ISO第3世代 155.それから三月後

24.03.28

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

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2021年も秋になった。
コロナは依然として流行しているが感染者の発生は一様ではなく、数か月の間隔で第1波、第2波、第3波、第5波と感染者/死者発生に山谷があり、第5波の山も2021年9月には収まったようだ。
アクリル板の仕切り それでもオフィス、ロビー、レストラン、病院の受付、マンションのカウンターなど、いたるところにアクリルの仕切りがあり、道路を歩くときも電車でも会社でもマスクを手放さない暮らしは変わらない。
しかし経済活動はかなり流行以前に戻った気がする。
このまま収まってほしいというのが、全世界の願いだろう。


コロナが流行しようと、台風が来ようと、熱海で不法投棄による土砂崩れがあろうと、眞子様と小室さんが結婚しようと、企業は定例の行事を消化していく。


注:2021年の読売新聞の重大ニュースはもう半分も覚えていないでしょうね。
1.大谷翔平、メジャーのMVPに6.新型コロナ変異株が猛威
2.東京オリンピック開催7.岸田首相誕生
3.新型コロナワクチン接種8.将棋 藤井聡太さん竜王
4.眞子様、小室さん結婚9.松山英樹マスターズ優勝
5.静岡熱海で不法投棄による土石流10.東京オリンピック無観客で実行


10月1日秋の定例の異動が発表された。もちろん本人には3週間ほど前に内示をして確認を取っている。環境関連でも人数は少ないが異動があった。

山内は三鷹にある生産技術研究所に異動となった。異動先の所属は所長室とあるから、研究所長の相談相手にでもなるのだろうか? 年齢から言えば山内の方が研究所の所長より10歳くらい上だ。


磯原は正式に環境管理課長となった。課長代行を2年半務めたことになる。もっとも代行という職位があるわけでなく、おまえ課長の代行をしろと言われただけで、公式に権限があったわけでもなく職階給が付いたわけでもない。職印も日付印ももらっていない。
組織表を見たら、環境管理課長は生産技術部長が兼務になっていた。悪い冗談だ。ともかく宙ぶらりんの立場からなんとか地に足がついたわけだ。

磯原は42歳だから、先代課長である上西が課長になったのと同じ歳だ。しかし上西は修士で幹部候補生だった。普通の四大卒42歳が本社の課長になるのは、異例とまではいかないが極めて早い。仕事で磯原と関わりのあった者は納得したが、仕事で関係ない人からはどうして?と思われたのも事実だ。

所属に生産技術部長室兼務がとれていないのは、エネルギー管理企画推進者が山内から後任に代わっても継続して、その手足になれという意味だろう。
どこまで手伝うのか細かいことは、後任者の考え次第だろう。山内さんは生産技術部長を飛ばして自分が環境管理課を動かしていたが、後任者はどういう考えか、未知数である。あまり変なことを言わない人であることを祈るしかない。

そして職制表では環境管理課長の直属上長である生産技術部長も異動した。行先は関連会社の技術部長である。今までの仕事と関連がなく、大変だろうと周りは同情している。
新たな部長がどのような采配を振るのかも分からない。普通の人なら環境管理課を人任せにはしないだろう。となると山内さんの後任とどう調整するのか、折り合いがつかなくてぶつかるのか、心配だ。偉い人が衝突すると被害とばっちりを受けるのは下々である。


*****

山内と生産技術部長の後任が着任してここ数日、部下との話し合いをしていたが、磯原の順番が来た。
このとき後任者の田村は、山内が環境管理課を実質支配していたとは知らない。あくまでも本部長室兼務の磯原が、今までどんな仕事を兼務していたのかヒアリングするつもりだった。

田村さん山内さんの後任は田村さんといい、元大分工場の工場長だった方

田村さん 「そもそも私の仕事は何なのだ?」

磯原 「環境に関すること全般でしょうか」

田村さん 「省エネを見ると聞いてきたのだが」

磯原 「ええと大川専務はいくつもの担当役員をされています。サステナビリティ担当役員もそのひとつです。そしてサステナビリティといっても担当している範囲は極めて広いのです。
そのひとつがスラッシュ電機グループの省エネの責任者です。

省エネ法で当社グループ全体の省エネを、推進する体制を作れという決まりがあります。法律で決めるべきスラッシュ電機グループの責任者をエネルギー管理統括者と言いますが、当社では生産技術本部長の大川専務としております。

管理統括者は役員ですから、その実務を担う人、法律ではエネルギー管理企画推進者と言いますが、生産技術本部長室の従来は山内さん、これからは田村さんがそれを担うことになります。
どんな仕事かと言いますと、毎年度初めにスラッシュ電機グループの前年度の省エネ活動結果をとりまとめたものと、次年度の省エネ計画を策定して経産局に報告します。
毎月、省エネ計画の進捗をフォローし、異常や未達があれば原因究明をして是正を図ります。

もちろん山内さんにしても田村さんにしても、細かいこととか計画が未達だからと工場や関連会社に行って、原因究明とか改善策の検討協議までは手が届きません。
それで山内さんの手足として私がいるわけです」

田村さん 「話を聞いて安心した。すると私は君の報告を聞いて決裁すればよいということか?」

磯原 「省エネはそうなのですが、田中さんが見るのは省エネだけではありません」

田村さん 「省エネだけではないと?」

磯原 「さきほど言いかけましたが、サステナビリティ担当役員の仕事はたくさんあり、田村さんはその実務を担当されます」

田村さん 「いろいろな仕事というとどんな仕事があるのか? それらは環境管理課が担当しているのだろう?」

磯原 「ええと、まず環境のお仕事、環境管理課のお仕事について、ご理解いただかないとなりません。
環境管理課が担当していることとして、まず公害対策があります。21世紀の今、基本的に公害は出ないのですが、事故などで公害を出さないように常日頃管理することですね。

それから廃棄物の適正処理があります。廃棄物は工場だけでなく、この本社ビルからも支社、営業所、倉庫などからも出ます。その廃棄物を処理するのはそれぞれの事業所ですが、私どもが指導監督しております。

それから今は温暖化防止ということで、CO2を減らせというのが至上命題となっており、我々がCO2を出さないだけでなく、使用する電気も発電時にCO2を出しますので、電気もなるべく使わない、省エネが義務となっています。
これは先ほど申し上げた田村さんの計画を細かく細分して割り当てて具体的な計画に展開するわけですが、田村さんに報告する前の段階で定期的な進捗フォローと是正活動をしています。それが環境管理課の省エネ活動になります。 言い換えるとこれがしっかりしているなら、田村さんが心配する事態にはならないわけです」

田村さん 「なるほどなあ〜。工場でも省エネは耳にタコができるほど言われていた。
それらはすべて磯原君のところが担当しているのだろう?」

磯原 「今申しました工場省エネはそうです。しかし省エネはそれだけではありません。
ウチが製造販売している製品の省エネも法律で要求されています。これは各事業本部の担当になりまして、環境管理課はタッチしておりません。各事業本部は製品省エネの進捗状況を田村さんに報告しますので、それをサステナビリティ担当役員に報告するのは田村さんの職務になります」

田村さん 「オイオイ、ちょっと待てよ。そういったことは磯原君は関係ないのか?」

磯原 「ハイ、私個人は本部長室兼務という役目を頂いておりますが、製品省エネには今まで携わっておりません。また環境管理課はあくまでも工場やオフィスの省エネでして、製品省エネにはタッチしていません。
おっと省エネ法は輸送にも関わりますが、そちらはロジスティックス部が担当しております。それにも環境管理課はタッチしておりません。

ええと過去からのいきさつがあるのです。私の所属する部署名が環境管理課ですが、私がここに来た5年前は施設管理課という名称でした。先ほど申しましたように我々は工場やオフィスの、公害防止と廃棄物そして省エネだけが守備範囲です」

田村さん 「うーん、ともかく製品に関する環境対応の責任は各事業本部であり、それは私が把握しないとならないということだね。他には?」

磯原 「製品に関する環境規制は、従来は省エネとリサイクルでしたが、数年前から含有化学物質の規制も始まりました」

田村さん 「あれだな、欧州のROHsとかREACHというやつだな」

磯原 「そうです。既に対応は一段落しておりますが、今後も新たな規制があるでしょう。そのときは社内各事業本部を横断するようなプロジェクトを作るなど対応が必要かと思います」

田村さん 「職制表を見ると君は事業本部長室兼務となっている。そういうことは君がしてくれるわけか?」

磯原 「逃げるわけではありませんが、省エネ法で定める範囲が私の職務となっています。
そもそも私が本社に来ましたのは、そのエネルギー管理企画推進者の部下として全社というか当社グループの省エネを統括するということでした。私がエネルギー管理士の資格をもっていることもあったのでしょう」

田村さん 「化学物質規制とか製品省エネ、ええとそれから輸送の省エネは無関係というわけか?」

磯原 「その通りです。化学物質規制とか製品省エネは設計開発の機能そのものですから事業本部が行うということです。輸送も半分は包装設計で、半分は輸送方法の検討になります。

あのう、古い話になりますが、2014年頃それまであった環境部を解体したのです。それまでの環境部が管掌していたのは、公害対策、廃棄物対策、工場省エネ、製品省エネ、工場の化学物質規制、製品の化学物質規制、グリーン調達、環境広報つまり環境報告書やウチのウェブサイトの維持ですね、それからISO14001認証関係、そういった環境全般についてすべて担当していたわけです。

ご存じと思いますが、環境という分野は実はないのです。いろいろな分野で環境配慮をしなければならないということですね。環境対応が騒がれた1990年代中頃は環境対応をどうすべきかまだ分からなかったこともあり、全部ひっくるめて環境部というのを生産技術本部に設けたわけです。

しかし10数年が経ち、環境対応としてどんなことをしなければならないかが、はっきりしてきました。言いましたように科学においても会社の仕事でも、環境というカテゴリーはありません。製品省エネなら開発設計部門が行うことであり、工場省エネなら製造部門と施設管理部門がおこなうことなのです。

ともかく省エネでも化学物質規制でもグリーン調達でも本来担当すべき部門が明確になったこともあり、そういった業務をまとめて行うのではなく、本来担当すべき部門が過去からしていた仕事の中に織り込むべきと考えるようになったということです」

田村さん 「なるほど、説明を聞くと良く分かる。本来業務への内部化というやつだな」

磯原 「お断りしておきますが、そういう時代は私が来る前のことです。それで私がここに来たときは既に環境部は解体していました。私はそれを所与の条件として仕事をしてきたということです」

田村さん 「分かった、分かった。具体的にどんなふうに分けられたのかな?」

磯原 「製造業だけでなく非製造業の公害対策と廃棄物対策は環境管理課となりました」

田村さん 「非製造業からも廃棄物は出るだろうが、非製造業の公害対策とはなんだね?」

磯原 「公害といいますと、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、地盤沈下、騒音、振動、悪臭を典型七公害と言います。昔はそれで間に合っていたでしょうし、公害は工場から出るものと思われていたようです。 しかし工場からの公害発生はどんどんと減ってきましたが、新たな形の公害も増えてきています。

最近では太陽光パネルの反射光による光害が公害問題になっています。昨年は健保施設の太陽光パネルへの苦情が2件ありました。
騒音もあります。風力発電による騒音、超低周波の問題は大変です。大手町でしたっけ、オフィスビルに小さな風力発電を設置したら、騒音がひどく、周りから苦情が殺到して撤去した事例がありました。

また関連会社がバブル時代に購入した土地で土壌汚染が発覚して現状では売却不可で土壌汚染の浄化をしなければならないなどの問題もあります」

公害件数推移

大気汚染と言っても煙突からの煤塵ばかりではない。上図で20世紀末非常に増えたのはダイオキシン問題であった。また過去から光化学スモッグも多い。
ダイオキシン問題は自治体の廃棄物焼却炉の見直しなどによりほとんど解消されたが、それと別にそもそもダイオキシンは当初言われたような強い毒性物質ではないと判明した。
また光化学スモッグの原因として、工場から排出される揮発性有機化合物と言われていたが、最近は中国から流れてくるほうがはるかに大量で影響が大きいと言われる。
なお騒音も20世紀末から増えているが、建設工事、交通騒音、生活騒音の苦情が増えており、工場からの騒音は増えていない。


田村さん 「待てよ、先ほどの話では光害とか土壌汚染対策は、どこが担当と聞かなかったが、それはどうなの」

磯原 「明確に担当部門は決まっていませんが、生産技術部に土木建築課がありまして、土壌汚染や光害などがあると、発生した事業所がそこに相談して対応しているのが実態です。
そして実際の対応になると専門業者とか当たるしかなく、環境管理課にも声がかかってお手伝いをしています」

田村さん 「素人が試行錯誤しているということか」

磯原 「そう言われるとつらいところですが、現実にはそうです」

田村さん 「なかなか大変だな。工場省エネは環境管理課がフォローすると言ったが、実際の新設備とか工法の検討も環境管理課が行っているのか?」

磯原 「工場省エネは各事業本部の所管で、加工方法や生産方式などは生産技術研究所が研究をしています」

田村さん 「工場省エネは環境管理課がしていると先ほど言ったのではないか?」

磯原 「法で定められた計画策定とそのフォローそして行政報告は、エネルギー管理企画推進者、田村さんですが、その集計や進捗フォローは環境管理課ということです。
具体的な工場における省エネ対策の試行と導入は、研究所と工場が予算を取って行っています」

田村さん 「うーん、複雑怪奇」

磯原 「ええと続きまして、製品省エネ、工場の化学物質規制、製品の化学物質規制は各事業本部所管となりました。

グリーン調達は当たり前ですが本社資材部が担当です。
環境広報は広報部となり、今はCSR報告書となりましたが広報部が発行しています。良きにつけ悪しきにつけ、対外発表するとき、技術的な発言などある場合は田村さんに出席要請があります。

ISO14001認証は担当者も廃止してしまい、担当する部署が決まっておらず問題になりました。山内さんがそれを見て環境管理課でやれと指示されて、環境管理課が本社支社の認証と工場や関連会社の認証の指導をしていました。それも昨年原則として認証を止めると決めまして、順次認証を止めている状況です。

環境部解体に伴い、製品省エネや製品含有化学物質の担当だった人たちは、各事業本部に異動というか、元々各事業本部から環境部に来た人たちが古巣に戻ったわけです。グリーン調達担当者は資材に戻り、環境報告書を作っていた人たちは広報部に異動しました」

田村さん 「するとなんだ、環境についてまとめるとなると、私が各事業本部、資材部、広報部などと交渉して情報を集めなければならないということか」

磯原 「あっ、漏れておりました。環境監査というのもありました。環境監査は業務監査の一環として監査部が行っております。その実施にあたり、環境管理の専門家の派遣計画とか教育などは私どもが行っております」

田村さん 「いや〜良く分かったよ。非常に複雑で面倒くさいということだ、アハハハ
山内さんは一人でそれをしていたわけではないのだろう?」

磯原 「正直言いまして、各事業本部や本社部門と会議などをして方向付けをするのはしていましたが、手のかかる実務的なことはすべて環境管理課に投げていたというのが事実ですね」

田村さん 「すべてというのはどういう意味かね?」

磯原 「製品省エネとか広報とかグリーン調達なども環境管理課で把握して山内さんに報告していたということです」

田村さん 「なるほどなあ〜。なら、私もそうさせてもらおうか」

磯原 「実際にはいろいろと問題がありました」

田村さん 「聞かせてもらおう」

磯原 「山内さんは目的のためなら手段を選ばないという……いや悪い意味はありませんよ……という方でした。
そもそも環境管理課は山内さんの下にあるわけではないのですが……私一人は省エネ関係で兼務になっておりましたが、他のメンバーは職制上無関係です……そういう職制無視で環境管理課は生産技術部長の指揮下になく、課員全員が山内さんの部下のように動いていました。仕事の範囲も山内さんがしなければならないと判断したものすべてが対象でした。
それを素晴らしいことだと考えるか、間違っていると考えるか……」

田村さん 「生産技術部長は黙認か?」

磯原 「前任者はそうでしたね。山内さんも前生産技術部長も、組織論的にはでたらめです。

また職掌も逸脱はなはだしかったです。基本的に環境管理課は公害と廃棄物だけが職掌です。
しかしグリーン調達とか製品の化学物質規制などで問題が起きて、山内さん一人では対応できないとなると、環境管理課のメンバーを直接動かして対応していたというのがほんとのところです。環境管理課は本部長室すぐそばですから、直接来て担当者にあれをやれと言われれば断れません。

それによる問題は、工数の問題があります。以前は環境管理課に工場の環境管理の指導という名目で、ベテランの高齢者が2名ほどおりました。彼らは元々は現場監督者でしたから、トラブル対応など経験がありますので、化学物質混入とか問題が起きれば、トラブルの現場での指揮監督などは得意ですからまあ何とかなっていたということですかね。

これからの運営をどうするかとなると、新任の生産技術部長のお考え次第ということです。
職制通りでないと、例えば査定だって問題になるでしょうし、うまくいっているときは良いですが、重大なことであれば誰が責任を負うのかという問題になります。幸い今までは大きな金額とかリカバリーできないような事態になったことはありませんでしたが……
そうそう人事異動も山内さんが決めていましたね。今までは課長もいませんでしたので山内さんのワンマン経営だったといえるでしょう。
誤解なきよう、山内さんは悪人でもないし、有能な方ですから……」

田村さん 「山内さんのことは良く知っている。有能で善人だ。しかしそういう問題があったのか。
磯原君はなにかアイデアはあるか?」

磯原 「真正面からの回答なら、どんな件でも田村さんが相手の職制の長に公文で報連相を取ることでしょうね。
例えばグリーン調達となると資材部マターであることは明らかですが、どの部署の誰が担当なのか私も分かりません。そして担当者と言っても設問や評価を考える人もいれば、日々の業務において取引先調査を行い結果を評価している人もいます。

だからグリーン調達のことを知りたいと言っても、誰に聞けばよいのか私も分かりません。ですから資材部長宛に調査依頼を発信するしかないです」

田村さん 「山内さんはそうはしてなかったのだろう?」

磯原 「おっしゃる通りです。山内さんは私に対してグリーン調達の何々を調べて報告書にまとめろというわけです。すると実際はほとんど私自身が資材部に行って担当者を聞き歩き報告書をまとめていたわけです」

田村さん 「それは……まずいな」

磯原 「ですから職制を通すのが正式だと言いました。

他の方法としては田村さんの直属の部下をおいて、その人に調べものを頼むという方法です。
問題は人をもらうにも、今までなくて済んでいたのになぜ必要なのかを説明しなければなりません。
私も本部長室兼務ですが、省エネ法でエネルギー管理士の関与などを求めていますから必要なことです。
しかし省エネ法以外のことをしろと言われると、仕事の負荷のこともありますし、そもそも筋が違います。

もう一つの方法としては、環境管理課に以前のようにあと一人二人追加して、田村さんからの要請に応えることを職掌に盛り込むかですね。

ともかく田村さんと生産技術部長で打ち合わせていただくことが必要です。従来のやり方を踏襲するにしても、部長無視ではまずいです。
ご存知と思いますが今年4月以降、環境管理課の人員も減らしておりまして、今までのように本来の公害対策と廃棄物以外も取り扱うとなるとマンパワー不足になりますね」

田村さん 「なるほど、優等生的回答だな。
分かった、新任の生産技術部長と話をしてみるよ。
思うに環境部を解体したとき、環境に関わる仕事すべての行先をはっきりさせてなくて、零れ落ちたものがあるわけだ。山内さんは、その担当部署がないから自分が処理しようとして、環境管理課のメンバーを手足に使っていたのだろう。それをどうするかだな」

磯原 「田村さんと生産技術部長と一度お話してください。良い解決策があるかもしれません」


*****

数日後、新任の生産技術部長が、仕事の打ち合わせをしたいと磯原に声をかけてきた。

小林さん 「本部長室の田村さんから環境管理課の運営の問題を聞いたのだが、磯原君は田村さんと話はしているんだよね?」

磯原 「まず言い訳ですが、私が小林部長と話す前に田村さんと話すのはまずいと思われたかもしれません。職制表をご覧になったと思いますが、私は本部長室兼務でして、小林部長はもちろん直属上長ですが、田村さんも直属上長になります」

小林さん 「いやその件は気を悪くしたわけではないが……そうか君は兼務になっているのか。すると100%こちらの仕事をしているわけではないのだな」

磯原 「田村さんとの話の内容ですが、現状の問題点など問われましたので、お話しました。お聞きと思いますが、今までは私どもは生産技術部長の下で動いていたのではなく、山内さんの下で動いていまして、査定も人事も山内さんが取り仕切っていました。今までのやり方を引き継ぐのはまずいと思いましたので、田村さんと部長で方向を決めてほしいと伝えました」

小林さん 「話は分かった。疑問なんだけど、どうしてそんな風になったのだい?」

磯原 「私がここに来たのは5年前ですが、その時には生産技術部長無視どころか、課長も無視して山内さんが直接各担当者の指揮を執っていました。環境部解体してから仕事の担当とかがめちゃくちゃだったようで、山内さんが脇で見ていられなかったのではないかと思います。

実を言いまして、業界団体に直行直帰で業界団体の仕事をしていて、会社の仕事をまったくしていない方もいましたし、管理不十分だったと思います。
環境管理課で環境部解体のときからいるのは庶務の柳田さんだけです。いきさつは彼女が一番知っていると思います」

小林さん 「なるほど、確かに環境部解体後、工場への指導もなくなり問い合わせても返事がこないなど、苦情を聞かされた記憶がある」


*****

1週間後、田村さん、小林部長と3人で会議室で話し合いがあった。
余計なことであるが、田村氏と小林氏の上下関係はどうなのかという疑問があるかもしれない。
職制上では田村は役員のスタッフで小林はラインの部長で、部下の有無は違うが社内の地位は同格だ。
田村氏は工場長を役職定年で卒業したところだ。多分57歳くらいだろう。小林氏はラインの管理者だから、現役の工場長クラスである。50〜54歳くらいと思われる。
よって会社の中での序列はほぼ同じだが、年上の田村氏が目上というところだ。

小林さん 「磯原君、君と話した後、柳田 柳田さんからいろいろ聞いたよ。
聞けば環境管理課……当時は施設管理課だったか、そこは君が語ったどころではない、とんでもない混乱だったという。それで前任部長は山内さんが口をはさんだのをこれ幸いと、山内さんにお任せして逃げたというのが真相のようだ」

田村さん 「環境部の解体がまずかったのかな?」

小林さん 「環境部にあった本来は他職制の機能をあるべき部門に移したことは間違いではないですが、どこでも引き取らないものがあったということが問題ですね。
それを除いても環境管理課の職掌が多様すぎて課長も部長も管理しきれなかったのでしょう」

磯原 「そんなことを言ったら総務に笑われますよ。総務とは他の部門がしないことすべてをする部署ですからね。
要するに管理者がしっかり状況を把握していなかったことが問題じゃないですか」

田村さん 「職掌や権限はともかく、一応問題ないようにしていた山内さんなら、そう言うだろうな」

磯原 「ええと、問題を整理しますと、

このみっつでよろしいですか?」

田村さん 「よろしいのではないかな」

小林さん 「まず私の考えを言わせてもらうと、一番目の環境管理課の管理者は私であることは間違いない。これは話し合う必要のないアプリオリだ。
次に田村さんの手足だが、柳田さんに聞くと、実際には柳田さんも相当量の仕事を山内さんから頼まれていたらしい。それも庶務的な仕事でなく、各種の調査とか企画書作成とか担当者レベルのことだったらしい」

磯原 「それは存じませんでした。すみません」

小林さん 「いやいや、そもそも当時君が課長だったわけじゃあない。ともかく山内さんは、大変な仕事量があったということだ」

磯原 「確かに、山内さんはほとんど毎日残業してましたね」

田村さん 「聞けば聞くほど大変な仕事のようだ。私に部下をつけてもらうのが一番だろうか」

小林さん 「しかし田村さんに部下をつけることはできない」

磯原 「何か制約があるのですか?」

小林さん 「本部長室というのは本部長のスタッフであり、スタッフ個人で手に負えないことは本部長配下の各部門が指示を受けて動くというのがルールになっている。
参謀が自分自身の兵隊をもって戦争するはずがない」


注:参謀(staff・幕僚ともいう)とは、作戦や補給などの計画を立てて司令官を補佐する役割である。指揮権はない。
命令は司令官が発し、ラインである各指揮官が作戦を遂行する。


田村さん 「ということは私が生産技術部長に仕事を依頼すれば、環境管理課が動いてくれるということになるのかな?」

小林さん 「その考えで間違いありません。大川専務が直属の部下である私に命令することは至極当然ですし、山内さんも田村さんも、組織上大川専務と一体です。田村さんの命令は大川専務の命令です。

環境管理課の現状の職掌である『公害防止、廃棄物管理』に加えて、『他部門が所管しない環境に関わる事項』を追記する必要はありますね。どこがするのか不明なものは環境管理課でやってもらう。
しかしながら現実問題として環境管理課の人数は今年3月に2名削減している。柳田さんの話では、山内さんが在任中に増やした人員を去るときには元に戻したのだという。山内さんも義理堅い人だ」


注:正しくは参謀に命令権はない。だから参謀が作戦を命令しても司令官の署名がなければ部隊は動かない……はずであるが、実際の戦争でも参謀が出した作戦が行われた。
西郷隆盛流に責任は俺がとるから好きにやれという風土なのかどうなのか?


田村さん 「なら単純に2名増やして、元に戻すということは可能なのか?」

小林さん 「可能は可能ですが、4月に減らしたところですから、半年では朝令暮改で時期的にも短すぎます。それに今すぐ適任者が見つかるかどうか?
今、10月ですからとりあえず現状で進めて、何かプロジェクトなどが発生したら、それ対応で工場から応援を考えるということでいかがですか?」

磯原 「環境管理課はバリバリの第一線級が必要なわけではありません。高齢で工場で持て余しているような人でも、技能や知識のある経験者であれば使えます。当面現状体制で進み、何か起きたときには、工場からベテランを応援してもらうという柔軟な対応で良いと思います。

半年経てば状況が見えるでしょうから、必要な場合は1年後に手を打つということでいかがですか」

小林さん 「ああ、なるほど。問題が起きたらそういう対応を取って、様子を見て考えよう」

田村さん 「実際の調査や対策となれば問題対応の専門知識が必要になるだろうが、そこは大丈夫なのか?」

磯原 「保有している人員をいかに使うかは、課長である私にお任せください。仕事を達成するように采配します」

小林さん 「よし、じゃあこの問題は解決ですね」

田村さん 「それでいい。生産技術部長頼むよ」


うまくまとまったようです。しかし田村さんはいささか極楽とんぼのようで心配です。
私の上長にもいました。育ちが良いボンボンで、良い大学を出て頭は切れる、温厚で良い人なのですが、性善説で人を信じていました。
何事もなければ素晴らしい人生を送れたでしょうけど、悪い人に責任を転嫁されて、出世街道から外れてしまいました。何年も経って偶然にお会いしたことがありました。過去の不満など語ることなく、そのとき勤めていた会社の仕事を楽しんでいらっしゃいました。ああいう人は私のような俗人と違い聖人というか仙人というか、我々とは違うんだと感心しました。私の恩人のひとりです。



うそ800 本日は何を言いたいのかって?

どんな仕事でも職場でも、一定レベルの人なら対応できるということです。
「余人に代えがたい」なんてのは嘘というか社交辞令。あなたの仕事は他人にもできるし、他人の仕事はあなたにもできる。互換性ある部品のように、他人の引き継いでも100%の力を発揮できるのがプロというもの


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外資社員様からお便りを頂きました(24.03.28)
おばQさま
今回は、リアルで良いですね。 大会社の組織実態を経験しないと書けない内容です。

何が凄いと言えば
1)その組織を良く知っている有能な課長が存在
大会社の強みですね、その組織と規定に精通している課長など中間管理職がいて、上は次々変わろうが仕事は回る。
文末に「どんな仕事でも職場でも、一定レベルの人なら対応できるということです。」と書かれていましたが、それはしっかりとした中間管理職がいるから。

2)有能な事業部長
山内のような上位の管理職 これは、なかなかおりません。次に来た田村は普通の秀才 これが普通。
役員クラスになっても厳しく仕事をしている人は少ない。
ただ、前任者がやっていた仕事を回す無茶は改善しないといけない事は理解できた。
やっと組織としてはあるべき姿に近づいたが、それで環境行政のパフォーマンスは下がる。
結局 個人の能力に依存していたが、やっと組織として動き始めた。
日本の大企業の凋落が言われて久しいですが、結局 上の2つが無くなったからでしょうね。

特に1) 昔の大企業は、地方の高校や専門学校から一番優秀な人を取って、これが組織に根を張り組織付きの有能な課長になった。
しかしグローバル化が始まって、組織の変更が相次ぎ、組織に根付いた有能な課長が消滅。(組織がドンドン変わるから経験を積めない)
同時に、地方の有能な人材は、大学に行き、大企業が有能な人材を抱え込む事は困難に。
人材が大事とか言っても、給料が安いなら良い方に流れるのは当然ですから。

有能な事業部長クラスの消滅:
あくまで私の狭い体験からの偏見ですが、記事におかきのような状態で、新任の田村が前任の山内を攻撃しようと思えば、問題点は山ほどあり。
自分の業績よりも会社の業績を考える人は、山内のように組織を越えて仕事をする。
結局 会社の利益よりも問題点を突っつく偉い人がいれば山内のような人は辞めさせられるか閑職へ。
日本の伝統的大企業の多くが、こういうツマラナイ社内抗争で不祥事を起こし衰退してゆきました。

お書きの記事では、そういうツマラナイお偉いさんがいないのは何より。
でも、そのような問題点やリスクは、しっかりと書かれているのが素晴らしいと思いました。

外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
私もサラリーマンを45年しましたので、嫌な上司、嫌な同僚、使い物にならない部下、フルセットで体験しました。
あまりにもドロドロ書くと、もうバレバレですから、マージしたりパージしたりしております。嫌な人も多かったけど尊敬する人、今も恩を感じている人もたくさんいます。
とはいえ歳の順にどんどんと鬼籍に入っていますので、過ぎてしまえばすべては笑い話だなあ〜と想う最近です。
ISO審査とか認証機関の対応など10年前は怒り心頭でしたが、今となると馬鹿もいたなあ〜と想えるようになりました。
私も枯れてきたのでしょう。うそ800も最終コーナーでしょうか。


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