163.認証返上

24.05.13

連載している小説もどきに、認証返上のことを書いている。そのために最近、認証返上のことを調べたりした。そんなことを書く。
正直言って、私は自分自身が認証活動のメインになったことは4度、メインでなくメンバーであったことは数度、無償のコンサル(茶々ともいう)なら50回は関わった。

では認証返上はどうかと言うと、自分自身が認証機関にメールを出したのは3度だけだ。
最初の認証返上は1995年頃ISO9001で、顧客要求があって認証したが取引が終わったとき。当時はISO認証とは機種対応のことがほとんどだった。例えば工場でA製品とB製品とC製品を作っていたとすると、A製品だけ認証するという形だった。
工場の中で製品に関わらず、文書も記録も検査もなにもかも同じルールで管理をしていても、認証範囲の人が増えれば審査工数が増えて審査料金が嵩むから、その製品だけ認証を受けた。無駄にお金をかけることはないからね。
認証が、2機種、3機種と増えると、工場全体を認証しようという流れだった。

ISO認証を要求しているお客さんとの取引が終わってしまったなら、認証している必要はない。一刻も早く止めないとお金がかかると思った。実際は次回審査までに契約を解除すれば良いわけだが、当時はなにも知らない。もっとも当時は審査のインターバルが半年だから、のんびりしていられない。


初めてだったから認証を止める方法が分からない。それで認証機関に電話して「認証を止めたいのですが、どういう手続きをしたら良いでしょう?」と聞いた。
1995年頃は、まだ社員はメールアドレスもパソコンも与えられていない。そして紙のメールでは返事が来るのは10日後だろう。というわけで電話だ。

ちなみに認証機関は英国系であった。最初に来た審査員はイギリス人だったが、二度目以降は日本人、電話を受けた方も日本人だった。

すると先方は
「この電話で認証辞退を承りました。それではロゴマークの清刷りを返却してください。
それから審査契約と一緒にお渡ししているロゴマークの取り扱いの説明通りに、マークを付けて看板とか印刷物を撤去してください」
と言って終わりだった。


昔はよくこんな看板を見かけたものです
認証返上したら撤去しなければならない
若しくはペンキで塗りつぶすか
ISO9001 認証
ISO14001 認証


OBAQ co.Ltd.
通行人
雑草雑草

他の認証機関に移るのですかとか、継続しませんか、なんて引き留められえるかと思っていたが、そのようなことは一言もなく拍子抜けした。
しかし企業間の契約解除を、担当者の電話一本で了解して良いものか?

その後何年かして認証を止めたり認証機関を替えたりした同業者に聞くと、日系の認証機関は即OKしないで、しつこく引き留めると聞いた。今は知りません。20世紀のことです。


二度目はやはりISO9001だったが、これは日系の認証機関だった。これも製品対応で認証していたが、その製品から撤退することになり認証を止めた。事業を撤退するというと引き止めはなかった。
このときは認証機関の様式に記入して出した記憶がある。企業間の契約解除だから当然と思った。
少し時間が経ってから気になり審査契約書を読むと、次回更新時に継続する意思を伝えないと契約解除になると書いてあった。今どきの審査契約書の文言はどうだろう?

三度目はISO14001で、これも日系の認証機関だった。工場全体で認証していたが、工場そのものがなくなってしまった。ということで認証を続けましょうとは言われなかった。


私が関わった3度とも、認証を返上したという広報はしていない。いやその前に、認証した広報もしていない。
1990年代は、イギリスの認証機関は審査登録企業のリストを本にして発行していた。 書類 ULのイエローブックのようなものだ。それが認証したという正式な証拠であった。ネットもなかったからね。
認証するとそのリスト(本)に掲載することができた。もちろん認証したという証拠になるし、宣伝のためである。
しかし顧客から認証を要求された場合、審査登録証のコピーを客先に渡せば用は足りるから、リストに載せる必要がない。
私が上司にリストアップ必要ですかと尋ねたら、上司はイランイランという。それで本に掲載しなかった。正直言うとリストには社名、製品カテゴリー、連絡先の他、会社の説明などを掲載するので、その文章を作成して送らねばならなかった。英語が不得手な私は上司がそう言ってくれてホッとした。

広報しなかったのは、ISO9001の2件は、B2Bでかつ客先が限定していたこと。客先とは取引終了なのだから、認証を止めた広報も必要なかった。
また名刺にも書かなかったし、看板も書かなかったし、カタログにも書かなかった。

ISO14001のときも認証返上の広報はしていない。これも外部に広報していないから、認証辞退のときも広報していない。
この規格の利害関係者は、客だけでなく近隣住民も一般市民も利害関係者だと言われるかもしれない。しかし工場がなくなったのだから関係ないよね。



昔話は終わって、ISO返上した企業は、どんな広報をしているかを調べた話をする。
私は一市民でお金もない。だから調べものをするときに、「聞蔵」とか「ヨミダス」などで過去の新聞記事を検索するとか、国会図書館に行って……なんてことはできません。できるのはGoogle叔父さんに頼るとか、「裁判所」を検索することくらいです。


注:聞蔵…………朝日新聞の記事検索(有料である)
ヨミダス……読売新聞の記事検索(有料である)
裁判所………判例検索(無料である)


調査対象としてISO9001とISO14001に限定した。
理由として、このふたつの規格で日本のISOMS認証件数の95%(2023年末)を占めている。他のMS規格を除外しても大勢に影響はないと考えた。

Google叔父さんで検索した。残念ながら「ISO∩(返上∪辞退)∩(挨拶∪お知らせ)」というような論理式は叔父さんの頭では理解できないことが分かった。それで1回で検索とはいかず、平易な組み合わせで複数回検索した。
そしてヒットしたものを、返上年月、返上理由などをまとめた。
あまり古いデータではまずいと考えて、2014年から2023年まで10年間として、検索した結果113件のデータを得た。

検索作業中に気が付いたのだが、この二つ以外のMSでも相当の認証返上があった。それらの認証件数が1,000程度と小さいのにいくつも見つかったということは、他の認証規格でもじっくり調べるとそうとうの認証返上がありそうだ。
ISO50001なんて2011年に認証が始まり、2016年のピークには39件となったが2023年にゼロとなったのだから返上率100%である。
それを言えばISO9001だって返上率は48%、ISO14001は39%である。


ところで2014年から2023年までにISO9001は下表のように減少している。

認証規格ピーク時2014年末2023年末減少数
ISO900143,564(2006年)34,84022,69612,144
ISO1400120,799(2009年)18,85712,6646,193
合計53,69735,36818,337

注:両規格とも2014年には認証件数のピークを過ぎているので、全期間の減少数より少ない。


2014年末のQMS/EMSの合計から2023年末までの減少率は34.1%である。しかし単純に2014年に登録されていた認証組織の34.1%が認証を返上したわけではない。今でも(というと失礼だが)新たに認証している企業もあるわけです。

底に穴のある缶に水道から水を注いで缶の水面が上がるか下がるか一定かは、入る量と出る量で決まります。
動的平衡
動的平衡といいます
同じく新規認証件数と認証返上件数の差によって、認証件数の増減が決まる。

入る水の量、つまり新規の認証件数が不明ですから、真の返上率は分かりません。
前述したピーク時からの返上率はISO9001で48%、ISO14001で39%と書きましたが、それは見かけ上であって真の返上率は不明です。まあISO50001はゼロに戻ってしまいましたから間違いなく返上率100%ですけど。

ともかくISO9001もISO14001も毎年減少しているんだから、新規認証件数より返上認証件数が多いことは間違いない。


2014年から2023年までの間の合計減少数は18,337件だから、検索してヒットした認証返上のお知らせの件数113件はわずか見かけ上0.62%にすぎない。真の返上件数はもっと多いことになる。あまりにもサンプル数が少なく、どうかと思うがない袖は振れぬ。

認証を止めた企業の多くは返上を広報するだろうが、そのお知らせは一時的のものが多く、数年以上掲示しているのは少ないようだ。そうでなければ返上の0.62%しかないはずはない。とはいえ仮に半年ウェブサイトに掲載したとしても、QMS/EMSの合計減少数は18,337件だから、それが10年間で更に半年しか掲載しないとしても900件あるはずだ。現実に113件しかないのだから、広報するのを半数としても1.5か月くらいしか掲示しない計算になる。そんなものなのだろうか?
あるいは広報する企業は1割もないのか?


もちろん倒産などではお知らせなどしないだろうけど、それにしても少なすぎだ。
返上理由として「コロナ流行で事業が混乱していて、リモート審査なども検討したが対応できる状況でなく、認証を辞退した」というのもあった。この会社はしっかりと告知をウェブサイトにしていたが、そうする手間もなかった企業も多々あったかもしれない。



では、認証返上の理由はどんなふうだろうか?
「お知らせ」での理由表記は各社様々だが、その内容により大別してまとめたものが下図である。


ISO認証返上理由

  1. 定着・浸透・習慣化など
    「社内に浸透し目的を果たした」とか「手順が確立し意識向上が図れた」「成熟した仕組みが定着した」など曖昧模糊なものが68%を占めている。
    経営状況と違い、認証返上の広報で本当のことを書かねばならないということもないが、どう考えても本当とは思えない。
    外交辞令か婉曲表現のように思える。

    それに不思議に思うのだが、「定着し習慣化した」から審査を受ける必要がなくなったのかもしれないが、「審査を受けても定着せず習慣化しない」から認証を返上したのかもしれない。
    となると、すべての認証組織は返上すべきとなる。こりゃ一体どういうことだ?

  2. 返上理由の記載なし
    「当社はISO9001を認証しておりましたが、2023.05.13に認証を辞退しましたことを報告いたします」とあるだけ。 眼光紙背に徹しても何も見えませんでした。
    いずれにしても認証を返上したのだから「認証は不要と判断した」であることは間違いない。なぜ不要なのかを知りたい?

  3. 会社独自のMSを構築した
    これが11%を占めている。具体的に書いてあるから、その内容が良く分かる。

    某自治体では、ISO14001を認証していたが、市としては議決による事業計画があるので計画の策定や推進で仕組みが重複してしまうから一体化を図り、ISO14001を返上したとある。

    ここで疑問だが、市のトップマネジメントは市長なのか議員/議会なのだろうか? 市長と議員の関係は社長と取締役の関係ではない。
    ハテナハテナ
    岡山
    いや待て、そもそも地方自治法で動いてるのだからISO規格以前に、システムの三要素である、組織・機能・手順は明確になっている。ならばISO規格も認証も必要とする理屈が分からない。
    過去、数多の自治体や行政機関がISO認証を認証したのは、国家公務員法や地方公務員法の規定に反し、税金の無駄使いであり怠業的行為に当たるのではないか。
    いやゼークトの組織論で最低最悪とされている「無能な働き者」に違いない。そういう輩は即刻退場を願うべきだ。

    法規制で責任や手順が明確に決まっている行政に、ISO規格(ほとんどがISO14001だが)を必要とする理由を知りたい。

    某企業では、ISO9001を認証していたが、客先固有の要求もあり、一体として管理するためにISO9001を返上したとある。別な企業では、ISO9001をベースに自社の事情により加除修正を行ったとある。
    細かな修正ができないのは標準化された認証規格の限界だ。ISO9001:1987の序文では、組織に合わせて修正すべきという記述があったのだが、組織に裁量を与えると認証規格としては成り立たない。困ったもんだ。

  4. 新しいMSの登場で認証規格を乗り換えた
    従来はISO9001を認証していたが、ISO22000に切り替えたというのがいくつかあった。ISO 22000は食品安全マネジメントシステムであり、食品製造業ではそのほうが適切と考えたのだろう。

    20世紀にもISO9001の代わりに、ビッグスリーが作った自動車用品質マネジメントのQS9000(現在はTS16949)に乗り換える……というか乗り換えさせられた企業が多数あった。今回もISO9001を止めてTS16949に切り替えた会社もある。
    いくつもISO認証するのは(お金が)大変だということで、これは適切なことだろう。

    某官庁の入札の際の評価点で、ISO9001でもよし、ISO14001でもよしなんてのがあった気がする。なんでも良いなら、なくてもよいのではないだろうか?

  5. 費用削減、役に立たない
    ズバリ本音だろう。

    羽左
    ああ、お金が飛んでいく羽右

    羽左
    ああ、お金が飛んでいく羽右

     ISO認証は金食い虫

    「無駄が多く役に立たない」が1社、「審査費用、運用コストの削減」が1社あった。
    今回のサンプルの2%であるが、私は返上した企業に本音を聞けば、その多くは「実はウチも…」と言うのではないかと考える。

    昔と違い経営環境が厳しくなった現在、無駄排除、効率化は至上命令だ。ある意味社内失業者と同じようなものか。

  6. 自己宣言に移行
    認証を受けて何年かたって「定着・浸透・習慣化」したならば自己宣言に移行するのは、理想の流れだろう。
    1の「定着・浸透・習慣化」した企業も自己宣言をしてもよいのだろうが、その必要はないと考えたのだろう。
    3の会社独自のマネジメントシステムにおいてはISO14001の序文から自己宣言はできないが、実質的には理想と考えられる。

  7. その他
    自社で問題を起こしたために認証を辞退した、ISO14001からエコステージに乗り換えた、コロナ流行のために経営環境が厳しく認証を返上したなどがある。

    まず不祥事あるいはルールの不備などがあった場合、認証を取り消したり辞退することが正しいのか否かを考えよう。
    1997年認証が始まって最初に問題になったことは、認証した工場で地下水汚染などが発覚したことである。1社2社でなく多数出たのである。そのとき不祥事と決めつけて認証を停止しろ、辞退しろと発言した人も認証機関もあった。だが一方、地下水汚染はそもそも法違反ではない、だから認証返上せずにISO規格に基づいて今後改善していくべきだという発言もあった。
    だがマスコミや多くの人が認証を辞退しろと叫び、以降 法違反でなくても不祥事が起きれば認証を返上するのがデフォになったと私は考えている。
    不祥事即認証停止という脊髄反射を改めて考えるべきだ。

    注:当時、認証機関の幹部と話をしたとき、彼はセクハラも粉飾決算も皆ISO認証取り消しに当たると語っていた。
    ISO9001や14001の認証は、社内モラルの評価とか財務の遵法も関係するのだろうか?
    審査に行ってはお土産を要求し、接待を当然としている認証機関がよく言うよと思った。おっと、お土産や接待は2002年頃に社会問題になり、その後改善された。


    エコステージやエコアクション21認証であることを望む客先もあるし、しがらみで簡易EMSの認証をしないとならない会社もある。そのため某企業ではISO14001とエコアクション21の両方を認証している。良し悪しはコメントできないが、まあ世の中、柵は大変だ。
    4番目の「ISO9001の認証からTS16949に切り替えた」と同じとおっしゃるかもしれない。これは規格の種類が異なるのだが「ISO14001からエコステージ」は同じカテゴリーだと思ったので「その他」にしてみました。
    区分を4番目にすべきと言われると異論はありません。

    「コロナ流行のために経営環境が厳しく認証を返上した」というのは致し方ないでしょう。
    電話 コロナ流行ばかりでなく、東日本大震災のときも大変だった。工場の人から審査員が「維持審査は予定通りできますかね?」と電話してきたと愚痴を言われた。私に電話してきた人は、崩壊した現場事務所の中で電話が鳴ったので、瓦礫を掻い潜りなんとか電話にたどり着き受話器を取ったという。それがそんな電話でしたという。
    瞬間湯沸かし器である私は、それを聞いて即座にその認証機関の偉い人に電話して「少しは考えてくれ」と苦情を言った。

    気遣いというかもう少し認証機関/審査員は社会常識を持つべきだろう。コロナ流行のときは、JABも東日本大震災の経験から、早めに審査日程の制限緩和などをした。それでもコロナ流行で審査まで手が回らず、返上した企業は結構あったと思う。
    もちろん審査だけでなく、事業がダメージを受けたのではISOどころ●●●はない●●●

    ところで、東日本大震災のとき「ISOどころ●●●ではない●●●●」と語った企業の人がいた。それを聞いた認証機関の人が「非常時にこそISOだ」と語った。
    皆さんはどちらがまっとうだと思いますか
    企業の人は事業から考えたのに対して、認証機関の人はISOから考えている。考えてみればISOって事業推進するためのツールの一つだよね。ツールを使うために事業を犠牲にするのか?

    火事だ きっとその認証機関の人は、認証機関のビルが炎上していても、火の粉をかぶりながら「御社の次回審査は○月○日でよろしいでしょうか?」と電話しているに違いない。
    焼け死ぬなよ!
    2001年9月11日ニューヨークのWTCビルで、ビルが崩壊しているのにオフィスで仕事をしていた人たちが大勢いたという話を思い出す。(cf.「生き残る判断・生き残れない行動」)

うそ800 本日のまとめ

認証返上の真の理由は分からないけど、各組織が真剣に考えて決めたことは間違いない。であれば表に出した理由の真偽はともかく、その組織において認証返上は適切だ。

一言付け加えるならば、認証しようと決断するとき過去に認証を止めた企業の調査をすべきだったろう。
私が過去の認証辞退を調べるのに費やしたのは10時間程度だ。それで多額のお金、そして労力を節約できるなら安いもんだ。
だって認証返上しても大丈夫なら、そもそも認証が必要でなかったということだしね。
自治体の場合、住民からリコール請求なんて受けたら恥だし



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