ISO第3世代 147.研究会1

24.02.21

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

*****

2021年4月になった。
環境管理課のメンバーに少々出入りがあったが、仕事は順調である。だが磯原は心の中で、これでは人を減らさなければと思う。
こぶし
どうしたものか
自分は課長ではないが、管理している者としては費用のことが頭から離れない。管理職とはつまるところ人件費管理なのだ。

人を減らすか、仕事を増やすか。だが仕事を増やすなら長期的な環境管理課のあるべき姿を考えないといけない。今のところ上がどう考えているのか分からないし、自分も明確なビジョンを描けていない。

ある朝のこと、余部さんから転送されてきたメールを開く。余部さんは田中さんの後任として、環境管理課宛のメールをチェックする仕事もしているのだ。
なになに……


磯原課長代行宛
2021/04/XX 余部

このような依頼が入っております。処置の判断を願います。
拒否ならその旨ご返事ください。あとの処理はこちらで行います。




2021.04.XX
スラッシュ電機(株) 環境担当部門 御中


私はISO14001研究会の幹事をしております西山と申します。
ISO14001研究会とは○○大学の川田研究室とそこに関わりのある企業人が集まり、EMS認証制度を考えているグループです。過去には○○経営学会で発表したこともあります。
さて、貴社発行の「スラッシュ電機技報4月号」の『ISO認証の問題についての考察』を読んだ者から情報提供があり、研究会メンバーが拝読しました。
非常に多岐に渡りまた実例を踏まえた考察も多々ありまして、研究会メンバーは非常に価値あるものと考えております。
つきましては弊ISO14001研究会にご出席いただき、講演をお願いたしたくご検討のほどお願いいたします。

なお、ISO14001研究会を若干説明いたします。
川田研究室の川田教授が会長で、院生の他、一般企業や公務員などから構成されています。皆個人の立場で参加しております。講演も企業の公式見解でなく、講演者の個人的意見をお聞きしたいと思います。企業秘密に関することは話せないと断っていただければよろしいかと思います。

以下ダラダラと……




磯原は技報に載せたことは意味があったのだなと感じた。もっともISO14001研究会など聞いたことはなく、その影響力は分からない。
磯原はメモを追加して岡山に転送する。CCに山内のメアドを書く。



岡山さん、磯原です。
スラッシュ電機技報を読んだ社外の方から講演をしてほしいとの依頼がありました。
基本対応するということでよいと思う。
先方の希望内容を確認してほしい。それから一応広報部に問題ないのか確認を取ってほしい。場合によっては広報部がそれを社内報などに載せるために同行して撮影とかしたいかもしれない。広報の意見を聞いてください。
今週中に研究会に回答のこと


メールを送った瞬間に、磯原はそれを忘れて次のメールに頭を切り替えた。


*****

岡山は磯原から転送されてきたメールを読む。
幹事をしているという西山は○○物産にお勤めとある。肩書がないので役職についているのか・いないのか分からない。
ネットでご芳名をググると、過去の何かの展示会で切盛りしたことが掲載されていた。そこでは課長代理となっている。実質は分からない。
おっとお仕事は営業部とあるから、特段ISO14001と関わりがあるようには見えない。

次に川田教授とはどんな研究をしているのか検索した。研究室は「サステナビリティ学」とある。なんだ!サステナビリティ学って?
持続可能な開発でも考えるのだろうか?


注:最近サステナビリティ学というのをあちこちで見かける。実は私も内容を知らなかった。
ウイキペディアによると「地球温暖化や大量生産などによる地球規模の喫緊の問題を解決すべく、持続可能な地球社会へ向けて地球持続ビジョンを構築するための基礎として提唱されている超学的な学術」とある。学際的なものだ。
2005年頃に提唱され、2015年頃から大学院に研究科を置く大学が現れ、2020年代に学部にもサステナビリティ学科が登場した。とはいえ某大学のサステナビリティ学科のカリキュラムを見ると、10年前の環境マネジメント学科と内容は変わりない。

こんなことを言っては何だが、1990年代末に環境マネジメント学科が雨後の筍のごとく登場し、2010年頃に明かりをつけた時のゴキブリのようにササッと姿を消した。
まあ、元々の環境マネジメント学科が今まであった学科の看板を変えただけだから、また看板を架け替えたというだけのこと。サステナビリティ学科もその伝だろう。


川田先生は今までどんな論文を書いているのだろう。CINIIで検索すると「ESG投資のスキーム」「ESG投資と情報公開」「ESGの紹介文」とか海外のESGに関する論文の翻訳……このご仁ESG一筋できたようだ。だがESGって歴史は古いけど流行したのは21世紀になってから(注1)そして数年前の安倍政権が、ESG投資に力を入れたわけだけど掛け声だけで実際には大して進展はない(注2)

川田先生、ESGで食えなくなったから、これからはサステナビリティで生きながらえようとしたのかな?

サステナビリティとISO14001は強い関係があることになっているが(注1)その成果を見たことがない。だって温暖化一つとっても止まったという声を聴かない。そこまでいかずとも、認証企業は遵法状況が良くなったとか寡聞にして知らず。
えっ遵法ってなにが指標なんだ 知らんがな。
ESG投資とISO14001も無関係でもないだろうけど、同じカテゴリーとも思えない。


呼び名概要
ESG投資ESG投資とは利益ばかりでなく、環境(E)・社会(S)・企業統治(G)の3つの観点から投資先を選定して行う投資のこと。
CSR企業の社会的責任で、企業は儲けるだけでなく、従業員、消費者、投資者、環境などへの配慮、そして社会貢献までやらねばならないことがあるという考え。実際は過去より少しずつそれは認識され拡大されてきている。
サステナビリティサステナビリティとは自然環境や人間活動が長期にわたって持続していけること。
SDGs持続可能な開発目標(SDGs)とは、貧困、不平等・格差、気候変動など、世界的な問題を解決し、すべての人たちにより良い、そして持続可能な世界を作ろうという目標。それが実現可能かどうか誰も知らない。
ISO14001組織が環境法令を守り環境負荷を下げて持続可能な社会実現に寄与するために具備すべき要件を決めたもの。

注:皆に似たようなことを語っている。実際にダブったり方向が少し違うとか、これから整理していかないと無駄、ムラばかり生じそうだ。
まあ人目を引くために、ときどきモデルチェンジが必要なのかもしれない


となるとISO14001とサステナビリティとESG投資は遠い親戚だが、兄弟ではない。まあ、先生方も食うためには流行を追うしかないのだろう。岡山は自分が仮にドクターになり大学に残ったとして、それは会社員より険しい道だったなと思う。

あるいはISO認証を研究したい院生が大学院に残りたくて、関連のありそうな教授に引き取ってもらったというところかな。


*****

岡本は広報の広瀬課長に会う約束を取る。歩いて5分なら、電話とかメールのコミュニケーションより話し合うのが良い。

広瀬課長 「珍しいねえ〜、岡山君とはグリーン調達の検討以来じゃない(第140話)。
今度はどんな問題なの?」

岡山 「問題ということじゃありません。○○大学のISO14001研究会というところから、講演のお誘いを受けたのです。それでアドバイスを賜ろうと」

広瀬課長 「基本的に当社は、個人の立場の社外発表ならご自由にということよ。一応事前に5W1Hを書いて出すことにはなっている。報告様式はご存じでしょう。」

岡山 「先方の依頼は、私どもが技報に載せた論文を読んでのことなので、それを踏まえた討論なら会社の了解がいるかなと思いました」

広瀬課長 「あまり神経質にならなくても良いわよ。マネジメントシステムなんて、開発や新製品情報じゃないから。
それとそもそも社外への発表は、広報部マターではなく技術管理マターですよ」

岡山 「私が講演するのを、広報が立ち会って写真を撮るとかしませんか?」

広瀬課長 「冗談を言わないでよ。研究所の人たちは、学会とか大学で講演とか発表とか日常的にしているよ。そんなのいちいち写真を撮って広報していると思う?
現場の人だって監督士会とか小集団活動とか、頻繁に発表や講演とかしているわけで、追いきれないわ。岡本さんだって論文を書いて学会発表してもよいのよ」

岡山 「了解しました。じゃあ、広報誌に載るようなスタンディングオベーションをゲットしてきますよ」

広瀬課長 「期待してるわ」


*****

岡山が自席に戻ると山内からメールが来ていた。


社外発表は自己申告のときカウントされるからちゃんと記録を残しておけよ。
昇格できるかどうか危ないとき、ひょっとして上がれるかもしれんぞ。


岡山は、会社も社外講演とか論文で評価するのでは大学と同じだなと思う。
さてと、返事をしなければ。



ISO14001研究会 幹事 西山様

スラッシュ電機 製造技術本部 環境管理課 岡山です。
技報の『ISO認証の問題についての考察』の記事は私が中心になりまとめたもので、本文は50ページほどあり、技報は要約です。
講演のご依頼をいただきまして光栄です。
日時をご連絡いただければパワーポイントや配布資料などを用意いたします。

なお講演者ですが、私はコーデネイトしたのみでして、内容に事項に詳しいものとなりますと、環境管理課の課長である磯原が適任かと思います。

ただ、コロナ流行の時節柄 大勢が集まることは差しさわりがあるかと思います。Z○○mのようなウェブ会議方式とかがよろしいかと愚考いたします。


私の連絡先は下記の通り。
 所属      ***
 電話      ***
 Eメールアドレス ***



岡山はBCCに磯原を入れてメールを発信した。
オイオイ、課長代行に断らずメールを発信して良いのか?

  ・
  ・
  ・
  ・

あなたが予想した通りである。1時間後に岡山のメールを見た磯原は岡山を呼んだ。

磯原 「岡山さん、これは越権とかいう話ではなく常識としてまずいんじゃないですか」

岡山 「磯原さんは了解していただけると確信していましたのでメールを出しました。
そのつもりで磯原さんにBCCを出したつもりです」

磯原 「まず常識としてこういった行為は重大問題と認識してください。正確に言えば偽計という刑法の罪になります。
今回は口頭注意としますが、二度目は正式に訓告処分をします。よろしいですね」

岡山 「ハイ、承知しました」

  ・
  ・
  ・
  ・

岡山はそのままパントリーに行ってコーヒーを注ぎ、打ち合わせ場に座る。
それを見た柳田後を追ってコーヒーを持って岡山の向かい側に座る。

柳田 「岡山さん、あんたバカなの? 子供でも分かるでしょう」

湯気
紙コップ
湯気
紙コップ

岡山 「問題ないと思ったんですけどねえ〜」

柳田 「外の人に課長も了解しているなんて言ったら大変よ。
詐欺とかになるわよ」

岡山 「反省します」

柳田 「反省しなさい。私はチャランポランな行動をしているように見えるかもしれないけど、会社規則や法律はしっかり守っているの。
それと人事なんかに知られたら、今回は見逃すなんてないからね。一回目で訓告間違いなし、二回目は始末書かも」


*****

何があっても深刻に考えない いやめげない岡山はすぐに復活した。
ただ磯原が広報部にも言っておけとかいう意図は十分に理解した。ルールにはなくても、事前に根回ししておけば後で問題になることはない。
ましてや上長を軽視、無視ではいけないということは身に染みた。

数日後、西山から返事が来た。


スラッシュ電機 環境管理課 岡山様

ISO14001研究会の西山です。
早速のご返事、そして講演のご了解ありがとうございます。
岡山さんのウェブ会議というアドバイスを検討しまして採用することにしました。
こちらの会員の都合を聞きまして下記日程とします。

日付:4月○○日(金)
時間:15:00〜17:00
式次第
 会長挨拶・事務連絡 15:00〜15:10
 お宅様の講演時間  15:10〜15:50
 質疑応答      15:00〜17:00
終了

資料など
パワーポイントを直接画面表示するか、表示した前で講義する形とするかは講演者のお好みでお願いします。
資料は事前に電子データをいただければ、こちらで会員に転送します。
事前に読んでおきたい人もいるので2日前くらいを希望。

おって、
コロナ感染が収まって都合がつけば実際にお会いして反省会をいたしたく。

以上



岡山は先日の件があったので、さっそく磯原に報告と伺いに出た。

磯原 「分かりました。この時間にあの技報の記事を基にお話をするということでよろしいですね。パワーポイントは適当に作ります。先方に送る資料はパワーポイントそのものでよいでしょう。

ええと、このパソコンを直接Z○○mにつないでは支障があるでしょう。それでどうするか情報システムに聞いてください。たぶんですけど、あそこには会社のファイヤーウォールの外に外部といろいろやり取りするための回線とPCの部屋があるはずです。ここで大声で話しては周りに迷惑ですから

岡山 「なるほど、そういうルールもあるのですね」

岡山が知らないことは多いようだ。磯原は課長級ということでそういう情報があるのだろうか?
磯原が席を立ったとき、岡山は柳田にそんなことを話しかけた。

柳田 「岡山く〜ん、君は見えて見えず 知って知れず、ウォルター・デ・マリアじゃないの」

岡山 「はっ、意味不明です」

柳田 「半年くらい前のこと、情報システム部から通知があったでしょ。
柳田磯原山内
岡山
Zoomのイメージはこんなものでしょう
コロナ流行でテレビ会議などが増えることが予想される。セキュリティの関係と自席でのテレビ会議参加は声を出すことで周りに迷惑をかけることが予測される。その対応として情報システム部がテレビ会議用に小間に仕切った部屋と専用の回線と設備を用意したので、それを使って行うようにという通知よ」

岡山 「へえ〜、知りませんでした」

柳田 「知らなかったとは言わせないわ。その通知は全員にメールしたし、重要な通知だと思って皆から確認したという返信をもらっているの。
あなたからも見たという返事が来ているわ」

岡山 「はあ〜、ズボラしていると、そのうち始末書を書くようになりますね」

柳田 「まあこれは大問題じゃないけど、知りませんでしたと言わない方が良いわ。あなたの名誉のためよ。
思い出したけど、あなたの好きなISO規格の『認識』は、単に知っているとか気が付いているという意味じゃなく、『異常がないか常に周囲に注意を払うこと』だって田中さんが言ってたわね(第128話)。
上西二世になんてならないようにね」

岡山 「うっ、きついお言葉」


*****

磯原は岡山に思うところもあるが、成り行きだからしょうがないと講演(?)の準備を始める。
さて技報に載ったものが語っていることは多々あるが、メインはみっつだ。ひとつはISO審査の問題、ひとつはISO認証の効用、そして認証を今後どうするかということになる。
まあデメリットを語りメリットを語れば、次にどうするかとなるのは当たり前だ。ISO認証の場合デメリットはあるがメリットはなきに等しく、どう考えても認証返上が結論になってしまう。
その過程をマイルドに分かり易く語ればよいだろう。

残業も慣れだよ

研究会のメンバーは、院生と企業担当者そして行政の担当者もいるという話だ。院生を除けば審査の実態を知っている、そして現状の問題を知っていると理解してよいだろう。21世紀も20年が過ぎた今、ISO認証を理想と思っている人はいないだろう。
そういう意味では、認証を止める決定には、どんな抵抗が予想され、それをいかに乗り越えるかと、認証を止めることをいかに差しさわりなく行うかということがポイントだな。

むしろ相手が院生とか現役のISOの担当者なら、質問や異議がどんどん飛んでくるだろう。それを受けて打ち返せば2時間はすぐに経ってしまう。むしろ時間が足りないだろう。

そう思うと型に従って10ページも書けばすんでしまう。あとは論文を読んでもらえば良い。
技報に載った要約は既に社外に公報しているわけだが、その原文というか社内向けテキストは外に出せない。いくつか事例を紹介することは構わないが全文を見せるのはダメだ。

定時後3時間ほどかけるとほぼ骨はできた。各項目で質問を受けたとき引用すべき事例とか根拠をコメントに書き込んだものは向こうに出さず自分持ちとする。

とりあえずドラフトはできた。岡本にメールで送りコメントをもらうことにする。
今日はこれまでと時計を見ると8:50である。自部門では誰もいない。広いオフィスにはあちこち数人がまだ仕事をしている。
稲毛のマンションに着くと10時半か……



うそ800 本日の気づき

私は過去40年間社畜だったようだ。始業1時間前には自席についてパソコンを叩き、夜9時までは退社せず、土曜日は出勤日、日曜もたまに出社していた。
この文章を書いていて、現役時代何時頃帰宅していたか家内に聞くと、出張でないときは10時半くらいだったねという。
出張の時は羽田発最終のリムジンバスに乗り西船か船橋が終点で、そこから総武線で稲毛まで10分、元気があればマンションまで歩き、元気がない時はタクシーだった。1時頃到着だったと思う。それでも翌朝は1時間前には仕事していた。

●千葉行のリムジンバスは海岸沿いを走るので稲毛は通らない。

働きマンどころか、働きアリだ。
まあ高度成長期を支えたのだから恥じることはないが、自慢にもならない。

全然関係ない話ですが、本日はほぼ6,000文字、1年前このお話の初回に1回の文字数を6,000字を目指すと書きましたが、なかなか実現が難しく、完結が近くなってやっと目標が達せられそうです。


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注1
注2
注3
ISO14001の序文で「環境マネジメントのための体系的なアプローチは、次の事項によって、持続可能な開発に寄与することについて、長期的な成功を築き、選択肢を作り出すための情報を、トップマネジメントに提供することができる」とある。

文章は断定しているが、その証拠も説明もない。
持続可能は存在するという証明をまずしてほしいね。解がない問題を解こうとするのは甲斐がない。




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