注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作ってみました。
西暦 | 世の中の出来事 | このお話の出来事 | ||||
1992 | 新幹線のぞみ | 主人公佐川が若返る 課長解任され平となり、品質保証に異動 |
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1993 | EU統合 日本でインターネット始まる | ISO9001認証にチャレンジ 佐川の成果から本社応援、後に本社転勤 |
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| 関西国際空港開業 松本サリン事件 | ISO9001認証も一段落
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1995 | 阪神淡路大震災 オウム真理教地下鉄テロ | |||||
1996 | 北海道豊浜トンネルで岩盤崩落 | ISO14001制定前からドラフト(草稿)で仮認証始まる 年末にISO14001制定される |
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1997 | ロシア船ナホトカ号沈没油流出 ペルー日本大使館事件 | ISO14001認証始まる |
1994年10月となった。
環境部ができた。
元からの住人たちは、どのようなものかと眺めている。環境部と言っても、生産技術部の隣に、机の島が二つ追加になり、その上に環境部という看板が吊るされただけだ。
環 境 部 |
そこに吉井部長を始め、庶務の女性、公害防止、廃棄物、フロン対策などの人が本社内、工場、研究所から集まってきた。
設立時は10名そこそこ、本社の部としては極めて小さいが、ゆくゆく業務の拡大と各担当の強化を図り30名規模にするらしい。
設立時のメンバーには製品担当と化学物質がおらず、これから規制されるであろう廃製品リサイクルや化学物質規制などが足りないのは一目瞭然だ。
注:鉛を代表とした電気製品に置いての有害物質の含有禁止のRoHS指令は2006年施行だったが、1990年頃から話は出ていた。
1992年頃、外線がかかってきて私が受話器を取ったのだが、先方は挨拶もなしで開口一番「鉛禁止されるって本当ですか?」と悲痛な声で聴いてきたのを覚えている。
部品メーカーからだったが、噂話を聞いて情報を得ようと藁にもすがる思いで取引先に問い合わせしたのだ。電話は担当に回したが、そのとき初めて欧州の鉛規制のことを知った。
驚いたことに朝、佐川と山口は本部長室に呼ばれて、兼務辞令が出た。
異動する人は、本部長の前に横二列に並んで、庶務の女性がひとりひとり顔を見て、確認しながら辞令を配る。
辞令と言っても今の時代、麗々しいものではない。名刺の倍くらいの紙片に日付、発令者名、現職務、新職務、氏名がプリントされただけだ。
そのあと本部長から新しい職務で頑張ってほしいと一言あっておしまい。
もちろん通常、人事異動に際しては、ひと月ほど前には内示され、そのときもちろん異動に同意するか否かの確認もあるし新職務の説明や引継ぎをすることになり、引っ越しする人もおり、そういうことが整ってから発令日に辞令が渡される。
しかし佐川と山口は事前の説明なく当日呼ばれた。まあ、勤務地が変わるわけではなく、更に兼務だからということなのだろう。
兼務の所属先はISO対応グループとある。今後登場する環境ISO認証に備えて、予め人員を囲い込んでおくということなのか。
解散後に吉井部長から、仕事と言っても今までしていたことに加えることはない。これからは、現在、野上課長に送っている業務週報の写を吉井部長に送ることと、環境ISO規格の状況と二人がどんな勉強というか検討をしているかを、合わせて報告せよとのことだ。言い換えるとそれ以外の仕事は当面ない。
佐川と山口は、顔を見合わせて良かったと言い合った。
環境部ができて数日後、早速、環境部発足記念の飲み会だ。兼務と言え当然呼ばれており参加する。
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吉井部長の挨拶は簡単明瞭で短かった。
要は有言実行に徹せよという。有言不実行を評価しないだけでなく、不言実行も評価しないという。己の目標をはっきり示して、それを果たすのが仕事だという。
それから大いに議論をすること、議論をしないのも評価しないという。
前任地のイギリスがそういう風なのかどうか知らないが、吉井部長は日本的ではなさそうだ。
そしてみんなの前で、自分の価値観というか判断基準を示したのは、まさに「有言実行」の範を垂れたのだろう。
各自の自己紹介は飲みながらやればよいと、後は飲んで雑談するだけ。
立食パーティーである。
全員で10名ちょっとだから一人ずつ挨拶を交わしてもすぐだろう。佐川はとりあえず山口を除いて、手近な人から挨拶して話を始める。
「環境保全課の武藤課長さんですね?」
「はい、武藤です。課と言っても4人しかいません。笑っちゃいますね」
「工場では環境施設の運転とかしていたのですか?」
「いやあ、お恥ずかしい話ですが、全く経験ありません。
元々は設計でした。設計は40過ぎたら使い物にならないと言われていまして、管理者として残る者以外は、引き取ってくれるところに行くしかありません。私は工場の施設管理課にいましたが、今度本社に環境部ができたので流れ着いた感じです」
「佐川さん、騙されちゃいけませんよ。この武藤さんは全社でも有名な方なのです。
施設管理課に来てから耐用年数を大きく超えていた排水処理や集塵機などを一新して、高性能化と効率化を図り、当社の模範と言われるように整備したのです」
「たまたま予算が取れただけですよ」
「どの工場でも設備を新しくしたいと思っているのですが、予算が取れません。環境施設に投資効率なんてありませんからね。それなのに予算を取ったという有能な方なのです。
それには明確なプランを示して、それがいかに会社に貢献するか説明する理屈ですね」
「ほう、ぜひそのテクニックをお聞きしたいですね」
「自慢するようなことじゃないですよ。たまたま私が設計のときにお世話になった研究所の方が偉くなって取締役になったり、当時、工場の経理課長だった方が本社の経理部長になったりして、話が通りやすかっただけですよ」
「またまた、武藤さんはすごい力があるのです」
「それじゃ、これからお金が必要なときは、武藤さんに頼みますね」
「ぜひそうしてください。武藤さんは環境保全課長だけでなく、環境部の庶務も担当ですから」
「佐川さんだって有名じゃないですか、聞きましたよ、灰皿事件」
「私も聞きましたよ。何年か前、全社庶務担当者競技大会というのがありまして、私は福島工場のきよちゃん
と一位を争ったのよ。
残念ながら私は二位だったけど、それ以来きよちゃんとお友達になって、あの事件のときは彼女から速報がきたの」
「全社で2位なら、佐久間さんも有名人じゃないですか」
「それじゃ、有名でないのは私だけ?」
「私は自分の力でなにかしたんじゃなくて、単なる被害者ですよ」
「あら女性を救うために、身代わりになるなんてヒーローよねえ」
佐川は噂とは広まるものだと驚く。あの事件から1年過ぎたのに、意外と忘れられないものだ。
人の噂も75日というけど、言わなくても忘れはしないのだ。
「佐川さんですね」
後から声をかけられてびっくりして振り向く
「環境報告書を担当する藤田です」
「よろしくお願いします。環境報告書ですか、いつ頃発行を目指しているのですか?」
「もう発行している企業もありますから、なんとか1996年からと思っています
「実を言って、私は早く発行したからと言って環境先進企業とは思いません」
「おや、どうして?」
「イメージだけでは意味がありません」
「イメージというと?」
「イメージと言っても、写真とか絵ということではありません。既に発行されている環境報告書を見ると、環境配慮製品の性能とか従業員がボランティア活動した表彰とか、そう言った記事ですね。
それは世の中から期待される環境報告書ではありません」
「期待される環境報告書とは……佐川さんはどういうイメージを持っているのかな?」
「世間が企業に期待するのは、公害を出さないこと、近隣住民なら事故を起こさないことです。そして事故を防ぐ対策をしているか、一旦、事故が起きたらどんな影響があるのか、その対応は、そんなことでしょう。
ならば自社が公害を出さない、環境事故を起こさないことを裏付けを添えて、大丈夫、安心してくださいと伝えるのが環境報告書じゃないですかね。
過去に公害や事故を起こしたことがあるなら、その是正処置を示し、今は安全なことを説明することも必要でしょう」
注:世に公害を出した企業、環境事故を起こした企業はたくさんある。そして問題を起こした……というか報道されてから……2・3年は環境報告書やウェブサイトにその事件の対策を記しているが、5年も経つと掲載していない。
記事としてでなくても、環境報告書の後とかトップに「弊社環境活動の歴史」なんて年表を置くのが多いが、そこにも世間に報道された事故や事件を記載している会社は見たことがない。
嘘だと思うなら過去の環境問題を思い出して、その会社のウェブサイトを探ってみてください。○○社のダイオキシン漏洩、○○社の排ガス改ざん、リサイクルプラスチックと宣伝していたが実はバージンだった○○社、無許可業者に廃棄物処理を委託していた○○社とか。
私は佐川と同じく嘘は言いません。
「そして環境報告書に必要なのは数字です。電力使用量、水使用量、廃棄物の量と内訳、製品の環境負荷(環境性能)、リサイクル状況などは必要ですね。
もちろん単年度でなく過去からの推移もあります。環境性能なら自社製品の時間的推移、他社製品との比較が必要でしょう。
それも省エネや性能アップなど良いことだけで、他の要素、例えば希少資源の使用、あるいはリサイクルが困難などマイナス要素を漏らしてはまずいです。
数値データがない環境報告書は、環境報告書じゃありません
「実は広報部にいたときから、各工場や関連会社にそういったデータを問い合わせていますが、しっかりデータを把握している工場はないのです、恥ずかしい話」
「データ不足なのは存じています。
すぐにデータが手に入るのは工場の電力量くらいでしょう。水にしても、上水、工業用水、
まして廃棄物の量を種類
正確に把握できるのは、マニフェスト票が完全に運用されるようになってからでしょう。今はまだ特管産廃だけ」
「しかしずいぶんと淀みなく自信あふれたお話されますね。佐川さんは、そういうことも詳しいのですか?」
「佐川さんは環境性能っておっしゃいましたけど、その項目とか基準とかもご存じ?」
「ええと、坂内さんでしたね。あなたが私の同僚の山口さんと同期の方ですか?
いやいや私は門外漢ですよ。ただ工場にいれば、そういうことは肌身で分かります」
「環境報告書を出すときは、必要な項目の検討、データの裏付け、環境省などのガイドラインがでればその遵守か」
「もちろん業界団体の申し合わせもあるでしょうし……まずは法規制を良く調べて、それを遵守していることの立証が最重要ですね。細かいデータよりも重要です。
一般市民や近隣住民にすれば、電力使用量よりも、排水とか煤塵が気になります。
もっともIBM社
「IBMの環境報告書ですね、あれはすごいね。
だけど日本で社内犯罪、罰金の明細まで広表したら、褒められるより叩かれるだろうな」
事故や社内犯罪を公にすることを、褒める社会(アメリカ)と、責める社会(日本)という考えは間違っているだろうか。
日本には正直より体面を優先する風潮があると思う。退却の代わりに転進とか。だから真実が究明されず、是正されず、信賞必罰など無縁で改善が進まないと私は思う。
小学校のとき先生が「学校前のお店が万引きされたと言ってきた。ウチの教室にはいないな」と言う。私の近くの席の子供が「私がやりました」と小さな声で言うと、先生は聞こえなかったふりをして「そうか、ウチでなくて良かった」と言って終わった。
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「佐川さんは何でも知っているの? それなら教えてよ。
フロン規制でオゾンホールが改善するのかどうか、何でも知っている佐川さんならご存じですよね」
「横山さんの話ぶりはまるで尋問で、私が被告人のようですね。でも挑戦を受けましょう。
成層圏のCFC-11濃度は1995年頃がピークでそれ以降は減少、CFC-12は2002年頃がピーク、CFC-113は1997年頃がピークという予測があります
ですから現在(物語は1994年)は、まだフロン濃度は低下していません。フロン濃度の増加率が減ってきたくらいです」
「フロン規制でフロン濃度が下がるのは分かります。それでオゾンホールは回復するのですか?」
「オゾンホールの回復はまだまだ先ですよ。フロン濃度が下がっても、化学反応が進むのに長い年月がかかります。
南極では2066年頃、北極では2045年頃、中低緯度では2040年には1980年のレベルに戻ると言われています
注:もちろん上記の論文はお話の時点ではないわけだが、それは佐川が未来を知っているアドバンテージだ。
「そういう数字を聞いたことありません。それは信頼できるのですか?」
「問われたことすべてに迷うことなく回答するなんて、口から出まかせのホラでしょう」
「私の語ることを信じようと信じまいとあなた方の勝手です。でも口から出まかせとかほら吹き呼ばわりはひどいなあ〜
もう酔いが回りましたか。それとも、喧嘩を売っているのかな?
まあ、
今日は初対面だから、あなたの無礼を許しましょう。
注:アインシュタインも、なかなか相対性理論は認められなかった。彼がノーベル賞をもらったのは光量子論(光電効果)だった。
「なによ、偉そうに、言いたい放題ほら吹いてるくせに」
「開会のとき、部長が有言実行を尊ぶとおっしゃったのを実践したつもりです。
私は言ったことに責任を持ちます。建設的なことを語らず、他人の発言を根拠なく否定する人とは違うつもりです。
説明しましょうか。あのね、世界中でフロン濃度の変化とか紫外線量とか測定しています。そして様々な研究結果が発表されています。そういう情報を常日頃読みなさい。時代に遅れますよ。
先ほど私は、『フロンが減少すると
「坂内さん、横山さん、社会人として失礼だぞ。佐川さんに謝りたまえ。
ここは会社じゃないから、私は命令権も決定権もない。発言は自由だが、言ったことには責任を持てよ」
「すみません、疑うようなことを言いまして、謝ります。
(本当は坂内さんが謝らないといかんだろう)
現実には……論文を読んだりしていている時間もないですよ」
「フロンガスは私の守備範囲じゃない。しかし横山さんの専門だよね。仕事について研鑽し情報収集に努めることは義務です。仕事に関わるものは、ニュースだけでなく外国の論文にも気を付けておくこと。
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仮にエレベーターで社長と一緒になったとして、『大気中のフロンガスは減っているのか?』と聞かれたら、あなたはどう答えますか?
適切な回答をすれば、社長の目に留まるチャンスですよ。現代の木下藤吉郎になれるかもしれません。
論文を読む暇もありませんなんて言ったら、社長はどう思いますか?」
「おっしゃる通りですね。仕事に関する情報には注意しているつもりですが、海外どころか国内の論文まで目が届きません」
「週に一度くらい検索エンジンで調べるとか、できればCINIIも毎月チェックするとか。まあ、CINIIに採録されるのはずっと遅くなるけど、普段見逃しているのは多いからチェックする価値はあるね」
「これから分からないことがあったら、佐川さんに聞けば一発ね」
皆の心の中……
(この女、調子いいなあ〜)
(この女、反省しねえなあ〜)
(この女は
「それは無理です。私は週に1日しか出社しないのです」
「えっ、週に1日しか出社しないって、どういうこと?」
「怠けているわけではありません。今、当社の工場が、ISO9001認証を進めているのをご存じでしょう。私とむこうで焼酎梅割りを飲んでいる山口さんで、その指導をしているのです。
ほとんど出張で、金曜日だけは会社に来るようにしています」
「それじゃ分からないことをまとめておいて、金曜日に尋ねることにしよう。決戦は金曜日だ
「いやいや、金曜日は課内会議がありますし、それが済んだらその週の旅費精算、翌週のホテル手配、電車や飛行機のチケット手配、そして溜まったメールを片付けると夜ですよ。金曜日はノー残業デーですよね、アハハ」
「それなら旅費清算と、ホテルやチケットの手配は私がしましょう」
「佐久間さん、ホテルとチケットなんて遠慮しないで、机上の書類とPCのメールも片付けてほしいなあ〜」
佐久間さんから声がかかったのを幸いと、佐川は嫌な思いをした坂内から離れて、数歩、佐久間さんの方に移動した。
「あれ、佐久間さんは飲むのはおしまいで、もうデザートなの」
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「佐川君、君は何でも知っているのか?」
「部長、冗談を言わないでくださいよ。私は研究者じゃありません。テレビや新聞の報道と、目についた論文だけです。
そもそも廃棄物処理法からオゾン層保護、更にはシロクマの生息数まで知っている人はいないでしょう」
注:考えてみると「シロクマを救え」とは、ゴア副大統領が著作「不都合な真実」で言い出したもので、2006年のこと。このお話の10年後だ。
実際にはシロクマ生息数は増加しており、またキリマンジャロの氷の減少は温暖化によるものではなかった。そればかりではないが「不都合な真実」は、後に「都合のよい嘘」と呼ばれるようになった。
ジャームズ・ミッチナーの小説に「嘘をついた罰は、それ以外のことも信用されなくなることだ」とある。温暖化を知らしめようとして嘘をつくと、温暖化まで嘘と思われる。
「そう言えばさっき、佐川さんは通常の産業廃棄物にも、マニフェストを使うようになると言ったね。そういう動きがあるのかい?」
「廃棄物担当の円谷さんでしたね、マニフェスト票は1990年に作られましたが、使用は任意でした。昨年1993年に特別管理産業廃棄物に使用が義務化されました。
しかし福島県では既に条例によって、すべての産業廃棄物で使用が義務になっています。
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政党のマニフェスト(Manifesto)と廃棄物のマニフェスト(manifest)はスペルが違う。![]() 民主党のマニフェストは屑だから廃棄物のマニフェストが似合っているか? |
それらを考えあわせれば、今後適用範囲が拡大し、その結果、ひとつは行政が排出量と処理状況を把握できるし、もうひとつは排出者である各企業が己の排出量を把握できるようになります」
「マニフェストの歴史と現状を知って、これからを推測する。なるほど、私と同じものを見ても、佐川さんは考えることが違うのだな」
「今すぐにでも生産技術兼務を止めて、環境部専任にならないかね」
「ご冗談を。ISO9001を片付けるまで、あと1年半かかりますよ」
「定年間近で職場で
そこに品質保証をしていた者もいるだろう、その会社にISO9001認証支援を代わってもらうのはできないか?」
注:「
「余す」とは「仲間はずれ」とか「邪魔者扱い」「いらない人」などの意味である。
調べると北海道の方言らしい。なぜ北海道の方言が福島県中央部で? となるが、思い当たるのは江戸時代18世紀末に松前藩がお取潰しになり、初めは埼玉県、後に福島県伊達に転封(既に大名ではない)となり、御家再興まで30年ほど福島県に留まった。そのとき北海道の文化・食べ物を福島県中央部に残した。「余す」もそのひとつなのだろう。
わが故郷ではお正月には欠かせない料理「いかニンジン」も、彼らが持ち込んだ「松前漬け」の変化したものと言われるが、逆に福島県の「いかニンジン」を北海道に持ち帰ったものが「松前漬け」になったという説もある。真偽は定かでない。
「現時点、山口さんと私は認証指導でいっぱいですから、指導者の育成までは手が回りません。
審査員も認証機関も癖がありますから、それを飲み込んで指導しないと当社の仕組みを悪くされる恐れがあります」
「お前たちはレベルが高すぎだ、あるいは進化の袋小路に入り込んでしまったのか。仕事を個人のスキルに頼るのはいかんな」
「話を戻すけどね、佐川さん、マニフェストを全国で使うようになったら、全社的に仕事量が増えることになる。それに排出量が分かるとはいえ、それを集計するのも大仕事になる。
となると全国の工場をネットワークでつないで、業務の効率化と情報の一元管理をしたいな。
そうすれば毎年の集計どころか、毎日の集計も、委託した業者がその種類の許可を得ているか、委託量が多過ぎないか
「それは素晴らしいアイデアです。でもマニフェストの運用、どんな情報を収集するとかが決まらないと、ソフト開発など投資はできません。
もう少し時間を待つか‥……」
「いや、我が社でそういうシステムを作って、経産省なり環境省なりに売り込むということはできないか」
「うーむ、環境部が利益を上げて悪い理由はない。環境部が環境ビジネスをするというのもありなのだな。
武藤課長、そのアイデアを円谷さんや佐川君とまとめてくれませんか。一度行政に話してみたい」
「円谷さんがおっしゃったマニフェストシステムを更に進めれば、最終的には伝票なしの方法ができますね。
ただそうなるには携帯できる情報機器が必要です。マニフェストに関わる人たちが、マニフェストに記載しているデータに携帯電話などでアクセスできれば良いのです」
「なるほど、紙がなくてもデータセンターに廃棄物運搬者の運転手も、廃棄物処理業者も、取り締まる警察や行政がデータを見られる仕組ですか」
「ちょっと待て、そういうのを考えてもう少し具体化できれば、ビジネス特許にならないか?」
「越えなければならないハードルが二つあります。
ひとつはどこでもインターネットにつながるデータ通信網が必要です。それはインターネットが社会インフラにならなければ完成しないでしょう。
それと携帯電話がネットにつながって、モデムより高速でデータのやり取りができることです
「そうか、佐川君はそういうアイデアをたくさん持っているのだろう?」
「部長、そういう夢物語の前に、佐川さんには環境報告書のフレームワークとコンテンツを考えるのに、参画してもらうのが先ですよ」
「今日は新組織発足のお祝いですから、難しい話はなし!」
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皆、それなりに楽しい時を過ごしたようだ。
お開きになって佐川は最寄りの地下鉄駅まで歩きながら、(一部を除いて)良さそうな人たちで、楽しい職場だと思いつつ、今より更に忙しくなりそうだと嫌な予感がした。
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★特別付録「環境部メンバー一覧」です。
実際にはこの他にもいますが、表は登場した人物のみ。
御尊顔 | 御芳名 | 役職・担当 | 備考 |
環境部 | |||
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吉井 | 部長 | 前任地 イギリス駐在 |
環境保全課 | |||
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武藤 | 課長 公害担当 |
前任地 工場 |
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佐久間 | 庶務 | 前任部署 本社別部署 |
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円谷 | 廃棄物担当 | 前任地 工場 |
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宗像 | 公害担当 | 前任部署 本社生産技術部 |
環境企画課 | |||
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藤田 | 課長 環境報告書担当 |
前任部署 本社広報部 |
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横山 | フロン対策担当 | 前任地 研究所 |
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坂内 | 環境報告書担当 | 前任部署 本社広報部 山口の同期 |
ISOグループ | |||
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佐川 | (兼務)ISO認証担当 | (本務)本社生産技術部 |
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山口 | (兼務)ISO認証担当 | (本務)本社生産技術部 |
本日の教訓
仕事は何のためにするのかと言えば、飯を食うため。上品に言えば家族を養うためです。
でも同じく仕事をするにも、その仕事を天職と思えたら幸運です。天職でなくても好きになれば、仕事をするのが楽しくなります。好きになれなくても自分の仕事に興味を持つことです。
自分の仕事に就いて知識を深める、製品について関心を持つ、製品の業界について知る。そうなると毎朝、会社に行くのが待ち遠しくなります。
実はそれ、若いときベテランの先輩に教えられました。
その方は毎朝会社に行くのが待ち遠しいと言ってました。後に県の卓越技能者として表彰されました。
趣味を仕事にすることは難しく、できる人は限られる。でも仕事を趣味にするのは誰でもできそうです。
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日本では環境報告書は1998年頃から多数の会社から発行された。 ![]() | ||
環境報告書作成のガイドライン、要するに記載すべき情報を定められたものである。種々あるが公表されたのは20世紀末である。もちろんそれは規制ではない。 主なものとして、 ・環境省 環境報告ガイドライン(2000年版) ・GRI(Global Reporting Initiative)は定かでないが2018年だと思う。 ・国際統合報告評議会(IIRC) ![]() | ||
産業廃棄物の種類は法で7つだが、都道府県によって細分しているところがある。 ![]() | ||
IBM社は1990年から、環境報告書をいち早く発行し、その中に発生した社内犯罪や事故それに支払った罰金の金額まで赤裸々に記載し、それが素晴らしいと評価された。 ![]() だがその環境先進企業であるIBMでも、今なお毎年の報告書に事故や違反を記載しているのも事実である。 ![]() | ||
廃棄物処理業者は処理できる量を行政に届けている。依頼する排出者(企業)が、業者の処理能力を超えて仕事を出すとパンクしてしまう。 現実にはオーバーした廃棄物を野山に捨てたり、あるいは積んでおくなどの事態になり、周辺に被害を出すところが多発している。 排出者は委託量が処理能力をオーバーしないようにしなければならない。 ![]() | ||
NTTドコモでiモードが登場したのは1999年1月で、この物語の時点では、あと5年待たなければならない。 現在の電子マニフェストは1998年登場。当時はiモードしかなかった。工場の事務所で入力するのは良いけど、紙をプリントアウトして廃棄物運搬者の運転手に渡していたと思う。それではあまり改善にはならない。 iphoneがでたのが2007年だから、実用的になったのはそれ以降だろう。 ![]() |
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