タイムスリップ133 吉宗運輸1

25.12.18

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。




2000年3月 吉井部長から指示された仕事は、つぎのようなものであった。
吉宗運輸がISO認証したいが、認証機関から土壌汚染があれば審査契約を受け付けないと言われた。
「認証機関と話を付けろ」というのが吉井部長の指示だ。

佐川は仕事が早い。仕掛かりを持たないのだ。吉井部長から言われて、すぐにどうするか考えた。
ともかく、話を聞かないとどうにもならない。

佐川も、もう担当者じゃない、人を動かして仕事をしなければならない。
山口も一人前だ。こんな問題を一人でハンドリングできないでは困る。とは言え、ひとりでもなんだろうから佐々木を付けよう。佐々木の勉強にもなるだろう。紛失PCB機器捜索(第132話)で仲良くなっただろう。
そう判断すると、佐川は山口を小会議室に呼ぶ。


佐川真一 「山口さん新たな仕事を頼む。そんな面倒なことじゃない」

山口 「どんなことでしょう?」

佐川真一 「当社の関連会社の吉宗運輸って知ってるよね」

山口 「もちろんです。吉宗運輸と言えば、以前ISO9001の認証をしたいという話がありました。もう2年位前になりますか、柳田企画の佐々木さん(第47話)から頼まれて、同行しました。
結局、仕事の7割が当社なので、認証は必要ないと説明して納得してもらいました。佐々木さんは仕事にならず残念だったようです」

佐川真一 「なるほど、そういうことがあったの。最近はISO認証を要求されてなくても、認証するのが流行りだね」

山口 「まったくお金の無駄使いですよ。そもそもISO9001は品質保証が目的で、しかも二者間取引用です。
打ち合わせ ところが二者間取引だけではパイが小さい。大きなマーケットを目指して、ISO9001は会社を良くするとか、受動的な消極的認証から能動的な積極的認証なんて騙っていますね。

ましてやISO14001は品質保証と違い、直接の効用は望めないです。どこもアクセサリーと思って認証しているのでしょう。
認証機関やコンサルから見れば、認証ビジネスが広まらないと困るのは分かりますが」


注:ISO14001が他社に差をつける武器(?)になると思われたのは20世紀だけだ。20世紀末に環境レポートなんてのが流行になり、そこにISO14001認証と書くのが最低限と思われたときがある。

大手レベルのほとんどがISO認証すると、差別化にならない。今度はグリーン調達が流行り、取引先にISO14001認証を求めるようになる。
ところが2003年に、ISO認証を求めると独禁法違反(注1)になるとされ、「ISO14001認証又は同等のマネジメントシステムを構築すること」と表現が変わった。

ところがところが、2006年に欧州でRoHS規制(注2)が始まると、ISO14001とかマネジメントシステムのような高尚な(形だけ)ことは意味がなく、ULのような即物的な要求となり、グリーン調達は形式でなく実質となった(注3)
それは消費者にとっては意味のあることだが、ISO認証ビジネスにとっては大いにうれしくないことだろう。


佐川真一 「単なる銭儲けを取り繕ってもしょうがないだろうに。必要ないビジネスなら存在することもない。
ともあれ吉宗運輸がISO14001認証しようと相談に行ったら、土壌汚染した土地を持っているから認証できないと言われたそうだ。
で、吉宗運輸としては認証したいので話を付けて欲しいということだ」

山口 「それが私のタスクですね」

佐川真一 「そうだ。佐々木さんを連れて行って、環境部の仕事の経験を積ませてほしい。
彼も最近はいろいろ考えているようだ。公害防止管理者も合格したことだし、実務をさせたい」

山口 「了解しました。
ええと、認証機関はどこですか?」

佐川真一 「腹黒認証っていうのだが、ウチで認証を受けているところはないかな。
あの業界では、そこが多いらしい」

山口 「腹黒認証ですか‥‥ISO研究会でA社の大河原さんとリーダーの田中さんとで訪問したことがありました(第82話)。
佐々木部長という方が対面でした。2年前ですが、まだ現役ですかね?」

佐川真一 「さあ‥‥どこでも出向元から次々と後任者が送られれてくるから、長くいるとは思わないな。
ところで、どんな用件だったの?」

山口 「マニュアルに規格の絵がないとか、マニュアルを従業員教育に使っていないとか、くだらないことばかりで、すべて不適合を抹消してもらいました。佐々木部長がまだいたら話が早いと思いました。
ともかく、まずは吉宗運輸に行って経緯のヒアリングから始めましょう」




数日後、山口と佐々木が吉宗運輸を訪ねる。都内だから地下鉄で30分だ。
ISO担当の高山課長が相手である。部下らしい片山さんという女性が一緒だ。
高山課長が経緯を話す。


佐々木 佐々木高山課長 高山課長
山口 山口片山 片山

高山課長 「まず社長がこの界隈の同業者の集まりに行って、何社もISO14001の認証をしたという話を聞いたからです。そこではISO14001の認証をすると、お金が儲かるという話でもちきりだったそうです。
帰ってくるとすぐにISO14001認証するぞと言い出しました。ウチの社長はお宅から来た方で、流行に乗りやすい人ですね。

というわけでISO認証を、業務部の私にやれとなったわけです。
私は何も分からないので、同業他社に行っていろいろ聞いてきました。まずISOコンサルなる者と契約しないとまずだめらしいです。コンサルが既に認証した会社の文書や記録を提供してくれるので、それを自社に合わせて修正すれば半年で十分認証できるそうです。
そこでどんなコンサルが良いか聞いたのですが、今はISO14001認証が大流行でなかなか頼むのも難しいそうです。

社長から吉宗グループにも柳田企画というコンサルがあると聞き、佐々木さんに来てもらいました。すぐに二人で腹黒を訪問して手続きを聞き、資料を揃えて訪ねました。当社の説明をしたら、保有している土地に土壌汚染があることから、認証が難しいと難色を示されて困っています」

山口 「他の認証機関でも良いのでしょうか?」

高山課長 「知る限り、腹黒がデフォルト状況なので、腹黒が良いですね。ホントを言えば他にどんな認証機関があるかも知らないのです」

山口 「ええと、お宅の要望を確認したいのですが・・・・・
ISO14001認証は認証しなければならないのですか?」

高山課長 「社長が言い出したことですし、費用的には数百万ならどうともなります」

山口 「吉宗機械では工場は全部認証しましたが、はっきり言って認証の効果がなくて困っている状況です。まだ認証して3年程度ですが、2回目の更新審査では返上、つまり認証を止めるところが出てくるでしょう。
そういう状況を見ると、御社で認証が必須ではありません。認証には大金がかかります。初回だけでなく、それ以降ずっとお金がかかるわけです」

高山課長 「ともかく認証するという前提で考えてください」

山口 「了解しました。
次は認証機関ですが、今の日本には40以上あると思います。腹黒でなくても良いのかどうか、そこはどうでしょうか?」

片山 「どの認証機関でも値打ちは同じですか?」

山口 「そういうことになっています、しかし、現実は認証機関によってブランド価値は違いますね」

高山課長 「腹黒はトップクラスなのでしょう?」

山口 「いえ、その逆で最低ランクだと思いますよ」

高山課長えっ、そうなのですか!

山口 「それに、一般に知られておらず、知名度が低いです」

高山課長 「審査費用とブランドイメージは比例するのでしょうかs?」

山口 「そうでもないです。やはりイギリスの認証機関はブランドです。認定機関も👑王冠マークで、だれでも知っています。
日系の🗻認証機関の認証も同じ価値ということになっていますが、国際的には無名ですし、特に腹黒は国内でも知られていません。

私としては認証するなら、審査費用も高くない、それなりに名が通っている他のところが良いかと思います」

高山課長 「同業他社がほとんど腹黒なので、社長はそこが良いとお考えです」

山口 「業界系というなら吉宗機械が入っている業界系認証機関もありますよ。吉宗機械の工場の9割はそこです。顧客から認証機関を指定されて商売上そちらにした工場もありますが」

片山 「高山課長、腹黒に拘ることもないんじゃないですか」

高山課長 「まあ、腹黒が受けてくれないなら、そうなるだろうなあ〜」

山口 「まとめますと、認証範囲は本社と、先ほどおっしゃった事業所約50カ所ですね。
要は腹黒と土壌汚染について上手く話しを付けて、認証契約できるようにするということですか」

高山課長 「よろしくお願いします」

片山 「高山課長、腹黒があまり評判が良くないなら、替えませんか。
そもそも審査料金も割高で価格も問題、評判も良くないのではしょうがありません。
根本的に腹黒は土地の問題でダメなら進めようがありません」

山口 「いずれにしても200万からの買い物ですから、複数見積もりを取るのは常識でしょう」

高山課長 「相見積もりを取っても問題はないのですか? 認証機関が気を悪くするとか?」

山口 「ご冗談を、なによりも三つ四つの見積もりを添えないと、稟議に上げられませんよ」


注:20世紀は、ISO審査で相見積自体が、失礼だという認識があった。
また見積を出されて値引き交渉などしようものなら、認証機関の営業からお叱りを受けたこともある。なんで客が叱られなきゃならんのですか?
まさに殿様商売である。

21世紀になると、相見積も値引き交渉も当たり前になった。2000年頃に売り手市場から買い手市場に変わり、認証ビジネスも競争が激しくなったということだろう。

山口 「ご依頼の要点ですが、会社保有の土地に土壌汚染や地下水汚染があれば、審査契約をしないと言われたのですか?」

高山課長 「ちょっとニュアンスが違います。言われたことをそのまま言いますと、
『昨今、ISO14001認証後に、土壌汚染や地下水汚染が発覚して問題になり、自主的な認証辞退とか、認証機関が認証停止・取消することも起きている。
御社が・・・つまり当社が・・・保有している土地が土壌汚染されているのが既知であることから、他社の事例から考えると、そこが認証範囲外であっても問題となる。
よってその土地の浄化計画を立て実行することと、それ以外の認証範囲外の土地についても汚染状況を調査しておくことが認証契約する前提である』

そうだったね片山さん?」

片山 「ハイ、そうです」

山口 「なるほど、それなら特段法的に問題にはなりそうないですね。表現としては事前にアドバイスしただけという形か。本音は門前払いしたいのかもしれないけど、表現は後で問題が起きればお宅が困るでしょうと心配しているわけだ。

ところでお宅さんは見積もりをもらってないのでしょうけど、同業他社さんの見積もりは入手していますか?」

高山課長 「はい、3社から見積書を見せてもらいました。同業と言ってもみな親会社専属の製品輸送です。ビジネスで競争しているわけじゃないので、そういうことはお互い助け合いです」
指でさす


片山がファイルを開いて指し示す。


佐々木 「うわー、だいぶお高いですね」

山口 「1人工(1人1日の手間賃)で15万か、安くはないね」


注:2000年頃は1人工大体13万くらいだった。記憶にある一番高いのは17万だったと思う。
なにしろ当時は売り手市場だった。その後ノンジャブの躍進があり価格破壊となる。


高山課長 「相場はどのへんですか?」

山口 「私の知っているのは最高17万だったかな。そこは審査も一番と言われている。
普通は、まあ、12〜13万程度じゃないかな。15万は高めですね。
お宅の規模なら2人で3日として90万くらいですか?」

高山課長 「いや、本社だけでなく営業所や倉庫が50カ所近くありまして、初回は抜取で15カ所くらい見るそうで、4人で4日と言われました。
それで移動時間も費用もかかるんですよ」

佐々木 「それじゃ240万ですか」

片山 「実際には旅費と宿泊込みで280万程度と口頭で言われています」

山口 「50カ所以外に保有している不動産はどれくらいあります?」

高山課長 「問題になった山林の他に、健保会館とか寮・社宅を含めると10数か所ありますね。

これらの土壌汚染の調査なんて大変ですよ。現在倉庫であっても、当社が買収する前は工場跡地だったとこが多く、汚染があるかもしれませんね。例の山林の調査でも、三桁に及ぶ大金がかかりました。全部やったら億行くんじゃないですか?

状況を把握するだけでそれですから、浄化なんていくらになるか、それに要する期間も下手すれば10年、あるいはそれ以上でしょう」

片山 「浄化が完了すれば土地は売れるでしょうけど」

高山課長 「土地が売れても浄化代が回収できるとは思えないよ。と言いつつ、浄化しても使い道がないなら、売るしかないのか。
バブル時代にあんな土地を買った当時のエライサンを恨むよ」


突然、ドアが相手年配の男性が入ってきた。

高山と片岡が立ち上がる。
山口が入ってきた人を見る。


藤田社長
藤田社長

藤田社長 「社長の藤田です。吉宗機械の方が、ISO認証を手伝ってくれると聞いて顔を出しました」


それを聞いて、山口と佐々木が立ち上がり、挨拶をする。
売上が数百億の企業の社長にしては社長らしくない人だと見受けた。


藤田社長 「世の中、環境の時代ですから、ISO14001認証を今年の目標に掲げました。関連会社の中で製造業では認証が進んでいますが、非製造ではトップになれるかもしれませんね」

山口 「認証は目的でなく手段です。社長はISO認証することで、何を狙っているのでしょう?」

藤田社長 「同業他社の話では、認証によって売上増、利益増が期待できると聞きます」

山口 「ネガティブなことを言いたくありませんが、ISO認証すれば儲かることはありません。それをうまく使えば効果があるということでしょうね。言い換えるとISO認証せずとも同じ効果は出せるでしょう」

藤田社長 「ほう、例えば?」

山口 「ISO認証して、儲かったとか無駄が減ったという話はよく聞きます。どんなことで儲かったのか、無駄が減ったのかと聞きました。
するとコピー枚数を減らしたとか、無駄な照明を消して電気代が減ったとか、安全運転でガソリン使用量が減ったとか説明がありました。

それってISOと無関係で、当たり前のことですよね。御社では何百台ものトラックが走っているでしょうけど、今はGPSで管理しているでしょう」

藤田社長 「ウチはそこまで行ってないよ。まだ、そういうのは大手だけだよ(注4)
それで話は?」

山口 「そういう仕組みによって、安全運転の監視とか省エネ運転の状況が把握できるでしょう。
ISO14001はそういうものと違って、ハードでもなくソフトでもありません。単なる仕組み、システムです。システムと言っても情報システムのように形あるものではなく、運用する組織とか仕事の手順です。

例えば先ほどのコピー枚数を減らす運動は、形がなくても始められます。ただそれを組織だって、コピーする基準とか、ミスしないような方法とか、ミスしたものの利用法などを決めるのがシステムです。

また安全運転とか省エネ運転というものは、ISO登場以前から通産省などが推進してきました。モーダルシフト(注5)などISOが登場する20年も前から叫ばれています。

言いたいことは、ISO14001を認証しないとできないものは何もないということです。
実を言って、多くの企業は『ISOのためだ』と言って、そういった改善を進めているのが実情です。つまり外圧の利用です。本来はそんな外圧に頼らず、経営者が己の意志でリーダーシップをとってするのが筋じゃないでしょうか」

藤田社長 「うーん‥‥そういわれるとそうだな」

佐々木 「僭越ですが発言させてください。
何百万もお金をかけて PPC (コピー用紙)を削減したなんて、悲しいことじゃないですか。
それをISOは儲かるという神経を理解できません」

藤田社長 「うーん‥確かに」

山口 「社長、勘違いしないでください。私どもはISO認証を止めろと申してはいません。ISO認証はとてもお金がかかります。高山課長さんから審査料金が280万くらいという話を聞きました。今までの企業から考えて相場でしょう。

でも、それは社外流出費用だけです。
高山課長や片山さんがこれからの活動する人件費、各職場で取り掛かる仕事、その時間外費用、電気代、紙代、内部監査の時間、イントラネットを活用するならウェブサイトの作成費用など、審査費用の5倍から10倍はかかります。

ISO認証しようとするなら、そういったコストを含めて費用対効果を出さないと意味がありません」

高山課長 「すみません、ちょっと質問。認証のためとこれからの維持のための社内費用は、いかほどになりますか?」

山口 「概算ですが人件費(注6)を含めれば、お宅の場合2,000万から3,000万かかると思います」

高山課長 「専任者は何名必要ですか?」

山口 「それはお宅様が決めることですが、専任者まではいらないでしょう。
仮に本社で高山さんが勤務時間の半分をかけるとすると、年人件費400万、副費200万はかかるでしょう。認証を受ける各事業所では、女子事務員が同様に1割の時間をかけるとすると、50事業所ですから3,000万、都合3,600万です。事務局の人件費だけですよ。

この他、内部監査をすれば人件費だけで4名かける60部門、2時間として480時間、500万は飛びます。もちろん高山課長、片山さんは内部監査とかで出張もするでしょう。審査の場合はアテンドもしなければならない。
審査費用の15倍くらい行くかもしれませんね」

藤田社長 「それほどになりますか? それを回収してプラスになるものだろうか?」

山口 「先ほど申しましたように、ISO認証しなくてもPPC削減も省エネも、モーダルシフトとか安全運転の推進はできます。内部監査も杓子定規の事は不要でしょう。
それに藤田社長は外圧頼りの仕事はされていないでしょう。

となると認証が必要なのか、認証せずとも従来からの努力でできることなのか、考えないといけません」

藤田社長 「もちろんだ。
高山君、他の会社が儲けていると言ってるのは、どういうことなんだろう?」

高山課長 「私もあまり深く聞いておりませんが、聞いた範囲ではPPCとか省エネ運転などの改善の集計で、かかった費用はそこからさし引いていないような口ぶりでした」

藤田社長 「それは粉飾決算だな。私も酒の席でA運輸とかB運送の社長から、儲かった!儲かった!という話を聞いただけで詳細知らないんだ。
これは良く考えないといかんな。高山君、君の伝手でその辺実際のところを調べてくれ」

高山課長 「承知しました」

藤田社長 「山口さん、だがお宅の本社がISO14001認証を推進しているのだろう。本社はそれをどう考えているのかね?」

山口 「本社は工場にも関連会社にも、ISO14001認証せよとは指示しておりません。ISO9001のときもそうです。それぞれの工場が、ビジネスをする上で認証が必要、あるいはあれば優位になるという場合に、認証すると決めているのです。
本社機能として、当然そういう工場に対しては支援する義務がありまして、対応しているのが実態です」

藤田社長 「なんだって! そういうことなのか・・・・
工場はISO14001を認証してペイしているのかな?」

山口 「まず多くの事業本部は、宣伝やブランドイメージ向上に必要と考えて認証しています。金額的にプラスになると見積もったところも、実際にそうなったという証拠もありません。

当社の工場は1997年から1998年に認証しました。認証は3年で更新となります。正直なことを言いますと、既にいくつかの工場は認証の効果がないとして、認証期限が切れるときに認証を止めるつもりです。
私ども本社の環境部は認証や維持の支援はしますが、積極的に認証しろとも止めろとも言っておりません」

藤田社長 「それは無責任じゃないのか?」

山口 「例えばお宅のような運送業、倉庫業の企業に対して、自動倉庫を入れろとか、GPSを使った運行管理システムを導入せよとは言っておりません。生産技術部はそういった情報提供をしていますが、採用するか否かは各事業本部や関連会社さんの判断です。

そういったことは経営問題ですから、導入するとかしないのを親会社が口出しするのは、会社法に反します。親会社であっても子会社に指示する権利はなく、子会社の問題に責任を負いません。
例外は遵法に関することだけですね。これは一事業所が悪さしても、グループ企業全体が影響を受け、最悪の場合壊滅する恐れがあるからです」

藤田社長 「だけど実際にはいろいろ言ってくるよ」

山口 「形上は親会社の派遣している取締役が発言するわけでしょう。
それと、確かにビジネスが他の関連会社と競合するようなときは、事業の範囲の調整はしてますね

藤田社長 「分かった。ISO認証はそのへんを高山君に調べてもらってからにしよう。
ところで土壌汚染のことで来たのだと思うが、それはどうでしょう?」

山口 「高山課長から腹黒とのやり取りは伺いました。そのまま受け取ると実質的に審査契約を受け付けないように思えます」

高山課長 「先日も申しましたが、各事業所の土壌汚染などを調査すれば1億以上かかります。更に汚染の除去をすることが条件と言われていますから、それをするには大金と長期間かかります。
それで山口さんからは認証機関を替えることは可能かと聞かれました」

藤田社長 「認証機関というのはいくつもあるの?」

山口 「50社くらいあると思います。特に法的な認可も必要ない、営利企業ですから」

藤田社長 「そうなのですか。それも知らなかった。認証した会社は、皆、腹黒と言っていたので、そこしかないと思っていた」

高山課長 「腹黒は他の認証機関に比べお値段が高めだそうです。と言っても1割から1割5分くらいですが。
認証機関が違っても、当社の社内費用は変わりません」

藤田社長 「そうなの、それなら審査料金も調べてほしいな」

山口 「その条件なら他の認証機関にも当たってみましょう。相見積もりも取ります。
もちろん土壌汚染についての考えをヒアリングします。

一つ提案ですが、高山課長からお聞きしたのは全社で認証したいそうですね。それはあるべき姿でしょうけど、ちょっと大規模すぎます。
そこで本社と関東圏内の事業所限定で認証を受けたらいかがでしょうか?」

藤田社長 「そういうことができるの? その場合のメリットは?」

山口 「認証範囲は審査を依頼する方が決めることができます。もちろん非合理な切り分け、例えばひとつの建屋の一部を除くとか、運ぶ品目限定もできないと思います。

ただ全社では費用が掛かりすぎるから本社と事業拠点をいくつかに限定するのは可能です。
工場の認証も実験場は除くとか、遠く離れた分工場は除くというのはあります。同じ敷地内の一部建屋を除くというのは無理でしょうけど。

メリットは審査料金が安くなるということですね。それとスモールスタートといいますが、何事も初めはトライアルをするのは妥当なことでしょう。
やってみて効果があれば広げていくことでよろしいかと。

対外的には『当社は本社と何カ所の事業所でISO14001を認証しました。まだ認証していない事業所には今後拡大していきます』という広報でも良く、あるいはお金がもったいないですから、『それ以外の事業所も同等の管理をしております』でもよろしいでしょう。

認証の広告で、全社が認証したと誤解させるようではダメです。
それと認証するとISO認証したと表示とかできますが、認証していない事業所ではそれを表示できません。
デメリットとしてはその程度です」

藤田社長 「そういうことができるなら、とりあえず本社だけというのもありかな?」

山口 「本社だけというのも、もちろんありです。
多くの企業で本社だけ認証というのを見かけます。官公庁や地方自治体での認証も増えていますが、その多くは問題があります」

藤田社長 「何が問題なんだね?」

山口 「そういったISO認証のほとんどが庁舎管理・建屋管理だからです。
市町村のISO認証‥‥正直言って、町や村のISO認証は聞いたことがありませんが‥‥ナントカ市がISO認証したと言っても、認証範囲が市庁舎の管理なんです。

普通の人が市がISO認証したと聞けば、その市が環境に配慮した行政を行っているだろうと思います。少なくとも私はそうです。

ですが、よくよく認証範囲を見れば、市庁舎の管理なのですよ。要するに市役所の建物内のPPC節約、省エネ、廃棄物の適正管理を進めますということなのです。

しかし照明も空調も、市が決めなくても労働安全衛生法で事務所規則があります、環境省もガイドライン出してます。ゴミの分別は、市が条例か市の規定を作っています。そんなことならISO認証するまでもないのです。
本来なら市の行政において環境向上を進めて欲しいです」

藤田社長 「ええと‥‥当社、吉宗運輸の本社で認証するなら、どういう認証範囲にすべきなのだろうか?」

山口 「本社機能そのものじゃないですか。
つまり事業において省エネの推進、輸送品質の向上、輸送梱包の簡易化の提言、パレットやポリシート廃止とか、各事業所が法を守って事業をしているかの統括じゃないですか。
本社が事業上行っていることを認証の範囲としISOのテーマとするのです。

この本社で使うPPCはいくらになりますかね。日本のオフィスで使われるPPCは、ひとり年に約4,000〜5,000枚(注7)
コピー用紙 レーザープリンターでモノクロA4のプリントコストは1〜3円と言われます。文字数が違うと変わりますからね。

この本社で働く人が100人いるとしてひとり4,000枚とすれば、年間使用量は40万枚です。その費用は紙代は70〜80銭でしょうか。すると40万枚の紙代とプリント代は80万円になります。ISO認証してこれがゼロになるならともかく、1割2割減る程度なら元は取れませんね」

藤田社長 「いやあ〜、まいった、まいった
山口さん、感動しましたよ。
そんな簡単なアプローチでISO認証の価値が測れるのですね。難しい顔して解説していた同業の社長も、ISO認証の理解が怪しいと分かりました。
こりゃISO認証の意味を考え直さないとならないな」

高山課長 「社長、ISO認証は止めるのですか?」

藤田社長 「そう簡単には行かないよ。一旦やるといったからには、止めるにも説明できなくちゃならない。
高山君は認証機関に、なぜ地下水汚染があるとダメなのか、しっかりした説明を取って欲しい。それから見積もりもだ。
同業他社の費用もあるし、効果をどう評価したかも知りたい。
山口さんにもご協力をお願いする」

山口 「もちろんです。高山課長さんに同行していただければうれしいです。認証機関の多くは都内と横浜です。4社くらい歩いても一日あれば十分でしょう。
10日後くらいに調査をまとめて高山課長から報告していただくということでよろしいでしょうか?」

藤田社長 「OK、OK、高山君、先ほどの他社の儲かる話の件、頼むね」



うそ800 本日のネタ話

えー、本日の話は、
土壌汚染の土地を買ってしまった会社、他社の社長からISO14001は儲かると社長が聞いて浮かれた会社、 鍋料理 認証なんて意味がないと部下がしらけている会社、認証を止めようと反乱が起きた会社、コンサルが認証しようと焚きつけた会社、
そういった体験と伝聞を、鍋で煮込んで出来上がったものです。

お寒くなりました、今晩、鍋などいかがでしょうか?



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注1 「製造業者が部品等の納入業者に対し,品質マネジメントシステム(ISO9001)構築の認証取得を要請すること等について」(2003/10/24)
大分昔だが、まだ生きている。

注2 RoHS規制とは、EUが「電気・電子機器」向けの有害物質の規制で当初は、鉛や水銀など6種類であったが、どんどんと規制対象と規制内容が拡大していった。
最初のRoHS規制は2003年に公布され2006年から施行された。

注3 グリーン調達基準におけるEMS要求の内容変化は顕著である。
グリ−ン調達におけるEMS認証/構築要求の変化

2007年頃まではISO14001又は簡易EMS認証を求めるものがかなりあったが、2009年頃からはEMS認証の要求そのものが減ったこと、また要求するEMSそのものが物の管理、トレーサビリティの取れることなど即物的なものとなり、環境方針、文書管理、内部監査などは消えてなくなった。

注4 GPSが整備され、携帯電話網の整備、機器の小型化/低価格化が登場しで社用車の運行状況を把握始めたのは2000年代初頭だ。
その後、燃料高騰、労働時間管理・安全運転管理の行政指導、荷主からの要請により、社用車をGPSとデジタルタコグラフを組み合わせて、位置・速度・休憩時間・急加速/急減速などを把握できるようになったのは2000年代後半だ。

このお話の2000年には初期のものが普及始まった状況だ。

注5 モーダルシフトとは、運送する方法を環境負荷の少ないものへの転換をすることをいう。具体例としてはトラック輸送を鉄道や船舶にするなどがある。

これはオイルショックの1970年代後半から叫ばれていて、決して新しいアイデアではない。その後、燃料代と人件費その他の費用との釣合で、左右に揺れ動いている。

注6 人件副費とは、企業が従業員に支払う給与や賞与以外の費用を言う。
社会保険料、福利厚生費、退職金、研修費用、作業服、業務用の携帯電話などがある。
直接人件費の2割から3割くらいだろう。

注7 日本製紙連合会の業界資料によると、2000年頃オフィス一人年間使用量4,000〜5,000枚、電子化が進んだ2020年で2,000〜3,000枚とされる。ペーパーレスを称しているところで1,000枚という。
A4のPPCは1枚1円以下、モノクロのプリントで数円だから、この物語の2000年なら一人当たり2〜3万円というところだ。







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