*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注:今回のお話から一人称で進めようと思います。
文中「私」とは、作者である私、おばQのことではなく、このお話の主人公である「佐川真一」であります。お間違えの無いようお願いします。
翌日の朝、私は「品質保証マニュアル打ち合わせの通知」の宛発の文面を見直していたが、読み直していると、どうも話の進め方がずれている気がしてきた。
この目的は、社内の意向を聞くのではなく、外部から要求された「やらなければならないことを理解させる」ことだ。
だってそもそも品質保証要求事項とは、客がやれと言うからするわけだ。それを実施する人にそれで良いですか?と聞くのは筋違いだ。受ける側の企業としては、客が要求するから商売をするためには仕方がないから、品質保証部門から各部門へは協力してね(文句を言うな)ということになる。
ならば各課のご意見を聞くのでなく、客の要求を説明して納得させることだ。
注:中には顧客要求より自社の方法の方がすばらしいから、受注側から提案することもあるかもしれない。しかしそれは技術やノウハウの流出であり自社にとっては損出である。
もちろんそれが自社にとって大きなメリットがあるかもしれない。その場合でも詳細を見せないほうがよさそうだ。
となると相談に行きますというのは間違いだ。次なるビジネスの相手方の要求事項を説明しますから集まれで良い。
ということで私は電子ゲーム機の客先から品質保証要求がされたので、要求事項の内容の説明、それに伴って各課でしなければならないことの説明をするので集まれという文面にした。
それを村上さんに見せて説明会の開催を説明すると、彼はかなり不満気である。
「佐川君、品質保証要求をされたのは今回が初めてではない、というか年に何件もある。
だからわざわざ説明会などしなくても、我々が作ったマニュアルを各課に配布して、それを満たすように準備してくれと言えば終わりだよ。
そうでなくても忙しいのだから、仕事を増やさないでくれ」
「各課から質問とか相談などはなかったのですか?」
「それはあるよ。真面目にマニュアルを読んでない課長は、何をしたら良いか分からないなんて言ってくる。ちゃんとマニュアルを読んでほしいと応えておしまいだ」
「客先が品質監査に来ると思いますが、そのとき問題は起きませんか?」
「毎回問題が起きて困っている。しっかりとマニュアルを読んでないからだ。マニュアルで引用している規定を読んでいれば、どんな文書があってどんな記録があるか一目瞭然なのだが、マニュアルを読んでくれないんだ」
「そういう不勉強な人のために説明会をすると考えたら、全体的な手間も減らせるしトラブルも減ると思いますが、いかがですか」
「君が課長を説得できるなら、してもいいんじゃないか」
「分かりました」
すぐその足で課長の席に行く。間を置くと村上先生の気が変わるかもしれない。
品証課長
92.11.19 福田 |
次は三段組、つまり要求事項対照表をつくることだ。前の人生では何度したことか。左の列に要求事項を書き、次の列にマニュアルの項番と要旨、次の列に引用した規定の項番と記載事項、次の列に関係する記録の固有名詞、右端の列には備考というか注意事項とかを記述する。法律の三段組
縦方向(行数)は、品質保証要求事項の項番の数だけあるわけだ。正直言ってワープロ専用機では大きな表を作る能力がないので、各列に記載すべきテキストを改行して書き並べる。パソコンが空いているとき一挙に表を作ろう。
待てよ、村上先生にパソコンの使用予定を話しておかねばならない。
注:上司や同僚を「○○先生」と呼ぶのは、だいたいにして「先生と呼ばれるほどの□□でなし」の□□に当たる。
もちろん声に出して「村上先生」と呼んでいるわけではない。
「村上さん、今日パソコンを使いたいのですが、村上さんはお使いになりますか?
一昨日でしたっけ、私は桜庭さんにパソコンを使ってよいと了解を得ていたのですが、村上さんとバッティングしてしまいました。村上さんから指示された重要な仕事なので遅れないようにしたいのですが」
「しょうがないな、そいじゃ今日の午後一杯、それに明日の午前中は使って良いよ」
「了解しました。
提案ですが、誰がいつ使うかの予定表を作りませんか。そうすればお互いに予定がバッティングすることがなくなります」
「あっ、それ良いですね。私もパソコンを使うことが多いのですが、課長や村上さんから使うと言われると予定が狂ってしまうのですよ。
私が予定表を作ってパソコンデスクの脇にぶら下げておきます。先に予定を書いた人優先にしましょう」
「おお、桜庭さん、グッドアイデアです」
課長と村上さんは桜庭さんの発言を聞いて、否とも言えず苦虫をかみつぶしている。お二人は今まで使いたいときは問答無用で使っていたのだろう。
ジャイアンが二人いる世界が成り立つのだろうか?、パソコンが2台あるから衝突しないか。課長がジャイアンで村上さんがスネ夫……じゃあ、私はのび太?
午前中はまだ2時間半ある。計測器管理室に行って浜本さんと旧交を温めてくるか。
これは冗談だ。浜本さんと知り合いだったのは前の人生においてだ。
計測器管理室は品質保証課の事務所とは別の工場棟に、小学校の教室くらいの面積がある。とはいえその半分は遊休計測器の倉庫で、残りの半分が計測器管理室のメンバーの机があり、残りが計測器の校正とか修理をする場所となっている。
部屋に入ると、浜本さんが事務机に座って難しそうな顔をしている。
「佐川です。先日の朝礼で挨拶しましたが、よろしくお願いします。
このたび電子ゲーム機の製造の注文を取ったのですが、その品質保証を私が担当するようです」
「それが計測器管理に関係するのかい?」
「計測器管理は品質保証協定では定番の要求事項です。特に校正ですね」
「ああ、また国家標準とのトレーサビリティとか校正をしっかりしろとか、そういうやつだな」
「その通りです。ところで現在の計測器管理の状況は大変だと聞いてます」
「桜庭さんが言ったのかい? この仕事を心配してくれているのは、桜庭さんしかいないからね」
「それで私も微力ながらお手伝いしようと考えたのです。
まずお困りになっているのはどんなことですか?」
「お困りかあ〜、たくさんある」
浜本は立ち上がってホワイトボードに問題点を書き出す。
「まず校正期限漏れが多い」
「原因は何ですか?」
「校正すると言っても使用中だから持っていかれると生産が止まるという」
「生産を止めたらいいじゃないですか」
「えっ!」
「実力行使したらどうですか。一度くらいは相手に合わせても、また都合が悪いと言われたら、相手の課長に怒鳴り込むのですよ」
「ところが、そんなのはたくさんあるのさ。怒鳴り込むどころか、メイン通路で怒鳴るしかなくなる。
例えばこの電波暗室の測定システム一式だ。これは校正の期限がふた月前、9月末日で切れている。残念なことに使用部門は、ウチの信頼性試験2係の大村さんのところだ」
「じゃあ、福田課長に文句を言えばいいじゃないですか。
他にもあるんでしょう、あと1件くらい教えてください」
「一番気になっているのは製造第2課のライン検査装置4セットだ。これは製品対応の検査装置として専門メーカーがセットアップしたもので、我々では手が出せない。メーカーに依頼するしかない。
最初の取り決めた予定日は生産計画が変わったのでダメというので、一度は先方と日程調整したのだが、それも生産計画が変わったからダメだと言われた。
それで今は、校正期限切れの装置で毎日ジャンジャン検査しているよ。4セットだから校正しようとしたら全ラインストップだな」
「怒鳴り込むのは明日にして、今日中にそこの課長に大問題であると宛発を出しましょう。
私が書きましょう。サラサラサラ……と
まずはこれがいかほどインパクトがあるかどうかですが、リアクションがないならこの会社腐ってますから転職考えたほうが良いです。
浜本さん、メーカーに電話して、今週末にこちらにきて4セット校正できるかどうか聞いてほしい。金に糸目は付けない前提で良いです」
「うーん、無理そうだけど、策はそれくらいだな。
今電話するわ」
浜本は名刺入れを取り出して、外線をかける。
5分ほどやり取りして電話を切る。
「先方は内部で調整して返事するという。返事は午後一だろう。たぶん対応できると思うけど、土日二人かかりだから旅費宿泊込みで50万かな。まあ返事が来てからだ。
それから通常の電子計測器などでなく、製品特有の計測器があるんだ。ほとんどが顧客貸与なんだ……さっき佐川君が言った電子ゲーム機でも多分あるだろうな」
「そういうのは受注時に貸与計測器の校正を、契約に盛り込むように要求したらどうですか。
とりあえず貸与元に校正を先方で行うとか代替えを貸してもらうとか、営業に交渉を依頼すべきでしょう。
おっと、営業と交渉するのは浜本さんの仕事じゃないですが、浜本さんが課長に営業と話をしろと言わなくちゃなりませんよ。
ともかく今日は、品証の電波暗室のシステムと、製造第2課を決めちゃいましょう。一緒に事務所に来てくれますか?」
・
・
・
・
私たちは品質保証課の事務所に来る。
私は福田課長がいることを確認して、桜庭さんのインボックスを漁る。
「浜本さん、こんなのありましたよ」
私が見つけた信頼性試験2係の報告書を浜本に手渡す。
そして一点を指さす。
それは試作品の不要輻射の試験報告書であるが、添付資料に電波暗室での試験結果があり、そこに使用機器の欄に先ほど浜本と話題になったシステムが記載され、その校正期限が今年12月と記載されている。
「ちっ! こんな捏造しているのか!」
「課長、私は村上さんの指示で、客先からの品質保証の検討をしています。今、計測器の校正について浜本さんの話を伺ってきたところです。
それでとんでもないことがあると知りました。
現在、電波暗室のシステムは校正期限切れですが、品質保証課では期限切れの機器を使って試験しています」
「はあ〜、浜本さん、それは本当か?」
「本当です。校正期限は9月末日で、既にふた月過ぎています。それを報告しようとここに来たのですが……今、桜庭さんの机を見たら、そのシステムを使った信頼性試験報告書がありました。
その試験報告書には使用機器を記載しているのですが、その校正有効期限を今年12月末日と記載しています。事実無根の捏造です。とんでもないことです」
福田課長は立ち上がった。
「ちょっと見せてくれ。
桜庭さん、信頼性試験2係の記録はどこにある?」
「この事務所ではありません。信頼性試験2係だと思います」
「よし、浜本さん、佐川君、信頼性試験2係に行くぞ」
三人は電波暗室のある別の棟まで歩いていく。
電波暗室の脇にある事務所に入ると大村さんを呼ぶ。
「何事でしょう?」
「電波暗室を使った過去3か月の試験報告書をここに持ってこい」
大村は福田の剣幕に驚いて、部下に電波暗室の試験結果をみんな持ってこいという。
10分足らずで30件以上の試験報告書が並んだ。
「浜本さん、チェックしてくれ」
これまた10分足らずで終わった。
「すべて校正期限を今年12月末日と記載しています」
「ええと大村係長、質問だ。計測器管理室の浜本さんから電波暗室の測定機器の校正期限が9月末日で過ぎており、まだ校正されていないと報告があった。
それで校正期限を超えている今どんな状況なのか見たわけだが、今も定常的に試験を行っているようだな?」
「山下君、校正期限が切れているけど、どうしてなんだ?」
「9月に係長に校正期限が切れますって言ったでしょう。そしたら係長は今仕事が混んでいるから構わず試験を続行しろと指示したじゃないですか
「えっ、そうだっけか?」
「問題はそれだけじゃない。この試験報告書を見ると校正期限がまだ来ていないように書かれているぞ。
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
![]() ![]() |
|||
![]() |
![]() ![]() ![]() |
![]() |
![]() ![]() |
|||
「いえ、係長に言われました」
「日付をずらすのは懲戒処分ですか」
「当たり前だろう。重要な書類で外部にも出すものだぞ。
実施した者だけななく、指示した者、管理監督に当たる者全員だ。山下君も、大村係長も、私もだ。
島田係長、ちょっと来い」
「はい、課長なんでしょう?」
「君の係で校正期限を過ぎて使っている計測器はないだろうな?」
「……あります」
「あるだと!
なぜ校正に出さないの?」
「社内で校正する場合、早くて1日、普通は2日かかります。社外で校正するものは最低でも5日、普通は10日かかります。それでは仕事に支障が出ます」
「仕事に支障がって……校正期限が切れてたら試験した意味がないじゃないか」
「そうですね」
福田は目をつぶって沈黙した。どうしたら良いのか分からないのだろう。
しばし黙していたが、やがて口を開く。
「係長ふたりと山下君は事務所に来てくれ。話を聞きたい。
ええと、残った者は今までの仕事を続行してくれ。校正期限過ぎでもしかたない、今日一杯は今まで通り仕事をしてくれ。明日以降は追って指示する。
おっと、過去の記録には一切手を入れるな。聞こえただろうが校正期限を過ぎた機器を使った報告書に、使用機器の校正期限記入カ所に嘘の日付を書いているものがあった。
そういうものを修正などしないように。刑事事件になるぞ。
外部の者が来ても過去の報告書に触らせないようにすること。
分かったな、では解散」
福田、島田、大村、山下と浜本そして私は、また品質保証課の事務所まで戻る。
「桜庭さん、会議室取ってくれないか」
「会議ですか。まもなくお昼ですから、午後からにしたほうがよろしいかと思います」
🕛 |
福田が時計を見るとお昼まであと数分だ。
「桜庭さん、それじゃ午後一から3時まで確保してください」
「製造部じゃなく事務所棟の第3会議室を取りました」
「あ、ありがとう。そのほうが良い。
それじゃ、大村、島田、山下の3名は午後一に第3会議室の集合のこと。
とりあえず解散する」
大村と島田は自分の席に座り、腕を組んで困ったような顔をしている。若い山下は仏頂面で去っていく。
福田は自席に座り……何もせずじっとしている。何を考えているか分からない。
私は場違いな感じはしたが、しなければならないと思い、福田課長に声をかける。
「済みません、校正期限過ぎはほかの部門にも多々ありまして、これは製造2課の検査システム4セットが校正期限を過ぎています。現在生産に使用中です。
それで製造2課長宛に、早急に校正をさせてほしい旨の宛発を出したいのですが」
品証課長
92.11.19 福田 |
「分かった……と見もせずに日付印を押す。
浜本さん、あとであなたと話をしたい」
「了解しました。先ほどの会議室で午後一ですか?」
「いや改めて声をかけるよ。明日以降かもしれない。
佐川君、君は計測器管理なんてしたことあるかい?」
「ありません。でもできないとは思いません」
「それは結構だ。当面、浜本さんのアシストをしてくれないか」
「了解しました」
ガタッと音がして村上さんが立ち上がる。
「課長、佐川君の担当を品質保証から計測器管理に変えるのですか?
それは困ります」
「今、突発的な問題がいろいろある。あとで総合的に調整しよう」
福田課長はそういうと黙ってしまった。
村上さんも福田課長には勝てぬようでおとなしく座る。
ちょうどお昼のチャイムが鳴る。
「浜本さん、お昼食べに行こうか」
「いやはや大きな問題になっちゃったねえ〜」
浜本さんも自分の責任を感じていないようだ。これは問題だろう。
昼飯を食べてから計測器管理室に行く。
誰もいないので私は浜本さんと話をする。
「浜本さん、言っておきますが、これから浜本さんの責任も追及されますからね」
「なんだってえ〜、俺が何か悪いことしたのか?」
「まずこちらが先方と打ち合わせして日程を決めて、それが反故にされたとき、先方の上司と品質保証課長にそれを問題と報告しないとならないでしょう」
「なことしてたら仕事にならないぞ。このリストを見てくれ。管理している計測器は1,900件もある。校正対象外は200個くらいあるかな。
校正対象が1,700件として、月140件校正しなければならないんだ。現実には校正対象で校正ができてないのが……1割はあるだろうな。
毎月、その校正実施日の打ち合わせ、業者との調整、フォローなどしていると手が回らない。というか月に実施する1割が問題なら報告どころじゃない」
「大変なのは分かります。ですがね、問題であることを都度報告しないと、浜本さんは問題を報告しないという責任問題になります。
そもそも1割も校正期限過ぎが存在していることを、課長に報告しているのですか?」
「毎月、月報には校正期限過ぎの数を書いている。そしてどう対応したらよいかとも書いている」
「月報の原紙は保管してますか?」
「原紙もあるし、月報はミーティングのときこの前のメンバー全員に配布している」
「それは良かった、証拠はあるのですね……とは言え責任が浜本さんから課長に移っただけだ。
就業規則に『故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたときは懲戒解雇』というのがありまして、それに該当します」
注:厚生労働省の就業規則ひな型にある
福田課長は大村係長を叱る前に、自分の責任を認識しているのだろうか。どんな理由であれ福田課長はこの問題では一番の責任者で、課長解任以上に相当するだろう。
今回素早く動いて立派なんて、とても言えない。
「懲戒解雇だって!」
「悪いことをすれば罪なのはもちろんですが、悪いことを見逃すのも罪なのです
「分かった。俺ももっと大騒ぎするとかしてなければならんな。
では次善どころか手遅れかもしれないが、今、何をしたら良いだろうか?」
「先ほど製造2課に校正遅れの問題を宛発に書いて送りましたから、それと同じことを他の部門にもすることですね。
製造2課からは、そろそろ電話が来るでしょう」
計測器管理室の電話が鳴る
浜本が受話器を取って、ひとこと、ふたこと話すと受話器を私に渡してきた。
「お電話替わりました。佐川です」
「宛発を拝見しました。大変申し訳ない。現場の係長と話をしたが、当面はラインから外せない。どのように対応したらよいかアドバイスいただけないか」
「こちらも問題に気付くのが遅くて申し訳ありません。
実は既に今週末にでもこちらに出張して校正できないか交渉中です。お宅は今週末出勤予定はありませんよね?
ない、それなら大丈夫か……先方がOKしたらお宅の立ち合いとかお願いすることになると思います。そういうことでいかがでしょうか?」
「おお、それはありがたい。
とはいえ、校正期限が切れてから検査したものは、どういう判断をするものかな? 出荷したのも多々あるのだが」
「正直申しまして、それは製造部門と製品検査部門の話し合いで決めることになると思います。
ただ校正後に同じ製品を再検査して、その検査結果の差を加除しても許容範囲内にあれば、校正が切れてからのものについて、OK判定をする考えもあるかと思います。
もちろん私の私見ですから参考にとどめてください」
「なるほど、それを参考に品質管理と話をしてみるよ。
じゃあウチはお宅の連絡待ちということにする。メーカーの回答次第で係長と職長の出勤などを指示することにする」
「向こうから返事があり次第、お知らせします。よろしくお願いします」
電話を切って浜本さんを見ると満面の笑顔だ。
うーん、この人も責任を感じてないのかな?
「まだ休憩中だと思います。1時過ぎたらそのメーカーに電話してください。
良いお便りを期待しています」
「助かったよ。佐川君は頼りになる」
「安心しないでください。浜本さんは校正期限が過ぎたものすべてに、手を打たないといけませんよ」
午後一は品質保証マニュアルのインプットだ。せっかくパソコンの予約を取ったのだから、使わないと村上先生にパソコンを取り上げられるかもしれない。
ワープロ専用機でテキストデータでは入力済だ。だから手順はまずWordでテキストデータを読み込み、ワードで三段組のフォームを作り、読み込んだテキストデータを升目に流し込むという作業になる。
頭を使うものではないが、何十辺もマウスをクリックするので、指がおかしくなってしまった。 ともかく2時半には完了した。
ちょうど浜本さんから電話があり、メーカーが土曜日の朝から4名派遣して校正にかかることで対応すると言う。可能なら土曜日中に終了したいとのこと。
完了しない場合、2名残して日曜日に作業するという。
浜本さんと課長が製造2課に行ってくれれば済むはずだが、成り行きから私も行ったほうが良いだろう。
ちょうど課長が戻ってきたから、課長に声をかけて3人で3時に製造2課を訪問する。
・
・
・
・
実を言って野田製造2課長とは古い付き合いだ。私がどんなことで飛ばされたかも知っている。自分としては悪いことはしていないつもりが、会うのはいささか辛い。
まあ、彼は傷口に塩を擦り込むようなことは言わないだろう。
問題の半分は解決したから、福田課長も製造2課長もニコニコである。
特に福田課長は自分が何もしていないわけで、問題続きだったからか笑顔である。
そういえば、電波暗室の件はどうなったのだろう?
私が作業のスケジュールを説明して、製造部の対応をお願いする。
万一日曜までになった場合のことも話す。
向こうも遺漏なく対応するという。
一件落着だ。
今回の原因対策は製造2課でしてもらい、対策の写しをもらうことで了解した。
とはいえ、校正期間までにしていないものはまだ何十件とあるわけで、品質保証上対象となっていないとしても一筋縄ではいかない。浜本さん一人では処理できないだろうなあ〜
製造2課から戻ると、福田課長が浜本さんと私を打ち合わせ場に呼んで話をする。
課長の話は悩みごとの愚痴だ。電波暗室の問題は簡単ではないという。試験成績を客先まで提出しているそうだ。
後追いで校正をしても、製造2課と同じ判断はできない。提出した成績書に嘘を書いているのは事実なのだ。
とりあえずの問題は、発生原因とか懲戒ではなく、客先提出のドキュメントをどうするかということらしい。
福田課長は頭を抱えている。
私から見ればどうにでもなりそうだが、対策案を言うとこの課長はすぐ私に丸投げすると分かったから、余計な口出しはしない。
「課長、関係部門とは話をしたのでしょうか?」
「いや、とてもそこまで持っていけないよ。みんなを安心させる案を持っていかないと何をしているのかと言われそうだ」
この課長はなぜこの問題が起きたのかさえ理解していない。係長とか担当を叱るより前に、自分が責任を全うしなかったことを恥じよ。
恥 |
品質保証課に戻ると、説明会用の資料のチェックと仕上げだ。
どうせ今回作った三段組はまだドラフトだ。説明会ではとりあえずこのコピーを配り、各部門で要求事項と私が該当すると見つけた規定そして記録で間に合うか見てもらおう。
支障があれば文書記録を見直そう。
三段組の説明書はA3サイズで10ページになった。ここでは初めてだが、自分としては何十作目かになる。引用規定などで勘違いしているものがあるかもだが、構成としては間違いないだろう。
問題は、村上さんに見せたほうが良いか、見せないほうが良いか、考えるところだな。今見せて、いろいろ
とりあえず棚上げして、桜庭さんの手伝いでもするか。
桜庭さんがどの規定を修正しているかは、先日リストをもらっている。
規定の書き方、つまり周囲の余白、フォント、フォントサイズ、条項の取り方などは30年前と変わらない。いや、自分が30年前に戻ったのだから、同じのは当たり前か。
桜庭さんが大変だと言っているのは、いろいろな意味がある。まず現行の工場規定は昔、和文タイプライターで打って作ったものだ。当然、テキストデータも何もない。紙にタイプした原本しかない。
驚くことに過去に規定を修正した時は、その部分だけ和文ワープロをしてはさみで切り貼りしている。気持ちは分かるけど……そういう姑息な方法ではツケを後に回すだけだ。
21世紀ならイメージスキャナーで一発だが、1992年は紙にプリントされたものをまず手でワープロ起こしというか、テキストデータを作らないとならない。
それから修正箇所だが、それは私も分からない。
だけどテキストデータだけでもあれば、Wordのファイルにして書式を決めるのは数時間でできるだろう。
それも手伝うのはやぶさかではないが、家内に叱られそうだ。
規定のボリュームは平均6ページで図表や帳票が2・3ページある。文字が12ポイントで行間も空いているから、1ページ1,200文字で文字数の平均は7,200文字。
禀質保証課担当の規定が80本というが、桜庭さんがテキストデータにしたのが15本程度。残り65本で47万字、ちょっとした仕事だな。
とりあえず手が空いたときに規定1本くらいずつ電子データを作ってやろう。
注:参考までに、私の書いている小説もどき「ISO第三世代」が160万字、「異世界審査員」が172万字である。
そう考えると47万字とは大したことはない。とはいえ日々3万字(25ぺーじ)打つとして、半月かかることになる。
とりあえず半日で1本作って桜庭さんにフロッピィディスクを渡す。
「桜庭さん、お互いにダブったりするとロスだから、一覧表を作ってください。
まずはテキストデータを作ったかどうか、次に改定すべきところを決めたかどうか、三つドラフトができたかどうか、そして改定完了を記載するような表が良いですね」
規定名称 | 規定番号 | テキストデータ | 改定箇所決定 | ドラフト完 | 書面審査 | 改定完了 |
品質保証 | ||||||
○○規定 | 4502 | 92/11/15● | 92/11/20● | 92/12/05● | 92/12/15● | 92/12/24● |
○○規定 | 4503 | 92/11/15● | 92/11/20● | 92/12/05● | 92/12/25 | |
○○規定 | 4504 | 92/11/15 | 92/11/20 | 92/12/05 | 92/12/25 | |
○○規定 | 4505 | 93/01/15● | 93/01/25 | 93/01/30 | 93/02/10 | 93/02/15 |
○○規定 | 4506 | 93/01/15 | 93/01/25 | 93/01/30 | 93/02/10 | 93/02/15 |
92/12/24● | ||||||
信頼性 | 92/12/24● | |||||
○○規定 | 5100 | 93/01/15 | 93/01/22 | 93/01/28 | 93/02/10 | 93/02/20● |
○○規定 | 5101 | 93/01/15 | 93/01/22 | 93/01/28 | 93/02/10 | 93/02/15 |
92/12/24● |
「分かりました。規定改定進捗表を作り掲示板に貼っておきます。
テキストデータまでは佐川さんと私でできますが、改定箇所検討以降は担当している皆さんにやってもらわないとなりませんね」
「おっしゃる通りです。その仕事をしている人しか分からないにものね。次回のミーティングでそのように周知してください」
「それでね、佐川さんは島田さんと大村さんの問題どうなったかご存じですか?」
「いや、全然。桜庭さんは何か知ってるの?」
「なんだか深刻ですよ。ま、知らないことにしておくことが一番ですね」
「触らぬ神に祟りなしですね」
……そうはいかなかった。
外から事務所に入ってきた福田課長が、大声で私を呼ぶ。
「おーい、佐川君、いるか!
「ハイ、ここにおります」
本日の予想される苦情
なんだ!審査員を叩く物語じゃないのか?
いえいえ、悪を叩くのが目的でございます。
悪い審査員はもちろん、悪い上司、悪い同僚、悪い取引先、皆叩きます。
部下は叩くのでなく教え諭さねばなりません。
本日はついに文字数が1万2千字ですよ、1万2千字……
本当を言うと最初第4話を書いていてこりゃ1万を超えるなと気づき、4話と5話に分割したのです。
ですが書いていると、2分割でなく4分割にしなければ……とほほ
第4話にして私の6千文字宣言はどこに行ったのでしょうか?
<<前の話 | 次の話>> | 目次 |
注1 |
「法律の 具体的には、条文本文、その補足説明、参考すべき他の条文や下位規定の引用からなり、対照しやすく三段に表記するものです。 ![]() 似たようなものに、法律、施行令、施行規則の三つを三段に記述したものは、三段対照と呼ぶそうだ。法律を読んでいると「政令で定める」とか「省令で定める」というものがたくさんある。そのつど施行令や省規則を探すのは大変だ。ましては省規則となると、数はたくさんあるからどれで定めているか調べないと分からない。 それで法律で「政令で定める」とあればその隣に施行令で定めていることを載せ、「省令で定める」とあればその隣に省令で定めていることを載せたもの。 ボリュウームの大きな法律では三段対照本が販売されている。 廃棄物処理法の三段対照は、これ一冊で廃棄物のルールをすべて知った気になるが、実際には旧厚生省や環境省の通知がたくさんあるほか、廃棄物の細かいところは条例によるものが多く、油断大敵である。 ![]() | |
注2 | ||
注3 |
同僚の横領を知っても、止めるとか報告などしないと幇助罪となる。 しかし犯罪を見逃すことすべてが罪になるわけではない。強盗を見かけたが通り過ぎたとしても罪にはならない。まずは自分の身を守ることは許される。 ![]() 酒を飲んでいて男性が女性を強姦したのを、その場で止めずに見ていた人が準強姦罪に問われた事件では、無罪になった例がある。酩酊具合とか諸事情が考慮されたのかもしれない。 ![]() | |
注4 | ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |