タイムスリップ141 研究会13

26.02.02

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。




第140話から続く
定例研究会開催の前に佐川は4人を集める。


佐川真一 「当社グループでおかしな不適合を出した認証機関には、撤回を求めないといけない。ただその前に、今度の研究会で他社の状況を確認してほしい。他社もウチと同じ認証機関で問題があれば、一緒に行った方が圧力にはなるでしょう」

山口 「普通、自分のところの不適合を外部に知られるのは嫌でしょう。同行しますかね?」

佐川真一 「相手次第だが、お互い長い付き合いだからそんなことないだろう。
少なくとも当社は、審査報告書を他社に見られても問題はない。一緒に行くか別行動かを決めるのは山口さんに任せる。

それから研究会の正式メンバーは山口さんと私だけど、このメンバーを私の後継候補と言って連れて行って欲しい。ゆくゆくは代替わりしなければならない。今から顔つなぎしていた方が良い。
みんな、異議申し立ての流れを理解しているな」

山本 「ハイ、まず不適合とした根拠、証拠をはっきりさせる。次にそれを否定する」

佐川真一 「そうだ、初めからこちらの手の内を見せることはない。相手のミスを引っ張り出すことだ。
皆さんが認証機関に行くかどうかは研究会の決定次第だが頼むぞ」




研究会である。
驚いたことに田中と金子、そして小林が弟子と称して後輩というか部下を連れてきた。さすがに3人も連れてきたのは山口だけで、他の会社は、どこもひとりだった。

各社から証拠・根拠がおかしい不適合の調査結果が報告される。
どこも審査員が出した指摘に難儀しているようだ。


注:ISO審査で「指摘」とは「指し示す」とか「注意をうながす」ことではなく、「不合格」という意味である。


田中さん 「皆さんの報告を聞くと、どこでも根拠のない不適合が出されていると分かりました。
全てというと大変なので、手始めに同じ認証機関が複数の会社で同じ理不尽な不適合が出しているのに、合同で抗議というか異議申し立てをしようと思いますが、いかがでしょう?」

山口 「異議申し立てというのは、審査のルールで定めた正規な手続きになります。当然認証機関はその記録を作り保管しなければならず、たぶん認定審査で見せることになるでしょう。
もちろん認証機関が間違えた事実を記録しておかねばなりません。

ですから異議というと、向こうも身構えるでしょう。私としては公式な記録に残ることでなくても、先方が過ちを認め、自今以降そういう間違いをしないというなら、非公式な話し合いという形で良いと思います。

方法として最初は相談という形で話を持っていったらどうでしょう。もちろん同意が得られたら証拠として、向こうの幹部のサイン入りで一筆とる必要はあります」

金子さん 「私も結果として改めるならそれで良いと思います」

小林さん 「しかし、それではその企業に対しては改めても、他の企業では間違えた判断を続けるおそれがあるよ」

鈴木さん 「確かに、間違えた判断というよりも、おかしな不適合を出す審査員や認証機関は独特な規格解釈をしているから、文句を言われれば引っ込めても、言わないところではその解釈を続けるような気がする」

山口 「私は自社で問題が起きなければ良いです。社会正義を貫いて、目の前の問題が片付かないのは困る。その線で行って、それで相手が了解しないなら、異議申し立てと言うことでよろしいじゃないですか?」

田中さん 「あまり大事にすると前進しない気がする。奴らもメンツもあるだろうし・・・
山口さんの意見が通ったら、その情報を他社に積極的に流して同じ不適合を出されたら吉宗さんを例に出して抗議できる。

それでよろしいですか。ではトライアルとして、まずは2つ3つしてみましょう。
誤った判定の選択としては、数が多く、多くの会社で出されているのが良いですね」




各社の不適合の一覧を作り探すと、「著しい環境側面を環境目的にしていない」という不適合が多く、複数の会社で出されているのが分かった。それを第一弾にすることにした。

同じ認証機関から不適合を出された会社ということで、J△△認証機関が選ばれた。当然、行くのはH社の田中氏と吉宗機械の山口になる。ふたりは弟子を連れていくことにする。

今回の異議が通れば・・・通すつもりだが・・・J△△認証機関から不適合を出された他の会社も当然後に続く予定だし、横出しというか他の認証機関にも同じ不適合の撤回を求めていくことになる。
皆立ち上がり、力こぶしを突き上げて 勝どき (エイエイオー)をあげる。まさに血沸き肉躍る雰囲気である。

勝どき 勝どき 勝どき 勝どき



その数日後、J△△認証機関のアポイントを取って田中と山口たちはやって来た。
田中と磯田は2年前に、有益な環境側面がないという不適合を出されたのを、取り消してもらうために訪問したことがある(第104話)。

あのときの問題は「有益な環境側面を特定していない」という指摘だった。あのときインハウス弁護士にも同行してもらったなと田中は懐かしく思った。
しかし、ということはJ△△認証機関の規格解釈は、少しも進歩していないのか?

例によって4人も入れば満員電車並みになる小部屋に案内される。
出てきたのは相手方も2年前と同じ藤田部長と石井審査員である。田中は二人の顔と名前を覚えていたが、先方は覚えていなかった。日々、大勢と対応しているから、2年前にいちゃもんを付けに来た人などとうに忘れたのだろう。


磯田 磯田
石井審査員 石井審査員田中さん 田中
藤田部長 藤田部長山口 山口
大谷 大谷

藤田部長 「H社本社の田中様と磯田さん、それと吉宗機械の本社の山口様と大谷様ですね。
メールを拝見しました。弊社の審査で出された不適合判定を撤回してほしいということだそうですが、どのようなことが問題でしょうか?」

大谷 「H社さんと弊社で出された不適合は全く同じ内容でして、一緒に検討した結果、両社とも不適合ではないという結論になりました。
ということで不適合の削除をお願いします」

藤田部長 「石井審査員、不適合にしたわけを説明してください」

石井審査員 「ええと、いらっしゃった両方の工場とも同じ不適合です。
それは著しい環境側面としたものから環境目的を選ばずに、本社方針とか新事業への進出などを考慮して環境目的を決めていました。

これはISO規格の『環境目的を設定し見直しするときに、組織は(中略)著しい環境側面に配慮しなければならない』という要求事項に反しているので、不適合です」

藤田部長 「なるほど、話を聞くと、不適合としたことが問題とは思えません。
ええと田中様、山口様共に、規格の文章を見落とされたのではないでしょうか?」

田中さん 「御社では『配慮する』という単語の意味を、どう理解しているのでしょう?」

石井審査員 「そりゃもちろん『漏らしてはいけない』ことです。著しい環境側面は目的に反映しなければなりません」

田中さん 「広辞苑には名詞形の『配慮』しか載っておらず、その意味は『心をくばること、心づかい、心配』となっています。かなり情緒的ですね。このままの意味では規格は読めません。

文例辞典をみると『配慮する』と『配慮に入れる』が載っており、それぞれ意味が違います。
特にビジネス文書では『配慮する』は相手の事情を思いやることで、『配慮に入れる』とは事情を反映することと記述があります。
それから解釈すると、規格の『配慮する』とは、目的検討において参考にすることで、それを目的に取り入れなくても良いと理解されます」

藤田部長 「国語辞典がそうであっても、弊社としては『配慮する』を反映すると理解しています」

大谷 「あのう、JIS規格はISO規格の翻訳規格です。JIS訳の序文の冒頭に『この規格は(中略)ISO14001を基に、技術的内容及び構成を変更することなく作成した日本工業規格(注1)である』と書いてあります。

日本語の辞書で意味が確定しないなら、英文によるべきです。
英文では該当箇所は『consider』です。この単語の意味は『to think about something carefully, especially before making a choice or decision(Oxford Languages)』で訳せば『選択や決定をする前に慎重に考える』であり、取り入れるという意味ではありません。

実際のプロセスを説明すれば、環境目的を決定するときに著しい環境側面も検討したけど、それよりも優先することがあったということです」

石井審査員 「じゃあ、著しい環境側面とは何のために決定したのですか? 目的に取り入れなければ決めた意味がないじゃない」

大谷 「それは著しい環境側面の理解を間違えています」

石井審査員 「間違えているですって! 君は審査員より詳しいとでもいうのか?」

大谷 「そう熱くならないでください。著しい環境側面とは何かといえば、環境影響が大きいから管理しなければならないということです」

石井審査員 「それはあなたの考えでしょう」

大谷 「私の考えではありません。規格にそう書いてあります。
環境側面が出てくる要求事項はどこでしょう?」

石井審査員 「たくさんある」

大谷 「いくつかありますが、沢山はありません。ISO14001:1996で環境側面が出てくるのは次の項番です」
--このお話は2000年である--

大谷 「著しい環境側面を決める理由は、書いてある通りじゃないですか。
法規制が関わるものであればしっかり法規制を把握して遵守すること。目的を立てるとき見直すときに配慮すること、これは今問題になっていることですね。

それから著しい環境側面に関わる内部・外部コミュニケーションの手順を作れ、著しい環境側面の運用や活動の手順を作れということです。

要するに著しい環境側面は重大だからしっかり管理しろ運用しろということです。目的に選べ、つまり改善しろという要求は規格にありません」

石井審査員 「大谷さん、それは変わった解釈ですね」

大谷 「今、申しましたのは解釈じゃありません。規格の文章そのままです。
規格の文章がお宅様の考えと違うと言われても困ります。というかお宅様が、『配慮する』を辞書と違う意味に使っているだけではないですか」


注:ISO規格では定義された語句以外は、通常の辞書の意味で使うことになっている。
広辞苑で「解釈」とは「文章や物事の意味を、受け手の側から理解すること。また、その理解したところを説明すること」
ちなみに、広辞苑の「配慮」の語釈(ごしゃく)(注2)は、第2版から第7版まで変わっていない(市図書館で確認した)。第1版の広辞苑は見たことがない。


石井審査員 「藤田部長、我々の解釈と全く違いますね」

藤田部長 「現実問題として今までの審査で著しい環境側面で、目的になっていないものがあるかな?」

大谷 「目的にできないものがありますよ。例えばPCBです。今後JESCOが処理を進める計画ですが、当面はPCB機器を保有している会社はただ問題なく保管するしかないのです
PCBは過去より目的に取り上げていませんが、審査でも問題にされていません」


注:JESCOとはPCBを処理するための国策会社である。
現在の社名は「中間貯蔵・環境安全事業株式会社」であるが、この物語の時点では「日本環境安全事業株式会社」であった。略称は変わらず。


藤田部長 「PCBは・・・間違いなく著しい環境側面だよな。目的とすると確実に保管することかな〜」


注:ここでいう目的はpurpose(なぜするかの理由・意図)でなく、objective(達成すべき具体的目標・日本語では「目標」に近い)である。


田中さん 「目的(objective)は達成する目標で、それを実現するためにプログラムを作成するわけです。
プログラムを作るまでないPCBは維持でしょうね」

藤田部長 ダイオキシン 「だがPCBは廃棄物のカテゴリーと言えるから、廃棄物のカテゴリーでは目的がありますよね。廃棄物削減とか・・・それがあれば良いかな

そうそう昨年ダイオキシン問題がありましたね。あれも廃棄物でしたね。その対応もあるはずです」

田中さん 「PCBは著しい環境側面だけど広く考えて廃棄物の範疇だから、廃棄物関連で目的があれば良いとは、また恣意的な解釈ですね。理解に苦しみます。
ならばすべての著しい環境側面の中から、ひとつでも目的があれば良いのでしょうか?」

藤田部長 「いや、ダイオキシンは昨年大問題になりましたので、その対策を目的にしたのかを知りたいです」

田中さん 「昨年のダイオキシン対応を、当社では目的に取り上げていないのです」

藤田部長 「おや、どうしてですか?」

田中さん 「久米宏がニュースステーションで語ったのが昨年の2月でしょう。焼却炉の実質禁止になったのが昨年7月だったかな?
非常に短期間で、ISOの目的に取り上げて計画を立ててなどと、悠長なことでは間に合いません。すぐさま対応するためのプランを作り実行しました。ISOのマネジメントプログラムを見直す暇もなく対応を終えました」

藤田部長 「プランを作り実行したなら、それをそのままISOの環境マネジメントプログラムとすべきなのですよ。
そういうものこそ生きた環境活動です」

田中さん 「お宅は3年未満の計画は目的として認めていませんよね。
このダイオキシン対策は計画から完了までの時間は1年もありません。ですから環境マネジメントプログラムに取り上げても、審査では認めてくれません」

石井審査員 「当社のルールではそうなりますね」

藤田部長 「ダイオキシン対策は大騒ぎになったから、マネジメントプログラムに載せられないのはまずいか・・・」

田中さん 「じゃあ、3年未満であっても環境目的としてよろしいのですか?
となると過去、おびただしい数の『到達期限が3年に満たないので不適合』とされたものについて異議申し立てをしたいです」

藤田部長 「・・・・・・」

大谷 「田中さんがおっしゃるように、開始から完了までの期間が3年内のこともありますし、PCBの場合は環境目的にならない事情があります。

PCBの実施事項を考えてみましょうか、年に数回保管場所の点検をする、年1回行政報告をする、それ以外、何もなし。
平成の御代になって国が処分方法を考えるまでは、ゴール(期限・成果)さえありませんでした。
そういう環境マネジメントプログラムでも審査でOKですか?」

藤田部長 「えっとPCBは吉宗機械さんでしたね、H社さんではどんなものが漏れていたの?」

田中さん 「PCBはもうおしまいですか・・・まあいいでしょう。
大きなものでは排水処理施設です。3年前に更新しました。

排水処理施設 排水処理施設の耐用年数はいろいろ見方はありますが、弊社では電装品と金属配管は10年として更新する規則です。
それで更新から8年後に次期更新計画を立てることになっています。その間の8年間は故障がなければ日常管理のみで、特段環境目的に取り上げるものはありません。

継続的改善ですから、毎年、毎年、何かをしているわけじゃありません。環境設備の場合、数年に一度金をかけて更新なり改善すれば、次回までの数年間は何もないです。更に更新検討開始から、調達、工事、運用開始まで3年もかかりません。
ということは環境設備の更新や新規設置は、環境マネジメントプログラムに載らないということです。
おもしろいでしょう」

藤田部長 「排水処理は間違いなく著しい環境側面ですな〜。教育訓練とか手順の整備とかあるんじゃないですか?」

田中さん 「そういうことは導入前にしておくのが当然でしょう。
もし不都合あれば手順を見直したり、臨時の工事をしたりはありますが、そういうことはそもそも予定を立てられるわけありません」




藤田部長藤田部長と石井審査員石井審査員の沈黙が続く。

山口 「時間もだいぶ経ちました。著しい環境側面を環境目的に取り上げていないという件ですが・・・」

藤田部長 「ISO14001認証が始まって早3年が経ちます。単に規格要求を満たすだけならどの会社さんも不適合は出ません。
しかし紙ごみ電気という幼稚園のような活動を止めて、真に会社に役立つことをすべきという認証機関側の善意からの提案とご理解願いたいですね。
ISO規格よりレベルアップしましょうや」

山口 「実行する必要のないことを、環境目的に取り上げることが会社に役立つとは思えません」

田中さん 「それに実行する必要ない計画を立てるほど余裕はありません。
計画とは紙に書くだけでなく、予算を取り、実際に活動しなくては意味ありませんからね、他社さんはどうか知りませんが」

山口 「より会社に役に立つというなら、環境マネジメントプログラムというものを作るのではなく、過去から経営上策定してきた計画をそのまま環境マネジメントプログラムとみなす方が適切と思いますよ。
究めればISOのための活動はないのです」


注:実はこれ当たり前のことです。規格でも規格の言葉通り社内で使うことはないと書いてあります。起業計画とか年度計画とかいろいろ呼び名があるでしょうけど、新設備導入の計画なら法的な対応とか資格者育成とかあるはずで、ISOの要求ズバリです。

私が勤めていた会社で、それを審査で見せようかという意見もあったのですが、外部に見せられないところが多く、結局、ダイジェストというか必要外を削除したものを見せていました。


藤田部長 「ISOのための活動はないとは?」

山口 「企業における全ての活動は、会社存続、拡大のためです。
事業上の必要から新規設備を導入する。そのために環境法規制や近隣住民の対応をしなければならないというのが本当の流れです。

著しい環境側面とか3年以上とか、形式的でめんどくさいことを言うなら、ISO認証を止めてしまうのも一つの選択ですね」

藤田部長 「日本ではISO認証していない企業が、優良企業とはみなされませんよ」

山口 「それじゃISO認証をしていると、優良企業とみなされるのですか? 2万社も優良企業があるのですか? 優良企業が不祥事を起こすのですか?
ISO審査とはどんなものか、今回のような間違った規格解釈で要求にない不適合を出している現実を公にすれば・・・」


注:2000年第3四半期の、ISO9001とISO14001の認証件数合計は18,000件


藤田部長 「ちょっと待ってください。我々は間違いとは認めていませんよ」

山口 「それじゃ間違いでない証拠に、不適合の根拠となる要求事項を示してくださいよ。
先ほど大谷が英語の意味を説明したように、著しい環境側面は目的決定の際に考慮はしても取り入れる必要はないですからね」

田中さん 「本日お邪魔したのは、不適合を取り消していただけないかということで相談に上がったわけです。論理的な説明なく撤回しないのでしたら、正式に異議申し立てをしたいと考えます」

藤田部長 「あのですね、そういうことはとても重大なことです。
御社からも出向者を受け入れてますし、御社は出資会社でもあるわけで、御社の取締役会での決定を要するのではないですか?
簡単にできませんぞ」

田中さん 「まさか当社の経営層は、出向者を出しているから間違ったことを言う認証機関でも我慢しろとは言わないでしょう」

山口 「撤回しないということが御社の正式回答なら、もう話合いの余地はありません。その回答を持ち帰らせてもらいます。
ただお断りしておきますが、一旦当社の対応が決まれば、あとで御社の見解が変わっても、私どもの決定が変わることはないとご了解願います」

藤田部長 「そうでしょう、そうでしょう。熟慮願います」




認証機関を出たところで、田中と山口は、社内で決定したことを教えあおうと話して分かれた。




1週間後、J△△認証機関の石井審査員の机に、H社からA4サイズの厚い封筒が届いた。
封筒 開けてみると記入されたCARが入っており、目的決定に著しい環境側面を反映するよう規定を見直すということ、既に半年以上経過しているが、今年の下期の計画に目的から漏れていた著しい環境側面を追加して活動するとある。
そして、それに関わる資料が40枚ほど入っていた。


注:2000年頃は、種々の資料は紙ベースで送付するのが普通だった。eメールに大きなデータを添付できなかったことがある。
数年経つと2Mくらいのデータをeメールに添付して送れるようになったが、認証機関はコピーするのが大変なので、必要部数を通知するのでその分コピーして送付してほしいということが多かった。


石井が開封して見ていると、女子事務員がまた大きな封筒を持ってきた。見ると吉宗機械からだ。気になって開封してみるとH社とほとんど同文である。

石井審査員は、一通り見るとそれを持って、20mほど離れた藤田部長の席に行く。


藤田部長 「何かあったかね?」

石井審査員 「はい、先日、H社と吉宗機械の連中が不適合を撤回しろと言ってきましたね」

藤田部長 「ああ、あれから音沙汰なくてどうなったのかと気にしていた。
なにか連絡があったか?」

石井審査員 「先ほど、両方の会社から是正計画と実施状況が送られてきました。
今回の不適合を素直に認めた形ですね」

藤田部長 「そりゃ良かった。なんでもOKにするような甘いことをしていては舐められる。
これでいいのだ。口ほどにもない奴らだ」

藤田部長はニヤリとした。




数日後、営業部長が藤田部長のところに走って来る。といっても距離にして20mもない。


営業部長 「藤田部長!

藤田部長 「どうしました。そんなにあわてて」

営業部長 「当社がH社の工場と関連会社で11件、ISO14001の認証をしていますが、そのすべてから、今年の審査登録証の期限を持って審査契約を解除するとの通知が来ました」

藤田部長 「それはどういう・・・」

営業部長 「たぶん鞍替えでしょう。
まだ話の半分です・・・吉宗機械からも本体と関連会社から、もちろん封筒はすべてそれぞれの会社からですが、合計7件で審査登録証の有効期限をもって契約を解除するという手紙が来た」

藤田部長 「ということは?」

営業部長 「想像だが、ウチと何か問題があって、先方の本社が、関連会社なら親会社から一斉に切り替えろと指示が出たんじゃないだろうか。
藤田部長、なにか心当たりありませんか?」


藤田部長は口を大きく開けて動きが止まっている。


営業部長 「連絡を寄こしたところはどこも規模が大きく一件当たりの審査料金は200万を超える。概算だが18件全部で4,000万くらいになる。
当社の売り上げの5%だ。今年の事業計画はもう達成不可能だ。計画の下方修正、決算は・・・」


認証機関の売上はいかほどだろう?
ノンジャブのデータはないので、JAB認定について考えてみる。
認証件数は全部ひっくるめて36,564件(2025/01/29現在)だから、審査料平均を100万として総売上(審査料)は370億前後になる。
これをJAB認定34社(同上)の認証機関が分け合うわけだ。
となると1社平均11億くらいになるのか?

注:JAB(日本適合性認定協会) 認証機関を審査し認定する機関
ノンジャブ(non JAB)とは、JAB以外の認定を受けているか、認定を受けていない認証機関のこと。

ところがシエアを見ると、JQAをはじめとする上位大手5社で認証件数の半分を占める。準大手数社が認証件数1,000、中堅クラスで数百、弱小となると100とか150だ。
仮にこのお話で登場した認証機関が準大手で客が1,000社として、売上は10億。まして話に出てくるように1件200万の客が30社なら6,000万、売上が一挙に6%減る。
もしH社とか吉宗機械の工場に従業員が5,000人とか7,000人いれば、審査料金は1件400万くらいになるかもしれない。そんなのが数件サヨナラしたら・・・

注:JQA(日本品質保証機構) 国内最大手の認証機関


ふたりが話しているところに女性事務員が歩み寄り、営業部長に小さな声で話をする。
女性事務員が去って営業部長は藤田部長に話す。


営業部長 「他の会社からも契約を解除したいという通知が続々来ているそうだ。今のところ27件だが、まだ来るような気がする」

藤田部長 「一方的に契約を打ち切るなら、契約不履行とかで裁判できないか?」

営業部長 「そりゃ無理ですよ。契約自由の原則で簡単に解約はできないけど、審査登録証の期限で解約ならおかしくない。
これは会社対会社で審査契約を継続するように話をする必要があります。これからアポイントを取りますから、そのときはご一緒願います」


注1:多くの認証機関の審査契約書では「甲又は乙のいずれかが本契約の終了を相手方に申し出、甲及び乙の双方が合意した時まで本契約は有効とする」とある。
合意とあるが、これは決まり文句であり、認証契約を止めますと言えば相手を止めることはできない。退職願とあっても退職届と同義なのと同じだ。

📞
現実には電話1本で「諸般の事情で次回審査を受けずに認証を終えます」と言えば終わりだ。
私は3回終了を告げたことがある。外資系は「この電話で契約終了を承りました」と言った。書面不要とのこと。もし私がウソついていたらどうするんだろうね?

引き留めなんてされませんよ。日系の認証機関のときは、スマホの契約解約と同様に「理由をお聞きしてよろしいですか?」とは聞かれた。


注2:先ほどの抗議に行った工場ふたつが言われた通り是正報告を出したのは、理由がある。
既に審査しているので、その費用を支払わないわけにはいかない。また放置しておいて、是正しないために認証停止または取消しという外聞の悪い事態を防ぐためである。

認証機関と交渉しても進展がないなら、こうするのが一番面倒がない。
どうせ是正計画を実行しなくても、認証機関は現地確認に来ないという読みだ。


藤田部長はあの日、吉宗機械の山口が去り際に言った『あとでお宅の回答が変わっても、私どもの決定が変わることはない』という捨て台詞を思い出した。
今から不適合を取り消すといってもダメだろう。奴らは我々に誠意がないと考えたに違いない。
全く面白くない

もはや、この顛末の責任を取って、取締役を辞任するしかない。後始末を考えると辞めた方が楽だ。周りも責任を取って潔いと思うだろう。
奴らが撤回を求めてきたとき、もう少し親身に対応すれば良かったと、少し反省する。




その頃、H社本社の環境部である。
田中と部下の磯田が話している。


磯田 「一番心配したのは鞍替え先の審査料金でしたね。でも、みんなまとめてということで鞍替え先が戦略価格を言い出してきて、結果として値下げになりましたね」

田中さん 「我々は審査料金が下がりおかしな審査もなくなり、移転先は大きな客が取れたとウハウハ、以前の認証機関はうるさい客がいなくなってハッピーと、三方良しじゃないか、アハハハ」




同じ頃、吉宗機械の環境部である。
佐川のメンバーが皆集まっている。


佐川真一 「先ほどH社の田中さんから電話があった。紙爆弾が認証機関に届いたようだ」


注:紙爆弾とは爆発する紙ではない。元々は第二次大戦末期、アメリカ軍が日本の上空からまいた降伏を呼びかけるビラのことだった。そこから政敵を批判するビラとか、対立政党・政治家への嫌がらせ質問状、暴露ビラなどを呼ぶようになった。
英語でPaper Bombとは、折り紙で作る紙鉄砲のこと。


山口 「研究会に入っている他の7社も同調して、J△△認証機関との契約を切った所は増えています」

大谷 「この話が広まれば研究会の会社だけでなく、業界のメンバー企業からも認証機関を鞍替えするところが出てくるでしょう」

佐川真一 「自由主義社会ではQCDと共に公正な取引が要求される。
明日は我が身だ。そういうことのないよう、ISOに限らず誰にでも公正に誠実に付き合わないといけない」


自分で書いていて公正と誠実の違いが分からなかったので調べた。

項目公正誠実
視点客観的、具体的主観的、人間的
対象行動や判断性格や言葉
期待するもの★★公平さ、遵法正直さ、思いやり★★
意味合い法的な正しさ人間性、信頼性

馬謖(ばしょく)を斬る」のが公正で、「流す涙」が誠実か?



問題提起?、いや改善提案

私がここに書いているトラブルが多々あったのは事実である。
その原因として、認証機関が規格を理解していなかったということは確かにある。
だが、JIS訳があまりよろしくないということは事実であり、その原因であることも間違いない。

環境マネジメントプログラムが複数か単数かなどは英文を読んでいれば(s)の理解の問題であるし、considerの意味を理解できないのは、和訳が微妙なのだ。
寺田博さんの「ISO14001:2004要求事項の解説」では「consider」と「take into account」の違いを解説している(p.59)。こういったJIS規格を読むための知識を必要としているのがJIS訳の現実だ。
だから規格の誤解釈問題の予防処置としては、JIS訳の品質向上が必要である。

英語原文の単語に対応する日本語表現がないときは、定義の付属文書として『この規格で「〇〇」という語句は、こういう意味で使っている』と明記すべきだ。

とにかく審査で起きている問題の原因がJIS訳に起因するなら対策は可能だ。審査の問題と等閑視せず、手を打つのがISO規格を翻訳する人の責務だろう。

それも翻訳時だけでなく、審査の状況を把握し、誤解釈による問題が起きているなら対策しなければ批判されてもしかたない。その証拠にISO規格の「口語訳」とか「口調訳」なんてのがネットに溢れている現実がある。
JISC(日本産業調査会)と管理規格審議委員会がしっかりしてほしい。

それができないなら、JIS訳の序文に「和文は参考であり、英文を正とする」と明記すべきだ。認証機関も審査契約書や審査登録証の記載を「ISO○○/JISQ○○に基づいて」ではなく、はっきり「ISO○○に基づいて」とすべきだ。



うそ800 本日の夢

いやいや、私はこんなことしたことがありません。
できたら良かったですね。
100%審査員のミスを、こちらが頭を下げて修正を願っても、不適合を書き直さないのが多かった。いや修正してもらったなんて、一度か二度しかない。
これって正否を議論するレベルでなく、信義則(注3)とか倫理の問題じゃないですか!

「マニフェスト票に押印(注4)がない」なんて不適合を出されて、工場の担当者と私が横浜まで出向いた。
その場で東京都環境局に電話して、審査員に「サインがあれば押印は不要」という都環境局職員の言葉を聞かせても、一旦書いた報告書は変えられないと拒否された。
今でも審査員の名前を憶えている。Kさんといった。

クソオヤジ

あのとき「社長を出せ」と大声を出せば良かったかなという気もする。
そしたら暴行だなんて警察を呼ばれるかな?


注:暴行罪とは、相手に怪我をさせず不法な物理力(有形力)を行使した犯罪で、暴力だけでなく、物を殴ったり、大声を出しても該当する。

脅迫は相手に怪我をさせるという意思表示をしないと犯罪が成立しない。怪我をさせれば傷害罪になる。


ISO審査で不適合があると、マイナス査定された担当者もいる。審査員は判断を間違えると査定がマイナスになったのだろうか?
でも自分のミスでマイナス査定されるのと、他人の間違いでマイナス査定されるのは意味が違うぞ。


これで終わりかって?
まだまだ、恨み辛み(うらみつらみ)がネタ切れにならないのが残念です。



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注1 日本工業規格の名称が日本産業規格に変わったのは2019年7月1日である。

注2 「語釈」とは辞典でしている本文部分をいう。

参考までに辞書の構成は、辞書で調べる語である「見出し語」、意味・用法を説明する「語釈」、語の使い方を示す「用例」、品詞・活用・語源などの「補足情報」からなる。

注3 民法第1条第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
信義則は取引に際しての基本原則で「相手の信頼や期待を裏切らないよう、社会の一員として誠実に行動すること」を求める。

注4 今どき行政の定める文書記録で、押印を要求するものは少ない。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則第7条の2第3項第1号でマニフェスト票(産業廃棄物管理票)には「氏名又は名称及び住所」を記載することになっている。氏名の記載は通常手書きだがプリンターでもよい。
会社名の場合は住所の記載が必要となる。







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