注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
今日は認証機関を集めて、業界団体としてのISO14001の規格の理解について、了解を取るための説明会 and/or 討論会である。
始めの環境方針から、見解の相違がぶつかり合い、とんがった意見の応酬になり、休憩を取ってクーリングを図った。
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ここで描くストーリーはフィクションであるが、登場する規格解釈、いや規格 誤 解釈は実際に何度も体験したものであり、私が創作したものではない。 残念ながら私の想像力はあまり豊かではなく、経験しないものは語れない。 |
休憩を終えて、再び説明ではなく討論が始まる。説明する方も質問する方も、お互い相手を言葉の通じない宇宙人だと思いながら討論している。
更に認証機関側は、相手を言葉が通じないだけでなく、もの知らずの愚かな連中と思っている節がある。
おっと、それは研究会側も同じか?
「私どもの見解は、環境側面とは絶対的に決まると考えています。絶対的とは何kWhとか何トン以上は著しい環境側面だということで、他と比較して著しい環境側面を決めるのではないということです」
「そりゃ、おかしいだろう。ならば、ゴミと電気を比較して、大きい方が著しい環境側面になるという考えは間違いとでもいうのか?」
「間違いです」
「えっ!」
「例えば灯油を20kL保管しているとしましょう。消防法で灯油の指定数量
そういうことからISO14001の『環境側面に関わる法規制を特定して参照できる手順を確立せよ』という文言に該当しますから、著しい環境側面になります。
もう一つの例を挙げます。従業員3名の事務所で冬季の暖房用に200L未満の灯油タンクを設置するとしましょう。200L未満は消防法も火災予防条例も適用外です
もちろん著しい環境側面にしても悪くはないでしょう。でも普通は手順を決めたり訓練をしたりということはないでしょうね」
「オイオイ、小さな事務所ならそれは一番大きな環境側面じゃないか」
「企業だからと言って、近辺の大多数の家庭にある同じ容量の灯油タンク以上の管理が必要でしょうか?」
「小さな事業所では環境影響が小さいものでも、著しい環境側面にすべきと思うぞ」
「二つの観点があります。
小さな事業所といいましたが、小さな事業所なら小さな環境影響でも著しい環境側面にすべしという理屈はないと考えます。同様に大きな事業所であっても、法規制でしなければならないことはしなければなりません。となると組織の大小に関わらず、環境影響が一定以上とか法規制があるなら、著しい環境側面になるはずです。
別の観点ですが、小さな事業所に大きな環境影響のある環境側面がないとお考えのようですが、本当にそうでしょうか。そのビジネスの環境影響がいかほどか考える必要があります。
どう考えても大きな環境影響がないなら、ISO14001を認証するのが間違いかもしれない」
「いずれにしても環境側面 同士を、比較する必要はないということか?」
「必要ありません。著しい環境側面になるか否かは、環境側面を個々に見て判断するものであり、比較して該非が決まるわけではありません」
「工場で使うエネルギーと廃棄物の環境影響を比較しなくて良いのか?」
「エネルギーと廃棄物を比較することには、いろいろ疑問がありますね。
・何のために比較するのでしょう?
・何を比較するのでしょう?
・意味のある比較が可能でしょうか?」
「君が何を語っているのか、訳が分からんな。
比較するのは、著しい環境側面を決めるために決まっている」
注:目下であろうと年下であろうと、社外の人を「君呼び」するのは失礼千万である。
いかにこの人が佐川たちを下に見ているかを表したかった。
「今、私が申しましたように、著しい環境側面を決めるのは絶対値であり、相対的なものではありません。
産業廃棄物は、作業服一着でも捨てると法規制に関わりますから、考えるまでもなく著しい環境側面であることが分かります。
わざわざ電力量と廃棄物比較する必要がありません」
「しかし場合によっては電気と廃棄物を比較した結果、電気が著しい環境側面になったり、廃棄物がなったりすることもあるだろう」
「そういうことがあるでしょうか?
電力量がエネルギー管理指定工場なら著しい環境側面になるでしょうし、廃棄物は常に著しい環境側面です。
おっと、今、エネルギー管理指定工場と言いましたが、それは例えです。エネルギー管理指定工場なら著しい環境側面であることは間違いないですが、それ以下であっても著しい環境側面にしても悪いことではありません。
いわゆる約束事とか調整事項というもので、裁量範囲はありますね」
「君は廃棄物と電力量は比較できないと言ったが、廃棄物と電力量を比較するには、それぞれに配点表を作って点数を付ければ比較できるぞ」
「廃棄物と電力量の環境影響を、等しく評価できる配点表が作れますか?」
「当社が作った環境側面評価のテキストを購入して勉強してほしい。君たちの研究会の作ったテキストより、はるかに優れている」
「ではお聞きしますが、どのようにして配点を決めましたか?
どのように廃棄物と電力の点数を環境影響に合せたのでしょうか?」
「例えば当社の配点表はこのようなものだ。
この表を見れば、電力1200万kWhは廃棄物250トンに等しい環境影響であることが分かる」
電力量と廃棄物量の配点表 | ||
点数 | 電 力 | 廃棄物 |
5 | 1,200万kWh〜 | 250t〜 |
4 | 600万kWh〜 | 200t〜 |
3 | 400万kWh〜 | 150t〜 |
2 | 200万kWh〜 | 50t〜 |
1 | 〜200万kWh | 〜50t |
注:この表は私がデタラメに作った物ではない。こんなもの真面目に考える気がしない。
過去に売られていた某認証機関作の、環境側面の解説本に載っていたものである。
この表を見ておかしな点がいくつも見つかるだろう。
まず電力は第1種エネルギー管理指定工場が1,200kWh以上(原油3,000kL)だからそれに5点つけるように、第2種エネルギー管理指定工場は600万kWh(原油1,500kL)で4点、それ以下は適当に作ったのが見え見えだ。この表はエネルギー管理指定工場専用で、それ未満の工場には使えないのだ。
廃棄物のほうは階層の幅が2点配点が100tの幅があるのに、それより大きな配点3や4の幅が50tとはおかしい。これはなぜかというと、
どこかの工場が頭にあり、そこの実際の数値にこの配点表を当てると望んだ結果になるようにしているからだと思う。
それにしても電力量1,200万kWhとなると、特高(特別高圧)で電気代が安めとしても15億円になる。対して産業廃棄物250トンでは仮に特管の強酸廃液としても、1トン6万くらいだろうから、250トンで1,500万円、電気代のわずか1%だ。
産廃がすべて強酸ということはありえず、事務机や不良品もある。実際は廃棄物処理費用はその半分だろう。環境影響は費用の関数ではないにしろ関連はある。電気と廃棄物が同じ点数とは首をひねる。この数表はあきらかにおかしい。
要するにこの配点表は、希望する結果から逆算して作ったものなのだ。はっきり言ってまったく意味がない。
「質問です、電気の点数が2点から3点になるには電力量は2倍ですが、廃棄物が2点から3点になるには重量が3倍です。
同様に3点から4点になるには電力は1.5倍ですが、廃棄物はたった1.3倍です。更に4点から5点になるには電力は2倍、廃棄物は1.25倍とカーブが異なる。
点数が一つ上がる比率は初めは電力量が小さく、大きくなると逆転しています。
これはどうしてでしょうか? リニアでないのはもちろん、比率が増減していますね。
あきらかに、おかしいでしょう」
「それは当社内部で電力の専門家や廃棄物の専門家が、大量のデータを分析して算定した結果です。私は説明できないが、電気エネルギーの負荷はリニアでないのだろう」
「これは極めておかしなことです。電気と廃棄物の換算係数が量によって増減するとは、これを決めた根拠を見ないと納得できません。
その環境影響が等しいというのはどのように計算されたのか、証拠の提示を求めたいですね」
「そんなことはどうでもいい。この一例だけで異なる環境影響の比較ができることが分かっただろう」
「とりあえず、ご提示された換算表はいろいろ疑問があり同意できません。
では次の質問ですが、点数で著しい環境側面を決めるなら、工場から出る廃棄物が減れば廃棄物は著しい環境側面からなくなりますね」
「その通り」
「そうしますと廃棄物処理法で定める種々の管理は必要ないのですか?」
「著しい環境側面でないのだから、ISO規格で定めた管理をすることはない」
「では特管産廃のマニフェスト票を発行しないのですね?」
注:1996年時点、特管産廃(特別管理産業廃棄物)だけマニフェスト票発行義務があった。
但しいくつかの県では、特管産廃でない通常の産廃でも、マニフェスト発行を条例で義務付けていた。
「いや、特管産廃ならマニフェスト票を発行するのはもちろんだ」
「廃棄物置き場の看板とかもしなければならないでしょう。すると著しい環境側面でなくても、法律で決まっていることはしなければならないことになる。
では著しい環境側面か、そうでないかの違いは何でしょうか?
ISO規格では著しい環境側面に対応することが書いてありますが・・・それと矛盾しませんか」
「ISO規格の著しい環境側面と法規制は一致しないのかもしれんな」
「それですと著しい環境側面を決めて管理するということと、遵法とは無関係なのでしょうか?
ISO認証すると法に基づく仕事の他に、ISOのための仕事が発生するのですか?」
「・・・・」
「ええと、佐川さんの環境側面の理解は規格とは異なりますね。
ISO規格の定義では『環境と相互に影響しうる、組織の活動、製品又はサービスの要素』です。しかしお宅は規格本文で環境側面に行う記述から逆引きして、該当するものを著しい環境側面としている。
論理学を引き合いに出すまでもなく『AならばB』の逆である『BならばA』は真とは限らない。ですから、著しい環境側面に要求される管理をしているものを著しい環境側面とするのは間違いです。
これだけでお宅の考えは非論理的なことが分かりますから、お宅の方法は間違いですね」
「論理学からはそう言えますね。しかし会社の仕組みは、ちょっと違います。
企業の日常業務において、法律Aに関わるとか、法律Bに関わるとか、区別しているわけではありません。
企業ですから収入印紙や収入証紙それに切手などを日々大量に使います。収入証紙と収入印紙は租税公課、切手は通信費になります。費目が同一であることや各部門で個々に購入すると手間ですから、そういったものはまとめて総務が管理するのが普通です。
収入印紙だけでなく、効率化を図るため似たような業務は、法律の垣根を越えてまとめて社内の手順に展開します。
そのとき担当者は関係する法律を知らなくても業務は遂行できますし、法律も遵守できます」
「何をおっしゃっているか分かりませんが、あなたの環境側面の決め方は非論理的ということでよろしいね」
「よろしくないです。私の話をよくお聞きください。
要するに会社は法律を守るためには法律を展開して社内の手順を決めて、従業員はその規則を守って仕事をすれば、法規制のことを知らなくても仕事ができ遵法も徹底できる。そしてこの手続きがどの法律に基づいているのかなど気にしません。……ここまでは理解できましたか?」
「何を言っているのやら……」
「著しい環境側面を、どのような管理をするか規格で定めています。
4.3.2では環境側面に関わる法規制を特定して参照できる手順を確立せよ
4.3.3では環境目的の設定・見直しには環境側面に配慮せよ。
4.4.3では環境側面に関わるコミュニケーション手順を定めよ
4.4.6では著しい環境側面に関連する運用・活動を特定せよ
組織が用いる物品及びサービスの特定可能な著しい環境側面に関する手順を確立せよ
この5項目ですね。
つまりベン図を書けばこうなります」
注:緑の部分は環境以外、例えば品質、税法、商法などに関わるものである。
「法律の要求事項と言っても環境法もありそれ以外もある、更に環境法であっても著しい環境側面に関わるものもあるし、関わらないものもある。
ISO14001の著しい環境側面に関わるものは図でオレンジ色の部分だけです。
だが会社活動に関して環境だ、品質だ、情報管理だと区別することはありません。
上の図で、著しい環境側面からはみ出ている黄色い部分が、逆は真ならずとおっしゃった部分です。
会社では法律を守ることは必須です、しかしそれが環境に関わる法なのか、税法なのか、商法なのかを気にすることはありません。すべての法律を守らなければならないのですから。
あなたが『逆は真ではない』とおっしゃったのは正しい。我々は環境のためだけだけでなく、それ以外の仕事も合わせています。
『逆は真ではない』が、『著しい環境側面でないものに、著しい環境側面に要求されることをすることは、要求を満たさないことではない』。それは過剰ということでなく、環境法以外の法規制などを満たすためにしていることなのです。
ISO規格の要求から見ればイコールでなく、はみ出していますが、不足はしていません。
それで環境法だけを見ていると、一致しないと思えるわけです。会社の業務から見れば、必要十分であり過不足ありません」
「・・・・・ちょっと待てよ、法規制を調べるのはISOマネジメントシステム構築のときするわけでしょう?
あなたの話では、環境側面など、とうの昔に把握していて、手順に展開していることになる。そりゃ規格の記述と合わないでしょう」
注:今はどうか知らないが、ISO14001認証のためには、最初に環境側面を把握したり、法規制を調べたりすることが必須と語る審査員は多かった。
ISO規格制定前の企業は、それまで目隠しをして綱渡りしていたのだろうか?
どの会社も、事故を起こさないように、違反しないようにと務めていたと思わないのが不思議である。そう語った審査員が勤務していた会社では、事故多発、違反多発だったのかもしれない。
「既に会社は何年も過去から継続して存在しています。当然、創業時から常に会社に関わる法律を調べて、法律の制定・改正に対応してきたわけです。今はその仕組みを説明していたわけです。
それともあなたがお勤めの会社は、なにも調べずに創業し、ISO認証しようとしたときに会社に関わる法律を調べるのでしょうか?
もちろん法律は新規制定も改正もあり、企業も新業種に進出とか新工法や新材料の使用、あるいは派遣の採用とかあります。
それについても規格に定めてあるように、新事業への進出、新物質の採用、新工法、新設備の導入、そういったことがあると、会社の規則……遡ると労働安全衛生法、毒劇物法、公害関係法とかで決めてあるわけですが、とにかく企業の各部門は担当する法規制を調べるわけです。
そのように会社は関係するすべての法規制を調べて対応しているのです。そうでなくちゃ違反してしまいますからね」
「法改正があったときは?」
「4.3.1環境側面に『組織は、この情報を常に最新のものとしなければならない』とあるように、常時、法規制についても最新版に対応する仕組みです。
しかし企業で働いている者は、環境法を守らねばならないという意識はありません」
「じゃあ全く不適合じゃないか!」
「そうじゃありません。我々はすべての法律を守らなければならないという大前提があります。
そのとき、一般従業員はそれぞれの法律で決めていることすべてを理解することはできない。それで、これは何々法、これは何々法と周知するのではなく、会社がその業務についての規制、いろいろな法律で決まっていることをまとめて手順書にして実施させているのです。
それは環境法を守ろうという意識ではなく、会社のルールを守れば法は守ると認識しているわけです」
「そうなのか? いやそうだとしてもおかしいじゃないか。
御社の、いやこの工業会のまとめたものでは、法全般を守るということになる。それは環境法を守れというISO規格要求とずれがある。
それにISO14001の審査ではいろいろな法律すべてを守っているというのではなく、環境法規制だけを抽出して守っている証拠を見せてほしいのだよ。
お宅の会社の税法から輸出管理から安全衛生法まで一式出されて、法を守っていると言われても仕事にならないよ」
「確かにそれはそうでしょう。しかも普通の会社では規定類はISO14001の項番順ではないし、規格の用語を使って仕事をしているわけではない。
だからISO14001では環境マニュアルを作ることを要求していないけれど、認証機関は審査をやりやすくするために、環境マニュアルを作成することを要求していますね。それで十分じゃないですか」
「しかしマニュアルでは、どの規格要求が会社のどの文書に展開されてるかの記載しかない。ここは、会社の手順書をISO14001に合せて作ってくれたら楽になる」
「会社は環境だけではないし、法律も環境法だけではありません。廃棄物の契約書には廃棄物処理法だけでなく、印紙税法、暴排条例などの定めを反映しなければならない。世の中は認証機関を中心に回ってはいないのです」
「だけどなあ〜、審査をしやすいように、会社の手順書を項番順に用語も合せるとかしてほしいものだ」
「企業から見ればISO審査というものは、自分の会社の文書記録を見せて、ISO規格要求を満たしていることを確認してもらうことです。会社の仕組みそのものを見てもらうのが一番手がかからない。
それがISO審査のあるべき姿でしょう」
「いや、そんなことないだろう。認証機関に寄り添った文書にしてほしいよ。」
「今私が申したことで良いという根拠があります。規格要求ではありませんが、序文でそれについて記述しています。
『この規格に規定する環境マネジメントシステムの要求事項は、既存のマネジメントシステム要素と独立に設定される必要はない。場合によっては、既存のマネジメントシステム要素を当てはめることによって、要求事項を満たすことも可能である』
これはISO14001のために法規制やその他の要求事項、目的に考慮するなどのことを、従来から別の仕組みで行っていて、それがISO要求を満たすなら従来からの方法で良いということです」
「良い審査をしてもらうには、企業も審査員に分かりやすい資料を作るとか気を使うべきですよ」
「ISO9001は顧客満足の規格です。顧客とは製品やサービスを受け取る人のこと。ISO認証機関は審査を受ける企業の顧客満足を大きくするように努めなければなりません。
ISO審査を受けるには大金がかかります。それは審査料金だけでなく、提出を要求されている資料作成もあります。仮にマニュアル作成に50時間かかるとすれば50万かかるわけです。
こんなこと言っちゃなんですが、簡易なマニュアルで良いとか、マニュアルはいらないという認証機関も存在します。そういうところの方がサービスが良いわけですよね。顧客、つまり我々は認証機関を替えることを考慮しなければなりませんね。
ISO9001の4.6.2では『供給者は、品質保証要求事項を含み、下請負契約要求事項を満たし得る能力に基づいて、下請負契約者を選定する』とあります。
供給者はISO14001審査を受ける企業、下請負契約者は認証機関です。企業は認証機関を評価して、最善のところに発注しないとISO9001審査で不適合になるのです」
「ええー」
「我々は認証機関だけど、ISO9001の認証を受けていないから、顧客満足の要求とは無関係だ」
「それは存じております。
ただ私どもはISO9001の認証を受けており、認証範囲外にもその手順を適用しています。それが弊社の最終顧客への顧客満足の実現につながるはずです」
「・・・」
今までの質問者が静かになったので、それを見て別の認証機関の人らしいのが手を上げる。
「著しい環境側面の決定ですが、お宅ではスコアリング法ではない。この方法では問題があってまずいです」
「どのような問題でしょうか?」
「著しい環境側面を決めるには上位何件とかいうことで決めますね。あなたの方法では何件という件数にすることができません。
それが絶対的にダメな点です」
「そうだ・そうだ」と認証機関側から声が上がる。
佐川は自分一人で戦えず、後ろでヤジを飛ばすだけじゃしょうがないだろうと苦笑いする。
「著しい環境側面の数を決めろという規格要求はありますか?」
「えっ……
(しばし絶句)
要求はなかったですね。でも著しい環境側面がやたらと多ければ、しっかりした管理ができないでしょう。そのためには一定数以下に抑えることが必要です」
注:そんなバカを語る審査員はいないと思った方、いますか?
いっぱいいましたよ。管理できないから著しい環境側面を減らすという発想は、「事故が起きても良い」と同義です。
著しい環境側面は最小10件、最大20件にしろと審査員研修で教えていた講師もいまいしたね。
しかしねえ〜、そもそも「著しい環境側面の数を把握しろ」という要求もなかった気がするぞ(by 悟空)
「おっしゃる意味が分かりません。いや言葉は分かりますよ。ですが、著しい環境側面の件数が一定以下でないと管理できないという論は正しいでしょうか?
はっきり言って、大間違いです」
「大間違いだって!」
「著しい環境側面はしっかり管理する手順を決めろとあります」
「そうそう、だから著しい環境側面が多すぎると、手順を作りようがないだろう」
「手順を決めないと法に違反したり、コミュニケーションに関わることとか、事故や危険があるからですよね」
「まあ、そうだろうね」
「どこでも有機溶剤を使っているでしょうけど、作業場には省令で定める掲示板を設置するとか保護具の用意とかしますよね?」
注:この掲示板は2019年に大幅改定になったが、このお話の1996年はこの図のものが正規であった。
「もちろんだ」
「もし使用量とかで点数を付けて一定点数以下を著しい環境側面ではないとしたとしても、切り捨てられた作業が法規制を免れるわけはありません」
「確かにそうだな」
「そのとき有機溶剤の使用場所には、先ほど言いました法で定められた掲示板を掲げないのでしょうか?」
「いや、それは法律で決まっているから、掲示しなければならないな」
「すると著しい環境側面にしたものとしないものとでは、何が違うのでしょうか?」
「違いは著しい環境側面は管理しなければならず、そうでなければ管理しなくても良いことだ」
「でも著しい環境側面でないとしても、法規制がかかることは変わらないのだから、管理しなくて良いこととはどんなものがありますか?
保管庫や消火器は必要、看板は掲げる、有資格者は必要、何も変わらないじゃないですか?
ISO14001の著しい環境側面から外れたとして、なにかご
「だが、その考えでは著しい環境側面が増えるばかりになる。だから何らかの方法で数が増えるのを制限することを考えなければならない」
防毒マスク | |
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「だがその考えでは、著しい環境側面がものすごい数になってしまう」
「ものすごい数であろうとなかろうと、法律で管理しろとあれば、しなくちゃならないでしょう。
あなたの考えでは矛盾が起きてしまう。その原因は、著しい環境側面の数を増やしたくないという考えです」
「じゃ、著しい環境側面の数が、100とか200になってもしょうがないのか?」
「しょうがないという発想がおかしいです。法規制、危険性、高額などの理由で著しい環境側面になったなら、もれなく管理するというだけのことです。
そしてそれはISO14001が登場する前から管理していたわけです。会社なら当然のことですね。仕事が増えるわけではないのです」
「だけどそうすると数が多すぎる」
「その考えが理解できませんね。現実に法規制がかかるものや、異常が起きると損害が大きなものなどは従来からしっかりと管理をしているわけです。それをISO14001から見れば、やはりしっかり管理しろと言っているだけのことでしょう。
ともかくすべてを管理しないと、手が後ろに回るというだけのことです」
「うーん、」
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パチパチと拍手する音が響く。 皆が拍手の音の方を振り向く。 |
「佐川さんの話は、まったく真っ当ですね。
ISOがどうとか、著しい環境側面がどうとかではなく、佐川さんは今までの延長で法を守るためにどうするか素直に考えている、そこがいいです。
ISO14001と、従来からの法律、そして今までしていたこと、そこに矛盾はないはずです」
「すると著しい環境側面がいくらあっても良いということですか?」
「理屈から、管理しなければならないなら著しい環境側面です。
ただ数を減らすことが目的じゃないですけど、有機溶剤と言ってもトルエン、キシレン、ガソリンと物質ごとに管理するのか、第一石油類としてくくるのもあり、第4類危険物とするのもありでしょう。
それは著しい環境側面の数を減らすためではなく、安全教育とか有資格者など、運用の現実的に合せるためですけど」
「なるほど、毒物ならひとまとめにするか……」
「いや、毒物といっても金属毒とかシアンなどの場合と、生物毒では扱いが違います。基本的に実際の管理を考慮しなければなりません」
「はあー、そうですか」
「環境側面の考えは実態に合わせなければなりません。
例えば工場でISO認証するとき、騒音や振動規制の方に関わるものは著しい環境側面です。ですが一個一個をカウントするのか、騒音特定施設をまとめるかは考えるところです」
「そこは自由度があるわけですか?」
「全くのフリーハンドではないですね。管理上適切であることでしょう。
例えば、本社がISO14001認証するとき、著しい環境側面は何かと考えると、紙ごみ電気ではないですね。本社の本務は企業活動の統括です。
であれば工場の管理が著しい環境側面なのか、工場が著しい環境側面なのか、それ以外の区分も考えないとならないでしょう」
「正解はどうなのですか?」
「正解は、その組織次第ですね。私ばかりが語ってはまずいです。佐川さんいかがですか?」
「そういう事例も研究会で議論しました。
会社によって本社の機能は違います。外部コミュニケーションを本社が仕切っているところもあり、工場に一任というところもあります。
儲けている工場は本社からかなり自由に予算を決めているし、一方、儲けていない工場は本社の指示に従うしかない。そういうのは、どの会社でも同じようです。
ですから先ほどハワードさんがおっしゃった本社の環境側面は何かを考える前に、本社が工場をコントロールしているのか、アドミニストレーションなのか、持ち株会社のようなものなのかによって、全く異なります。
そして本社が工場を事細かく管理しているなら、工場単独では認証できないことになりますね。
いずれにしても組織の独立性というか実際の権限に合せたものでなければ、審査のたびにマニュアルで経営者とされている人が苦労されるでしょう」
「流石ですね。佐川さんを審査員に雇いたいですよ」
「私の本心ですが、規格適合判定をするお仕事より、企業でものづくり、改善活動、トラブル対策をしているほうが面白いですよ。実を言って、今はもう製造の第一線から離れてしまって残念です」
「そういう発想なら、著しい環境側面の決定方法は、スコアリング法ではだめということになるのですか?」
「そうではありません。正解は『審査員は、そういうことを言ってはならない』です。
著しい環境を決定する方法は組織が決めることであり、審査員はその方法が規格要求を満たしているか確認するのです」
「というと?」
「『著しい環境側面を決定する手順があるか』、それは『組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる、活動、製品又はサービスの環境側面を特定できるか』 『そしてその通り運用されているか』を調べるのです」
「ISO規格通りですな」
「ISO審査ですから当然です。付加価値とか会社を良くするなど考えることは、ISO審査から離れるだけでなく、審査のルールに反するのです。忘れないでください」
「そうするとスコアリング法とかフィルタリング法とか、そういうことはどうでも良いことになる」
「それは組織が選択することです。ただ著しい環境側面を何個以下にするとか、順位付けするということは無用ですね」
「つまらない小手先でなく、実質と結びついた本質的なことを把握しなければならないということだ。それは難しいのではなく、単純で分かりやすいことではなかろうか」
「そう思いますね。なによりも過去よりしてきたことを尊重すべきです。会社の仕組みは長年に渡ってリファインされてきたはず。
ええとそれから、今までのお話を聞いていると、気になることがあります。
それは、みなさんは著しい環境側面とは決定するものとお考えだということです。
そもそも、著しい環境側面は決定するものでしょうか?」
「規格にはそう書いてあるだろう。ええと4.3.1だ、『組織は、著しい環境側面をもつか又はもちうる環境側面を決定するために』とある」
「和訳はそうですね。英語の原文はどうでしょう?
『決定』に訳された英単語は『determine』ですよ」
「そうか! 私も同じ意味の日本語は『決定』だと思い込んでいた。英語の『determine』は、日本語の『決定』ではないのだね」
「えっと、どういうことですか?」
「和訳は『決定する』となっているが、英語の意味からは『自動的に決まる』とでも訳したほうが良さげだね」
注:US googleで「difference between decide and determine」で検索した結果。
"Decide" and "determine" are often used interchangeably, but "decide" generally implies making a choice or reaching a conclusion after considering options, while "determine" implies finding out or establishing the facts or cause of something.
Google翻訳
「Decide」と「determine」はしばしば同じ意味で使われるが、「decide」は一般的に選択肢を検討した後に選択をしたり結論に達することを意味し、「determine」は何かの事実や原因を見つけ出す、または確立することを意味する。
「日本語の決定は『人事異動を決定する』のように、決裁者の意思で決められるような場合に使います。それは『decide』でしょう。
規格の単語は『decide』でなくて『determine』です。その意味は必然的に決まってしまうとか、調査した研究した結果、分かったという意味です。
著しい環境側面を『決めろ』ではなく、著しい環境側面を『探せ』じゃないですか」
「その通り。『determine』は、『町の人口は川の水量で決定される』とか、『消防署は火元を決定した』という使い方をする。火元を決定したとは消防署長がここを火元としようという意味じゃないよね。いろいろ調査した結果、ここが火元だろうと推定することだ」
(二つとも英々辞典の例文にあった)
「いずれにしても人の意思で決まるものではありませんね」
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なんとか研究会のまとめた規格解釈を説明し終えた。
そして、この考えで審査に臨むので、認証機関は審査員に周知徹底をお願いするということで説明会を閉めた……わけだが、閉めてからも発言は止まらず、ひな壇のところに来て言いたい放題である。
「皆さんの規格解釈を伺いましたが、非常に残念です」
「ほう、どうしてでしょうか?」
「みなさんは審査で問題なく進めばよいと考えているようですね。そんな方法では、会社を良くすることはできません。
審査員が不適合を出すのは、会社を良くしようとするからです。ですから不適合を悪と考えずにありがたいことだと受け取るべきです」
注:ISO9001の審査員は適合・不適合の判定をしても、指導とか会社を良くしようという発想はなかったようだ。発想がなかった・指導をしなかったというのは、まさしく規格通りの審査である。
ISO14001になると審査員のカラーが大きく変わり、なんとかして会社を良くしてやろうという審査員ばかりになった。そんなこと誰も望まず、しかも審査のルール違反だったのにね、
会社の文書の階層が多すぎると文句を付けるとか、環境法も知らないのに、よく指導ができると思ったものだ。
「審査でそんなことをしたら審査基準違反ですよ」
「本を一冊書いたからっていい気になるな、中身なんて怪しいもんだ、
ど素人が!」
「まあ、冷静になりましょう」
「今、認証機関に来てみたまえ。門前市を成す状況だ。君たちがいちゃもんを付けるなら、私の方でお断りだ」
「確かに今は認証を依頼する企業が並んでいるでしょう。でも長くは続きませんよ。
どんなビジネスでも、相手の興隆を願って誠心誠意努めなければなりません」
「いい気になるな、小僧っ子が」
5mほど離れたところでハワードと佐川が見ている。
「日本の認証機関は、自分たちが領主か代官であるかのように認識しているのですかね?」
「そういう気はありそうですね。
不適合を出すとオロオロして泣きつくと思っているのでしょう。それだけでなく、審査でお土産をもらうとか、接待を受けるのが当然と思っているようです。
それ以前に、自分たちは教師であるという思い上がりが過ぎますよ。家電量販店に行って販売員と話せば、製品仕様や性能を説明してくれますが、決して上から目線、つまり教えてやるとか俺の方が詳しいという態度はしませんよ。
相手はお客様ですからね。ISO9001の意図は顧客満足ですが、それを実践している審査員はいるのですかね。環境だって同じですよ。サービスを受け取る顧客のためとは言いませんよ、リピーターになってもらう努力をしなくちゃね」
注:数年前だが、個人的なことで弁護士に依頼することがあった。最終的に依頼する前に二人の弁護士に会って相談したが、いずれも低姿勢というか、依頼者をお客様としての言葉使いであった。ISO審査員的な口調ではなかったですね。
なぜ3人に相談したかというと、そりゃ下請負者は評価しなければなりませんからね、
「ウチもその気はあるね。最初に雇用したのは砂漠の中でプラント検査をしていた人たちで、荒くれ者って感じでした。マナー向上、世間の常識を持たせるのが私の仕事でした。
幸い、英語には不自由しない人たちばかりですから、規格を誤解する人はいないと思いますが」
「物を買う時の三要素はTQC、つまり納期、品質、値段と言います。ISO認証ビジネスは提供するサービスが全く同じという特異な業種ですから、これからは値下げ競争が激しくなるでしょう。
ハワードさんは値下げ競争に巻き込まれずに、品質が良いという評価を勝ち取らねばなりませんね」
「佐川さんはこのビジネスはどれくらい続くと思います?」
「認証ビジネスは20年も30年も続くでしょう。
ただ認証件数はISO9001が10年後43,000でピークとなり、以降は減るばかりです。ISO14001は非製造業に広まると思われますが、認証したメリットがないから、ISO9001にはるかに及ばず、実際には20,000件で頭打ち、後は減る一方です。
となると認証機関はせいぜい10社程度が残り、それぞれ500社から2000社の審査をするような小さなビジネスになるでしょう。2000社で審査単価60万なら12億ですか、中小企業ですね。それで利益を出すよう固定費を小さくしないとなりません」
「予言者の言葉と受け止めます。それに備えましょう」
「とはいえ、日本は世界の認証件数の大きな割合を占めるでしょう」
「確かに、ISO9001もそうでしたね、私がリタイヤするまでは安心か、アハハハ」
激論の中で笑う二人を、研究会も認証機関側も呆れたように見つめた。
本日の願い
できるなら、いや、できたなら、認証機関側と論戦をしたかったですね。
環境方針にISO規格の語句がないからと、方針だけで不適合を何件も出されたときは血圧が上がりましたよ。
審査員に「危険物貯蔵所が違法だ」と言われて消防署に相談に行ったら、担当者から「そんなことを言わしておくな」と、こちらが叱られました。
まあ、ろくでもない審査ばかりでした。
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注1 |
危険物の指定数量とは消防法で定めたもので、火災や漏洩などを考慮して「これ以上保管する場合は、事前に申請をして、建屋、消防設備、有資格者をそろえて検査を受けて合格しなければならない」という数量である。 指定数量の2割以上は条例で対応を決める。2割未満は法規制がない。 ![]() | |
注2 |
雪国では条例によって、家庭用の灯油タンクは400L以下まで認められている。![]() |
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