ISO第3世代 150.研究会4

24.03.07

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

*****

講演というか討論会というべきか、○○大学の川田研究室から依頼されたものをこなして数日後、磯原宛に講演会を依頼してきた西山氏からメールが来た。


2021.04.XX
スラッシュ電機(株) 環境管理課
磯原課長殿


ISO14001研究会の幹事をしております西山です。
先日はお忙しいところ、ご講演ありがとうございました。

磯原課長のお話はリアルで強烈な印象を与えたようです。学部生や院生はISO審査の現実を聞いて驚いていました。世間で聞くISO認証はきれいごとですからね。
我々、社会人も形式的なシステム構築で、本音で取り組んでいる磯原課長の行動、発言にはついていけない人もいたようです。
ともかく通り一遍のお話でなくて大変感動いたしました。

さて、社会人メンバーから、もっと磯原さんに質問したいという声がありまして、もう一度テレビ会議をしていただけないかというお願いです。
希望者は、社会人ばかりで、今のところ私を含めて6名です。
院生や学部生には話しておりませんが、話を聞いて聴講だけでもしたいという者がいるかもしれません。それについて聴講可否の回答もいただければ幸いです。

希望ですが
日時は1か月以内、平日定時内で2時間程度
人数が少ないですから質疑応答というより、対談形式のほうが良いかと思います。

以上の件、諾否とできる場合は希望日時のご回答を○○日までにお願いします。




磯原はヤレヤレという感じだ。広報とかに話せば、企業イメージを上げるため使えるからぜひやれと言うだろう。とはいえそんなことをして、いかほど意味があるのか磯原は分からない。岡山に振ることも考えられるが、西山氏は磯原に対応してもらいたいだろう。

面倒くさいことは人に回すというテクを最近、磯原は覚えた。自分が参加するにしても、西山氏と交渉するのは岡山に任せよう。面倒くさいことを部下に任せるのは、上の者の特権である。
西山氏からのメールの冒頭に「開催日程を調整してほしい。先日は岡山さんは発言する機会がなかったから、今回は対談会というから岡山さんも出て発言してほしい」と追記して、岡山に転送する。
そう書けば丸投げではないだろうし、彼もやる気が出るだろう。

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その日の午後、磯原は坂本から声をかけられた。

坂本 「少し前に○○大学に講演に行くということでしたが、どうでしたか?」

磯原 「あっ、あのあと坂本さんにお話せずに申し訳ありません。始まりは坂本さんの力作からでしたからね。
実を言って講演といっても、今コロナが大流行でしょう、人を集めてというイベントができません。それでテレビ会議方式で行いました。

テレビ会議はネットにつながったパソコンがあればつながりますから、私は社内のテレビ会議装置のところ、聴講者も、大学・会社・自宅とかでしょう。スマホで見ていたら移動中でも見られたわけで、みんな場所はばらばらです」

坂本 「ほう〜、今はすごいんだねえ。おっと、それなら磯原さんも自分の席で参加したのですか?」

磯原 「いや、やはり自席で2時間もダラダラとお話をしては周りに迷惑をかけますし、業務用パソコンを外のインターネットにつなげると問題だそうで、情報システム部がイントラから切り離した回線で外と話せるように小部屋をたくさん作ったのですよ。今の時期は営業や技術的な話もテレビ会議が多いようで、そのために設置したそうです」

湯気
紙コップ
湯気
紙コップ

二人は通路わきの打合せ場に座る。
二人の姿を見た岡山がコーヒーを三つもって来てわきに座った。
磯原は後に伸ばすと面倒だと思い、西山への返事についてどうするか聞いてみる。

岡山 「売上げにもリクルートにも響かない気がします。断ったほうがよろしいですか?」

磯原 「いや乗りかかったなんとやらで、もう一回だけ付き合おうかという気がする。実は広報の広瀬課長から、岡本さんから大学での講演を広報誌に載せてほしいと言われたそうで、期待していると言われたよ」

岡山 「へえ、あの人全然価値がないような話でしたが。今5月か……CSR報告書の埋め草にでもストックしておくのかな?」

磯原 「広報に使うらしいから、テレビ会議の様子を写真撮っておいた方が良いし、引用することを先方にも断っておいた方がいい。実際には良い場面をキャプチャーすればいいのだろうけど」

岡山 「広報誌に載せるなら、私も討論に参加しても良いですか」

磯原 「もちろんです。そういう方向で向こうと調整してください」

岡山 「了解です」

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そんなことで二度目のテレビ会議は5月末にすることになった。
ちなみに昔というか2010年頃までは大手企業の環境報告書は、6月の株主総会に配るのを前提としていたから、発行も6月初めと決まっていた。
その後、株主総会の開催日程もバラケたし、前年度の環境実績や環境活動をまとめて6月初旬発行というのは納期的に苦しかったために、現在はどの会社でも従来よりひと月ふた月発行が遅くなっている。スラッシュ電機では7月半ば発行に変更した。
だからそれに載せるコンテンツの締め切りもその分遅れている。

磯原と岡山は、今回も前回と同じテレビ会議システムに入った。二人別々の小間である。
ISO研究会のメンバーは社会人が6名である。聴講者は院生、学部生など10数名という。西山は聴講者にも討論後は質問させるという話である。磯原にとってはどうでもいい。


清野西山大山中田

コロナ完全防止

ネットワーク川島
金子オフィスワーク
女性磯原女性岡山

西山 本日はスラッシュ電機さんにお願いをしまして、2回目の対談を設けてもらいました。今回は社会人6名の対談と終了後に聴講者を含めて質問を受けるとします。

清野 最初に質問させてください。ISO審査について、先日の磯原さんのお話では、企業側は何もせず待ちの姿勢で、質問されたことに答えれば良いということでした。まず知りたいことは、そういう姿勢というか態度で良いのかどうかです。

磯原 ええと清野さんのご質問に答えるには、審査とはどういうものかを考えなければなりません。
行政の立ち入りを考えると、いろいろあります。そういうのを考えてみましょう。消防の点検にきたとき、会社がいかに防災に気を使っているかを語ることは意味がない、というか余計なお世話です。
税務署でも税務署でも彼らは、調査の目的である知りたいことを質問し、また書類を調べます。立ち入り調査というのはそういうものです。

清野 行政はそうかもしれませんが、ISO審査は違うんじゃないですか?

磯原 うーん、ISO審査を決めたISO規格というとISO17021-1ですが、そこでは審査とは『マネジメントシステム規格の要求事項に対する文書の調査、パフォーマンスの監視、測定、報告及びレビューの確認、法的要求事項の順守の仕組みとパフォーマンスなどを調査して評価すること』とあり、そのために『審査員は審査プログラムを作らなければならない』とあります(ISO17021-1審査の項番の要旨)。
主体的に動くのは調査する側です。
自分が計画したことを調べるのですから、知りたいことを質問する、計画した文書と記録を見せてもらうというのは当然です。

私が審査員なら、企業が説明を始めたらそれを止めて、こちらが質問をするからそれに応えてほしいと言いますね。審査員が調査すべきことは多々ありますから、聞く予定のないことについてお話されても迷惑なだけです。
まあ、実を言えば、審査に関わらない新設備導入とか製品の売れ行きとか話を長引かせるのは、審査時間を短くする常套手段ではありますがね。

清野 先日の講演会の後、あの時のビデオを弊社のISO事務局に見せたんですよ。そうしたら磯原さんのようなスタンスでは、審査員の心証を悪くするだろうと言いました。

磯原 心証を悪くするという意味が分かりません。我々はビジネスをしているのです。認証機関が提供すると言っているサービスを購入するわけです。
家電品メーカーから製品を調達して販売するとしましょう。電安法で規制されていることは変えることができないでしょうけど、寸法でも色調でも客が欲しいように仕様変更してもらいます。対応しないなら他のメーカーをあたるだけです。そんなことでメーカーが心証を悪くすると言われても笑ってしまいます。

審査にはISO17021とかIAFの基準とか、国内ではJABの基準とかあります。それ以外のことは対応できるかできないかを確認して、対応するところからサービスを購入する、できないところからは買わないというだけです。そういったことはIAFのルールに反しません。
この論理を理解できないでは社会人をやっていけませんよ。

清野 まあ

磯原 清野さんのお話を聞くと、清野さんのスタンスは、なんかものすごく弱気、審査員にへりくだっている感じすね。
清野さんは認証機関が売っているサービスを、どのように理解しているのか教えてほしいですね。

清野 認証機関が提供するサービスですか? 認証という価値づけですかね?
認証を受けた企業は、社会から良いとみなされるという価値を売っているということでいかがですか?

磯原 なるほど、じゃあ認証はどうして価値があるとみなされるのでしょう?

清野 えっ、国際規格に適合したと証明されたとは、その基準を超えていることが保証されたからです

磯原 おっしゃことが正しいことであるには、いくつかの条件がありますね。
ISO14001が良い企業の必要十分条件であるのかということ、そして認証機関の適合証明は間違いないものであること、この二点が確実でなければ認証は意味がありません。

清野 前者つまり規格は必要十分であることは国際規格だから検証され保証されているとみなせるでしょう。後者については、認証機関は認定を受け審査員は試験を受けて審査員登録をしているから、認証の信頼は担保されたと言えませんか?

磯原 まず私はISO14001が必要十分であると説明とか証明されたものを、見たことがありません。規格改定があり、足りないからと新しいMSが作られている現状を見れば、悪いものではなさそうだけど、規格を満たせば良い企業と十分認められるなんてないとしか思えません。
それから後者についても審査のトラブルを経験した者としては信頼するに足らずと思います。

清野 私の考えていたことと全く異なるというか相反しますね。

磯原 実を言いまして私もまだISO第三者認証というものを理解していないのです。
以前は格付け会社と類似のものと思っていました。しかし責任の取り方はまったく違う。格付けを間違えた格付け会社は社会から叩かれます。とはいえ格付け会社は企業の信用を保証してはいません。対象の企業の信用とか債権の安全性に対する意見でしかありません。
しかしリーマンショックでもそうでうが、誤った格付けをした格付け会社は世間から叩かれました。まあ投資家から見れば当たり前ですよね。

さてISO認証機関は審査して規格適合と判断すると認証します。認証とは審査した結果、規格に適合していると認めたという見解の表明です。
現実には認証を受けた企業が違反した、運用がまずく事故を起こしたことは起きています。不思議なことに、世間は認証機関を叩きません。認証を受けた企業を叩きます。

この認証機関と格付け会社の違いを説明できますか?
世間というかマスコミも認証制度を理解していないのか、認証機関がうまく身をかわしたのか、認証とは元々意味のないことなのか。
私もまだ真相が分かりません。

清野はあっけという顔をして口をつぐんだ。

磯原 話がそれたというか、そういう世の中の一般的商取引の常識、類似制度との比較などをしないと、ISO認証制度が妥当なのか否か分かりません。

話を戻しましょう。私たちは欲しいものを購入します。好みに合わないなら買いません。ですからISO認証機関を選ぶ際に、相手が我々の望むサービスを提供するかを確認するのは当然です。

弊社の審査を受けるスタンスを変えたのは私です。しかし私の思い付きですぐに変えたわけではありません。私は当時、本社に来て初めてISO担当になったのですが、過去の審査の記録を見て形式的で意味がないと感じました。
それで他の認証機関を訪ねて判断を問い合わせたり、その認証機関に現在の問題を示し、その対策として審査方法を改善してもらわなければならないことを説明しました。
そういう前提の上で、認証機関に対してこういう方法で審査をしてほしい、それはISO17021に適合していること、それが審査する側とされる側、双方にとって有効で効率的であると説明して説得したのです。弊社のISO14001を認証している認証機関は、外資系1社、業界系1社、財団法人系1社の3社ですが、いずれも弊社の要請を了解しています。

清野 はぁ〜。そういう確認もされているのですか。正直言いまして、磯原さんは口だけではないのですね。

磯原 ハハハ、私はコンサルとか評論家じゃありませんから、実際に仕事をしていますよ。ISO審査でトラブルが起きればその対策をしないとなりません。
弊社の本社と支社のISO認証担当は、ここに参加している岡山さんです。弊社の工場や関連会社でISO14001を認証している事業所は100近いです。毎年、ISO審査でトラブルが起きます。工場と認証機関の間で話が付けば良いですが、妥当な落としどころで決着するのは珍しいですね。そういうときは本社にヘルプがきます。そうしますと、岡山さんが、おっとり刀で駆けつけるわけですよ。

西山 トラブルというと、どんな問題がありますか?

磯原 まずお断りしておきますが、不適合を出されたから、それをもみ消そうなんてのはありませんよ。良くいるんですよ、『不適合を出されたから言い逃れして、不適合を取り消してもらおうとしている』と聞こえよがしに言う審査員がね。
ISO規格も理解していない、半人前の審査員に言われたくはないですね。

ではどういうトラブルかとなると、あまり具体的には言えませんが、今時、工場の担当者だって規格要求でも法規制でも知らないわけはないです。
トラブルは大きく分けて三つになります。
ひとつ、不適合でないものを不適合にされたもの
ひとつ、確固たる根拠なく会社の仕組みを変えるように要請されたもの
ひとつ、審査員が無礼な態度をとったとか、パワハラ的な行為があるとき
そんなことでしょうか。

大山 二年ほど前になりますか、御社の審査で、審査員が暴力をふるったという事件が報道されましたね。

磯原 あまりあの事件は言わないでください。過去のことですから。
私どもに瑕疵はありませんが、我々が今も言っているとか認証機関に伝わると芳しくありません。

清野 大山さん、それってどういうこと?

大山 あっ、聞かなかったことにしてください。磯原さんのおっしゃる通りです。

磯原 最近は認証件数が減少したせいか、審査員が細かなことに拘ったり、規格要求の拡大解釈というものは少なくなりました。逆に不適合を見逃したりする事例もあります。明らかに要求事項を見逃したものについては、認証機関にしっかりした審査をするように苦情を入れています。

中田 えっ、それって不適合を出さなかったのは問題だと苦情を入れるということですか?

磯原 そうです。まともな審査ができなければ転注、つまり認証機関を替えると抗議したこともあります。

中田 はあ〜、それは……すごい。結果はどうなったのでしょうか?

磯原 先方の回答は、今後しっかり審査をするので次回に期待してほしいということでした。
ああ、それと弊社グループは審査で問題を起こした審査員はリストアップしております。
正直言いまして、すべての問題を認証機関に苦情を入れるわけにもいかず、工場もその場では反論しないうちに審査が終わってしまうものも多い。

それで弊社グループのルールとして、審査報告書と審査で発生した問題について本社報告してもらうことにしています。トラブルを起こした審査員のリストを作っております。認証機関は審査前に、審査員候補者の名簿を審査を受ける事業所に提出して可否を問いますので、その時点で過去に弊社グループでトラブルを起こしたことがある審査員や、規格の理解が不十分な審査員は拒否することになっております。
弊社グループのどこの事業所でも、一度でも問題を起こしたら、以降、弊社グループには派遣できないということです。

大山 へぇ!それって……、ウチでは提案された審査員を拒否したことはありませんよ。忌避できると言われても、後が怖いですから。

清野 弊社もそうですね。審査で問題を起こした審査員も拒否したことはありません。

中田 清野さん、問題を起こしたとはどういうことでしょうか?

清野 審査に役員が出たのですが、ため口を聞いたとかいうことで……

中田 そんなこと……と言って良いかどうか、ウチではそんなことしょっちゅうですよ。私のところでは立ち入り禁止区域に審査員が入って開発品のテスト状況を見ていきました。後で開発部門からとんでもなく叱られました。幸い情報漏洩はなかったようです。

岡山 そりゃ、冗談抜きに民事訴訟レベルでしょう。良く黙っていたものですね。

西山 私の勤め先では、審査前のミーティングで他社との比較を話されたのですが、そのとき他社の社名を語って事例を紹介したのです。
審査員がほかの会社に審査に行けば、ウチの会社のことも同様に語っているのかと、上の方がお怒りになりまして、苦情を言い次回から忌避したことがあります。

岡山 それもISO17021-1に反してますよ。私なら黙ってませんが、

中田 ウチじゃそういうの多々ありますねえ〜。苦情を言っていませんが。

岡山 そういう不適切なことはどんどん苦情をいって、審査員を淘汰というか、向上させなくてはならないでしょう。

清野 問題があったとして認証機関に話をせずに、その審査員をその後忌避することは妥当なことなのですか?
なにか卑怯というか道徳的に反するように思います。

磯原 道徳的とか言われると困りましたね(笑)。
企業や商品・サービスに不満を持っても直接訴えることなく黙って去ってしまう顧客を『サイレントカスタマー』と言います。グッドマンの法則でしたっけ。一般商品だけそういう法則が通じて、認証機関選びには適用できないってことはないでしょう。
私どもは、自社が調達する物でもサービスでも、品質や納期などに問題があれば自由に取引先を決定できると考えております。 それじゃいけませんか?

西山 私の勤め先で忌避したとき、わざわざ理由を述べたりしてませんよ。向こうから派遣する審査員の提案があり、何も言わずにお断りしただけです。理由を述べないと道徳に反するとは思いませんでした。

中田 そうですよね。忌避する理由を書くことはないよね。
一般の製品や事務用品を買っていて、問題があるから転注するとき、お前んとこの商品は何が悪いからもう買わないと、わざわざいう会社がありますか。黙って買うのを止めるだけです。

清野 私の知らないことって沢山あるのね。知ったかぶりして磯原さんに噛みついてごめんなさい。

岡山 清野さん、我々は毎日、磯原さんに噛みついてますから、気にしなさんな。

西山 アハハ、岡山さんの職場は楽しそうですね。

川島 清野さんの質問がまだ収束していないようですが、次の質問をしてよろしいでしょうか?

西山 あっ、済みません。磯原さんと話しているとQ&Aというよりも、そこから審査はどういうものか、いかにすべきかとどんどん深いところに行って興味深いです。

川島 そいじゃ私の質問です。ISO認証するためにシステム構築が必要と言われますが、これってどういう意味なんでしょう?

磯原 まず公務員である川島さんが、思い当たることはないと思いますよ。
民間企業ではISO認証しようとすると、旧来の会社の仕組みでは要求事項が欠落しているとか、それ以前に文書がない、記録がないということがままあります。当然コンサルの指導なり自分自身が考えて不足部分を補う活動をするわけです。それを上品にマネジメントシステム構築と呼んでいるわけです。

もちろんデミング賞レベルまでいかなくても、多くの企業は文書も記録もしっかりあるわけです。だから新たに何かを作るまでもなく、どの規格要求事項には自社のどの文書があたるのか、どの記録が該当するかを調べて、それを説明できるようにしておけば良いわけです。
そして川島さんは自治体の公務員ですから、まったく無用です。

川島 公務員は無用とはどういう……?

磯原 官公庁そして市町村などの自治体では、業務手順を明確に文書で定めています。誰が決裁するか、どの仕事はどのように進めるか、記録は、報告は、悪く言えばがんじがらめに仕組みができている。一般の会社とは比較にならないくらい文書もあり記録もあります。そういう仕組みは明治の御代からありました。
ですからISO認証するとなっても、何もせずに適合するでしょう。

そしてルールを変えろと言われても、地方自治法とかでがんじがらめでしょうから、できませんよ。
ISO規格とは何かを考えさせられる事例ですね。ISO規格が優先するのか、日本国の法律が優先するのか、審査員がまな板に乗ります。いや認証制度がまな板に乗るのか?

清野 ISO認証している自治体はたくさんありますよね?

磯原 2000年代半ばがピークで400件以上あったようですが、それ以降減少して2010年頃は200件くらいになった。今は微々たるものでしょう。20件くらいあるかな?
そして20世紀に認証したところはもれなく庁舎だけISO認証でしたね。

清野 庁舎だけのISOとは?

磯原 文字通りですよ。認証範囲は市役所の建物だけなのです。市の本務である行政サービス、つまり予算をどうするかということはノータッチでした。
単に建物の照明とか、建屋から出る廃棄物削減とかを目標に挙げて、市の廃棄物をどうするかということは対象外でした。


注:実を言えば2000年頃にISO14001認証した本社や非製造業などの多くは、建屋だけのISO認証だった。その後、それではまずいだろうと本業における環境活動を取り込むようになった。
例えば、銀行なら貸し出しに際して先方の事業が環境配慮しているかとか、本社なら支社や工場の環境管理を統括しているかなどである。

現在は建屋だけのものは減っただろうとは思う。正確に言えば、建屋だけのISO認証はカフェテリア認証じゃなかろうか?
カフェテリア認証とは、アジア某国で工場の中のカフェテリアだけISO9001認証をして、対外的には「○○工場 ISO9001認証」と称したことから言われるようになったという。


川島 磯原さんはよくご存じですね。私の市もそうだったのです。それで認証を返上しました。
自分は返上して市内の中小企業に認証を勧めるのもおかしな話ですが……
言い換えると自治体は認証する必要がないということですね?

磯原 当然です。そんなの当り前ですよ。
そもそも行政の制度は法律で決められています。だからシステム構築もなにもありません。ISO14001を認証している都市の目標とか環境側面などを見ると、アホかと思いますよ。
川島さんの勤務先はどうだったのか存じませんが、私の知っている自治体の活動は当たり前のことばかり。認証するのは時間もお金も無駄です。言い換えるとISO認証するまでもないのです。
だから市民が認証を止めろと議会を動かすべきです。客観的に言って自治体の認証は、住民に対する背任です。

川島 えええ〜、それは住民の利益に反しているということですか?

磯原 そうです。認証しなくてもやることは変わらない。認証機関にお金を払うだけもったいない。納税者とすれば市の浪費を許せません。
認証を辞退した自治体のアンケート調査があります。お読みになると良いですよ。


注:「ISO14001認証辞退に関する自治体アンケート調査」丸谷一耕ほか、長崎大学、2011


川島 まあ庁舎内のごみの分別とかは、認証しない時は徹底してませんでしたけど

磯原 ごみを出す人がごみの分別をしなければならないという決まりもありませんよ。市庁舎から出るごみを、どこかで分別する仕組みがあるならそれで良いのです。要するに費用対効果を考えて、無理のない無駄のない仕組みなら良い。

企業だってオフィスから出るごみを、オフィスの人たちが分別しても良いし、集めたところで分別する方が安ければそれでも良い。そもそもオフィスごみと言えば、紙類、まあ一般と機密に分かれるかもしれない。あとは文房具などの廃プラ、金属品くらいでしょう。空き缶やプラボトルは、自販機会社が回収するでしょう。
要するに当たり前のことを当たり前にしていれば、ISO認証なんて無駄そのものです。

清野 そう言うなら磯原さんのところは、ISO認証していないのですね?

磯原 もちろんです。過去10数年ISO14001を認証していましたが、やっと一昨年末に認証返上しましたよ。ヤレヤレと思いました。

岡山 認証返上は偉大なる成果でしたね。普通の会社なら前例に従い認証を続けたでしょうけど。

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川島 PDCAのループ あのう〜、PDCAというのがISO14001の売りですが、あれって意味があるのでしょうかね?
と言いますのは、私たちの仕事は昔からPDCAのサークルで動いているわけで、ISO認証すればPDCAが良く機能するとも思えません。

岡山 同感です。私は元々研究者になろうとして大学院で実験とかいろいろしましたが、すべてはPDCAですよ。いやいや、恋愛だって試験勉強だってスポーツの練習だって、すべてがPDCAじゃないですか。

西山 しかしISO14001が初めてPDCAの考えを取り込んだとか言われてますね。先輩であるISO9001はPDCAじゃないんでしょう?

岡山 それって誤解ですよ。ISO900の初版でも、項番の順序は違いますが、方針、目標、実施、監視、見直しというフィードバック機構は盛り込まれています。ISO14001は単にそれを、PDCAの順に並べただけです。

磯原 まあ改善計画を立てて実行するということは、1994年版のISO9001では明確ではなかったね。

岡山 そりゃ元々は品質保証の規格でしたから、1994年版まではそれを打ち出さなかったわけですよ。
規格を読めばシステムの改善も品質改善も書いてありますよ。

西山 なるほどなあ〜、規格をひたすら読んでも、そういう裏の裏は分かりませんね。
岡本さんはISOに関わって長いのでしょう。何年くらいになるのですか?

岡山 1年半くらいですかね。磯原さんだって3年くらいでしょう。私たちはそれ以前はISOなどと全く無縁でした。
まあ営業とか省エネなんて仕事に比べたら、ISO認証なんて簡単で片手間仕事ですからね。

川島 とはいえ、磯原さんも岡本さんもISO認証の専任なのでしょう?

磯原 アハハハ、ご冗談を。岡本さんはISOも担当ですが、工場と関連会社の環境関連の資格者の育成から環境業務の教育、公害防止とか廃棄物とかの意味ですよ。弊社ではISOの教育なんぞしてませんからね。

私はまず課長の仕事、それから元からの全社省エネの計画策定、実施とフォロー、省エネ報告関係、工場と関連会社にトラブルがあればすぐに飛び出す緊急事態要員でもあります。

川島 というとISOは本当に片手間ですか?

磯原 片手間というよりも何かあったときに対応するだけです。

西山 磯原さんの講演はまさしく事実だということですか?

磯原 作文するほど能がありませんから、あるがままのことをお話しただけです。
いろいろお話しましたが、ISO認証の価値、費用対効果をじっくり考えて今後を考えるのもよろしいでしょう。
さて、本日も流れ流れてとんでもないところに流れ着いたものの、皆さんのご希望にはこたえられなかったようです。

おしまいになぞなぞをひとつ出しましょう。
ISO14001ではスパイラルアップしなければならないと言われます。聞いたことありますよね?

皆うなずく。((川島 ((西山

磯原 ISO14001規格を読んでもISO14004を読んでも、スパイラルアップという言葉は出てこないのです。ご存じでしたか?

皆、首を横に振る。川島 西山

磯原 スパイラルとは蚊取り線香のように平面の渦です。ねじとかコルクの栓抜きのように、 蚊取り線香 縦方向にねじれているのは日本語では螺旋、英語ではヘリカルといいます。
ですから語義的にスパイラルアップというのは向上していくイメージになりません。そもそも英語でスパイラルアップという言葉はありません。
どうして日本ではスパイラルアップなんて言葉が現れたのでしょうかね?

川島 ISO規格にはスパイラルアップという言葉はありませんでしたか?

磯原 帰ったらじっくり規格を読んでください。ちなみにISOTC委員がスパイラルアップなんて語ったのを聞いたことがありません。キャッチフレーズとしてコンサルとか審査員が考えて流行らせたんじゃないかな?

そういえば、『紙ごみ電気』という熟語?を流行らせたのは審査員だったそうですね。余計なお世話ですよ。そんなキャッチフレーズを考えるよりも、ISO規格の正しい理解を広めてほしい。まあISO規格を理解をしてなら仕方がないですが。

清野 磯原大魔王は辛らつですね。

西山 いかに私たちが真剣にISO規格を読んでなかったかということですか……

磯原 まあ、お互いに頑張りましょう。自分の仕事に誇りをもって、そして自分の仕事に責任を持ちましょう。私の知る限り、雑誌に間違ったことを書いていた審査員やコンサルが、後に間違えていたと訂正したことなんて見たことも聞いたこともありません。間違いは誰にでもあるから謝罪は不要でしょうけど、訂正は義務で必須でしょう。


対談のメンバーは皆顔を下向けて黙っていた。
そのことにも気づかず、気づいても異議を唱えなかったわけだから。
ISO認証なんて単なる仕事であり、その場しのぎで今まで対応してきたのは間違いない。そこに誇りも責任感もないだろう。


西山 ええ、聴講者の皆さんから質問を頂きます。一人1問で10人限定です。

西山のモニターで発言を求める人の点灯がものすごい。



うそ800 本日の思い

世の中にISO事務局だと自称している人が多い。10年も前ならISOMS規格の専門誌アイソスにはISO事務局を証する人たちが集まってワイワイと議論したのがいつも掲載されていた。
私も見方によるとISO事務局なのだろう。1993年頃から引退するまで30年もの間、企業側にいて認証機関の対面をしていたのだから。

だけどISO事務局を自称する人と、肌が合いませんでした。私は認証というサービスを買うという立場であり、認証の品質に拘ったからでしょう。企業を良くすることなど望まず、ただISO規格を理解して、適合・不適合を判定してくれる認証機関・審査員を望んだのです。
でも世の中にそんな原理原則の審査をする審査員も認証機関もめったにありませんでした。私は30年間もフラストレーションを溜めておりました。それで同業者と楽しく語り合う気にはなりませんでした。なぜかと言えば、私はISO事務局など不要だと考えており、事務局であることに誇りなど持てなかったからです。ISO事務局を誇っている人は、無駄な仕事をしていることに誇りをもっていたのでしょうか?

なんと本日も1万字を突破して1万2千字
少しもうれしくありません😔


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