タイムスリップISO 11.認証準備1

24.08.19

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。


タイムスリップISOとは

注:文中「私」とは、作者である私、おばQのことではなく、このお話の主人公である「佐川真一」であります。お間違えの無いようお願いします。




翌週火曜日である。
昨日の月曜日に猪越課長は東京出張した。認証機関を訪ねて審査がいつごろできるか、契約の手順などをヒアリングに行ったのだ。

私のことを悪く言う
人もいますが、私は
気にしません。
大事なのは、昇進と
お金です。

當山氏
當山氏
本社の當山という人が同行してくれるというので、丸の内の本社によって當山氏と合流してから、二人で認証機関を二三社訪問したという。

実は私は當山氏のことを知っている。そりゃ当然だ。若返ってからの2か月間は、30年前のことを繰り返しているだけだから。
私は30年前に 當山氏から役に立たない指導を受けた。そのときの体験から、金に汚く、悪知恵の働く人なのを知っている。
だから猪越課長がだまされないように、身ぐるみはがされないように、貶められませんようにと心中願っている。
もちろんそんな願いが叶うわけがないことも知っている。だって30年前の繰り返しだから。


夜が遅く、いつもは8時半の始業時すれすれに来る猪越課長が、7時半には出社している私と前後して出勤してきた。いつもの朗らかな顔つきではない。

私、佐川真一 「おはようございます。認証機関はいかがでしたか?」

猪越課長 「うーん、いろいろ話すことがあるんだ。今から話を始めるときりも限りもないから、始業時までお互いの仕事をしよう。始業時になったら出張の話をしたい。
ここではなんだから会議室だ」

かなりイラついているのか、いつものような穏やかな感じではない。
仕事はあふれるほどある。ISO9001の対訳本はやっと昨日手に入った。電子データが欲しいので、まずは要求事項の書かれた4章を、英語原文とJIS和訳をまるまるワープロ起こししている。こういう作業を写経と呼ぶらしい。

OCR(Optical Character Recognition:光学式文字認識)の研究が始まったのは100年以上前の1910年頃だそうだ。
しかし我々の身近なものになったのは、Windows95以降、安いハードとソフトが手に入るようになってからだろう。
そして直ぐにOCR付のプリンターが1万円台で買えるようになった。本を見ながらワープロ起こしをするのもあと10年だ。ガンバロー


写経するのに「0.序文」から「3.定義」までは要らないだろう。審査で「3.定義」を確認するのは稀にあるが、「1.適用範囲」や「2.引用規格」で議論したことはない。

原文・和訳合わせて20ページ、文字は小さいが行間は広いから1ページ10分あれば十分だ。すると所要時間200分、3時間半というところか。既に月曜日に4ページ入力している。

ISO9001:1987年版は2015年版より文字数も今よりは少なかったが、それよりも対訳本のサイズが現在の新書サイズではなく遥かに大きなB5判だからページ数が少ないのは当たり前だ。


今日中に課長との打ち合わせをしたのち、規格のワープロ起こしを決めて……いや課長が昨日の出張の話をするというから午前中はつぶれるな。

課長が替わったこととISO認証の仕事が増えたことで、今までの暇でのどかだった品質保証課とは一変した。とはいえ人生二巡目だ、それほど深刻ではない。

  ・
  ・
  ・
  ・

始業時のチャイムが鳴ると、皆立ち上がり朝の挨拶をして席に座る。
猪越課長が私の肩を叩いたので、二人して会議室に行く。
座ると、猪越課長は「ハァ〜」と大きなため息をつく。

私、佐川真一 「どうしましたか? 審査のハードルがとても高かったとか?」

猪越課長 「認証機関の方は、それほど深刻とか重大な問題があったわけではない。問題は當山とうやまさんだ」

私、佐川真一 「當山さん? 彼が嫌味な人だったとか」

猪越課長 「嫌味な人……そう言えば簡単明瞭だな。本社とは付き合いがあまりなかったけど、本社はあんな人ばかりなのだろうか?」

私、佐川真一 「おっしゃることが分かりませんが……」

猪越課長 「我々の仕事を踏み台にして昇進していくと言えば分かるかな?
彼はこの工場がISO認証することを、自分の成果にしたいということしか頭にない。

彼の要求というのは、この工場から彼を指名してISO認証の指導願いを出してほしいこと。そして1日この工場に指導に来ると、15万円の費用を請求するという。

更に重大なことは、彼はまだISO審査を見たこともなく、指導した工場が審査を受けたこともないことだ」

私、佐川真一 「でもご本人がISO規格の知識があって、指導できるならいいじゃないですか」


実を言って私は當山氏がISO規格など全く理解しておらず、一度規格説明会を受講したことがあるだけだということを30年も前から知っている。

猪越課長 「そうなら良いけど、実は彼はこの工場に来る目的は、認証のためにどのような活動をするかを見学し勉強することだという」

私、佐川真一 「はっ、お金を取って工場に来て、我々のすることを見学するということですか?」

猪越課長 「その通りだよ。
実は昨日の認証機関訪問は3時過ぎに終わってしまった。そういったことは移動中の電車で聞かされた。驚いてしまったよ。
電話機

それで東京の本社に戻ったのち、事業本部で打ち合わせがあると言って當山氏と別れ、事業本部で席を借りて電話を借りてあちこちかけた。
あちこちって3カ所だけど、アハハハ

ウチの会社でISO認証活動中の工場はウチを除いて3カ所あるって聞いてるよね。そこに電話をしたんだ。ええと兵庫工場、長野工場、千葉工場だった。
そこのISO9001の担当に電話したんだ」

私、佐川真一 「よく工場のISO担当者をご存じでしたね?」

猪越課長 「いや知らない。向うの総務に電話してこちらの官姓名を名乗り、ISO担当者につないでくれって言ったんだ。電話の発信元が本社だから向こうも信用して回してくれた」


通常大きな会社はPBXなどによって、全国の工場や支社が内線でつながる。着信音も内線と外線は違えている。
クラウドなどネットを使った電話は1993年には存在しない。

私、佐川真一 「それで…」

猪越課長 「いろいろ話してくれたよ。どこも當山さんに指導を頼んでいるという。しかし頼みたくて頼んだのではなく、本社生産技術部長宛てに當山氏にISO認証を指導してほしいと、依頼を出せと強制されたという。

それも問題なのだが、もっと大問題なのは、専門家ぶって指導依頼を出させたのに、當山氏がまったくISO規格も認証のことも知らないことだ。
工場に来ても、どんな準備作業をしているかを調べるだけだそうだ。それも黙ってみているならともかく、その仕事は何のためか、規格の意味は何かなど質問するものだから仕事が進まないという。そして欲しい資料があるとコピーしろとか言い出して、紙の資料や電子データなどをタダで持って行くという。

それどころか自分たちが欲しい資料をわざわざ作らせもするという。彼が来て講演するときの資料やパワーポイントは皆、他の工場で作らせたものだそうだ。

そしてだ……手に入れた資料を別の工場に渡してお金を取っているっていうんだよ。そのお金も本社に振り込むのでなく、現ナマを手渡しだって工場の担当者が言ってた。既に20万くらい払ったって。3つの工場で60万か。
悪の限りを尽くすってやつかね」


1993年頃、ISOコンサルなんて存在していない。当時は全国でも認証したのは数十社もなかったと思う。当時認証した企業は皆、試行錯誤でチャレンジした。
認証した会社が、そのノウハウを活用しようとか、ISO認証に関わった人が独立してコンサルなどを始めたのは1994年以降だと思う。

私、佐川真一 「課長はそれで當山さんに依頼するのを止めたいということですか?」

打ち合わせ

猪越課長 「本社の人は工場の支援をするのが仕事というのは分かる。工場がその費用を払うのも分かる。
だけどさ、指導できない人の指導に費用を払うのはどうかと思うし、ましてや会社に内緒でお金を取るというのはどうなんだ!」

私、佐川真一 「それって、れっきとした刑事事件ですね(注1)
しかしそういう資料を買って役に立つのでしょうか? まあ、溺れる者なら頼ってしまうかもしれませんけど」

猪越課長 「あの人の提供する資料を買っても役に立たないと思うよ。元ネタを提供した工場もまだ審査を受けておらず、暗中模索だからね」

私、佐川真一 「支払ったお金は、まさか工場のISO担当者のポケットマネーではないでしょうね。
口座や領収書の明細がしっかりしていなければ、経理が振り込みませんよ。現金払いの小口清算にしても費目どうするのかな?」

猪越課長 「よく知らないけど、いろいろな費目で捻出しているようだ。会議費とか書籍代とか……
あるいは上司も知っていて、不正支出を黙認しているのかもしれない」

私、佐川真一 「それじゃ、お金を渡す方も業務上横領です。そして當山さんが確定申告しなければ脱税ですね。
課長、言っておきますが、私は絶対に法に反することはしませんよ。会社規則に反することもしません。もし強制されたら、當山氏に抱きついて心中します。死なばもろとも」


公益通報制度が日本で法制化されたのは、この物語の遥か後2006年のことである。
今でも周囲の圧力で内部告発できないケースは数多あるだろう。私は昔から後先考えず、悪いことは悪いという人間だった。それは単純に良いことではなく、空気が読めないということでもある。

猪越課長 「私もしないよ。どうしようもなければ支援依頼だけ申し込んで、工場に来てほしいと頼まないことかな。押しかけてくるだろうけど」

私、佐川真一 「本社の指導が難儀なのは分かりましたが、認証機関の方はいかがですか?」

猪越課長 「3カ所訪問した。2社は有名な保険会社の名前がついたイギリスの会社だった。2社は超忙しく年内の審査はもう入らないという。まだ1月なのにね!
もう1社はやはりイギリスの認証機関でBXX社といった。ここも面会に行った企業の人たちが廊下まで溢れて立って待っていた。私たちも最後尾に並んだよ」

私、佐川真一 「相手はイギリス人だったのですか?」

猪越課長 「お会いしたのはどこも日本人の営業マンだ。審査員には会えなかった。
ともかくそこは、まだ開店準備中という。話では5月くらいから、イギリスで審査員資格を取った日本人とイギリス人で審査を開始するという」

私、佐川真一 「そこのイギリスの本社に申し込めばどうですか?」

猪越課長 「聞いてみた。現在日本人で有資格者はいない。イギリス人の審査員で良いなら英語で審査してくれるという。ただ通訳、それもISO用語を通訳できる人でないとダメという。英語で審査された経験はULなど何回かある(注2)

私、佐川真一 「課長は英語が得意ですか?」

猪越課長 「ジスイズアペン程度だな〜。どの工場でも海外駐在だったなんて人が、ひとりやふたりはいるから、そういう人に通訳を頼むんだ。
既に営業は英語で審査する場合には、通訳として1年前までイギリス駐在だった二木さんを予定している。しかし彼もISO用語なんて手に負えないだろうな?」

私、佐川真一 「要するに英語の専門語に対応する日本語と、規格の定義を知っていれば良いのですから、簡単な和英対照表を作れば間に合うんじゃないですか? 」

猪越課長 「君がそれを作れるなら頼むよ。通訳を確保できるなら、BXX社は実施日はいつでも良いという。もちろんこちらの社内の完成度次第だろうけど。

審査は事前に審査には入れるかどうか1名で1日行う予備審査と、本チャンの本審査の二段階になるそうだ。
本審査はこちらの提示した資料を見て2名で2日という(注3)

私、佐川真一 「その認証機関が審査の条件としているのはどういうものでした?」

猪越課長 「審査の条件……ああ、最初はシステムの運用期間が半年以上が必要と言った。そして以前、君が言ったように、すぐに最低三月あればよいと付け加えた。
それを聞いて、ここしかないと思ったよ。なにしろ審査が混んでできませんというのは論外だ」

私、佐川真一 「ちょっと話が戻りますが、交渉相手はどんな部署でどのような職階の方でしたか?
いえ、後で日程が対応できないとか、対応したのが権限のある者ではなかったという問題が起きないかと……」

猪越課長 「名刺をもらってきた。ええと田原さんという年配の営業部長だった」

猪越課長は名刺を私に渡してよこす。

実は田原部長にも30年前に会っている。30年前は猪越課長ではなく私が認証機関を訪問したのだ。そして翌日に、正式な契約をしていないからと袖にされたのである。
おそらく仕事が忙しくなったからか、それともそのすぐ後に契約した会社でもあったのだろう。

私、佐川真一 「なるほど、営業部長さんですか、それなら安心ですね。
でも契約してないと手付けだけでも払うなどしないと、他の会社が契約してしまう恐れがありますね」

猪越課長 「確かにBXX社でも、認証希望者が殺到しているからね。
おおよその見積もりを聞いたけど予備審査と本審査で95万という。高いと言えば高いけど、こんなものかな」

私、佐川真一 「一人一日20万か、相場が分かりませんが、作業改善とか安全のコンサルから考えるとそんなものでしょうね。
ただイギリスから来るなら、航空運賃がいくらになるか?」

猪越課長 「佐川君はこの認証機関で異議はないかい?」

私、佐川真一 「異議も何もありません。だって何も知らないのですから」

猪越課長 「帝国バンクの調査はあるだろう。それと昨日貰った資料を合わせて……あっ、まだ事務所だけで会社の法人登記もしていないか。
いや待てよ、イギリスの駐在事務所にここと契約できるかどうか聞いてみてからだな。いやいや……ここに限らず日本で事務所を開設している他の認証機関でもいい。
ヨシ、二木さんに相談してみるよ。営業に行ってくる」


このふたりは審査契約を軽く考えているように見えるけど、審査契約など1回限りかもしれないし、総額がおおよそ100万の買い物ならこんなものだろう。

この場合、認証機関に提出する品質マニュアルも英文が必要となる。60ページの品質マニュアルの英訳を依頼すれば、軽く50万はいくだろう。そう考えると審査費用が100万くらいどうということもない。

ちなみに英文の品質マニュアルは特有の表現、単語の使い方をするから、最低初回は専門家に訳してもらったほうが良い。ネットで技術翻訳をキーワードに検索すると、たくさんヒットするが、ISOのマニュアルをしているのを選ぶのが良い。私の住むマンションには、定年後、技術契約書専門の翻訳を仕事にしている方がいる。



*****


山下さん 課長との話を終えると、私はまた写経を始めた。となりのデスクトップパソコンでは、山下さんが朝からひたすら規定を見ながら規定の入力をしている。
大変だなとは思わない。副工場長のような人にいちゃもんつけられて、イジメられるのを思えば楽なものだ。

また無意味な作業とも思わない。この時代スキャナーがなく、他の方法がなく行っているわけで意味のある仕事だ。そしてまた写経は写すことに意味があるのではなく、書き写すことにより深く記憶に残る、そのためにするものだ(注4)



*****


1時間ほどキーボードを叩いていると、猪越課長が戻ってきた。
なにか面白くないような顔をしている。そして私に進展があったから話をしたいという。

会議室である。

猪越課長 「問題があった。呆れるというか笑ってしまうというか、世の中はいろいろあるもんだ。
営業の二木さんと話して、BXX社に電話をして審査契約を結びたいと言ったわけさ。
そしたら昨日会った田原部長が、あれから契約するとも言ってこないし、振り込みもされていない。だからウチは申し込む気がないと判断して、別の客と契約してしまった。もう今年度上期には審査はできないと言われたよ。
昨日の今日だよ、どうなっているんだ?

そう言えば、今朝、佐川君と話したとき、何か手を打っておかないと、他の会社が契約してしまう恐れがあると言ってたね。偶然というか、フラグを立てるというか、たまげたね。
この業界はそういう交渉が普通なのだろうか?」


おお、BXX社がキャンセルするのは一度目と変わっていないようだ。ただ少し変わったのは田原部長の手のひら返しは前回と同じだが、その話を受けたのは私だった。
猪越課長は災難だけど、今回は少し私がいじめられることが少なくなるのだろうか?

私、佐川真一 「ひどい話ですね。契約書を取り交わしていないのですから、正式な金額も決まっていないのでしょう。なにを言ってるんでしょうね。
他の会社が、金額とか何か、ウチより条件が良かったのではないですかね。
でもまだイギリスの本社に審査依頼をする手がありますね」

猪越課長 「それでね営業の二木さんと話し合って、二木さんからイギリス駐在事務所に、日本ではISO審査の仕事が急増で審査できないとのことで、認証機関のイギリス本社に問い合わせてほしいと頼んだ。
8時間時差があるので、こちらとは夜と昼がほぼ逆になる。明日の朝一で交渉結果が来ているだろう」

私、佐川真一 「早いとこ審査の計画を立てたいです。審査の予定日が決まらないとキックオフできませんからね」

猪越課長 「決まっても来年じゃしょうがないよ。
営業も認証の必要性を把握するのが遅かったから、責任を感じているようで協力的なのが救いだ。

もっとも1993年内というのはガセというか、本当は認証期限はだいぶ余裕があるらしい。認証機関でそんな話を聞いた。
もし日本からの輸入が止まれば、日本が困る以上に欧州も困るはずだ。向こうの連中が認証する期限に余裕を見込むのは当然だろうね」

私、佐川真一 「それは良かったですが、我々としては今年いっぱいを目指しましょう。
ともかく今は待つしかありませんね。
課長は他にも話があったようですが」

猪越課長 「そうそう、またやっかいなことを聞いたよ。
昨日、當山さんと認証機関に行った話をしていたら、傍にいた人が話に参加してきたんだ。彼が言うには、本社の當山先生はT大のマスターなんだそうだ」

私、佐川真一 「T大は分かりますが、マスターって何ですか?」

猪越課長 「佐川君は大学行かなかったの?」

私、佐川真一オーセンティック正真正銘のな田舎の高卒ですよ」

猪越課長 「マスターって修士のことさ。まあ當山さんは高学歴で勉強はできたんだろうな。
そして副工場長もT大のマスターで、二人は以前何かで一緒に仕事をしたことがあるそうだ」

私、佐川真一 「会社に入ってからも、出た大学とか学位とかのコネですか」

猪越課長 「私は田舎の国立だから、そういうコネはないんだよねえ〜。
ともかくそんなわけで當山さんと副工場長は、先輩・後輩どころか、親分・子分の仲らしい。それで困ったことがある」

私、佐川真一 「なんでしょう?」

猪越課長 「ホントを言って、本社にISO9001認証の支援依頼をするのを止めようと思っていた。ところが當山さんは既に副工場長にメールを打って、自分に支援依頼をしてほしいと話を付けていたようだ。

それで今日、副工場長に会ったとき、當山さん指導を要請する手続きをしろということと、しっかりと教えを乞うのだぞと言われてしまったよ。
あんなレベルにお金を払うなんて、お断りだ」

私、佐川真一 「うーん、苦労は工場で成果は本社が持って行くか……」

猪越課長 「それも成功したときは手柄をさらっていくし、ダメだったら工場の連中の力不足と説明するのが定例らしい。
彼はそんなことばかりしていて、工場では悪名高いそうだ。上役は下々のことを知らないから、當山をすごい奴だと思っているわけだ。
それに我々が苦労したノウハウを無償でさらっていくってのも好かんね」

私は30年前を思い出そうとした。このトラブルはどうなったのだろう?
本社に支援を頼まないことが問題となったのは覚えているが、結末がどうだったのかは記憶にない。結末を忘れたということは大したことにならなかったのだろうか? それなら良いが。
うまい方法で断れないだろうか?



*****


翌日朝、始業後、猪越課長がメールソフトを立ち上げると、営業の二木さんからメールが入っていた。要旨はBXX社のイギリス本社では、7月上旬の本審査を受け付けたとある。既に過去形、つまり決定されている。
そして審査を受けられる状態かどうかを確認する予備審査を、5月下旬に行いたい、詳細の日程はおって打ち合わせるとある。

通訳
社 長 I'm happy to meet you.
審査員 私は日本語を話せます。
通 訳 私は話すことがないわ

予備審査はイギリスから審査員1名が訪日する。このときはISO規格の分かる通訳を用意してほしいこと。
本審査では日本支社からイギリス人と日本人のペアで行う。通訳1名を確保してほしいこと。

猪越はメールを見せてニヤリとした。

猪越課長 「これでとりあえず少しは前進したぞ」

私、佐川真一 「飛行機代がかかりますよ」

猪越課長 「我々と同じことを考える会社もあるようで、何社か分からないけど、日本で複数の審査をするとある。仮に4社として行き帰りの運賃を割れば1社6万くらいだろう。2社だとしても半額さ。
よし、次はキックオフだ」


私が受けた最初の審査は審査員がイギリスから来た。請求された旅費は、間違いなく航空料金の数分の一だった。だが飛行機賃を審査を受けた会社の数で割ったのかどうかは知らない。営業上の配慮なのかもしれない。

国内大手の某ISO認証機関は、1回の出張で何社審査しても、各社に東京からの往復の旅費全額と前日と当日の宿泊費を請求していた。審査員が「昨日は〇社、ここが終わったら〇社に行きます。疲れちゃいます」と語っていたから間違いない。そういうのは普通なのだろうか? 払う方としてはいささか気分が悪い。


私はパソコンラックに戻ったが、心が落ち着かず作業に集中できない。
パソコン作業 どうも一回目の人生と違うようだ。いやだんだんと変わってきたような気がする。
それは、今までの二カ月の間、自分がより良い選択をしようとした結果なのか、それとも自分が元に戻った瞬間に過去の出来事がリセットされたのか、ここは元の人生ではない別物なのか?

いずれにしてももう自分の記憶にある状況と変わってしまい、30年先を知っているというアドバンテージは、なくなったと思うしかない。
いやISO規格は記憶にあるものと変わっていない。審査のルールが変わっていないなら、認証の仕事は30年のキャリアを生かせる。

ともかくこれからは、先のことを知っているなどと思わずに、一つ一つ考えていかないととんでもないことになりそうだ。



うそ800 本日の参考情報

登場人物の御芳名は、私が過去にお会いした方々のお名前を借用して、そのままでなく、大川さんを小川さん、東山さんを西谷さんというようにもじっております。

もちろん、良い配役にはお世話になった方々のお名前、悪役には良い思い出のない嫌がらせを受けた方々のお名前を……

これも恨みを晴らす一環、いや出演者に割り当てる名前が思い浮かばず苦し紛れです。



<<前の話 次の話>>目次



社内の業務においてお金を取って便宜を図ることは、収賄罪又は業務上横領罪に当たる。いずれも非親告罪である。

親告罪とは検察官が起訴する際に、被害者や被害者の法定代理人などの告訴権者の告訴が必要な犯罪です。非親告罪は被害者の告訴がなくても、証拠があれば検察は起訴できる。

ノギス 1960年代、ULの工場認定では外人エンジニアが審査に来た。
彼が持ってきたノギスがインチだったのでバーニヤがどうなっているのか、興味を持っていじっていたら、なにやら話しかけてきた。全く理解できなかったが、たぶん「ノギスを初めて見たのか」とでも言ったのだろう。

その他、輸出で品質保証協定を結ぶときは外人が来たり、その会社の委託を受けた日本人が来たりした。日本人が来ると真剣勝負だったのを思い出す。見逃しがあると責任問題になったのだろう。まさにISO審査とは月とスッポン

2024年時点、審査工数を定めたものは「品質、環境及び労働安全衛生マネジメントシステム審査工数決定のための IAF基準文書 IAF MD5:2023」のようだ。基本的な審査工数が附属書にある。
記憶があいまいだが、1993年頃は工数がちょっと違ったように思う。

写経の目的は多々あるが次のようなことがあげられる。
・精神修養:心を落ち着かせ集中して行う修行である。
・功徳を積む:写経は功徳を積む行為とされている。
・経の理解:経文を写すことでその意味を深く理解できる。
・祈り:供養や安全の願いを込めて写経をする
般若心経を写経する人は多い。目立たないがメジャーな趣味らしい。



外資社員様からお便りを頂きました(24.08.19)
おばQさま
色々と懐かしいお話、特に会社は違えど、當山のような同じような人間がいるものだと感心しております。

懐かしいもの:
VGAのプロジェクタは、当時でも100万円以上だったのでは?
機内用の映画プロジェクタはRGBが分離になっていて、スクリーンでピント合わせ。だから位置ズレを起こすと画像が滲む、そんなものでも確か数百万円していた記憶があります。
当時 私は、米国に海外出張してプレゼンの時は、トランスペアレンシーシート(OHP)を数十枚印刷して、OHPを使って発表していました。 一部の企業ではプロジェクタがあったけれど、PCとの互換性や設定の問題があったので、互換性問題の無いOHPを使う事が多かったです。当時の学会でもそうでしたし、一部にはスライドも。

當山の如き人:
ISO関連ではありませんが、本社には事業部を助ける力量も無いし、ビジネスも出来ないのに、偉そうにしている人がおりましたね。
流石に個人的な謝礼の経験はないですが、そんな役立たずでも、本社の事業経費として事業部や工場には経費負担が来ていました。
当人は本社の中で「役に立つ」というアピールに熱心で、お書きのように「成功したら自分のお陰、失敗したら下のせい」という人に会った経験はあります。
そういえば、その人達もT大だった気がします。(もちろん、有能な人もいますが多くはエンジニア)

佐川氏:
お話を読んで、過去の経験から大活躍は出来るのだと思うのですが、それよりも認証機関へ転職するなり、自分で日本法人を立ち上げた方がよさそうな気も...
とは言え、彼の本質は会社には貢献しようという点ですから、儲けよりもより良い人生を再トレースしたいのでしょうね。
彼の良き未来と活躍を楽しみにしております。

外資社員様 いつもご指導ありがとうございます。
當山さんのような人がいたのではなく、複数の人の行為をマージしています。ひとりで全部していたら即○○です。
田舎の工場で働いていて、ドクターはもちろんマスターなんてまずいません。後に東京で働くようになると、T大とかマスター、ドクターというものが珍しくないと知りました。
昇進は4大〇年とかマスター〇年と入社年でだいたい職階が決まります。入社時点で社長候補が選別されるのですからたまげました(笑)
官庁も同じなのでしょうけど、モチベーションが上がるのか下がるのか、真面目な話、下々には分かりません。
田舎で働いていると階層なんて気が付きませんが、階層社会というものがあるのだなと体験したのは良かったですね。無駄な望みを持たなくなりました。
金持ちもいると知りました。普通の平社員がベンツの高いほうに乗ってきて驚きました。オーストラリアに別荘を持つ方もいました。会社は余暇なのでしょうか。こち亀の中川のようです。
金持ちをうらやむことはありませんが、仕事で理不尽なことは許せませんね。そのヘんはこれからご期待ください。倍返しはしたいと思います。




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