注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
長野工場の訪問二日目も、夕方の15時になった。
内部監査(もどき)を終えて、新沢課長、池神さん、山口と佐川の4人で反省会だ。
「いや、佐川さん、大変お世話になった。當山さんとは全然違いますね。佐川さんに迷いがないのが不思議です」
「思っていたより相当出来上がっていて安心しました。長野工場のみなさんの活動の成果です。
これからのことですが、まずは再点検という意味で三段組を作り、それを基に規定のチェック、記録や帳票のチェックをしてください。
あとは現場の実態です。これは製造課長とか技術課長にラインの責任としてやってもらうしかないです。確認は次回の内部監査でしましょう。
あっ、点検表に記載漏れがあったり作成してない議事録に気付いても、書き加えたり後付の記録は作らないでくださいね。書き間違いは修正液など使わず、必ず横線を引いて見え消しで修正してください。
作成すべき記録を作ってないなら、ないでよろしいです。
過去には手を加えず、今からしっかりやるということでお願いします。
今回した内部監査の練習を第1回目の内部監査として記録を作りましょう。私が福島に帰ったらまとめて電子データでお宅に送ります。空欄を埋めてもらって正式な記録にしてください」
「まだ欠点だらけですが、今回したことを内部監査の記録にしたほうが良いのですか?」
「もちろんです。皆さんにとっては文書や活動の実態記録で今後の改善のスタートですし、審査員に対してはだんだんと良くなってきたことを示すアッピールになります。
予備審査までに内部監査を最低2回、できれば3回しておきたいですね。来週では今回問題になったところの是正ができてないでしょうから、再来週お邪魔したときにしましょう。予備審査がその次の週ですから、監査で出た不適合の是正が完了してなくても良いですよ。
3度目の内部監査は本審査前の点検をそれに充てましょう。是正まで行かなくて良いです。
多分ですが……内部監査で不適合を見つけて是正中であれば、ISO審査で不適合を出せないはずです」
「それは良いことを聞きました。もちろん不適合がないほうが良いですが、間に合わないことは内部監査で発見して是正中としておきましょう」
「各部門で見つけたなら、別に内部監査で見つけたことにしなくて、自分たちが見つけて是正中だと言えばよろしいですよ。
今回とこれからの話し合いと点検で見つかった問題を片付けていけば、一月後の予備審査は大丈夫です。
私はええと、3月は来週3日しかないか。
来週月曜日の朝にお邪魔します。
山口さん、あなたも来られますね?」
「えー、出張から帰るとまた出張ですか!」
「少なくても今審査日程が決まっている工場の4つが終わるまでは、自宅に帰るのは週末だけと考えてください。本社報告は本社に行かず、工場からFAXでも、メールでも電話でも良いでしょう。
おっと3月28日の日曜日は長野への移動日ですからね」(日付修正しました)
「當山さんとの大名旅行が懐かしいですよ。余裕のある日程でしたからね」
「あと10年経ったら、夜討ち朝駆けを懐かしく思うさ。
さあ、次の兵庫工場に出発だ。電車は16時だったね」
特急で名古屋まで出て、新幹線を乗り継ぎ西明石駅で降り、予約していた駅前のビジネスホテルに着いたのは夜10時少し前であった。
翌朝、在来線で10分ほど行った駅で降り、タクシーで10分ほど行ったところに兵庫工場はあった。
電車から見た風景は東京から大船まで街並みが続く風景と同じで、コナーベーション
ただ幅方向が薄く、タクシーが新幹線と直角方向に数分走ると農地になり、あちこちに林も見える。
聞いた話だが、勤めている会社の創業者の一人がこの地の出身で、10年ほど前に出身地の自治体がぜひと工場を誘致したのだそうだ。政治的なこともあるのだろうが、大企業になるとそういう配慮も求められるらしい。
工場に着くと、ここでも山口は守衛所で来場者の手続きをパッパとして、工場の中に入っていく。佐川は慌てて追いかける。
新しい工場なので、木造の小屋などは見当たらない。鉄筋コンクリートで建坪1,000坪くらいの総2階建ての母屋があり、そこが工場のようだ。
母屋の周囲を広い構内通路が囲っていて、その通路の対面に縦20m横40mくらいの平屋があり、事務所棟になっているようだ。またそれに続いて倉庫らしきテントハウスがふたつ並んでいる。
これで従業員が300名弱というのは相当自動化されているのだろう。自動化は良いが雇用にはあまり効果がなさそうだ。
事前に調べたが製造しているのは、携帯電話のバイブレーションを起こすパーツらしい。こういうものはコスト競争だから、数年以内に中国に移管されるだろう。この工場は次なるものを考えていないと先がない。もちろん佐川が考えるまでもなく本社は10年とかのスパンで計画はしているだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、山口は事務所棟の玄関ではなく、建物の後方のドアを開けた。入ると広いワンルームで、一方の壁側には会議室、パントリーなどが並び、広い空間に机でいくつもの島が作られている。
品質保証課という看板の下に机が6個の島がある。もちろん品質保証課に6人しかいないのではなく、別に計器管理室とかいろいろあるのだろう。
山口は品質保証課の島の窓側に座っている男にところに歩み寄り、頭を下げる。この人が品質保証課長のようだ。
その人はすぐに立ち上がり、机に座っていた若い男に声をかけ、壁際の会議室のひとつに入る。
大木課長と担当の小林さんと名乗った。だいぶ前に電話で様子をお聞きした小林さんだろう。
女性がペットボトルのお茶を持ってくる。
さて、これからどうなるか? もめなくちゃ良いけどと佐川はあきらめの境地で思う。
「當山さんのことには驚きました。彼も少しやり過ぎましたよね、アハハ
ウチもだいぶお金を払いました。もっともウチは個人では買わないと言いましたので、本社生産技術部の領収書を頂いております」
「へえ! そういう入金があると聞いたことがありません」
「そうでしょう。受取人は本社名義ですが、當山さん作成の領収書でした。詐欺罪と私文書偽造同行使になると聞きました」
「それはもう刑法犯ですね」
「詐欺は親告罪ではないですが、実際問題として被害者、今回の場合は本社生産技術部とこの工場ですね、そこが訴えないと犯罪にならないそうですが、本社も困ったんじゃないですか。
聞いた話では刑事告発はせず、本人がお金を返済することで、諭旨解雇になったそうです」
「大変申し訳ありません。私は知りませんでした。私も取り調べは受けましたが、無罪放免になりました」
「取り調べと言っても警察じゃなく人事とか上司でしょう。お金のやり取りを知らなくて良かったですよ。お金をもらわなくても、やりとりを知っていたら責任を問われますからね
まあ、事件は処分され終わったのですから、もう忘れましょう。
これからどうするかだけが関心ごとです」
「さきほども挨拶で申し上げましたが、當山の後任として、こちらの佐川さんがISO認証の指導に当たります。本日は挨拶とその指導の1回目となります」
「佐川さんとおっしゃいますと、2か月くらい前にこちらにお電話された方ですか?(第12話)」
「さようです。あのときはいろいろ教えていただきありがとうございました。
私も駆け出しではありますが、ISO認証には自信があります。これから短い時間しかありませんが、力いっぱいご支援をしたいと思います」
「ISO認証に自信があるとおっしゃいますが、経験がありますか?」
「もちろん日本では認証が始まったところで、審査を受けた経験はありません。ただ規格解釈とか、何をどこまですればOKかNGかなどは分かるつもりです。
また品質保証業務も短期間ではありますが、顧客の品質監査対応などしております」
「ウチは最終製品ではないですが、下請ではなくメーカーなので品質監査を受けた経験はないですね。ULはありますが」
「実を言って三日前なのですよ、生産技術部から全国の工場のISO認証を指導してほしいと要請を受けました。
それで初仕事として、一昨日と昨日は長野工場にお邪魔して内部監査などをしてきました。
本日と明日一杯ここにお邪魔する予定です
まずは、現在の進捗状況、問題点、などを教えていただければと思います。
そちらで困っている問題や不明点については、責任をもって回答あるいはアドバイスができると思います。
それから完成度を見るために、内部監査をさせてもらいたいと希望します」
「実を言って長野工場の新沢課長と池神さんに電話して、佐川さんのことを聞きました。當山さんとは大違いと太鼓判を押していた。それでも新沢課長は日数がないからとても心配していました。
ご存じと思いますが、ここは長野工場より予備審が1週間早いのです。現状は當山さんに言われたことはしてきたけれど、良いか悪いかは全く分からない。五里霧中です」
「佐川さんはどんな手順で、調査というか指導というか始めますか?」
「まずマニュアルを拝見したい。次にお宅さんで悩み事とか疑問点があれば、それを片付けましょう。
それから長野工場から聞いたと思いますが、三段組を渡しますからコピーして関係部門に配ってください。もしできるならそれについて関係者に説明したいです」
「了解しました。マニュアルはこれです。一読するのに1時間あれば十分でしょう。
我々は悩みごと、分からないこと、多々あります。今9時半ですから10時半からお昼までよろしいでしょうか。私どもだけでなく各部門に声を掛けますから、それらの相談に乗ってください。
午後からマニュアルについてのご意見をお聞きしたい」
「課長、それは残業でもできますから、午後は内部監査をしてもらいましょう。
ウチは総務課、人事課、購買課、営業課、業務課、技術課、品質管理課、品質保証課、製造1課、製造2課です。考えると全部の課がISO認証に関係しますね。
ひとつの課が40分として、7時間か……」
「今日の午後に6課、残業でマニュアル検討、明日午前中に4課、明日午後不明点と今後の対策としませんか」
「了解しました。それじゃアフターバーナー全開で頑張りましょう」
佐川はマニュアルを読んでいる。
ISO9001が登場する前に、品質マニュアルなるものがなかったわけではない。顧客から品質保証を要求されると、品質保証協定を結び、品質保証要求事項が提示される。
供給者はその要求事項を守るための仕組みを、顧客に回答というか提示する義務が生じる。
手っ取り早いのは、会社や工場の規定をコピーしたものをまとめて提出すれば良いわけだが、社内の規則である規定を外部に出すわけにはいかない。それで要求事項に該当する社内規則……例えば規定……の該当箇所をサマリーした文書を作り、客先に提出することになる。
実際には顧客がそういう文書の提出を求めた。客先によって呼び名はいろいろで「品質システム説明書」とか「品質保証説明書」「品質マニュアル」などと称していた。ISO9001が登場してから呼称は自然と「品質マニュアル」に統一された。
1987年版では品質マニュアルの内容は不明確であったが
注:「マニュアル」という語は、通常、機械や家電の操作説明書とか手で操作することを意味する。ISO認証でのマニュアルとは認証を受ける組織(工場や会社)とISO規格の関りを記述した説明書である。
記載すべきことは顧客要求または規格要求で明示されるものであり、要求事項を満たすことを記述する。それ以外は無用だ。
ISO認証の初期、それまで顧客との品質保証協定を結んだことのない会社は、品質マニュアルとは何かを知らず、けったいというか見当違いの文書とか、いかにして品質奉仕精神を醸成しているかを描いた小説まがいのものも存在した。
A3で1枚ものの品質マニュアルなんてのも、その類である。
また品質マニュアルや環境マニュアルにすべてを書き込めば、規定が要らないと騙るコンサルもいた。はっきりいって組織で働いたことのない人だろう。
兵庫工場のマニュアルは當山が指導したというが、読むと當山もマニュアルを書いた人もマニュアルというものを全く理解していないとしか言いようがない。
そんなことを思っていて、佐川はハッとした。自分だって品質保証に来て初めてマニュアルを書いたときはこんなものだった。ついつい20年も仕事をしていたことを忘れ、初めからそんなことを知っていたように思ってしまう。反省せねば……
読み進むにつれて、こりゃ大変だなと思うことがザクザクある。
最後の項番である「4.20統計的手法」にたどり着くときにはかなり疲れていた。腕時計を見ると10時20分だ。これから昼までは人生相談ならぬ悩みごと相談か。
顔を上げると山口が佐川を見つめていた。
「どうかしましたか?」
「マニュアルを読むにつれ、佐川さんががっくりしていく様子が見てて分かりました。出来が悪いのですか?」
「山口さんはこのマニュアルを読んでいたの?」
「どの工場のマニュアルも、頂いて読んでおります。詠んでも善し悪しが分かりませんでした」
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うーん、言いにくいなあ〜 | |
佐川は黙って口の周りをこすった。
人が口の周りを触るのは、嘘をつくとか真実を隠そうとするときと言われる。佐川は本当のことを言いたくなかったのだろうか?
山口は、マニュアルを読んでいるなら、不味い点を指摘して改善させなくちゃダメだろう、と考えているのだと思った。
会議室の一室である。フルメンバーが集まる。
悩み事相談、質問の時間である。
「それじゃ今認証に向けて活動中ですが、疑問点、迷っていること、とにかく悩みごとすべてですが、質問させていただきます。即答できないものもあると思いますので、それについてはお帰りになってからでもよろしいです」
「快刀乱麻には程遠いですが、期待に応えるよう頑張ります」
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注:日本で視力矯正している人の割合は、メガネ・コンタクトレンズ・シーレック手術など合わせて、30代が93%、40代が97%、50代が99%というデータがある。なお50代以降は老眼鏡もあるから近視とは限らない。
内メガネは30代35%、40代41%、50代61%である。
年配者はメガネが主流だから、上の図で9人中7人がメガネをかけているのは、多すぎるわけではない。むしろあと一人メガネがいないと平均にならない。もっとも若手二人はコンタクトかもしれない。
そんなくだらないことも一応考えております。
「それじゃ私から、下請負契約者とありますが、法的に下請けは定義されていまして、下請に入らない会社が多いわけですが……」
「あー、この下請けは、下請法の下請ではありません。原文sub-contractの訳で、供給者……認証を受ける企業のことです……その発注先を意味します。下請法の下請けだけでなく大会社も入ります」
「(c)項目の『その製品に適用される品質システムの規格の名称、番号及び版』とはどういう意味ですか?」
「私たちが顧客からISO9001を認証しろと言われると同じく、私たちが下請負とかメーカーに対してISO9001を認証しろと要求しても良いわけです。そういうときは購買データに含めて書きなさいということですね。
これには暗黙の裡にISO9001を要求しろという意味があるそうです。そしてどんどんとISO9001認証企業を増やそうというのでしょうね。
ねずみ講ですよ、ねずみ講、とりあえずは気にしなくて結構です」
注:1993年当時はISO認証を要求することは購入者の権利だと思われていた。とはいえ私の知る限りISO9001と同等の品質保証を求められたことはあるが、認証を求められたことはない。
その後2003年に公正取引委員会は正当な理由がなければISO認証を要求することはできないと回答している。
・「製造業者が部品等の納入業者に対し,品質マネジメントシステム(ISO9001)構築の認証取得を要請すること等について」
「了解しました。となると発注先の選定はいろいろ書いてありますが、当社の調達先評価基準で選定しているということでよろしいですか?」
「結果としてはそれでよいのですが、規格要求にある要求事項つまり技術力、供給力など確認する項目が、調達先評価基準に入っていることを説明してください。
あっ、審査で説明するときは調達先評価表を見せて、ここにその項目がありますと指さして説明してくださいね」
「購買データとは図面で良いのですね?」
「図面もありますし、JIS規格で買うこともあるでしょうし、発注先の標準品のときもあるでしょう。あるいは図面だけで表現できないときは、洗浄剤の指定とか荷姿などを、工作仕様書や購買仕様書で指定することもあります。
ソフトとか運送など役務の場合は、契約書に記載されるのかな?」
「おっしゃることは分かりました。それらは現実にしていることです。私の質問は以上です」
「人事課です。教育訓練は社内資格とか昇格試験は除外だそうですから、現場での技能評価だけになりますか?」
「『4.18 教育訓練』という項目がありますが、原文は『training』でeducationはありません。Trainingとは英英辞典で『仕事や活動のためのスキルを教えること』で、座学という意味はありません。現場作業ばかりでなく、キーボード入力とか伝票記入などができるようにすることです。
これに限らず必ず英文を読んで真意を確認してください。
業務遂行に関わる技術・技能の育成が、現場というか製造課でクローズするなら人事課は無縁です。
指名業務とか資格者などはどこで管理しているか? 人事課で管理するなら人事課の出番ですね」
「ならば技能検定の受験の手配とか競技会の手続きも除外ですかね?」
「技能士の資格が社内の業務とリンクしていなければ関係ないです」
「品質管理課です。統計的手法とありますが、統計的手法と言われても、現実には抜取検査くらいしか思い当たりません。ちょっと寂しいかなと懸念しています」
「4.20統計的手法で書いているのは、統計的手法を使えとか使わないとだめということではありません。使う場合は確立された方法を使えということです。抜取検査だけでもよろしいです。
ただ自己流の抜取検査はダメです。抜取数だけでなく、無作為を担保しなければなりません」
「営業です。『契約内容の見直し』とありますが、『契約内容の確認』と理解してよろしいですか?」
「よろしいです。原文はReviewですから、『契約したのを改めて考える』というより『契約をしっかり見る』ですね。
なお、ここでContractというのは新規の取引ではなく、取引しているお客さんから来た新たな注文です。この注文を受けて、納期とかお値段とか問題ないかなと考えることです。
ええと、これに限らず規格に疑義があれば、英文を読んで考えてください。日本語はあくまでも翻訳です。先ほどのtrainingもそうですが、JIS訳は原文を正確に訳していません。JIS訳は参考用と考えてください。基本は英語です」
注:「review」を「見直す」と訳した翻訳が不評だったようで、ISO9001が1994年に改定されたとき、原文「Contract review」は変わらなかったが、JIS訳は「契約の見直し」から「契約の確認」に変わった。
しかし「training」はなんと、なんと、度重なる改定を経て2015年版に至っても、JISの翻訳は「訓練」ではなく「教育・訓練」と訳されている。2015年版では「・」のない「教育訓練」である。これはもう毒を食わば皿までということか、○○の一つ覚えなのか良く分からない。
もっとわけが分からないのは、2015年版の7.2(b)項で「appropriate education, training, or experience」とあるのを「適切な教育、訓練又は経験に基づいて」と訳している。
しかし「training」が「教育・訓練」なら、なぜ「適切な教育、教育・訓練又は経験に基づいて」と訳さなかったのかが不思議である。頭が非論理的なのかもしれない。
時間のある人は(注5)を参照のこと。
「契約内容の確認をするとき、確認する者は担当者でよいのでしょうか?」
「それは会社が決めることですから、担当者で問題ありません。但し、当社の決裁権限規定というので、○○円までは課長、○○円までは部長と決まっていましたね。あれと矛盾してはいけません。
そして契約の確認というよりも個々の注文の受注可否の確認ですから、納期とか荷姿、納入場所など検討することがあるでしょう。
となると組織的に検討しなければならず、担当者一人では判断できないのではないですかね。ならば稟議ではないですが、ワークフローのように関連部門が確認する必要があるかもしれません。注文が電子データで入る時代ですから現実に合わせるべきでしょう」
「溶射は特殊工程ですかね?」
「特殊工程とは『4.9.2 事後の検査及び試験ではその結果が十分検証できない』とありますから、検証できないとか破壊検査しかないなら該当しますね。しかし実際問題として現代では事後に合否を判断できないなんて、めったにないでしょう。
ですから事後に検査をすると高くつくなら特殊工程と考えられるんじゃないかな。
ここでは特殊工程への該非の判断を問題にしているのではなく、特殊工程のものは製造プロセスをしっかり管理しなさいといっているだけです」
「了解しました。となると実施した作業者を、記録しなければならないことになりますね」
「人の技量に依存するものなら、作業者の認定とか実施者の記録は必要かもしれません。
しかし自動化や機械化されているものなら作業者でなく、設備の運転条件とか周囲環境、材料のデータなど、私は分かりませんが品質に影響があると思える要素は指標を決めて記録が必要でしょう。
もちろん記録すべき項目は、お宅が決めるわけです」
「面倒になりますね」
「目的は品質保証です。出荷後に問題が発覚したとき、どのロットが危ないのかをトレースできるようにする意味があるでしょう。
それも費用対効果だから、どんなプロセスの管理指標を記録するかとか、サンプリングの頻度も、1日何回にするか、継続的に記録すべきなのか、お宅が考えて決めることになるでしょう」
「管理責任者を誰にしようかと迷っているのです」
注:管理責任者と監査責任者の要件は時代とともに変わった。規格ではなく審査での考えが……
ISO9001のときは「管理責任者」に対する要求はかなり緩くて、品管課長が管理責任者でもOKだった。それだけでなく監査責任者も品証だけでなく品管でOK。ただ自部門だけは監査できないという基準だった。それはイギリス人の審査員も同じであった。
ISO14001が始まると監査責任者は環境部門はダメという判断基準だった。
これは規格とかではなく、ISO14001認証初期の日本でガリバーだった、J△○○社の考えのように思う。
正直言って中立性などよりも、実質的に品質なり環境を知っている人でないと意味がない。形式にこだわって審査も認証も意味がなくなったのは、ISO14001が現れてからだ。
「この工場ではどなたを管理責任者にするつもりですか?」
「この工場は規模が小さいので、工場長だけで副工場長はいません。部長は総務部長、営業部長、技術部長、製造部長の四名です。購買課は総務部ですし、品管も品証も製造部に入ります。
『他の責任と関わりなく』をあまり厳密に考えると、任に
注:「
一般の企業では総務部長が安全統括管理者に、製造管理部門の長が公害防止統括者にするのが普通である。そういった職を「充て職」と呼ぶ。
「まず管理責任者の仕事は、規格要求事項である仕組みを作り維持する人です。即物的な製品の合否判定ではありません。また経営者の代表ですから担当者レベルを充てることはないですね。
ということで多くは製造や合否判定に関わらない、製造管理部とか品質保証部の長が担当するようです。
しかしそういう組織は大きな工場でないとありません。
ない袖は振れません。消去法でいくと製造部長ではない、技術部長ではない、営業部長なら顧客の代理人だから適任かもしれないが、品質システムの責任はおかしい。
となると総務部長ですが、全体を見る役目からこれが適任かもしれませんね。
あるいは工場長が管理責任者でも良いですが、業務多忙でできないでしょう。会社としては工場長にそんな仕事をさせずに拡販に努めてもらったほうがはるかにありがたいでしょう」
「工場長が管理責任者でもよいの?」
「もちろんです。管理責任者っていい加減な日本語の訳であって、元々はmanegement representativeつまり、経営者の代表ですよ。工場長ならピタリでしょう」
「そうであっても工場長が管理責任者はできませんね。いくら小さな工場でも、そこまで手が回りません」
「この工場で考えると、結論は品質保証課長を管理責任者に充てるというところじゃないですか。ISOの要求事項も知っている、製造工程も知っている、製品の合否判定に関わらないということで。
組織上、品質保証課長の上司が製造部長であることが問題であれば、品質システムに関しては工場長直属にしてもよいでしょう」
「落としどころはその辺ですか」
認証が始まった頃、管理責任者とはなにかが議論になった。
当時は、経営者が管理責任者になれるか? 管理責任者が二人いて良いのか? 管理責任者の職階は? 管理責任者は製造責任と兼務できるのか? などなどワイワイガヤガヤ状態だった。
まあ3年もすると落ち着いた。
2015年には管理責任者そのものが消えてしまったが、ハッキリ言って名称や仕組みは違っても、会社でしなければならない事は変わらず、それぞれが最適と考える方法で過去よりしていたわけで、良きにはからえということだろう。
午後の内部監査は、昨日と一昨日の長野での内部監査の練習と同程度だった。
大木課長と小林氏の顔を見ていると、こんなものだろうという感じだ。彼ら自身、出来が悪いとは思っていないようだ。佐川も悲観的な印象はなかった。
監査なんて慣れも大きい。9割り方できていれば、堂々と対応すればOKだ。
定時になると事務所棟のほとんどは潮が引くように退社する。こういう職場は生産性が高いのだろうかと佐川は思う。ズルズルと残るばかりでは能がない。
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福島工場の猪越課長のように多少出勤時間は遅いが、深夜どころか翌朝まで働くのが素晴らしいとは思わない。とはいえこのところ佐川も影響されて、今日の仕事を片付けるのはもちろん、明日の仕事に手を出し、明後日の仕事まで手を付けるようになった。ワーカホリック一歩手前どころか完璧に染まってしまったようだ。
定時後である。
小林氏が気を利かせて定時前に庶務の女性を近くのコンビニまでやって、サンドイッチなどを買っておいた。
常夜灯のみが付いた広い事務所の中でポツンと照明を点けた下で、4人が集まって食べる。
いや、食べるより話をする方が多い。
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「佐川さん、今日一日ご覧になってどうですか?
予備審査は大丈夫ですか?」
「ここは長野工場より審査予定が早く、残り日数がないので心配していました。しかし皆さん意識も高いし、勉強されている。9割方大丈夫と思います。
それにお宅の場合、長野工場よりアドバンテージがあります。
まず工場設立から10年しか経っていない。それで工場のシステムの変化がほとんどない。故に文書化された手順と現実の齟齬がまだ発生していないのです。
注:「工場のシステム」とは、組織、機能、手順、規則、帳票などの全体である。
「また工場長は三代替わったそうですが、管理職の半数は昇進していても入れ替わっておらず、業務手順を熟知している。
そのおかげで仕組みと運用の齟齬がない、そういう事情でISO認証に備えての、規定の見直しや帳票類の調査などしなくても済んだことで、歴史のある長野工場より楽だったと思います」
「なるほど、そういうこともあるのですね。
それではこのままで良いと?」
「今日見たところ、ちょっと問題かなと思ったのは品質マニュアルです。
要求に対して1対1で対応した説明でないのですよ。それとなにか心情に訴えるような演歌の世界ですね。
俺に気持ちを分かってほしいなんてことじゃなくて、1足す1は2と割り切るような文章、内容にしたいです。
そういうものを課長連中に読ませれば、腑に落ちるというか、無用な疑問を持つことなく同感を得られると思います」
「あれは小林君の力作なんだけどなあ〜(苦笑)」
「品質マニュアルは提出しましたか?」
「まだです。来週いっぱいに提出と言われています。
書き直すとなると、どれくらい時間がかかりますか?」
「記載内容が悪いと言っているわけではありません。余分な修飾語を省いて、即物的なものにしたいなと思います。文章をあちこち見直すだけです。半日でしょう。
ええとノートパソコン借りられますか? 電子データはありますよね?」
「ありますが……」
「それじゃ今晩、私が修正案を作ってみましょう」
「ホテルでですか?」
「ええ、なんとかなるでしょう。
では本日の反省会といきます」
思い出
昔、タイでISO認証の支援をしていたとき、休日に資料作成しなければならなくなった。Windows3.1のノートパソコンがあったから1993年か1994年だと思う。
ホテルって部屋にACアウトレット(コンセント)はあるけど、机の傍になく電源コードが届かない。それで工場から100Vのコードリールを持ってきて、休日に書類作成した。30年経った今も、コードリールが重かったのを覚えている。
ちなみにタイは200V50Hzだが、コンセントの形状は日本と同じ。そして現代のACアダプターは100Vでも200Vでも使える。
皆いろいろなことを上げる。
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話は多々あるが、大木課長は佐川が今夜仕事をすることを思って8時には解散した。
ホテルに帰ってから佐川はまず風呂に入ると、パソコンを立ち上げる。 マニュアルの表紙をめくると本なら前書きのある部分にページの半分ほど、工場長の願いが記されている。実際は小林さんが書いたのだろう。若いくせに演歌調だ。 しかしよくもこれだけの長文を書いたものだと感心する。 |
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注:これは創作ではない。製品は全然違うが、同様の文章の品質マニュアルを見たことがある。
恥ずかしながらそのときは経験未熟でありまして、品質マニュアルはこのように書くものかと感動したものです。
そんなことを先輩に言ったら「お前、アホか?」と言われました。
品質マニュアルといえど、ビジネス文書ですからね、
佐川の感性には合わないだけでなく、認証機関に提出する文書としてはいささか不似合いではなかろうか。
佐川はバッサリとそのページを消してサラサラと短文を書く。
それから各項番の記述だが、難しく考えずに規格にある通りの文章を書いて語尾のみ『○○に定める』とすれば問題ないのだ。
マニュアルの文章はすべからく次のようになる。いや、すれば良い。
「○○○○(ISO規格の文章)を○○規定(文書番号)に定める。」
文章の述部は1987年版は「する」、1994年版と2000年版は「すること」、2008年版と2015年版は「しなければならない」だが、気にせずにすべて「定める」とすればよい。
規格は顧客からの命令書であり、マニュアルは供給者から顧客への回答書なのだから。
そして「定めた方法」をチラッと書いて、記録の名称を書いておけば十分だ。
三段組をしっかり作っておけば、正直言って1日あれば十分である。
三段組がないときは規定集をめくって、該当項目を探さないとならず、私の経験では10日はかかった。
今回の場合、小林氏が文書名・文書番号そして各種記録名称を記載していたわけで、述部を見直し、余分なものを削除する程度で済む。
それと引用している規定や記録類の名称とか文書番号の記載方法を統一しないとみっともない。全角半角の混在なども誤字脱字同様に文書の品質を落とす。
簡単とは言いながら、40ページのマニュアルを片付けるのに午前3時までかかった。
本日気づいたこと
私の小説もどきには「ISO事務局」なるものは登場しない。
ISO9001は品質保証課が担当部署だ。だってISO9001のタイトルは、品質保証の国際規格なのだからそれは当然だ。
ISO14001は環境マネジメントだから環境部門が行うのは筋だ。オフィスなら総務部門だろう。
それは消防署対応は総務(保安)、税務署の対応は経理、顧客の対応は営業というのと全く同じだ。
品質保証の対応を品質保証部門がしなくちゃ、一体誰がするんだ?
環境問題はふたつある。事業推進における環境問題は環境管理部門だろうし、製品の環境性能は技術部門以外になさそうだ。
どこにISO事務局が必要でしょう?
ISO事務局というものは一体何かというのは、私にとって謎以外の何物でもない。
いや、ハッキリ言えば存在意義が理解できない。ましてや「ISO事務局をしています、キリッ」なんて語る人の頭を割って中を見てみたいものだ。
存在意義のないものに属することが誇りとは、頭の中は埃が詰まっているに違いない。
私は20年、ISO認証に関わっていたが、ISO認証(審査)機関との窓口としか思っていなかった。窓口とはつまり、審査日程を決めたり、審査費用を払うことである。
ISOに関わっていたときの私の本職は、品質保証業務であったり、計測器管理であったり、公害防止であったり、環境事故防止の指導や点検をしていた。そういえば工場や関連会社が認証機関とのトラブル発生したときその対応もしたな。
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コナーベーション(conurbation)とは都市間が市街地でつながってしまった都市群をいう。メガロポリスも同じような意味だが、より大きなものを呼ぶ。 ![]() | ||
社内で横領を認識して放置して助長したとみなされると共犯となる。 会社によっては不正行為を見たときには報告する義務を定めている場合、規則違反の処分を受ける。 ![]() | ||
ISO9001:1987では品質マニュアルという語句は使われていない。 ISO9001の使用の指針であるISO9000:1987の中で、文書化するものとして「8.3品質マニュアルも含めて良い」とあるだけである。 ![]() | ||
ISO9001:1994では要求事項として次のように書かれている。 「4.2.1 品質マニュアルには品質システムの手順を含めるか、又はその手順を引用し、品質システムで使用する文書の体系の概要を記述すること」 ![]() | ||
JISはあくまでも翻訳であり、本意は原文に基づかねばならない。だから原文のtrainingとeducationの意味の違いを確認しなければならない。そしてISO規格では一部を除き、trainingを要求しているが、educationを要求していないことをハッキリさせたい。 ![]() あちこち辿ったが、ここが分かりやすい。 ・ユニティ大学 Training Vs. Education: What’s The Difference? 「エデュケーションとトレーニングの違いは、知ることを学ぶことと実行することを学ぶことです。質の高いエデュケーションは学生に事実、概念、理論を伝えますが、トレーニングは応用に重点を置いています。」 ![]() 「細けえことはいいんだよ」という声が聞こえる。だが審査において審査員の多くは「規格は教育訓練とありますから、学問的なことも教えないといけません」と語る。そしてOJTなどだけでは「不適合」と叫ぶのだ。細かいどころか重大問題ですわ ![]() |
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