注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
ここは本社、山口が福島工場に出張した翌日である。
山口が出勤すると、いつもはフレックスタイムで10時半頃出社する
昨日、福島工場で計測器管理規定の雛形を話し合った結果を、なるべく早く當山に報告したい。始業前だが、かまわないだろう。
「福島工場に出張した件、今報告したいのですが、よろしいでしょうか?」
「実は俺、人事に朝一出頭しろと言われている。遅れるとまずいんで、出かけるところだ。すまないが戻ってからにしてほしい」
「了解しました」
山口は當山の後姿を見送る。
座る間もなく當山と山口の上司に当たる野上課長が、打ち合わせしたいと呼びに来た。
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何だろうと思いつつ野上課長に続いて生産技術部の小会議室に入る。
なんと生産技術部長がいる。生産技術部長の職階は工場なら工場長だ。入社して2年目の若輩者が直接対談するはずがない。
そして脇にいるのは人事部の何とかいうエライ人のはずだ。机上にワープロとボイスレコーダーを置いている。
呼びに来た課長も部長の隣に座る。これじゃ、尋問のようだ。いや尋問なんだろうか?
人事部 下山 ![]() | ![]() ![]() ■ ■ | 生産技術部 江本部長 ![]() | ![]() |
生産技術部 野上課長 ![]() |
「始業前からすまないね。ちょっと深刻な問題が発覚したので、事情聴取というのかな、君から話を聞く必要が起きた。
これからの話は記録するから、正直に話してほしい。最後に君に内容を確認してもらいサインをしてもらう。協力してほしい」
断るわけにはいかないのだろう。
「ハイ、聞かれたことには正直に答えます」
「そう頼むよ。ええと、君は當山君と常に一緒に出張に行っているね」
「常にではありません。例えば昨日は私一人で福島工場に行きました」
「先月は7回出張しているが、その内6回は當山君と一緒だったと出張届がされている」
「そう言われるとほとんどいつも一緒ですね」
「今の仕事はISO認証の指導となっているが、具体的にはどんなことをしているんだ?」
「正直言いまして、まだ指導する内容とか手法など、確立どころか具体的に見えていません。それで工場の人と規格をどう理解するか、認証に向けて何をどう進めるかなどを議論しながら試行錯誤している状況です」
「話を聞くと指導というより一緒に検討を進めているように聞こえる。それにしちゃ指導料としてだいぶ取っているな。一人一日15万は高すぎないか」
「おっしゃる通り工場から高すぎるとか、やり直しも多く指導とは言えないという意見を頂いています。工場から見れば効果は低いでしょう。
なにせ先行事例もない、私たちも知らないことばかりですので」
「指導料として費用を請求する他に、資料などを渡すことでお金を取っているということはあるのか?」
山口は「おお、これが本題か?」と気づいた。
「正直言いますが當山さんは、資料を渡すときお金を受け取っていたようです」
「それはいくらくらいだったの?」
「実際に現金の受け渡しは見ていません。工場の人が高いと言っていているのを聞きました。
具体的な金額は知りません。想像ですが何千円ではなく、もっと多いと思います」
「どんな形でやりとりしていたのか、例えば物は請求書と受領書との交換とか、お金は振り込みとか」
「堂々とやってはいませんでした。私にも隠していたようです。
相手は工場の誰でもではなく、課長級の人たちでした。
帳票を見たことはありません」
「そもそもどういう手順なのだろう。向うから何か欲しいと言われて提供したのか、當山君がこれいかがですかという売り込み形なのか?」
「そういうことは知りません。一緒に出張したと言っても、私は工場の規定とか現場を見てどうすれば良いかというような議論をしていまして、先方の課長などとの打ち合わせは當山さんがしていました」
「君も謝礼をもらったことがあるかね?」
「いえ、一度もありません」
「なぜもらわなかったのか?」
「向うが出しませんから」
「向こうが謝礼を出せばもらったのか?」
「向こうが謝礼を出すわけないですよ。だって指導料は事業所間の取勘で取り立てているわけですから」
「じゃあなぜ當山君は謝礼をもらっていたの?」
「さっき話したでしょう。當山さんが何か紙の資料とか書籍を渡していましたから、その対価だと思います」
「でも普通、工場に指導すると言えば、さまざまな資料を渡すのは当たり前で、それに対して謝礼をもらうことはないだろう」
「そうですね。きっとそれ以上のものだったのでしょう。私は中身を見たことがないので分かりません」
「君たちは4つの工場に指導に行っていたが、當山君は4か所から謝礼をもらっていたのか?」
「指導をしていたのは3カ所です。福島工場は指導したいと話を持って行ったとき、先方から指導不要と断られました。
それに千葉工場は2月から指導はいらないとキャンセルされました。それで現在指導に行っているのは2つです」
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そんな一問一答を1時間近くしてから、人事の人がワープロしたものを見せられて、確認後サインをした。自分の席に戻るとべっとりと汗をかいているのが分かった。まだ3月だぜ。
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だけどどうすれば良かったのだろうか?
入社して配属されたのが本社で、工場でなくハッピーと思っていた。私の教育係となったのは當山さんだった。彼は生産技術部で外国の工業規格の動向を調べる仕事をしていた。まぁ地味っと言えば地味な仕事だ。彼はそれを気にしていた。
そして同じ生産技術部でも仕事が違う人が講演に行って謝礼を〇万円もらったとか、ナントカ委員会に参加していて、年に〇十万円報酬をもらっているとか聞くと面白くない顔をしていた。気持ちは分かる。
注:業界団体の会合などに出ると、飯はもちろん日当を出したり継続的な委員会などではその分の手当を支給することもある。
数千円ならハッピーと思えるが、万を超えると気が小さい私は恐ろしくなった。数千円の日当だって、こちらは公用外出で出かけた時間も給料をもらっているわけだ。正直言って私は受け取ったものすべて会社に提出していた。他の人はどうしていたのだろうか?
だから1987年にできたISO規格による認証制度が動き出すと聞いたとき、當山さんが自分の時代が来たと思ったのも分かる。
だが、ちょっと金儲けの度が過ぎたんじゃなかろうか。向うが出した謝礼をもらうのと、謝礼を要求するのは違うだろうし、そもそも勤務時間に外出や出張して行ったことに更に報酬を得るのはまっとうなのか?
訪問した工場で得た資料を他の工場に売ることは、情報保護、就業規則、倫理上などでどうなのだろうか?
おっと、自分が潔白だと証明することはできるだろうか? 工場に自分には謝礼などを払っていないと証言してもらえばよいのだろうか?
山口は悶々とするのである。
ちょうどその頃、福島工場の一室である。
机の一方に総務部長、人事課長、向い側に回路設計課の小川課長が座っている。
人事課 人事課長 ![]() | ![]() | 総務部 幸田部長 ![]() |
福島工場は小さいので人事課は総務部に所属している。但しこれは組織上の形に過ぎない。総務部長が人事課の仕事を管理しているわけではない。極論すれば人事部門は工場長の指揮下にはない。
人事課や経理課が本社の人事部、経理部の指揮下にあるのは、明文化されていないが従業員ならだれでも知っていることだ。それは工場の暴走や不正を防ぐ目付の役目なのだろう。
「小川課長、ちょっと重大な問題が起きた。君が悪事を働いたわけではないが、それに関係したという噂を聞いたのでちょっと質問したい」
「悪事! は、はい、どんなことでしょうか?」
「現在、福島工場ではISO認証を進めているのはご存じの通りだ。もちろん小川課長も頑張っているところですね。
実を言って、本社の當山さんという人が、ISO認証のための資料と称していろいろなものを社内で販売していると聞いている。
小川課長はそれに関わったことはありませんか?」
「そうおっしゃるところを見ると総務部長はすべてをご存じのようですね。恥ずかしながら私は當山君からそういう提案を受けてISO認証に役立つといういくつかの資料を……お金を払って入手しました。
ええと、そういう行為はなにか問題になるのですか?」
「いや、正確なことを言えば犯罪になるか・ならないかは微妙だ。売る方は就業規則違反になることは間違いない。
ところで當山君から入手するようになった経緯は、どんなことだったのかな?」
「そもそもはキックオフの当日の夕方でした。當山君とはお互いマスターで同期入社でしたので面識はありました。彼もそのつながりから私に接近したようです。
というのはその場には下田課長や他の人がいましたが、そういう人たちには近づきませんでしたから」
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當山である | 小川である |
「彼はISO認証の指導をしていること、何も知らない工場の品質保証課の連中では上手く行くはずがないこと、それで自分が作成したISOの資料を買わないかと言ってきました。
これがあればISO間違いなしという触れ込みでしたので、そのときはまだ品質保証課から規格の中身までは説明を受けておらず、一刻も早く情報を手に入れたいと思いまして買うことにしました」
「金額はいくらだったの?」
「10万でした」
「10万! 大金だ」
「それは自分のポケットマネーで払ったわけ? それとも部門費からとか?」
「部門費を流用するほど悪じゃありません。もちろんそのとき10万なんて持っていませんから、翌日彼に指定された銀行口座に振り込みました」
「それは大変だったね」
「大変でした。家内からバカだと言われ……かなり紛糾しました」
「當山氏から受け取った資料の内容はどうでしたか?」
「読んでもさっぱり分かりませんでした。いくら読んでも理屈が分からないのです。こんな訳の分からないことをするのかと悩みました。
キックオフから10日後くらいに品質保証課から配布された、3段組と称するISO規格を解説した資料がありますね、あれをもらって読みました。
そして分かったのは、當山君が販売しているのは紙くずだということです。品質保証課の資料を半月早く見ていれば、あんなものにお金を使わなくて済んだのにと後悔しています」
「品質保証課の仕事が遅かったために起きたのですか?」
「そうではありません。キックオフのときに品質保証課の猪越課長は、これから順次各部門を回って説明会をするから慌てないこと。動くのはそれからにしてほしいと言われていました。
ましてや本社の人だからと内容を見もせずにお金を払ってしまったのは、私の過失だと思います。振込詐欺にあった感じです」
「當山君が小川課長に渡したものに価値がなかったということですか?」
「そうです、まず品質保証課が配ったものには規格1行ずつに解釈があり、ここで述べているのはどういうことか、何をしなければならないかという説明、次の升目に工場のどの規定が関係するか、現在の規定は規格のどの要求を充足しているか、あるいは不十分だという説明があります。
そこで不十分とか欠落と書かれていることをしっかりやれば、ISO認証はOKになるというスグレ物です。
當山君からのものは、ISO規格の紹介文のようなもので、明確な規格の説明などなく、読むのは時間の無駄でした」
「私も3段組を配布されて読みましたが、小川課長が言われたように、3段組をしっかり読んで、しなければならないとあることをすれば間に合うようです。
もちろん、まだ審査を受けていませんから実際のところは分かりませんが」
「當山君が小川課長に渡した資料の問題とはどんなことですか?」
「まず書いてあることの半分が信用できません。そして書いてあることだけではISO規格も理解できず、認証のための準備もできません。10万円はどぶに捨てたと同じです」
「まあ、買ったほうは被害者だからまだいいよ。売った方は罪が重い」
「買った方は無罪のようですが、売った方はどういう罪になるのですか?」
「刑法上はどうなのかな、就業規則では職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたときは懲戒解雇とするとある」
「規則の文面は理解しますが、どの行為がそれに当たるのでしょう?」
「この工場より早く認証準備に取り掛かっている工場があるのは知ってるね。兵庫、長野、千葉だ。
當山氏はそういう工場で作った資料を貰い受けて、少し遅く認証準備に入っている工場に売っていたということだ。しかも売り上げは自分の懐に入れていた。
それは犯罪だが、それだけではない。そういうところが作っていた資料だから、買っても参考にならないだろうな」
「騙されたのは正真正銘のバカだったんですね。品証の佐川君一人を信じていれば良かった」
本社である。
昼少し前に當山は自席に戻ってきた。顔色が真っ青だ。
「當山さん、顔色が悪いですよ。医務室に行かれた方がよろしいです」
「ああ、すまない。ボクは帰宅するから、後のことは頼む」
「お休みになったほうが良いですよ。お一人で帰れますか?」
「大丈夫だ。後のことは明日以降連絡する。今日は失礼する」
當山は机上を片付けるとすぐに事務所を出ていく。
山口は大丈夫かと思いならが彼を見送った。
そして思い出した、自分が取り調べを受けたことを。そのことを話したほうが良かったのかどうか?
もっともあの様子では人事で自分以上に厳しい取り調べを受けたのだろう。余計なことを言わなくて良かったのかもしれない。
3日後、福島工場の品質保証課である。
「佐川君、當山さんの話を聞いたか?」
「なんのことでしょうか?」
「彼が
「諭旨退職って? 懲戒解雇より一段軽いあれですか?」
「そう、そのあれだ」
「一体どうしたのですか?」
「君も噂を聞いていただろう。當山さんは工場で作った資料をもらってというか提出を受けて、それを他の工場に売っていたということだ」
「まだどの工場もISO認証していないのに、そんなのを売って買う人がいるのですかね?
中身が正しいかどうか分からないじゃないですか。
それに指導を受けるというのは、他の工場の状況や文書や記録の提供を受けるということでしょう。なんで更にお金を払うのですかね? 金を払うことないのに」
「あまり工場でそう言うことは言うなよ。ウチの工場でも騙されて買った課長がいるんだ」
「へえ〜、我々の作った3段組とかスケジュール表だけでは、十分じゃなかったのでしょうか?」
「十分だと思いたいが、やはり情報が足りなかったのかな〜」
「しかし懲戒処分にするには罪刑がないとできない。罪刑つまり何々をしたらこういう罰と決めておかないとなりません。工場で得た文書を他の工場に販売したらダメと決まっているのでしょうか?」
「会社の財産を社内と言えど許可なく販売したらだめだろう。知的財産の取り扱いの問題があるし、自分の著作物でないから財産権の侵害でもある。
就業規則では『職務上の地位を利用して私利を図ったものは懲戒解雇』とあるらしい。それに彼の場合は売り上げが多額だったこともある。儲けが数十万と聞いた」
「猪越さん、これは當山氏だけの問題でなく、当社のISO認証に大きな影響を与えますね。大問題になるでしょう。
お金をもらったというのは問題としては重大ですが、それよりもISO認証を指導していた人がいなくなったということは会社に取っては影響が大きいのではないですかね?
審査間近の工場は上を下へでしょうね」
「そうだろうね。これからどうしたらよいのか、途方に暮れているだろう。
曲がりなりにも兵庫とか長野工場は、當山氏の指導を受けてやっていたわけだ。ところがある日突然、指導者が退職してしまう。
指導する人はおらず、今までしてきたことは信頼できないとなると、本社生産技術部はどう責任を取るのかとなる。指導料を返しますでは済まない」
「とはいえもう審査は目前ですから、新たな担当者を決めても、対応する余裕がありません。対処法が浮かびませんね」
「本社は2つの工場を見捨てるわけにもいかないだろうしなあ〜、なんとかバックアップしなくちゃならない。とはいえ方法があるかどうか?
しかしさ、ウチが本社生産技術部の指導を断ったのは正解だったね(ニヤリ)」
同じ頃、本社生産技術部である。
江本部長、野上課長そして山口がいる。
生産技術部 野上課長 ![]() | ![]() |
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生産技術部 江本部長 ![]() |
「當山君の処分は終わったが、問題は終わりではない。というか當山君の評判を聞くと、彼の指導力には疑問符がついていたようで、彼がいても順調ではなかったようだ。
これからの工場のISO認証の指導はどうするのかね?」
「もうプロジェクト崩れ確定ですよ。本音はウチの能力不足でお手上げしたいですね。
彼がいない今は山口君が一人だけだ。挽回するには時間がありません」
「山口君一人で、できないわけはないだろう。今指導中の工場ふたつ、兵庫の予備審が4月22日、本審が6月2日、長野の予備審が4月28日で本審が6月10日、これを乗り切れれば実績になるし自信もつく」
「千葉工場もありますが」
「千葉工場は本社の支援を断ったよね。千葉は独自で頑張ってもらうしかない。
結果として我々には幸いだった」
「そうではありますが、千葉工場の首尾がどうなるかも心配事です」
「まさか今まで本社の指導を受けていた長野や兵庫よりも上ということはなかろう?」
「そうは言えないのです。現時点、誰にも頼らず独自路線の福島工場が最善という気がします」
「ということは本社の指導を受けないほうが良いということか?」
「結果論からそう思います。
福島工場が4番手として認証を受けると決めたのは、昨年暮れでした。それからまだ三カ月ですが、驚くことに彼らは迷うことも手戻りすることもなく一直線に進んできて、既に一番手の兵庫に追いつき追い越した感じです。
2月初めに當山さんと二人で指導の売り込みに行ったのですが、支援は不要と言われました」
「ちょっと待てよ、野上君、ISO認証とはそう難しくないのか? それとも當山の指導が全然だめだったということなのか?」
「私個人は當山の説明を受けた程度でして、難易度については何とも言えません。
山口君はどう見ているかね?」
「ISO認証は
福島工場では佐川という方が、ISO認証の中心になっています。彼は昨年11月まで現場の課長をしていたと聞きます。要するにISOについては全くの門外漢です。
そして彼は外部の講習会にも行かず、ISO規格の対訳本をひたすら読んで、各職場に何をするか具体的に指示しています。正直、私には真似ができません。當山さんも佐川さんのしていることを理解できませんでした。
とにかくその方法で、各職場も納得して認証活動を推進しています」
「それでうまく行っているのだな?」
「そうです。佐川さんは規格について何を聞かれても即答します。また審査の対応についても自信をもって説明していました」
「福島工場がトントンと進み、本社生産技術部の指導が悪かったとなると、ウチのメンツは丸つぶれで、重要な計画未達で部長と私は最低でも減俸処分ですね」
「當山事件とは別に、本社が有償で支援したISO認証指導が役に立たなかったらな……ということは、今からでも役に立つようにすれば良いわけだ。
ええとISO認証はイギリスが一番先行していたはずだな」
「正確に言えばイギリスが1979年に制定した品質保証規格BS5750で認証制度を始めて、それを基に作られた国際規格がISO9000sです。
部長がおっしゃるのは、イギリスでは10年以上審査が行われているから、当社の現地工場は審査や認証に関する情報も経験もあるということですか?」
「そうそう、簡単とは言わないが情報入手に努めれば手間がかかることはあっても、迷うことはないだろう
「今からイギリス駐在の人を呼んでということですね。
たぶんそういった現地の法規制
「う〜ん、もし山口君の言うように福島の佐川というのが詳しいなら、彼を本社に引っ張ったらどうだ。いずれにしても當山の後任は必要だ。
しかしいくら優秀だとしても、講習会にも行かず独学だけで當山や山口君よりも詳しくなれるのか?」
「當山さんも私も、熱意も努力も足りなかったのかもしれません」
「ともかく野上君、福島の佐川が兵庫と長野の指導ができるかということ、できるならこちらに転勤、当面は本社応援だな、その交渉をしてくれ」
「それにしても審査まで時間的にショートレンジ過ぎませんか?」
「事ここに至ってどうしようもない。元はと言えば君の管理不十分だぞ。
野上君がもっといい案があればそれでも良い」
「分かりました。すぐに動きます」
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2時間半後、福島工場の品質保証課である。野上課長と山口がいる。江本部長に言われて、すぐに東北新幹線に乗ったようだ。
対するのは福島工場の猪越課長と佐川である。
「……とまあそんなことで、當山が諭旨退職となる。日付はいろいろあって4月1日付けだ。
それで当社のISO9001認証指導に今後の支障が起きた。喫緊で最大の要対策事項は、2つの工場の予備審査がひと月足らずに迫ってきている。これを無事に乗り越えたい。そのために全力を挙げて対応しなければならない。
そこで山口君から、福島工場の佐川さんが極めてISO認証に詳しいと聞く。佐川さんは兵庫と長野工場のISO9001認証を指導できるか?
「ISO規格の理解、そしてどのようにすれば規格を満たすのかについては自信があります。
しかし認証はひとりの力ではできません。よそ様の工場に行って皆が私の言うことを聞くのか、協力してくれるのか?
向こうの工場の人たちが、福島工場の人たちと同じように協力してくれるならできます」
「分かった。それは向こうに要請する。
猪越課長の方は佐川さんを今から6月一杯、他の工場の指導に出すことができるのかどうか?」
「とんでもない。単なるマンパワーではありません。この工場も既に審査日も決まり認証準備真っ盛りです。
当工場の予備審も本審査も、兵庫や長野と半月遅れの日程です。当工場の日程と重なります」
「私は兵庫も長野も、認証準備がどれくらい進んでいるのか知りません。マニュアルも見ていませんし。とはいえ一度訪問してしまえば、指導する責任は私に来るのでしょうね」
「提案です。一度私と一緒に2つの工場を訪問しませんか。そのとき佐川さんは福島工場が認証準備中なので見学すると言えば、向こうもそれなりに対応するでしょう。
その結果、佐川さんが指導する・しないを決めてくれたらいかがですか?」
「佐川君、君が2つの工場の指導をするとなると福島は放置か?
3つの工場を巡回するにしても、ここから兵庫まで移動するにも半日以上かかる。兵庫県から長野県への移動も半日では無理だ。1週間に1回3つの工場を回るのがやっとだぞ」
「言い換えると3つの工場を、1週間単位で巡回できるということです。一度訪問することで問題を2割除くことができるなら、予備審までに3巡すれば不適合は半減できる。予備審でその程度の仕上がりなら、本審査に進めると言質
野上は話し合いを聞きながら考える。
佐川についての確認事項は、
今までの話し合いでは、1番は「できる」と言い切ったこと、2番は本人は毎週3つの工場を巡回する気でいることから、これらの要素は満たされるとみた。
3番について、猪越課長が出したくないのは分かる。福島工場で認証活動の総指揮官としては、自分のところは絶対間違いない状況に持っていきたいと思うのは当然だ。
福島工場は、予備審、本審共に100点満点を狙っていたのに、佐川が抜けることで80点に下がり、他の工場が80点になったのでは泣きたいだろう。
まあ、泣いてもらうしかない。
野上は全社を考慮してやらねばならぬと猪越に佐川を出すのを飲ませて、その後、工場長室に伺い、挨拶と佐川を出してもらうお願いをする。
工場長もそれは名誉なことだと、悪い気はせずOKする。その脇には猪越課長が仏頂面で立っていたのは気にしない。
とりあえず明日にでも山口と兵庫工場と長野工場に行ってもらい、今後の計画を立ててもらうことにする。
しかし予備審査までひと月、本審査までに二月半、このタイムスパンで佐川が有能だとして達成できるものだろうか?
江本部長と自分が懲戒処分にならないように頑張ってもらいたいと願う。同時に最大限の支援はするつもりだ。まずは山口を常に同行させ、ノウハウを盗ませることだ。
本日の裏話
お前はそんなことをしたのかと思われるかもしれません。
一連の出来事の99%は私は当事者ではありません。まぁ1%くらい、いや5%は……
イメージとしては、私の同業者、つまり近隣他社のISO認証を推進した人たちの悲喜劇・成功体験・失敗体験・悔しい思いを集めて鍋に入れて、ごった煮してみたってとこでしょうか。
お味がお口にあえば幸甚です。
次回に続きます。
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諭旨退職とは、企業が従業員に対して退職を勧告し、従業員が退職届を提出することで解雇する懲戒処分。会社によっては「諭旨解雇」と呼ぶ。諭旨退職は、会社の温情的な措置として行われる場合が多く、退職金が受け取れるほか、転職活動にも悪影響がない。 ![]() 退職勧奨とは、会社が従業員に退職を促すことで、本人が自発的に退職するかどうかは従業員に委ねられている。これは懲戒処分である場合も、そうでない場合もある。 ![]() | ||
1980年代イギリスでは産業強化のためにあらゆる業種においてBS5750の認証を進めた。ひとつとして政府・官公庁の仕事を受注するためにはBS5750認証を必須とした。 ![]() ちなみに認定機関に当たるのは日本の経産省に相当する通商産業省(DTI)であった。1990年代前半に英国系の認証機関で認証を受けた企業は、DTIマークの審査登録証を受けた。その後、UKAS(The United Kingdom Accreditation Service)に切り替わった。 ![]() | ||
当時は予備審でOKにならないと本審査に進めなかった。 実際に予備審を2回とかした工場もある。 ![]() |
おばQさま ついに不祥事発生ですか。 當山の部下 山口は可哀そう、部下は上司を選べない。 彼が不祥事に対して善意だとしても、下手をするとついて回るかも。 當山は諭旨退職 あの頃の会社はお優しいから、ありそうな話ですね。 とは言え、不当利益は返還請求できるから、謝礼の返金は、会社としてやっても良い気がします。 当然に、書面でハンコつかせて、退職金か給与から不当所得は引き去り。 小川課長の10万円は善意ならば、損害請求が出来るし、会社が返金を言っても良い気がします。 なぜなら、売った原稿が不当に入手した会社の財産だから。それを知った上で放置するのは変な気がします。 もちろん、小川氏 自ら損害請求しても、勝てるでしょうね。 でも、当時の空気だと、やらないでしょうね。 結局 あの頃の空気というのは、従業員の明白な不法行為でも、温情であやふやだった気がします。 それがまた、当時のリアルなのですが(笑) 一方の佐川氏 やはりコンサルとして独り立ちした方がもうかりそうな気がしますが、 やはり当時の空気では、社内で活躍するのでしょうね。 むしろ、その方が当時の空気感が出ている気がします。 これからも楽しみにしております。 |
外資社員様、毎度ありがとうございます。 まさに「うそ800」の顧問弁護士ですね。 おっしゃるように30年前は法律もモラルも大違いでした。 公益通報制度なんてありませんし、少額訴訟も20世紀末、パワハラもセクハラもそれおいしいの時代でした。 1990年代初期はいわゆるトレンディドラマ全盛でしたが、そういう問題は取り上げなかったです。一般人の権利意識、モラルが全く違ったのでしょう。 事務所に来たらタバコがスパスパ、周りの人は嫌でも「嫌です」と言えない時代です。 もっともそれゆえにISO審査中に灰皿が飛ぶ事件が多発したのでしょう。空飛ぶタイヤでなく、空飛ぶ灰皿が登場するのでご期待ください。 PS ISOコンサルなる商売はISO認証した企業で、認証活動の中心になった人たちが独立したり、社内起業して始まったもので、その登場は1994年以降だったと思います。物語の1993年にはありませんでした。佐川君がコンサルをするなら、社内で何件かISO認証を指導なり自分が中心になって行ってからのことでしょう。 |
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