注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
今日は週に一度の課内会議がある金曜日だ。おっと、出張ばかりの佐川が、出社するのはこの日だけだ。
課全体の会議が終わると、いつも出張している佐川と山口はふたりで報告・相談をするのだ。出張報告はお互いに日々送りあっているから、状況は分かっているが、愚痴や報告書にかけない状況などの情報交換である。
「佐川さん、今度、環境部ができることをご存じですか?」
「そんな噂があるね。山口さんはどこからの情報ですか?」
「広報部の同期が、近く環境部に異動になると、内々で仲間に知らせてきました。とはいえ環境部がどんな業務をするのか、彼女も知らないようでした。
他社の似たような名前の部署を調べたら、オゾン層対策や環境報告書編集、それに従来からの公害防止なども含んでいるようです。
要するに今までいろいろな部門にあった、環境関連の仕事を集めるだけのように思えます。
そこで疑問なのですが、なぜ集めるのか、集めるメリットはなにか、そこが分かりません。環境と言っても公害対策と廃棄物と環境報告書編集は関係ないですし……
当社の環境部も同様とすると、今後、環境ISOが登場すると、それも担当するのでしょうね。僕らが環境ISOの認証指導の役目に就くのは望み薄ですか?
公害防止管理者試験どうしようかなあ〜」
「まず公害防止管理者は、受験して合格することだ。資格が無駄にはならないのは保証するよ。
環境部の方はこれから環境ISOの担当になった人が、お手上げしてからでも間に合うだろう」
「それは風が吹けばですよ。環境ISOを担当した人の手に負えなくなり、外部の人に頼ろうとして、ISO9001をした者ならできるだろう……とそれは長くて関連の弱い連鎖です」
「正義のヒーローは、最後に登場すると決まっているさ」
「ああ、ISO9001の再現ですね。佐川さんは混乱を救ったヒーローですもんね。今度は僕がヒーローですか、アハハ
期待しないで待ちますか」
9月上旬
9月1日付けで製造管理本部、つまり生産技術部が所属する本部に、吉井という人が異動してきた。この会社では定期異動は4月1日と10月1日で、それ以外は佐川もそうだったが、ないことはないが少ない。
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吉井氏は今までイギリスの拠点事務所で、3つの現地工場の生産技術部門の統括をしていたという。職階としては工場長レベルだろう。50前で工場長なら最速昇進のエリート、もちろんそれなりに苦労しているだろう。
吉井氏は部署の長ではなく本部長付でもなく、単に本部所属とある。取締役である製造管理本部長のスタッフなら、本部長室所属となるのだが、そうでないということは、10月付けでどこか異動する部長の後任になるのだろう。それまでの仮の姿だと噂されていた。
佐川とは4・5歳しか違わないが雲の上の人で、佐川は関心がない。付き合いが発生することは、金輪際ないだろう。
縁がないはずだが、久しぶりに本社に出勤した佐川が机上を片付けていると、その吉井さんが現れて話をしたいという。
ということでここは小会議室だ。
「今度、本社に来ました吉井です」
「佐川です。ご縁があるとは思えませんが、どのような御用でしょう?」
「こちらにきて、興味を持った人とお話をさせてもらっています。引っ越してきて、隣近所に挨拶するようなものですわ」
「私はどこにでもいる平凡な人間でして、なにか興味を持たれるようなことがありましたか」
「いやいや、平凡じゃありません。御高名は伺っておりますよ」
「灰皿事件ですか、止めてくださいよ。事件の被害者というだけです」
「灰皿事件? 何ですか、それ?」
「あっ、ご存じない、それなら知らないほうが良いです。
それ以外で有名とおっしゃると、心当たりありませんが」
「なんでもISO9001認証の指導では、定評があると聞きました」
「ああ、それですか、私は何事も常識で考えるだけです。普通の人は難しく考えすぎます」
「イギリスではもう10年も前からBS5750で認証とか審査をしていますから、方法も知られていますが、日本では欧州統合に対応するため、短期間で大変だったと聞きます」
「しっかりと英文の規格を読めばよいだけと思います。和訳は正しく要求を伝えていないのです。私は高校を出てから英語に縁がなく、辞書を引き引き読みました」
「今作成中の環境のISO規格も翻訳の問題になりますか?」
「環境マネジメントのISO規格が策定中とは聞いていますが、私はまだドラフトを見ていません。今BS7750を読んでいるところです。
規格を翻訳する人は英語が堪能でしょうけど、それだけでは正しく訳せませんね」
「どうして?」
「翻訳者の頭の中に日本流の品質保証とか品質管理があるので、元の規格そのまま日本語に訳さず、頭の中のものに合わせているのだと思います」
「なるほどと言いたいけど、具体的にはどんなことだろう?」
「イギリス人のISO審査員から聞いたのですが、英語を話す人が皆ISO規格を正しく理解できるわけではないそうです。じゃあどんな人なら良いのかというと、弁護士とか契約書に関わっている人だそうです。
『AならB』とあるのを、『Aに似ていればB』と読んでしまうとか、『AならB』を、『AでないならBでない』と読んでしまう人がいると言います。論理学そのものですね」
「そういう誤解が大きな問題になるのかな?」
「被害額がいくら以上なら大きな問題とするかですが……審査員が誤った理解をしたとき、本当の意味は違うと反論し説得しないと、会社は無駄に労力をかけて、意味のないことや逆効果になるのではないかと懸念します。
例えば、設備が悪いから改造しろと言われるとかですね。吉井さんなら50万のロスは小さいかもしれませんが、現場の人間にとっては許容できない金額です。
ISO9001では法規制は関わりませんが、環境ISOではモロに関わります。だから下手に審査員の言うことを聞くと、法違反になってしまう恐れもあります」
注:「審査でそんな指導的なことを言うはずがない」なんて言わないでくださいよ(笑)
ISO9001審査が始まった頃はザクザクありました。その後少なくなりましたが、ISO14001が始まると、審査なのか講義なのか指導なのか、分からないような審査?が目白押しでした。
あげくにそれが間違っていたりしてね
「具体的というよりもリアルな発言だな。見てきたような話ぶりだね」
「ISO9001ではいろいろな問題が起きています。
例えば品質方針を掲示していないとまずいと言う審査員がいましたね。そんな要求はありません。言われた通り品質方針の看板を作れば、すぐに何万という金がかかります。
『legible』を『読みやすく』とJISは訳していますので、『文章が読みやすくない』と不適合になりかけたことがあります。
審査員の主観というか好き嫌いに、対応しなければならないのでしょうか。訳の分からない指摘……ダメなことを指摘と言います……指摘を出されて、対応したら手間暇が大変です。人件費を計上したら数十万になるでしょう」
「アハハハ、それは……大いにあり得るなあ〜」
「記録管理で要求していることを、文書管理では要求がないにも関わらず、記録管理と同等の管理をしろとか。
方針のイメージがスローガンのような審査員もいますし、文章で切々と思いを書いたものを思い浮かべる審査員もいます。私は『policy』と『方針』は概念が違うように思えます。
『communicate』の翻訳が翻訳では『周知する』になっています」
「『Communicate』は一方的な周知よりも双方向の情報交換だろうし、知らせるだけでなく相手を動かすことだろうな。
単純に一方的に伝えることなら『make known』かな〜」
「『irrespective of something』をどう解釈するかも問題になりました」
「『気にせずに』かな」
「審査では『他の職務と兼務できないこと』だと言われ大騒ぎでした。
吉井さんが英語の達人なら、ISO審査で押し切られる心配はありませんね。
『they are readily retrievable』も即座に手に入るのか、検索できることなのか、もめました。
イギリス人の審査員に聞いたら、その場合はコンテキストから『検索できる』と解釈すべきとのことでした」
「日本語でも文脈を見ないと分からないこともあるよ。
なるほど問題という意味が分かった。佐川さんはそういう言葉の解釈でチャンチャンバラバラしているのかい?」
「チャンチャンバラバラではありませんが、議論はしますね。今までのところ、私の主張は全部通りました。
前にも言いましたが、英語を習ったのは高校までです。英語の力がないと難儀しますね」
「英語を使ったことがないなんて言う割には、やるじゃないか」
「環境ISOになると、単なる規格の文言の解釈に留まらず、日本語での法の解釈とか、規格が求める作業の手順の適否なども審査員と見解が異なることが多いと思います」
「それも佐川さんの予測か預言か?」
「予言と言われるとちょっと辛いですね。ISO9001でさえ、たくさんの翻訳の問題、解釈の問題がありました。ならばもっと膨大で複雑な法規制や技術的なことまで含む環境ISOでは、解釈が異なることが多々発生するのは間違いないです」
注:技術的なんて言っても難しいことではない。実際にあったことだが工場排水の測定を計量事務所に頼んでいて、測定結果が来たのが10日後だったのを、もっと早くさせろという。審査員のたまわく『BOD測定になぜ5日もかかるんだ、もっと早くできるはずだ』との仰せであった。
私はBODを速く測定できるところを寡聞にして知らない。ちなみにその審査員は環境計量士の資格を持っていたようだ。きっと測定できる機関をご存じだろうから教えてもらえば良かった。
蛇足であるが、法律でBOD測定は5日間と決まっている。工場で採水、運搬、測定、報告書作成、持ち込みとなると休日もあるし、10日なら適正だろう。
まあ、審査の相手をするのは幼児のお世話をするようなものか
「佐川さんは、そのような問題にはいかに対応するのかな?」
「ご存じと思いますが、認証機関は民間企業で複数存在します。英国系の認証機関はトップがイギリス人で、あまりおかしなことを言いません。というか彼らはJIS規格じゃなくてISO規格を使いますから。
日系の認証機関は、JIS翻訳を使います。そして原文を参照することをしません。
おかしなことがあっても審査員個人の見解なら、審査員をブラックリストに登録して社内に周知し、忌避つまりチェンジしてもらうようにしています。審査員は派遣される前に、許諾伺いが来ますので、理由を付けて断ることはできます。
理由として『規格の理解がおかしい』とは書けませんから、『審査員の業歴から当社製品の知識がないと思われる』とか差し障りがないように断ります」
「日本的だな」
「認証機関としての見解なら、認証機関を替えるしかありません。彼らはISOの専門家を自認していますから、正しい規格の理解はこうですとか言えば、塩をまかれて追い出されますよ。
認証機関はコンサル会社とか会計事務所と同じカテゴリーですから、転注することは別に問題ではありません」
「だが君の規格の理解が正しいという根拠もないだろう?」
「もちろんです。審査の場でおかしなことを言われたら、まずはよく考えます。どうしても納得いかないとなると、知り合いの審査員や他の認証機関に問い合わせします。
そういう裏は取ります」
「なるほど」
「ただ環境ISOになると、いや今後はISO9001もでしょうが、懸念があります」
「それは、なんですかな?」
「今、日本では多くの業界が認証機関を作ろうと動いています。鉄鋼、自動車、建材、化学工業、電気、ガスなどです。そして作った認証機関に、業界各社から社員を出向させ審査員にする計画です」
「考えることが日本的だな」
「善し悪しはともかく現実はそうです。
そうなると認証機関の鞍替えができなくなります。転注すると、出向者を還されてしまいます。というかそれが見えるから、転注できません」
「となると間違った解釈を、受け入れるしかないということになるのか?」
「正直言って私のレベルでは判断できません。私にできることは認証機関に証拠をもって規格解釈がおかしいことを説明はしたいと思います。権威も地位もない私レベルでは相手にされないでしょうけど」
「君の話はリアルで実体験のようだ。そういう経験があるのかい?」
「問題がこじれるところまで行ったことはないですが、ISO9001でも何度も経験しています。
今はまだ認証機関に、出向者を出していません。ですから堂々と交渉はしていますが、出向者がいればそうはいかないと思います。
しかし当社の業界でも、既に認証機関設立を進めていますから、規格解釈の違いで問題が起きるのは時間の問題でしょう」
「当社が出向者を出さないという選択は?」
「認証機関を作るということは、参加する企業は資本金を出すということです。当然人を出して、審査を依頼するという前提です。社外流出費用を回収する、遊休人材の活用など、多目的でしょう。
それは人事や各事業本部を含めた相当上のレベルの判断になると思います。今の時勢、ひとつのところに出向者を10名も出せるところなど、少ないでしょう。
ハイハイいって多少金がかかる程度なら、受け入れるという判断になるかもしれません。ただ法に関わることになると受け入れられないでしょう。そこを断固として言えるのかということですね」
「なるほどな、そういう認証機関に関わると問題の解決は難しいなあ。
預言者佐川は、その問題はどうなるか見えるのか?」
「吉井さんは環境部長になるのですか?」
「そのようだ」
「それなら考えていることを言わせてもらいます。
環境部というのは時限的な部門になるでしょう。環境問題は重要になってきているの事実ですが、その他にも重要となって来るのはハラスメント問題、男女平等、コンプライアンス、社会貢献、などが続きまして、2015年頃には発展的解消で環境部はCSR部とかになるでしょう。単に廃止する会社も多いです。
今でも環境先進会社には環境部はなく、CSR先進企業にCSR部はないと言われます。理由は簡単で設計や購買などの業務に内部化されていれば、そう言った部署は要らないからです。
同様に今発行を検討していると思いますが、環境報告書は2000年以降はCSR報告書、更にサステナビリティ報告書、SDGs報告書となります」
「サステナビリティまでは分かったが、SDGs(注1)とはなんだい?」
「あっ、勘違いです。忘れてください。
ともかく環境部は一時的、アドホックのものです。寿命は10年です」
注:アドホック(ad hoc)とは、ラテン語で「暫定的」とか「一時的」という意味。
なぜか1990年代末よく使われた。無線LANなどでアドホック・モードという言い方があったからか?
「公害防止なんて1970年からあるもので、なくならないよ」
「仕事としてはなくなりません。しかし部門としてはなくなります。いや発展的解消です」
「しかし君は詳しいなあ〜、そして預言を信じてもらえないカサンドラの呪い
「正直そう感じますね。ただそういう問題が起きると確実に考えていますが、説明はできても証明はできません。
話を戻すと、出向者を出さないことが経営的にできるのか、あるいは根本的対策として審査員のレベルアップが期待できるのか……」
「ちょっと待てよ。環境部はアドホックだと言ったな。それなら環境ISO認証も、一時的な流行になるのか?」
「それは予想とか予言ではなく、既に事実になりつつあります。
ISO9001の認証は最初必要から始まりました。EU統合で認証していないと輸出できないからです。
ですがそれから2年、今では既に必要でない工場や会社が認証しています」
「それはなぜだい?」
「ISO認証すると良い会社だという認識が生まれたのです。そして又、ISO認証すると会社は良くなると信じられています」
「それは……実際に会社が良くなるのか、それともそう思っているだけか?」
「そう思われているだけです。ハッキリ言えばそれは誤解です。良くなる理由がありません。
そもそもISO9001、吉井さんならBS5750をご存じでしょうけど、書いてあることは品質保証、Quality Assuranceです。審査は品質を良くするのではなく、会社の仕組みが規格を満たしているかをチェックするだけです。
その会社の仕組みにしても、一定レベルまで向上しますが、どんどん良くなるわけがありません。品質保証とはそういうものです。
そして先ほどの続きですが、必要なくて認証した企業はどんどんと認証を返上するでしょう。それは2000年頃からですね」
「それはまた具体的だな。何故そう思う?」
「今年になってISO9001認証件数の加速度、増分の増分ですね、それがマイナスになってきました。ということは認証件数は上に凸の曲線です。加速度がマイナスなら、必ず増加から減少に移ります。
環境ISOが品質と違う性質があるとは思えません」
「故に環境ISOもブームが去ったら終わりか。そして環境部も時限立法ならぬ『期限付き部署』か『定時廃止部門』であるわけか。
しかし君は何でも知っているようだ」
「2年間、必死に考えると分かります」
吉井は腕組みして沈思黙考に入る。
数日後、人事部の小会議室
吉井氏と下山が座っている。
「下山と会うのは10年くらいになるかな?」
「君がイギリスに行く時だから……7年ぶりかな。長いようで短いものだ。
これから環境部は伸びるぞ。衰退する部より成長する部の方が楽しいだろう。
当初は製造管理本部の中の部だけど、ゆくゆくは本部レベルになるだろう」
「おやおや、環境ってそれほど成長株なのかい?」
「環境ということでなく、今の世の中は利益を出すことが正義でなくなった。もちろん利益を出さなくちゃならないが、コンプライアンスはしっかりやれ、社会貢献もしっかりやれという付加条件がある。その最右翼が環境だ」
「環境は10年しか続かない、その次はCSR、サステナビリティ、SDGsとドンドン変わると最近聞いたな」
「誰が言ったか知らないが、そのようだ。ところでSDGsとは何だい?」
「今の言葉は生産技術の佐川という男から聞いた。外国の文献か何かにあったのだろう」
「佐川は、環境は10年しか続かないと言ったのか?」
「初めは環境部という組織は10年の寿命と言った。その後に世の中の環境の付いたもろもろは、すぐにCSRとかサステナビリティという名前に変わるだろうという。
彼は語ることに、ものすごい自信というか確信があるようだ。まさに預言者だな」
「なんであいつに近づいた?」
「その言いようじゃ、奴は危険人物なのか?
製造管理本部で耳を澄ましていると、彼の名前を何度も聞いた。難しい仕事をあいつに任せると、何とかしてくれるらしい」
「なるほどな。それで吉井君としては彼が欲しいのか?」
「まだ一度しか話したことはない。だが奴がものすごく考えていることは分かる。
ISO9001に取り掛かるとき、規格の和訳が怪しいからと英語の原文を読んで理解したという。そして今は環境ISOが登場するからと、BS7750を英語で読んで勉強している」
「環境ISOってまだ制定されていないだろう?」
「ISO9001はイギリスのBS5750を基にして作られた。環境ISOは同じくBS7750を基に検討されているのだ。だから佐川はとりあえず参考にとBS7750を読んでいるという」
「へー、大したもんだ。
確かに彼はISO9001では社内随一だろう。そしてISO9001があと1年半で一巡してしまうから、次なる仕事を模索しているようだ」
「じゃあ俺が欲しいと言ったら、生産技術部から環境部に回してもらえるのかな?」
「そうできれば皆ハッピーだろう。江本部長はISO9001認証支援が終われば、手元に置いておく余裕はない。佐川も新しい仕事をゲットできる。吉井君はISO認証の経験者を得られる。
ただ今すぐはできないよ。ISO9001は先が見えているけれど、認証が一巡するには来年一杯はかかるだろう」
「先ほどの話から、君は彼をあまり評価してないように見えたが?」
「そういうわけではない。ただ彼は融通が利かない。曲がったことが大嫌いなんだ。そのために、過去にいろいろ問題を起こしたというか、面倒くさい奴なのさ。
上長である君が法に反することを命じたとき、君は部下がどういう反応をするのを期待する?」
「まず法に反する命令はできないな。罪でもあり、私の生き方に反する。
部下の反応か? 部下に期待するアクションは、内部通報とか官憲へに通報することだろう」
「君は歳をとっても、青臭いというかまともすぎるな。
それじゃ、議論をしていて安易に妥協しない人間をどう扱うか?」
「下山君、君は日本人だな。イギリスじゃ、いつもテーマでも目標値でも方法でも議論になる。そして安易に妥協しない。
同じく己の仕事にも妥協しない。
だから管理職は、いや平社員も皆、論理的な論法で説得できないと、自分の主張が通らない。そして言ったことは実行しないとならない。
そういう職場では、発言できない人も、発言だけの人もいなくなる。首を斬られる前に自分の居場所がなくなるからね。
みんな仲良くなんて、日本の大企業にしか通用しないよ。
向こうに行って初めは疲れると思ったが、今は当たり前に感じる。みんな仲良くでは責任は曖昧だし、前向きな活動はできないね。なによりも結果を出せない」
「吉井君は理屈っぽい部下でも使えるというわけか?」
「当たり前じゃないか。当然、理屈が通らない人間は要らないよ」
「それじゃ佐川は君に最適だろう。
但し、ISO9001が一巡するにはあと1年半かかるのはどうする?」
「業界団体で環境ISO認証の勉強会を設置するのが、来年2015年の4月と聞いている。佐川は既にその基となったBS7750の原文を読んで勉強しているというから、再来年4月に、環境部に異動ということでどうだろう?
どうせ環境ISO規格が制定されるまで認証はできないのだから、
それまで二人は生産技術部にいてもらい、勉強に励んでもらう。業界団体の環境ISO認証の勉強会には、生産技術部所属で参加してもおかしくない。
そうそう、現時点では環境ISOの認証指導を、生産技術部で行うとしておいたらどうだろう?」
「賃金は生産技術部もちということか」
「だって生産技術部がした認証指導の売り上げは、生産技術部に入るのだから同じことだ。
とはいえ、佐川は環境監査はISO対応から始まるが、すぐに遵法、そして業務効率化の監査に移る必要があると言っていたな。まあ、それは2年以内ではないだろう」
「その環境ISO対応として、各事業本部から工場の者を採用してほしいという声があるのだが、それについてはどうだろう?」
「ISO9001の認証では、工場を4つくらいずつまとめて、順繰りに認証を進めてきたと聞く。支援の手が回らないからと佐川君から聞いた。
ただ彼も最初に認証機関とすり合わせをして、適合・不適合の境目をはっきりしていれば簡単だとも言っていた。
となると今ISO認証支援が佐川ともう一人の二人だそうだから、それにひとりかふたりプラスする程度で、当社の工場20拠点をほぼ同時に進められるのではないだろうか?
先のことまで言えば、2年間で社内の工場が環境ISOを認証してしまえば、工場からのふたりを工場に返してもよいし、佐川ともう一人を工場に帰して、入れ替えるということでも良い」
「流石その辺まで考えているか。
しかし君も流石だね。9月末に辞令が出るまでに、しっかりと自分が考えるメンバーを集めるとは」
「そいじゃ、失礼する。
あっ、ひとつ聞きたいことがあったんだ。
灰皿事件って知ってるかい?」
9月下旬、佐川と山口は、野上課長に呼ばれて小会議室にいる。
「ということで、君たち二人は現時点では環境部に異動する予定はない。継続して来年度中を目標に関連会社のISO9001認証を完了してもらう。
来年4月から業界団体で環境ISOの勉強会を発足させるそうなので、そこに参加してもらう。
今後環境ISO規格ができて認証が始まれば、その認証を指導してもらうことになった。
現時点それだけ伝えておく。今までISO9001以後のことに不安だったかもしれないが、安心して仕事に励んでくれ」
「何もせず待っていただけでしたが、運が巡ってきましたね」
「待てば甘露の日和あり」
「それを言うなら、待てば環境の日和ありだ」
本日の〆
なんかご都合主義のようで相済みません。まあ、本筋でないところで力んでもしょうがないです。シャンシャンと行きましょう。
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激励、ありがとうございます。 現実にはいろいろありますね。 若いとき、不良を出したんだからお前がサービス残業で直せ! そんなものかと思ってひとり残業をしました。 下請けに行くとき、土産を持って行けというので、そのお金はと聞くと、オマエガー それはどうなんだろう? 労災のお話は私の実体験です。 あまり言うと危ないので(時効かも)止めておきます。 まあ、上司は上司でいろいろ考えていたのでしょうけど、悪いことは悪い、ダメなものはダメ(土井たか子の言葉らしいです) 例え出世しなくても大通りを堂々と歩けることが最高の誇りです。 |
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