ISO第3世代 152.認証の昨日

24.03.14

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

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2021年6月になった。コロナ感染者数・死者数が多かった1月から2月は第3波と呼ばれたが、第5波と呼ばれる7月初めからの大流行までの期間は凪であった。
コロナウイルス 不思議なことに第4波という言葉はあるが、その時期に山は見当たらない!(注1) 当時の報道を見ると北海道や大阪で5月に少し山があるが、それを(注2)第4波と称したのだろうか?
第4波はともかく、第3波とか第5波と呼ばれた時期は大騒ぎであったが、それだってその後の第7波、第8波に比べればはるかに小さく小波かさざ波としか言いようがない(注3)流行が進むにつれて感染者・死者共にグラフの山の高さはとんでもなく大きくなった。

おっと、このお話はコロナ流行期のちょっとした凪のときのこと。


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磯原と山内が小会議室で話している。

山内 「コロナ流行もだいぶ落ち着いたようだ。このまま終息してくれればよいが」

磯原 「お言葉ですが、広報発表によると今月末か来月には次の流行の山が来るそうですよ」

山内はため息をつく。

山内 「コロナはともかく、ISO認証の件は大体片がついたようだな」

磯原 「はい、まず工場と関連会社の認証については、環境担当役員名で本社としては認証についてはタッチしないこと、事業本部に認証の決定をお任せすると、スラッシュ電機グループ内に公文を出しました。
社内と取引先に対しては認証返上の経過を説明し、認証の有無と関係なく今までと変わらぬ環境管理を行うことと、遵法と汚染の状況を数字で説明した資料を送付しております。

既に認証返上しました本社・支社については、カタログ掲載や表示板などから認証についての記載をすべて取り除きました。名刺についても認証の有効期間でISO認証のロゴのある名刺の廃棄を通知し、後に実施の確認しております。
社内に対しては、認証返上に至るまでの経過を報告会を開き説明しており、特段この件については異議も苦情もありません。返上が遅すぎたという声は頂きました」

山内 「よくやった。わしが環境担当役員の下で環境担当になって5年になる。やっと着任当時の目標の一つが達成できた。磯原のおかげだ。
何事も始めるより、終わらせるほうが困難だからなあ〜。そして始めた人は褒められても、幕を引いた人は報奨どころか記憶にも残らない。
まあ、認証を頑張った人たちも苦労はあっただろう。どちらも仕事だ、しょうがない」

磯原 「1997年ですかISO14001が登場したとき、当時の人たちはISO9001で出遅れた苦い思いがあったのでしょう。それで他社に遅れるなと認証競争を始めたというところでしょう」

山内 「ISO9001で出遅れたとは?」

磯原 「山内さんはご存じありませんでしたか?
EUが発足したのは1993年でしたっけ? そのときEU域内なら人も物も自由に行き来できるとなったのですが、欧州内にも工業国あり農業国ありでドイツなどはイベリア半島から安い産品が入るのを嫌って、ISO9001の認証のあるものだけ流通できるとしたわけです。
当然その規制は域外からの産品にも適用されました。

当時日本は品質世界一なんて驕っていまして、1987年にISO9001が作られても認証しようとしたところはありませんでした。実際必要もなかったのでしょう。
ところが欧州統合までに認証しなければならないとなって泡を食ったわけです。落ち着いて考えれば、欧州域内の企業だって半年や1年で認証できませんよ。

ともかく日本は隣百姓的突貫作業で2年もかけずに欧州向けの輸出品を製造している事業所は認証してしまい、認証が一巡すると新規認証がガタッと落ちました。そもそもEUに輸出するために認証が必要な企業ってせいぜい2,000社でしょう。認証機関も審査員もそんなに必要なかったのですよ。

ところが仕事が減った認証機関やコンサルは仕事確保のために、ISO9001認証は良い会社の証だなんて詐欺的なことを言い出したもので、欧州どころか輸出に関係ないような企業も非製造業も認証に走り出したのです。
なんでも取引先から要求されて認証することを消極的認証と呼び、会社を良くするために認証するのを積極的認証と呼んだそうです。それが1995年か1996年頃だったらしいです。
このへんのことは、以前応援に来ていた千葉工場の佐久間さんから教えられました。

いずれにしても製造業であればISO9001認証していないのはまともな企業にあらずという雰囲気で、必要もないのに認証するようになりました。当時はISO9001認証していると立派とみなされたらしいです。

そしてISO14001が1996年末に制定され、1997年から正式に認証が開始されたとたん認証レースが始まったそうです。ISO9001で出遅れたところは、今度は負けまいとしたんですね。そんなISOブームがあって、20世紀はISO14001の認証件数は日本がダントツでした。
そのとき『少し待てよ』と考えた人がいなかったのですかね?」

山内 「それは当社だけでなくということか?」

磯原 「もちろんです。呆れたことにISO14001は、地方自治体とか学校とか病院とか、なんで認証するのと思うような業種でも認証していったのです」


👩‍💼🏢👫🏫💉🏥👩‍🌾🏤
市役所学校病院農協
ISO14001認証が必要なのか

山内 「わしはそういうこと何も知らんが、今磯原が言った、自治体、学校、病院とは既に法的に業務の手順を決めていないとまずい業種だな。そこにわざわざ手順を作り認証しろというのは、大きく外しているように思えるが」

磯原 「おっしゃる通りです。特に自治体なんてその最たるものでしょう。しかもですよ、認証範囲が庁舎のみとか建屋の管理だけというのがほとんどでした」

山内 「ええと……それはどういうことなのか?」

磯原 「市がISO14001の認証をしたと聞けば、何も知らない人は市全体がISO認証を受けると考えた人もいるかもしれません。そういうことはまずありません。 ごみ収集車

そこまでいかなくても市が認証を受けたと聞けば、市が行う行政サービス、つまり廃棄物収集とか処理、種々届出とか消防とか福祉事業などを想像するでしょう。教育を考えると、小中学校などの管理もあります。

もっとも重要なことは市議会で定める活動とその予算において、環境配慮するのだろうと思うでしょう。
しかもそういう仕事は範囲外だったのです」

山内 「というと?」

磯原 「20世紀に認証した非製造業のほとんどの認証範囲は、ビル管理だったのです」

山内 「ビル管理とはなんだね? 清掃会社とか?」

磯原 「ええとですね、ISO認証するときは、認証範囲を決めて審査を依頼します。範囲と言ってもいろいろな意味があります。
まず組織です、○○工場といっても構内外注会社を含めるとか、健保会館は除くとか、そういうことです。基本としてその組織のトップの命令権がある範囲でなければなりません。
次に物理的な場所ですね。研究所に駐在する部門と構外の倉庫を除くとかがあります。
それから事業があります。○○製品を除くとか、サービス工事は除くとか、そういうことです。
もちろん自分勝手に範囲を決めることはできず、除外できるものとできないものがあります」

山内 「なるほど、考えるといろいろあるものだ。で、ビル管理とは?」

磯原 「ほとんどの市が審査を依頼した範囲は、市役所の建屋で使用する電気や事務所から出る廃棄物とか、来客の駐車場とか庁舎の植栽とかそういうものに限定したのです」

山内 「すると市が執行するさまざまな工事とか施策は、認証外というわけか?」

磯原 「そうです。そういう一部だけ認証するのを、ISO9001のときカフェテリア認証と呼びました。その由来は1995年頃にインドの工場がカフェテリア、つまり従業員の食堂だけISO9001を認証し、対外的には○○工場はISO9001を認証しましたと宣伝したことに発すると言われます。

もちろんその後、そのようなことはいけないとなったわけですが、『○○市』でなく『○○市庁舎●●』という範囲で認証することはルール違反ではありません。それを口頭では『私の市ではISO認証してます』と言うことはあるでしょう。
企業でも同じく本社のヘッドクォーターズとしての業務でなく、本社ビルの管理で認証しているところは多いです。だんだんと本来業務を入れるようにと言われていますが、そうでないところもあります。


注:恥ずかしながら本社または本社所在地はヘッドクォターではなく、ヘッドクォターであることを初めて知った。
以前からなぜ「1/4」が本社なのか疑問に思っていた。ふと辞書を引こうと思い立った。
昔々街は道路で4つくらいに分けられていたという。そこから家のかたまりはクォターと呼ばれた。時代が下がると街が大きくなって街区(道路や川で囲まれた地域)は増えたが、一般名としてクォターズと呼ばれた。
そこから軍隊も建物のまとまりをクォターズと呼び、司令部のある地域をヘッドクォターズと呼んだ。それは場所だけでなく組織についても使われるようになり、企業でも使われるようになったとさ。


磯原 ご存じかもしれませんが、多くの非製造業のISO14001の担当部署は総務部門です。本来業務である経営企画とか統制である監査、コンプライアンス部門などを考えると、認証のとりまとめは社長室とか経営企画室でないとおかしいでしょう。しかしそういう会社は見たことありません。
当社の場合、ISO14001のとりまとめは環境担当役員ですが、開発とか業種拡大/変更までを含めるとしたら社長がとりまとめでないとおかしいですよね」

山内 「認証そのものの価値さえわけわからんのだから、そんなことまでして認証することもなかろうが。
もちろん、どう考えてもカフェテリアだけとか市庁舎だけ認証することに意義はなかろう」

磯原 「20世紀ではISO認証はプライズだったのです。いや認証業界が認証とは価値あるものと売り込んだのですよ。認証すれば会社が良くなるとか、儲かるといって」

山内 「認証ビジネスか……資格商法みたいなもんか?」

磯原 「ISO認証はズバリ資格商法です。認証したからといって、法的にもなんのメリットもないけど、なぜか価値があるように思われた。
おっと、誤解ないように。ISO9001もISO14001も、初めは第三者認証を目的としたものではありません。ISO9001は二者間の取引の際に品質保証協定を結ぶときの内容がいろいろあるから、その要求事項を標準化しようとしたわけです。ただそれを使って第三者認証というビジネス、お金儲けを考えた人たちがいたということです。

ISO14001も第1版にも現行バージョンでも序文で、この規格を使って会社の環境マネジメントシステムを改善するのも良し、自己宣言するのも良し、第三者認証に使っても良いと書いてあります。
まあ何事でもお金になる方法を考える人がいるということでしょう。形あるものでも、形のないサービスでも、何も提供しなくてもプライズだと思わせれば、金になるということです」

山内 「うーん、イメージがつかめないが」

磯原 「買う人がいるなら火星の土地でも小惑星の名前の権利でも、何でも金になるということです。買う人がいればですが。
最近ではIQ(知能)検査をインターネットでして、その結果を記したIQ証明書を売るというビジネスもあります(注4)それをありがたがる人もいるということでしょう。
そもそも自分のIQを知って何か効用があるのでしょうか?」

山内 「まさにバブルだな 。物の実態の価値ではなく、価値があると思えばなんでも市場で取引できると(注5)


価値の考え方は学者の数ほどあるらしい。

その考え方の例(腕時計の場合)
ブランド価値
(付加価値)
観念価値映画で主人公がしていた腕時計
感覚価値バンドがミスリル製(まさか)
アワーマークがダイヤモンド
製品力便宜価値ソーラー発電
電波時計
基本価値時刻を表示する

注:アワーマークとは時計文字盤の5分毎の印のこと


磯原 金の延べ棒 「究極的には金も同じですよ。金は価値があると思われているから資産と見なされていますが、用途がICの配線とか錆びない接点だけになったら、需要以上の在庫があれば価値は下がるだけです」

山内 「代表貨幣である金までバーチャルとなると、商品貨幣まで戻らねばならないか!
認証は免許でもなければ資格でもなく、為替と違い誰かに割り引いてもらうわけにもいかない、そもそも裏付けがないと……」

磯原 「仮に私たちが美男・美女認定制度ってのを作って、認定証発行を始めても罰は当たりません。客が来るかどうかだけが問題です」

山内 「その例えは一番分かりやすい。ISO14001は企業の見た目の評価と言えるか?
しかし元々は第三者認証というのはどういう意図で作られたのだろうか?」

磯原 「私も何分そんな昔から関わっていたわけではありませんので……
ただ千葉工場の佐久間さんから聞いたのは、欧州ではホワイトカラーの失業対策と言われていたそうです。

それと審査員ですが、日本ではたいそう高度な職とみられているようですが、イギリスでは高卒の仕事とみなされているそうです。そもそも必要な学歴は後期中等教育(17歳)修了となっています。日本ではそれを高卒以上としています。まあ審査員の9割以上は大卒でしょうね。マスターは相当いるでしょうし、ドクターだって数パーセントいるかもしれません」

山内 「ほう〜、高学歴だと余計なことまで考えてしまうのではないか。有益な環境側面とか、ハッハハ」

磯原 「日本では企業内失業者の救済手段として使ったのでしょうか?」

山内 「……日本では審査員ばかりでなく、社内失業者をISO認証に取り組ませたようだな」

磯原 「それは言いえていますね。正直言って私が会った社内外のISO事務局の人たちは、どこでも閑職にいたとか使えないと思われていた人がほとんどですね」

山内 「それにしちゃどの会社でも、これからは環境だ、環境には能のある人をとか言ってたんじゃないか?」

磯原 「そりゃ異動させて新しい仕事を命じるからには、君たちには期待してないから問題を起こさなければよいなんて言えませんよ。君たちに我が社の未来はかかっているというのは外交辞令、リップサービスでしょう」

山内 「ハハハ、だがそれにしても20年もの間、無駄を見逃していたわけだ。それはどうしてなのだろう?」

磯原 「単にプライオリティですよ。ISO認証に大金がかかっているわけじゃありません。一方バブル時代の負の遺産は膨大です。それを20年かけてなんとかしてきたじゃないですか。

聞いた話ですが、当社だって90年頃はお金が余って、何でもかんでも買いあさったというじゃないですか。先日、土壌汚染の土地をどうするかと相談されたのです。バブル時代に買った土地が、その後土壌汚染が分かってどうしよう……というのがいくつかあるそうですよ」

山内 目がお金 「当時は金に目がくらんだ役員も多かったからな。
ウチのコンペティターであったS社は、営業利益より株式投資と土地売買の利益の方が多かったという。それを聞いたある役員が、ウチも金があるから、それを投資や投機に使えとだいぶ動いていたそうだ」

磯原 「ほう〜、そういうことがあったのですか?」

山内 「当時の社長が、定款を良く読めと諫めたそうだ。
昔、松下幸之助が金儲けに突っ走ってはいけないと本に書いていた。周りの人も儲けて自分も儲けるなら良いが、自分一人勝ちはやがて商売の相手がいなくなるとあった。

おっと、そのS社だが、今の凋落を見れば製造業は愚直に製造業に励むべきだと分かる。我々はモノづくりという道を選んだのだから浮気をすることはない。
浮気をした結果が土壌汚染の負の遺産か、人間まっとうに生きないとだめだな。

おっと、話も浮気しちゃだめだ。
結局、バブル崩壊がいろいろなことに波及したのだろう。ひとつは改革しなければならないと思ったのだろうが、方法が分からない。それまではボトムアップの改善活動、小集団活動というものが日本産業界の基本姿勢だったが、それに限界を感じたのだろう。実際はバブルとそういうことは無縁だったはずだけど。
それでISO規格のマネジメントシステムという発想に、ころっと騙されたと言っては何だが洗脳されたのだろう。
本当は日本にだって古来からマネジメントシステムはあって、それはISO規格に勝るとも劣らなかったのだろう」

磯原 「日本的経営というものが21世紀に通用したかどうかは疑問ですが、ISO的な方法論は21世紀には通用しない気がします」

山内 「ほう、どうしてか?」

磯原 「要求事項を並べるというのは一つの方法ですから良いとして、その要求事項を満たしたならいかなる効果があるかを示さないと信頼に足りません」

山内 「そりゃそうだ、ISOMS規格も増殖して星の数ほどあるが、それを満たせば素晴らしいシステムになるという証明を見たことがない。そして規格要求を満たしても不具合があったときの補償もないとは」



うそ800 本日のタイトル

「○○の昨日・今日・明日」、あるいは「○○の過去・現在・未来」というタイトルの本や小説はあるあるです。今回はひとつことを三回に分けて書こうと思いましたので、「認証の昨日」としました。次は「認証の今日」となるのは当然です。
とはいえ果たして「認証の明日」までたどり着くのかまったく見当がつきません。
これは困ったゾ、


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注1
注2
注3
波の大きさを表す表現は決まっている。さざ波は小波より小さい
「風や波の強さを覚えよう」

注4
実を言って数日前、読売新聞のウェブサイトのトップに「日本人の平均IQは105 IQテストを受けて、あなたのIQがどのくらいか調べてみましょう!」なんて広告が表示された。
興味100%でテストを受けたら、試験結果を見るには1,990円払わないとならない。
バカバカしいと思ったが、よく考えるとこれはTOEICの方法と全く同じだ。違うのはTOEICなら会社の試験や就職の際履歴書に記載できるが、IQなど記載しても一顧だにされないという格差がある。
もし履歴書にIQを記載せよとあれば、このビジネスは大成功間違いなし。
と思って類似のウェブサイトがないかとググると賞状は出さないけど、ウェブ上で試験してIQの点数を示すところはいくつもあった。ただより安いものはない。1,990円出すことはない。
ちなみに私が無料のサイトで試験を受けたらIQ129であった。

注5
バブルとは、株、土地、建物、絵画、宝石など各種の資産価格が、投機目的で異常に上がり続け、その結果、それらの資産額が実態以上に膨らみ、大きな評価益が発生しているかのように見える状況のこと。




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