注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
自席に戻った佐川は、今までの講習を振り返り、いろいろ考える。
彼にとって遵法監査など難しくもなんともない。まだ前世の2000年頃の環境法は覚えている。前世で扱っていた排水処理とかボイラーなど、主な管理ポイントも分かる。それに話すスキルは人並みだと思う。
それだけそろえば監査員としては十分だ。
では若手を監査員になるように教えるスキルはどうだろう?
自分は法律でもスキルでも、知識があり説明することはできる。だけど相手に学ぼうとする意欲を持たせられるだろうか?
そこんところは自信がない。というか問題がある。
山本と大谷は特に意識が高いとは思わないが、教えられたことを真剣に受け止め、その是非を考えていると思う。もちろん教師の教え全てを正しいと信じてもらう必要はないし、常に正否を吟味してもらうのは教師にとってありがたいことだ。
彼らには、環境法規制と環境設備について、関係する法規制と過去の事故事例、そこから演繹される点検項目を教えれば一通りはできるだろう。環境監査なんて、環境施設を運転するわけではない。管理ポイントをチェックするだけだ。漏れなくしっかりやるというのがミソだが。
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| 問題だなあ〜 | |
それから規格の文言を覚えても、現実への適用を考えることができない。文字通りの理解なので、規格で「環境目的」を作れとあると、会社に「環境目的」という名称のものがなければならないと考えている。
文字解釈と文字通りにしかイメージできないのは大きく違う。
監査については、ISO14001に基づく監査しかないという思い込みにも困る。
監査は依頼者が求めるものを調査するのである。
「環境遵法でなくシステムを監査すべきだ」など監査員が言う話ではない。今の彼は、どんな監査目的を指示されても、ISO規格の要求事項しか頭にないだろう。
要するに、知識が間違い、向学心なし、あげくに思い込みが激しく、良いところがない。何よりも問題なのは、今まで習ったこと覚えたことが正しく、それ以外は間違っているというスタンスだ。
彼と会ってまだ三日だが、考え方とか性格に難があり、それを矯正できそうにない。とてもひと月半で一人前にする自信はない。
他方、吉井部長には、7月から社内の事業所に対して環境遵法監査をすると約束している。
あとひと月半であの三人を使える監査員に育成するのに最大の問題は佐々木だ。
何を信じようとかまわないが、講義を止めて天動説を唱えられても困るのだ。講義は真理や深遠を探ることではなく、現世の法律を知ることと、過去の事故事例から現在の設備のリスクを評価する知識とテクニックを伝授することだ。それは至って具体的であり抽象的ではない。
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| 佐々木 |
ひとつの工場を一人で監査すれば大きな所なら1週間、1,000人規模の小さなところでも二日や三日はかかるだろう。自分を含め監査員が4人いれば、2チームでそれぞれ週に1カ所監査するとして、1年に100カ所、ほぼ社内の事業所と主たる関連会社を回ることができる。
週に3日しか監査をしないのかと言わないで。
監査前にその工場から提出された状況一覧表を眺めて、工場の概要、近隣の状況をつかみ、見たことのない設備があればその概要と法規制を調べるとか、現地の条例を一覧する、
そこが保有する設備で過去にどのような事故や違反が報道されたか、そんなことをすると二日くらいはかかる。
そして監査後の報告書は、ISO審査所見報告書のような軽いものではない。ボリュームとしては30ページくらいだが、遵法状況と設備のリスク点検結果の結論、その工場の弱み、問題点を証拠を付けてまとめなければならない。間違いあれば責任問題だ。
仕上げるのに2日はかかる。監査には監査部の人もいるし、監査員が複数のこともある。ドラフトができたら皆が確認して同意を得なければならない。
合計すると一週間は10日くらいないとつじつまが合わない。おっと休日はあるのか? 移動はどうする?
だが監査員が3人ならどうするか?
ひとつの案として、監査部の人も同行するというから、その人にも監査員として仕事してもらうことはできるか。あるいは佐々木の代わりを入れてもらうか。
山口を監査に使うというのもありだろうが、ISO認証は柳田企画にまだ完全に移管したわけではなく、手離れしていない。
柳田企画のメンバーを遵法監査にという発想もあるが、法規制や事故事例を頭に入れてないと監査をした意味がない。
あるいは山口を監査させて、佐々木は事務所で電話番というか、工場や関連会社からの連絡の仲介でもしてもらおうか。
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そんなことを考えていると、監査部の北川氏が佐川の席にやってきた。
内緒話と思い、空いていた小会議室に入ると、すぐに北川氏は要点に入る。
要は昨日と一昨日、監査部の北川氏と坂口氏が受けた感じから、佐々木は問題だから派遣者から外せということだ。
まあ、助っ人に来てもらいたくないというのは分かる。それこそ顧客要求だ。
佐川は、本人と話し合うから少し時間を頂きたいと言って帰ってもらった。
一対一で話すより、午後の講習で三人に約束してほしいという形で話そう。分かってくれなければそれまでだ。
午後になった。3回目の講習である。
今日は監査部から北川氏が来ている。佐川がどうするのかの監視か?
「今日は監査についてお話ししようと思います。いつ質問をしても結構です。ただ本題から離れるとか長くかかるようなものは別途、後でということもあります。
ええと昨日は、監査員は相手に分かるように話さなければならないと言いました。コミュニケーションとは意思疎通ですから当然です。
知り合いと道で出会ったとき「どちらまで?」と聞かれて、「ちょっとそこまで」と答えれば間に合います。返事せず頭を下げただけでも十分でしょう。
しかし監査はそのような軽いコミュニケーションでなく、質問を正しく理解してもらい、対応する回答が得られないとなりません。
本日は、それについて考えを深めたいと思います。
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まず監査とは監査依頼者から指示されたことについての調査です。今回は監査部の下での仕事ですから、監査部が決めたことの調査になります。
監査部が臨時監査を行う目的は『当社は法を守っているか』と『事故が起きる可能性はないか』の二つです。
該当する法とは、本来なら全分野の法令ですが、我々はそこまでは分からない。ですから最低限、環境法に関わる問題は確認します。
環境法といってもタイトルに環境と付いている法律ではありません。公害、省エネ、廃棄物、工場立地法、各種リサイクル法、その他にも残飯
「先日の環境監査の練習で、契約書などの点検を先日拝見しました。先日は印紙税法や暴力団排除条例のお話がありました(第120話)。あれは絶対に点検してほしい。
その他に見て欲しいものは下請法・・・あっ、廃棄物処理は対象外か
「まあ北川さんも環境法で知らないこともあるでしょう、多少はご容赦願います。
遵法点検と言ってもイメージできないかもしれない。例を挙げると、法律で定める届出、定期報告、定期点検、日常の測定記録、資格者の確保や届け出、現場では法で定める看板、標識、消火器、保護具、施錠などですね」
「私は廃棄物なら知っているつもりですが、それ以外は全然知らないです」
「私も排水以外知りません」
「各項目の点検すべきことは、これから追々説明しますから、心配しないで。
今はとにかく法律に関わることは、しっかり見ると覚えておいてください」
「法律をしっかり見るよりも、法律を守る仕組みを監査すべきではないですか?」
「確かにそれはあるね」
「ええと、忘れてならないのは、監査は依頼者から指示されたことを調べます。
今回、監査部からの依頼された臨時監査の目的は、法に関しては『当社は法を守っているか』であり、『法を守る仕組みがあるか』ではありません。
仕組みを確認するのも大事でしょうけど、今回の仕事はそうではない。そこをよく理解してください」
「しかしあるべき姿を考えると、『法を守る仕組みがあるか』を調べるべきです。私はそれを監査すべきと考えます」
佐川は北川がニヤリと笑ったように見えた。
ここで佐々木を説得できないと、佐々木は終わりか、いや自分も見切られるか・・・
「あなたは監査計画を計画し決定する人ではない。
客が赤色が欲しいというとき、自分は緑が好きだからと緑色を売りつけることはできない。
これは仕事です、遊びではない。法令と会社規則に反しない限り、上長の命令に従わなければならない。そうしないと懲戒の対象です。
知っていると思うが、たとえ上司が言ったよりもっと良い方法があると思っても、それを行うことは業務命令違反。
上長の命令に従って失敗しても上長の責任だ。同じく、上長の命令に従わず成功しても実行したものは責任を追及される。
就業規則を読んでいるでしょう
そもそも何のために今回監査するのかという目的を考えてほしい。コンプライアンスに厳しくなっている昨今の状況を鑑み、当社グループの法遵守を確認するためです。
今回見るのは法を守る仕組みの有無ではなく、法を守っているか否かです。
これは法を守る仕組みがあるかを見るよりも極めて難しい。仕組みを見るのは簡単だが、仕組みがあっても守らない人がいるからね」
そう言って佐川は、佐々木の顔を見つめる。
今、現在、佐川が語ることに反対すること自体、問題なのに気づかないのか、
早速、佐々木が口を開く。
「私は『法を守る仕組みがあるか』を監査すべきと提言します」
「意見は聞いた。却下だ。今回の監査はそうではない
法を守る仕組みがあっても、法違反があってはまずいのだ。
それから言っておく、質問はいくらしてもらっても良い。しかし一度発言して私が説明したことについては、二度と質問を受け付けない」
佐々木は面白くない顔をしたが、黙った。。
「では、次に進みます。
監査では監査範囲を明確にしなければならない。遵法監査においては被監査部門の管理下すべてが対象になる。言い換えると問題が起きたとき、当社の責になるものが対象だ。
単に職制の範囲ではなく、また物理的にロケーションが異なることもある。
例えば健保会館は会社に属するものではなく、独立した公法人である健康保険組合が所有して運営する施設です。
しかしそこで事故とか法違反があれば、会社の責任が問われる。そこまでいかなくても近隣の苦情は会社にくる。
また工場では、大手顧客の所在地近くに顧客対応の駐在事務所があったり、社外に倉庫を借りていたり、山奥に試験場があったりする。
そんなところでも法に関わることは多々ある。不用品などを屋外に溜め込んでおくと不法投棄とみなされる
ISO認証範囲はある程度自由に決められるから、そういう所を除くことが多い。しかし今回は遵法監査だから、漏れなく監査する。もちろん同時に行うということでなく、改めて別の機会に実施することもあるだろう」
「私はどの工場が工場外にそういう施設を持っているか知りません。どうすれば良いのでしょう?」
「心配することはありません。なにも全てを皆さんがしなければならないわけではありません。
例えば工場に対する監査実施通知は監査部長から各事業本部長に出されます。それによって各事業本部では工場に通知し、日程を調整して監査部に回答します。監査部は全体の調整後に決定し、環境部に実施依頼を出します。
監査を行うひと月くらい前に、監査事務局が監査を受ける工場や支社と詳細の調整をする他、今言った監査の範囲を調べて決定します。そのとき監査の範囲の環境施設とか主な数値、例えば電力量とか保管量、排出量などについて事前に提出してもらいます。
工場からの情報を入手したら監査員に渡しますから、予習をしてもらいます。
もちろん皆さんも、監査に行く工場の状況をGoogle mapとかウェブサイトで付近の状況も見て、どんなことが問題になりそうか考えておく必要があります。
余談ですが、私はいつも監査当日は現地に1時間前に着くようにしています。
そして工場に入る前に、工場外周を道に沿って一回りして、民家との距離とか、工場の騒音や臭気、植栽の枯葉の影響、夜間の照明がまぶしくないか等を見ます。
テニスコートなど、夜間はまぶしいとかプレイ中の掛け声やボールの音が聞こえるか観察してます」
注:この物語の2000年前後が公害苦情に変化があった時代だ。
従来の工場からの騒音、振動、大気汚染というタイプから、問題の起因が一般民家、ゲームセンターなどに変化した。大気汚染が1999に急上昇したのはダイオキシン問題である。
地域限定だが、風力発電の騒音、低周波問題がある。東京のオフィス街で小さな風力発電をつけたが、騒音で撤去したこともある。
この物語より10年後に増えたのは民家に設置された太陽光パネルからの反射光や反射熱問題である。また大規模な太陽光パネル設置による土砂崩れなども起きるようになったが、これは公害とは呼ばれていないようだ。
・公害苦情推移・生活環境苦情推移
「まさに三現主義、さすがですな」
「ひとつの工場を、どれくらい時間をかけて監査するのですか?」
「まだ細かいところまで詰めてませんが、排水処理やボイラーが複数あると、40時間はかかるでしょうね。
初日は挨拶・打ち合わせがありますので、朝一開始は無理ですし、二人かかりで3日でしょうか。一人なら一週間でも厳しいでしょうね」
注:ISO審査の工数は、JABの規則にあるが元はIAFのルールだ。
それを見ると所要時間は対数曲線のように、審査組織の人数が10倍になっても審査工数は2倍か3倍だ。それはとりもなおさず、抜取数が少ないということだ。
遵法監査なら、組織の性格が同じなら人員数にリニアで増加すると思う。チェックする記録や証拠が人員にリニアで増えるなら、チェックする時間もリニアで増えないとおかしい。
AQLも決めていない 非 統計的抜取では、そもそも品質保証には使えないのではないか。
「流れとしては到着したら、まずオープニングミーティングで監査受ける側と監査側の挨拶と監査の方法などを説明します。出席は工場長、各部長、監査を受ける部門、監査員全員です。
監査主体は監査部ですから、監査部から実施の目的、実施方法、出すべき結論などの説明をします。対して工場側は、工場の概要、製造品目、仕事の内容、保有する設備、環境施設などの説明となります。それから監査の予定を確認して終了、1時間以内でしょう。
それから工場巡回、特に環境施設、受電、ボイラー、排水処理、危険物保管、毒劇物保管、廃棄物などを見ます。
これは工場の様子を知るためなので、個々の監査に入ったら看板や施錠確認などは、改めて現地確認を行ってください。巡回時に確認できたならそれでも良い。
最終日は半日くらい前から監査員内部で不具合のまとめと確認、書類作成を行います。その後、先方の部長クラスと問題点の確認をして同意をもらい、確認が取れたなら開始時のメンバーを集めてクロージングミーティングで報告して終わりです。
なお、接待はなし、お誘いあればお断りしてください。社内だからこそ、しっかりケジメを付けてください」
「ISO審査と同じく、環境マニュアルを出してもらえるのでしょうか?」
「マニュアルは作りません」
「それじゃあ無理ですよ。環境マニュアルなしで、審査なんてできません。
ISO審査員だってマニュアルがなければ審査できませんよ」
「そもそもISO14001には環境マニュアルの要求はありません。実際に外資系認証機関にはマニュアル提出不要と言っているところもあります。
私もマニュアルなどなくても監査する自信があります」
「ISO9001の初版は品質マニュアルの要求はありませんでした。それが1994年改定でマニュアルが要求事項に載りました。これはとりもなおさず、マニュアルがないと審査ができないという証拠です」
「佐々木さん以外の方へのお願いというか、お詫びですが、これをはっきりさせないと講習を進められません。
ちょっとわき道にそれますがご了承ください」
「ああ、大いにやってくれ。ワシも興味を持った。監査とは何かを、この3人に理解してもらわないと、ワシは環境部に依頼できないと判断させてもらう」
「それじゃ、まずなぜISO9001の要求にマニュアルが加わったかについて考えましょう
品質保証が考えられたのは、第二次世界大戦下のイギリスでした。爆弾の不発が多いという問題があり、検査だけでなく加工工程の標準を決めてその通り仕事をする、記録を残すという方法を取ったのです。
戦争が終わり、鉄道、航空機、電子機器など、不具合があれば損害が大きなものでは、信頼性を上げるために品質保証を行うことが多くなった。日本でも防衛はもちろん原発、国鉄やNTTなどですね。この当時は皆BtoBだった。だから品質保証を要求できたということですね。
やがて大手企業は、高い信頼性を必要としない通常の製品にも品質保証協定を要求するようになった。
当たり前ですが、品質保証で要求する内容は、購入する企業によって異なりました。製品が異なれば管理項目も管理の細かさも違うのは当然です。
その結果、複数の顧客を持つ部品メーカーや下請け企業は、客先によって品質保証要求事項が異なるのに困った。
工業発展の必要条件は標準化です。品質保証要求事項を標準化しようとして作られたのがISO9001:1987です。
このときISO9001の使い方は二者間の取引に使うという想定でした。だから1997年版の規格には、この規格をそのままではなく、企業によって修正(tailoring)して使えと明記してあった。
しかしISO9001を使った第三者認証というビジネスモデルが考えられた。取引前にISO9001認証していれば客に売り込む際にメリットになると認証を売り込んだ。
そのため品質保証の要求は同じでなければならない、それで要求事項の修正ができなくなった。
そうすると便利なこともある。規格要求は完全に共通だから、どの会社でも同じように審査ができる。更に品質マニュアルを作らせれば審査は楽にできる。
でも楽になったのは審査員だけで、企業の仕事は増えた。マニュアルを作るのに30〜100時間はかかるでしょう。社外流出費用ではないとしても30〜100万円もかける価値がありますか。外資系認証機関だと翻訳料に40万くらいかかりますよ。
ISO9001が多数の文書記録を要求したために、企業側から金も手間もかかると、大きな苦情があった。
当時作成中だったISO14001は、それを反映し文書を必要最低限にしようと、要求事項から文書記録を大幅に減らした。その際、環境マニュアルも要求事項から省かれた。
佐々木さん、ここまでの話は理解されましたか?」
「はい、知っています」
「ならばマニュアルがなくても審査はできますね。
マニュアルは審査を楽にするためのものであったのですから。力量のある審査員に、マニュアルは不要です」
「でも現実に認証機関はISO14001でもマニュアルを要求していますよ」
「ISO14001規格は要求していません。要求しているのは認証機関です。正確に言えば要求している認証機関もあるけど、要求しない認証機関もある。要求事項じゃないからね」
「じゃあ、私が審査を受けた認証機関が、環境マニュアルを要求したのはどうしてですか?」
「審査を依頼するとき審査依頼の契約を結びます。その契約書の中で環境マニュアルを作ることを求めているのです。民民の契約で要求しているだけですよ。
契約するとなると、社名だけ空欄の出来合いの契約書が来ます。マニュアルを作るのが嫌なら、契約書を直せと言っても良いのです。向うが嫌だというなら認証機関を替えれば良い。
質の良い認証機関は審査費用が高いかもしれないけど、先ほど言ったようにマニュアルだってタダでできるわけじゃない。100時間で100万円かかるなら、審査費用が100万高くても同じです。まさか審査料金が100万も変わらないよ。違っても3割でしょう。
ということでかなりの数の認証機関は、審査員の力量がないのか、審査が楽で良いのか、わざわざ環境マニュアルを作らせているわけです。
ここでやっと佐々木さんの質問に、答えることができるようになったわけだ。
佐々木さんは『ISO審査員だってマニュアルがなければ審査できない』と語った。その回答は『できる』ということに納得されますね。
社内の内部監査でマニュアルを作らせた方が良いかという問いは、どうだろう?」
「発言してよろしいですか?」
「どうぞ」
「内部監査でもマニュアルがあれば、監査が楽に早くできると思うので、あった方が良いと思います」
「それは工場の負荷と審査の負荷の総合的な判断になります。
監査が楽になるとして何時間でしょうか? まさか40時間の監査で30時間短くなるはずはありません。自分が数時間楽になるために監査を受ける側に30時間以上費やせというのはあり得ない。
私は、自分が楽をしたいからお前がその10倍も苦労しろとは口が裂けても言えませんね。
それに社内の監査だから、我々は会社の仕組みを知っている・・・言ってなかったかな、いや数日前に話したはずだな、環境部に来たら会社規則を徹底的に読んでおくように言ったはずだ
「その話しっかり覚えています。私は環境関連と緊急事態関連の会社規則をコピーして暇があれば読んでいます」
「会社規則のコピーは、いけないんじゃなかった?」
「えっ、そうなの、まずかったか」
「会社規則のコピーは禁じられていない。ただ社外持ち出しは禁止されている。それとコピーしたものを、仕事に使うことは禁止されている。
要するに社外漏洩防止と、バージョンの古いもので仕事をさせないためだ。
しかしコピーして社内で自分の勉強に使うことは違反ではない」
「安心しました。これからも励みます」
「ええと、これまでの話でマニュアルがなくても監査ができることを納得されましたか?
佐々木さん」
「分かりました。ただ相当レベルの高い人でないと監査できませんね」
「だから今ここで講習しているじゃないですか。私は一人前でない人に仕事をさせるつもりはありません。
昨日と一昨日は廃棄物の書類でした。今日は監査の方法論を語ろうとしましたが、そこまでいかず、監査とはなにかの再確認で終わりそうです。
でも無駄ではなかったと思います。疑問とか不確かなことを残したままで進んで、勘違いを残してはいけませんからね」
「質問です。そうすると環境部の内部監査は、ISO14001の内部監査とは全く無関係なのですか?」
「監査目的も、監査項目も違う。でも監査の手法は同じだ。ISOの内部監査ができる人は、遵法監査だってできるはずだ。まあそんなとこでしょう」
「しかしマニュアルがなくて監査がものすごく難しいと思います。
それに気になるのは、監査で使う用語です。工場側が理解できるように、監査員は質問するのが大変だと思います」
「監査のしやすさ・難しさを監査性(auditability)と言います。
マニュアルがあれば楽だし、用語を決めておけば楽だ、それはそのとおりだけど、監査員を名乗るなら手ぶらで事前資料なしでできなくちゃいかんでしょう。
特にISO審査なんて、見る範囲は限定されているわけだし、審査結果に責任を負うわけでもない。
本来なら認証機関は、審査を誰でも受けられるように手間がかからないようにするのが正道。企業にマニュアル作りを要求するなんて外道でしょう。ましてや企業にISO用語を使えとか、金を払う人に失礼千万だ」
注:上記の「審査結果に責任を負うわけでもない」という文章を読んで、怒り狂った審査員がいるかもしれない。
是非とも怒り狂うくらい真剣な審査をお願いしたい。
私の現役時代のこと、環境監査で廃棄物処理委託契約書の収入印紙金額の間違いを見逃して、監査部のエライサンに叱られた。
見逃し(というかチェックしてなかった)は悪いけど、環境監査なのだから見逃すのは多少、酌量してほしい。
ともあれ、そのおかげでそれ以降、収入印紙の金額は徹底的に見るようになった。本来のチェックも、もちろんしたよ。
そういう経験をしていると、認証を受けた企業の不祥事発覚を、審査のとき嘘をつかれたで済ませられる認証機関は楽だと思う。
・・久しぶりに登場の山口さんだよ
「現実のISO審査では、従業員がISO用語を知らないとか、マニュアルを従業員が読んでないと不適合を出す審査員は多いのですよ。
でも従業員はISO用語を覚える義務もなく、マニュアルを読む義務もありません。
ISO9001でもISO14001でも、そういう不適合が出されると・・・・・・佐川さんは認証機関に行って不適合が誤りだから取り下げるよう交渉してきたのです
ISO14001のときは審査が始まる前に、当社が加盟している工業会が審査を依頼する予定の認証機関を集めて、工業会の考えを知らしめて、それを基に審査するよう要請した
それでも改善されませんね」
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「認証機関を集めたのですか?
「そうです。14社だったと思う。私はそのとき司会をしました。
そこまでしても工業会というか当社の考えを理解しない認証機関もあって困っています。はっきり言ってレベルが低い。
最近は対応策として、おかしなこと言う認証機関は転注することにしました。実際に転注した工場がいくつかあります
「へぇー、すごい」
「私たち顧客から見れば認証機関も審査員も、顧客でもなく目上でもなく、単なる業者に過ぎない。良いサービスつまり良い審査をしないなら、別の業者に切り替えるのは当然だ。
悪い業者を使い続けることは無駄な支出を続けることで、就業規則で懲戒に当たります」
「さすが、社員の鑑だ。今まで上から目線で話して済まなかった」
「ISO用語を使えと言われた事例を教えてもらえますか?」
「沢山ありますが、最近では予防処置の呼び名でもめたことがあります。
当社では是正処置規定の中で、予防処置を決めています。
ところが予防処置と是正処置とは別物だから、予防処置については別に予防処置規定を作らないとダメと言われました」
注:もちろん実話である。
「バカバカしい話だな。そういうのを聞くとISO認証を止めろと言いたい」
「私もそう思います。第三者認証ビジネスなんて実のない虚像ですよ。
その労力とお金を、真に遵法と汚染の予防に使うべきです。
『法を守る仕組みがあるか』より『法を守っているか』が大事です。それを理解できないのではダメです」
注:もちろん法を守る仕組みは必要だ。
だがISO用語を覚えるとか監査性を良くすることが審査を楽にするのは明白だが、法を守ることに繋がらないのも明白だ。
ISO14001の意図である「遵法と汚染の予防」の実現に、現行の審査が寄与することを証明してほしい。
その日の夕方、
佐々木は自分の出身工場が所属する事業本部を訪ねた。
事業本部の環境担当者の石原氏に相談したいという。
ここは小さな会議室だ。
会社によって違うだろうが、現在は事業部制の会社が多い。ひとつの事業本部には複数の工場や研究所がぶら下がっている。
事業本部はひとつの会社のようなものだから、会社の本社機能、つまり経理、購買、品質、環境といったものの監督機能も持っている。ただ傘下の工場の環境管理の監督といっても、本社の環境部のような大規模なものではなく、担当者がひとりである。
通常はその担当者が事業本部内の環境に関わることを一手に引き受けて、活動の指示・とりまとめをしている。
傘下の工場で一旦事あれば、基本的にその人が中心となって対応する。本社環境部はその支援だ。
「おお、どうした。仕事は順調か?
工場から本社に来た佐々木君はエリートコースだぞ。頑張れよ。
それにしては元気のない顔をしているな、本社に来て早々に何か心配事でもあるのか?」
「正直言いまして、全く自信をなくしてしまいました。
こんなこと言うのはなんですが、工場に戻してもらえないでしょうか」
「おいおい、どうしたのよ。そんな弱気になってさ」
「私はISOのプロのつもりでしたが、環境部にはとんでもない人がいます。審査員の間違いを指摘して判定を覆すとか、認証機関を呼び集めてこちらの解釈で審査するように言ったりしたそうです。
私がISO審査員の5日間研修を受けて、すごいだろうなんて思っていたのは井の中の蛙でした。
とても皆に付いていけないので、工場に戻して欲しいのです」
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「確か昨今、社会がコンプライアンスに厳しくなったから、社内の遵法監査をするという通知があったな。
環境部門はまだ歴史が浅いから、今回の一件を躍進のチャンスと張り切っているのだろう。
佐々木君の上司というと佐川さんか、彼はISOでは社内外で有名な人だ。君のような経歴なら、彼に師事すれば非常に良い経験になるだろう。
研修がそれほど厳しいのか?
それなら、佐川さんにお手柔らかにと頼もうか。ともなく、これは一生に一度の機会だぞ。これを手放してはいけないよ」
本日の遠い思い出
私は1949年生まれだ。私が高校に入った頃の高校進学率は、全国では55%ほどだったが、田舎ではそれより遥かに低く、私の中学の同級生の6割は就職した。そして私が高卒で就職したとき、同期入社の半分以上は中卒だった。
中卒でも優秀な人はいる。会社もそういう人を把握していて、20代後半あたりで選ばれて、集合教育を受けて30代で係長、40過ぎると課長になる人もいた。
だけど選抜されたものの全社から集まった研修機関にいけば、ついていけない人も出る。教師に励まされて頑張る人もいたし、棄権する人もいた。
問題は断りなしに姿を消してしまう人だ。
もちろん蒸発するのではなく、田舎の自宅に帰ってきて、引きこもるのが相場だ。年齢的に結婚しているから、だいたい奥さんから会社に連絡が入る。
会社も一応勉強を頑張れというが、多くは元の職場に戻って一件落着なんてことになる。
本人も大変だったろうが、周りの人も心配した。
そんな人は毎年いたようで、人事の人は気にもしなかった。
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| 注1 |
残飯をそのままは売れないと思う。たい肥にした場合有機質肥料となり肥料取締法の届出が必要だったはず。 | |
| 注2 |
似たような名前が多いので解説する。
・参考資料 「毒物劇物安全管理ガイド」 | |
| 注3 |
廃棄物処理業と廃棄物収集運搬業は「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」の対象外である。 | |
| 注4 |
厚労省 「モデル就業規則」第53条 『当社従業員は、職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行するとともに、会社の指示命令に従い、職務能率の向上及び職場秩序の維持に努めなければならない。』 | |
| 注5 |
該非の判断は個々にされるだろうが、屋外に長期間放置されていれば不法投棄とみなされる。また衛生上や見た目で、近隣から苦情があれば不法投棄とみなされる。
昔は農家の庭や林に錆びた廃車を置いて(捨てて)いるのを見かけた。いやテレビや洗濯機、冷蔵庫もそんな風にしていた。今なら不法投棄で間違いなくしょっ引かれる。自動車リサイクル法は2002年制定2005年施行であった。そんな昔じゃない。 「不法投棄は罰金1千万」なんて看板をあちこちで見かける。あれは嘘ではない。もっとも最高額1,000万の罰金が科せられたことはないと思う。私が知っている最高額は略式起訴の100万円だった。 ほとんどは早急な撤去、後始末をすれば、罰金なしで終わりだ。 | |
| 注6 |
ISO9001:1994では4.2.1に 「供給者は、この規格の要求事項をカバーする品質マニュアルを作成すること。品質マニュアルには品質システムの手順を含めるか、又はその手順を引用し、品質システムで使用する文書の体系の概要を記述すること」 が追加された。 その後もISO9001は改訂されたが、マニュアル要求はしぶとく残り、21年後の2015年版でマニュアルの作成要求はなくなった。 |
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