タイムスリップISO87 審査トラブル6

25.06.16

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。



審査登録証 吉宗機械の工場や関連会社では、ISO14001認証が順調に進んでいる。真面目な話、ISO認証は、難しくない。

ISO認証が難しいと言うのは、まともな理解もせず怪しげなコンサル頼みの会社だけだ。愚直にISO規格を読み、理解すれば会社の現状を説明すれば良いと分かるはずだ。

不適合が出ても、大きな問題ないときは是正した資料を送ればすぐに審査登録証が来るし、是正処置に時間を要しても審査登録証がくるのが少し遅くなるだけの違いしかない。

私の経験では、審査を受けたがどうしても認証できなかったという会社を知らない。

不合格になっても、間違えたところを直せばよく、それでだめなら何度でもという、ISO審査のような落伍者救済が完璧な資格試験まずない(注1)

そういえばISO審査員の試験も90%の合格率で、不合格になると再度受験でき、二度目はほとんど合格するようだ。私の周りのISO審査員研修受講者約50名を見ての体験です。
易しいと言われる危険物乙4類でも、合格率が30〜40%だから、ISO審査員は別格である。


吉宗グループのISO14001認証は一見順調だが、細かく見るとトラブルは多々起きている。
ISO規格については研究会で規格の解釈、従来からしていることとの対比、現状で規格適合していることの説明などをまとめたつもりである。

実際に審査の場で、規格の解釈で審査員と議論になることは佐川の前世に比べればはるかに減少している。それでも佐川の前世のような状況を知らない人たちは、現状でさえ、研究会編集のテキストが役に立たないと批判している。佐川は苦笑いするしかない。


規格解釈でない多発している問題もある。それは法律の理解である。端的なことを言って、審査員が法規制を知らず、ナンセンスコールというか、まともなものを不適合とすることの多いこと、多いこと。これについては前世と全く同じだ。
もっとも審査員教育には手を打っていないのだから、前世と変わらないのは当たり前だ。


吉宗機械の本社環境部には、審査最終日に認めてしまったが、内部で検討するとあれは審査員の間違いと思える。異議申し立てをしたいとか、認証機関と交渉したいというヘルプコールも多い。

ヘルプコールには下の句もあり、納得できず抗議したいから認証機関に同行してくれという依頼も多い。それはまっとうなものだが、ずるい人は本社の人が不適合を取り消し交渉してくれというのもある。ずるいのではなく気が弱いのかもしれない。
だが本社や親会社に、自分の代わりに抗議してくれと要請するのは、気が弱いのではなく、気が強いというか大胆不敵ではないか?



*****


最近は指導も一段落してきて、山口も週に二日三日は会社にいる。今日は佐川と山口が二人で、環境部に来たヘルプコールを眺めている。

ハッキリ言ってもう認証競争は終わっているから、認証の日付が半月くらい遅れても工場長が騒ぐなんてことはなくなった。認証機関から見れば、不適合の是正報告が来ないのだから審査登録証を出さないだけだ。
つまるところ、是正あるいは不適合の是正が遅れても誰も困らない。


山口 「しかしまた、いろいろな不適合があるものですね」

佐川 「でもさ、工場の仕組みや活動の不適合じゃなくて、審査員の判断の不適合が多いね」

山口 「『4.3.2法的及びその他の要求事項』の不適合として環境基本法が漏れているというのがありますね」

佐川 「山口さんはどう考えるかな?」

山口 「一番重要な法律が抜けているのだから、不適合は当然でしょう」

佐川 「私は問題でないと思うよ。基本法とはプログラム規定と呼ばれ、基本的な方向性や理念を定めるものとして制定される。 話し合い そこに書かれているのは国家や地方自治体が行うべきことだ。国民や企業に対して直接的に規制することではない。
基本法の多くは、政府に対してこういう制度を作れとか法律を作れという要求で埋め尽くされている。

他方、『法的及びその他の要求事項』では『(組織の)環境側面に適用可能な』法的要求事項を特定しろとある。
『適用可能』とは誤訳でないにしろ、誤解させる訳だ。原文は「applicable」だから適用可能と言えばそうなんだけど、日本語訳としてはこなれておらずニュアンスが伝わらない。英和辞典を見ると『該当するとき』とか、『当てはまる』とかが載っている」

山口 「なるほど、佐川さんのおっしゃることが見えました。環境側面に当てはまる法的要求事項なのだから法令ではないということか……。
だから、国民や企業に対して直接的に関わる要求事項……まあ規制事項が環境基本法にはない、故に取り上げるべきでないということですね」

佐川 「その通りです。環境基本法を取り上げないと、企業の遵守義務が漏れてしまうということはない。
ただ取り上げるべきではないと言うと、取り上げてはまずいのかという議論になるから、取り上げなくても良いという意味でしょうね」

山口 「となると、どうすればいいのですか?」

佐川 「そのまま言うしかない。
認証機関に行って『環境基本法が工場のどの環境側面に該当するのですか?』と聞いて、明確な回答がなければ不適合と認めないというしかないね。
該当法規として環境基本法をとりあげたとしても、アクションに結びつかないのだから」

山口 「分かりました。どう対応するかは私が工場と相談します。
次は『道路交通法が抜けている』とあります」

佐川 「道交法で思いつくのは、廃棄物かなあ〜、廃棄物の過積載違反は最近厳しいからなあ〜。
引き渡したときトラックの許容積載量と委託量が見合っているかどうか、確認せよということでしょう」

山口 「いや、そうじゃありません。
ええと、これは宮城県の工場と営業所の給食を作っている関連会社なのですが、所見報告書では……『運搬中に交通事故や落下で食品が散乱して環境問題になることを見逃している』とあります。
道路交通法第71条第1項第4号の2に『車両等に積載している物が道路に転落し、又は飛散したときは、速やかに転落し、又は飛散した物を除去する等道路における危険を防止するため必要な措置を講ずること』の義務を見逃しているとあります」

佐川 「またまた……そこまで書けばマニアックな審査員だな。食品の散乱が環境問題と言えるのかな?」

山口 「環境問題と解釈すると道路交通法の多くが関わりますよ。第54条第1項第2号で『車のクラクションは法令で警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、鳴らしてはならない』というのを騒音規制と受け取れば、これも環境法令です」

佐川 「まあ、そう解釈しても目くじら立てることもないか。
だけど放っておくわけにもいかないな。山口さん、この認証機関を訪問するなら、先方はどういう考えでどこまで環境に関わると考えているのか聞いてほしい。

当社も海上自衛隊向けのソノブイ(注2)の部品を作っているが、あれは海防法(海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律)の対象外のはずだ。
法律上合法でも、倫理上ダメだなんて認証機関が言い出すんじゃないか。そのときは認証機関を替えると言って話を打ち切って良いよ」

山口 「会社が、いや国なくなっちゃうなら、それしかないですね、アハハ」

佐川 「当社の事業を否定し国益を損なうなら、認証機関を替えるしかない。転注、いや天誅だ」




山口『廃棄物処理委託契約書の収入印紙に、消印が一か所しかない』という不適合があります」


注:「消印」という呼び方に奇異な感じはしないだろうか?
私はなぜ「印を消す」というのか不思議でしょうがなかった。まあ契約書とか領収書に日頃慣れ親しんでいる人は何とも思わないでしょうけど。
調べると収入印紙の効力(価値)を消す意味なのだそうだ。そして切手の消印も同じ意味だとあった。切手の消印というのは聞き慣れていて、疑問に思わなかったことが逆に不思議に感じた。


佐川 「あれ、消印は一カ所で良いはずだ。でも、はずだ・だろう・たぶんではいけない。『印紙税の手引き』……いや印紙税法を見たほうが間違いない(注3)

山口 「印紙税法を調べたいときは、どうすれば良いのでしょう?(注4)

佐川 「経理部に電話してあるかどうか聞いてみてください。なけりゃ公立図書館に行くしかない」

山口 「了解しました。

それから印紙金額不足を指摘されたものがあります
『廃棄物の中間処理の契約書で400円の印紙金額が貼ってあるが、法では2,000円である。』
これが本当なら脱税で大問題ですね、いや笑い事ではありません。社内一斉点検を指示するレベルです。どうしましょう?」

佐川 「たぶん、それは審査員の間違いだ。
経理に行くなら『印紙税の手引き』というのを見せてもらってよ」

山口 「佐川さんは千里眼で何でも知っているのですね」

佐川 「オイオイ、変なことを言わないで。知らない人が聞いたら本気にしますよ。
印紙税についてはね、運送と請負の契約では契約金額が同じでも印紙金額が大きく違うのです。100%審査員の間違いですよ」

山口 「廃棄物の契約書ではもう1件ありますね。
『契約書に添付の廃棄物処理業者の許可証が期限切れ』だった」

佐川 「それはダメだな。新しい許可証の写しをもらって、契約書に添付しておかないと。

とはいえ、思い出したぞ……昨年か一昨年、廃棄物処理法の契約書は、1年期間で作成することとし、毎年作り直せという通知を出していたはずだ。書いたのは私だけど。
となると、その工場では本社の通知を無視していたか、それとも間違って審査で前年の契約書を提示したかだな」

山口 「そう言えばそんな話は、私も覚えています。
これは工場に問い合わせます」




山口 「福岡工場では重大な不適合というのがあります。騒音発生装置の増設を届け出ていないというものです」

佐川 「設備は何ですか?」

山口 「ええと空気圧縮機です。今まで7台届出いていて、昨年2台増設したのを届けていないとあります」

コンプレッサー

佐川 「それはナンセンスコールだよ。空気圧縮機は騒音規制法の特定施設だが、振動規制法の特定施設じゃない。
振動規制法の特定施設は1台でも増えると行政届ですが、騒音規制法の場合は、届けている特定施設の数の倍を超えると届けることになっている」

山口 「は〜、とすると審査員のチョンボですね」

佐川 「工場側は気づかなかったのかい?」

山口 「いえ、工場からのメールには……審査終了時の話合いのとき、振動特定施設でないことを説明したが理解してもらえなかったとあります」

佐川 「工場はまともだな。助さん、懲らしめてやりなさい」

山口 水戸黄門 「いつから私は助さんに、佐川さんは黄門様になったのですか?
それから格さんがいませんよ」

佐川 「工場や関連会社から来た人を格さんと呼ぶことにしよう。
次のお笑いをどうぞ」


山口 「笑い事ではありません。PCB機器を扱った軍手を通常の廃棄物として処理しているという不適合が出ています」

佐川 「工場のコメントは?」

山口 「法で定める毎年のPCB機器の点検のとき使用した軍手を一般ごみとして廃棄した。それに対してPCB機器を扱った軍手はPCB汚染物だからPCB廃棄物として扱わないとならないと言われたとあります。
大問題ですね」

佐川 「そのときのPCB機器はPCB液漏れとか付着とかあったの?」

山口 「なかったようです。」

佐川 「それじゃPCBが付着していないじゃないですか」

山口 「でもPCB点検に使用した衣類、用具はPCB汚染物として処理しなければならないと審査員は書いています」

佐川 「根拠は何かと聞くしかないな」

山口 「お任せを」



*****


山口は佐川からヘルプコールに対するアクションと方向を教えてもらった。

女子事務員
収入印紙のことなら
何でも聞いて💛
収入証紙も詳しいわ

その日の昼食後である。経理部に行って課長を捕まえてご教示をお願いしたら、ベテランの女性事務員に対応してやるよう指示してくれた。
彼女が『印紙税の手引き』をプリントしたものを見ながら教えてくれた。

話を聞けば意外と簡単だ。山口は自分一人で対応できる自信を持った。



*****


午前中、佐川と話をした後、高松工場を審査した審査員と責任者に会いたいとアポイントは取っていた。
『印紙税の手引き』をプリントしたものを持ってJ○○認証機関を訪問する。

山口はどこの認証機関にもある小さな応接室で、審査をした鈴木審査員と、竹島審査部長という人と面会していた。


鈴木審査員鈴木審査員山口山口
竹島審査部長竹島審査部長

山口 「先日、私どもの高松工場のISO14001審査で、クロージングミーティングの話し合いで結論が出なかったとの報告を受けております。
高松工場は遠いことと、単純な問題なのでわざわざ上京することもないだろうと、本社の環境部の私、山口が代理として御社との話し合いをしたいと思います」

竹島審査部長 「廃棄物契約書に不備があったと聞いております。その弁明でしょうか?」

山口 「弁明と言われるといささかあれですね、私どもとしては全く問題がないということ説明し、ご理解いただきたいと考えております」

鈴木審査員 「不適合は熟考していますから、抗議すればなくせるなんてことはありませんよ。
ハンコもしっかり押してないし、金額も不足しているし、基本的なことがなってない」

竹島審査部長 「まあまあ、鈴木君、話を聞こうよ」

山口 「まず収入印紙を消す、つまり使えなくする方法として、印紙税法で収入印紙と貼られた契約書にまたがるように押印するか署名するように定められています。
このたび不適合とされたのは、収入印紙の消印が1か所であったということです」


鈴木は二三度首を縦に振る。


山口 「質問ですが印紙税法では2カ所に押せとは決めていません。1か所でダメだと不適合にした根拠は何でしょうか?」

竹島審査部長 「普通、2カ所押しているが、根拠はあるのかなあ〜」

鈴木審査員 「私は元の勤め先に新卒で入ったとき2カ所押すように教育されました」

山口 「どの法律の何条で決まっているとおっしゃってください。重大な問題なのですから」

竹島審査部長 「山口さんが訪問されたということは、1か所で良いという根拠をご存じなのでしょう」

山口 「さようです。法では消印を押すことのみ定めています。ここに印紙税法があります」


右も左もOKだよ
収入印紙

法律でハンコを 2カ所押せとは書いてない。
なお、上下左右、どの辺に押印しても良い。

竹島審査部長 「うーん、消印は1か所あれば問題ないようだ。鈴木君、不適合を出すときは法律なり何かを見たんだろう」

鈴木審査員 「いや、昔、新人教育で習ったのを思い出して不適合にしました」

山口国税庁のウェブサイトのQ&Aでも、印紙の消印の方法でも特段2カ所押せとはありません。
では不適合でないということでよろしいですね」


鈴木は電話を取ってどこかに電話する。
少し話をして電話を切る。


鈴木審査員 「経理に問い合わせましたところ、1か所で良いそうです」

竹島審査部長 「分かりました。不適合を取り消します」

山口 「次に印紙税額ですが『中間処理業○クリーンとの廃棄物処理委託契約書で、記載された予定額が150万に対して収入印紙は400円を貼り付けていたので、法で定める印紙税額2,000円に対して不足している』とあります」

鈴木審査員 「そうそう、これは間違いなくNGですよ」

山口 「廃棄物処理業といっても、契約する相手が行う仕事によって印紙税が異なります。収集運搬は運送、中間処理や最終処分は請負になります。
収集運搬業の場合は運送なので契約額が150万であれば2,000円です。しかし中間処理業は請負となるので150万なら400円になります」


注:なんで運送は請負でないのかと気になって調べた。
商法559条以降で運送のことが細々定めてあります。素人が読んでも良く分かりませんでしたが、運送は委任契約であり請負でないという見解なのだそうです。
請負とは完成しないとお金がもらえないが、運送は運んだ距離分だけ請求できるとかなんとか?


鈴木審査員 「えっ……」

山口 「ここに国税庁が出している『印紙税の手引』があります。ここですね請負と運送によって印紙税が異なります」

竹島審査部長 「あー、分かりました、分かりました。
鈴木君、これは弁明もしようのないミスだ。
山口さん、これは大変失礼をいたしました。ええと、高松工場ではこの二つ以外は不適合はなかったんだね?

それじゃ、こうしましょう。
所見報告書を一部修正しますので、管理責任者サイン欄に高松工場のISO担当されている部長さんの押印をもらい送付していただけますか」

山口 「私はその部長からの委任状をもらっておりますので、私がサインすることで処理したい」


山口はA4の紙を相手に向けて机の上を押しだす。
竹島と鈴木が顔を見合わせて小声で話し合う。


竹島審査部長 「了解しました。では今回はそれで行きましょう。鈴木君、不適合の部分の削除、その他のページをすべて読み直して、矛盾のないよう確認してくれ。
10分間でやってくれ。修正した所見報告書をここに持ってきてほしい。
山口さん、しばらくお待ちください」


鈴木審査員が席を外すのを見て、山口は竹島審査部長に話しかける。

山口 「竹島部長さん、言いにくいことですが、このような場合の措置はどうなっていますか?」

竹島審査部長 「このような場合の措置とは何でしょう?」

山口 「私は工場から依頼されて、都内から来ました。ここまでの電車賃は130円ほどです。
しかし当事者が工場から来れば電車賃が片道1万かかります。東京出張となると半日は潰れます。このような受査側の受けた損害への補償をどうお考えですか?」

竹島審査部長 「損害補償ですって
それは私どもの問題ではなく、審査を受けた会社の問題ですよね」

山口 「今回の問題はすべて審査員の誤判定です。クロージングミーティングで工場が、判定に異議を唱えたことを鈴木審査員は認識しています。工場ができることはしていると思います。

しかしそれ以降、工場が異議申し立てなどの対策を取らなければ、今回の不適合はすべて工場が悪いことになってしまったでしょう。あげくに意味のない作業、そして無駄な印紙税の発生。
このような審査員のミスによる被害を受けた会社に対する補償を考えないのですか」


注:収入印紙を必要金額以上貼り付けると、税務署から注意を受けるそうだ。理由は印紙税法を理解していないとみなされるから。足りなければ脱税、多ければ無知と鞭を振るわれる。


竹島審査部長 「まあ、確かにご迷惑はおかけしたようですが、責任は審査側ばかりではないと思います」

山口 「ほう、会社側の責任とは何でしょう?」

竹島審査部長 「書類や説明を分かりやすくするとかもありますね」

山口 「ISO規格では環境マニュアルを要求していません。実際に要求しない認証機関もあります。御社は環境マニュアル作成を要求していて、ご丁寧に何を書くか詳細な説明付きです。

しかもクロージング・ミーティングで不適合を出されたとき、証拠を出して反論しても、審査員に聞く耳がなければどうしようもないですよ。
受査側としてもっとやるべきことがあったとおっしゃるなら、その手順を示してほしいです。

勘違いしているとは思いませんが、私どもが客でお宅が請負業者ですよ。忘れないでください。
客は、TQCの良いところ、認証機関のQといえば、良い審査です。書類や説明を分かりやすくなど、注文が多い認証機関を好むはずがありません。

その結果は、この認証機関からの転注です。それはご理解ください。
当社は工場や関連会社のISO審査の状況を見ています。ひとつの工場で問題を起こせばグループ内に転注を指示します」

竹島審査部長 「例えばですが、今は山口さんが代理で来られた、そういう方法で時間と費用を低減されたわけですね。あるいは郵便なりeメールで証拠を送ってもらい、こちらが再検討するとか、考えれば方法はいろいろあると思います。

それと一方的に言われましても、今回はたまたま審査側のミスが判明しましたが、完全に受査側のミスもあるわけです。そういうとき費用請求できません……」

山口 「請求しているじゃないですか。不適合があって審査をし直すとか、不適合が出た場合に現地での是正確認が必要なときなど、審査員の審査工数と出張旅費が請求されています。
私はISO14001はまだ経験が半年ですが、ISO9001の初めから携わっています。素人じゃありません。
どのようなときどんな対応をするか、費用処理とかもう4年5年やってきてますよ。

なによりも驚くことは、竹島部長が発生防止とか、補償する・しないに関わらず、私に費用処理について話をしてこないことです」

竹島審査部長 「こういう事態はめったにないと思います」

山口 「現実は違います。現在、ISO14001認証がスタートしたばかりで、認証が立て込んでいるのもありますが、ナンセンスコールと言いますか、全く問題のないことに対して不適合を出されています。それを審査側のミスだと確認してもらうために、東奔西走しているのです」

竹島審査部長 「当認証機関以外でもあるのですか?」

山口 「問題山積ですよ。規格解釈よりも法律に関わる判定が多いです。
今まで私の上司が認証機関との交渉をしていたのですが、あまりにも多いために今は私も認証機関を巡っているのです」

竹島審査部長 「それでは弊社も他と変わらないということですな、アハハハ」

山口 「ひとつ申し上げておきますが、上司の話では認証機関責の問題があったとき、認証機関から費用の話が出なかったところはないそうです」


鈴木審査員がコピーした紙の束を持って入室する。


山口 「今のお話の件、今後の状況次第ですが、対策が取られなければ対応(転注)を検討させていただきます。よろしくご検討いただきたくお願いいたします」


山口は、認証機関の入っている雑居ビルを出る。正直良い気分ではない。
あの竹島部長は自分のビジネスをどう考えているのだろう。審査を受ける企業より上位、俗な言葉で言えば、エライと思っているのだろう。
そして審査員である鈴木氏も他の審査員もそう考えているのだろう。商売には向かない人たちだと思う。

次は神田にある認証機関だ。ドアツウドアで15分あれば十分だ。
ここでは環境基本法を取り上げていないことを問題にしていた。説得できるだろうか?
ここよりは建設的な話ができればうれしいな、と山口は思う。




ミルク コーヒーコーヒー
ミルク
竹島部長と鈴木審査員は、そのまま部屋に残りコーヒーを飲んでいる。
山口との話し合いは実質40分ほどだったが、不適合が当社の判断ミスであり、どういう結末になるか予想もつかなかった。幸い先方がおとなしかったからホッとした。

鈴木は少しショックを受けたようだ。自信満々で出した不適合が、自分より若い素人に簡単に否定されたからだろう。


鈴木が少し落ち着いたのを見て、竹島部長は先ほどの山口との会話をダイジェストしてマイルドに鈴木に伝えた。
そしてまた同業他社から聞いた話として、吉宗機械の佐川課長というのは狂犬のようだ、規格解釈で問題があれば裁判にすると言っていたと話す。今日来た山口が上司と言っていたのはその佐川だろう。
このような問題はまた起きるだろう。そのとき言い任されないよう認証機関責の対応を考えておかねばならない。

竹島部長は考える。
普通の商取引で考えると、今回のようなものはどうなるだろう?

受入検査で抜取検査した結果、不合格になり業者を呼んで全数検査をさせたらどうなる?
全数検査した結果、不良がなかったとしても、抜取検査が正しく行われ、その結果が不良判定なら、生産者危険の範囲内として容認されるだろう。だから問題ない。

竹島審査部長 だが受入検査で別の部品の検査要領書で行い不合格となったなら、正直に言うか言わないかはともかく、受入側の責任であることは間違いない。商取引のルールとしては、全数選別させた費用を業者に支払うことになる。
今回のパターンはそれに当たるのではなかろうか?

更に今回事例で、で商取引としておかしいのは、相手側が審査員の判断に異議を付けているのに、一方的に打ち切り押し切ったことだ。これは信義則に反する。
鈴木君はなぜ話し合いしなかったのか。無理に決着しなくても、とりあえずペンディングにしなかったのか?
そもそも収入印紙など、審査の場から税務署に電話して聞けば良かったじゃないか。
教育が悪いのか、機転が利かないのか。当社の手順が悪いのか……

いずれにしても、それは認証機関の管理者の考えることだな……問題の起きない仕組みを考えないとならない、竹島部長はそう自分に納得させる。


鈴木審査員もコーヒーを飲みながら考える。
鈴木審査員 バカなことをしてしまったな〜。クロージングミーティングで決着をつけたつもりだったが、向こうは本社を動かしてしぶとく認証機関にやって来た。油断ならぬ連中だ。

今後、似たような状況になった場合は、もう少し圧をかけておかねばならないな。審査員は怖いという印象を持たせないと甘くみられる。
二度とこんなことにならないよう、考えなければならない。



*****


4時少し前、山口はJR神田駅近くの雑居ビル内の認証機関を訪ねた。
先ほど訪問した浜松町の認証機関を出たところで、電話して緊急重大だから、お会いして協議したいとごり押しした。強気の交渉は業界の研究会で田中や金子に教えられた。


岩井審査員岩井審査員山口山口
稲村審査部長稲村審査部長

山口 「お忙しいところありがとうございます。
先週御社に審査してもらった弊社の関連会社で仙台市の吉宗弁当(株)で、『4.3.2法的及びその他の要求事項』で不適合がありました。クロージングミーティングでの協議の場では、弁当屋が拒否したということでした」

岩井審査員 「そうなのです。山口さんは本社の方ですね。環境ISOで環境基本法が関係ないとはお考えがおかしいとしか思えません。 本社の方からそのように指導していただきたい」

山口 「実を申しまして私は弁当屋の考えに賛成なのです。
悪魔の証明と言いますが、存在は証明できますが、非存在は証明できません。
それでこちらから質問させてもらいますが、環境基本法が該当法規制にないとダメとおっしゃっているのですから、ダメな理由を教えてください」

岩井審査員 「環境基本法は、公害防止、リサイクル、廃棄物処理、省エネなど環境に関わる法律の親ですよ。
環境関連法規のリストに必須じゃありませんか」

山口 「イメージとしてはそうかもしれませんが、法体系としては環境基本法に子法はありません。環境基本法の子法というなら、子となる法律に『環境基本法に基づき』とか『環境基本法第〇条に則り』と記すことが必要です。

現実問題として日本の法体系が基本法を基に下位展開するようになったのは、ここ20年くらいです。それまではみな単独の法律でした。公害防止法も廃棄物処理法も親がありません。
法の理論は知りませんが、公害防止でも廃棄物でも環境基本法と相互関係にないです。元々基本法は後付ですからね。

で言いたいことは、環境基本法はプログラム規定どころか、方針というかビジョンを示すようなもので、具体的環境管理を定めている法律とは関係ないのです。
よって公害関連法、廃棄鬱関連法、化学物質管理関連法などで国も規制を行い、企業もそれに対応しているのが実態です

稲村審査部長 「すみません、山口さんのおっしゃりたいことは何ですか?」

山口 「審査で該当法規制に環境基本法が漏れているという不適合を、抹消していただきたいということです」

稲村審査部長 「不適合でないと言うのですか?」

山口 「法文を読んでいただきたいですが、弁当屋の環境管理において、環境基本法は無関係だからです」

稲村審査部長 「はあ、無関係ですって」

山口 「ISO14001の4.3.2で『組織は、その活動、製品又はサービスの環境側面に適用可能な、法的要求事項(中略)を特定し、参照できる手順を確立する』とあります。
この文章の意味は『関連する法律を挙げろ』ではなく、『弁当屋が関わる法的要求事項を挙げろ』ということです。
つまり振動規制法が関係しますではなく、工場が保有するこれこれの設備は、届け出、測定、記録、有資格者などが規制されるのかを把握することです」

稲村審査部長 「ああ、分かりました。そういう観点からは、環境基本法が該当するところはないということですね」

山口 「ご理解いただきありがとうございます。ということで該当法規として取り上げていないことは、不適合ではありません」

稲村審査部長 「岩井さん、それでよいかね?」

岩井審査員 「そう言われるとそうですな。しかし部長、そうしますと今までウチで審査してきたところにはどうします?」

稲村審査部長 「うーん、一貫性がないか……」

山口 「その会社では関連すると考えたなら、それで良いのではないですか?
ISO審査とはISO規格要求を満たしているか否かの点検です。それ以上のことを管理しているなら不適合ではありませんね」

稲村審査部長 「なるほど、おっしゃる通りだ。
稲村さん、環境基本法がない件は不適合から消してください」

山口 「もう一点不適合がありましたね。道路交通法違反……いや違反につながる恐れがあるということでしたね」

稲村審査部長 「弁当屋が集配する車が道路交通法に関わるのか?、いや関わるよな。だけどそれは環境問題か?」

山口 「所見報告書では『運搬中に交通事故などにより食品が散乱して環境問題になることを見逃している』とあります。
その根拠として道路交通法第71条第1項第4号の2において『車両等に積載している物が道路に転落し、又は飛散したときは、速やかに転落し、又は飛散した物を除去する等道路における危険を防止するため必要な措置を講ずること』をあげ、その義務を見逃しているとあります」

稲村審査部長 「確かにそういう場合は該当するな……」

山口 「おっしゃる通りに考えると、道路交通法の多くが関わります。ただこの法律では『危険を防止するため』であり、環境問題としてではありません。そこをどう解するかも問題です。

似たようなものに、同法第54条第1項第2号で『車のクラクションは法令で警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、鳴らしてはならない』というのを騒音規制と考えると、これも環境規制です。あるいは、急発進、急停止は省エネに反しますから環境規制に該当することになります。

となると道交法ばかりではありません。日常生活に関わる法規制を環境にこじつければ、該当法規制がどんどんと増えるでしょう。
岩井審査員は弁当が路上に散乱した場合を考えましたが、側溝とかに流れ込めば水質汚濁防止法に関わるのは同じです(注5)

岩井審査員 「側溝は下水に入るのでしょう」

山口 「宮城工場のあるところは田舎ですから、側溝はそのまま公共河川に入ります。そうなりますと路上なら道路交通法、公共河川なら水質汚濁防止法、岩井さんがおっしゃるように都会なら下水道に入りますから下水道法にも関わります。

弁当屋でなくても、喫煙規制は数年前からいろいろ提起されていました。健康増進法の中で受動喫煙防止が義務付けられるようです(注6)
ISO14001の環境の定義では、人の健康から人間関係まで環境に含まれるようです。だから、そういうのも環境問題であるのは間違いない。ならば、きりも限りもなく、環境法に盛り込まなければならないのかどうか?

実は、弊社では道交法を取り上げること自体に反対ではないのです。しかし考え方によれば、きりも限りもありません。ある程度御社の考えをまとめて対外的に公表してもらわないと困るわけです」

稲村審査部長 「今までは考えていなかったわけですか?」

山口 「実は廃棄物関係で道交法というと、過積載ですね。これは報道などご覧になっていると思いますが、摘発されると荷主というか廃棄物を出した者の責任も問われます。
それでそれはISO以前から業務において守るべき手順としていました。
でもこれは環境法とは言えないでしょう。交通安全の範疇ではないですか。

廃棄物処理委託の契約書に貼る印紙金額の不足、消印忘れ、そういうものも問題ですが、いくらなんでも印紙税法を環境法とは言えないでしょう。
産廃の契約書に反社会勢力のことも記載されるようですが、これは環境ではなく商法か民法かもしれませんね。

注:会社法の制定は2005年で、物語の時点にはまだない。

そういうものの遵法を忘れていたのではなく、環境法とみなしていなかったということです。

今回、ご指摘された弁当を落とし件は審査でも説明しましたが、従来から(ほうき)・ちり取り・ゴミ袋などを配送車に常備しています。車に積んでいるだけでなく、そういう事態になった場合の処置も、手順を決め教育しています。
但し、それを弁当屋としての当然すべきことと考えていても、環境問題とは考えていなかったということです。

ただそういったことが環境法に該当するのかとなると、その境界はどこなのかを、はっきりさせていただかないと納得できないということです。
今回のことからここまでと弊方が考えて対応しても、実は御社の考える境界はもっと先だったでは困ります」

稲村審査部長 「今、山口さんがおっしゃった、配送車から食品がこぼれた場合の手順、訓練、器具の常備は本当にしているのですか?」

岩井審査員 「クロージングミーティングで不適合の説明をしたとき、その対応状況の説明はありました。それを環境法規制と認識して、ISO14001の体制に盛り込んで欲しいという観点で不適合を出しております」

稲村審査部長 「分かった。岩井さん、とりあえずそれは不適合から消してください。それについては弊社内で検討して、どこまで環境法なのかという見解をまとめます。
当面は審査で環境に関わるとしているものが、環境法として認識していなくても、実際に手順があれば適合としよう」

岩井審査員 「分かりました。今後社内のルールを定めるということですね」


山口が認証機関を出たのは5時少し前だった。二社目は自分が慣れたせいか、とんがらず話ができてよかったと思う。
「人間関係は鏡、失礼な態度を取ると失礼が返って来る(注7)なんて文句があったなと山口は思う。話の切り出し方に工夫が必要だし、もう少し相手に寄った説明にすべきだと思う。自分は話すときもっと言葉の使い方に注意が必要だ。

とりあえず今日はいろいろな意味で大いに成果があった。佐川さんに自信をもって報告できる。



このような不適合を考えるのは、大変だったとお思いですか?
いえいえ、考えるまでもありません。こういった不適合を腐るほど出されまして、忘れようとしても忘れられません。ここで吐き出せば忘れられるかと思いまして……



うそ800 本日の困った

文章を書いているとき、必要な法律とか参考資料を読まねばならない。
そのとき細かい字が見えない。パソコンなら拡大表示もありレンズアプリもあるが、紙に書かれた文字は、文字通り虫眼鏡を使わないと見えない。法律の付表はもう文字が小さく虫眼鏡では判読できずルーペの出番だ。

ルーペ

いよいよ、小説もどきなど書くのを止めて、細かいことを気にすることのない街路樹の四季でも描くとか、厳密さ、緻密さを求めない趣味を切り替えないとならないようだ。

街路樹の絵
それで思い出したが、プラモデルは引退後も作ろうとしたが、細かいものが見えず、指先も震えるのでもうダメだ。
その後、コロナ流行時に出歩くことができなくなり、プラモと違いジオラマなら正解はないから、ずれたり傾いても良いだろうと始めた。

だがジオラマでさえ、2年ほど前から目が衰え休業状態だ。
お手上げではない。月刊誌が売れず発行を止めても廃刊と言わず休刊と称するように、ジオラマが作れなくなっても廃業ではなく休業である。



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注1 全員合格する資格試験があるのだろうかと考えてしまった。
社内試験とか趣味の試験を除いて、公的な資格試験や検定試験にあるだろうかとあちこち探した。

合格率が極めて高いものには、作業主任者とか特別管理産業廃棄物管理責任者がある。名前が書けて居眠りしなければ合格と言われる。いずれも資格者がいなければ会社が事業できない立派な国家資格である。
あっ、有資格者がいないと営業できないから、合格させるのか?

コロナ流行時には資格試験を受験した人は必要に迫られ真剣に勉強した人ばかりだから、コロナ流行時期は受験者数が減り、合格率が上がったという仮説がある。
甲種危険物ではコロナ流行時は受験者が減り合格率が高くなっている。だが実用英語技能検定ではそもそも受験者数に変化は見られない。

注2 ソノブイ(sonobuoy)とはソナー(SONAR)の一種で、航空機などから海面に投下して、潜水艦の音をとらえてそれを母機に伝える兵器。ソノブイはセンサーと発信機であり、爆発物ではない。
電池の寿命が切れるとお役御免で、危険防止・秘密保持のために海底に沈下させる。そのため有害物質を使わない設計らしい。
領海・公海、問わず100%海洋投棄となるが、国際法での規制対象外となっている。(規制しようがない?)

注3 収入印紙の消し方は印紙税法8条2項に定めてある。
答えを言ってしまうと、1か所で良く、ハンコの代わりに署名でも良い。

注4 電子政府で法令(法律、施行令、省令)が見られるようになったのは、2001年です。それ以前は必要な法律は会社が第一法規(株)などと契約していたが、契約していない法規は図書館に行って見せてもらうしか方法がなかった。
ちなみに電子政府が整備された現在でも、県立図書館には法律が揃えてあり閲覧できるはず。実を言って、電子政府ができてから法律を見るのに図書館に行ったことはない。

注5 弁当を100食、川に投入したらどうなるか、考えてみた。
弁当はおかず・ごはん合わせて300から400gとする(コンビニやスーパーはだいたいこれくらい)。100食として食品の重量40kgとする。
BOD(食品消化に必要な酸素の重量)は食品重量の半分くらいとみなして良いそうだ。よってBODは20kg、水に溶けている酸素を1リットル当たり5mgとすると、水1トンで酸素5g、BOD20kgだからそれに相当する川の水は4,000tになる。これは小さな川の1時間水量である。

つまり弁当100食を川に投げ入れれば川に流れる水1時間分の酸素を消費してしまうことになる。もちろん一瞬で食品が分解されるわけじゃなくて、仮に20時間かかるとすれば、そこに住む魚は20時間も酸素濃度が5%減るわけでかなりが死んじゃうよね。これ結構大ごとです。

ちなみに空気中の酸素濃度は21%が正常、これが18%になると多くの人は吐き気、頭痛、心拍増加など苦しくなる。10%になると死亡の危険があり、8%になると7〜8分で死亡する。怖いですねえ〜

注6 受動喫煙防止の努力義務は2002年から、この物語は今1997年である。

注7 「古城で暮らす私たち」守雨、ネット小説、2025






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