タイムスリップISO 24.千葉工場3

24.10.07

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは




ISO22 千葉工場2の続きである。
今日(3/30)は朝から佐川は、ISO認証の指導のために千葉工場を訪ねている。
とはいえ思いがけない事件があって、佐川をまともに相手してくれない。下手をすると刑事事件になるかもしれないからそれはやむを得ない。

午後になって担当者と話すことができた。しかし分かったことは、立派な計画を作っても、過去8か月もの間、計画されたイベントもプロセスもほとんど片付けていないのだ。進捗を聞くと、何もしていないとしゃあしゃあ●●●●●●と語るのに呆れた。

顎に手
どうしたものか
今、佐川はISO認証のリーダーの藤本さん、メンバーの桜井さんを前にして考えている。
まず自分が一度にISO認証を指導できる工場はいくつかと考える。正直言って三つは無理だ。
ただ兵庫工場は元からルールと運用の齟齬が少なく、ちょっとパッチを充てるだけで、ISO審査は充分パスするだろう。それは佐川の力ではなく元から工場の運用が良かったということだ。

福島工場は指導じゃなくて自分が主体だが、自分なりではあるがセオリー通りやってきたから、課長たちが会社の仕組み、規格の要求事項を理解できて、ミスがあっても限定的なものだろう。
それを考えると実質ふたつか二つ半で、長野、兵庫、そして福島工場は不適合が出ても簡単な是正で認証までたどり着けそうだ。

ではそれに千葉工場を上積みできるかとなると……審査日まであまりにも時間がない。そして最大の障害は移動だ。よっつの工場が軒を並べているなら、指導でも自分が手伝うにしても、なんとかなるだろう。
だがその4工場はいずれも遠く離れており、どこからどこへ行くのもドアツードアで半日くらいかかるのだ。それも東京起点で考えたときで、自宅のある福島からの時間距離は更に遠い。

方位福島工場位置関係と時間距離
東京本社⇒長野工場 2.5h
特急⇒タクシー
両矢印東京本社⇒福島工場 2h
新幹線⇒タクシー
長野工場両矢印本社
(東京)
両矢印千葉工場
両矢印両矢印東京本社⇒千葉工場 1.5h
快速⇒タクシー
長野工場⇒兵庫工場 5h
特急⇒新幹線⇒タクシー
兵庫工場東京本社⇒兵庫工場 4h
新幹線⇒電車⇒タクシー
注:物語当時は北陸新幹線はない

佐川個人は、当たり前だが自分の勤務地である福島工場を優先したい。自分の勤めるところを軽視しては主客転倒だ。しかし会社全体を考えると、事業上一番重要なところが優先となるだろう。
いずれにしても、それは自分が決めることではない。


そして千葉は他の工場とは条件が大きく違い、いろいろ問題がある。そこを片付けないとどうにもならない。
まずは管理者が管理していない、これは致命的だ。仮に自分が千葉工場に来ていなかったなら、林課長は計画より大幅に遅れていることを知らなかったのだろうか、それともすべてを知っていて手に負えないと知らんふりしていたのか? いずれにしても職務怠慢で懲戒処分だな。

それ以前に、こんな工場がISO認証をしてはいけないのではないか、そう思える。だってしっかりと管理していないということは、方針が徹底しないことであり、監視測定が機能していないことであり、力量もへったくれもない。まさにカオスである。
仮に佐川が助っ人に来て認証したところで、次回審査にはボロボロになっているのではないだろうか。


次なるは藤本さん桜井さんたち担当者の、仕事に対する姿勢だ。半日話をしたが、プロジェクトを成し遂げようとする意志が見えない。指示を受けて仕事をする作業者並みの待ちの姿勢じゃないのか。
ISO推進グループという看板を掲げた部屋があるし、メンバーもいると聞く。他のメンバーは何をしているのか?

そして担当者や課長だけでなく、部長とか工場長も会議とかときどきは「ISOどうなっている?」くらい声を出さないのか? あとで部長に会って話をしたい。
聞いてないってことはないだろう。週報とか月報とか、事業のために必要な認証なら工場長に定期的に報告するくらいしているだろう。

仮に「計画通り」という報告ばかりだとしても、佐川が聞いたように「じゃあ先月の計画にあった品質方針カードは作ったのか」「品質方針カードを見せろ」「わしは品質方針カードをもらっていない」と無邪気な質問をすれば、すぐに化けの皮がはがれるはずだ。

ひょっとして事業上ISO認証は重要でないのか?
これは部長に会って確認しないとならない。




佐川の考えがまとまってきた感じのときに林課長が戻ってきた。もう一人偉そうな人がいる。

池田部長 偉そうなその人は製造管理部長の池田だと挨拶した。大きな工場では製造管理部というのがあるのだ。製造部門を支援する機能で、生産技術、施設管理、品質保証、計測器管理などをまとめた部署だという。
この工場なら管理責任者は製造管理部長に決まりだなと、どうでも良いことが佐川の頭に浮かんだ。

池田部長 「林課長からISO認証の準備が遅れているというか、ほとんど何も進んでいないと報告がありました。大変申し訳ない。
それで本社の生産技術部は、これから力を入れて予定通り認証できるよう支援していただけるわけですね」

佐川真一 「ちょっとお互いの認識があっていないようなので、まず現状をご説明させてください。
ISO認証に当たってお宅は昨年、本社生産技術部に支援を依頼された。しかし残念なことに弊方が派遣した者が、お宅の期待に応えられなかったようで、昨年末にお宅は本社に支援を断りました。これでISO認証に関する依頼は終了しています。

昨日、お宅が再度、本社にISO認証の支援を要請してきたことを受けて、私の上長である生産技術の野上課長から私が受けた指示は、千葉工場の契約が切れて3カ月になるので、現在の状況を調べろということです。
私は支援を受けるとか断るという権限はありません。状況を調べて報告するだけです。

半日状況を拝見しまして、現状では5月12日の予備審査は難しいと思います」

池田部長 「難しいというと?」

佐川真一 「予備審査とは認証機関が本審査に進めるかどうか見極める事前調査です。ここで問題がひとつふたつならともかく、重大な問題がいくつか見つかった場合、本審査に進めないという結果になるかと思います」

池田部長 「おいおい、今まで大金を払い本社の指導を受けてきたのに、今更見込みがないと切り捨てるとはおかしいじゃないか」

佐川真一 「申しあげたように、お宅は本社の指導を12月に断っています。現時点、切り捨てる以前に千葉工場との支援契約はありません。
昨日、お宅から生産技術部に対して再度支援を求めてきましたので、私は契約を結ぶかどうかの調査に来たのです」 喧々諤々

池田部長 「林課長、佐川さんの話に相違ないのか?」

品質保証課 林課長 「と言いますと〜」

池田部長 「本社に支援を依頼した契約を取り消したってことよ。断ったことは事実なのか?」

品質保証課 林課長 「はい」

池田部長 「支援を受けなくても、認証できると考えていたのだな?」

品質保証課 林課長 「実はその……例の凸凹機械の方がISOコンサルの売り込みに来たので、本社から指導に来ていた方より知識も経験もあると思い鞍替えしたのです」

池田部長 「あっ、そういうこと、例の凸凹機械の話はそこでつながるの
本社の指導が役に立たない、そこにコンサルの売り込みに来たので切り替えた、ところがそのコンサルは自分の勤め先の文書を持ち出して売っていたということ、あげくに見つかってと、もう最悪だな」


・しばし沈黙

池田部長 「佐川さん、私の理解が足りなかったようだ。話をリセットする。
今、佐川さんが見て、千葉工場のISO認証を最大限の努力をして日程通りいかないか?
もちろん本社の指導を受けてだ」

佐川真一 「千葉工場の皆さんがやる気を出して、自ら考えて実行するならば可能だと思いますよ」

池田部長 「今の話を聞くと、千葉工場の連中はやる気がなく、自ら考えておらず、実行していないと聞こえるね」

佐川真一 「そのようにお見受けしました。部長さんとしては、耳が痛いというか私を憎むかもしれませんが、そう思います」

池田部長 「林課長、どうなんだ?」

品質保証課 林課長 「正直言いまして……先ほど佐川さんが計画表を見て……ああ、ここに貼ってあるのがその計画表です」

林課長が、赤マーカーでいろいろ書き込まれた壁の計画図を指さす。

千葉工場 ISO認証計画

千葉工場認証計画の現実

池田部長はそれをじっと眺めて口を開く。

池田部長 「計画表に書いてあるすべてが、『していない』とあるけど、これは本当なのか?」

品質保証課 林課長 「藤本さん、どうなの?」

藤本さん 「本当です」

池田部長 「林課長は知らなかったの?」

品質保証課 林課長 「本日知りました。今までの週報ではすべて予定通りとありました」

池田部長 「ちょっと待てよ、本社から指導に来ていた人を力量不足で断ったのは、予定より遅れているからじゃないのか?
順調なときに、本社の指導者を断ることがあるのかね?

そして凸凹機械の人をコンサルに頼んだということは、自分たちではお手上げで、進むことができないからじゃないの?
林課長が本社の指導を断ったり新規にコンサル契約したりしたなら、状況を知らないはずはないだろう」


今度は林課長が沈黙する番だ。
しばし沈黙が続いて池田部長がまた口を開く。

池田部長 「問題の処置はともかく、ISO認証は喫緊の課題だ。認証しないと工場がなくなっちゃうぞ。
うーん、佐川さんは今からリスタートして認証する方法は考えられないか?」

佐川真一 「隠し立てなくお話します。
私がここに常駐して指導すれば間違いなく認証できます」

池田部長 「おお頼むよ

佐川真一 「ご理解いただきたいことがあります。
私は今日、本社から派遣されてお邪魔していますが、実は福島工場の人間です。
そして私は、福島工場のISO認証の中心となっております。福島工場の審査予定は千葉工場の1週間後です。

そしてまた私は長野工場と兵庫工場のISO認証の指導をしています。長野の予定は千葉より3週間早く、兵庫は2週間早いのです。それらみっつの工場の指導に、私は就いています。

新たに千葉工場支援を追加するかは、本社生産技術部の決定になります。
しかし現在3つの工場の認証をしておりますので、私は現在手一杯です。もしそれが容易いことなら、お宅で問題になるわけないですから、ご理解いただけるでしょう。
単純に追加はできませんから、お宅を手伝えるかどうかは、他の工場とのプライオリティ次第でしょう」

池田部長 「指導できる人は、佐川さんだけでなく他にもいるのだろう?」

佐川真一 「いないから工場の人間が応援しているのです」

池田部長 「うーん、ちょっと待てよ、
佐川さん、さっきの話に戻るが、千葉工場の連中が、やる気を出し、自ら考えて、実行すれば良いということだな?」

佐川真一 「その通りです。ただ私の考えるレベルは、今日から毎日残業4時間、土曜出勤は当然ですね。できれば日曜も出てほしい。

私のことを言えば他工場の指導に歩く前は、毎朝家に帰るとき、新聞配達におはようと挨拶されましたよ。
先週から毎週3工場を一巡するように移動しています。もちろん定時内は指導をするわけで、移動は終業後です。ホテルに着くのは毎日9時過ぎです。
土曜日は勤め先の福島工場に始業1時間前に出社、フルタイムで働き、日曜日も始業1時間前に出勤して15時まで仕事してから、長野工場に移動しました。
そこまでしろとは言いませんが、それくらいは頑張ってほしいですね」

品質保証課 林課長 「佐川さん、そんなことしたら監督署が飛んできますよ」

佐川真一 「それはお宅が考えることです。人をかけるなり何なり方法はあるでしょう。
池田部長さんから、できるかと聞かれたから、その条件を答えたまでです」

池田部長 「確かにそれはウチが考えることだね。
しかし意欲が沸いても、何をするのかさえ分からないということはないのか?」

藤本さん 「そうなんです、全く分かりません。
計画表にある去年の10月から11月にすべき内部監査体制構築だって、本社の當山さんからそう言われただけで、何をするのか分からないから動くことができません」

池田部長 「何をするのか分からず、手をこまねいて何もせず、上司に報告もしない、これはどう考えているのかな?
まあ、それは林課長に調べてもらおう。
あ〜、福島工場は本社の指導を受けていたのか?」

佐川真一 札束 「いえ、本社の當山さんが指導の売り込み来ましたが、自分たちで認証できると判断してお断りしました。
本社に払うお金があまりにも大金でバカバカしいですから」

池田部長 「佐川さんとかお宅の人は、ISO認証に詳しいとか経験があったのか?
それとも外部に良いコンサルがいたとか?」

佐川真一 「いえいえ、全くの初体験です。ただ、以前から顧客から品質保証要求はありましたから、そのたぐいと考えて準備しています」

池田部長 「客先からの品質保証要求はウチでもあっただろう。そういった連中を使えばいいじゃないか。林課長は品質保証課長だから、自部門に顧客対応の品質保証の専門家もいただろう?」

品質保証課 林課長 「確かにいるのですが、品質保証担当は、元からある業務が忙しいとか、規格要求が分からないとかで、辞退してしまったのです。
それでISO対応要員として工場内から集めて対応しようとしたのですが……
経験と専門知識がないので、ハイ」

池田部長 「佐川さんはISOの知識などあったの?」

佐川真一 「全くの初心者ですよ。そもそも日本でISO認証なんて始まったのは、ここ1年でしょう。
ただ私は品質保証を担当していました。2か月間ですがね」

池田部長 「2か月? たった2か月?」

佐川真一 「私が品質保証課に異動したのは昨年の11月です。前任者は12月末で転勤してしまい、今、品質保証は私ひとりです。
福島工場のISO認証が決まったのが昨年暮れで、それから規格を読んで勉強しました」

藤本さん 「本当に規格を読んだだけですか?」

佐川真一 「お疑いかもしれませんが、そもそも学ぶ機会がありません。近隣にISO認証した企業はありませんし、教えてくれる人もいません。社外の講習会に行ったこともありません」

本当は20年の経験があるじゃないか、と言ってはいけない。前世で佐川がまったくの初心者のとき、かなりよくやった実績がある。
なによりも藤本氏より前向きでファイトがあったことは間違いない。

池田部長 「経験がなくても、他の工場を指導できるの?」

話し合い

佐川真一 「長野や兵庫の工場を訪ねると、規格の解釈や何をどこまですれば良いかなど、数多くの多様な質問や相談を受けますが、今まで私に分からないこと、判断付かないことはありませんでした」

池田部長 「やる気の違いか、能力の差か?」

佐川真一 「話を戻しますと、指導する工場の決定は、本社生産技術部とこの工場の所属する事業本部の話し合いだと思います。
池田部長さんの方で是が非であれば、事業本部を通して生産技術部と話をしてもらいたい。
でも、工場の人たちはやる気だけは持ってほしいですね」

池田部長 「事業本部か……例の凸凹機械の話もあるな〜
ああ、もちろん長野工場と兵庫工場、福島工場のプライオリティもあるな」

佐川真一 「いっそのこと、4つの工場の所属する事業本部を集めて、生産技術部で話し合ってもらったら、その場で決まるのではないでしょうか?
私は将棋の駒と同じですから、決められた通りに動きます。ただ同時に2カ所には行けません」

池田部長 「そうだ、そうしよう。ともかく目の前の問題はそれを決めることだな。
ところで林課長、」

品質保証課 林課長 「はい?」

池田部長 「あのさ、調べてほしいことがある。
なぜ計画があるにもかかわらず、なぜ実行しなかったのか? そして計画通りという嘘の報告をしたのか、しっかり調べてほしい。
君はISO認証に関わっていないようだから早急に頼む。一週間だな」

品質保証課 林課長 「はっはー」

池田部長 「それじゃ事業本部と話をしてみる。佐川さんには打ち合わせの時には出席してもらう。夕方までにいつ打ち合わせするか決めよう。
ええと、佐川さんは今ここで何をしているのかな?」

佐川真一 「本日はお宅から認証の指導要請を受けた本社生産技術部から、どのような状況なのかを調べてこいと言われました。
私の訪問の結果は先ほど述べたとおりですから、もうすることはありません。
先ほどまで、藤本さんたちから相談事を受けて話をしておりました。

池田部長さんのおっしゃった会議が明日となれば、今日は東京泊りですが、明日でなければ今日の夕方、兵庫工場に移動して、水曜日と木曜日は進捗確認と問題対策、そして内部監査をする予定です。
金曜日は福島工場で内部監査教育です。土曜は福島工場の内部監査のチェックリストなどの用意。日曜午後は長野へ移動です。福島から長野まで、5時間かかりますからね」

池田部長 「佐川さんが忙しいのはよく分かったよ」



*****


部長が部屋を出ていくと、林課長、藤本さん、桜井さんが残った。

藤本さん 「やる気がなく、自ら考えておらず、実行していないとは、言い過ぎではないですか?」

佐川真一 「気を悪くしたら、すみません。しかし私はそう思っています。
長野工場でも兵庫工場でも、到着すると打ち合わせどころか挨拶する前から、たくさん質問を受けます。疑問、判断、相談事、教えてほしいと、品質保証の人だけでなく各部門の人たちが列をなします。
先ほど山口さんから電話(第23話)が来ましたが、彼の手に負えないとのヘルプ要請でした。山口さんが分かるものは、その場で回答しているでしょう。

千葉工場に来て何一つ聞かれていません。
私が計画を見てプロセスやイベントをしたかと聞くと、分からないからできないと言われました。

例えば内部監査体制について聞くと、資料をもらっていないと答えがありました。教えられないとできないのですか?
当社では現在、会計監査だけでなく包括的な業務監査が行われています。その仕組みや手順は工場の規定でなく、会社の規定に決めてあります。もちろん従業員なら見ることができます。
それを読んで、監査とはどんなものか、業務監査の監査項目をISO規格要求事項に差し替えてみようとか考えませんでしたか?
どちらにしても規格では内部監査をしろとありますが、5W1Hの細かいことは自分で考えるしかありません。

品質方針カード
規格要求は、従業員に品質方針を理解させ実施させ維持させることだ(4.1.1)。
品質方針カードを配って、審査で方針を聞かれたらカードを見せても、それはカードを持っている証明であり理解した証明ではない
品質方針カードを作ったのかと聞くと、作っていないといいました。
正直言いますと、私は品質方針カードが必要とは思いません。でも皆さんが作ろうと決めたなら、なぜ実行しないのですか?
まさかそんなことも、教えられないとできないとおっしゃいますか?

皆さんが解決できないことは上長に報告していますか?
スケジュールより遅れたら、日々、毎週、報告してますか。
今あなたたちは、現状の計画遅れを挽回する方法を考えていますか?
そういうことです」


藤本氏も桜井氏も、ただ黙っているだけだ。反論しろよと佐川は思う。
林課長はどこかに電話をする。

品質保証課 林課長 「品質保証を担当している人を二人呼びました。
品質保証を担当している人を、ISOに充てればすぐに進みますかね?」

佐川真一 「お会いして話をしたいですね」

藤本さん 「品質保証のメンバーがISOをやるなら、もう我々はお役御免ですね」

佐川真一 「冗談じゃない、これは人員の追加ですよ、補強するためです。
あなたたちも死ぬほど頑張らないと日程を守れませんよ」


藤本は肩をすくめた。
ドアが開いて50くらいの人二人が入ってきた。

男A男B

男A 「林課長、ここでよろしいのですか?」

品質保証課 林課長 「ああ、申し訳ない、空いているところに座って。
千葉工場はISO9001を認証しようとしてきたんだけど、このままでは審査を受けるレベルになるのは厳しいという状況だ。
それで、品質保証のお二人に、ひと月半こちらを応援してもらいたいのよ」

男B 「ISO9001と言われても、私たちはまったく分かりませんよ」

品質保証課 林課長 「そこらへんはこちらの佐川さんが説明するから
佐川さん、どうぞ」

佐川真一 「初めまして。ISO9001は品質保証の規格とタイトルにあるように、品質保証の規格です。従来顧客対応の品質保証要求事項の標準化を図ることを目的としたものです。
皆さんが顧客対応の品質保証業務をしていたなら、要求事項が多少違うだけですから、サッと取り掛かれると思います」

男B 「ちょっとお待ちください。私たちは品質保証と言っても、品質保証要求事項とか品質保証協定とかいう仕事ではありません」

佐川真一 「えっ、品質保証業務ではないのですか?」

男B 「ここでは品質保証というと、信頼性評価のことを言います」

佐川真一 「はっ!? 信頼性評価のことを品質保証というのですか?」




佐川真一
品質保証違いか

佐川の頭の周りにはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるようだ。

日本で品質保証というと品質システムの意味でなく、部品の信頼性評価とか製品を種々の試験検査によって顧客満足を確認することがメインの意味のようだ。
英語版Googleでも、Quality Assuranceは顧客満足を実現する意味で使われているのが多い。要するに概念が広いのだ。
品質保証要求を定めてそれを担保するという意味合いは、Quality Assuranceのほんの一部分のようだ。
確かにISO901:2015の序文でも「この規格で規定する品質マネジメントシステム要求事項は、製品及びサービスに関する要求事項を保管するものである」とあり、品質保証の一部であることを表明している。


男A 「ISO認証するという話があったとき、最初品質保証の規格だからと我々に話が来たのです。ところが規格を一読して、これは畑違いと分かりました。
私はフロー・リフローの電子部品の信頼性評価試験をしていまして、こちらは製品である電子機器の不要輻射、FCC規制ですな、その試験をしています」

佐川真一 「あー、そうなんですか。
林課長さん、お宅では顧客から品質保証要求を受けて品質保証契約を結ぶということはなかったのですか?」

品質保証課 林課長 「私も品質保証に異動してまだ半年なので分からないな。
今までそう言うことありましたか?」

男A 「信頼性についての試験や検査など項目や方法の要求を受けて対応したことはありますし、部品の管理などの要求もありました。
ただ品質システムの要求というよりもULの要求が幅広くなった感じでしたね。部品材料の識別とか、保管や製造の環境管理、トレーサビリティの確保とか、
そういった顧客からの品質保証要求はなくはなかったのですが、ISO9001のような要求、つまり方針を出せとか文書管理とか契約の見直しといったようなものは、なかったと思います」

男B 「ああ、そういうのも品質保証要求なら、なかったわけではないのか」

佐川真一 「どうもありがとうございました。とはいえ現在のISO担当だけではパワー不足というか手が足りないのです。こちらの方の応援は可能なのでしょうか?
文章を論理的に読む力があり、ワープロを打てるなら十分です」

男A 「同系統の仕事ならと思いましたが、そうでなければよそからお願いしたいですね」

男B 「ISO推進グループのメンバーには聞いてみたのですか?」

品質保証課 林課長 「分かった。申し訳なかった。じゃあ、帰ってくれていいよ」


2人は部屋を出ていく。

品質保証課 林課長 「ISO推進グループの方は藤本さんから声をかけてくれないか。明日からでもひと月半はISOに専念してもらう」

藤本さん 「声はかけますが、彼らは本業を持っていますから即対応できるかどうか?
それと来てもらっても、仕事を指示できる状態になりますか?
来てもらってすることがないと、また問題です」

品質保証課 林課長 「それを考えるのが藤本さんじゃないのか? 藤本さんは推進グループのリーダーだよ。計画表のほとんどができてないわけで、それをどうするか考えることが第一じゃないのか。
言われたことを伝えるのではなく、自分が考えて仕事を指示するのではないの」

藤本さん 「でも現実には我々は何も知りませんよ」

佐川真一 「ストップ、それについては部長からの連絡次第です。
会社が全力で千葉工場の認証に取り組むとなれば、私もここに駐在することになるでしょう。そのときは私が指示しましょう。あるいは現在の日程を諦めて遅らせるとなれば、皆さんは焦ることはありません。もちろん私も千葉工場と縁が切れます。
事業本部との話の結果を待つことにしましょう。

計画必達となったときは、明後日の朝に本務・兼務は全員がこの部屋に集まり、そのときからフルタイムで働いてもらいたい。
それが最低条件です」

藤本さん 「兼務者は3名ですが、3名も必要ですか?」

佐川真一多多ますます弁ず多ければ多いほど良いですが、3名でもやむを得ない。もちろん本業が忙しいからという理由で一時的に本務に戻るのは、進捗をフォローする藤本さんが判断して決裁してください。どちらを優先するかはあなたの判断だ。
仕事の段取りについては説明に半日はかかります。兼務者が来れるかどうか、確認してもらえますか。
もし来ないなら致命的になる。工場レベルで判断してほしい。
今後人手が必要になったり、本業に戻る人がいた場合、人を確保するよう林課長さんが部長に話してほしい」

品質保証課 林課長 「分かりました。そいじゃ藤本さん、兼務者のこと今から調整してください」

藤本さん 「佐川さんはどうするのですか?」

佐川真一 「とりあえずは池田部長さんからの指示待ちです。
明日、本社で打ち合わせた結果どうなるのか、
他の工場の支援を止めても千葉工場に力を入れるとなれば、私は週に四日はここにいてみなさんといっしょに仕事をします。
他を優先するとなったら、千葉工場のことは忘れて、今日の夕方には電車に乗って兵庫県に移動です」



*****


15時過ぎ、池田部長から林課長に電話があった。
まず、千葉工場は事業上の理由で、審査日程を遅らすことはできないとのこと。
そしてISO認証の支援について他の工場も含めて日程の打ち合わせをするという。

明日3/31(水)10:00より本社生産技術部にて打ち合わせをする。
議題
1.ISO9001認証の生産技術部の支援について
 3つの事業本部が4件の工場の代理で出席する
2.千葉工場の他企業の情報購入の件対応
 法務部、本社総務部参加

第1番目の件については、本日、林課長と部長とで打ち合わせるから、部長の代理として出席のこと。
第2番目の件について林課長は経過をまとめて説明すること。
本社から派遣された佐川氏は第1番目、第2番目の議題に参加すること。

そして4/1(木)午後に、明日の打ち合わせ結果をもって、本社法務部と林課長が凸凹機械を訪問して交渉するという。
更に訪問の際は、佐川が本社の生産技術部の代表として凸凹機械に同行しろという指示が来た。凸凹機械との話し合いに佐川が出る理由は理解できないが、木曜日夕方まで福島に帰れないことは分かった。



うそ800 本日の不思議

仕事というのは手足を動かすことだと思うが、口を動かすことと考えている人も多い。
足を引っ張る 更には仕事とは成果を生むことでなく、他人に成果を出させないこと、他人の脚を引っ張ることだと思っている人もいる。
ならば仕事が進まないのは自明である。

おっと、革新政党は政策を提言することでなく、他政党の政策を否定することが仕事と思っているようだ。
能力がないのは諦め受容するが、下種げすにだけはなりたくない。


注:「下種」とは、心がいやしい人。



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外資社員様からお便りを頂きました(24.10.07)
誤記見つけました
製品及びサービスに関する要求事項を保管するものである  保管→補完ですよね

>感想
>今日から毎日残業4時間、土曜出勤は当然ですね。できれば日曜も出てほしい。
昔の「忙しい」って、こんな感じですよね。
今 言ったら、確実にパワハラになりますし、労務管理上NG.
でも当時の管理職って何で「人を増やそう」って考えなかったのでしょうか?
結局 力量の無視(仕事量についても同じ)が、当時からの伝統なのでしょうね。
でもそれ以上にオカシイと思うのは、給料やボーナスは、殆ど変わらない点。
(残業代が付く人は除く)

>フロー・リフローの電子部品の信頼性評価試験
懐かしいですね、これは、昔やっていました。 表面実装の導入で、随分と大変。
でも一番大変なのは、出来るだけ多くの部品が使える共通の半田付けプロセス(温度勾配)を決める事と、それを部品単体の評価試験に落とす点なのですよね。(サンプル数、リフロー後の性能確認)
これからも楽しみにしております。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
誤字の指摘を受けて眼光紙背に徹して(ウソ)眺めまして、他にも脱字、えん字(不要な字)をいくつか発見しました(自慢になるか 💢)。他にも何というのでしょうか、文字コードがないのか「化けの皮がはがれる」のはがれるの漢字が「?」になっていました。

ブラック企業なんて言葉が流行っていますが、40年前に戻ったら日本中がブラック企業ですね。
私の入社した1960年代末は「怪我と弁当自分持ち」と言われて、仕事で怪我をしても会社は知らんぷり、更にさかのぼれば「先輩は無理へんにゲンコツ」と言われたそうです。
あと30年したら「2020年頃はどこも無法・違法まかり通っていたのよ」なんて言われるのでしょうか?
善し悪しはともかく、現実はそうだったということ、時代と共に良くなってきたと認識すべきでしょう。

フロー・リフローでは小集団活動で、部品が細かくて機械にひっついてしまうのを改善したとか改善しようなんてのがありましたが、今はそんなことないのでしょうね。
50年前、私が8ビットのBASICで作ったNCの自動プログラム作成ソフトなんて笑い飛ばされます。すべては歴史に埋もれていくのでしょうね。




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