タイムスリップISO 25.対策会議

24.10.14

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは




1993年3月31日午後 本社 生産技術部の会議室である。
生産技術部の江本部長、野上課長、山口、佐川、それとISO認証活動中の工場を所管する事業本部からは品質担当の方が出席した。
品質担当と言っても担当者(平)レベルではなく、部長どころか工場長を引退した人とか、これからなるような人たちで、佐川から見れば雲の上の人たちだ。

それと法務部の清水さんが呼ばれていた。


 出 席 者 一 同 
所属氏  名備考
本社 生産技術部江本部長江本部長
野上課長野上課長
佐川真一佐川福島工場所属 本社応援中
本社の山口山口
本社 法務部清水さん清水さん
電子機器事業本部田中さん田中さん所管:福島工場
機械事業本部渡辺さん渡辺さん所管:長野工場
アクチュエータ事業本部松本さん松本さん所管:千葉工場・兵庫工場
アクチュエータ事業本部
千葉工場
品質保証課 林課長林課長

江本部長 「メンバー揃ったようなので始めよう。本日の議題はISO認証の支援の優先順の決定だ。
欧州統合以降、欧州域内では人も物も自由に移動できると言いながら、その条件として製品はISO認証した工場で作られたものに限ることになった。
もちろんEUが輸入する製品についても要求される。

EUと言っても先進工業国もありそうでない国もあるから、公平じゃないって理屈らしい。ISO認証の要求は非関税障壁ではないと言っているが、本音はそれが目的だろうな。
じゃあEU内の農業国や工業が遅れている国も保護されるのかと言えば、それは無視らしい。EUはドイツとフランスのための枠組みでしかなさそうだ。

当社でも欧州に輸出している工場は多く、現在4工場がトップグループとして認証を目指している。だが初めてのことで当然ISO認証に詳しい人がいない。
当初、本社生産技術部が指導すると工場に通知を出したが、指導できる人がおらず、福島工場の佐川君に本社応援してもらい、彼に工場の指導をしてもらっている。
問題は指導できる人が彼しかおらず、今日の議題は彼の派遣先の優先順を決めることだ。

松本さん 「とはいえ、どの工場も必達を目指しているから、なかなか調整が難しいね。更に千葉工場は生産技術部に支援を依頼したり断ったりして分が悪い。
建前とかかっこいいことを言ってもしょうがない。千葉工場を所管する事業本部として、内部で打ち合わせた結論を申し上げるので、それでご了承願いたい」

江本部長 「ほう、もう結論がでているのですか?」

松本さん 「まあ全社最適の結論を考えれば、誰でも考えは一致するでしょう。
ええと……まずEU統合は1993年11月、EEA発足が1994年1月となっているが、ISO認証が義務となる日付ははっきりしていない」


注:当時は1993年末という認識であったが、実は私は定めた布告などを見ていない。
なお、この物語の現在は1993年3月31日である。


松本さん 「いずれにしても今年いっぱいなら問題ないと考えております。これには皆さんご同意されると思う。ということで12月中に審査登録証を受領するためには、11月中に審査を受けてOKになることと考えます。
よって千葉工場の審査日程を、本審査を8月、予備審査を6月末見直すよう考えています(注1)

品質保証課 林課長 「松本さん、それは千葉工場の工場長がご存知でしょうか?」

松本さん 「事業本部の考えで、まだ工場には話してはいない。だが本部が決めたことに異論はないだろう」


林課長は慌てて立ち上がり部屋を出ていく。工場に連絡を入れるのだろう。


江本部長 「松本さんのおっしゃったことは、最適解だと思います。それでよろしいならこちらは異存ありません」

田中さん 「松本さんがそうおっしゃるなら、私どもも異論ありません。
しかし何ですな、12月末で良いなら、もっと余裕を持って活動してもよさそうですね」

渡辺さん 「いやいや、ISO審査は不合格になることもあるでしょう。不合格になって審査を受け直すのを織り込めば、当社のトップグループが5月とか6月に審査を受けるのは妥当なところでしょう。私の事業本部の長野工場も6月審査でも1回でOKとは限らないですからね」

松本さん 「予備審査がNGだと、本審査に進めないそうですね」

江本部長 「それでは松本さんからのご提案をありがたく受けて、千葉工場の日程見直しでよろしいでしょうか?」


林課長が戻ってきた。
松本氏に近づいてなにか小声で話す。
松本氏は何度も首肯する。

松本さん 「林課長が千葉工場のOKを確認したとのことです」

田中さん 「それじゃもう決まりでよろしいですね」

渡辺さん 「現在の4つの工場については良いとして、これから残りの工場も認証を受けるだろう。生産技術部が音頭を取って、認証する順序とかを決めたらどうかね」

田中さん 「認証の日程以前に、工場が認証するか否かを決めるのはビジネスの都合だ。生産技術部が決めるわけにはいかないよ。ISO認証が要求されなくても認証するかどうかも事業本部が考えることだよ」

渡辺さん 「いずれにしろすぐにISO認証は流行になって、認証していないと遅れてるとか技術がないとみなされるのではないのかな。実際はどうかはともかくそんな雰囲気になりそうだ」

松本さん 「そもそも、生産技術部が認証の指導をすると言いながら、人員的にも認証のノウハウも十分じゃないというのが問題だよ」

江本部長 「確かにおっしゃる通りです。まあ工場サイドも初めてのことではありますが、私どもにとっても初めてのことでして、トップランナーの4工場が認証すれば経験も蓄積でき、二番手以降の工場の認証はだいぶハードルが低くなるでしょう」

田中さん 「欧州に輸出するのにISO認証が必要だとなったとき、本社の生産技術部は欧州にある当社の現地工場に、認証の手順や基準を調査に行くべきだったのではないですかね」

松本さん 「ISO9001ができたのはまだ数年前だよ」

田中さん 「イギリスではISO9001の前身であるBS5750はもう10年も前から認証制度が動いているよ。当然ウチの現地工場も認証している」

江本部長 「おっしゃる通りです。お金をかけて現地調査まで必要はないと判断しました。痛恨の判断ミスです。
今後類似のものに対しては然るべき対応を取るよう考えます」

松本さん 「千葉工場ですが、3つの工場が認証するまで棚上げというのではなく、本日以降も頻度を落としても指導を行うよう検討をしてほしい。
できればこの場で支援の約束を取りたい」

千葉工場の品質保証課 林課長林課長が、そうだそうだと首を縦に何度も振る。

野上課長 「佐川君、今は毎週、長野、兵庫、福島を一巡しているよね。その中に千葉を入れることはできないかな?」

佐川真一 「山口さんも指導になれたと思います。そうなると2人して工場に行くことはありませんから、別れて訪問することにすれば、10日に1度のペースくらいで千葉工場を訪問することはできますね。
そしてやり方も資料を与えてやれと言っても、できるはずありません。具体的に手順を示し、作業をやってみせやらせてみせと山本五十六方式でやる必要があります。

それについては標準的なカリキュラムを今作成しています。山口さんと意思統一して、誰が指導しても同じ教え方、何をどう教えるかの手順書を作ります。
そういう標準化をすれば、10日に一度訪問するインターバルで十分でしょう。

ひとつ気になることがあります。我々が審査日程を決めることができません。今現在は売り手市場で認証機関も満杯状態です。
千葉工場が審査をひと月遅らせたいと言ったとき、変更後の審査が半年遅れるになるか、あるいはもっとか、そこは交渉しないと分かりません」

品質保証課 林課長 「佐川さん、今から再スタートして、予備審査をいつ受けられる体制にますかね?」

佐川真一 「千葉工場で私が申しましたように、兼務者3名をフルタイム参加させて2か月あれば十分でしょう。今日から2か月後なら予備審査は6月初めなら大丈夫です。

ただお宅がパワー不足その他で、昨日私が話したペースで作業ができないかもしれない。例えば兼務者をフルタイムでさせるのができず今の2名のままでは、4か月はかかるのではないですか。その場合、8月下旬に予備審査くらいかなと思います。もちろんこれも認証機関次第ですが」

江本部長 「ISO認証も工数計算ができるのか?」

佐川真一 「ISO認証なんて試行錯誤を要する研究とか、クリエイティブな仕事ではありません。部品組み立てと同じく、決まりきった手順があり標準時間を設定でき、総工数が見積れます。それを何人かけて何日で仕上げるかは単なる割り算です」

品質保証課 林課長 「規定一本作る時間を見積れますか?」

佐川真一 「もちろんです。事前調査、ドラフト作成、関連部門との打ち合わせ、修正、書面審議、決裁伺い、合計して1本50時間ないし60時間あればできます。改定は内容によりますがその半分でしょう。
当たり前ですが、規定を作る知識、社内の交渉力、タイプの能力があることが前提です」

清水さん 「それはまたすごい速さだね。まあ、会社全体の規定は、各部門と調整がかかるからなあ〜」

田中さん 「ほう〜、君は、ええと佐川君はそういう経験があるのか?」

佐川真一 「あります。ISO認証が難しいと思うのは要求事項を理解していないことと対応策を知らないからで、理解していれば単なる作業です。社内の実態を知っていること、足りない分をどう修正するか関連部門と調整するだけです」

江本部長 「すごいね。口ばかりでないことを立証してほしい」

佐川真一 「もちろんそのつもりです」




渡辺さん 「それから工場から苦情が来てますが、生産技術部の支援が1日ひとり15万というのは高すぎませんか。旅費込みにしても費用を考えれば7〜8万じゃないの」

野上課長 「技術料と考えていただきたい」

渡辺さん 「技術料だって?……使い物にならない人もいたと聞いている」

野上課長 「それについては今後、良い技術者を派遣するよう努力します」

佐川真一 「私も本社の支援の売り込みを受けましたが、支援を強制的に押し付けるのは止めてほしいです。福島工場では本社の支援を断るのに苦労しました」

田中さん 「押し売りかい?」

佐川真一 「ハッキリ言ってその通りです。工場長の判断でやっとのことで断りました。
でも仮に注文を取り過ぎても、指導能力から対応しきれなかったでしょう」

野上課長 「それについては、今後は改善します。
佐川君が成果を出して、どこの工場からでも来てほしいと言われるようになれば、高いとは言われないだろう」

佐川真一 「それにしても1日15万では客は付きませんよ。ISO認証する企業がどんどんでれば、そこで認証活動の中心になった人たちが、ISOコンサルという仕事を始めるでしょう。そうなれば社内の指導を頼るか、外部のコンサルを頼むか、天秤にかけられます」

審査登録証札束
天秤

ISO認証がビジネスの必須要件なら、審査登録証の価値は無限大(?)
でも顧客要求がなければ、価値はあるのだろうか?
天秤の左右がバランスした会社は何割、いや何パーセントだろう?

野上課長 「認証支援の仕事は、当座しかないということか?」

佐川真一 「いえ、当たり前ですが良い指導をすれば、社内の工場が認証しても、関連会社の認証指導、取引先の指導、外販つまり当社がコンサルをしても良く、仕事はなくなりません。
でも仕事が取れるかどうかは料金と指導内容次第です。何事も見えざる手、QCDで決まります」




江本部長 「ええと2番目の議題です。
これは千葉工場だけの問題ですので、渡辺さんと田中さんは退席されてけっこうです。
ホントを言えば、生産技術部も関係はないのだが、佐川君は明日一緒に行ってもらうから残ること、野上課長と山口君は、同じことが他の工場で起きると困るから話を聞いてもらいたい」


渡辺、田中の2人はテーブルの上の書類をまとめて退席する。


江本部長 「問題の概要は、千葉工場が社外のISOコンサルを頼んだ。そのコンサルは実は凸凹機械という会社に勤務しており、勤務先がISO認証活動中であり、そこで作成した資料を千葉工場に売っていたということが判明した。

千葉工場内での調べでは、買った時はコンサルが勤務していた会社の資料だとは知らなかったという。
凸凹機械の従業員がその自称コンサルが社内資料を社外に売っていたことに気づき、告発したという。
ということでどう対応するかということだ」


注:「告発」とは違法があったことを第三者(加害者・被害者以外)が検察に知らせること。親告罪は告発できない。広義ではマスコミやネットを含め犯行の存在を世に知らせること。
「被害届」とは被害者が検察に申告し、取り締まりを求めること。
企業従業員が行うのは告発になるし、企業なら被害届になる。


松本さん 「江本部長の発言を一部修正します。
その従業員が告発されたかどうかは不明です。なにせマスコミ報道もなく、警察とか凸凹機械に尋ねることもままなりません。
ただ盗品を買ったことは間違いなく、その時点でこちらが盗品と知らなくても盗品の返却は必要です。しかし、売買したものが情報ですから、窃盗ではなさそうだし、営業秘密ならその漏洩で会社に損害が発生しているのかも分かりません」


考えたのだが、いかなる罪になるか、良く分からない。思い当たる法規制と言えば、

■窃盗罪:電気や水は入るが、情報は入らない。コピーして持ち出せば紙代と電気代の窃盗罪になるだけ
なお、盗んだものを売る罪は窃盗罪に含まれるので、単独では存在しない。

■業務上横領罪:機密文書など有体物に限られる。

■営業秘密侵奪罪:営業秘密とは「不正競争防止法第22条6項 秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」
ISO認証に関する情報は、それほど重大じゃないし、また公知に近いだろう。

■背任罪になるのは「会社に損害を与える目的」なので、ISO認証の資料がそれに該当とは思えない。

結局盗んだものにあまり価値がないので、起訴まで行かないのではなかろうか?
民事訴訟をするにしても損害をどう評価するか、外部講習会の受講料の何割とかになるのだろうか? そんなことせずに、使える人なら訓告、使えな人なら諭旨退職というところで終わりだろう。


清水さん 「不明なことが多いようなので、予めこちらで対応策を考えていくより、まずは相手と話をすることが良いのではないですか。
こちらがあまり理論武装して行くのもどうかと思います」

品質保証課 林課長 「というとこの場で議論することもないということですか?」

清水さん 「そうだねえ〜、情報が憶測でしかないのでね。
告発されたかも正確には分からないのだよね」

品質保証課 林課長 「そのコンサルを見つけてきた社員が、コンサルと連絡がつかなくなって知り合いから聞いた話です」

清水さん 「江本さん、この場で議論してもしようもありません。
とりあえず明日は先方と話をして、まずは情報収集することでよろしいでしょう」

江本部長 「実を言いまして、私がこの問題の当事者でも担当でもないのです。ただISO認証がらみなので、今日の打ち合わせに合わせて相談したいと千葉工場から頼まれて、清水さんに声をかけました。
問題は事業本部のことであり、松本さんが担当になるのですか?」

松本さん 「うーん、私は品質担当なので千葉工場のISO認証に関わって、成り行きでこれを担当することになりました。
本来ならコンプライアンスとか知的財産担当なのですが。
清水さんのおっしゃるように、まずは自然体で話をしに行くということにしましょう」



*****


翌4月1日午後、一行は法務部の清水さん、事業本部の松本さん、そして千葉工場の総務の上野部長と林課長、そして佐川の5名である。
ちょっとメンバーが多過ぎだと佐川は思う。人件費だけで1時間何万もかける意味があるのか? 現場の管理者だった佐川は、そういうことが気になって仕方がない。
佐川は30年前(?)にどんなやり取りがあったのか知らない。だから今日の会合は全く見当がつかない。とはいえ、大問題があったという記憶はないから、もめずに終わったのだろう。
おっと、今回はどうなるかは分からない。

それに自分は故買事件とは無縁だ。買ったものがISOの情報といっても、佐川がしゃしゃり出る必要がない。
きっとなにかあったとき、それも面倒くさい仕事を佐川に回そうと考えているのだろう。本社には応援で請け負った仕事ではないと断ろうと心に決める。


一行は佐倉市の工業団地にある凸凹機械を訪問する。
相手は凸凹機械の宮川総務部長と凸凹機械の本間課長(ISO担当)である。相手がこの顔ぶれでは、この事件(?)を大事とは考えていないようだ。それは良いことか悪いことか?

凸凹機械側メンバー
宮川総務部長宮川総務部長
本間品質保証課長本間品質保証課長

こちら側メンバー
品質保証課 林課長千葉工場 林品質保証課長
千葉工場の上野総務部長千葉工場 上野総務部長
松本さんアクチュエータ事業本部 松本さん
清水さん本社 法務部 清水さん
佐川真一本社 生産技術部 佐川

双方の挨拶と自己紹介の後、事業本部の松本さんが訪問の経緯を説明する。


松本さん 「弊社の佐倉市にある千葉工場ではISO9001認証活動中です。それでISOの情報を探していて、御社の坂本さんからISO認証に関わる資料を購入したという事実がありました。

但し、坂本さんから購入した時点では坂本さんをISOのコンサルと認識しており、御社の従業員であることは弊社では存じておりません。
ISO契約の契約書を結んでおります。こちらです、ご覧ください。

その後、噂でありますが、御社で坂本さんが内部資料を持ち出したことが見つかり告発したときいております」

宮川総務部長 「ああ、坂本さんのことですか。実は弊社内でISO関係の資料をコピーして外に売っていることを見つけた人がいまして、告発と言いましても検察とか警察に話したわけでなく、社内の総務部に通報したわけです」


注:凸凹機械の人が「坂本」でなく「坂本さん」と呼ぶのは、既に解雇されていて外部の人と考えているから。

宮川総務部長 「社内でどのような資料が持ち出されたか調べましたが、他の社員が外部のISO講習会に参加したときに配付されたものであったと把握しております。
講習会主宰者が配布物の著作権を持っているでしょうけど、まあ重大秘密ではないと考えております。

だから情報漏洩というレベルの問題ではなく、社内の物品を許可なく持ち出した疑いで、本人に事情聴取をしました。正直言いまして持ち出したものは物品でなくコピーで、損害といっても算出しようありません。
もちろん厳密に言えば著作物をコピーしたとかいろいろあるでしょうけど、講習会で配布したものですからね、

そんなわけで訓告処分にしようと考えておりましたが、本人は20日ほど前から失踪してしまいました。当社の就業規則では無断欠勤2週間以上のときに該当しますので、懲戒解雇処分としました。
坂本さんに関しては以上です」

松本さん 「私どもとしては、窃盗を教唆したとか共犯とは考えておりませんが、盗品を購入したことから、当方が知らなかったことを立証できなければ故買に当たるかと考えておりました」

宮川総務部長 「資料の価値ですが、何十人も参加した講習会で配布されたものです。そしてよく見ると経産省とか財団法人の作成した資料などの切り貼りです。講師オリジナルの部分もあるかもしれませんが、盗む価値があるのかどうか?

当社では受講したものが資料をコピーして社内の関係者に配っております。坂本さんが御社に渡したのはその孫コピーでしょうから、当社としての実質的損害はありません。

まあ、御社としては受講せずに配布資料が手に入ったなら受講料が浮いたといえるでしょうけど、代金として坂本さんに渡しているのは受講料より大きいでしょう。
何も気にすることはありません」

松本さん 「清水さん、凸凹機械さんとしてはこのようなお話ですが、よろしいものですか?」

清水さん 「凸凹機械さんのご厚意をありがたくいただきましょう」

松本さん 「しかしながら、それでは片務契約(注2)のようで釣合が取れませんね。
お宅に仕事を出すとかはちょっと大事になりますが、何かでイーブンにできたらしておきたい」

宮川総務部長 「貸しを作るつもりはありませんよ。ご心配されることはありません。
本間君、よろしいな?」

本間品質保証課長 「総務部長、そうおっしゃっていただけるなら、私はお願いがあるのですが」

松本さん 「どのようなことでしょう?」

本間品質保証課長 「坂本さんがお宅のコンサルをしていたそうですが、彼にそんな力はありません。実を言ってウチもISO対応が遅れに遅れております。
もしお宅にISOの専門家がいるなら、指導をお願いできないかなと思いまして」

佐川は、おお!、思った通りじゃないか……と自分の予感を呪った。
これでまた指導する工場が一つ増えることになる。
江本部長と野上課長はそうなることを予想して、いや、彼らがそうしようと考えたのか、あるいは松本さんが台本を書いたのか? いずれにしても生産技術部として損はなく、事業本部も損はない。忙しく辛い思いをするのは自分だけか?


松本さん 「こちらの佐川さんは、当社のISO認証をしている工場を、指導しているのです。
どうだろう、佐川さん。千葉工場に指導に来るときついでに凸凹機械さんに寄ってみてくれないだろうか」

佐川真一 「松本さんがそのように提案したところを見ると、江本部長と野上課長とは、話がついているのですね?」

松本さん 「話の成り行き次第であったが、譲歩する場合のひとつとして私の裁量にしてくれた」

佐川真一 「それじゃ是非はありません。形の上で利益供与(注3)にならないように名目を付けてください。あとで私が就業規則違反に問われるようでは困ります」

松本さん 「正式に業務命令を出す形をとろう。
それでは宮川部長さんと本間課長さん、弊方からのお礼ということでISO認証の指導をすることで手打ちしてください」

清水さん 「一応、覚書を作っておいた方が双方よろしいですよ。佐川さんの支援を明記するなら、佐川さんが言ったように利益供与にならないよう、文面を考えてほしいですね。それと事業本部から生産技術部に支援依頼の公文を出すように」

本間品質保証課長 「いや、専門家が指導してくれるとは百人力だ」

宮川総務部長 「なにか我々が得してしまったぞ、アハハハ」


こする指
どうなることか
皆がニコニコする中で、佐川ひとりが苦虫をかみつぶした顔をしている。
好ましくない展開となったことだけでなく、いよいよ流れは30年前と変わってきたと感じる。
本社応援したところまでは、時期的なずれは多少あったが、前世通りだった。しかし凸凹機械まで関わって来たとは、全く想定外だ。これからどうなるのだろう?



うそ800 本日の思い出した話

ISO認証ではないけど、昔、勤めていた会社のミスを外注にカバーしてもらったとき、代償として私が委託している仕事と無関係の技術指導に行ったことがある。

トカゲ

後で先輩に言われたのは、へたすると私だけが余計なことをしたと、就業規則違反で処分される恐れがあること。正式に指示された証拠を取っておかないと危ないとのこと。牛の尻尾ならともかく、トカゲの尻尾にはなりたくない。



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ISO審査日から何日後に審査登録証を受け取るかは、認証機関や交渉によっていろいろらしい。
1990年代前半は、認証競争があって一日も早く登録証(免状)が欲しいと認証機関に頼んで、審査後数日で受領したなんて話も聞く。私が関わった中では阪神淡路大震災のおかげで審査日から受領まで2か月近くかかったものもある。
片務契約とは、契約当事者のいずれか一方のみが相手方に対して債務(義務)を負う契約。
契約当事者の双方が互いに債務を負い、法律的な対価関係にあるものを双務契約という。普通の契約は双務契約である。

日米安保条約は片務契約と言われることもあるが、アメリカ防衛は日本の義務ではないが、その分思いやり予算とか金を払っているのでイーブンと言われる。

「利益供与」とは、狭義には株主の権利行使に関して利益を与えることであるが、一般的に特段の根拠がなく他者に利益を与えることをいう。
例えば、外注している製品製造に使う計測器なら無償で校正してもおかしくないが、無関係な計測器を無償で校正することは利益供与に該当する。





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