タイムスリップISO86 審査トラブル5

25.06.12

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。



第85話からの続きである。
審査第一日の夕方、本日のまとめというか審査側の報告タイムである。


審査側受査側
須田審査員須田審査員
小畑リーダー小畑審査リーダー
内山内山担当
辻井環境課長辻井課長
余部製造部長余部部長佐川佐川

小畑審査リーダー 「本日は審査のご対応ありがとうございました。
現時点では不適合と断定はしませんが、本日の審査の中で問題と感じたものを申し上げます。

一番はやはり著しい環境側面の決定方法ですね。
御社はロジックゲート法とおっしゃいましたが、規格文言はともかく、著しい環境側面を抽出する方法としてはいかがなものかと考えます。
最終的な判断は明日の審査終了後に審査員チームで検討後まとめて提示します。

次にシステムが3か月以上動いていることとは、文書がありそれで仕事をしているのはもちろんですが、不適合とか緊急事態など、一通り発生して対処していることが必要です。

まず是正処置ですが、発生したのは一般ごみの分別基準作成が、各職場との調整が遅れているというものだけでした。
業務手順というか仕事のプロセスの是正処置を見たかったのですが、お宅の場合は不適合がまだ起きていないため是正処置に至ったものがないのです。

問題がないから是正処置がないと言われるとそれまでですが、発生した場合には適切に対応し是正処置がとれるのか、明日審査する部門で確認させてもらいます。

次に文書管理では・・・・




小畑審査リーダー 「以上、本日の報告です。
何かご質問あれば?」

辻井環境課長 「著しい環境側面の決定方法がいかがなものかとおっしゃいましたが、不適合なのかどうか確認したい」

小畑審査リーダー 「不適合に当たると考えております」

辻井環境課長 「その場合、どのshallが該当するのでしょう?」

小畑審査リーダー 「著しい環境側面を特定する手順が、規格で要求する『組織が管理でき、かつ影響が生じると思われる(中略)環境側面を特定』が不十分である、とするつもりです」

辻井環境課長 「ISO14001での不適合の提示は、ISO9001と同じく証拠と根拠が要りますね。
根拠が今おっしゃったshallとすると、証拠は何でしょうか?」

小畑審査リーダー 「証拠ですか・・・・証拠はお宅の手順書の記述で十分でしょう」

辻井環境課長 「証拠は手順ではなく、『現実に著しい環境側面が漏れていた事例』を提示しないとなりません。手順はあるのだから、その手順が悪いとするなら現実に問題が起きてないなら不適合にはできませんよ。
私どもは証拠のない不適合は受け入れられません」

小畑審査リーダー 「手順が悪いことが十分な証拠だと思いますね」

辻井環境課長 「証拠とは起きた不具合です。あなたの言う証拠は証拠ではない。
議論が空回りしてはいけません。ひとつ、ひとつ、考えてみましょう。
まず現実に著しい環境側面が漏れていないことに同意しますか?

同意しないなら、私どもが漏らした著しい環境側面を上げてください」

小畑審査リーダー 「漏れていた著しい環境側面か・・・・うーん」

須田審査員 「通勤が漏れていましたね?」

辻井環境課長 「漏れたのではありません。通勤は会社が影響を及ぼせないから外したのです。
通勤が著しい環境側面なら、外部コミュニケーションとはなんですか?
バス会社と値引き交渉とか、ディーゼルバスを使うな、トロリーバスにしろと要求することですか?
通勤の管理……と言っても分からないが、管理手順を作る必要があるのですか?
停留所が移動すれば、マネジメントレビューで工場長に報告するようなことなのですか?」

須田審査員 「はっ、何をおっしゃっているのか分かりませんが?」

辻井環境課長 「手順書、外部コミュニケーション、マネジメントレビュー、すべてISO14001で著しい環境側面に関して実施を要求していることじゃないですか」

小畑審査リーダー 「いや、私どもは御社が通勤に十二分に影響を与えられると考えます。
よって御社の著しい環境側面に該当します」

佐川 「ちょっと質問してよろしいですか?」

小畑審査リーダー 「あなたはオブザーバーですから発言する資格がありません」

佐川 「発言でなく質問です。
通勤に影響力があると判断する基準は何でしょうか?」

須田審査員 「通常の企業の場合、ほぼ100%影響力を持つと考えています」

佐川 「それでは審査員さん個人の考えではなく、御社としての判断基準ですか?」

須田審査員 「そうです。コツンポ認証の統一見解です」

佐川 「ありがとうございます。勉強になりました」

須田審査員 「ですから辻井課長さん、通勤は影響を与えることができるから、著しい環境側面になります。それが漏れているのは手順が悪いからです」

辻井環境課長 「影響力がないのだから、スコアリング法であっても著しい環境側面にならないですよ」

須田審査員 「影響力はあります。例えば通勤の利用を制限したり、昇降のバス停などを指定できるでしょう。
そうだ人事の方を呼んでください。担当部署のヒアリングすれば一発です」




5分後、人事課長と女子社員が登場。


須田審査員 「通勤定期の手配は人事課ですか?」

人事課長が答える。

吉田 「いえ、違います。通勤手当は給与と一緒に支給します。購入は各自が行います」

須田審査員 「利用するバス停や駅は会社指定ですか?」

吉田 「いえ、この辺りはバスのルートが多々ありまして、従業員各自に希望する通勤ルートの定期券を買ってもらいます。
子どもさんを預けているとか、帰宅時に買い物するとかありますからね。
勿論、通勤災害などでの扱いが関りますから、各自が購入した定期券の区間は届出してもらいます(注1)

須田審査員 「定期代はルートによって変わるでしょう?」

吉田 「変わります。通勤手当は非課税ですから、変なことはできません。
基本的にご自宅から会社の正門まで、一番近いルートで通勤費を支払います。保育所とかスーパーなどを遠回りするのは弊社では認めていますが、通勤区間を超えた分は個人持ちです。
実を言ってこういうことは、この地域の会社と横並びで変えようありませんね」

須田審査員 「会社が指定するコースを使うようにはできないのですか?」

吉田 「法的には可能です。ですがそうなれば小さな子供さんのいる方は、会社を辞めてしまうかもしれない。
この辺は勤め先がたくさんありますから労働力は流動的です。福利厚生は他社と同等でないとやっていけません」

須田審査員 「車通勤はいないのですか?」

吉田 「午前の審査で、社員用駐車場がないと説明していたと思います」

辻井環境課長 「通勤に影響力を持つという閾値は、どう決まっているのですか?」

須田審査員 「それは会社によって違うでしょう」

辻井環境課長 「いや、須田審査員さんは、会社が通勤に影響を与えるなら著しい環境側面にしなくちゃならないと言いましたね。
当然、その境界ははっきりしているわけでしょう。
気分で変わるのですか?」

須田審査員 「そんなことはありません」

内山 「あれ、須田審査員は会社によって著しい環境側面になる閾値が違うと言い、会社が影響を与えるなら著しい環境側面になるという。これは矛盾しているじゃないですか?」


小畑リーダーと須田審査員は苦虫をかみ潰したような顔をしたが、内山の発言を聞かなかったことにしたようだ。


辻井環境課長 「なら、どういう状況なら影響を及ぼせるとなるかは説明できるでしょう。
須田さんなら説明できるはずです。そうでなくちゃ、影響力が及ぼせるのに著しい環境側面にしていないと言えませんからね」

須田審査員 「ええと・・・」

辻井環境課長 「通勤ルートを従業員が選択することを会社が規制できなくても、影響を及ぼせる範疇(はんちゅう)なのですか?」

須田審査員そうです

辻井環境課長 「その程度で会社に影響力があるというなら、影響力とはなんでしょう?
バスのルートや停留所を指定できないのを影響力と言えますか?
神が愛なら力ではなく、神が力なら愛ではないなんて言葉がありましたね。影響力とは影響することではなく、影響しないことを言うのですか?」

小畑審査リーダー 「明日、証拠を提示しましょう」



*****


定時後、審査会場で、余部部長、辻井課長、内山、そして佐川が紙コップのコーヒーを飲みながら話をしている。


ミルクコーヒーコーヒー コーヒーコーヒー
ミルク

ミルク

余部製造部長 「ISO14001の審査というものはISO9001とはだいぶイメージが違うのだね」

佐川 「本来は変わらないはずなんですがね」

辻井環境課長 「吉宗機械の環境部が配布した本を読んでいたのだが、実戦的でないようだ」

佐川 「あの本は業界団体が作成したものです。
吉宗グループ外の会社は、既にかなりの数が審査を受けています。それらの会社はスコアリング法でないからダメと言われたところはありません」

余部製造部長 「それじゃ認証機関の違いか、審査員の違いか?」

辻井環境課長 「佐川さん、どうしますか?
このままでは負け戦ですわ」

佐川 「明日の昼までには片を付けます。それじゃ、お(いとま)しますね」

辻井環境課長 「佐川さん、片を付けるって本当に大丈夫ですか?」

佐川 「そうするつもりですよ。
私は明日の朝は来られません。明日の夕方、クロージング・ミーティングに顔を出します」

辻井環境課長 「もし相手がスコアリング法でなければダメというなら、所見報告書にサインせず、異議申し立てしますからね」

佐川 「よろしいです。でも、そうならないようにしますよ」


余部部長と辻井課長は、佐川も当てにならないなという顔をして見送る。
内山は「そうならないようにします」という言葉が、どんな意味なのか分からない。



*****


翌日、朝9時に佐川はコツンポ認証を訪問した。
重大な急用があるから三崎審査部長に面会したいと受付で言う。


佐川 「先日、お電話でお話しました吉宗機械の佐川と申します。
今、松戸で弊社の子会社が御社のISO14001の審査を受けていますが、ちょっとトラブっています。それで御社のお考えをお聞きしたいと伺いました」


三崎部長は<またか>という顔をした。
ISO審査で問題が起きると、企業からISOの専門家のような口ぶりで抗議に来るのが絶えないのだ。
素人が知ったかぶりに口出してほしくない。
三崎部長は佐川を見て内心そう思う。


注:私も企業の担当者であり、認証機関に度々苦情を言いに行った。
「あなたは知らないでしょうけど」なんて言い出すのが常である。もの知らずは審査員の方だ。
審査員や認証機関幹部の審査員登録番号より、私の方が数字が小さい(先輩)のだが。

ハンコ まだ電子マニフェストが広まっていないときのこと、紙のマニフェスト票にハンコが押してないから違法だとして、不適合にされたと工場からヘルプが来た。工場の人は、言いがかりだと怒り心頭である。
抗議に行くと出てきた認証機関の人は、こちらを素人と見て見下した対応で真面目に取り合ってくれない。
最終的にマニフェスト票にハンコが必要でないことは認めたが、出した不適合を取り消すとは言い逃れてどうしようもなかった。その認証機関は英国系某社である。

なお、紙マニフェスト票への記載は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則第7条の2、第3項三号に「氏名又は名称及び住所(ハンコに関係ない項目は省略)」であり、ハンコを押せとはない。
ちなみに紙マニフェストを作っているのは行政でなく民間の事業で、印刷は法規制で定められた項目だけではない。


佐川 「お宅は審査での判断基準として、統一見解というものを定めているのでしょうか?」

三崎部長 「いや、そういうものは定めていない」

佐川 「著しい環境側面の決定をスコアリング法で行うことを必須としていますか?」


三崎は佐川の話を聞いて、アッと思った。三崎部長も、スコアリング法以外をダメとするのは、きわどいところだとは思っていたのだ。
統一見解と称したことはないが、10項目ほどNGとすべきことを列記して、審査員教育をしている。そこにスコアリング法を必須とするとは書かなかったが、それ以外の方法なら、徹底的にアラを探して不適合にしろという指示はした。

審査に行った者がその通り審査したのだろうが、相手が納得しなかったのか、親会社を動かして抗議に来たのだろう。
それじゃ自分が対応して、何とか説得して帰さねばならない。


三崎部長 「そういうものはありません」

佐川 「そうでしたか。審査員が御社の統一見解でスコアリング法以外を不適合にすることになっているとおっしゃっていましたので、確認したかったのです」

三崎部長 「かようなことはありません」

佐川 「そうなりますと、審査員の独断ですね。
ええと、ISO14001ではスコアリング法以外はダメとは書いてありませんね?」

三崎部長 「書いてありません」

佐川 「規格には書いてない、御社ではスコアリング法以外ダメと言っていない、となるとスコアリング法をダメとする理由はありませんね?」

三崎部長 「そうなります」

佐川 「私はもしかしたら御社のルールで、スコアリング法を使うことを要求しているのかと思いました」

三崎部長 「認証機関がISO規格にない要求事項を付け加えるなんて、できないでしょう」

佐川 「IAFのガイドでは認証機関が独自の要求事項を定めても良いと言ってましたね(注2)


三崎は知らなかったが、それを聞いてほっとした。
それならウチが、スコアリング法を使えと追加で要求事項を決めていても良かったようだ。


佐川 「但し、その場合は、その追加した要求事項を、事前に公開しなければならなかったはずです」

三崎部長 「そうしないと問題ですか?」

佐川 「審査を受ける企業が追加された要求事項を知らなければ、ヤミテンで当たりと言われて怒りますよ。当然のことですね。

御社の審査契約には『ISO14001:1996/JISQ14001:1996に基づいて行う』とあったはずです。それ以外の要求事項があれば、審査契約に反しますから契約不履行になります。何事も成文法主義、罪刑法定主義ですよ。
規格要求にないことを基に不適合を出せば、民事訴訟なら負けるでしょう」

三崎部長 「ちょっと待ってください。ISO規格の解釈や判断が裁判所にできますか?」

佐川 「法律でも契約でも、日本では裁判所が判決を出します。特許問題だって技術的なことが分からないから、裁判できないなんてことありません。
ISO規格解釈の判断が、できない理由はありませんね」

話し合い

三崎部長 「裁判官に規格が理解できますか?」

佐川 「イギリスでは、ISO規格を一番理解できるのは弁護士と言われています。ご心配ありません」

三崎部長 「しかしISOTC委員とかが見解を出すのが、最も信頼があると思いますよ」

佐川 「そうでしょうか?
まず規格解釈の問題が起きたら、それは純粋に規格の技術上の問題であるでしょうけど、同時に関係者にとっては契約問題でありお金の問題です。いずれも法律上の訴訟になりますから、憲法で定められているように裁判所マターになります。

日本では法律解釈の最終判断は、法律を作った国会や国会議員ではありません。裁判所です。
ISO規格解釈による問題は世俗的な紛争であり、裁判所が白黒つけてくれます。少なくても法的にはそうです(注3)

ところで著しい環境側面の決定に、スコアリング法以外で行っている企業はたくさんあり、それを審査している認証機関は皆、適合と判断しています。
ダメというのは御社だけではなかったかな?」

三崎部長 「えっ、そうなんですか?」

佐川 「そもそも弊社が加盟している業界団体のISO研究会が、認証機関説明会を集めて説明会を行ったことを覚えてらっしゃいますか。

著しい環境側面の決定方法についても、方法が規格に書いてないのでいかなる方法でも妥当であれば適合だと判定してほしい旨、説明しております。
御社も出席していたはずですね」

三崎部長 「ああ、ありましたね・・・」

佐川 「ということで、著しい環境側面の決定がスコアリング法以外であることをもって不適合とするなら、私どもはISO規格にそのような要求はないことから、契約不履行で提訴します」

三崎部長 「裁判で争うなんて、大げさな」

佐川 「もちろん私どもの主張が否定されるかもしれませんよ。ただISO審査契約を見る限り負けないとは思います」

三崎部長 「うーん・・・
佐川さんがおっしゃった、他の認証機関はスコアリング法以外をOKしているというのは本当ですか?」

佐川 「ウソは言いません。そもそもあの説明会は、私ども自分たちが考えただけで開いたわけではありません。
日系では産業環境認証機関に監修してもらいましたし、英国系のB○○社に見てもらいまして、こちらからもお墨付きを頂いています。
むしろB○○社では、スコアリング法を不適切と考えているようです」

三崎部長 「スコアリング法が不適切とは……」

佐川 「なんなら電話して確認しましょうか。
産業環境の方が良いですか、向こうの幹部とはお知り合いでしょうから。



あっ、本間部長さん、ご無沙汰しております。
お宅が著しい環境側面の決定方法をどう考えているか知りたいという会社がありましてね、教えてもらえますか?」

三崎部長本間というと、あそこの取締役だね(小さな声)」

佐川 「あ〜、基本的に組織つまり受査組織の意向にお任せですか。
スコアリング法には……ああ、全然拘らないと、ありがとうございました。

そうそう、もうひとつありました。
通勤の影響はどうお考えですか?
本間部長
私が産業環境認証機
構の本間部長である
えっUKASが、通勤を著しい環境側面にしないとならんと言っているって?
えっ、そうでなく、それはガセで本当はそんなこと言っていないって?

ああ、お宅で審査した会社は、今まで著しい環境側面にしたところはなかったですか。
ありがとうございました。当社もそろそろ審査に入りますので、その節はお手柔らかにお願いします。
アッハッハッハ」


注:UKAS(ユーカスと読む)とはUnited Kingdom Accreditation Service の略で、英国認証機関認定審議会のこと。
日本のJAB(日本適合性認定協会)と同等の機関である。知名度は桁違いだろうけど。


三崎部長 「本間取締役とは親しいようですな」

佐川 「ISO9001のときからの付き合いです。彼が面白い話をしてくれましたよ。
UKASが、通勤を著しい環境側面にしろと言っているという噂が流れているそうですね」

三崎部長 「私もUKASが言っていると聞いています」

佐川 「ですが、あれって全くの嘘ですって。
そういえば今回の工場でも、小畑主任審査員が通勤が著しい環境側面になっていないことを、不適合にするとか言っていたそうですね。
ひょっとしてお宅もそのガセに踊らされていませんか?」

三崎部長っ、本当ですか

佐川 「出所を確認したほうがよろしいですよ。
実はね、私は今の本間さんと別の方からですが、同じことを聞きまして、UKASに問い合わせました。
返事をもらいました。内容はUKASは規格解釈をするところではないということが第一、よってそのようなことを要求するのはありえないこと。

そして回答者が個人的見解として、規格を読めばもれなく環境側面を把握せよということだけで、通勤を特別に著しい環境側面にしろなんて読めるはずがないと語っていました。
ここではお見せ出来ませんが、会社に戻ったらそのメールを転送しましょう」

三崎部長 「ぜひUKASからのメールを転送してください」

佐川 「了解しました。

本日の夕方、クロージングミーティングですので、そのとき不適合を出されると、私どもとしては正式に異議申し立てしなければなりません。実を言って工場の連中は手ぐすね引いて待ち構えています。

お互い面倒事は避けたいでしょう。今日の昼休みでも審査員にスコアリング法以外を不適合にしないことと、通勤についてUKASの件を伝えていただければ、問題発生を回避できるかもしれませんね」

三崎部長 「それは脅迫ですよ」

佐川 「ご冗談を、契約した行為の履行を要求するのは脅迫に当たりません。
『金を返さないと訴える』と言うのは正当な行為ですから、脅迫になりません。
ISO14001の審査をする契約をして、通知なく規格にない要求事項を追加したら、委託側が契約不履行で、契約解除、損害賠償請求するのはまっとうな措置です」

三崎部長 「私どもが規格通りの審査をしていないとおっしゃるのですか?」

佐川 「私どもとしては正しい解釈で審査をしてほしいと、半年も前に業界傘下の企業が依頼する予定の認証機関を集めて説明会をしています。先ほど申しましたように、説明した解釈が誤っていないことは複数の認証機関に確認しています。

お宅がその要請を無視して審査するなら、お宅に発注したのが誤りでした。当面処置として、即刻、契約を解除して、当方が受けた損害賠償請求をしたいところです。
再発防止は取引先からの抹消でしょうね」

三崎部長 「損害賠償 規格解釈を誤ったとして、どんな被害を与えたのですか

佐川 「審査で不適合でないのに不適合を出せば、企業はその対策に数十時間取られます。1時間1万円ではききませんよ。
更に認証が何日あるいは週単位で遅れます。それはビジネスにおいて大きな機会損失です。損害賠償請求は不可避です。

まさか、私どもが審査の問題を理由に審査契約を解除したら、御社は今回進行中の審査費用の要求をするつもりですか? いくらなんでも、それはないですよね」

三崎部長 「ええとあそこの担当は小畑と須田だったな。今は10時か。
分かりました、昼に連絡を付けます」

佐川 「円満に決着できて良かったです」



*****


電話中 佐川は3時頃、辻井課長に電話をする。
電話に出た辻井課長の声は昨夜と違い、妙に明るく元気が良い。


佐川 「審査のほうはどうですか?」

辻井環境課長 「昼までは不適合がザクザクあると言っていましたが、午後からの審査では不思議なことに、二人とも元気をなくして声も小さくなっていました。昼休み中に何かあったようですね。
今、審査員のまとめの時間ですが不適合はないような雰囲気でした」

佐川 「それじゃ、私がクロージング・ミーティングに行かなくても良いですか?」

辻井環境課長 「いえいえ、顔を出してくださいよ。終わったら今日は久しぶりに残業なしで打ち上げ予定です。缶ビールと乾きものだけですけどね。
クロージング・ミーティングは4時からの予定ですので、佐川さん、今会社を出れば十分間に合いますよ」



*****


スコアリング法以外はダメと語った審査員は現実に数多くいた。そしてそれは統一見解だと語った審査員も多くいた。
スコアリング法以外はダメとしたのは、認証機関の<統一見解>なのか、審査員個人の考えなのか私は分からない。

いつだったろうか? アイソス誌が各認証機関に「統一見解を定めているか?」というアンケートを取ったことがある。
回答はすべて「統一見解なるものはない」であった。

しかし審査の現場では「ウチの統一見解です」と言って、強引に審査員の見解を押し通すことは良くあることだった。
これもISO七不思議のひとつである。ところで、ISO七不思議は何十あるか分からない。

こっちが認証機関の幹部に、今後弊社はスコアリング法を止めて違う方法で著しい環境側面を決定することにしましたので、審査員に徹底してくださいと要請しておいても、実際の審査で末端の審査員は、そんなこと聞いたことがないとどこ吹く風。
しかたなく、審査員にスコアリング法以外でも問題ないことを説明する私であった。

ああいうのを見ると審査員とは裁判官になったつもりで、上司の命令を聞かず、己の考えとISO規格にのみ拘束されるのだろうか?(注4)
それとも認証機関とは上位下達の組織ではなく、命令系統も責任もはっきりしないサークルみたいなものなのか?
もうハチャメチャだ。



うそ800 本日の弁明

水戸黄門 この物語を始めるとき「元サラリーマンが、ISO認証の黎明期にタイムスリップして審査員をちぎっては投げ、ちぎっては投げと無双する物語を書く」と宣言したけど、小説にしてもそうはいかない。

相手が法律を知らなくても、規格解釈が完璧に間違っていても、助さん格さんのように切り捨てるとか、大久保彦左衛門のように怒鳴りつけるわけにはいかない。

こちらも会社の一員、相手も組織の一員、それなりにお相手をせねばならない。
渡世の義理は辛い。

蛇足であるが、本日は14,000字あったものを8,800字まで短くした。その努力を称えてほしい。
えっ、8,800字でも長すぎるって


<<前の話 次の話>>目次



注1 通勤経路にプラスして定期券を購入することは、プラス区間を従業員が負担することと会社が許可すれば可能である。
驚いたことに通勤手当(補助)は法的な雇用者の義務ではない。単に雇用などのために会社が設けている制度だそうです。

注2 正しくは、Guide66は1999年発行で、この話の1997年には出ていない。そこんところは小説ということで…
Guide66では認証機関は独自の要求事項を加えても良いとしていた。但しそれを公開するのが必須だった。

注3 根拠
憲法第76条第1項
「すべて司法権は、最高裁判所および法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」
裁判所法第3条
「裁判所は、一切の法律上の争訟について、これを裁判する権限を有する。」


注4 憲法第76条第3項
「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束される。」


裁判官とISO審査員の機能は相当異なる。もっとも違うのは、審査員は調査して最終決定者に報告する仕事であり、裁判官のように審判を下す者ではない。
ISO認証を決定するのは認証機関(の経営者)であり、審査員は審査結果をそこに報告するのが仕事である。





外資社員様からお便りを頂きました(25.06.12)
おばQさま いつも有難うございます。
「相手が法律を知らなくても、規格解釈が完璧に間違っていても、助さん格さんのように切り捨てるとか、大久保彦左衛門のように怒鳴りつけるわけにはいかない。」
まさに仰る通りですね、職場を舞台にしたTVドラマは山ほどあれど、現実と違う所はここ。

まともな社会人ならば、相手をギャフンと言わせたらさぞ痛快だが、その反作用を考えてやらない。
現実は落としどころを見つけるしかありません。

ところで質問です。
「今後弊社はスコアリング法を止めて違う方法で著しい環境側面を決定することにしましたので、審査員に徹底してくださいと要請しておいても、実際の審査で末端の審査員は、そんなこと聞いたことがないとどこ吹く風。」これは、ご体験と思います。

その一方で注4には、「ISO認証を決定するのは認証機関(の経営者)であり、審査員は審査結果をそこに報告するのが仕事である。」と要求事項があります。

もしスコアリング法が原因で不適合になった場合には、その認証機関の経営者は、その問題に気づけたのでしょうか?
仮定の話になるでしょうが、どの程度 認証機関の責任者が、中身を見ているかコンプライアンスの基本が問われる気がします。

外資社員様 いつもお便りありがとうございます。
まず、私の書いていることは、会社名、人名、日時以外は100%事実と思っていただいて結構です。但し、ひとつの事例で、てんこ盛りということはありませんので、いくつかのエピソードを混ぜ合わせております。

>もしスコアリング法が原因で不適合になった場合には、その認証機関の経営者は、その問題に気づけたのでしょうか?

まず初歩のことで失礼ですが、警察・検察と同じく、ISO審査で不適合とするには根拠と証拠が必須です。これはISOに限らず監査の基本です。監査員が自分の判断で善し悪しを決めたら、リンチでしかありません。

しかしながら日本のISO審査はそんなに厳密に考えず(大いに問題ですよ)根拠も証拠も明記せずにジャンジャンと不適合を出していたのが事実です。
その証拠に2006年にISO17021が制定され、所見報告に根拠と証拠を明記せよとしっかりとルール化されたとき、まともでない認証機関では皆大変だと騒いでいました。
昨日まで「規定集に旧バージョンがファイルしていたので不適合」と書いて済ましていたのが「○○職場の規定集(no.3)にファイルされていた、規程○○のバージョンはBであった。文書管理課の原本はCである。規格の『4.4.5文書管理』では『全ての場所で関連文書の最新版が利用できること』を要求しており、これに反している。」くらいに具体的に書かないと報告書がNGになってしまうからです。
基本的には、報告書を読んだだけで不具合の証拠に辿り着けなければNGです。

審査員が審査を終えて審査報告書を出すと、20世紀には多くの認証機関は判定委員会でその報告書を審査して審査が適正であったかどうかを見て、審査した企業の認証/継続を決定していました。
私は判定委員会を見たことはないですが、当時流行であった客観性・透明性を持たせるために、社外取締役ならぬ社外判定委員を委託されていた方から聞いたのですが、1社の審査が10分もかけられなかったそうです。社名、認証範囲、日付と結論ていど確認してOK(NGなどない)していたと聞きました。
その後、判定委員会の費用が掛かるので、委員会を止めて部長級が一人で判定する方法に変わったところが多いです。制度が変わっても1社あたり審査する時間が増えるわけはなく、しっかり見る時間はないと思います。

それに20世紀は認証したらハッピーで、頭下げても審査でOKしてもらおうという状況でした。そんな状況でしたから文句を言う人もいなかったのでしょう。
2010年頃になって、おかしな審査はおかしいぞと企業側が言えるようになったということです。
スコアリング法は悪目立ちしましたが、それだけでなく「審査員がルール」という判断は多く、私はそういう状況を打破したいと思いました。
ただ21世紀も四半分過ぎた今は、そういうことからではなく、ISOブームも去り、認証件数は減るばかり。客が逃げないように審査員が低姿勢、おかしなことを言わないようになってきたという変化が大きいです。
とはいえ、昔の仲間も現役をどんどん引退していますが、ときどき面白い(本当は面白くない)話を聞きますので、あまり変わらないなあと思うこともあります。




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