25.05.19
注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
新たなISO物語の始まりです。
10年も前の第一作、「 ケーススタディ」はISO規格を理解しようという真面目な物語、第二作の「 マネジメントシステム物語」はISOと関係なく、企業のマネジメントシステムはどうあるべきかを考えたもの。第三作の「 審査員物語」は思いもかけずに審査員になった人の悲喜劇、第四作目「 異世界審査員ではISO認証の無意味さを追求したお話。(異世界で無双しません)
そして第五作の「 ISO第三世代」は企業でISO認証に関わった人たちも、何度も世代交代が行われ、もう第三世代になっていて、認証の価値、意義を真面目に考えてたお話でした。
企業の立場でISO認証・ISO審査に関わってきた人が思い返せば、一番困ったことは審査でのトラブルでしょう。
審査員の一方的な判断や ユニークな要求事項などで困ったことが一度や二度はあるはずです。
エッ、10辺もありましたか?
私もそんな人生を20年も過ごしてきました。
そんな憂さを晴らしたいお気持ちはありませんか?
残念ながら、人生はやり直しできません。しかし小説には生まれ変わりとか二度目の人生を生きるなんてのもあります。
その発想をいただき、私の分身に無双を張ってもらおうという思い付きであります。
そんなお話で、あなたや私に代わって審査員に対する恨みを晴らそうという趣旨であります。
およそ一個の男児としてISO審査で苦しみ斃れた(死んでないけど)元サラリーマンが、なぜかISO認証の黎明期にタイムスリップして審査員をちぎっては投げ、ちぎっては投げと無双する物語。
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注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
ピンクで染めた部分が進捗です。
西暦 | 世の中の出来事 | このお話の出来事 | 話数 |
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1992 | 新幹線のぞみ登場 | 主人公佐川が若返る 課長解任され平となり、品質保証に異動 | 第1話 〜 第8話 |
1993 | EU統合 日本でインターネット始まる | ISO9001認証にチャレンジ 佐川の成果から本社応援、後に本社転勤 | 第9話 〜第43話 |
1994 | 関西国際空港開業 松本サリン事件 | ISO9001認証も一段落
| 第44話〜第47話 |
1995 |
阪神淡路大震災 オウム真理教地下鉄テロ |
| 第48話〜第68話 |
 1996

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北海道豊浜トンネルで岩盤崩落 |
ISO14001制定前からFDISで仮認証始まる★ 年末にISO14001制定される | 第69話〜第68話 |
1997 | ロシア船ナホトカ号沈没油流出 ペルー日本大使館事件 | ISO14001認証始まる | |
業界団体の説明会の翌日、黒部審査登録機構である。
昨日の工業会の説明を聞きにいったのは黒田部長であった。
いろいろ研究会の説明にケチを付けたが、ことごとく反論されてしまった。このままでは奴らの言う通りに審査をしなければならなくなりそうだ。
朝からISO14001のFIDSの検討をしている者を集めて、昨日の報告をしている。
初めは客観的に報告しようとしたのだが、すぐに愚痴とか自分たちの見解が間違っているのかなと、かなり弱気である。
「環境方針が規格の箇条(箇条書きされたもの)の通りでなくても良いというのは、当たり前なのか?」
「当たり前のように思えますね」
「そうはいっても審査のとき規格を満たしているかの判断は、箇条なら簡単で間違いない。文章を読まなければならないなら、時間もかかるしいちいち規格と照らし合わせなくちゃならないし、厄介だね」
「ISO9001より方針の要求が増えましたから、箇条書きの方が漏れもなく良いのではないですか?」
「わしも面倒だと思う。審査なんてサッサと片付けたいものだ。文章でダラダラ書かれたら時間ばかり食う。環境方針と言ってA4で1ページも読まされたらたまらんよ。
それを業界団体は規格要求でないから自由に書いて良いと言っている。
それから規格で使っている用語で、記述する必要もないと言っていた」
「規格の用語と言いますと?」
「環境方針では『組織が同意するその他の要求事項』とか『枠組み』とかかな。
審査員はその会社のことに詳しくないから、業種特有の○○宣言とか○○協定を守りますとあっても分からない。だから『組織が同意するその他の要求事項として○○宣言を遵守する』とかの文章にしてほしいと言った」
「回答はどうでした?」
「方針とは経営者の意思だから、業界とか社内で十分通用することなら『○○宣言を遵守する』で十分だという。他の認証機関も分かりやすく書いてほしいと言っていたが、無用だと言われた。
それに『枠組み』とか『継続的改善』などの語句が、方針になくても問題ないと言われてしまった。これはどうなんだ?」
「『枠組み』と書かなければ別の言葉を書くのでしょうか?」
「規格が『環境目的及び目標を設定し、見直す枠組みを与える』だから、そのようなことをルール化して、年度首に環境目的を掲げれば十分だというんだ。それで良いのか?」
「『継続的改善及び汚染の予防に関する約束を含む』についてはどうするんかね?」
「いっそのこと、ウチの審査を受けるなら、規格の箇条通りに環境方針を作れというのはどうでしょう」
「そりゃ、まずいだろう。環境マニュアルは規格要求じゃなくて、審査契約で要求している。それはシステムについての要求じゃなくて、システムのサマリーだ。
方針を箇条書きにしろとなると、システムに関わる。それはまずいだろう」
「どうでしょう、環境方針と規格の箇条の対照を示してもらうとか」
「おお、それはアイデアだな。事前に環境マニュアルを出してもらうとき、それを作成して添付してもらおうか」
「でも環境方針とは世の中に公開するわけでしょう。そういうものがないと理解に困るのでは、規格の方針の条件を満たさないのではないですか?」
「実は私はアメリカの企業の環境方針をだいぶ探して読みました。もちろんまだISO14001が制定されておらず、各社の方針は自主的に作ったものですからバラエティーに富んでいます。
あ、アメリカの環境方針調べたわけは、あそこは環境意識高いですから1990年代初めから環境方針を制定して公開しているところが多いからです」
「それで、」
「まずスローガンとかモットーのような、短いフレーズのものはありません。皆、文章です。それが一行とか二行ではなく、長いのです。A4で1ページくらいあります。もっと長いのもありました。
中には企業創立の由来から書き起こすのもあり、そういうことから我々はこうあるべきだ、みたいなものが多かったですね」
「つまり役に立たなかったと・・・」
「いえ、その逆です。
ISO9001のとき、日本企業の品質方針は各社いろいろでしたが、共通点がありました。
それは襖の額にあるような短い文句だったことです。短ければ漢字四文字とか、多くはSVOCの文章一行、長くても五七五七七、まさに詩吟とか和歌ですよ」
「そう言われるとそうだねえ〜。『品質で社会に貢献する』なんて方針ではなく社是とかモットーでしょう」
「それで二俣君は何を得たのかな?」
「もし規格を作った欧米人の考えが……もちろんISOTC委員には日本人もいますが、彼らもそういう考えで規格を作るでしょうから……方針とは五言絶句とか七言絶句ではなく、ある程度長い文章でその会社の目指すところを説明するものだということです」
「イメージが湧かないけど、どんなものだろう?」
「うーん、何と言ったらよいか……あっ、あれですか、よく社長が年度首の挨拶で語りますよね。事務所なら起立して、工場なら職場で整列して放送を拝聴するってやつですよ。
文章にして2〜3分なら1,000文字ですか。A4で1枚くらい。
そして内容もそんな感じですね」
「大体イメージがつかめたよ。昨年の反省、世の中の動き、それで今年はこういう方向に向かっていく。開発、生産、営業の目標を示して、よく展開して実施せよという奴だね」
「そうそう、もちろん環境方針は環境について示すものですが」
「イメージは分かったが、そういうものが環境方針なのかね」
「そういうものだとすると、先ほど黒田部長のおっしゃった『継続的改善』とか『枠組み』とかの出番はなさそうですね」
「確かにどういう枠組みかは会社の規定で決めるだろうし、環境目的の展開も同様だろうなあ。
規定で決めていなければシステムができてないことになり、決めてあるなら毎回言い出すこともない」
「規格の文言を満たすとはどういうことか、規格の語句を使わないでできるのか、
先ほど話に上がった五言絶句、規格の箇条の文言を入れ替えたもの、年度方針もどき、それぞれについて規格適合を考えてくれ」
「了解しました」
*****
同じ頃、ここは赤玉審査登録センターである。
昨日、業界団体の認証機関に参加した幹部が、関係者を集めて話をしている。
メンバーは昨日の説明会に出席した、赤川部長とかねてからISO14001を検討してきた、赤井と赤羽である。
「オイオイ、とんでもないことを聞いてきたよ。
環境側面についてなんだけどね、いろいろあって圧倒された。
ええと……解説していた奴の名刺をもらったはずだが……これだ、これだ、吉宗機械の環境部佐川課長という。
こいつに何を質問しても、分からないなんて言わない。すべてに真正面から回答する、たまげたね。俺たちよりISO認証に詳しいんじゃないか。
まっ、それはないか
それでだ、環境側面について彼が語ったことはいろいろあったが、いずれも驚くことばかりだった。本当かどうか、みんなで吟味してほしい。
ひとつは、著しい環境側面は決定するものでなく見出すものだという。要するに我々が、著しい環境側面の決定方法を考えるのはおこがましいのだそうだ。著しい環境側面は、はなから決まっているもので、調べれば分かるのだという」
「それは言い方の違いで、同じことじゃないですか。
点数を付けて決定したと言っても、それぞれの点数を計算した結果、分かったと言っても同じです」
「なるほど、そういういい方なら同じものと思えるな。
次に環境側面は絶対値で決まるもので、他の側面との比較で決めるものではないという」
「他の側面との比較じゃないというと、いかなる環境側面にも著しい環境側面になる閾値があるということですか?」
「閾値というか該非かな〜。奴の言うのは簡単なんだよ。
ひとつの環境側面について、法規制、事故のリスク、何か起きたときの被害の大きさを考える。その三つの観点で、ひとつでも該当したら著しい環境側面になるという」
「なんか大雑把な方法ですね。我々が編み出したスコアリング法の方が、はるかに精度が高そうですよ」
「スコアリング法といえば、そいつはスコアリング法をけちょんけちょんに貶していた。
奴が言うには、スコアリング法は、我々が暗黙に著しい環境側面と考えているものを、高い点数にする方法に過ぎないという」
「そう言われると弱いですねえ〜。正直言って最初から著しい環境側面なんて、分かっているのです。
先ほどの著しい環境側面は、はなから決まっているのだから、調べれば分かるという理屈はその通りですね」
「だとすると、ウチの出版している本で、著しい環境側面の決定方法を教えているのは嘘っぱちなのか?」
「本の中では算式や係数を調整して、自分が考えたものを著しい環境側面にしろと入っていませんよ。
でもISO14001認証のセミナーで鈴木講師は、自分の考えている著しい環境側面が計算の結果そうなるように、配点表の作り方、計算式を調整するとはっきり語っていますね。幸いに配付するテキストにはそう書いてはありません」
「オイオイ、そんなこと講座で言ったら受講者から苦情が来るだろう」
「いえいえ、そんなことありません。皆、真理を探究しているわけじゃないです。ISO認証なんてつまらない仕事ですから、審査でもめずにサッサと片付ける方法を教えてもらえればハッピーなのです。
そうすれば審査員は楽できる、会社側も楽できる、世間もISO認証企業が増えて喜ぶ、三方一両損じゃない、三方良しですよ」
注:ISO9001で出遅れた反省から、多くの企業がISO14001では認証を急いでおり、認証機関が開催するISO14001の講習会は1996年になると、規格制定前から盛況だった。某認証機関の規格解説を聞きに行ったときのこと、会議室の後ろの方にパイプ椅子を並べてそこに座らせられた。

講習会と言っても、ISO14001の解説、規格解説、法規制の講習、著しい環境側面の決定法など、両手ほどあり、皆受講すると審査員研修と同じく30万くらいになった。まさに認証機関のドル箱だった。
お察しの通り、中身はみな屑だったけどね、
「それなら最初から気づいたものを、著しい環境側面にせよと言った方が速くて簡単じゃないか」
「それを言っちゃお終いですよ。みな大人の世界でお芝居をしているのです。環境に良いことをしようと」
「おいおい赤羽君の言ったことが正しいなら、昨日お邪魔した業界団体は、そんな大人の世界を知らない青臭い連中なのか?」
「青臭いと言えば、そうなんでしょうねえ。
でも本当にISO14001を役立てようとか、その逆にISO14001認証によって会社の仕組みを悪くしたくないという、矜持溢れる人たちかもしれませんよ」
「オイオイ、ISO認証すると、会社の仕組みが悪くなるのか?」
「そもそも会社は、環境のためにあるわけじゃありません。会社は設立の趣旨を実現するために存在します。
松下電器なら水道理論、低価格で良い品質の商品を人々が水道水のように容易に手に入れられる社会を目指すとか、病気の人をなくそうと医療器具を社会に供給するとか、世の中に平和と幸福を広めたいとか、どんな会社にも設立の理念があり、それを実現するために事業を行います。
遵法とか環境保護とかは、事業存続のために手段にすぎません」
「企業理念? 話が発散するなあ〜」
「いえいえ、発散してませんよ。そういう理念を持っている人は、先ほどの審査員は楽できる、会社側も楽できる、世間もISO認証企業が増えて喜ぶ、三方良しなんて、世間ずれした考えができません。
そういう世間ずれした考えと、己の職務を全うしようという価値観は相いれないのです。
会社は企業理念を達そうと、定款に定められた事を推進します。そこに。いい加減で良いとか、非効率なことも世の付き合いという発想はありません。常に真剣勝負でしょう。
認証機関が楽したいとか、審査をやり易くという発想を、受け入れないでしょう。
審査をやり易くするために、会社の文書をISO規格に合わせてほしいとか、ISO用語を使って欲しいという甘えは認めないでしょうね」
「つまりそれは、環境側面ならいい加減な考えでなく、まっとうな方法を取る、認証機関が分かりやすいようにしてくれと言えば、断固拒否するということになるのか?」
「赤川部長のお話を聞く限り、彼らは真剣にISO規格を解釈して、真面目にその実現を図っていると思いますね。その結果はそうなるでしょうね。青臭いと言われようと」
「笑ってすますわけにはいかないと……」
「審査で問題があれば、異議申し立てをする。決着がつかなければ民事訴訟という話でしたね。
それって会社員としてまっとうな仕事をしようと思うか、ISO認証ごときでカッカすることがないと考えるか、大きな分かれ道ですね」
「民事訴訟とは大げさな、たかがISO認証だよ。製品の瑕疵とは違う」
「そうです。赤井さんの言う通りです。ISO認証なんて簡単に処理してしまおうという人にとっては、たかがと言われるようなものなのです。
ISO認証は、売買契約とか法規制を守るなどより価値の低い、間違っても大きな問題にならない、下らない仕事だと思えば、認証機関が何を言っても、子ども相手と同じくハイハイと聞いて適当にお茶を濁す、そういうことですよ。
しかしISO認証を真正面から受け止めて最善と尽くそうとする人から見れば、そうじゃありません。裁判もするでしょうし、答え場合えば良いというものではありません」
「赤羽さんは民事訴訟が当然と考えるのか?」
「赤井さんは製品の瑕疵とは違うとおっしゃいましたが、どう違うのでしょうか?
製品の品質問題とか契約不履行、そういったものよりISO認証の手抜きやごまかしは軽いのでしょうか?
これって、見方を変えると我々認証機関の真剣さが試されている、まさに踏み絵ですよ」
「確かにここいるのは、私も赤井君も赤羽さんも、みな出向者だ。出向前のときと今は仕事に対する気構えは違うだろうな」
「確かに仕事は変わりました。物を生み出す仕事からある意味保守的な仕事に代わりました。
しかし認証機関ならこんなものだと割り切れますか?
その研究会とやらは青臭いと言いましたが、言い換えると仕事に真面目に向かい合っていると思いますよ」
「つまり赤羽君はどう思っているのかね?」
「単純明瞭です。彼らが真剣に取り組んでいるように、我々も100%真剣に対応するのか、認証機関としての鼎の軽重が問われているのです」
「鼎の軽重か……我々の鼎が軽いことは間違いないな、アハハハハ」
*****
同じ頃、ここは緑環境認証機構である。
昨日、業界団体の認証機関に参加した幹部が、関係者を集めて報告をしている。
「いや、昨日さ、○○工業会の環境部というところが主催した説明会に行ってきたんだ」
「業界団体が主催したISO規格説明会ですか?
認証機関と立場が逆じゃないですか。企業の連中が、認証機関に規格の説明ができるわけないでしょう」
「それがさ、すごいんだよ。自信過剰というんかな、業界団体のISO検討結果をISO審査の基準にしろ、そうでない認証機関には業界傘下の企業は審査を依頼しないと言っていた」
「アハハハ、そりゃ、傑作だ。自信過剰極まれりですな、発言した奴の顔を見たいものです」
「それがさ、イギリス系の認証機関でB○○社って知ってるだろう。日本の認証機関が立ち上がる前から日本で審査業務をしていた。
そこの社長が来ていて、業界団体の見解を手放しでほめていたよ。冷やかしとかリップサービスじゃなくて、その考えが全く正しいという。
そう語るのを見て驚いた」
「ほう、どんな内容でしたか?」
「驚くことは多々あった。解釈がというかスタンスが違うんだよ。全く未知のものというとらえ方ではなく、今までしてきた会社の業務がISO規格要求に対応する、要求を満たしているはずだというスタンスだったね」
「まさに自信過剰ですな」
「だがイギリスの認証機関の社長が、その方法が適正だと多くの人の前で宣言したのだから、まっとうな解釈なのだろう」
「そうしますと部長、なんですか、その解釈が広まると我々の審査方法も、影響を受けることになりますか?」
「間違いなく影響を受けるね。そしてそれはISOコンサルの必要性を減じ、まっとうな経営をしているなら、何もせずに審査はOKとなる、言い換えると認証のための手間暇いらず、コンサルいらずと思える」
「我々の解釈が、まっとうでなかったように聞こえますよ」
「そう言われても仕方ない。私もいろいろ発言というか質問をした。
環境方針について議論をした(第79話)。規格の箇条通りでなければならないだろうと突っ込んだが、規格に箇条通りに書けという要求がありませんとさ」
「ウチでは既に『ISO14001認証ガイド』という本を出してますが、そこでは規格の箇条通りに作ることを推奨していましたね」
「そうなんだよ。あいつらの見解がメジャーになれば、いい恥さらしだ。慙愧、慙愧だ。
しかも私が説明者に論理のすり替えだと言ったら、相手に名誉棄損で訴えると言われたよ」
「へえ、ISO規格の議論で民事訴訟ですか?」
「いや、規格の議論というか、相手の鼻をへし折ろうとした私の言葉がまずかったのだがね。
それは反省するとして、やつらは自分たちの主張に確固たる自信を持っている。議論するなら、しっかりとした証拠を提示して反論しろと明言していた」
「喧嘩腰ですな」
「まさしく、それだけ命を懸けているというのか、自分たちは規格を満たし会社に役立つISO認証を実現するという意気込みは感じたよ」
「部長、その他にどんなユニークな主張がありましたか?」
「主張以前に、規格をしっかりと読んでいることだな。翻訳は役に立たないからと英文を根拠にしていると言っていた。
そうそう、イギリスの認証機関の社長からも言われた。JIS和訳は正確ではないから英文をメインとするようにと」
「それは私も感じていました。Considerとtake into accountなど、ニュアンスというか要求の強さの程度が和訳に反映されてません」
「その他に関連するISO規格、特に審査に関する規格類を……実を言って、私もクロージングミーティングで、異議申し立てできることとその方法を伝えなければならないとは知らなかった。
とにかくISOMS規格だけでなく、審査の規格などを自家薬籠としていると感じたよ」
「部長がそうおっしゃるならツワモノなのでしょうな」
「特に著しい環境側面に関する話は、君たちも是非聞くべきだったよ。あれほど真剣に深く考えているとは思いもしなかった」
「具体的にはどういうことですか?」
「一番は著しい環境側面は決定するものでなく、決定されるものだと言っていた」
「決定されるとは?」
「イギリスの認証機関の社長が言っていたが、『determine』は、『町の人口は川の水量で決定される』とか、『消防署は火元を決定した』という使い方をすると言った。町の人口は誰かが決めるのではなく、利用できる水の量で決まってしまう、火元を決定したとは消防署がここを火元にするという意味じゃない。いろいろ調査した結果、ここが火元だと推定することだと言っていた」
「なるほど、そういう考え方なら、我々が意気込んで著しい環境側面を決定しょうなんて言えば、失笑を買うでしょうね」
「著しい環境側面は相対値ではなく、絶対値だとも言った」
「絶対値とは?」
「灯油でも電気でも、他の環境側面との比較でなく、灯油の量とか電力量で著しい環境側面か否かが決まるのだという」
「その理屈を知りたいですな」
「ISO規格では著しい環境側面には、法規制に対応する手順を確立せよとあるから、そこから必然的に、比較するまでなく廃棄物は著しい環境側面であるという」
「確かに廃棄物はすべてが法規制にかかりますからね。電気もいかほど使えば、著しい環境側面になるかは分かります」
「だから異なる環境側面を比較する必要はないそうだ」
「確かに廃棄物を著しい環境側面でない会社はあり得ないですね」
「家庭というか個人でも、廃棄物処理法から逃れることはできないからね」
注:「不法投棄をすると、5年以下の懲役、又は1000万円以下の罰金に処せられます」という看板をよく見かける。あれは嘘ではありません。実刑とか1000万の満額回答の判決は見たことありませんが、個人がした不法投棄でも100万の判決(略式の上限)は出ています。
100万円払うなら、ゴミ出しの日と場所くらい守りましょう。
「どこの認証機関か知らないが、その考えにかみついていたが、軽くいなされてオシマイだった」
「そうするとウチでも規格の解釈というか見解をまとめてきたところですが、見直すところがあるかもしれませんね」
「まあ、その前に彼らの主張を吟味しなければならないな。
別に自信を失うことはないが、見直しは必要だ。見直しは問題があって直すことではなく、再度、チェックすることだから、結局問題がないことを確認することになるかもしれない。だが見直しはしなければならないな」
「配布された資料はあるのでしょう?」
緑川部長は緑山にA4で厚さ2センチほどの資料を渡す。
「こりゃ……すごい、通読するのに二日はかかりそうだ」
「後でいろいろ使うだろう。先々を考えて30部コピーを作ってくれないか。私も1部欲しい」
*****
同じ頃、業界団体の会館である。
佐川、山口、田中、金子、中村そして業界団体の職員である吉本が反省会をしていた。
F社 中村 | | | | 業界団体 吉本 |
H社 田中 | 吉宗機械 佐川 |
N社 金子 | 吉宗機械 山口 |
「佐川さんも田中さんも、認証機関を下請業者扱いしたから心配したわ。目上扱いしないと」
「はあ〜、どうして我々が審査員を目上扱いしなければならないのですか?
彼らは業者ですよ。といって下に見ているわけではなく、対当です、対当」
注:業者とは差別語でも何でもない。庁や企業から仕事を受けている会社や個人をいう。
官公庁や自治体にいくと、一流企業でも一流商社でも「業者の方」と呼んでいる。
一度某所で超大手の某商事の人が「俺、業者って呼ばれたよ」とこぼしていたが、それっておかしくないぞ。
「そんな、喧嘩腰ではいけませんわ」
「私のことでしょうか。私が論理的に話していたのを、論点のすり替えだとか言われては納得できませんね。結局、あの方は最後まで訂正も謝りもしませんでした。謝らなくても良いから、訂正だけはしてほしいですよ。
しかし、なんで吉本さんが認証機関に気を使うのか不思議です」
「いいわ、来年から環境部の担当を外してもらうから」
「私がここの環境部に参加して数年になりますが、このISO14001対応の研究会の成果が最高だったと思いますよ。あちこちに余計な気を使うことありませんよ」
「吉本さんも嫌な仕事をさせて申し訳なかった。どうぞ、異動を希望してください。今まで、お疲れ様でした。
ところで昨日の反省だが、皆さん気づいたことをお話ください」
「私自身のことですが、発言を認めた人以外、大声で発言する人をリジェクトしなければなりませんね」
「奴らはいちゃもん付けようとしているのだから、司会が頑張ってもうまくいかなかったと思う。山口さんは良くやってくれたよ」
「表立っては反対意見を大声で言っていたけど、内心は私たちの見解をみて納得したというか、自分たちの考えが未熟だったと感じたと思いますよ」
「佐川さんは楽観的ですね。本当にそう思います?
昨日の締めは、この業界傘下の企業はこの考えで行きますから納得してねということでしたが、向こうが了解したとは言ってませんから、納得したとは思えません。
審査になればジャンジャンと不適合を出すんじゃないですかね?」
「審査の判定に納得できなければ異議申し立て、話が付かないときは民事訴訟と言ったでしょう、向うの方はギョッとしていたから、我々の主張が納得できなくても自分たちの主張を引っ込めると思いますよ。
あっ、もちろん異議申し立てしますし、一致を見なければ裁判はともかく転注ですよ」
注:「転注」とは発注先を変えること。この場合は審査を依頼する認証機関を替えること。
「ハワードさんのアシストが良かったですね」
「確かに、彼が口を出してから、皆、発言に慎重になったね。
あの人はISO業界では有名なの?」
「有名かどうかは存じませんが、B○○の社長ですし、イギリスでBS5750やBS7750の審査をしていたそうです。昨日の聴講者たちとは、環境マネジメントシステムの審査経験があるか・ないかの違いはあったでしょう」
「なるほど、それなら彼が良いというのを、悪いとするのは勇気がいりますね」
「勇気というより、自分の考えに自信がなかったのでしょう」
「とりあえず、これからどんどんと仮審査を受けて仮認証に進むわけです。
昨日の結果を、業界加盟企業に報告するとともに、審査では業界団体が配布した資料通りにすればOKということを通知しますよ」
「それで良いでしょう。産業環境認証機関とB○○社とは話が付いているから、そこは揉める心配はない。
それ以外の認証機関に依頼した場合、我々の責任がありますから審査に立ち会うようにしたいですね」
「認証機関はどこも、審査を受ける企業以外のコンサルなどの立ち合いを禁じています。審査手法などがノウハウらしく他に見られたくないのですって」
「工業会から、審査が適正かどうか確認のために、陪席させるという通知を出してもらえませんか。我々は認証機関に対して工業会の手の内を全部見せたのだから、それを是として審査しているかどうか確認する権利も義務もあります」
「そういう強圧的なことはしたくないわ」
「吉本さんが動けないなら、ウチからお宅に出している理事に話してみますよ」
「あー、分かりました、分かりました。
田中さんのおっしゃるように、私から工業会環境部の者が審査の際に陪席させてもらう旨の通知を出します。トラブルになったらお願いしますよ」
本日、持たれた疑問への回答
認証機関と話が付けば、審査で問題が起きるはずがないでしょうって!
私が現役のとき、審査で問題があれば認証機関にお邪魔して、認証機関の幹部とその審査員に懇切丁寧に説明したものです。
それで次から審査で問題は起きないだろうって?
なわけないでしょう。
相手が了承したから大丈夫と思っていると、その審査員は別の会社では相も変わらずネジくれた解釈で審査をし、不適合を出していましたね。
実を言ってそこも関連会社でしたから、そういう情報は入って来るのでした。
是正を図るのは忌避するしかありませんね。
裁判官と同じく個人の良心に従って審査をしているのでしょうか。でもね、ISO審査員は裁判官でなく、単なる検査員ですよ。開いた口がふさがりません。
日本国憲法 第76条第3項
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
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