タイムスリップ134 吉宗運輸2

25.12.23

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。




第133話から続く
藤田社長が出ていってから、山口たちは続きの話をする。


山口 「認証機関のヒアリングは、アポイントを取って歩き回ればお終いです。
しかしその前に、御社がISO認証に何を求めているかを明確にしておいてください」

高山課長 「明確にって・・・先ほどの話で、お分かりいただけたのではないですか?」

山口

ISO認証って魔法
じゃないの
ただ要求するだけョ
役に立つのかしら
魔法の言葉よ
魔法少女イソイソ
「認証したいと考えているのは分かりました。しかしISO認証して具体的に何を目指すのかを伺っていません。
ISO認証とは魔法じゃありません。単に仕組みを作って、その仕組みが規格に合っているかを、外部の人にお金を払って見てもらうことです。

多くの会社では認証によって、文書が増えたと言いますが、文書化された仕組みは会社には必要です。
会社の仕事や決裁の責任とか手順が明確(下記注)になっていないのが、ISO認証によって文書化されるのは大きな成果です。

もちろん御社では以前からシステム文書、つまり組織、機能、手順を定めた文書があるなら、ISO認証しても改善にはなりません、言い換えれば認証するまでもない」


注:JIS訳には「明確に」って言葉がたくさん出てきますが、どんな意味でしょう?
私も分かりません。おっと広辞苑を持ってきてもダメですよ。英英辞典でないと。

ISO9001:1987では何と下記の単語がすべて「明確に」と和訳されていました。ちょっと大雑把すぎませんか?
*左側は規格の原文、右側は英英辞典記述を私が意訳したもの。
clarification (形)何かの説明を更に分かりやすく説明する
identification (名)物や人が何であるか証明すること・・・するもの
identify (動)物や人が何であるかを示すこと
positive (形)それが何かをはっきり示す特徴
define (動)言葉、物、行為がどんなことか示す
precise (形)物や行為の細部の詳しさ
「原語と訳語は一対一」とするJIS訳の原則に反するようだ。まあ、訳した人がどうでも良いと思ったのでしょう。

今はISO9001:1987に比べて良くなったかというと、ISO14001:2015ではdeterminingとdefineの2語が「明確にする」と訳されている。しかも「determining」は「明確にする」だけでなく、ところによって「決定する」とも訳されている。何とも言いようがない。

JIS訳は原語の単語の意味を区別も識別もしないようです。好奇心だけでできているおばQは拘るのです。
ちなみに日本語で「区別」は違いがあるものを似たもののグループに分けること。「識別」は区別したものにそれぞれが何者であるかを表示することだそうです。
原文の意味がそうなのか、興味ある方は調べてください。


片山 「当社には会社規則というのがあります。それで部長、課長の決裁権限や、帳票の使い方やフローを決めています。ファイルにしたのは各部に配布されていますし、イントラにもアップされています」

山口 「なるほど、それは結構ですね。その中身は実際に運用されている手順とあっていますか?
会社は組織も変わりますし、物理的にも建屋とか電子化とか変わります。また私たちは日々会社でも家庭でも改善をしています。

そういったことによって仕事の手順、物の置き場所、帳票のフォームなど改善しているでしょう。
会社のルール、標準と言いますが、文書化したものが常に現実と一致するように改定することが必要です」

片山 「組織が変わるたびに組織表・・・組織表も会社規則になっています・・・・組織表も改定しますし、帳票も、組織が変わると部門名も変えますし、電子化したときはフローも当然見直しをしています」

高山課長 「変なルールが残っていて、問題になったこともあるよ」

山口 「現実と書かれたルールを合わせることが必要です。
それも、一回こっきりではいけません。定期的、あるいは問題が起きたら、再検討して言文一致にしなければなりません」


注:「再検討して改定(する/しない)」ことはISO的には「見直す」だろうけど、日本語の「見直す」の意味はこれまた多様で、厳密な意思疎通には不適当な言葉だ。

英英辞典で「review」とは、1.状況や経過を調べること、2.演劇や映画の評論(をする仕事)、3.報告(書)とある。日本語の「見直し」とはイメージが相当違う。
おっと、定義されていない語は、一般の辞書によることになっている。


片山 「課長は問題があるとおっしゃいましたが、めったにありません。概ね、現実に合わせていると思います」

山口 「素晴らしいですね。となるとISO認証しても、その改善にもなりません。
ISO認証しなくても、過去から標準化され、改善が進んでいるなら、無駄な費用をかけて認証する意味がありません」

片山 「認証すれば改善されることは、他にありませんか?」

山口 「ISO認証の効果その2は、方針展開と徹底です(注1)どういうことかというと、今回、社長がISO認証するぞと言ったわけです。そうしたらそれを達成するために、誰が、何を、いつまでに、どうすると、まさにキプリングの言葉(注2)の通りですね。そういう方針展開ができるでしょう。
もちろん方針と計画だけでなく、実行から達成までのフォローを確実にすることが重要です。

ISO規格はそういうことをしなさいとありますし、認証すると審査でチェックされるので、口だけとか、計画だけで実行されないのは不適合になります」

高山課長 「ウチではそういうことはないな。言ったことをしないと、ホラ吹きと言われる社風ですから

山口 「それはすばらしい、責任・権限がしっかりしている、組織の鑑ですね。
しかし、御社がそうであれば認証しても改善されるものがありません」

片山 「私が当社でISO認証しようというのを聞いて、当社も一流と言ったら笑われますが、立派な企業になったと思いました。認証することはブランドですものね」

佐々木 「ブランドも価値ですが、そのために年間3,000万もかけるのはどうでしょう?」

高山課長 「当社の仕事の7割は親会社、残りは関連会社で、外販というか同業他社が忙しいときの応援などは微々たるものです。一般顧客を相手にするならともかく、当社の場合ブランド(良い評判)なんて必要ないですね」

ボーナスアップ

片山 「当社は社員が400名、委託している部分を含めると1,200名くらいですか。認証費用が、年間一人当たり3万円は高いですね。
それが1回でなく毎年でしょう、その分ボーナスでもらったほうがよさそうです。やる気が出ますよ」

高山課長 「それは言えるね。3,000万払えば終わりじゃなくて、これから毎年3,000万円払うと思うと一層だよ」


結局、何のために認証するのかを、明確にしてほしいということでお暇した。




帰社すると、山口は佐川を呼んで三人で話し合いをする。


佐川真一 「お話を聞くとノリが良い社長ですね」

山口 「笑い事じゃありません。ノリが良すぎて社員が振り回されているようです。
認証の目的や、メリット/デメリットは向こうで考えてもらうとして、土壌汚染があったら審査契約を断るというのはありでしょうか?

話を聞くと認証機関の一方的な話ではなく、今後、万一の場合があるかもしれないから止めた方が良いという、善意からのアドバイスにもとれます」

佐川真一 「まず現時点、敷地外への流出がなければ、認証範囲の敷地内が、汚染されていることも、浄化しないことも違法ではない(注3)
吉宗運輸は付近の調査をして流出はなかったという。だから今すぐ除染をしなくても良いはずだ。また購入しても事業に無関係な土地を認証範囲外にしてもおかしくない。
もちろん、我々は吉宗運輸の話を聞いただけで、実際がどうかは分からないけど。

そして審査契約で認証を受けた組織で、土壌汚染・地下水汚染が発覚しても、裁判になれば認証辞退を求めるとか認証取消するのは契約違反と思われる。
そういうことを考えあわせると腹黒認証は認証したくないのは確実だ。

話合い

山口さんの質問の答えはとはいえ危ない客と契約をしないのは向こうの裁量(自由)だ。
認証業界全体にそういう風潮であるのも事実だから、無理押しするのも難しいなあ〜
B〇〇社のハワードさんなら恐れずに契約するかな?

とはいえ、そもそも吉宗運輸は認証の必要がなさそうだな。それなら無理することもない」

佐々木 「でも本社は、工場や関連会社にISO14001認証を指示していますよね」

佐川真一 「えっ、そういうことはないよ」

佐々木 「私はISO14001が制定されたとき、上長から本社指示でISO14001を認証すると聞きました」

佐川真一 「それはないな。取締役会から、そのような話は出てない。吉井さんは環境部創設時から部長で、山口さんも私も当時から在籍しているけど、環境部でそういう指示を出したことはない」

山口 「工場で本社というと、本社機構だけでなく、事業本部も含むのではありませんか。事業本部も本社の社屋にいますし・・・そう考えると事業本部長の指示を、本社指示と言っておかしくないです」

佐川真一 「なるほど、その可能性は大だね。ともかく本社の環境部門であるここは、認証せよとも認証するなとも言っていない。
ただ当社に限らず、日本の製造業はEU統合のときISO9001認証で出遅れてしまい、その反省から次に登場したISO14001では認証するのが当たり前という認識だった」

佐々木 「あるいは工場では工場長が言ったというより、本社の指示と言ったほうが反対を受けませんから、本社から言われたとしたのかもしれません」

山口 「まさに外圧利用ですね」

佐々木 「外圧利用というより、権限が確立されていないと、虎の威を借りるしかないのかもしれません」

佐川真一 「権限が確立していないとは?」

佐々木 「会社規則には工場長は何々を決裁すると書いてあります。けれども、赤字工場では貧乏な自治体の首長が代議士や省庁を巡って支援のお願いをするのと同じく、本社に出向いて頭を下げるのが工場長の仕事です。
上に弱くなれば、下にも弱くなり、命令しても従いません。だから規則の上では権限があっても、皆が指示に従うかは別なのです」

佐川真一 「まあ、そういうこともあるか。
話を戻すと、まず認証機関、数社に、土壌汚染のある工場、状況は吉宗運輸のケースを具体的に示して認証できるかどうか、それと見積もりだな、それを最低3社当たること。
横浜なら近いけど、神戸までは出張は出せない(注4)電話かeメールで調査してほしい。

腹黒には一度訪問して、山口さんと佐々木さんの耳で、言い分を聞いてきてよ。可能なら先方の考えを紙に書いてもらった方が良い。
以上のことは、1週間あればできるでしょう」

山口 「了解しました」

佐々木 「ISO14001は難しいことを言いますが、簡易EMSもあります。あの会社の規模ならエコアクション21(注5)やグリーン経営認証でも良いのではないでしょうか?」

佐川真一 「それは良いアイデアだ。そちらも聞いてみたらいい。土壌汚染があっても認証できるのかどうか。
電話で済めば良いし、お邪魔しても都内でしょう、短時間で用が足せるよ」




翌日、吉宗運輸の高山課長と、山口、佐々木の三人は腹黒認証を訪問する。
腹黒認証は浜松町駅から歩いて10分ほどのところにあった。地下鉄を使えば駅からほんの数分だ。しかし山口は、毎日ほとんどパソコン仕事か会議なので、機会あれば少しでも歩くことにしている。

人人

腹黒認証で技術部長と営業担当という二人に会って話をする。
1997年、ISO14001審査が始まった直後に、不適合を出された会社の人と訪問して、規格解釈を説明して不適合を取り消してもらったことがある(第82話)。
その話をすると、あのときお会いした人たちは、既に退職したそうだ。 技術者として働いた人が50過ぎに審査員になるケースが多く、審査員をする期間はせいぜい10年だという。

さて、本題である。
保有している土地で汚染が確認された会社の場合、保有する土地すべてを調査して汚染があれば、除染に取り掛かっていないと審査契約を結ばないという。
その理由はなぜかと聞くと、明言はしないが後で汚染が見つかれば問題になるし、除染を開始していないで認証したことを、世の中から認証機関が責められるからというニュアンスだ。
「世の中」には、マスコミ、消費者団体、行政機関、大学の先生、認定機関が入るが、認証機関にお金を払う企業は入らないようだ。不思議なことだ。

そして、見積もりだけでもと言っても、出せませんと追い出された。




高山課長は無駄足だったと残念がったが、山口は十分参考になったと感じた。便りがないのは良い便りと同じく、参考情報がなかったことも十分な情報である。

出たついでだからと、その場で産業環境認証機構に電話してアポイントを取った。そしてその足で向かう。距離的には歩いて10分弱だ。
山口の、その融通無碍に、佐々木と高岡は驚いたようだ。


2025年の今、認証機関の受付は、入り口の外側に小さなテーブルの上に内線電話が置いてあるか、あるいはドアの脇のインターフォンのボタンだけだったりする。


受付20世紀には受付嬢がいた
なお、2000年は20世紀である。
矢印
〇〇認証機関

2010年以降
インターフォンがあるだけ。

だけど2000年には、ちゃんと受付があり、若い女性がにこやかに座っていた。
来訪を告げるとすぐに三田部長が登場した。三田部長は、株主企業である吉宗機械から出向転籍した方だ。


三田部長 「吉宗さんの山口さんがいらっしゃるとお聞きしましたのでお待ちしておりました。
本間もおりますので、積もる話もしましょう」


認証機関には審査依頼の相談に来た人と打ち合わせる、数人入れる・・・数人しか入れない・・・小部屋が5・6室並んでいる。その一つに案内される。
中に懐かしい本間氏が座っていた。最初会ったときは、佐川と規格解釈で議論したものだ(第68話)。その後、すっかり佐川信者になってしまった。

本間部長 「山口さん、ご存じと思いますが、今年の株主総会で私は取締役退任しまして、今は役員でもなく社員でもなく、契約審査員として頑張っております」

山口 「そうでしたか、でも仕事されているなら、これからもお会い出来ますね」

本間部長 「佐川さんも偉くなったと聞きます。山口さんももう肩書付きでしょう」

山口 「佐川が管理職になりましたので、実務は私がメインです。
本日は、弊社の関連会社、吉宗運輸さんがISO14001を認証したいということで、正直言いまして認証機関をいくつか訪問してお話を伺っているのです」

三田部長 「それならぜひ弊社にお願いします」

山口 「そう願いたいのですが、ちょっと事情があるのです。こちらの吉宗運輸の高山課長から説明させていただきます」


高山課長は三田取締役と本間元取締役にA4を数枚綴じた説明資料を渡す。
それを見ながら話を進める。

高山課長 「弊社は吉宗機械の関連会社で製品運送を担当しております。世の中の動きというか流行と言いますか、弊社でもISO14001認証したいと考えております。

ところが既に接触した・・・・はっきり言ってしまいますが腹黒認証です。運送会社が将来を見込んで買った土地が土壌汚染されていたと言ったところ、審査契約はできないと門前払いされてしまったのです」

三田部長 「なるほど、このところ地下水汚染、土壌汚染が発覚して認証した企業さんが、認証辞退したり認証取り消しになったりしていますからね」

山口 「そうなのです。腹黒認証では保有している土地が汚染されていると分かった場合、認証範囲でないところを含め、保有する土地すべてを調査して、汚染があれば除染に取り掛かっていないと審査契約を結ばないというのです。
口ぶりは、こちらを心配している風でしたが、本音は認証機関が批判されるような事態になりたくないのでしょう」

三田部長 「そういう事態については、弊社も社内で検討しております。
地下水汚染、土壌汚染を調べて、除染を開始しているところは普通に認証しています。
資料を拝見しますと、吉宗運輸さんは本社と倉庫を認証するということで、汚染された土地は認証範囲外ということですね」

高山課長 「汚染された土地を、認証範囲から恣意的に除いたと思われるかもしれませんが、そういうことは全くありません。元々10年以上前のバブル時代に、保養所の用地として買収したものですが、その後バブル崩壊でそんな状況ではなくなり放置されていました。

このたびISO14001を認証しようとして、報道などを見て地下水や土壌の調査をしまして、汚染が分かったという経緯です。元産廃の埋め立て場だったことが判明しました。
ISO認証から外したのは、当社の事業と全く無縁で、現在は山林のままだからです」

三田部長 「本間さん、このケースはどうでしょう?」

本間部長 「土壌汚染のフローでは周囲に井戸がなく、形質変更時要届出区域であれば、土地の管理、要するに監視するだけで良いことになっている(注6)土地の形を変える工事をしないなら、除染しなくても良い。 その場合、ISO認証だからと言って、法以上のことを求めることはできないでしょう。根拠がないから。

とはいえ認証機関も営利企業だから、認証後のリスクや、世の中の反応を考慮して審査契約を結ばないことはできる。客に支払能力がないと考えて物を売るのを断るのと同じ理屈です」

高山課長 「御社では審査を引き受けてくれますか?」

三田部長 「本社と事業所50地点となると、これは大きな仕事ですから取りたいですね、本間さんどうでしょう?」

本間部長 「当該地の調査状況の詳細を拝見してからになります。しかし、腹黒さんが門前払いというのは、ひょっとして吉宗運輸さんが知らないことを、把握しているのかもしれませんね。
それと土壌汚染には、自治体によって、横出し、上乗せ規制があります(注7)所在地の条例も調べないとなりません」

山口 「条例で土地を売却しなくても浄化義務があるなら、それに対応しないとダメということですか。
ああ、その場合は法令違反か・・・それならしょうがないですね。
でもひとつの企業で、全然別場所で違反があれば認証できないのですか?」

本間部長 「それを持って認証できないとか、後で発覚したら取り消しができるかとなれば、法律からは契約に反しているとは言えません。
実際は汚染が発覚した企業は責任を感じて辞退するのがほとんどですね」

高山課長 「認証を受けた企業は強く出られないということですか」

本間部長 「ちょっと調べないとなりませんね。正確には土地の自治体に相談して、指示されたことに従うことになるでしょう。認証しようとしまいと、それはした方が良いですね。
仮に条例で浄化義務があれば、それに取り掛かっていないと法令違反になり、認証範囲外でも問題です。
ちょっと、この場では何とも言えませんね」

山口 「法令違反といっても、契約から認証取消はできませんよね。談合をしてもJIS認定の取り消しはされません」

本間部長 「そうも言えないのが現実です」


結局、結論は腹黒と同じで、説明が親切だったくらいの差だ。 三人は欲求不満のまま、お暇した。




パソコン仕事

帰社してから、山口はB〇〇社のハワードにメールを送る。
要旨は、産業環境認証で話したことそのままで、そういう状況の会社の認証を受けるか否かである。
ハワードも自ら審査をしているだろうから、返事が来るには数日かかるだろう。


それから山口は外資系ノンジャブの認証機関に電話する。
自分の社名と名は名乗ったが、関連会社の名を出さずに、同じことを質問する。
相手の営業マンは口が軽いのか、正直なのか、1997年のISO14001認証開始からの土壌汚染・地下水汚染が発覚(注8)したことから、最低限その調査をして対応を行政と話していることが条件だと話す。
どこでも汚染された土地をもつ企業は、認証機関にとって、好まざる客なのだ。


別の外資系認証機関でも同じような回答だったが、更に面白い(面白くない)話をしてくれた。
今の時代、セクハラ、パワハラが取りざたされている。これからはそういう不祥事が起きた会社が、QMSやEMSを認証していれば、認証辞退などをお願いするかもしれないというのだ。

それを聞いて山口は呆れた。ISO9001は品質保証(注9)だ。会社が、談合しようとISO認証とは関係ないだろう、あるいは品質問題を起こしてもISO14001とは無縁ではなかろうか?
ISOMS規格はいつからプライズになったのか?
きっと坊主の袈裟理論なのだろう。

だがこの半年後、品質問題を出した企業のISO9001が停止されたのはやむを得ないかどうかはともかく、ISO14001認証も停止された。


注:不祥事を起こした法曹(弁護士・裁判官・検察官)は、その内容や刑罰の種類によっては資格を失うことがある。刑法犯で罰金刑以上の有罪になった医師や薬剤師は、免許停止とか一定期間の業務停止となることもある。

だが土壌汚染などは過去には法規制がなかったこともあり、漏洩が発覚しても対応は義務だが刑法犯ではない。こういった場合、ISO9001で問題があったとき、ISO14001も認証取り消しはどうなのか?
まあ、企業は大人だから、外聞が悪いとかで辞退するのがほとんどではある。



山口は今までのことをまとめて考える。
認証機関が吉宗運輸の認証に消極的というか拒否するのが合法ならしかたがない。
認証を強行することは無理気味だ。
吉宗運輸は認証を必要しないのだから、認証を止めてもらうか。

それとは別に、当社として環境不祥事を出した時の対応を考えておくべきだな。
それに談合や脱税があったとして、ISO認証を辞退するなどアホの極みだ。それは断固阻止すべきだろう。




翌日、山口は佐川に報告するというと、佐川は吉井部長も呼ぶ。
すると吉井部長は佐々木も呼べというので、そこで山口が吉宗運輸の経過報告をする。


吉井環境部長 「まあ〜、理屈じゃない世界だな。どこか審査を受ける認証機関を見つけても、良い結果にはなりそうない。取り巻く環境が悪いから、認証を諦めた方が良いんじゃないか」

山口 「吉宗運輸が認証する動機も、他社の真似のようで、それがよろしいと思います。
しかしこのような状況が固定化すると、認証機関が自分の首を絞めることになるでしょうね」

吉井環境部長 「じゃあ、どうすれば良いのかな?」

山口 「認証ビジネスとしては、ISO14001こそが、遵法と汚染の予防を実現する方法であると宣伝すべきです。
具体的に、問題を起こした企業の会社の仕組みを、規格を基に見直すれば、問題発生を防止できることを実証するのです」

吉井環境部長 「ISO認証制度は、それをできると思うか?」

山口 「現実問題として、ISO14001は要求事項が漠然としているのです。もっと即物的な即戦力になる手法が望ましいですね」

吉井環境部長 「それであれば吉宗運輸の今回の問題は起きなかったのか?」

佐川真一 「今回の問題には、全然関係ないと思いますよ。そもそもバブル真っ盛りの1980年代半ば、法規制もなく認識もなった土壌汚染の調査を土地購入時にしなかったことを、ISO規格が防ぎようありません。

法規制もないことを、リスクを考慮してするなんて、どうしたら良いですかね?
寺田さんというISO14001の最高権威が、予防処置なんてできないって語っています。未知のことに対応する手段は存在していません」

吉井環境部長 「佐川はなぜ土地を買うときは、汚染調査をしろと報告書に書かなかったのか?
吉宗運輸にはまに合わなくても、未来プロジェクトができてからも、買収した土地は相当あるんじゃないか?」

佐川真一 「すみません、洩れていましたね。
今後、話題になることを改めて考えます」

山口 「我々がテレビ朝日のダイオキシン放送前に、焼却炉撤去をしましたが、あれをどう考えますか?
予防処置として最善だったのか、卑怯な方法だったのか?」

佐川真一 「パラダイムシフトと言いますが、それ以前には全く正当だったものが、一夜にして悪者になることもありますからね。
1990年代初頭まで、有機塩素系溶剤なんて問題と思っていませんでした。フロンも同じ、鉛も同じ。
もっと遡れば1970年頃はPCBだってカドミだって普通に使われていましたよ。カドミメッキなんて防錆には最高だったのですが」

吉井環境部長 「ワシもCDSセル(注10)なんておもちゃにしていたな。
じゃあ、世の中が変わったことによる不可抗力なのか?」

山口 「バブリーな考えで土地を買おうとなんてしなければ良かったのですよ」

吉井環境部長 「ISO14001を認証していても防げないなら、単なる不運だったのか?」


結局、結論が出る話ではない。
とりあえず吉宗運輸へは、現状では無理をして認証することもない。そんな方法でなく現実的な、実効のある改善手法を採用するべきと環境部として意見した。




2000年3月25日
平年の東京の桜開花日は3月末だが、今年は寒く、桜開花はまだ相当先だろう(事実は4月26日だった)。
出勤してくる人が皆「寒い、寒い」と同じことを言う。

パソコン仕事

吉井部長が定時15分前に現れたときは、佐川と山口はパソコンを立ち上げフルパワーで仕事中だ。他方、山本、大谷、佐々木は紙のコーヒーカップを持って談笑中だ。
始業前から仕事をするべしとか、してはいけないということもない。それにフレックスだし、与えられた仕事を達成すれば良い。方法がどうであれ、目標以上を達するなら更なる目標が与えられ、結果として昇進に至るだろう。まさに仕事の報酬は仕事である(注11)

吉井部長が席に座ると、佐川を呼ぶ。


吉井環境部長 「荏原製作所のニュースを見たか(注12)?

佐川真一 「見るまでもありません。未来プロジェクトの昨年秋の2000年度予知報告に書いてあります。部長もお読みになったはずです。
むしろ部長が、このニュースに驚いたことに驚きます」

吉井環境部長 「えっ、そうだったか? あの報告書は全編不祥事だったから全部は読まなかった。
これからどうなるんだ?」

佐川真一 「どうにもなりません。大きく報道されようと、世の中にたいして影響はありません。
引地川周辺の住民は大騒ぎでしょうけど、ダイオキシンの毒性の評価は時が経つほど低くなる一方です。

当社としては特に留意することはありません。従来同様、しっかりと日常管理に努め、また法規制に基づいてすべきことをするだけです」

吉井環境部長 「お前はまたずいぶんと自信満々・・・・大物になったものだ」

佐川真一 「今まで1年、みんなで社内点検を頑張り、是正してきました。自分たちがしたことに自信を持ちましょう」

吉井環境部長 「分かった。自分のした仕事に自信がなくちゃ生きがいもない。
ええと、本部長とか中山取締役から聞かれたら、どう答えれば良いかな?」

佐川真一 「そうですね『そのような問題の心配はない』と答えていただいて結構です」

吉井環境部長 「ああ、その通りだ。上から問われたらそのように答えよう」



うそ800 本日の開き直り

最初、後半は全員がWIN-WINのお話にしていました。
でも、読んでおかしいと思いました。それって現実と違いすぎます。

ということで山口が認証機関を訪問する段を、全面的に書き直しました。
私の実体験、伝聞、そういうもので事実に近くしたつもりです。

そんなことはなかった・・・・とおっしゃるなら、あなたにとっては、そうではなかったのでしょう。



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注1 方針管理という言葉は、1960年頃から使われていたが、確固たる定義はなく使う人により意味がいろいろだったらしい。
ブリジストンが1968年にデミング賞の審査を受けたときの目玉だったそうで、それは各種方針と各種管理を縦横組み合わせた管理の意味の造語らしい。
しかし「方針管理」とは、方針を管理するのか、方針で管理するのか、意味不明な言葉だ。このネーミングはアメリカでピーター・ドラッカーの「現代の経営(The Practice of Management)(1954)」の中で唱えた目標管理(Management by Objectives(MBO))を参考にしたものらしい。
 cf.「日本的経営の興亡」徳丸壮也、ダイヤモンド社、1999、pp.321-327

注2 5Wは古代ギリシアでアリストテレスが形式化して修辞学の基本となり、キプリングが子供向けに書いた「ジャングルブック」の中で5W1Hが示されて広まったと言われる。

なお、古い翻訳では著者名がキプリングで、最近の翻訳はキップリング表記が多い。実際の音はキプリングに近い。スペルKiplingを見ても音を聞いても明らかだ。

注3 2000年時点は、そういう決まりだった。
土壌汚染対策法は2003年制定だ。

注4 ISO認証機関は船級検査の会社から始まった所が多く、老舗ISO認証機関のほとんどは、国内・外資系共に、港町である横浜、神戸に事務所がある。

注5 エコアクション21(EA21)とは、環境省が策定した独自の簡易環境マネジメントシステムで、要求事項も少なく費用も少なく、中小企業でも取り組みやすいように作られた認証制度。

創設は1996年とISO14001と同時だ。2004年頃から急成長したが2012年には飽和して、それ以降はほぼ認証件数8,000件で推移している。
主たる簡易EMS登録件数推移

注6 環境省 土壌汚染対策法ガイドライン 汚染の除去等の措置
348ページもあり、全文を読むのを諦めた。それでも要点を10ページくらいは読んだ。

注7 LABOTEC 土壌汚染調査は誰の義務?法律・条例・責任範囲をわかりやすく解説

注8 ISO14001は1996年12月発行である。それからすぐに認証が始まった。(FDIS時代から仮認証は多数出ていた)

認証組織において、土壌汚染・地下水汚染が発覚したのは認証開始直後からである。
1997/10東芝名古屋分工場で地下水汚染発覚、認証範囲外であったが親工場の認証辞退
1998/6 松下電器グループの大阪府内の3工場で地下水汚染
を嚆矢にたくさん発覚し、それは2025年の現在まで多数起きている。2025年に報道されたものは12月19日時点でgoogle検索でひっとしたのは20を超える(ISO認証企業ばかりではない)。

注9 ISO9001が品質マネジメントと称したのは、2000年12月に発行した第3版からである。この物語の2000年3月はまだ品質保証規格である。

注10 CdSセルとは硫化カドミウムが光の強さによって抵抗値が変わることを利用した光センサー素子で、1970年頃はだいぶ使われていた。
今はカドミの毒性によって実質的に使用禁止ですでに消滅した。
現在は半導体のCMOSセンサー、CCDセンサーが使われる。

注11 この文句を語った人は、土光敏夫とも井深大とも藤原銀次郎とも言われる。
だが、活動した年代から見て、藤原銀次郎説が正しそう。
 藤原銀次郎1869-1960
 土光 敏夫1896-1988
 井深 大 1908-1997

注12 ・内最悪 基準値8,100倍のダイオキシン ◆荏原製作所藤沢工場が引地川へ排出(神奈川新聞)
ふじさわ市民の党ニュース vol.1 (2000.03)
・藤沢市公報「引地川におけるダイオキシン類流出汚染事件について」







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