タイムスリップISO84 審査トラブル3

25.06.05

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。



第83話から続く
短い休憩を終えて、また審査が始まる。
辻井環境課長が席を外したので、そこに余部製造部長が代わりに座る。
余部部長は、傍に座ることで内山を応援しているつもりだ。


須田審査員須田審査員 余部製造部長余部製造部長
小畑審査リーダー小畑審査リーダー 内山内山担当

小畑審査リーダー 「さてと、続きを始めよう。
問題は著しい環境側面の決定が論理的でないことかな?」




内山は黙っている。


小畑審査リーダー 「何も言わないところを見ると、お宅の著しい環境側面の決定方法が、論理的でないことを自覚しているわけだ」

内山 「えっ、私の発言を待っていたのですか?
論理的でないと言われても、この方法はロジックゲートと呼ばれていて、直訳すると論理の関門です。
この場合は、横長の菱形は種々条件を設定しておき、入力があると条件合致するか否かによって選り分けていく論理式そのものです」

小畑審査リーダー 「お前はふざけているのか


余部部長は腕組みをほどき、ジロと小畑審査員を睨む。
余部部長の口がピクピクしているから、言おうか言うまいか迷っている風だ。
それを見て須田審査員が慌てて口を挟む。


須田審査員 「小畑さん、抑えてください。ちょっとまずいです」

内山 「何を怒っているのか分かりません。論理的でないと言われましたので、論理的であることを説明したのです。
著しい環境側面の決定方法がこの論理でまずいなら、どういう方法が論理的なのでしょうか?」

小畑審査リーダー 「スコアリング法があるじゃないか。
何ものかを評価するとき、仕様や性能などいくつかの指標を決めて、それぞれ数値で評価して総合点を算出して、総合点を比較して最適なものを選択する方法だ」

内山 「確かにそういう手法もありますね。車とか家電品あるいは家を買うときは、そういう手法が使えるかもしれません。それは比較するものが同じカテゴリーだからです。

しかし電力と廃棄物あるいは排水の環境影響を比較するときに、そういう手法が使えるとは思えません。といいますのは電力と廃棄物に共通する指標はないからです」

自動車を買うとき、縦軸に候補となった車種を列記し、横軸に、値段、下取り、燃費、室内の豪華さ、トランクルーム(貸倉庫でなく、車後部の荷物入だよ)の広さ……なんてマトリックスを書いて、升目に点数を書き込み、総合点が大きい車を買う人がいるだろうか?

車 種値 段下取り燃 費車室の広さトランク総合得点
A4533318
B4332416
C2345519
D5342216

大多数はそんな野暮なことをせず、惚れこんだ車を買うはずだ。
会社の投資計画などでは、そういう資料を付けないとならない場合もある。

同様に1980年頃真っ盛りだった小集団活動の発表会では、テーマの選定、課題の明確化、目標設定、施策立案、
プレゼンテーション
聴講者
最適策の検討、実施、効果の確認、歯止め、反省と今後の課題、発表の方法、なんて項目をつけて採点したものだ。
それで良い点数のチームが入賞かというと、実際は違った。
選考委員は発表を聞いて良いと思ったものを上位にして、そうなるように各グループの各項目の点数を調整した。
要するにスコアリング法とは、特定の条件下でのみ実用になる手法である。

小畑審査リーダー 「電力と廃棄物の比較にも使えるんだよ」

内山 「ええと、今は審査をしています。審査とは、その会社のシステムが規格適合か否かを調べるわけです。そのとき会社によっていろいろなアプローチがあるでしょう。というのは規格を満たす方法も一つしかないわけではないからです。
小畑さんはスコアリング法が良いと思っていても、私たちが考えた方法でも要求を満たせば適合判定をされると考えています」

小畑審査リーダー 「生意気な……解決策がひとつしかないわけではないなんて誰が言ったの?」

内山 「ISO14001規格に書いてありますよ」

須田審査員 「えっ、本当

内山 「序文の末尾を見てください。
『この規格に規定する環境マネジメントシステムの要求事項は、既存のマネジメントシステム要素と独立に設定される必要はない。場合によっては、既存のマネジメントシステム要素を当てはめることによって、要求事項を満たすことも可能である(注1)
とあります。

会社の従来から運用していた方法がISO14001の要求事項を満たすなら、従来からの方法そのままで良いのです」

小畑審査リーダー 「それは既存の方法がISO規格を満たす場合だ。ロジックゲートではISO規格を満たさない」

内山 「どこが満たさないのでしょうか?
何度も満たさないと言われましたが、規格のどのshallを満たさないのか、まだ説明を受けていません」

小畑審査リーダー 「休憩の前から言っているだろう、著しい環境側面が多くなって管理しきれなくなる。
よく言うだろう、全部が大事なら全部は大事にできないって」


今はどうか知らないが、2000年以前は、このように審査員が想定したものでないと、そうするように誘導(強制?)しようとする審査員が多かった。
困ったことである。

内山 「ISO規格では著しい環境側面の数の制限はありません。ですから、数が多いことを不適合にできません。
数が多かろうが少なかろうが、組織が決めることです。

当社には著しい環境側面が70ほどありますが、その全部をしっかり管理しているつもりです。なにせ法で定めたものは、全部を管理しなければ法違反なのですから」

小畑審査リーダー 「その70個の中には、著しい環境側面でないのもあるかもしれない」

内山 「でもISO規格で書いているように、著しい環境側面とは手順書を作り、訓練し、実行し、監視して記録するものというわけです。
我々が決定した70件は、すべてそういう管理が必要なのです。そこからいくつか選んで管理すれば良いわけではありません」

小畑審査リーダー 「君は私の言うことを理解できないんだな。スコアリング法ならもっとエレガントにそれができる。いやスコアリング法以外ではそれができないんだよ」

内山 「ええと、よく分からないのですが、小畑さんは我々がスコアリング法でないから問題なのですか?
ISO14001には著しい環境側面の決定をスコアリング法でしろと書いてありません。アネックスにもISO14004にもありません。
もし私どもが決定した著しい環境側面に漏れがあるなら、それを不適合にしてほしいですね」


注:小畑もそれにつられた内山も、考えの起承が逆だ。
本来なら、ISO規格・法令・規則に反している存在を見つけたら、それが不適合である根拠を法令や規則から該当箇所を示して不適合とするのである。
証拠さえなく不適合だと言う論理こそがおかしいのだ。
不適合の証拠がないなら、そもそも不適合と叫べないのだ。


小畑審査リーダー 「スコアリング法でやってみたまえ」

内山 「今はISO審査ですから、審査員が指導するとか、良い方法を検討する場ではありません。指導的な行為はIAFのguideに反します。
それに指導とか審査員の意向をおっしゃると、審査のルールに反します。あまりくどいと、審査員登録機関に苦情を出しますよ(注2)
私どもの方法が悪いなら、根拠と証拠を示して不適合にしていただきたい。

但し件数が増えすぎるという理由では不適合にはなりません。なぜならそういうshallがありません」

小畑審査リーダー 「そこまで言うならしっかりと問題を提起してやる。
まずロジックゲートでは客観性がない」

内山 「ISO規格では著しい環境側面の決定は、客観的でなければならないというshallはありません」

小畑審査リーダー 「書いてなくても当然だろう」

内山 「審査で不適合を出すには、根拠となるshallを示さなければなりません。
どのshallが該当するのですか?」

小畑審査リーダー 「ロジックゲートでは人が変わっても同じ判定になるのか?」

内山 「質問に質問で返さないで欲しいですね(注3)
私は真摯(紳士?)ですから、問われたことにはすべて応えますよ。判断基準はすべて数値化して手順書に書いてあります。人が変わっても判定が変わる恐れはありません。

スコアリング法は、評価以前の配点表が恣意的だと思います。自分が著しいものにしたいものに配点しているだけですよ。恣意的、主観的そのものです。
いずれにせよ当社の方法が客観的でないとは言えません。客観性がないと言うなら、具体的に問題点を示してください」

小畑審査リーダー 「判断基準があいまいじゃないか」

内山 「法規制を受けるか受けないかの判断基準があいまいなんて言ったら、監督官庁に叱られますよ」

小畑審査リーダー 「電力は省エネ法の規制を受けるかどうかと言ったが、電気は省エネ法だけでなく、電取法(注4)で安全とか、電磁波の不要輻射の規制があるだろう」

内山 「ありますね。ですがISO14001は『この規格は、労働安全衛生管理を取り扱うものではなく、それらの要求事項を含んでもいない(注5)と明記しています」

小畑審査リーダー 「じゃあ、お前がさっき言った毒劇物は、環境問題じゃないだろう」

内山 「毒劇物法は人体への危険防止ですが、毒劇物が公共水域(注6)に漏洩すれば水濁法に、下水道なら下水道法に関わりますし、廃棄には廃棄物処理法が関わります。
危険物(注7)は消防法だけでなく、水濁法、廃棄物処理法、悪臭防止法などが関わります」

小畑審査リーダー 「いずれにしても環境影響の大小を把握しなくちゃならないはずだ」

内山 「先ほども言いましたが、話をはぐらかさないでください。毒劇物を言い出しても反論されて都合が悪いと、また話を変えるのですか?

ところでこれも先ほど言いましたが、異なる環境側面の持つ環境影響を比較することができますか?
小畑さんが例に挙げた、電力と廃棄物の環境影響を比較できるとは思えません」

小畑審査リーダー 「できるとも。電力量に応じて点数をつけ、廃棄物にも重量に応じて点数を付ければ比較できるだろう」

内山 「その点数は、どのような根拠で付けるのですか?」

小畑審査リーダー 「そんなもの簡単だ。等しい環境影響になるように、配点すればいいじゃないか」

内山 「なんか犬が自分の尻尾を追いかけているようですね。
口で言うのは簡単ですが、実際には困難というか不可能です(注8)
小畑さんができるなら、是非ともご教示願いたいです。
……そうですね、第2種エネルギー管理指定工場になる600万kWhに等しい、廃棄物の重量は何トンになりますか?」

小畑審査リーダー 「それは一概には決まらないのだ。組織の規模とか他の環境側面の状況によって調整が必要だ」

内山 「他の環境側面の状況によって調整が必要とは、どういうことでしょうか?」

小畑審査リーダー 「例えばエネルギーと言ってもガスとか重油とかの使用状況があるし、有機溶剤や毒劇物など保管量、製品に使う原材料の状況によって、配点表の数字は変わる」

内山 「お話をお聞きすると、そのように種々の条件で変わるなら配点表は完璧なものはないと思えます。
質問を繰り返します。おおよそ廃棄物なら何トンで、電力なら何kWhになれば著しい環境側面になるのでしょう?」

小畑審査リーダー 「それはその項目だけでは決められない。何度も言うが、電力と廃棄物だけでなく、製品や公害関係とかの兼ね合いで決まるのだ」

内山 「なるほど、スコアリング法ですると、単品では決められず、他の環境側面との比較で決まるわけだ……それって手順が未完成とおもえますね。

そうしますと・・・他の環境側面との比較で著しい環境側面なるから、電気の管理手順、電気使用の訓練、そしてそれらの記録は、他の側面と比較して著しい環境側面となった場合に作るわけですね」

小畑審査リーダー 「そうなる」

内山 「小畑さんは著しい環境側面の数は20個程度に抑えるとおっしゃいましたから、第2種エネルギー管理指定工場であっても、それより環境影響が大きい環境側面が20個以上あれば、電気が著しい環境側面になることはありませんね」

小畑審査リーダー 「うーん、そうなるかな……」

内山 「であれば電気について、法で定めることをしないで良いことになります。
もっと例を挙げましょう。企業から出る廃棄物で、紙屑や木屑以外は産業廃棄物になります。椅子とか机のような大物だけでなく、壊れたホチキスもキーボードも不用になった販促物も」


注:販促物といっても多種多様だが、今の時代、プラスチックを使わないものはない。


内山 「特にオフィスであれば、そういった産業廃棄物の量は微々たるものですから、著しい環境側面にはまずならないでしょう。となると作業手順書を作らない。しかし、それじゃ法律を守れない」

ホチキス
ゼムクリップゼムクリップクリップ
キーボードルーペ
マグカップ
VHSテープ
VHSテープ
みんな産業廃棄物だ


内山 「法律ではマニフェスト票の発行、毎年の報告義務、保管場所の設置などは、廃棄物の量に関わらずしなくちゃなりません。
しかし著しい環境側面でないなら、ISOでは管理しなくても良いわけです。

小畑さんの考える著しい環境側面と法規制との管理要求が異なりますので、運用はどう考えるのかということです」

小畑審査リーダー 「そこはよく考えて支障のないようにするんだ」


余部部長は、今まで黙って聞いていたが、我慢できなくなった。


余部製造部長 「小畑さん、ちょっと質問させてください。
点数で著しい環境側面を決めた場合、法規制と一致しないのはやむを得ないとして、実際の運用をどうしているのでしょう。
他社の事例などご存じですか?」

小畑審査リーダー 「他社の事例を語ることは守秘義務に関わるのであまり言えないのですが、まあ、いいでしょう。
法規制と著しい環境側面は別だと理解しています」

余部製造部長 「ということは、二通りの管理をしなければならない。ISO14001を認証することによって、会社の仕事が増えると理解してよろしいですか?」


注:「スコアリング法なら、法規制と点数で決めたものの、二通りの管理をしなければならない」とお考えの人はいるか?
トランス 審査員には多いようだ。

実体験であるが、PCBをJESCOの処理に出してPCB機器の数が減った。それを見た審査員は「PCB機器が減ったならPCBを著しい環境側面から除かないとならない」と語った。
これはすなわちISOの著しい環境側面と法規制は無関係ということである。

まさかISO14001の審査員がPCBとは何かを知らないはずはないだろう。
おっと、この経緯を読んで理解できないISO審査員がいるはずはないよね?


小畑審査リーダー 「いや、そうとは言えないでしょう。元々、環境管理体制が整っていない会社なら、これを機会にすっきりとできると思います」

余部製造部長 「しかし、どこまで行っても法規制とISOの著しい環境側面は一致しませんよね?」

小畑審査リーダー 「まあ、一致はしないですね」

余部製造部長 「内山君、実際問題として、二重に管理すればメリットがあるのかね?」

内山 「当社では従来からの管理体制でISO14001に適合しているという考えで、この審査を受けております。従来の手順にISO対応を追加して屋上屋を重ねるなら、考えるまでなく余計な仕事が増えるだけです」

小畑審査リーダー 「無駄ということはないですよ。
私から見て現在のお宅の管理体制はマズイと考えています。ISO14001を認証することによって、お宅の環境管理レベルは上がり地球環境保護に寄与します」

余部製造部長 「法規制とISOの管理が二重になると、どうして管理レベルが上がるのですか?」

小畑審査リーダー 「こう考えたらいかがでしょう?
内山さんの説明を聞くと、過去からしている運用手順をISOに援用しているわけですね。
そうじゃなくて、従来の法規制対応の手順は法対応で必要である、更に向上図るためにISO対応の手順が追加になると考えるのです。多少手間が増えても、当然管理レベルは上がります。
従来以上の管理レベルになり、しかも継続的改善できるのがISO14001のメリットです」

余部製造部長 「ええと、初歩的な疑問ですが、ISO14001の環境マネジメントシステムは会社の仕組を整理するのではなく、複雑にするのですか?」

小畑審査リーダー 「ISO14001は、環境をしっかり管理する仕組みを作ることなのです。その仕組みができれば、必然的に環境配慮が進むということです」

余部製造部長 「仕組みが複雑になり、手間ばかりかかると聞こえます」

小畑審査リーダー 「話を戻します。内山君だったね、そういうことでスコアリング法を採用すべきだ。そうすれば客観的に著しい環境側面を決定することができる」

内山 「質問です。他の会社では、どこでも廃棄物その他の環境側面の配点は同じなのですか?」

小畑審査リーダー 「先ほども言っただろう。それは一概には決まらないのだ。組織の規模とか他の環境側面の状況によって調整が必要だ。
例えば第1種エネルギー管理指定工場と第2種エネルギー管理指定工場では、同じリフローでも管理の重要性が異なるだろう。
ISOではABC管理を求めている」

内山 「会社によって、場合によって配点が変わるなら、スコアリング法の配点が恣意的だとしか思えません」

小畑審査リーダー 「いや、客観的だろう。予め配点表をしっかりと作って、それを基に点数を付けるのだから公明正大だ」

内山 「いやいや、先ほどの話に戻りますが、配点表の作成そのものが恣意的というか、根拠があいまいです。
廃棄物と電力の環境影響を比較するなら、確固たる根拠のある配点表が必要です」

小畑審査リーダー 「どうして分からないの」

内山 「分かりませんね。この工場の電力使用は年間230万kWhで、廃棄物は200トンくらい出ています。
電気代は年3億円で、廃棄物の処理費用は1,000万円までいきません。費用から考えると200万kWhの電気代は、6,000トンの廃棄物処理とイコールになる。

先ほど小畑さんは電気と廃棄物の環境影響が同じ配点表が作れるとおっしゃいましたが、環境影響が同じで処理費用が20倍も大きいわけです。どういう考えで……」

小畑審査リーダー 「環境影響の点数とかかる費用とはリンクせんよ」

内山 「リンクしないからこそ、どのような根拠で環境影響が等しい電力と廃棄物の換算が作るのか知りたいですね。小畑さんはどういう指標でそれぞての環境影響が等しい配点を作ったのか、その根拠をお聞きしたい。

もちろん確固たる根拠なり理屈がなければ納得できません。
私はそれは無理としか思えません」


小畑は口を閉ざす。
私の知る限り、説明できる配点表を作れる人は存在しない。

数瞬おいて須田が立ち上がる。


須田審査員「ここは審査の場です。内山さん、審査と関係ないことは止めましょう」

内山こと、私は最初から言ってたでしょう💢
私どもは大金を払って、この工場の環境マネジメントシステムがISO14001に適合しているかどうかの審査をお願いしているのです。
今回の審査見積もりは80万です。皆さんには1分450円も払っているのですよ。

羽左
ああ、お金が飛んでいく羽右

羽左
ああ、お金が飛んでいく羽右

 ISO認証は金食い虫

お二人だから、毎分900円です。
今私が話している間にも千円札が2枚・3枚と飛んで行ってるのです。それを理解してますか?

まさにタイムイズマネー。それなのに著しい環境側面の決定方法がスコアリング法でないからと、ISO14001に書いてないことを持ち出して審査をせずに、貴重な時間をつぶしているのはそちらでしょう。
時間内に審査が終わらなければ、すべての責任は審査側にあります。当方の責任じゃありません。

遅れた分、無料で審査をしますと言われても、対応できません。なぜなら我々が対応するにも時間、すなわちお金がかかっているのです。そういうことをお分かりですか?
みなさんの興味とか趣味で、余計な話をされて、我々は大損害を受けているのです。
審査契約を実行してないのですから、契約不履行で民事訴訟ものです」

余部製造部長 「まあまあ。内山君、抑えてくれ。
須田審査員さんの意見に同意します。余計なこと、shallを示せないことは持ち出さないで、まともな審査をしていただきます。

内山が申しましたように、この場は私どもが大金を払っている審査です。
当方の環境管理の仕組みがISO14001に適合していなければ、不適合を出されるのは当然で異議ありません。

しかし著しい環境側面の決定方法がまずいと言われましたが、それが規格要求のどのshallに当たるのかの説明を受けておりません。
そこから話がずれにずれてきております。私も本日の審査は大問題だと認識している。民事訴訟まではどうかと思いますが、御社に対して正式に抗議するつもりです」


小畑と須田は、余部部長の発言に驚いて、顔を見合わせる。
余部部長は、こいつら審査をせずに無駄に時間をつぶしていたと認識していないのか? 大いに呆れた。

余部製造部長 「審査は指導とか改善点の指摘でなく、不適合なら、根拠と証拠を示して、サッサと進めてもらいたい。
内山が何度もshallを示せと言っているのに対して、お二人は一度も規格のどのshallと回答していない。これは業務受託した側として、あまりにも不誠実で信義則(注9)に反します。
誰か、速記録を取っているか
あっ、山本君が書いているか……そいじゃ昼休憩に、それをコピーしてお二人に渡しておいてくれ。
小畑さん、須田さんは、発言録を読めば、いかにこちらの質問に対応せず、一方的に言いたい放題なのが分かるでしょう」

須田審査員 「なんと失礼な」

小畑審査リーダー 「それは先ほど言ったように、お宅の著しい環境側面の決定方法が客観的でないからだ。忘れたのか?
あっ、いや、忘れたのですか?」

内山 「何度も問いただしていますが、著しい環境側面の決定は、客観的であるべしというshallがありますか?
JIS訳には『客観的』なる単語はありませんし類語もありません。英語原文にも『objectivity』という語はありません。

まずは著しい環境側面の決定は客観的であることというshallを示してください。さもなくばその時点で審査を終了し、異議を申し立てます」

須田審査員 「規格に要求事項がなければ、不適合にならないとお考えですか?」

内山り前じゃないですか。
冗談なら空気を読んでください。私の方は皆、殺気立ってますよ。そんなこと素面しらふでおっしゃるとは、呆れます。

審査で問題提起するのは不具合とか不良ではなく『不適合』なのです。
英語原文では『Non-conformity』で、その意味は基準に合わないことです(注10)
規格の要求事項にないことで不適合になるわけがありません」


注:正しく言えば、規格の要求事項だけではない。その他に、法規制や自分達が決めたルール(会社規則など)も要求事項である。


田畑と須田は顔を見合わせた。
そこに辻井環境課長が戻ってきた。


辻井環境課長 「議論が白熱していたようですね。様子を見ると一段落しましたか。まだお昼休みまで数分ありますが、昼休憩に入りましょう。
審査員さんの昼食は、朝、休憩していただいた部屋に用意してあります。

ええと、午後一の審査に対応する者は午後の昼礼が終わってからだから、13時にはここに出席していること。
みんな、次に行く職場は、分かっているな、スケジュール表の時間通りに案内していくから待機よろしく。
では解散」


辻井環境課長は、審査員の意見など聞かず、一方的に場をしきる。
小畑、須田の両審査員は、何も言わずに部屋を出て二つ隣の小会議室に入っていった。
実は辻井課長は吉宗機械との電話は15分ほど前に終わったのだが、部屋の後で内山の仕事ぶりを見ていたのだ。

辻井は内山の傍に行き小声で話をする。余部部長も脇に寄って来る。


💬💬💬
立ち話

辻井環境課長 「俺がいない間、何かあったか?」

内山 「何も変わらないと言いますか、あの調子でした。
スコアリング法でないことが気に入らないようです。とはいえ確固たる考えはないようで、根拠を追及されると回答せずにごまかすばかりでした。
そんなわけで進展は全くありません。1時間の上、延々とおかしな話を聞かされただけです」

余部製造部長 「大分、過熱していたが、審査員の心証を悪くしないか?」

辻井環境課長 「審査は裁判と同じで、証拠と根拠の応酬ですから、気分や感情で不適合は出せませんよ。それでも不適合を出すなら、それなりに対処しましょう」

内山 「課長、吉宗機械に問い合わせたんでしょう。回答はどうでした?」

辻井環境課長 「基本的に規格に書いてあることは、その通りに解釈すること。拡大解釈とか関係ないことを要求したら、その根拠を聞いて、法規制と当社の規則以外を引用したら不適合に同意しなくて良いとのことだ」

余部製造部長 「議論になったら?」

辻井環境課長 「議論になっても同意するなとのことです。我々が同意しなければ、主任審査員がまとめるとか、いろいろ決まっているそうですが、その前に異議申し立てしましょう。
今日の夕方のクロージングミーティングには間に合いませんが、吉宗機械の環境部の佐川課長という人が、今日の定時頃までにはウチに来ると言ってました」

余部製造部長 「大手町からここまでだと、1時間はかかるか……
もう一度電話して少しでも早く、できれば今すぐ、2時頃にでも来れないか聞いてみてくれ」

辻井環境課長 「分かりました。すぐ電話します。
もし来れないときは、残業で対策を話し合いましょう。
佐川課長は明日午後に、ここに来て審査員側と話をするか、話が付かなければ一旦物別れして、後日コツンポ認証を訪問して交渉するといいます」

余部製造部長 「なんか問題を大きくしてないか?」

辻井環境課長 「佐川課長の言うことには、審査側と会社側の見解が合わないことは普通にあることで、審査結果に異議を付けるとか、不適合を取り消してもらう話し合いなど珍しくないそうです」

内山 「部長、これは当社の会社の仕組みを、悪くするか・しないかの大問題です。
先ほども話したように、ISO認証して手間暇ばかりかかり、メリットがない認証なら、認証を止めるかどうかの経営判断になると思います」

辻井環境課長 「その佐川課長の言うには、コツンポ認証は規格の解釈が他の認証機関と違うそうです。
産業環境認証とは、例の業界の研究会編集の参考書で完璧にOKとネゴっているそうです」

余部製造部長 「認証機関の選択がミスったということか、しまったなあ〜」

辻井環境課長 「まあ、午後からの審査でまっとうになるかどうか、真面目に審査すれば文句は言いません」



*****


こんなこと経験したのかと言われますか
Yes

体験したことをオブラートに包んで書いていると・・・ここに書いているお話は事実に基づいていますが、かなりマイルドにしております・・・怒りが沸き上がってきました。
あのとき怒鳴れば良かったとか、民事訴訟すべきだったとか、後悔するばかりです。
「君はISO審査のことを知らないだろう」とのたまわく審査員がいました。手前の登録番号はお前より一桁小さいぞと言ったところでせんのない話。相手は自分は万能、会社側は愚かな人間と思い込んでいるのでしょう。

思い出すと、いろいろありました。

  1. 審査員の態度・言葉使い
    ISO9001時代からISO14001登場した頃、いやいや20世紀中は、上から目線の話し方が一般的でしたね。

    「小僧呼ばわり」とは、相手を「小僧」と呼ぶのではなく、見下したり、軽蔑した言い方の意味です。しかし私は、審査員が若手社員を「小僧」とか「坊や」と呼んでいるのを見たのは、一度や二度ではありません。
    さすが40過ぎの私は小僧・坊やとは呼ばれませんでしたが、「○○君」呼びはありましたね。
    フランクとか、くだけた言い方だとしても、ビジネス相手の他社の人をそんなふうに呼ぶのはまずいでしょう。
    それよりも何よりも、今どきの人は「小僧」とか「坊や」と呼ばれても、自分だと気が付きませんよ。
    ねずみ小僧
    お坊さん
    小僧って、俺のこと?私は坊主で坊やではない
  2. shallのない要求を出す
    審査員の見解を通そうと、なんでもありでしたね。おとなしくしていたら、言いたい放題で会社をおもちゃにされます。
    それを止めるには、常に根拠を確認しなければなりません。いや、審査員に根拠を確認させなければなりませんでした。
    現役時代「規格のどこにありますか?」が私の口癖でした。

  3. 審査員が希望する方向に誘導する
    まるで審査している企業をおもちゃにしているように思えました。
    実例として挙げた、方針をこう書けとか、マニュアルに教育資料に使うと書けとか、審査員の思うようにしようと一生懸命でしたね。
    まずスタンスが審査員は教師だ、指導者だという思い込みがありました。自分達の思い込みを一方的に押し付けることが多く、胸襟を開いて話し合うという考えはなかったようです。
    いやいや、その前に十分審査員の基準に違反ですよ。

  4. 審査員が不勉強に思えたこと
    不適合に、根拠となるshallを記述しない(不適合の書き方を知らない?)。
    序文やアネックスを読んでいない。ましてやguideとかJAB基準類(注11)などを見ていないようです。
    今の審査員は、ISO17021とかJAB基準類など読み込んでいるのだろうか?

    それから大問題は法律を知らないことです。
    別に法律を知らなくても審査員はできます。会社が「法律で決まっている」と言ったなら、「その法律を見せてください」と言えば良いのです。
    それもせずに「それは、おかしい」「法律は違うだろう」などと言わないでほしい。
    これについては次回以降で書くつもりです。

  5. 資料を作らせること
    マニュアルでも規定でも、文章とか図表が気に入ると、そのコピーをくれというのは多々ありました。20世紀は私もうぶだったのと、心証を悪くしたくなく、言われたことはその通りしました。
    一度、工場の規定集を丸々一式欲しいと言われたこともあります。いくらなんでも私の一存でそんなことできません。文書管理の課長とか総務部長とか鳩首会談して、貸与ならということで他社に見せないという念書を取って一式渡しました。

    そればかりでなく審査と無関係に、こういう図を書いてくれとか規格の解説を書いてくれなどと頼まれました。なんでも判定委員会にそういうものを見せると素早くOKが出るから作ってほしいというのです。
    審査員は副業でコンサルをしているのは分かってましたから、そういう資料を客先に渡すのだろうとは思っていました。

    ところがそれが、だんだんエスカレーションしていくのです。一人の審査員の頼みを聞くと、それが広まるのか、次回の審査でも審査員から頼まれるのです。
    とうとう音をあげて、その認証機関の取締役宛てに、判定委員会用資料の作成の負荷が大きくて困っている。審査後に数日もかかっている。簡易なものにしてほしい旨手紙を出しました。
    10日ほどして、判定委員会ではそういうものを見ていない。たぶん審査員の個人用である。今後は要望があっても断ってほしいとのこと。
    今後、審査員にそのようなことは禁止いたします・・・とは書いてありませんでした。

    私の恨みはまだまだ消えそうない。
    後期高齢者になっても、私はまだ青いようです。

まあ、いろいろありました。
ただ、21世紀になると、20世紀よりは紳士的になり、暴言を吐くとか灰皿を投げる人はいなくなったようです。
曲線ガラスの灰皿

セクハラがなくなったことと同じく、オーハラ(auditor harassment)がなくなったことは良いことです。
おっと、もしお名前が大原さんがお読みになられたら、お気を悪くしないでね。


しかし規格の理解は、ISO14001登場以降、黎明期の審査員よりレベルが低くなった感はあります。それと21世紀になってから、英文で規格を読む人はめったに見かけません。

昔のことを懐かしく思う気持ちなどありません。恨みというより、なぜ是正しなかったのか、是正できなかったのか、それが不思議でなりません。



うそ800 本日最後の応酬

生き残りのツワモノである

小畑審査リーダー 「いいか小僧ども、この時代に老いぼれを見たら『生き残り』と思え(注12)

内山 「生き残りにも、戦い抜いた強者(つわもの)と、逃げ隠れしてた腰抜(こしぬけ)もいますよね」


うそ800 本日の最後っ屁

前回、文字数が9,600字を越えたと嘆いていたら、今回は13,000字を越えました。
イヤハヤ、書いている本人が途方にくれます 呆れます。
本音は6,000字くらいで20回も書いて、きれいに終わりたいと思うところです。
しかし言いたいこともあるし、絶対に後世に伝えたいものもあります。そんなことをあと何回か書きたい、いや書かねばならないと思っております。

どんなものにも歴史があり、それは輝かしいことばかりではありません。ですが、黒歴史を隠し、かっこいいことだけ残すことは許しがたいと思うのです。
ISOMS認証制度というものがあって、いっときは金儲けになったが様々な問題があって、ポシャったということを、その制度に下層で関わった者として、記録を残したいと願っているのです。


<<前の話 次の話>>目次



注1 ・ISO14001:1996 序文の最終段落

注2 私はCEAR時代しか知らないが、当時は「環境審査員に関する停止・失効・取消規程」に下記のとおり定められていた。
「審査を受けた企業は審査員に苦情があれば、審査員登録機関に苦情を出すことができる。審査員登録機関は調査して、問題に応じて審査員資格の取消又は停止を行う」
審査員登録機関がJRCAに移管されても同等のルールがあるはずだ。

注3 「質問を質問で返すな」とは英語のDon't answer questions with questionsから来たそうだ。
映画の字幕では意訳して「質問に答えろ」とするのが一般的らしい。マフィアのセリフらしくてよい。

注4 電気用品取締法が電気用品安全法に改名したのは2001年である。この物語は1997年である。

注5 ISO14001:1996 序文の最終段落の中ほどにある。

注6 「公共水域」とは水質汚濁防止法で定められている、公共の用に供される水域や水路のことです。具体的には、河川、湖沼、港湾、沿岸海域、などがある。ただし、下水道(公共下水道、流域下水道)は含まれない。

注7 消防法で定める危険物とは、「燃えやすい、あるいは燃焼を助長する危険性が大きい、個体・液体で定められた品目」をいう。
毒物、ナイフ、プロパンガスは法でいう危険物ではない。
なお、消防法以外で危険物という語は定義されていない。

注8 種類の異なる環境影響同士は比較できないというのは私だけではない。
ISO14001ではないが、ESG投資やSDGsの投資先の比較に、そういう主張が見られる。実際にひとつの施策が環境保護の効果が、プラスなのかマイナスなのか分からないものさえ多い。
ペンギン
例1 捕鯨禁止してクジラが増えたため餌になるオキアミが減り、ペンギンが減っていて環境保護なのかどうか分からないとしている。
「ペンギンが激減、クジラの増加も一因か」

例2「脱炭素が世界を救うの大嘘」杉山大志他、宝島新書、2024
第2章「SとGの企業間比較などできない(p.156)」ESG投資において、「多種多様な企業の環境パフォーマンスを比較できるとは到底考えられない」として、CO2排出量、産業廃棄物、化学物質排出量、再生エネルギー導入などを例に挙げ、比較できないとしている。
目的は環境側面の決定とは異なるが、手法としてそういったものを点数化して比較する理論的根拠などあるはずがない。

注9 民法第1条第2項
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

これは商取引の基本原則である。
とはいえ、これを持ち出す段階で、明確な法違反はないということでもある。

注10 Dictionary.com

注11 JAB基準類は下記に載っている。
・JABのウェブサイト 文書・様式類

注12 マンガ「ゴールデンカムイ」の土方歳三の言葉






うそ800の目次に戻る
タイムスリップISOの目次に戻る

アクセスカウンター