注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
第116話から続く
ときは1999年4月である。
佐川は吉井部長との話の後、すぐに佐山プロジェクトリーダーと話をする。
「以前、プロジェクトの報告で『2000年以降、大手企業中心に環境法違反、環境事故多発が報道される
「ああ、それは昨年の夏の報告書にあったね」
「それを反映してだと思いますが、環境部は4月の人事異動で公害防止などに3名の担当者を増員しました」
「それはだいぶ大盤振る舞いだ。多すぎるんじゃないの。ゆくゆく人件費が大変だろう」
「それで吉井部長から報告書は上への報告なので、未来プロジェクトから環境部にその対策を実施すべしという依頼を出してほしいとのことです。
総会屋事件(第76話)の対応と同じように、問題になる前に対処しておくということです」
「その依頼をウチが出すのはおかしいのではないのか。というのは我々の報告は経営企画室宛だ。だから環境部に実行を指示するのは中山室長ということになる。
そもそも吉井部長が今後、日本国内で環境事故が増えるということを知っているのは、中山室長からそういう情報が伝わっているからだろう」
「まあ、そうでしょう。吉井部長としては私が環境部兼務でもあり、今のメンバーで環境監査、特に遵法監査は私以外いないので、私も環境部員ですからこの件の中心となって欲しいわけです。
それで未来プロジェクトには、私が環境部の仕事で忙しくなるからよろしくということでしょう」
「それは筋が違うんじゃないか。我々が予知したことの対応を、我々が実施部門に依頼するとはおかしいだろう」
「おかしいと言えばおかしいかもしれません。しかし、今までに対処してきた問題、例えば東アジア通貨危機(第81話)や総会屋問題のときは、佐山さんから経理部、財務部に呼びかけて参加してもらったと記憶してます。
その伝で行けば、正規なルートでの伝達の他に、プロジェクトリーダーの佐山さんから環境部長に依頼するというか、今後の方向について話し合うのがよろしいと思います」
佐川はそう言いながら、「この小役人根性めが」と心の中で悪態をつく。
実際はあのとき、佐山リーダーが何もせず、気をもんだ人事の下山次長が先方に声をかけたのだった。
「なるほど、話は分かった。佐川君は環境部応援、いや環境部兼務だったか、先方の仕事をしてもこちらの仕事は大丈夫なのだね」
「いやいや、ご存じと思いますが、私はそんなに暇じゃありませんよ。当然こちらの仕事はできなくなります。
ですから佐山さんにはプロジェクトの仕事の方法、必要ならメンバーの割り振りも含めて調整をお願いしたいのです」
「それじゃ君を応援に出すことはできないね」
「あの〜、応援じゃないのです。私は元々兼務です。状況によって一方の仕事が忙しくなることもあるのです。
仕事の状況によって調整とか譲歩も必要です」
「こちらが譲歩することもあるまい」
佐山は受話器を取る。佐山は交渉事では高飛車に出る嫌な人だと思う。
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「応援ということはないでしょう。彼は環境部と兼務ですよ。
もちろん兼務は名目だけでなく、過去から人件費はお宅とウチとで半々で負担してます。彼の人件費が副費込みで年間1,200万とすると、毎年その半分の600万を3年間も負担してきたのです。ウチの仕事はほとんどしてないのにね。
私は毎月、彼の勤務実績を見ていますが、8割以上はお宅の仕事をしています。ということは毎年360万ほどウチはお宅に援助しているのです。
あげくに、たまにこちらの仕事をすると、グダグダ言われるなら、過去3年分1,100万分返してもらわんといけませんな。経理と人事に話をすれば、付け替えてくれるでしょう。
来月にでも、彼の兼務を解任してウチの専任に戻します。元々生技にいた彼を、私が三顧の礼で引き抜いたのですから、お宅に置くわけにはいきません」
注:会社はすべてお金で動いている。間接部門であろうと、人件費の予算を建てそれに収まるように経営しなければならない。管理職の仕事は人件費管理と言われる所以だ。
とはいえ現時点ならともかく、過去に戻って金返せと言っても計上はできても意味はない。効率の悪い部門が笑われるだけだ。
「いや、それでは遵法監査の期間中に限り、佐川に応援させるということで」
「あのね、応援じゃないのよ。分からないかな〜」
佐川は工場の部長級の佐山が、事業所長級より上の吉井部長に、よくもズーズーしく文句をつけるものだと感心する。
とはいえ、口の達者な吉井部長の返り討ちにあい、やりこめられて終わりか・・・
だが、佐川は吉井部長の恐ろしさを知らなかった。もちろん佐山プロジェクトリーダーも思いもしなかった。
吉井部長は電話を切ったあとすぐに、佐山の上長である中山取締役にチクるのであった。
いや、「チクる」とは、正当なルートでない告げ口とか密告という意味で使われる。執行役員である吉井部長が、取締役に、お宅の管理者が怠慢とか無能だからを替えろというのは、チクるではなく正当な苦情というか提言だろう。
翌日、環境部に異動してきた3名を集めて、オリエンテーションである。吉井部長と山口も同席している。
異動してきたのは、いずれも20代後半、工場で環境部門にいて数年の実務経験はある。いずれも自信あふれるというか、自信過剰のように見える。
![]() | 山 口 | 大 谷 | ![]() | 排水処理施設の経験あり 水質2種保有 |
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![]() | 吉 井 部 長 | 山 本 | ![]() | 廃棄物処理を担当していた | |
![]() | 佐 川 | 佐 々 木 | ![]() | 工場の電気主任技術者 電検3種保有 |
最初に吉井部長から、会社の環境遵法と環境事故防止を一層向上したく、今後遵法監査を行う。その監査員になって欲しい。これから2か月教育する。リーダーに経験ある佐川に頼んだと語る。監査を10カ所位すれば、本社で工場の環境管理を指導する力量が付くだろう。 そんなことを話した。
佐川は大局的なこと、基本的なことから話を始めた。
「環境のお仕事というと最近流行りでカッコいいと思うかもしれませんが、環境部には華やかな仕事と地味な仕事があります。華やかな方は環境報告書とか広報ですね。地味な方は公害防止、廃棄物処理、省エネ、化学物質管理とか、ここにいる皆さん我々みな地味な方です。
華やかな方がカッコいいかもしれませんが、大事なのは守りです。
築城三年落城一日という諺もあります。年月をかけて築いたブランドも、問題を起こすと一瞬で終わりです。派手に宣伝していると余計に批判されます。
国防は最大の福祉というでしょう、それと同じく問題を起こさないこと、会社の基礎であり守りです。
ということを理解してもらって、皆さんに何をしてもらうのかというお話が本日のテーマです。
さて、我々は環境部の中で工場管理に関するお仕事を担当しています。お三方は今までの経験から、自分の専門でプロフェッショナルになれば良いと思っているかもしれません。しかし企業人としては、いつでもお互いに交代しても仕事ができるようになっていただきたい」
「あのう、よろしいですか?」
「どうぞ、どうぞ、講演じゃありません、気軽に発言してください」
「私は今まで排水処理を担当していました。それでレベルアップのために水質1種の資格を取ろうと考えています。しかし一人の人が水質だけでなく、大気、廃棄物、省エネ、騒音などまでできると思いません」
「皆さんは、ゆくゆく工場の管理課長になるでしょう。そのとき自分は排水処理の専門家だけど、廃棄物は知らないとか言えますか?
会社では自分の所属する部門の仕事は、担当外のこともある程度知っていて、仕事を手伝えるのは当然と考えられます。ですから公害防止管理者も水質1種だけと遠慮せずに、大気1種、騒音、振動も
でもそれだけでは足りません。エネルギー管理士はハードルが高いですが、水質とか大気を担当しているなら環境計量士を持っていても良いし、工場内の環境を考えるなら作業環境測定士もあって良い。危険物取扱者や毒劇物取扱者も必要なのです。法律をたくさん読むようになるでしょうから、行政書士などもお勧めです。
言いたいことはたくさん勉強してほしい。筋肉は裏切らないといいますが、勉強も裏切りません。
もちろん知識だけではだめです。頭でっかちで必要な時に使えないと意味がありません」
「皆、佐川を追い越すつもりでないと不味いぞ。こいつはお調子者のようだが、苦労人で真面目で努力家だ」
「吉井部長に褒められたのは初めてです。私は真面目な人間だそうですので、私を見習い追い越してくださいね。簡単ではないと思いますよ。
話を戻しますが、3人は工場の環境管理全般について、最低限のレベルになってほしい。佐々木さんと山本さんは、公害防止管理者水質1種を今年の秋受験して合格してください。
それから大谷さんは大気1種の他に振動か騒音も受験してください」
「えっ、二つ同時ですか! そりゃ無理です」
「そんなことない。大気1種、水質1種とも、合格するには3時間3か月の勉強が必要と言われています。試験日は9月末か10月初めですから、今からだと5カ月ある。十分合格できる。
「大谷さん、佐川さんはISO14001が始まる前に、3年間で公害防止管理者を全種目制覇しましたよ。
佐川さんは決してできないことは言いません」
「ええと廃棄物の国家試験というのはない。それで三人とお特管産廃の管理責任者の講習に行くこと。1日で資格がもらえる。
佐々木さんはとりあえず電検二種合格だな。あれに受験資格はなかったよね?
私は冗談も嘘も言わないから、今日からネットや本屋で調べて勉強開始すること。合格すれば報奨金がもらえる。それで受験料と受験の参考書代は回収できる。当社では資格手当はない。
それから本社のお仕事は工場や関連会社へのサービスの提供と統制だ。サービスの提供とは悩み事相談、問題発生時の指導、設備投資などの相談などです。
統制とは、監査もあるしルールに従って運用されるよう指導監督することです」
「具体的にはどういうことでしょうか?」
「明日、山本さんは朝早く出勤して、まだ誰もいないとしましょう。電話が鳴ったので受話器を取ると、どこかの工場の製造部長からで、
『昨日、配管が劣化し重油が約100リットル工場の外の用水路に流出した。
工場から10人ほど出して回収を終え、その後、下流の様子を調べたが被害は見当たらなかった。
本社に事故の届け出しなくて良いでしょうか?』
という相談だった。
山本さんが周りを見回しても相談できる人がいない。
さて、山本さんはどうしますか?」
「えっ、私が判断するのですか?
私は当分の間、所属は部長直下と聞いていますので、部長が来てから回答しますでは拙いですか?」
「佐々木さんはどうですか?」
「部長の携帯の番号にかけて伝達します」
「大谷さんは?」
「即答はできません。一旦電話を切って会社規則を調べます」
「山口さんはどうですか?」
「会社規則5213緊急事態規則に、そういった非常時の取り扱いが決まっています。また工場外への漏洩の場合、法で行政と消防への報告することになっています。
ですから回答として『行政報告をしていないのは問題である。今からでも早急に行政と消防署に報告すること、
次にそして漏洩した顛末と、行政報告と本社報告が1日遅れた理由を、事業本部と環境部に早急に報告すること』と回答します。
それから大至急、環境部長とその工場の事業本部の環境担当者に連絡し、相談の上その工場に出張することでしょう」
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漏洩したら、柄杓で汲み取るしか ない。いろいろな用具は開発され ているけど、原始的なのが確実LL |
「山口さん、良くできました。
大谷さんは筋が良いが、泥棒捕まえて縄をなっても間に合いません。問題が起きる前にして知っておく必要があります。
それと現実は回答するだけでなく、実施させなければなりません。工場に伝えれば即実行してもらえると思ってはいけない」
「ということは会社規則を、頭に入れておかないとならないわけですね?」
「会社規則だけでは足りません。この場合は水濁法、消防法も知っていなければなりません。
工場所在地の条例も知らないとなりませんが、そこまでは無理ですね。でも必要を感じたら、すぐに市町村条例を読みましょう」
注:自治体固有の条例を定めているところはあまりない。しかし都市部とか意識高いところでは『エッ』と驚くような定めのあるところもある。
「条例までとなると大変ですね。どうやって調べるのでしょう?」
「条例は政府機関が検索システムを作っていません。その代わり大学や財団法人などがデータベースを作っています
実際には当社の工場がある大都市だけ見ておけば間に合います」
「さっきの例は漏洩事故ですが、ばい煙の基準オーバーもあるし、廃棄物の違法処理もあるし、太陽光発電パネルからの反射熱が暑くて住民から苦情が来たのかもしれない。
知らなければならないことは多いです。ワクワクしませんか」
「ワクワクどころか、ゾッとしますね」
「佐川さんと一緒に仕事をすると、いろいろ教えてもらえて楽しいですよ」
「おいおい、佐川よ、お前はみんな知っているのか?」
「みな知っているわけはありません。しかし大抵のことなら、何を参照したらよいか、どこの窓口に問い合わせたら良いかは分かります」
「なるほど・・・・・・山口、お前も問題が起きれば、何を見たらよいか覚えているのか?」
「もちろんです。会社規則集は、ほとんど頭に入れています。法令
「そうなるまでに、どれくらいの時間がかかった?」
「私はISO認証のとき出張が多かったので、電車の中で法令は読みました。初めの頃は佐川さんと一緒でしたから、先生が脇にいるので助かりました。
会社規則は、工場で指導や監査するとき何度もめくりましたので、日常関わるのはどこに書いてあるのか覚えました。さきほどの漏洩事故の対応もそれで覚えました。
期間にすれば1年くらいですね」
「このメンバーは社内で勉強できるから2か月で頼むぞ」
「受験勉強と会社規則と法令か・・・・・・」
「山口さん、実際に先ほどのような電話を受けたことはありますか?」
「ありますかではなく、年に何回あるかですね。
佐川さんも受けますから、二人合わせると年10回はあると思いますよ」
「じゃあ、これからこの三人に電話を取ってもらおう」
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「現在、当社の遵法状況と事故のリスクの現実が見えてない状況だ。それで7月頃から遵法監査を行う予定です。
そのときまでに監査員が務まるようになって欲しい」
「ISO14001の監査員をしていました。任せてください」
「ISOの内部監査とかISOの審査レベルでは困る」
「ISOの内部監査はレベルが低いのですか?」
「目的が違うのです。ISO規格は、会社の仕組みが規格要求を満たせば、日々の運用で問題は是正・・・つまり再発を防げて、継続的改善が図れるだろうという考えです。
つまり違反とか事故のリスクを虱潰しに点検するのではないのです。
今、計画している遵法監査は、そうではなく、現時点の問題を見つけ出し、今ある異常を処置・・・つまり正常にしようという考えなのです。
それで先ほどの吉井部長の話に繋がりますが、マネジメントシステムの監査や審査は、大体のことを把握すれば役目は果たします。ISO審査のルールだって『抜取だから漏れることはある』と明言しています。
これからやろうとしている遵法監査は、漏れなく行うことが条件です。見逃しは責任問題です」
「吉井部長、遵法監査の必要性は分かります。でも、なぜ急にしようとなったのですか?」
「2年前の、総会屋騒ぎを覚えているか?」
「覚えています。当社は問題がなくて良かったですね」
「アホ、問題がなかったわけではない。
当社では、あの騒動が起きる前に、当社での不適切な運用を察知して外部から指摘される前に、秘密裏に調査を行い、違法を検出し、その是正をし、行政に自首したわけよ」
「そんなことあったのですか?」
「あったんだ。あのとき結果として経理部長と総務部長かな、懲戒解雇で執行猶予付きだったが懲役刑になった。
幸いというべきか、全国的な総会屋騒動の半年前だったから、マスコミ報道はされなかった。社員さえ知らないなら、まあ、よかったんじゃないかな。
という経験を踏まえて、ISO審査とか環境内部監査のようなオママゴトではない、真の監査を君たちにしてもらいたい」
「ISOはオママゴトか〜」
「荷が重いですね」
「ここにいる天才児、佐川の指導を受けられることを幸運と感謝すべきだな」
「私も佐川さんの指導を受けました。吉井部長の言葉は真実です」
本日の蛇足
会社内の面子の張り合い、好き嫌い、足の引っ張り合いを書いても面白くない、という声が聞こえる。
本当にそうですね。
でもね、それが会社の実態ですよ。ネットを彷徨うと、上司や同僚への恨み辛みが溢れています。愚痴をこぼさず、堂々とそれを会社で発言すれば良いのにね。
もし、佐山リーダーと吉井部長が、和気あいあいとタッグを組んで会社を良くしよう、儲かることをしようと励んだら現実離れし過ぎて面白くないですよ。
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注1 |
2000〜2004年の時期には環境に限らず、内容偽装とかリコールを報告していないとかの企業不祥事が相次いだ。消費者の疑念がマックスだった。![]() | |
注2 |
公害防止管理者の騒音と大気の資格が統合されたのは、2006年である。それまでは物別の資格だった。![]() | |
注3 |
自治体の漏れがなく、一番使い信頼できると思ったのは(一財)地方自治研究機構です。![]() | |
注4 |
法令とは普通、法律、施行令、省規則をいう。 人によって条例を入れる人もいるが普通は含まない。 ![]() |
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