ISO第3世代 160.広報2

24.04.29

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

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広報発表10日前
広報部の会議室である。
広瀬課長が部下を集めて打ち合わせしている。

広瀬課長 「恒例となったCSR報告書発行だけど、今年は少し力を入れます。この二・三年投げ込みだけで説明会とかしてなかったけど、今年はバッチリやるからね」

大山君 「説明会ですか……マスコミに案内を出しても、来るでしょうかねえ〜?」

くみちゃん 「いまどき環境報告書とかCSR報告書っていっても、どこもマンネリですしね」

広瀬課長 「君たち消極的だなあ〜、顔を上げろ! 無駄に生きるな、俺についてこい!」

大山君
打合せ
「戦争映画の名セリフですか、気持ちは分かりますが」

広瀬課長 「私は今年のテーマは強烈で注目を集めると思っているのよ」

くみちゃん 「卒ISOでしたっけ? 脱ISOだっけか?
もう日本全国、ISOは終わっていると思いますけどね」

広瀬課長 「いやいや、もうISOは終わったと言った会社はどこにもないと思う。
私たちがトップを切るのよ」

大山君 「部で決めたことですから、やりますよ。
ええと説明会でしたね?」

広瀬課長 「まず投げ込みだけど、業界の会館にあるマスコミのポストへの投げ込み、あっちゃんに頼むわね」

あっちゃん 「はい、それと業界の会員各社ですね。ええと、それから今までなにかしら関係のあった大学、それからウチが広告を出している雑誌社と……」

広瀬課長 「あっちゃん、部屋の確保は間違いないね?」

あっちゃん 「はい、ロビー階の第4会議室を確保しています。とりあえず椅子は50人分並べて、他に20くらい用意してもらいます」

広瀬課長 「くみちゃん、配布資料は何部用意した?」

くみちゃん 「100部用意しています。でも何人来ますかね? せめて10人くらいは来てほしいですけど」

広瀬課長 「悲しいこと言わさんな。投げ込みだけじゃなく、使っている広告代理店にも声をかける、共同研究している大学には必ず人を出すように言っておいて、義理でも出てもらわないと。
最悪に備えて関係部署にサクラを頼んで。30人くらい用意してちょうだい。
総務のキヨちゃんと環境のユミちゃんに人集めを頼んでもいいし……」

くみちゃん 「ハイハイ」

広瀬課長 「大山君は、広報部長と大川専務の出席もしくは代理者の確認と、ご本人が挨拶と説明をどこまでするのか確認しておいて。イザというとき何も知らんでは困るから、その辺しっかり確認しておいてね」


いまどき環境報告書/CSR報告書で発行の説明会するところは珍しいから来てくれるか、それとも環境報告書そのものが珍しくないから来てくれないか? 広瀬課長も分からない。


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説明会当日である。午後2時開始というのは悪くない時刻だろう。

広報部からは、執行役である広報部長と広瀬課長と部下数名が出て、サステナビリティ担当役員の大川専務とそのスタッフである田村さん、そして磯原課長がいる。


大川専務広瀬課長くみちゃん
聴講者聴講者聴講者聴講者
聴講者
聴講者
聴講者
聴講者
聴講者
小林部長
聴講者聴講者聴講者
聴講者聴講者
三ツ谷さん
聴講者
聴講者

聴講者側にはマスコミは新聞とテレビを呼んだが……来たのは新聞1社だけか(汗)。
雑誌社、広告代理店、業界誌が8名か、これは皆義理だろう。それから大学関係が10名、一般人が数名、社内のサクラが20名くらいで都合40数名、
まあ、こんなものか。広瀬課長はため息をつく。手間暇かけた割には……環境雑誌も減ったし、環境に関する関心はマスコミも一般人も低下しているからしょうがない。

聴講者席のサクラの中に生産技術部の小林部長がいる。報告書に認証返上を盛り込んだことに、ずいぶん腹を立ててたそうだ。今日は何のために顔を出したのかしら? まさかこの場でいちゃもんを付けるつもりはないだろうな。


広瀬課長 「定刻となりましたので、弊スラッシュ電機グループの2023年CSR報告書の発行及び内容の報告を始めさせていただきます」


広報部長の短い挨拶というか開会の辞の後に、大川専務の挨拶である。

大川専務 「サステナビリティ担当役員の大川と申します。
さて、皆様ご存じのように環境報告書あるいはCSR報告書など、発行するのが当たり前の時代となりました。ですから発行するとか説明会と言ってもニュースにもならず、わざわざ取材に行くまでもないと思われるかもしれません。前年度との違いはエネルギーや廃棄物量の数字が違うだけと思うのも自然なことでしょう。

私どももそういう社会の流れはよく存じております。しかしそういう時代だからこそ環境活動、いやCSRですね、企業の社会的責任をいかに果たすべきかを、見直すべきでしょう。
そして世の中にない革新的な活動をして広報すべきです。
弊社はそのように考えて、そのひとつとして、今回の報告書では特集としてISO14001認証を取り上げております。

日本ではISO14001認証の認証を受けることが当たり前と思われています。しかし毎年のようにISO認証企業が、排ガスや排水の測定値を改ざんしていたという違反や、汚水を排出してしまったなどの事故が報道されています。更にはISO認証の信頼性がないとか、審査でうそをついているなどと言われる有様です。
ISO認証に効果があるのか、意味があるのかを吟味しなければならないようです。

弊社も1996年に規格が制定された直後から工場の認証を始めまして、2001年の本社と支社の認証をもって、全社の認証を終えました。その後は関連会社の認証を進めております。
それから10数年経ちましたが、認証の効果については納得できるものはありませんでした。
それについて社内ではさまざまな立場、階層の人たちで、認証のメリット・デメリット、効用について議論してきました。そしてISO認証を止めようという結論になりました。2年前の2021年のことです。

もちろんISO14001規格の意味と認証の意味は大きく違います。認証を止めても、ISO14001準拠のマネジメントシステムを維持することは変わりませんでした。
しかしだんだんとISO14001規格は絶対ではないと考えるようになりました。



武道やお稽古事では『守破離』と言う言葉があります。何事かを習うときはまずひたすら基本を繰り返し、それができるようになれば目指すところに至るにも、教えられた以外の方法があることを知り、やがて手本に拘らず、天衣無縫に振舞えるようになることと聞きます。

ISO14001もそれと同じように思えます。初めは愚直にそのまま真似をする。ある程度使えるようになったら、ISO規格を参考にしながらマネジメントシステムを見直していく。更にはISO規格を離れて、自分たちの目的を実現する最適解を求めていくとなるでしょう。

弊社はまだ最終段階に至っておりませんが、規格要求に拘らずに歩めるようになったかと思えます。それで『卒ISO』と自称したのが、今回のCSR報告書のテーマです。
詳細は担当がこれから説明いたします。ご清聴よろしくお願いいたします」


漫然と聞いていた聴講者が守破離の言葉のあたりからざわざわとなり、資料をめくったりし始める。
大川専務はそれを見てニヤリとして座る。

プレゼンテーション
次は田村さんが資料を基にパワーポイントを使い、15分ほど『卒ISO』について説明をする。

そして質問の時間となった。

広瀬課長 「以上が今回のCSR報告書のテーマである『卒ISO』の説明でした。
では、ご質問を頂きます。こちらで指名しましたら所属とお名前をおっしゃってご質問願います。
煩雑にならないよう、質問は複数ではなく一問一答とさせていただきます」

かっての環境報告書の説明会と違い、サッといくつも手が上がる。それほど関心を引いたのだろうか?
指名された方が立ちあがる。

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甲 「A雑誌の甲と申します。お話を伺いますとISO14001の自己宣言のように思えますが、どこが画期的というか、卒業と語るほど異なるのでしょうか?」

田村さん 「はい、ご存じのように自己宣言とは、ISO規格要求を満たしていることを自らが確認して外部に公表することです。
私どもはISO規格を満たしていることは無論であり、それに加えて遵法確認を行うことと、マネジメントシステムの改善のみならずパフォーマンス改善を確認しております。プラスアルファがありISO要求以上であることを卒業と自称しております」

甲 「遵法を確認とおっしゃいましたが、ISO認証でも内部監査は必須であり、当然内部監査では遵法も確認しますよね」

田村さん 「ISO規格要求では、内部監査において遵法確認をせよとは明記されていないと記憶しております。
そして現実にISO内部監査でも、あるいはISO審査でも見逃されている違反や事故のリスクによって事故や違反が報道されているのをみれば、認証を受けていても遵法確認は不十分であるといえるでしょう。
違反が発覚すると認証機関は騙されたと言いますが、それはおかしいですよね。元々ISO審査は遵法を見ていません。ですから騙すも騙されたもありえません(注1)

甲 「あ〜、ISO規格は内部監査での遵法確認を要求していないのですか。
えっと、今のお話を聞きますと、御社では事故も違反も起きないということになりますが?」

田村さん 「もちろんそれは理想ではありますが、理屈はそうなりません。神ならぬ身ですから事故も違反も起きるでしょう。
私どもでは内部監査や日々の監視測定において、違反や事故の発生とリスクを検出しているということです。

先ほどの説明では漏れてしまいましたが、弊社のCSR報告書には過去1年間に起きた社内犯罪と処罰されたものを記しております。これは環境優良企業と言われるIBM社のCSR報告書を見習ったつもりです。少なくても監視測定や内部監査が機能していることの証拠になるでしょう。
そしてこれにより弊社の事故や犯罪の情報公開はされていると考えます。

蛇足ですが、IBM社が社内不祥事や罰金などを情報公開するようになって30年になりますが、いまだにゼロではありません。それはIBM社が悪いということではなく、正直な会社であるという証左だと思います」

甲 「確かにISOの内部監査はマネジメントシステム監査ですが、システムが規格要求を満たしているか否かは、仕組みだけでなくパフォーマンス例えば遵法を点検しなければ判断できないのではないですか?」

田村さん 「規格要求にはありませんが、おっしゃる通りと思います。しかしながら内部監査員にその業務を担当している者以上の法的知識を要求することは難しいでしょう。

認証した企業で事故や違反が起きると、『騙された』とおっしゃる認証機関が存在するのですから、審査員でさえ十分な力量を持つ人は少ないようです。ISO審査員はお金を取って審査するのですからしっかり見てほしいですね。

かような状況を鑑みて、弊社では内部監査員に、相応の技術・技能・法的知識を持ったものを充てているとご理解ください。もちろん複数の工場があるから内部監査員のやりくりができるわけです」


注:粉飾決算など企業の会計不祥事があった場合、取締役や監査役などとともに、公認会計士や監査法人が株主から損害賠償を求められたケースは珍しくない。

ISO認証を受けた企業で違反や事故があって、それを審査員が見逃しても、法的にも民事でも責任はないし、現実にISO審査員の責任を問う裁判は聞いたことがない。
しかしながら不適合 or 違反を見逃した審査員・認証機関は、力量不足を認識し是正が必要と考える。己の未熟を感じることなく『騙された』と語ることは道義的に許されないと思うが、いかがだろう?

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乙 「B新聞の乙と申します。お話されたことを端的に言えば、ISO認証は不要であると受け取れます。そういう理解でよろしいでしょうか?」

田村さん 「何事でも目的を明確にして、関係者はそれを理解しなければなりません。
ISO14001の意図は『遵法と汚染の予防』です。ではISO規格は目的の実現に完璧とか絶対かと言えば、そうではありません。なにせ規格改定があるわけで、不磨の大典ではありません。
となれば現状のISO規格で不足と考えるところを、追加補強することはおかしくない。あるいは規格には余分なこともあるかもしれない。

何も驚くことはありません。ISO14001の適用範囲には、規格の使い方が書いてあります。「この規格は、環境マネジメントシステムを体系的に改善するために、全体を又は部分的に用いることができる(ISO14001:2015 1.適用範囲最終段落)とあります。

現実の組織は多様でありますから、規格要求が合わないとか、要求に該当することがないということもあります。そういうことがあっても、多くの組織は無理やり該当する事例を作って対応しているようです。そうしなければ適合判定されませんからね。
ですが組織が誠にそうであるなら、公明正大に『該当しないからしない』と言いきっておかしくありません。だってマネジメントシステムは認証のためにあるのではなく、企業活動のためにあるのですから。
もちろん不要と考えて実施しない場合は「ISO14001適合と見做さない(同上)とあります。
それらを勘案すれば、認証しないというスタンスが合目的であろうと思えます。

ですから弊社のマネジメントシステムはISO14001と同一ではない。元々、創立以来 法規制や社会的要求を反映してリファインし続けてきたマネジメントシステムであり、今まではそれがISO規格要求を満たしていることを説明していたにすぎません。
自分たちが最適と考えるマネジメントシステムであると考えれば、わざわざそれがISO規格要求を満たしていると説明する必要はありません。


それと大きなポイントがあります。
ISO規格ではさまざまなマネジメントシステム規格があります。そして多くの組織は、複数のマネジメントシステム規格の認証を受けています。
しかしISO規格の定義からご存じのように、環境マネジメントシステムは企業のマネジメントシステムの一部ではありますが、サブシステムではありません。品質マネジメントシステムも情報セキュリティマネジメントも同じです。

実際に企業のマネジメントシステムを構築・維持するとき、かような考え方では不効率なのは明白です。なにも環境マネジメントシステムというサブシステムでもないものを、仮想することはありません。会社の包括的なマネジメントシステムに環境管理を溶け込ませる、内部化するということが有効性向上、効率向上をもたらすと考えています

乙 「済みません、環境マネジメントシステムが、会社のマネジメントシステムのサブシステムではないとはどういうことでしょう?」

田村さん 「グリーン調達と廃棄物管理を考えてもらえば分かりやすいです。両方とも環境に関わると考えられますが、相互に関連もせず作用もしません。よってこれらはひとつのシステムを構成していません」


注:ISO9000:2015 3.5.1システムの定義
「相互に関連する又は相互に作用する要素の集まり」


環境マネジメントシステムはシステムではない

乙 「あっ、確かにそうですね。そのほか工場省エネと製品省エネは無関係だ。そうか環境に関わるといっても、それらがお互いに関係しているわけではない。
もっと不思議なことは、マネジメントシステム規格でまったく同じことを要求しているものも多い。文書管理、教育訓練、コミュニケーション、むしろそういったものをまとめて共通システムというのを作って基本的なことを決め、環境とか品質はそれに追加するように小規模な付加的な規格にしたらどうだろう?
考えるとまったくおかしい」

田村さん 「変な例えですが、日本中の市町村の消防に、なぜ救急車があるのでしょうか?
救急車 消防と救急の機能が無関係でも、一つの組織で運営されているのと同じようなものです(注2)廃棄物管理とグリーン調達も無関係なのです。もちろん公害防止と省エネとも無関係です。
企業活動の中で環境に関わる機能を集めたとしても、システムではないのです」

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大学院生 「丙大学大学院博士課程の社会人院生の清野です。
ISOでマネジメントシステム規格があるのだから、国際規格と別の方法をとることはTBT協定に反することになるのではないですか?」

田村さん 「国際標準と異なる国家標準の存在はまずいでしょう。しかし民間規格まで禁止されてはいません。例えば日本では簡易EMSと呼ばれますが、KES、エコアクション21、エコステージなどがあります。
ましてや民間企業が自社のマネジメントシステム改善に創意工夫することは当たり前の活動です」

大学院生 「そうかもしれません。でも世界共通の規格があるとき、それ以外を模索すること自体、考え方の退化ではないですか?」

田村さん 「標準化とは互換性とか共通性によりメリットがある場合です。清野さんがお勤めの会社と弊社の種類の違いとか委員会の有無あるいは監査の方法が異なっても何も支障はありません。それぞれが最適を考えれば良いことです」


注:会社の種類には、株式会社、合名会社、合資会社又は合同会社がある。(会社法第2条第2号)
委員会設置会社もあるし、ない会社もある。
監査についても監査委員会設置、監査役会設置、会計監査員など種々ある。


田村さん 「勘違いする人が多いのですが、ISO14001ではマネジメントシステムの仕様を定めていません。定めているのは要求事項です。ISO14001規格のタイトルは『環境マネジメントシステムの要求事項』です。
ですからISO規格に基づいてマネジメントシステムを作ることはできません。これも多くの人が間違えている。仕様を与えられても物はできません。仕様を満たす設計プロセスが必要です。我々は、ISO規格を満たすシステムを作らねばならないのです。

そして私どもは規格要求事項を加除修正しております。それも先ほど申しましたように、ISO規格の中で推奨している方法であるということです」

大学院生 「えっと、そうしますと一般の企業も自社に合わせて要求事項を加除しても良いということですか?」

田村さん 「当たり前です。事業推進とISO規格適合の重要性を考えれば分るでしょう。企業は創立の理念で社会に貢献するために存在します。
ISO規格は事業推進にあたってのツールにすぎません。役に立たないツール、使いにくいツールなら投げ捨てるだけです。

その会社にとって有効で効率的な仕組みを作らねばなりません。規格に囚われて、自分たちに合わない仕組みを作ってどうするのですか。
修正内容によって、規格不適合と判断されるかもしれません。しかし認証のために自社の仕組みを不都合なものにすることはありません。目的は『遵法と汚染の予防』であって、認証ではないのです。

冒頭に述べましたように、弊社は規格に拘ってマネジメントシステムを悪くすることはないと、ISO14001の守破離の『守』を卒業して『破』に進んだということです。
🐍
蛇が大きくなるために脱皮すると同じく、マネジメントシステムが成長すればISOの要求事項では身の丈に合わなくなり、規格をそのまま使うのではなく、修正(tailoring)が必然と考えます」


注:ISO9001:1987を読むと「修整(tailoring)」という語がくどいほど出てくる。当時は第三者認証制度が興るとは思っておらず、商取引に使うことが前提であり、規格に拘らないように規格の中で注意喚起していたわけだ。
第三者認証においては審査基準が変動してはまずいから「修整(tailoring)」は排除された。つまり実戦向きでなくなったということだろう。

考えてみれば規格を一切いじってはいけないという決まりはない。全く新しい機械要素や電子部品を開発したら、それは国際規格外である。そして多くのスタンダードは民間企業の競争によって生き残ったデファクトスタンダードを、国際標準と追認しているわけだ。
使ってもらえない規格を、そのまま使えと強制する権利などあるものか!


田村さん 「大事なことですが、ISO規格では、システムを継続的改善しなければならないと要求しています。
考えてください。日本で公害列島などと言われたのは1960年代でした。公害と言われたものには、煤煙、排水、騒音・振動、地盤沈下、悪臭がありました。典型七公害ですね。私が小学校に入る前です。
それではいけないと公害対策基本法が1967年、大気汚染防止法が1968年、水質汚濁防止法が1970年、騒音規制法が1976年と環境法が整備され、実際に環境改善が図られました。

そして1990年代になり環境保全のスタートとなったのは1992年のリオ会議で、そこで持続可能社会を作ることが重要とされました。その結論のひとつとして環境管理のための国際規格を作ることになり、ISO14001が1996年に制定されました。

それはそれまでの工場対象の公害対策ではなく「汚染の予防には、発生源の低減、若しくは排除、プロセス、製品若しくはサービスの変更、資源の有効的な使用、代替材料及び代替エネルギーの使用、再利用、回収、リサイクル、再生又は処理が含まれる(定義3.2.7注記)」とあるように対象範囲が広くなりました。

それはさまざまな環境保護の国際条約になり国内法に展開されました。1993年に公害対策基本法が環境基本法と改称され、対象も1970年頃の工場における公害対策だけでなく、非製造業や国民生活まで含めたものとなり、製品省エネ、各種リサイクルなどの個別法も整備されてきました。


公害対策の1970年からISO14001成立の1996年まで26年、そしてISO成立から今2023年まで27年、偶然かもしれませんが、いずれも四半世紀の間隔です。
四半世紀とは、生まれた子が大人になり子供を持つ一世代の長さです。そのくらいの年月が経てば、科学技術も進み世の中の価値観が変わるのは必然でしょう。
ISO14001が20年間に二度改定されたと言っても、言い回しとか項番が前後したくらいで内容は大して変わっていません。

そしてもう一つ大事なことがあります。今は品質や環境だけでなく、セキュリティ、品質などのセグメント分けされていくつものマネジメントシステムの認証が行われています。しかし先ほど言いましたように、これらは組織の包括的なマネジメントシステムのサブシステムじゃありません。論理的でない個々のマネジメントシステムの区分けを解消して、企業の包括的なマネジメントシステムの有効性と効率性を高めなければならない。
それはISO認証に拘らず、ISO規格にも拘束されない自立的で自律的なシステムの創造です。
我々は環境マネジメントシステムの継続的改善を進めて、最前線にいると考えられませか?


清野は声も出なかった。自分が理解している環境マネジメントシステムとかISO14001ではない。事業上から考えても、論理的に考えても、考えていることもしていることもレベルが違う。手合い違いを感じて、お手上げだ。

右手大学院生
左手

田村の話を聞いて、自分の会社でもISO14001に拘らない、自社に見合ったユニークなマネジメントシステムを創造しなければならないと思った。
そして、その理屈とプロセスをうまくまとめればドクターをゲットできそうに思う。

注:ユニークとは「珍しい」とか「変わっている」といったニュアンスで使われているが、正しくは「唯一の」とか「特有の」と言う意味である。
会社の姿は皆それぞれであり、そのマネジメントシステムは、その会社特有で二つとないものであるはずだ。
ISO規格通りなら……間違いであろう。

田村さんが惚れ惚れする回答をしているが、多分、磯原とかいう課長が脚本を書いているのだろう。後日訪問していろいろ教えてもらおうと清野は心の中で計画を立てる。
転んでもただは起きないのだ。

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引き続き院生や雑誌記者から、いくつも質問が続いて説明会は3時に終了した。
しかし説明会は終了と宣言されたが、聴講者が田村氏を囲んで語り合っている。

説明会が終わったので、小林部長は三ツ谷元執行役に歩み寄る。三ツ谷氏は小林部長の顔を見て立ち上がる。

三ツ谷さん 「えーと、小林君だったな。昔はコバ、コバと呼んでいたが、今は本社の部長か、偉くなったもんだ。
君はまだ若い、これから本部長、執行役と伸びしろは大きいぞ」

小林部長 「いや、お恥かしい限りです。
ところでせっかく三ツ谷さん時代に全社のISO14001認証を成し遂げたのに、ISO卒業とか言いだしまして……」

三ツ谷さん 「いやあ〜、説明していた田村さんとは面識はないが、こんなすごい人がいたんだねえ〜。感心したよ。何を質問されても動じない。単なる知識でなく、自家薬籠としている。

公害時代は私が会社に入って間がないころだった。それまで当たり前に排出していた工場排水を、これからは排水処理施設を導入しないとダメだと言われて驚いたものだ。
だがその結果、水も空気もきれいになったし、会社も特段大きな影響もなかった。

そしてISO14001が制定され、また大きく変わるぞと思ったのは事実だ。他社に遅れるなと認証を推進したのも思い出だ。
それにしても公害からISOまでと、ISOから今までの年月が同じと言われて気がついた。
四半世紀が過ぎたなら、時代は変わるよ。もうISOの時代ではない。新しい酒は新しい革袋にだ。時代にあった価値観を身につけなくちゃならん。

もはや戦後ではないと経済白書に書かれたのは、敗戦の10年後の1955年だ。ISO14001が制定されてから27年経っても規格の教条的な考え方、使い方を脱却してないのは時代遅れでしかない。
いや、今日は来てよかった。私の後輩たちがこれほど環境経営、いや企業経営を考えていると知って安心した。
じゃあ、私はあの田村さんに挨拶して帰るとするか。またいつか会おう」


三ツ谷さんは、大学院生たちに囲まれた田村氏に向かって歩き出した。小林部長は燃え尽きたように、三ツ谷さんが去っていくのを見ている。
三ツ谷さんがISOの認証返上に怒っているなんて、なんだったのだ? 俺がバカなことをしていただけなのか?

頭も心も真っ白だあ〜
風
小林部長
風
巷に雨の降るごとく我が心にも涙降る
このかなしみは 何やらん?


うそ800 本日のでき具合

本日の『卒ISO』のお話は軟着陸に成功したと思います。これなら認証制度からイチャモンは付かないだろう……タブン
とはいえ、認証の価値、規格の価値は否定しないが、現状に一石を投じたことは間違いない……タブン


うそ800 本日の大問題

主人公の磯原が出てこないじゃないかビックリマーク



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注1
ISO17021-1:2015 9.2.1「審査目的、審査範囲及び審査基準の決定」の項番9.2.1.2(b)の注記に「マネジメントシステムの審査は法令順守の審査ではない」とある。

注2
なぜ救急車は消防署なのでしょうか?
江戸時代は警察(町奉行所)も火消しも制度が入り組んでいましたが、明治維新後に消防は警察の職分となりました。

20世紀初め救急車を設けるとき、当時行政で24時間対応できる職務は警察しかなく警察の中に救急組織が置かれました。
敗戦後、消防と警察が分離したとき、救急は消防に付いていったというだけです。





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