審査員のルールも、一事不再理(憲法39条)に反するわけではなく、一つの事件の処分を三つに分けているだけで、何度も罰を与えられているわけではない。

このふたつを比較すれば、全く同じ構造だ。
事例刑事上の責任民事上の責任行政上の責任
交通事故懲役・罰金損害賠償
(治療費・休業損害・慰謝料)
運転免許の停止/取消
ISO審査懲役・罰金損害賠償
(治療費・休業損害・慰謝料)
審査員資格の停止/取消
 下記注

注:運転免許は公的なものであり行政処分であるが、審査員資格は民間資格であり行政処分ではなく、民民の契約に基づく。つまり審査員登録する際・資格の更新する際に、審査を受け「行動規範及び順守事項」に反すれば資格を停止/取り消しするという条件を受け入れて登録する。


磯原の情報を基に、早速 審査員登録機関に苦情の書面を書留の速達で送った吉岡部長は、審査員登録機関がこの苦情をどう取り扱うか興味津々である。それによる行動こそ認証機関そして認証制度の信頼性の尺度そのものだろう。
もし処分なしとか回答なしなら、知り合いのマスコミに垂れ込もうと吉岡部長は考えている。


*****

スラッシュ電機の本社である。
数日後の朝、山内が磯原に声をかける。今から横浜に行こうという。驚いた磯原がどこへと聞くと、ジキルQAに行くという。
ランドマークタワー傍のジキルを訪問して橋野取締役に面会する。山内は、既に面会のアポイントを取っていた。

忘れてしまった方に……
ジキルQAの橋野取締役と山内は大学で同期だった。
卒業後、山内は大学院に進み在学中から特許を取って、修了してスラッシュ電機に入社。研究所長までなったが、役職定年で現在は役員のスタッフとなっている。
橋野取締役は石油会社、採掘現場、プラントの検査業務などを経て認証機関の取締役である。

ジキルQA橋野取締役 「ご無沙汰じゃないか。どうせ審査トラブルにアドバイスが欲しいということだろう。間違ってもおれんところに鞍替えをするなんて、嬉しい話ではなさそうだ」

山内 ランドマークタワー 「おお、橋野は占い師か預言者になれるぞ。しかし前半は当たりだが、後半は外れだ。もしかして良い話かもしれない」

ジキルQA橋野取締役 「そういう話ならいいが……あれだろう、某認証機関の審査員が、審査で大立ち回りをしたっていうじゃないか。その後処理の情報収集だろう」

山内 「さすが耳が早いというか、地獄耳というか」

ジキルQA橋野取締役 「蛇の道は蛇さ、それに悪事千里を走ると言って隠すなんてできっこない。面白い話ならなおさらだ」

山内 「君が言う通り教えてほしいことがあって、伺った」

ジキルQA橋野取締役 「見返りはあるのかい?」

山内 「ウチの品質環境センターと契約している全部を御社に鞍替えするとは約束できないが、話次第ではトライアルとして何件か御社に頼む可能性はある。年間数百万にはなるだろう」

ジキルQA橋野取締役 「なるほど、まあ我々としては橋頭保さえ得られれば、審査の実力を認めてもらえる自信はあるよ。
伺いましょう。聞きたいことは?」

山内 「橋野君はすべて知っているのだろうが、確認も兼ねて簡単に説明する。
品質環境センターに依頼しているISO14001審査で、アルバイトの女子高生に『環境方針を知っているか』という質問をして……文字通りそのままのセリフを語っていた……、知らないという回答ばかりだったので、癇癪を起こして彼女たちが作業していた品物を壊したり怒鳴ったりという事件だ」

ジキルQA橋野取締役 「私の聞いたのと相違ない」

山内 「箇条書きで聞いていく。
ひとつ、このような事故というか事件は過去にもあったのだろうか?
今回が初めての事件だろうか?」

ジキルQA橋野取締役 「まあ全く同一とは言えないだろうが、そういった暴力事件はなかったわけではない。今回はISO14001の審査だったが、1992年から1996年まではISO9001しかなかった。そしてISO9001の認証を得ようとする企業は、EUの規制とか外国の顧客が認証を要求したなど、認証することが必至だった。

それと1990年初頭は審査員といえばイギリスをメインとする外国人だったが、その後すぐに審査の言語を日本語でという要求で日本人審査員に代わった。この日本人の審査員第一世代はプラントの審査とか船級検査をしていた人がほとんどだった。

油井 アラビアの砂漠の真ん中で、遊びに行くところもなくプラントの検査なんてしていた人たちは、我々とは人種が違う。おっと、人種とはレトリック・冗談だ。一般サラリーマンじゃなくてもう荒くれ男ってイメージだな。
実を言って俺も大学を出てから、石油プラント工事を何年もしていたし、その後はプラントの検査の仕事をしたりしてきた。まあ普通の神経ではできないよ。
日本でISO審査をするときもそんなわけで灰皿が飛ぶとか机や椅子を蹴飛ばすとかは普通にあったね。あっ、いや、いつもってわけじゃないよ。不適合があっても言い逃れようとしたり、素直に証拠を出さないとかあったときさ、
そして審査を受ける企業も、認証することが至上命題だったから、そういう審査を受容したのも事実だ。

だけど、どう考えてもそんな審査はまっとうなことじゃない。段々とそういう人は淘汰されたし、審査員のマナーも向上してきたのが実態だな。

おっと、私は今回の事件を起こした審査員を、弁護しているわけではないよ。そういうのは良いことではない。だが山内君の質問に対しては、そういうことは珍しくもなかったと答える。
過去形だよ、今はなくなった、いやなくなったと思いたい」

山内 「なるほど、暴れん坊将軍は今現れたのではなく昔もいたが、昔は問題にされるような時代じゃなかったということか」

ジキルQA橋野取締役 「そういう理解で間違いない」

山内 「分かった、参考になった。
次の質問だが、こういう騒ぎを起こした審査員は処分を受けるのかい?」

ジキルQA橋野取締役 「審査を受けた企業のリアクションもいろいろあるし、審査員が認証機関でどのような位置にあるのかによっても違うだろうね。 1990年代のISO9001であれば、企業にとって認証することが死活問題だった。だから従業員の一人がケガしたくらいでは認証機関に文句を言わなかっただろう。当時は審査員は雲の上の人だったこともある。だからケガをしないなら文句も言わなかったね。まして警察を呼ぶとか被害届というのは聞いたことがない。
おっと何度も言うが、私はそれが良いというわけじゃないよ、そういう時代だったということだ。

最近では暴力事件は聞かないが、マナーが悪いとか、経営者にタメ口で話したとか、
坊主って聞こえたが
誰か俺を呼んだか?

坊主
若手社員を『坊や』とか『坊主』と呼んだとかいう苦情は結構ある。
経営者インタビューで足を組んだり名刺を片手で出したりすれば、文句を言われるのは同然だ。審査員になると、東証一部の社長になったつもりかねえ〜

注:東証一部がプライムになったのは2022年4月から

ともかく暴力でなく、マナーが悪い、言葉使いが悪いという事例では、苦情を受けても本人に口頭注意する程度だな。
最近は認証件数も減少傾向で審査員も余っているが、2005年頃までは審査員不足だったので、下手なことを言うと審査員が他社に移ってしまう恐れもあった

それと有名というか評判の審査員が独立して作った認証機関では、社長が好き勝手……いや自由奔放にやっているところもある。ユニークな審査スタイルとか規格解釈が嫌なら、他社に鞍替えしろくらいの考えじゃないのかな?」

山内 「審査契約には苦情申し立てが書いてあるが、それをすれば是正してもらえるものなのだろうか?」

ジキルQA橋野取締役 「まあレベルの低い審査員は苦情を言っても変わりようがない。それに認証機関がいかほど真剣に対応するかもあるね。せいぜい問題を起こした審査員を、その企業に派遣しないくらいじゃないのかね。

今回の事件について言えば、お宅が苦情を言おうと言うまいと、お宅が大手顧客であることから、その審査員は契約審査員と聞いているが、次回契約更新をしないという措置はとるのではないだろうか。かなり高齢だと聞いているから経済的に本人にダメージはないだろうし、認証機関だってそんな審査員を使いたくないだろう。
もしその審査員が審査員を続けたいと思ったら、別の認証機関を探せばいいだけの話だ」

磯原 「認証機関に苦情を申し立てるのではなく、審査員登録機関に苦情を申し立てればどうでしょう?」

ジキルQA橋野取締役 「ISO17021が制定されたのは2006年かな? ガイド62やガイド66からISO17021に変わったことで、審査員をするには審査員登録機関に登録しなくても良くなった。認証機関が認めれば、審査員でも、主任審査員でもできる。

認証機関は登録件数減少で損益的には苦しくなってきている。だからCEAR登録よりIRCAの方が費用が安いからと、審査員登録機関を鞍替えしているところもあるし、今言ったISO17021を根拠に審査員登録をやめて社内認定だけにしたところも出てきている。
なにせ主任審査員だと維持費が年23,000円(2018年時点)くらいかかるだろう。150人もいれば300数十万だ。それがゼロになるのは大きい。

おっと、ということでCEARやIRCAに登録していれば判定委員会にかけられるだろうし、軽微なことでも次回更新時に顛末書の提出くらいは求められるだろう。とはいえ更新不可ということでもないだろうな。
それに審査員登録していない認証機関なら、審査員登録機関は関わりない」


*疑問なこと
運転免許は違反をして処分を受ける前に免許を返納することはできない、事務処理上のタイムラグで返納された場合は、再度の免許申請時に点数の記録から取得できない(道路交通法第104条の4、第90条)。
審査員の場合はどうかというと、実は私は現在の審査員登録機関であるJRCAの規則を知らない。このお話の時代のCEARの規則では苦情を受ける前に返納すれば受理され、再度申請したときは過去の行状は参照されないようだ(cf.AE1100 環境マネジメントシステム審査員の資格基準)。

磯原 「今回の審査員はCEAR登録でしたから、CEARに苦情を申し立てることは意味があると言えますね」

ジキルQA橋野取締役 「なくはないだろう。だが資格停止とか取り消しはないだろうね。トラブルの相手側と示談していれば問題なしとみなすかもしれない。苦情申し立ては誰でもできるが、当事者でなければ真剣に受け取ってくれるかどうか?
それほど意味はないだろうね」

山内 「まあ、品質環境センターもこれだけの問題を起こしたのだから、契約審査員なら契約解除くらいしないものだろうか?」

ジキルQA橋野取締役 「その認証機関で審査員の余裕があればそうするかもしれないが、人手不足なら何もしないかもしれない。これに懲りて二度としないと期待してるかもしれないし」

磯原 「先ほど橋野さんがおっしゃった、経営者にタメ口をきいたとか、若手を小僧と呼んだというようなものは処分対象にならないのですか?」

ジキルQA橋野取締役 「ウチでは特段処分はないね。他の認証機関はそれぞれだろうけど、なにもせんかもしれないね。
それに審査員が冗談を言ったのかどうか、一方の話だけでは分からない」

磯原 「審査で間違えた判断をした場合、例えば合法/違法の判断ミスなどはどういう扱いになりますか?」

ジキルQA橋野取締役 「ウチでは判断ミスはある程度許容している。もちろん間違いは正さなくてはならないが……
そしてISO審査とはマネジメントシステムだから、違法のチェックは本質ではない。というか、審査で違法だというな不適合を出しちゃいかんだろう」

磯原 「御社ではありませんが、審査で違法と判断されて指摘されたものが、官庁に問い合わせたところ全く問題ないことが判明しましたので認証機関に審査報告書の書き換えを要求しましたが、不適合の取り消しをしませんでしたね。翌年の審査で是正をフォローしないという返事だけでした。呆れましたよ。
民事訴訟を起こしたいところです」

ジキルQA橋野取締役 「それは先ほど言った審査で違法を不適合としたためのトラブルだな。その場合は、違法と断定し不適合と判断したことが間違いだろうね。せいぜい行政に確認していないことを、不適合にするべきだろう。
ともかく認証機関というか審査員はそれほど法律に詳しくない」

磯原 「今申しましたケースで、仮に民事訴訟を起こせばどうなりますかね?」

ジキルQA橋野取締役 「まず認証機関と審査員に身を引き締めさせる効果はあると思うよ。それは悪いことではない。
だがそもそもISO認証なんてそんな権威あるものでもないし、信頼できるものでもないさ。お金をかけて裁判するのが間違いだろう」

磯原 「じゃあ、企業は泣き寝入りですか?」

ジキルQA橋野取締役 「良い認証機関を選ばないとダメだということだ。勝訴して報告書を書き直しさせても、審査を受けた企業のダメージ、ロスタイム、ロスコストは大きい。認証機関は『ISO審査は遵法を確認するものではない』なんて他人事のように公告するくらいだろう。ダメージはかわすさ。
認証機関を変えることをそんなに大げさにとらえずに、下請けを転注するくらいの感覚で変えたらいいんだよ。そもそも認証機関なんてsubcontractorなんだから」

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山内 「大事なことが残っていた。
アルバイトに環境方針を伝達することは必須なのだろうか?」

ジキルQA橋野取締役 「規格では伝達することとなっていて例外はないから、伝達はしないといけない。
とはいえ1990年代初めのISO9001の審査の時から言われていることだが、方針とは何ぞやということが問題だ。

それはもちろん文書化されたものでなければならないが、単独のものでなければならないわけではない。
日本では、規格の文章そのままで、活動テーマだけ自社に合わせた方針がほとんどなのが現実だ。

だけど視野を広く見れば、そういうものばかりではない。例えば外資系企業では外国の本社の決めたものを和訳したものが多いが、そういうものを見ればA4で数ページとか、会社の発祥から書き始めている古事記のようなものもある。環境だけでなく品質や安全やセキュリティなどと一体というのも多い。

あるいはまた会社によってはひとつのものでなく、複数の文書で構成しているものもある。初代社長の書いたもの、現社長の方針、推進する計画書を合わせたものなど、まあいろいろだ。
それと方針というものは環境や品質だけではない。知的財産、安全衛生、防災、どれもが等しく大事な考えの基本であるはずだ。

ということを踏まえて、方針を伝達するというのは、その会社の方針のどこからどこまでかということは、考えなければならない。というのは方針というものは、全社の全従業員を対象としているから、方針のすべてが全従業員に関わるわけではない。一人の従業員から見れば、方針で自分が関わる部分は非常に小さいだろう。

だからパートタイマーとかアルバイトに、方針の一から十まで教え理解させる必要がないのは当たり前だ。言い換えると、その人が関わる業務と安全や衛生に関わることは教えなければならない。
そしてアルバイトと言っても、定常的にある程度の期間、例えば三カ月とか働く人と、忙しい数日来てもらった人とは違うのは当たり前だ。

1年も働いているアルバイトなら、お店の売上目標とか不具合の改善などについて意識と活動を共有してもらうのは当然だろう。今日だけのアルバイトなら、提供する製品サービスの要点、安全・衛生などを教えることで方針の伝達は満たされると思うね。少なくとも私はそう考えて審査している」

山内 「その子たちはイベントのお土産の袋詰めに三日間雇われたそうだ」

ジキルQA橋野取締役 「なら現品間違いのないこと、員数間違いのないこと、もらった人が気を悪くするような汚れ壊れがないようにしろと言えば良いんじゃないか」

山内 「それは方針の伝達ではなく、作業指導ではないのか?」

ジキルQA橋野取締役 「方針の中身を細分化し即物的に展開すれば、作業指導そのものだと思うよ。
言い換えれば、個々の作業……モノ作りとかサービス提供の心構えとか方法を抽象化した概念が方針じゃないのかな?

概念なんていうとワケワカランが英語ならコンセプト、平たく言えば『何ものかはどうあるべきか、どのようにするべきか』ということだ。コンセプト・概念・方針の対義語はreality、fact、factuality、actuality、いずれも現実つまり実際にすべきこと、作業手順や基準のことになる」

山内 「なるほど、ただ読むだけでなく、単語一つ一つの語義をよく考えるのか……それもJIS訳でなく英語原文で考える」

ジキルQA橋野取締役 「ISO規格は英語で作られる。だからそれを翻訳した日本語を、国語辞典で調べることに意味はない。
policyは日本語の方針ではない。それは「反復して発生する意思決定に際して参照される判断基準である」と半世紀以上前にルイス・アレクサンダー・アレンが語っている(注1)。ウイキペディアでも「意思決定に際して参照するガイドライン」とあったな。
仕事のレベルが高ければpolicyとなり、低ければprocedureと呼ぶのではなかろうか。アルバイトでも自分に関わるprocedureを知ることな必要だ(注2.注3)」


注1:「管理と組織」ルイス・A・アレン、ダイヤモンド社、1960,p.50)

注2:procedureはJIS規格では手順と訳される。手順は「活動又はプロセスを実行するために規定された方法」と定義されている(ISO9000)。
その意味で方針を伝達するのはマネジャーまででも良いように思う。欧米では労働者階級はあまり経営などに関心がないから、方針に注目させたかったのだろうか?
日本のようにパートにもアルバイトにも改善とか目標管理をする社会では、既に「方針の伝達」はされているといって良いのではなかろうか?

注3:短期間のテンポラリーなアルバイト/応援者、あるいは作業者が文字を読めない場合においては、作業者がprocedureを見るのではなく、監督者がそれを基に口頭で作業を指示することになる。その場合は、監督者の命令を遵守することで手順は担保されるだろう。


*****

帰りの電車の中で磯原は考える。
いろいろなことが頭に浮かび、考えはまとまらない。

そんなことを考えなければ認証機関は使わなければ良いのか。
ということは審査員そして認証機関のレベルが低いからなのか
そういうところにISO審査を依頼すること自体ありえないのか?
そもそも認証は必要なりや?


その脇で山内は考える。 磯原はその生い立ちからも経験からもISOと無縁なのだが、なぜか本質を理解している。
先日、品質環境センターの取締役と三木審査員が来たときに磯原が話したことは、今日 橋野取締役が語ったことと同じだ。磯原と橋野の見解が一致していて、品質環境センターの鈴木取締役が違うのは鈴木取締役が悟りきっていないからだろう。

ISO認証が必要なのか不要なのか、山内は知らない。だが考えるよりも実験屋であった山内には解法が見えている。
橋野はだいぶ自信があるようだ。ならば社内の事業所ひとつかふたつ、ジキルQAに鞍替えして審査させてみよう。それで成果が出るならISO認証の効果があるわけで、大して違いがないなら認証の効用はそれまでということになる。
もしジキルQAの方が品質環境センターよりも効果があるとしても、それで終わりではない。
ジキルの審査費用の方が高いと聞くから、品質環境センターと費用対効果と比較してメリットがあるなら鞍替え、費用対効果がでなければ認証を止めるというのが正解だろう。


認証機関によるコストパフォーマンスの比較

ジキルQAの
費用対効果
品質環境
センターの
費用対効果

ジキルが品質環境センターよりも良い審査をしようとも、審査1日の料金が2割高くて1割良いなら、コストパフォーマンスは悪化するわけだ。
それからQCDというように、Dつまりデリバリーもある。日程が自由にならないとかいうだけで、価値は下がる。
物事の良しあしはそう簡単には決められない。



うそ800  本日の省略

先日、外資社員様からお便りをいただいた中に、次のようなことが書いてあった。
「日本の刑事ドラマは加害者の心情を重視し、事件後もフォローするが、アメリカの刑事ドラマは犯人を捕らえれば終わり。犯人の心情もその後も関係ない」

それを読んで、おおそうなのかと目からウロコでした。
確かにアメリカの刑事ドラマでは「俺に気持ちをわかってくれ」なんて犯人が叫ぶシーンはないし、そばでそれを聞いて可哀そうにと同情する刑事もいない。太陽にほえろでは、捕まった人が出所してからの更生まで心配していた。

アメリカの刑事ドラマのように、主人公のルート一筋で行こうと決めました。周りの人は大道具と同じ、それからの武蔵もないし、スピンオフのお話もなしで行こう。
理由は書けば書くほど膨大になってしまうから。

というわけで大柴さんはもう登場しないでしょう。ひょっとして品質環境センターも登場しないかもしれない。上西? はて誰だっけ?
アメリアには狂言回しででも出てほしいというか出したい。



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