タイムスリップISO47 認証支援の移管1

25.01.12

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは




このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作ってみました。
前回より赤い部分が少し伸びています。

西暦世の中の出来事このお話の出来事
1992新幹線のぞみ主人公佐川が若返る
課長解任され平となり、品質保証に異動
1993EU統合
日本でインターネット始まる
ISO9001認証にチャレンジ
佐川の成果から本社応援、後に本社転勤
1994 関西国際空港開業
松本サリン事件
ISO9001認証も一段落
矢印 今ここ
1995 阪神淡路大震災
オウム真理教地下鉄テロ
1996北海道豊浜トンネルで岩盤崩落ISO14001制定前からドラフト(草稿)で仮認証始まる
年末にISO14001制定される
1997ロシア船ナホトカ号沈没油流出
ペルー日本大使館事件
ISO14001認証始まる

1994年12月になった。

12月に審査を受ける工場はない。佐川の前世の経験から、年末や年度末そしてその事業所の繁忙期には、審査を受けるべきでないと指導したからだ。
当時はどこの会社でも工場でも、今年中に認証を! とか工場長が在任している今年度中に! なんて面子メンツとかしがらみから、12月とか3月に審査を受けるところが多かった。

特段理由がなくても、工業団地で一番とか、コンペティターより早いと喜んだものだ(経験者です)。
認証機関に頼み込んで、審査直後(当日とか)の日付にしてもらったところもあった。いくらなんでも審査前は無理だったようだ。
蓮舫
眉間のしわがステキ
極道の女みたい
今でも、そんなことあるのかな?

特許出願じゃないんだから(注1)認証した日が遅くても困ることはない。認証の日付だけは蓮舫が言ったように1番でなくても良いのだ。

人より早くゴールしたいという気持ちは分かるが、審査は一度限りではない。認証を続ける限りは毎年繰り返す。
商売なら年末、決算では年度末が忙しい。審査など金にならないことは、その時期を避けるべきだ。そういうことを説明して、なるべく繁忙期を避けて、閑散期にするように勧めた。
暇な時がないって いつも多忙は、いつも暇と同義だ。 メリークリスマス

そんなことで12月に審査を受ける工場はなく、年の暮れは佐川も山口も、毎日出張なんてことはない。
それは佐川が家庭サービスするためでもなく、山口が彼女とクリスマスイブを過ごすためでもない。認証を受ける工場のためだ。



*****


佐川と山口が共に在社している今日は、来客の対応である。
先日、吉井部長が、コンサルタント業をしている関連会社である柳田企画に、ISO認証指導を移管できないかと言い出した。それを受けて柳田企画に連絡を取り、本日先方が話を聞きに来るのだ。

定刻になってやってきたのは、50代半ばのお三方であった。事前情報では三人とも部長であったが役職定年となり、関連会社に出向したという。
コンサルタントといっても、特段資格とか技術技能があるわけではなく、製造部門経験者は作業改善とか人の管理について、品質管理経験者は品質管理の指導を担当しているとのこと。

その程度の経験と力量で、お金をもらえる仕事ができるのかと佐川は疑問だが、聞くところによると、大手企業で一つの仕事をある経験程度して管理職をしたことがあれば、中小で指導する力量はあるという。もちろん粘り強い性格とか、コミュニケーション能力などは必要だろう。
問題は、この人たちは品質保証の経験があるのだろうか?


柳田企画生産技術部
佐々木氏佐々木佐川真一佐川
和泉氏和泉氏野上課長野上課長
片岡氏片岡氏山口山口

こちら側は最初、野上課長がいたが、挨拶だけして席を立ってしまった。野上課長は、もう佐川と山口は環境部に出すものとして、自分の管轄下ではないと思っているのだろう。


佐川真一 「弊社の吉井部長から現在、生産技術部でしている仕事を御社、柳田企画さんに出すことを検討せよと話がありました。本日は、まずは業務を説明いたしますので、その受入が可能かどうか検討をお願いしたいと考えています」

和泉氏 「それは大変ありがたい話です。私は吉井部長がイギリスに行く前に、一緒に仕事をしておりました。

ISO認証は始まって1年少々ですが、ものすごく伸びています。私どももISO認証で、当社が貢献できないかと考えておりました。
既にこちらの二人はISO審査員の研修を受けて、認証機関の契約審査員、まあ下請けですね、その仕事を取ろうと進めております」

佐川真一 「ほう、それは頼もしいですね」

佐々木 「既に、私とこちらの片岡さんは、審査員補の登録をしております」


下図は当時のCEARの身分証である
CEAR審査員身分証
私の登録番号は驚くほど早く、私より番号の小さな審査員に会ったことがない。
この身分証は紙をパウチしたもので、あまりありがたみがない。何年かしてクレジットカードのようにプラスチックの板になってありがたみが上昇した。
なお、見て分かるように、この当時は私はおばQではなかった。30年も前だからね

佐川真一 「それでは佐々木さん、片岡さんは、今後、審査員として活躍されるわけですか?」

和泉氏 「審査員補になるにも大金がかかりますので、とりあえずこの二人から始めようと考えております。この仕事を含めて、ISO関連が伸びるなら増強していきます。
今回は本体がしている仕事内容を教えていただきたいと思います」


注:『本体』とは、親会社から関連会社に出向した人が、出向元(親会社)を呼ぶ言い方である。
聞く人に「こいつは今働いている出向先より、出向元が大事と思っている」と受け取られる恐れがある。
「前の職場では」と語る、前野さんのようなものだ。


佐川真一 「いろいろお知りになりたいと思いますので、状況とか要望をまとめておきました。
山口から説明して貰います」


山口がA4で数枚綴じたものを皆に配る。


山口 「では状況から説明させていただきます。
当社の工場は30数カ所ありまして、既に14工場が認証をしました。残りは17か18箇所ですか、
当社の関連会社は約200社ですが、ISO認証を必要としているところが30社、認証したいと考えているところが約40社です。
既に関連会社4社に対しては指導をしております。当社の残りとその4社については、来年の秋までに認証を目標としております」


注:言葉の意味を、しっかり確認することが大事である。
「関連会社」とは「何か関係ある会社」ではないし、「会社等」とは「会社など」のことではない。
詳しくはこちらへ⇒(注2)


和泉氏 「ええと、待ってください。するとウチで認証指導というお仕事をもらっても、関連会社の30社でおしまいですか?」

佐川真一 「無限のマーケットはありません。しかし当社グループだけが御社の対象範囲ではありません。
日本にある法人は200万と言われます。まあ認証するのが5%としても10万社、その内の1%でも1,000社、0.1%でも100社、それだけ取れば御社としては十分でしょう」


注:日本の法人は190万から360万と言われる。しかしこれには1人法人も休眠状態も入っているから、実際にISO認証の対象となるのは200万位と推定する。
1人法人でISO認証を受けた会社もあったが、宣伝になっても認証する意味がない。
ISO9001の認証件数は2006年末の43,564件がピークであった。ピーク時は、事業活動をしている企業の2.2%ほどがISO9001を認証していたことになる。

それはものすごい割合だと思う。それほどの数の会社が品質保証を必要としたはずはない。その多くは流行とか、会社が良くなると言われて認証したに違いない。
一部には国交省の入札のために認証したと思われるが、これこそまっとうな認証の活用だ。
なお、2024年末の認証件数は22,709件で、事業を営んでいる企業の1.3%にあたる。実際に認証が必要な企業は、この1割程度ではなかろうか。


和泉氏 「関連会社でなく、大海に乗り出すのは大変だなあ〜」

灰皿

片岡氏 「和泉さん、何を言ってるの。元上司とか元部下のところに行って、タバコをふかして雑談すれば仕事が取れるなんて、世間じゃ通用しないよ。
提供できるサービスをしっかり説明して、コンペティターに勝たないと」

佐々木 「確かに限界があると言えばありますが、今いろいろな業界が認証機関を設立しているのを見ると、そのマーケットは大きく育つと思えますね」

佐川真一 「どんな仕事でもマーケットは有限です。だから競合他社にQCDで打ち勝たないと生き残れません。
そして勝者となっても、最終的にマーケットが飽和するか、マーケットが消滅するとそのビジネスはおしまいです。どんなビジネスにも限界も寿命もあるのです。

まあ、それはともかく、お二人が今後審査員をするなら、認証の指導をすることはものすごく役立つでしょう。それに契約審査員だけでは100%の仕事がありません。コンサルを兼ねないとお二人の賃金は稼げませんよ」

和泉氏 「ええっ、契約審査員は100%仕事があるものと考えていました。そうなのですか……ISOコンサルを兼ねて、なるほど」

片岡氏 「佐川さん、ちょっと待ってよ。ISO認証のマーケットは、認証件数は有限なのは自明だけど、寿命については維持審査があるから、終わりはないんじゃないの?」

佐川真一 「それは考えるスパンが違います。今認証しようとする企業は急速に増加しています」

和泉氏 「現在は倍々ゲームですね」

佐川真一 「和泉さん、マーケットの規模の推移には、ライフサイクルという考えがあります。
ライフサイクル曲線 初めはなかなか普及しないけど、ある点を超えると急激に増加し、その後増加が鈍化しピークに至り、以降はゆっくりと減少する。

やがてその目的をひきつぐイノベーションが起きて次の製品に引き継がれるわけですね。

ライフサイクルを考えると、常に新しい製品や事業にチャレンジするのは絶対です。そして次なる製品も、寿命、おしまいがあると、認識しておかねばならないのです」

片岡氏 「すごいね、佐川君は。いや失礼、佐川さんは。
君は、いや、あなたは営業担当だったの?」


注:後輩や以前部下であっても、会社を移れば、よその人として遇するのが礼儀だ。水臭いというかもしれないが、それが世の作法である。
上記の「佐川君」とか「君は」という言い方をしては、気を悪くされても仕方ない。

自分が子会社に出向したり、後輩が自分より昇進しても、相も変わらず『○○君』とか、ひどいのになると『○○』と呼び捨てする元上司もいる。
またその逆もある。私より早く昇進した後輩から「○○君」と呼ばれてギョッとした。正直、失礼な奴だと思った。

私はそういう気まずいことが起きないように、新入社員のときから上下左右すべてを『○○さん』と呼んでいた。そして引退してからも、碁会所・英会話教室・趣味のクラブでは、高齢者から高校生まで、すべて「さん」を付けて呼んでいる。これが一番無難だ。


POOR人を呼ぶときGOOD
田村工場長田村様矢印矢印田村さん田村工場長
片岡氏片岡さん矢印
人
矢印片岡さん片岡氏
佐川真一佐川君矢印矢印佐川さん佐川真一
山口山口矢印矢印山口さん山口
キヨちゃんキヨ
 ちゃん
矢印矢印猪越さんキヨちゃん

poor、goodとくれば、次はexcllentでしょう
けど、excllentなる呼び方が思いつきません。

佐川真一 「そんなこと営業だけじゃありません。現場だって、設備や工法の革新は常にあり、時と共に陳腐化します。生物の進化と同じです。
ですから常に新しい情報をウォッチしてなければなりません」

和泉氏 「ええと、なんだな、佐川さんはISO認証の支援も、先が見えているというのかい?」

佐川真一 「先が見えているじゃなくて、どんなビジネスでも寿命があるということです。
永遠に続かないからだめだと言っても、永遠に続くビジネスなんてありません。我々は様々な制約のある世界で生きているのです」

佐々木 「佐川さんはISO認証の寿命を、どれくらいと考えているのですか?」

佐川真一 「まず何をもって寿命とするか、考え方は多々あります。
最近、禁煙の動きがありますね。タバコを吸う人はどんどん減っています(注3)でもゼロにはなりません。売り上げがゼロになるときを終わりというか、損益分岐点を終わりというか、いろいろでしょう。

タバコ

経営者なら、たばこのビジネスが終わる時期を明確にするよりも、そうなる前に後を担う事業を育てることが重要です。
ですから『日本たばこ』も1988年に飲料品に参入しましたし、昨年(1993)は医薬研究所を作りました。新しい事業が立ち上がるまでは現有のタバコでがんばらないとなりません。
となると、企業が事業を止めると判断したときが寿命ですか」

佐々木 「なるほど、最後まで残って残存利益をかき集めるか、早いとこ事業を売却するか、いろいろ戦略があると昔経済学で習ったような記憶がある」

片岡氏 「佐々木さんは知識豊富だねえ〜」

佐川真一 「片岡さん、審査で営業部から開発は無縁とか言われたら、営業部門も開発と無縁ではないと知らしめないといけませんよ」

片岡氏 「営業部門も、設計や開発と関りがあるのかい?」

佐川真一 「ISO9001は業種を選びません。新事業に参入するとは設計開発そのものです。参入の決定は経営事項であってISOの範疇外でしょうけど、それを進める過程においての検討や試行はISO規格を満たす必要があるでしょうね。

おっと、認証しようとすると真っ先に認証範囲を決めるステップがあります。『○○製品の設計・開発と製造』であれば、営業部門では設計開発はないと思います。製品の設計部門の設計や開発に関わるだけです。
しかし新規ビジネスを企画する部門とかそれを行う事業においては、営業企画そのものがアウトプットになるでしょう」

片岡氏 「なるほど、審査範囲によって設計や開発は、普通考えるものと異なるわけだ」

佐川真一 「設計や開発ばかりじゃありません。業種によって、検査や測定、あるいは不適合品のイメージも大きく違うでしょう。
小売業における検査、設計事務所における計測機、駐車場業における不適合とは何が該当するか、考えると面白いですね」

佐々木 「講習会でも研修会でも、製造業の解釈しか習わなかったな。確かに非製造業や行政機関に審査に行くことに備えて、そういうことを予め考えておかないとなりませんね」

和泉氏 「話が広がってしまいました。元に戻しましょう。
ええと要するにISO認証ビジネスは当分続くということですよね?」

佐川真一 「そう考えてよろしいです。私が述べているのはISO認証がすぐに廃れるというのではなく、いつかは廃れるということです。
そもそもは和泉さんが30社で終わりと言ったから始まったのですよ」

和泉氏 「そのいつかは、具体的には何年後くらいですかね?」

佐川真一 「ことの起こりは欧州統合後に輸出するにはISO認証が必要となって、輸出している会社は会社存続のために認証しました。それが第一グループで、既に認証は終えています。
今認証している企業は、必要に迫られていません。ISO認証すると品質が高いと思われるとか、認証すると製品が良くなるとか、挙句には会社が良くなると言われて認証している企業です」

片岡氏 「そういうことを研修会で聞いたね。講師は、それを良いことだと言っていた。
必要に迫られて認証するのを消極的認証/受動的認証、必要ではないが会社を良くしようと認証するのを積極的認証/能動的認証と言っていた」

佐川真一 「必要もないのに認証するとは、何を見返りにしているのでしょうか。積極的などと誉めるのは、自分たちの金儲け……いやお客様になるからでしょう。
ともかく必要がないのに認証する会社に認証ビジネスの成長を期待することは、もう認証件数の増加は期待できなくなったのですよ。現実に認証件数の増分の増分は減っています。
そういう会社は損益が悪くなると、すぐに認証を止めるでしょう。だって元々必要じゃないのですから」

佐々木 「認証件数の増分の増分というと加速度だよね。加速度が減少しているとは、スピードが遅くなり、やがて止まり、逆方向に進むということか?」

佐川真一 「そうです。加速度がゼロ、つまり変曲点は1997年頃でしょうし、増加が止まるのはピークで2007年頃でしょうね」

片岡氏 「おいおい、そんなに近い将来なのか?
しかし君も迷いなく語るけど、神託神のお告げ でも受けたのか?」

佐川真一 「神託とか予言のような、根拠のないことではありません。過去数年の認証件数を調べて、増加の差分の差分をとれば一発です」

片岡氏 「過去数年をとらえれば、減少どころか差分の差分も急激に増加しているだろう」

佐川真一 「差分は増えていても差分の差分は減っています。ですがこのグラフは二次曲線とか指数関数ではありません。ライフサイクルですからロジスティック回帰分析です。
今までの変化に合うよう係数を調整するわけで、人によって近似させたものは違うから先のカーブは変わります。でもライフサイクルの形からは逃れられません」

和泉氏 「分かった、分かった。
佐川さんの言いたいことは、そういう先まで読んで考えろということですね。どちらにしてもピークまで10年はあるだろうし、それ以降ゼロになるわけでもない。
ISO認証事業が金のなる木である間に、次なるビジネスを考えることなのだな」

佐々木 「金のなる木とはボストン・コンサルティングのプロダクトポートフォリオですね。ISO認証をとらえてもポートフォリオは真なのか。
考えてみれば、私が今まで関わった事業で、20年続いた製品はなかったですね」

片岡氏 「確かになあ〜、家電でも電子レンジなんて、1970年頃は十何万したよ(注4)一桁万円になれば買おうと思っていた。製品はなくならないが、電子レンジがあこがれだったのは1980年までかな。それ以降は耐久消費財でなく消耗品だものね」


別に私が電子レンジを作っていたわけでもなく、愛着があるわけでもありません。 電子レンジ

娘が大学に入ったとき自炊用に買ってやった電子レンジを、娘が結婚したときもらって使っておりました。
買ったときから30年、寿命がきたようで、買い替えようか家内と相談しております。お値段はいくらするのだろうと、恐る恐るネットでみると、なんと消費税込みで1万円札でおつりがくるのです。

安くなったことを嘆く方もいるでしょうけど、消費者にはうれしいことです。


佐々木 「製品ライフサイクルで終末になっても、商品カテゴリーが消滅するわけじゃない。ただブランドとかメーカーなど気にしない、コモディティになるということなんだろうなあ」

和泉氏 「30社と聞いたときは、1年もかからずビジネスが終わりかと思った。認証ビジネスが10年続くなら十分だ。ともかくISO認証もその支援ビジネスも終わりはあるが、十分事業として成り立つわけだ」




山口が説明を終えて、一旦休憩とする。
コーヒーを飲み、ちょっとしたスナックをかじりながら雑談ムードだ。

片岡氏 「私は認証の指導だけでなく、ISOや認証活動に関わる資料類、CD、データ集などを販売することを考えているんだ」


当時はいろいろなメディアでISOの文書雛形が売られていた

複数の紙を綴じた本は
2000年の歴史がある
本
コンパクトディスク
当時はCDだ。DVD
は登場していない
忘れちゃ困る
フロッピィディスク
当時はメインの
メディアだった

当時、私は店頭にあったのはほとんどは見たが、ろくなものはなかった。
実際に規定を書いたことのない人が作ったとしか思えない。
例を挙げると「文書の階層は三つが良い」というのがあった。アホかバカかと問い詰めたい。そんなもの組織と業務の複雑さと要員の力量によって決まるのだ。ISO規格に書いてあるだろう。


和泉氏 「いいですね、いいですね、書籍や様式集などを市販すれば、コンサル料の何倍もの売り上げが期待できる。
出版は、ウチで取説を編集している部門に協力してもらおう」

佐々木 「それは私も考えている。モデル規定集とかモデル帳票なども需要があるだろう」

片岡氏 「まずは、モデル品質マニュアルでしょう」

山口 「発言してよろしいですか?」

片岡氏 「どうぞ、どうぞ、雑談してるだけだ」

湯気
紙コップ

山口 「私は佐川さんが担当される前に、退職された當山さんとISO認証の指導をしていました。
そのときモデル品質マニュアルとかモデル規定集というのを作って、配布というか、実を言ってお金をもらって販売していました。
それを佐川さんに否定されてしまったのです」

片岡氏 「佐川さんが否定した。それはなぜ?」

山口 「當山さんはISO規格に合わせて、品質システムを作ろうとしたのです。しかし佐川さんは、現状がISO規格を満たしていると説明するアプローチでした」

佐々木 「待ってくれよ、規格に合わせて作る、現状が規格に合っていることを説明する……」

片岡氏 「言葉の綾で、違いはないんじゃないか?」

山口 「大ありです。例えば購買の4.6.2に『供給者は、容認できる下請負契約者の記録を作成し、維持する』とあります。『規格に合わせる』なら、取引すると決めた調達先の記録を、新たに作ることになります。
と言いますのは、従来からの報告書や帳票は、ISOの要求事項をすべて満たしていないのもあり、余分な情報のあるものもあり、一対一ではないからです。

他方『現状が規格を満たしていることを説明する』とは、現在、購買が作成している書類を見て、どれかが『供給者は、容認できる下請負契約者の記録』に見合うかを検討して、例えば取引先調査票とか提出を受けた会社経歴書とかが規格要求に見合っているかを検討することになります。
この方法では、規格要求に対して複数の記録が関わることもあり、1つの記録が複数の要求事項に関わることもあります」

片岡氏 「それって審査員研修で聞いたこととは違うぞ」

佐々木 「確かに研修では『規格に合わせる』方法を習いましたね。『現状が規格を満たしているか』の方法は聞きませんでした」

山口 「ISO認証を得るためなら、どちらの方法でも合格になるでしょう。 でも今まで会社、工場のルールであった規定でないものを作って、どうするのでしょうか?」

片岡氏 「当然、運用……つまりそれで仕事をするだろう」

佐々木 「片岡さん、私は今の言葉を聞いて、おかしなことに気づいたよ」

片岡氏 「おかしいって?」

佐々木 「まず下請け先ってあったけど調達先のことだろう、その評価記録をすべて作り直すのだろうか?
小さな工場だって、700社くらいの取引先はあるだろう。それをすべて作り直すのかね?
そればかりでなく他の記録も全部だよ」

山口 「私たちは、記録全部を作り直すのは不可能だと思いましたので、規格に該当するものだけ新たに作り、それだけをマニュアルで引用するように指導しました」

佐々木 「ISO9001は品質関係だから、それ以外のマニュアルで引用しない規定は、触らないということか?」

山口 「いや、実際には品質に関わる規定も触らず、品質マニュアル対応で新たに作った規定類は別体系にしたのです」

佐々木 「えっ、ちょっと意味が分からない」

山口 「流れを説明します。
まず、規格にピタリと合わせた品質マニュアルを作りました。
そこで引用する規定を新たに作りました。
規定で定める記録類を新たに作りました。
その規定も記録も、実際には審査のために作っただけです」

片岡氏 「二重帳簿みたいだね」

山口 「そうです、私たちは二重帳簿と呼んでいました」

佐々木 「うーん、仕組みは分かった。だけどその仕組みは、実際に機能するのかな?」

山口 「問題は二つあります。いや問題だらけですが、大きな問題は二つということです。
仕事して従来の記録を作りますが、その他に新しい規定で定める記録を作ります。
二重帳簿を維持するのは手間がかかります。ISO関係は倍の仕事になります」

片岡氏 「審査用と実務用の、二通りの文書と記録を作るか」

山口 「そうです。
ふたつめは、ボロが出ないようにするのが大変だということです。
記録や文書を作る負荷もありますが、審査のときには現実とのずれを調整しなければなりません」

片岡氏 「そりゃそうだろうな。審査員にどの文書を見て仕事しているのかと聞かれただけで、冷や汗が出るだろう」

山口 「実際に認証準備を始めてみると、工場サイドがとてもできないと投げだしたのです。最大の問題は負荷よりも、矛盾なく説明することができなかったからです。
そればかりではないのですが當山さんは辞めて、佐川さんが代わりに指導するようになったのです」

佐々木 「そして佐川さんが現実に合わせる方法を指導して、問題なかったということか?」

山口 「そうです。二重帳簿の解消だけでなく、規格の読み方、展開の仕方から教えてくれて、工場の手間を最小に考えてくれました」

佐々木 「話を聞くとなるほどと思うが、審査員はそれを妥当だと認めるのだろうか?」

山口 「おっしゃる通りです。認証機関や審査員によって、認める人、認めない人がいました。
審査で審査員と工場の見解が異なった場合、佐川さんにその適否を考えてもらい、審査員の間違いであれば、認証機関に行って報告書の修正をしていただくなど、八面六臂の活躍でした」

片岡氏 「えつ、審査員の判定を覆したの?」

佐川真一 「誤解されると困りますので説明します。
不適合となったもの全てに反論して、適合としてもらったわけではありません。正確に言えば、審査員の明らかな誤判定で、不適合とされた全てを覆したわけでもないです。

私は明らかな誤判定であって、それが会社に不具合をもたらすのであれば、会社の仕組みが規格適合であることを説明して、判定を見直してもらったのです」

山口 「えっ、それじゃ、判定が間違いであっても、受け入れたものもあるのですか?」

佐川真一 「あります。判断が拡大解釈とかであっても、それが会社にとって負担が大きくならず、改善につながるものは審査員の判断を是としました」

山口 「えー、私がそういうものに気付くようになったら、そういう判断をすべきですか?」

佐川真一 「どうでしょうか。何事も費用対効果です。それに規格要求を超えた過剰なものでも、会社側がそれを良しとしたなら、良いのではないですかね」

山口 「分かりました。できるかどうかはともかく、そのお考えを尊重します」

佐川真一 「尊重しなくて良いですよ。規格要求から離れて、審査員の判断が妥当かどうか考えて、受け入れるか決めてくれたら良いかな」

佐々木 「お話を聞くと相当高いレベル、審査員と同等どころか、審査員を評価できるレベルでないとならないようですね」

佐川真一 「まだ審査が始まって時が経っていませんからね。認証機関も経験を積めば、審査員教育も進むと思います。それに間違えた審査員は淘汰されるでしょう。
私の基本姿勢は、ISO審査で会社の仕組みをいじられたくない。悪くされたら困るということです」

片岡氏 「佐川さんは審査員よりレベルが高いかもしれないが、上から目線ですね」

佐川真一 「それは悪いことでしょうか。私は会社を最重要と考えています。会社のシステム、システムとは現実的には仕組みや手順を決めた規定全体ですが、それは何十年という歴史によってリファインされ、当社に見合ったものになっていると認識しています。
ですからそれを変えるには相当な理由が必要です。
いや何も手を加えずとも、十二分に規格要求を満たしていると確信しています。

それと私自身、ISO規格を理解する努力をしているつもりです。規格や審査結果に疑問があれば、他の認証機関に問い合わせる、ISOTC委員に問い合わせる、知ってる限りの社内外の同業者に聞きあたる、そういうことはしています。

認証機関によって同じものが、適合・不適合の判定が異なるなら、どちらかが間違っていることは自明です」


注:私は本社で多数の工場や関連会社の審査結果を見る立場にいた。認証機関の違いによって、同一の状況でも判定が適合、不適合あることは多々あった。

その証拠の一つとして「アイソス誌」2010年1月号を上げる。多数の認証機関に質問を3つ出し、各認証機関の回答を載せている。
その3問への回答はOK/NGが入り乱れている。いずれも枝葉末節ではない重大な事柄である。このアンケート後も、各認証機関は、それぞれの判断基準で審査をしていたのを私自身確認してる。退職して数年は情報を収集していたが、流石最近は情報不足だ。


佐々木 「弊社に業務委託するなら、我々もそのレベルにならないとまずいですね?」

佐川真一 「御社に業務委託するつもりはありません」


和泉氏佐々木片岡氏

佐川真一 「お間違えのないように、業務委託ではなく事業移管です。御社の事業としてやってほしいのです。要するにISOコンサルのお仕事は当社ですべきことでなく、外部のコンサルに依頼すべきと考えております。
御社がその事業を引き継ぐなら、開始時は私どもが支援いたします」

和泉氏 「了解しました。ただお話を聞けば聞くほど難しい……いや高いレベルを要求されていることが分かりました」

佐川真一 「難しい仕事ほど高いお金がもらえます。まさか規定の雛形とか出来合いのマニュアルを売って、お金儲けができると、軽く考えているわけじゃないでしょう」

佐々木 「そうでしたとは言えない雰囲気ですね、アハハハ」



*****


打ち合わせを終えて辞去した柳田企画の三人は、五反田の会社に戻り話し合いだ。

佐々木 「簡単なお仕事と思っていたけど、あの佐川の考えは、そこらへんの認証機関とか研修機関のレベルを超えているよ。少なくても審査員研修の講師より上だ。

とにかくあの男が指導した工場では、審査ですべて適合を受けている。そして関係者から絶大な信頼を得ている。認証機関の講習会とか審査員研修を受けた程度では歯が立たないね。
我々も審査員と議論して論破できる力がなければならない」

片岡氏 「正論は否定できないよ、間違った判定を覆すだけだ」

佐々木 「そりゃそうだけど、そのためには規格の理解も必要だし、論理的な解釈もできないとならない」

和泉氏 「いいじゃないか、彼も言ってただろう。難しい仕事ほど金になるってね」

佐々木 「当初、我々が考えていたような、出来合いのマニュアル、規定集を用意して販売しようという発想というか心構えではダメだね」

灰皿

片岡氏 「佐川とか山口が認証しようとしている関連会社に対して、講習会をしているそうだ。
我々もその関連会社向けの規格講習に参加させてもらおう」

和泉氏 「そうそう、当社にもその講習会の募集の通知が来ていた。
ええと、私の記憶にあるのは、規格の解説とか審査員との見解が異なる場合の対応とか、過去のトラブル解説とか……」

片岡氏 「その通知を社内に回してくれれば良かったのに」

和泉氏 「だってウチはコンサル会社だよ。自分たちが指導することを習いに行くなんてプライドが許さんだろう。
考えてみろよ、君たちと一緒に講習を受けた人がいる関連会社に、ISO認証の指導に行けるか?」



うそ800 本日の徳川家康

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし
徳川家康の遺訓より

この物語を始めるとき、私が現役時代のISO審査での不平不満を吐き出すために、生まれ変わったISO担当者を主人公にして無双をさせたいと書きました。
それは簡単に思えたのですが、書くにつれ、遠山の金さんが桜吹雪を見せる場面だけとか、水戸黄門が葵の印籠を見せる場面だけじゃダメって分かりました。

水戸黄門遠山の金さん

ストーリーがないと感動はないし、見得を切るだけじゃバカだと思われる。
観客を納得させるには、見どころに至る流れが必要で……となり、それを考える想像力と文章にする力と、私にないものが必要となり……と、架空世界で無双するにも、現実世界での研鑽と労働が必須です。
そんなこと思っていて頭に浮かんだのが、家康の遺訓「重荷を負うて遠き道を行くがごとし」でありました。
嗚呼、人生は苦しい……なんて言ったら、「書くの止めたら」と言われますよね。


本日はなんと、13,500字もあります。隙間なしで原稿用紙34枚です。つまり読むのにも30分以上かかります。
苦労したのは校正です。計測器の校正ではありません。文章の校正です。
誤字、脱字、衍字えんじ(余分な文字)はもちろん、句読点、リンク先、TAGのミス、行間の調整など、チェックするのが大変です。 困った、困った

文章の量が多いから、ミスも多くなりまして、チェック時間がガバガバかかりました。
やはり一話は6,000字くらいに抑えたい。でもキーを打ち始めると止まりません。困りました。



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日本では特許は先願主義といって、先に特許を申請した人が権利を得る。
特許法 第39条
第1項 同一の発明について異なつた日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。

第2項 同一の発明について同日に二以上の特許出願があつたときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれも、その発明について特許を受けることができない。

行政や公の場で使われるときの言葉は法令で定義されている。
おっと、法令って法律、施行令、府・省令をいうが、場合によっては通達、更には条例を含める場合もある。
  • 「関連会社」
    「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」第8条第5項
    「会社等及び当該会社等の子会社が、出資、人事、資金、技術、取引等の関係を通じて、子会社以外の他の会社等の財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができる場合における当該子会社以外の他の会社等をいう。」

  • 「会社等」
    「会社法施行規則」第2条第3項第2号
    「会社(外国会社を含む)、組合(外国における組合に相当するものを含む)、その他これらに準ずる事業体」

  • 「子会社」
    「会社法」第2条第3項
    「会社がその総株主の議決権の過半数を有する株式会社その他の当該会社がその経営を支配している法人として法務省令で定めるものをいう。」

  • 「子会社等」
    「会社法」第2条第3項の2
    「子会社及び会社以外(筆者注:財団法人や自治体やNPOなど)の者がその経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」
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電子レンジ価格の推移
縦の目盛りは金額ではなく指標であることに注意。偶然だが金額に近いので、勘違いしないように。



外資社員様からお便りを頂きました(2025.01.14)
おばQさま いつも有難うございます、遅ればせながら本年も宜しくお願い致します。

さて、お話を読んで、私も経験した共通の疑問があります。
今回は事業移管という結構 重要な話ですよね。
私も、会社の偉い人から上司経由で「OBの何とかさん」とか、「関係会社に行ったナントカさん」に「**(事業)について聞きたいから技術について相談にのってあげて」と、無料の指導や支援を頼まれたことがあります。
当時はもの知らずでそういうものかと思って対応しましたが、今考えてみると「事業移管」とか「技術移転」って大変なことですよね。
だって社内のノウハウをタダで外部に教えてあげるんですから。
振り替えってみれば、そんな大変な事なのに、NDAや契約を交わしていなかった。グループ会社なら包括契約があるかもしれないが、社外に出た人なら別会社だからOBだろうが他人のはず。
どうも変だったと思います。

なぜこんな事を、今更言い出すかと言えば、日本のモノづくり空洞化が、そんな切っ掛けで進んだのを見ていたからです。
海外ODMへの技術移転、担当レベルでは上司に言われれば仕事として指導に行きますが、その結果が海外への技術流出とモノづくり日本の消滅。 個別の事象は小さいかもしれないが、大きくものづくりの方向を変える判断が、どこかでされたかと聞いてみれば、答えてくれる人は稀です。

なぜ、そうなったかの理由の一つとして、私は割合簡単に、会社のOBや関連会社に技術指導を無料でやる事が常態だったからではないかと思っています。
私の偏見と狭い経験の範囲ですが、OBでなくて、取引先から製造監査と称して、技術の詳細を聞いてそれを発注元が取りこんでしまう事も行われていた気がします。
結局 当時は「技術やノウハウはタダでは無い」という事に無頓着だったのではないかと思うのですが、如何でしょうか?

外資社員様、明けましておめでとうございます。そして毎度ありがとうございます。
私は高度な技術などには縁がなく、工作技術的なことをしていましたが、確かに権利意識とかなかったですね。
外注指導などに行けば、納期を守るためには細かいことを言ってられず、最大限に指導支援するしかないという状況でした。
そのへんは、なあなあでやっていました。
セキュリティなんて言い出したのは20世紀末で、それ以前は輸出管理対応も抜けが多かったと思います。
海外駐在者が帰ってきて、現場を歩くのを止めた人などいなかったと思います。海外駐在員なら外国人扱いで外為法で審査しなければなりません。
結局、問題が起きないと騒がない、起きたときは手遅れということなのでしょうか?
意識が低い年か言いようないです。




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