ISO第3世代 169.清野の挑戦3

24.06.06

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


ISO 3Gとは

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ISO認証見直しのトリガーとなった清野の報告会からひと月、天野はCSR部の次長にISO14001認証の見直しを提案したいという。
通常、次長とは正がいないときの代理・代行であり、決裁は正である部長がするのが本来だが、CSR部の部長は執行役であり、部長席にいることはめったになく、通常の決裁は次長に移譲されているのだ。

だが次長は元宣伝部にいた人で、ISO認証には全くタッチしたことがない。ということで次長のたまわく、部長と一緒に話を聞くという。
部長と直接話をするなど天野には年に数回しかない。恐れ多いがそのほうが話は早い。もちろん却下されれば敗者復活戦がない。
その後すぐ次長から打ち合わせの日時の連絡があり、天野は事務局の二人と水島氏に転送する。


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部長への説明の当日である。
メンバーがそろうと早速打ち合わせである。

星執行役 「天野さんから話し合いたいと声がかかるなんて珍しいじゃないか。いつもはISO審査前に私に読めと挨拶文をメールで送ってきて、審査が終われば支払のワークフローが来るだけだ」


注:上役が職階が何段階も下の部下を、「さん付け」で呼ぶのかという疑問があるかもしれない。私の最後の職場は「君呼び」はめったに聞かれず、上の人も部下を「さん付け」で呼ぶのが普通だった。
年上の専務から「○○さん」と呼ばれたときは、さすがにギョッとした。専務と私じゃ、将官と尉官くらいの違いがある。


天野 「これは手厳しいお言葉、とはいえ事実ですな。
本日はそういう受け身の姿勢ではなく、積極的に認証の改善について提案したいと思いまして伺い出いたしました」

星執行役 「天野さん引退前の最後の大勝負ってところか?」

天野 「残念ながらウチも定年が伸びましたので、あと4・5年はお世話になります」

星執行役 「分かった、分かった、そいじゃ説明を頼む」


清野が立ち上がり、A4を10枚ほど綴じた資料を出席者に配って歩く。
それと部長と次長にだけ、スラッシュ電機のCSR報告書も一緒に配る。星部長と若宮次長が、何だ?これという顔をする。

倉田倉田
若宮次長若宮次長
天野天野リーダー
星執行役星執行役
水島水島
清野清野

天野 「当社の本社と支社のISO14001認証は、2002年に認証機関『品質環境センター』から受けました。現在まで認証を継続して、昨年暮の審査で満20年になりました。今年は21回目になります。

正直言いまして、最近は審査もマンネリになったのか審査で不適合つまりNGが出されることもなく、また審査によって改善が図られたこともありません。
そんなわけで、現状で良いのかと我々も疑問を感じておりまして、各職場に認証の効果やその負担、その他認証についての意見を伺いました。

まずはその調査結果の報告をさせていただき、次にそれを基にした改善案を提示して、部長のご意見を賜りたいと考えております。

では資料の1ページ目から入ります。
まず今現在ISO14001認証が必要か、メリットを享受しているかについてのアンケート調査結果です。
その結果ですが、現時点ISO認証の効果として認識できるものはありませんでした」

若宮次長 「国交省の入札の際の加算点はあるでしょう。入札において5点あるかないかでは、大違いじゃないの?」

天野 「本社の各事業本部と支社からの回答では、入札でISO認証の有無が影響することはないとのことです。当社の場合、工事だけのことはなく常に当社製の設備や機器込みです。当然コンペティターも同様です。そんな条件ですから、加点の有無で変わることはまずありません」

若宮次長 「ああ〜、そうでしょうね」

天野 「20年前はリクルートの際にISO認証はイメージアップになるとか、コマーシャルとか名刺で使えるという話もありましたが、今どきは多くの企業が認証していますから、差別化になりません。
イメージアップが売り上げとつながるかどうかも不明ですが……

最近ではコマーシャルでISO認証を表示するところはまずありません。名刺もISO14001ばかりでなくISO9001や情報セキュリティなどあって、すべてのマークを印刷できるわけもなく、今は基本的に当社のキャンペーンのみを印刷することになっています」

若宮次長 「認証しているのが当たり前なら、認証してないとマイナスになるのでは?」

星執行役 「まあまあ、若宮さん、天野さんの話を一通り聞こうや」

天野 「デメリットですが、まず審査費用です。通常の年で330万ほどになります。3年ごとに更新審査となり審査に時間をかけますので、審査料金も5割増になります。

社外流出費用ばかりでなく、審査を受けるための内部費用が掛かります。審査で対応する時間や、審査の準備のための手間暇は約7,000時間と試算されます。
この他、審査のための文書や記録作成として、年間合わせると100時間程度かかっていると推定します。

その他、私どもISO事務局の人件費、部門費で8,000万ほどになります。事務局のスペースだけでも賃貸料が年数百万です。
都合年1億5千万というところです」

若宮次長 「審査準備で7,000時間って多すぎない?」

天野 「本社と支社の全員にウェブで簡単な教育とテストをしております。まず1,000文字ほど ウェブ試験 読んでもらってからテストは10問で7問正解以上を合格としており、合格するまでしてもらっています。
合格するまで数回テストをする人もおり、平均20分ほどです。対象者が1万人、所要時間20分で3,300時間です。

また審査は3から4チームで並行して行いますので、審査を受ける側として、それぞれ2ないし4名対応とすると、560時間拘束されます。

審査前に各部門は自主的に、文書や記録の点検と、その結果発見された不具合の処置対策をします。これに本社各部と各支社2名で4日として、3,000時間となります。
おっと今までの数字はフェルミ推定で見積もったのではなく、各部門と各支社からの回答を集計したものです。

一般社員なら1時間1万ですから費用は所要時間ニヤリーイコール万円です。ただ審査側は対象部門の責任者の出席を要求します。本社なら星部長、事業本部長、支社ですと支社長がオープニングとクロージングに出席するよう言われています。審査の応対は最低課長が対面になります。その結果1時間1万円では済みません」

星執行役 「そうだよなあ〜、私のような仕事ならともかく、ビジネスユニットのトップである事業本部長が出ろと言われて困るという話は聞かされている。彼らは商売で飛び歩いているからね。ISOで拘束されると売り上げ何億も減ると同義だ」

若宮次長 「それを言ったら審査対応で1億5千万かかるなら、認証することで売上が100億増えないと割に合いません」

天野 「申し上げたのは問題がなかった場合です。
最近はありませんが、審査の結果、不具合があれば是正のための対策費用が掛かります。もっともISO審査がなくてもいつか問題が発覚すれば対応するわけで同じかもしれません。ただISO規格上のことであれば認証してなければ問題になりません」

星執行役 「なるほど、いやあ〜無駄か否かはともかく、大金がかかっていることは分かりました」

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天野 「では社会の動きを説明いたします。ISO14001の認証状況はどうかという観点ですが、ISO14001認証件数のピークは2009年で20,799件でしたが、現時点12,600ほどに減っています。
グラフを見ていただくとお分かりのように、実にピークから4割も減ってきており、今も減少を続けています」


認証件数推移

若宮次長 「うわー、認証件数がこんなに減っているの。これがISO認証の実態かあ〜。
普通なら撤退するかどうかの判断せねばならない」

星執行役 「これほど認証件数が減ってきたのはなぜですか?」

天野 「一つには先ほど次長のお話にありましたが、国交省の入札で加点されるとのことで、建設業界において2000年代中頃にISO認証ブームが起きました。しかしすぐに減少を始め、その後は減る一方です(注1)
建設工事の入札おける認証の加算点の効果は、期待されたほど大きくなかったということでしょう」


ISO9001建設業推移 建設業のISO14001認証件数推移が見つからなかったので、図は古いJABの講演会のパワーポイントから借用した建設業のISO9001の認証件数推移である。
製造業のISO認証が一段落というか勢いがなくなったとき、これからは建設業の認証が…と言われたけど、建設業のISO認証ブームも2006年には終わっていたのが分かる。
もし建設業の認証ブームがなければ、ISO認証件数のピークは2006年ではなく2000年頃になる。

星執行役 「なるほど。建設業でもISO離れが起きているのか」

天野 「入札では認証の効果はないですね。
ただ役員となれば、直接的な効果はなくても、同業他社との比較で認証が必要と考えるかもしれません。勲章とか学位のようなものです」

若宮次長 「そういや、博士は足の裏に付いたご飯粒と言われますね。取らないと気持ち悪いが取っても食えないって。ISO認証も同じですか」

星執行役 「博士と言えばバブルの頃、各社博士が何人いるか競ったねえ。競うべきはドクターの数じゃなくて、特許とか発明の数のはずだ。
2000年頃は、他社に先駆けてISO認証しろと拍車をかけられた。認証は学位と同じく箔をつけるものだったようだ。本当は認証することによって効用がなければならない。
認証しても効用がなく箔も付かなくては意味がない」

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天野 「さて同業他社の動向ですが、資料をお配りしたとき、コンペティターであるスラッシュ電機の今年のCSR報告書も併せてお配りしました。

スラッシュ電機は当社と同じく、すべての工場と本社・支社・営業所でISO14001認証を受けておりました。
ところが3年前本社・支社の認証を返上し、工場に対しても、その工場がビジネス上必要なければ、認証を止めるようにという方針を示しました。それは本体だけでなく、関連会社に対しても指針として示しております。

そして昨年、本体のすべてでISO14001の認証を返上したとして、今年のCSR報告書で、『卒ISO』と題してなぜISO14001認証を止めたか、スラッシュ電機はなにを目指すのかを特集しています」


星部長と若宮次長はスラッシュ電機のCSR報告書をパラパラめくり、該当箇所を見つけて読む。記事は2ページしかないからすぐに読み終わる。

星執行役 「なるほど、しっかりと理論武装をしている。この文章にも相当推敲を重ねたのがうかがえる。彼らはトップランナーだから相当神経を使ったのだろう」

若宮次長 「ひょっとして今日の話は、スラッシュ電機のCSR報告書を見たからなの?」

天野 「正直申し上げますと、その通りです。
今の時代、環境報告書やCSR報告書を発行するのは珍しくなく、当社を含め毎年発行時に人を集めての説明会をするところはほとんどありません。
そんな中、スラッシュ電機では今年は報告書を投げ込みしたほかに、説明会を開催しますという案内も、投げ込みしています。

当社にも案内が来ましたが、広報部も我々CSR部も関心がないようで出席していません。
私どもの清野が出席して傍聴してきました。そして説明会で聞いてきたことをISO事務局で報告してくれたのが議論の始まりでした」

星執行役 「なるほど、若宮さん、どうしてCSR部で聞きに行かなかったの?
スラッシュ電機もわざわざ説明会をしたというのは、それなりに力を入れたのか、あるいはその内容に心配だったのか?」

天野 「私も同じことを考えました。懸念したことはふたつあったと考えられます」

星執行役 「ふたつとは?」

天野 「ひとつはISOを卒業したことを、斬新というより遅れていると受け取られる恐れもあったでしょう。
もうひとつは認証機関などから、ISO卒業を認証ビジネスに反旗を翻すとみなされることの恐れです」

星執行役 「認証ビジネス……なるほど銭儲けということか。借金は誰かの預金、審査費用は誰かの売り上げと」

若宮次長 「清野さん、説明会はどんな雰囲気だったのでしょう?」

清野 「実を言いまして私は○○大学大学院の環境経営研究科に在籍しておりまして、ISO認証の研究をしております」

星執行役 「へえ、仕事しながら大学院に通っているのか、それはすごいね」

清野 「スラッシュ電機の方が大学に講演に来たことがありまして、面識はありました」

星執行役 「ちょっとごめん、スラッシュ電機の人が講演に来るとは、非常勤講師ですか?」

清野 「1回限りの講演でした。当社も含め多くの会社で、社内論文をまとめて技報として出していますね。大学では大手企業の技報を購読しておりまして、スラッシュ電機技報で環境特集がありました。それで環境経営研究科が講演を頼んだのです」

星執行役 「若宮さん、ウチでもそういったことはしているの?」

若宮次長 「○○大学ではありませんが、当社のOBが特任教授をしている大学には、研究所とか工場の開発の人間が講演とか実験の指導などしております。
多くの場合、依頼を受けた部門が対応しておりまして、実施した外部講習をまとめてはいないと思います」

星執行役 「ああ、そう。ありがとう。
ごめん、清野さん、説明を進めてください」

清野 「まずCSR報告書の報告会の聴衆は50名かそれ以上いたかもしれません。来ていたのはマスコミは新聞社が1社、後は雑誌社、業界紙とかでした。一般に広報していたので、私のような一般人も若干名いました。服装を見ると20名くらいは社内のサクラだったように思えます。
広報の人の話では何人来るか心配だったと言ってました。

田村さん
聴講者聴講者聴講者
聴講者聴講者聴講者

『卒ISO』の説明は田村さんという役員の次くらいの偉い方がすべて説明し、質問を受けてもほかの人に代わることなくお答えされていました。とても詳しいとお見受けしました。

なぜ認証を止めたのかについて理由を説明されましたが、正直言いましてものすごく真剣に仕事をされていると感じました」

星執行役 「そう聞くと、ウチは真剣に仕事してないようだけど?」

清野 「おっしゃるように、私自身は真剣ではなかったと思います。
例えば審査で審査員が規格解釈を説明すると、私たちはそれが正しいと信じてしまいます。

スラッシュ電機のお話を聞くと、彼らは規格を徹底的に読んでいるのはもちろん、不明点があればISOTC委員というISO規格を作る委員会の日本代表の方に問い合わせたり、他の認証機関に問い合わせたりしています。

ですから審査員から会社が規格を誤解していると言われても、簡単に承知せず、自分たちが調べたことを基に反論し、審査員の見解に異議を述べるのが当たり前になっています」

星執行役 「審査員の解釈に問題があるの? あるいは審査員の言う通りすると問題があるの?」

清野 「ISO規格は具体的なことを書いていません。多くは『何々を確実にする』とか『次のことを計画しなければならない』という文章です。規格を素直に読めば、方法を問わず目的を達すれば良いわけです。
しかし審査では審査員が考える方法でなければ、規格を満たしていないと判定されることが多いのです。

スラッシュ電機ではそういう場合、規格を満たしていることを説明して、審査員が出した不適合のほとんどを拒否しています。
拒否することが目的ではなく、自分たちが考えた方法が最適であると考えているのです」

星執行役 「ほう! 天野さん、そこんところはどうなんだ?」

天野 「私も清野さんの報告を聞いて反省いたしました。
実を言いまして、当社の審査においても、審査員が不適合にしたのが……不適合とはNGという意味です……おかしいと思えるものは何度もあります。

まあ会社規定の文章を書き換えるくらいなら良いかと、受け入れているのが実情です。
あまりお金のかかるようなことは、撤回してもらうよう説明しています」

星執行役 「お金がかかろうが、しなければならないことは、せねばならんだろう。同じくタダでできようが、納得できないものは拒否せんといかんのではないのか?」

天野 「おっしゃる通りです。そういう方向に舵を切ろうというのが、本日の伺いの趣旨です」

星執行役 「なるほど、清野さん、話を続けて」

清野 「これはお話を聞いただけですが、本社で工場からの報告を精査していて、スラッシュ電機が社外に公表している省エネ計画と工場がISO審査で見せた省エネ計画に齟齬があるのを見つけたそうです。
それで本社の環境課が工場を訪ねて調べたところ、ISO審査で審査員からスラッシュ電機の計画に上積みするように言われたので、計画を修正して積み上げたことが判明しました。

その結果、本社が決めた計画を、ISO審査で言われて修正したとは越権であるとして、懲戒処分が行われたそうです」

星執行役 「おいおい、懲戒処分ってなによ?」

清野 「実は本社の環境部門が工場に行く前に、本社の監査部が業務監査を行っており、その省エネ計画の齟齬を見つけたのですが、黙認したそうです。

それで見逃した監査部の責任も追及し、齟齬を黙認した監査部長と、ISO審査を受けて計画の修正を命じた工場長と部長が解任になったとそうです。課長は減俸だったとのこと」

星執行役 「そりゃすごいね、監査部の部長なら役員だろう。役員が引責辞任か……
とはいえ新製品発売時期を偽ると刑事罰だよね(注2)そう考えると省エネ計画だって投資計画だから株価などに影響するかもしれず、おかしくはないのか」

清野 「もちろん返す刀で認証機関を呼び、審査において目標を上積みしろという発言は審査のルール違反であること(注3)二度とするなと要求したそうです」

星執行役 「すばらしい、まさにそういうのがまっとうな仕事だ」

清野 「スラッシュ電機も当社と同業ですから、業界設立の認証機関である品質環境センターで認証していましたが、そういうことが重なり認証機関を大日本認証に切り替えました。

その後そこの審査を受けたところ、確かに規格解釈に間違いはなく、審査のルールに反することもなかったけど、審査による効果はないと判断したそうです。それが2019年のことです。

その結果、本社・支社の認証を返上したのが2020年です。そして工場がビジネスを行う上でISO14001が必須でなければ認証を返上することと方針を出した。
そして2022年に全工場が認証を返上したので、今年2023年のCSR報告書でそれを成果として特集したとのことです」

若宮次長 「いやあ〜、確かに真剣に仕事をしているのが分かるよ。当社ならISO審査で本社の指示と違う計画を見せても、本社の環境部門は気にもしないだろう」

清野 「スラッシュ電機は、本社が公表している省エネ計画と異なる計画を立てろということは、審査のルール違反というだけでなく、審査員による企業の仕組みの改悪行為であると考えたそうです。品質方針の徹底を阻害する行為ですからね。

問題を起こした品質環境センター以外の認証機関で認証を受けている工場もありました。それで委託しているすべての認証機関を集めて、まっとうな審査をするよう要請というか命令というか、そういう話をされたと聞きました」

星執行役 「立派としか言いようがない」

天野 「もちろん多少は脚色もあるでしょう。しかし私は過去から審査員の言われるままにしてきたことを反省します」

若宮次長 「天野さん、清野さんのお話以外にも問題がありましたか?」

天野 「たくさんありました。
例えばISO規格では環境を改善する計画を立てて活動せよという要求があります。品質環境センターでは、計画の策定時から達成期限まで3年以上ないと不適合という基準があります」

ハテナ ハテナ ハテナ
若宮次長

若宮次長 「ちょっと言ってることが分からない。計画の活動期間が3年より短いとダメというのはどういうこと?」

天野 「私も理解できません。でも審査員が3年より短いのはNGだ言えば、こちらは認証を取り消されたら困るから従うしかないのが実態です」

星執行役 「審査員が語ったことや判定に納得できなければ、調停するルールはないの?」

天野 「異議申し立て手順は審査契約の中に書いてあります。
ただ申立先が認証機関で、第三者ではありませんから客観性はありません。当社の工場などに聞いても、どこでも審査員が語ったことは変えようがないと、言われた通りしています」

星執行役 「そりゃ問題だね。そういうことでお金がかかることはないの?」

天野 「単にエクセルを叩くとか規定を小改造するだけならいいのですが、現実の計画には達成期限が3年以内のものはたくさんあります。

例えば先般の欧州のREACH規制をご存じでしょうけど、EU規則、日本なら法律ですね、公布されてから施行まで3年ないわけですよ。するとREACH対応の活動計画は、ISO審査では計画とはみなされないのです。

企業にとってREACHに対応することは事業存続にかかわる重大事です。しかしその活動計画がISOでは改善活動とみなされないというのはメチャクチャです」

星執行役 「おかしいだろう、REACHのように3年以内に対応しなければならないのはどうするの?
わざわざ認証機関のルールに合わせてのんびりやるの?
結果として欧州輸出が不可能になるだろう? 事業撤退するわけ?」

天野 「実際には工場で行っている改善計画は一つだけではありません。ですからEU規則対応のものはISO審査では見せないで、省エネ計画とか廃棄物削減計画をISO審査で見せてOKをもらったわけです」

星執行役バカしい!
ちゃぶ台返し 天野さん、なんでそのとき大騒ぎしなかったの?
真面目に言うよ。もっと真剣に仕事すべきだ。
そんなことを言われたら、ちゃぶ台をひっくり返して審査員に帰れと言っても私は怒らない。
それを黙って了解したら懲戒だよ」

天野 「おっしゃる通りです。清野さんがスラッシュ電機を訪問した報告を聞きまして反省しております。
正直言いまして、過去より種々問題がありました。遅れに遅れましたが、今回認証について見直そうとしたのは罪滅ぼしと思っています」

星執行役 「罪を滅ぼしもいいけどさ……そういったことは多々あるのかい?」

天野 「たくさんあります。特に最近は経営に寄与する審査とか言い出して、どうでもいいようなことを勧めてくるので参っています。
今回改めて本社・支社の各部門に審査員から根拠を示されずに是正を指示されたものを収集してまとめております。
それが……配布資料の6ページにあります」

星執行役 「ほう……毎年、作業手順を見直ししていないからダメと言われた。ISO規格には毎年という要求がない、
有益な側面がないからダメと言われた、規格には有益な側面という言葉がない、
会社規定の文章が分かりにくいから不適合と言われた、規格要求は文字が鮮明で読みやすいことである等々
なるほど、たくさんあるものだ。
私は詳細を知らんが、相手が根拠を示さなければ根拠を示せというべきだね」

清野 「私も不勉強でした。スラッシュ電機の方に教えられたのですが、ISO審査を決めたルールがありまして、そこでは裁判と同じく不適合とする根拠となる要求事項を明記すること、悪いという証拠を具体的に記述することとあるそうです(注4)

若宮次長 「罪刑法定主義と証拠裁判主義ですね(注5)普遍的な原則です。そんなルールも守らず審査しているとは、とんでもない認証機関だな。藪医者ならぬ藪認証機関だ」

水島 「出るところに出たら契約違反で民事で勝てますね」

天野 「まあ、2000年頃は、売り手市場で我々客は一刻も早く認証が欲しくて、審査員が語ることを神の声とあがめていたのは事実です。その審査員は神様という態度が20年変わっていないようです」

清野 「スラッシュ電機も同じような目に合っていて、是正を求めたけど問題があり、認証機関を変えた。その結果、審査のルール違反はなくなったけど、やはり審査の効用がなかったとのことです」

星執行役 「審査の効用がなかったとはどういうこと?」

清野 「審査の付加価値でしょう」

星執行役 「審査の付加価値ってなんなの?」

清野 「審査を受ける組織……工場とか本社のことです……それがISO14001の要求事項を満たしていることを認証機関が確認したという裏書です」

星執行役 「そう言われるとそんな気もするが、ちょっとおかしいな〜
手形でも借用書でも、裏書すれば連帯保証の義務を負う。だがISO認証の裏書は何の責任も負わないところがつじつまが合わないんだ(注6)

天野 「おっしゃる通りです。審査した企業で事故や違反があれば、審査した認証機関は『審査で騙された』と言って終わりです」

若宮次長 「そりゃ論理的に全くおかしい」

倉田 「次長、どうしておかしいのですか?
どこの認証機関もそう言うと、それを聞いたマスコミや消費者団体、そして問題を起こした企業も納得しています」

天野 「納得はしてないよ。事故や違反をした会社は責任を感じて、認証機関に文句を言わないだけだ。心中は穏やかじゃないだろう」

水島 「認証って会社の格付けみたいなものでしょう。誤った格付けを信じて損した人は、

羽左
ああ、お金が飛んでいく羽右

羽左
ああ、お金が飛んでいく羽右

ああ!お金が消えていく

格付け会社を恨みますよ。どう考えても倒産した会社を恨むのは筋違いです。

これは言葉の綾じゃありません。リーマンショックで財産を失った人たちはたくさんいました。彼らはジャンク債を発行した会社を恨みましたか?

追求したのはジャンク債を高く評価した格付け会社と、それを売った証券会社です(注7)

倉田 「実際には格付け会社は信用を失い、存続できなかった会社もあります。だから裁きは受けてますね」

天野 「だが認証機関はそういう社会的批判も受けていない。審査をしてお金を稼ぐが、審査の結果について責任を負わない。格付け会社とは大違いだ。
この行為と責任のアンバランスは、許されるものなのか?」

星執行役 「なるほど、そうだよな。ISO認証は自分が認証するわけじゃない。認証機関が認証するのだから、間違えたら認証した機関が責任を負わねばならない。そうでなければ認証の意義はゼロだ。水島さんの言うように理屈に合わない。

相撲 そもそも監査員が……いや審査員か? 審査員が騙されたと言って恥ずかしくないのか?
相撲の行事が一場所で3回指し違えたら無条件で降格処分だよ。足が見えなかったとか言い訳はなしだ。
騙されることもあるだろうが、見逃した責任は負わなければならんだろう。それを無視したら、その審査員は信頼を失い誰も彼の話を聞かないだろう。


注:「目的・目標の計画は二つ必要だ」とか、「有益な側面もある」と勘違いして語ることもあるだろう。その後に気が付いて冷や汗をかいたかもしれない。
間違えない人はいない。過ちて改めざるを……と偉い人も語っている。

だがそういう間違えでジャンジャンと不適合を出していたわけで、社会に迷惑をかけたことは間違いない事実である。
せめて「私は間違えていた」くらい公表して謝罪すべきではないだろうか?

審査員を引退したら「もう昔のことは忘れた、ハハハ」とはいかないのだよ。
そんなバカバカしいことで不適合を出されて、査定がマイナスされた者の恨みを忘れるな!


星執行役 それはともかく、わしらが認証制度の妥当性を考えることはない。認証制度の整合性が取れているなら……例えば生命保険のように社会で受け入れられ永続するだろうし、そうでなければ永続できないはずだ。
我々が考えなければならないのは、認証を続けるか、止めるかだろう、天野さん」

天野 「左様です。まさにそれが伺い出の要旨です。
伺い出た選択肢については……3ページにあります」

星執行役 「どんな提言なんだ? うーん
ひとつ、認証機関に見てもらうことなく自己宣言に移る
ひとつ、審査の問題について認証機関に改善を要求する
ひとつ、認証機関を鞍替えする
どれもピンとこないな。

あのさ、今日は大変ためになった話し合いだった。私も若宮さんもISO認証の実態というか問題はよく理解した。
だけど天野さん、この提言はまだ考えが煮詰まってないよね。
いっそのことスラッシュ電機でCSR報告書の説明をした方、田村さんだったね、天野さんが彼に会って教えを乞うたらどうだ。

実を言って業界団体でCSR担当役員会議なるものが最近あったんだ。担当役員会なんて言っても、どこの会社からも役員なんて出てこない、出てくるのは役員の下とか、そのまた下くらいだな。当社から私が行って業界団体の職員が驚いていた。
そのときスラッシュ電機からは、担当役員の代わりにその田村さんが出てきていて名刺を交換したよ。

まっ、すぐにってのもなんだ。一週間くらいかけて皆さんが議論して問題点や選択肢をまとめたら、アドバイスを貰いに行ったら良いだろう」

天野 「分かりました。それではこの件一旦持ち帰り再検討いたします」

若宮次長 「ちょっと思ったのですが、スラッシュ電機が『卒ISO』なら、当社のキャッチワードは『ISO26000へ』としませんか」

星執行役 「なんだその26000って?」

若宮次長 「『ISO26000社会的責任の手引き(Guidance on social responsibility)』です。ISO14001は環境対象ですが、社会的責任になるととんでもなく対象範囲が広くなります。人権、労働、環境、消費者、地域への貢献と盛りだくさんです。
ISO9001だって顧客対応です。実際にISO9001もISO14001も26000の一項目にすぎません。

面白いことに、ISO14001規格の文字数よりも、ISO26000の中の環境パートの文字数のほうが多いのです」

水島 「ほう〜」

星執行役 「そのうち、その26000とやらの認証も始まるのか?」

若宮次長
EMS
矢印
CSR
「それはないですね。ISO14001規格は要求事項と言って、『これをやれ』という文章ですが、手引きでは『これを参考にしなさい』という文章です。

26000ではなじみがなく長すぎるなら、CSRにしましょう。部の名前と同じですし、EMSからCSRへ、いいじゃないですか。
当社はスラッシュ電機よりスタートが遅くなりますから、せめて名前だけでも彼らより一歩前に出ませんと」

星執行役 「あっ、そうだ」

若宮次長 「なんでしょう?」

星執行役 「ウチのCSR報告書の発行はいつだ?」

若宮次長 「しっかりしてください。ウチはCSR報告書ではなく、サスティナビリティ報告書です。今年度の計画をしたとき、有価証券報告書より遅くするとして、今年から発行日を9月末に決めたでしょう」

星執行役 「まだ日があるな、それにISO26000にチャレンジという特集を組め」

天野 「まだなにもしておりません。そもそもどの部署が担当になるのでしょう?」

星執行役 「かまわん、かまわん。スラッシュ電機の『卒ISO』も2ページだったろう。あれくらいのかっこいい記事を作って盛り込めや」

若宮次長 「それはいいですね。スラッシュ電機の向こうを張れる」

天野 「スラッシュ電機に教えを乞うて、それよりかっこいいこと語っても笑われます」



うそ800 本日の不思議

私は運が良いのか悪いのか、困った審査員に会うことが多い。

かようにワケノワカラン不適合を見ていると、日本経済に混乱と活力低下をもたらすのが審査員の仕事かと思ってしまったぞ。




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注1
注2
詐欺罪になるらしい。

注3
目標値の上積みを指示することは、「改善の機会」とは言えないだろう。審査員の横暴というだけだ。オーディターハラスメント(略してオハラ)と言うべきか?
目標は高いほうが良いと語る審査員もいるが、それはビジョンとか言うんじゃないか。期限を決めて達成を目指すものではない。

注4
ISO/IEC17021-1:2015
9.4.5.3 不適合の所見は、特定の要求事項に対して記録しなければならない。また、不適合の根拠となった客観的証拠を詳細に特定する、不適合の明確な記述を含めなければならない。不適合については、証拠が正確で、その不適合が理解できるものであることを確実にするために、依頼者と協議しなければならない。ただし、審査員は、不適合の原因又はその解決法を提案することは控えなければならない。


注5
罪刑法定主義とは、どのような行為が犯罪として処罰されるか、どのような刑罰が科されるかについて、あらかじめ法律で規定しなければならないという原則(憲法31条)

証拠裁判主義とは、刑事裁判で、事実の認定は証拠によって行なわなければならないとする原則(刑事訴訟法317条)

注6
約束手形や為替手形といった手形は自由に譲渡可能な債権であり、現金化される期日を待たずに資産として活用することもできるため、振出した企業とは別の相手に対して手形を譲渡することで取引を実行することが可能である。

ただし、この手形譲渡の際には、手形の裏面に譲渡した者の氏名・住所等を記入した上で捺印すること(裏書)が定められているため、手形の譲渡を裏書手形と呼ぶ。

この裏書には連帯保証の義務も付随しているため、手形が期日までに決済されず不渡りとなった場合には、裏書人まで支払いが遡及されることになる。

注7
米司法省、S&Pを提訴へ 金融危機の責任問う
破綻の原因は格付け会社の責任であり、検察や被害者が原告で被告は格付け会社である。倒産した企業を訴えたというモノは見かけない。





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