注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
2001年5月末
未来プロジェクトの例会だ。このところ大事件はなく、ゆるんだ雰囲気だ。
メンバーから見れば「えひめ丸」は他人事、芸予地震は今村博士とドクター・マジックによって被害は少なかった。未来プロジェクトの活躍の場はなかったが、失点もない。めでたしめでたし。
ホワイトボードに書かれた2001年のイベントリストを見て、久しぶりに顔を出した下山が発言する。
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2001年、これからのイベント
06/08 行田小事件、宅原犯人 07/04 ロシア ウラジオストク航空352便 墜落 墜落 145名死亡(日本人なし) 07/21 明石市 歩道橋事故 死者11名 09/11 同時多発テロ アメリカ アフガニスタン侵攻 10/05 アメリカで炭疽菌 送付テロ 10/07 アメリカがアフガニスタン侵攻 10/08 ミラノ リナーテ空港で地上衝突事故 114名死亡(日本人なし) 11/12 アメリカ NYクイーンズ 飛行機墜落 265名死亡(日本人なし) 12/01 愛子内親王生誕 12/22 北朝鮮工作船 自沈 12/23 アルゼンチン デフォルト |
「行田小事件って何だ?」
「大阪府行田市の小学校に包丁を持った男が侵入して、小学生8人を殺害する事件です」
「大量殺人だな、いつだ・・・6月8日・・・間もなくじゃないか!
未来プロジェクトとしては動いていないのか?」
「大きな事件ですが、プロジェクトとは関係ないと考えました」
「できることはないのか?
例えば下手人を通報するとか、事件が起きることを知らせるとか」
「私たちが府警に電話しても信用してもらえないでしょう」
「吉田、人事として人の死ぬのを知って、手を打たないのはどうなのか?」
「下手なことをしますと、我々が疑われる恐れがあります。愉快犯と思われるかもしれませんし、共犯と疑われるかもしれません」
「何かできないか、考えろ。最悪、その時間に現場で待機していて、そいつの姿を見たら110番するというのもあるだろう」
「出張するのですか?」
話が通じないと知って、下山は中山取締役を呼ぶことにした。
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5分後、中山取締役登場。
行田小の事件の経過を佐川に説明させて、そのあと座して死を待つべきではないと下山が語る。
![]() | ![]() | |||
![]() | ![]() | 本宮 総務 | ||
![]() | ![]() | 吉田 人事 | ||
| 野村財務課長 | ![]() | ![]() | 佐川 環境 | |
「話は分かった。皆の話を聞きながら考えたのだが、頭に浮かんだことがある。
まずドクター・マジックにこの話をして、彼から総務大臣の奥山先生に伝えてもらう。
次に、大阪支社に事件が起きる少し前に誰か行田小近くで待機して、事件前に警察に電話してもらう、その二段構えでどうか?」
「あの、まずこういった事件に手を出すのはどうなのでしょう?
会社の利益になるのでしょうか?」
「会社は金儲けのために存在しているわけじゃない。企業市民と言う言葉もあるように、本業以外でも社会に貢献せんとならんだろう。
地域の祭りに協力する、災害が起きたら避難場所を提供する、炊き出しをする、その延長だ」
「ドクター・マジックに連絡は付けられるのですか、そしてドクター・マジックが奥山大臣に話しできるのですか?」
「それは大丈夫だ。過去3年間でそういうルートを作ってきた。
ただ伝えることはできるが、奥山大臣が動いてくれるかどうかは定かではない。芸予地震で少し信頼を上げたとは思うが。
それとなんだな、未来プロジェクトであまりフィルターをかけないほうが良いな」
「フィルターとおしゃいますと?」
「ここでは、何をする・しないを決めないで欲しい。
起きる事件を羅列して、その対策というか手を出すならどういう方法があるという提案すること。
するか・しないかは経営判断だ」
「承知しました」
「来たついでに、今年これからのイベント、慶事も弔事もすべて説明してくれ。
大きな出来事は昨年報告を受けているが、ホワイトボードに書かれたもので聞いたことのないものもある」
「はっ、説明させていただきます。
7月4日ロシアのウラジオストクからコルツォヴォへの飛行機が、経由地のイルクーツク国際空港で着陸時に墜落し乗客乗員145名全員が亡くなりました。
佐川さんの話では、前世では日本人乗客はいなかったとのことです。
海外出張でロシア国内線に乗ることはまずないかと思いますが、もしロシア国内のビジネスがあれば注意喚起が必要と思います」
「下山君、どうなの?」
「出張者に目を光らせて、その前後にロシアに行く者があれば対応します」
注:会社によって違うかもしれないが、多くの会社は賃金計算は人事部門である。出張の命令は該当部門であるが、乗車券、旅費等の申請、清算は人事である。
だから誰が・いつ・どこに出張するかは人事が把握している。
「そういうことは注意してするのではなく、出張申請のとき事故の日付と出張先で自動的にチェックするような仕組みを作れよ。
人間の注意力に頼るようじゃダメだ。
次は、明石の歩道橋事故? なんですか、これは」
「明石市で夏の花火大会がありました。大蔵海岸というところが会場ですが、そこに行くには国道と鉄道線路をまたぐ100m以上の歩道橋を通らねばなりません。
花火大会に行く人、帰る人で歩道橋上が混雑しまして・・・この歩道橋は屋根と壁があり蒸し風呂状態となり、悪条件が重なり群衆雪崩が発生したのです。
11名死亡、200名近くが負傷と言う惨事になりました」
「混雑ってそれほどなの?」
「1メートル四方に13人から15人いたと言われます。
なお死者はすべて小学生以下と70代以上でした」
「それはひどい。これも奥山先生案件だな。
分かった、次は」
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911テロは年々も前から報告しているから、中山取締役も質問しなかった。しかし、あまりにも多くの航空機事故があるのに驚いたようだ。
「航空機事故対策はシステムを作ること。これはすぐにやらせろ。ついでに5月と8月、そして年末年始の連休の出張とかもリジェクトするようにな。
その時期の出張者には日程調整を義務付けること。場合によっては商談とか国際会議の日程の調整だな」
「かしこまりました。国際化がどんどん進んでいますから、海外の飛行機事故でも日本人の名前が珍しくありませんね。
炭疽菌テロもそれに加えまして、その時期前後に出張する者に対して事前教育をすることを考えます」
「911テロは出張者の安全も重要だが、それ以降のビジネスを問題なく継続することを考えなければならん」
「おっしゃるように、テロ事件後少しの期間は人の移動も流通も規制されると思います
それについては既に昨年からアメリカへの輸出品について、向こうで備蓄することを進めています」
「うっかりしていたが、次回取締役会で再度注意喚起と対応状況の報告を求めよう。
北朝鮮工作船については、なにか実行することがあるか?」
「巡視船と北朝鮮の船の撃ち合いになるそうです。海上保安庁のFCSの機構部分は当社が関わっています」
注:FCSとはfire control systemの略で、射撃管制システムのこと。
レーダーで把握した目標の相対速度などをインプットして、未来位置を計算し、大砲やミサイルを目標の未来位置に向けて動かして発射する一連のシステム。
「それで?」
「事件発生現場から出動するだろう巡視船について、事前に点検するのがベターです」
「いざというとき、当社のFCSが不調では困るか?」
「さようです、万が一当たらなかったとかあれば、当社の名折れだけでなく日本の名折れです」
「伊達君、取締役会の資料を作ってくれ。これは年末か?
JCG(Japan Coast Guard)と話を付けなくちゃいかん。今から定期点検の申し入れをしておかないと
あっ、話を戻すが行田小事件の概要をA4で一枚まとめてくれ。それを奥山先生に伝えよう。
他の事件は、そのなりゆき次第だな」
注:JCGとは Japan Coast Guard の略で、海上保安庁のこと。
その日の午後、奥山総務相の私設秘書にドクター・マジックから電話があった。
| 奥山総務相 | 私設秘書 | ドクター マジック |
||||
![]() | 報告 | ![]() | ☎ | ・・・・・ | ☎ |
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奥村衆院議員・総務大臣の私設秘書サイド
1年ほど前から、予言者として売り出したドクター・マジックから、奥山総務相の私設秘書宛に、毎月数か月後までに発生すると思われる事件、災害などをまとめた通知があり、全部的中した。
当初は受け狙いでドクター・マジックの自作自演かと思ったが、海外の事件とか大規模な犯罪などにそれはありえない。
それで、奥山先生に報告し話し合った結果、常に直近の予言を奥山先生に伝えることにしている。どう扱うかは先生次第だ。
今年3月に起きた芸予地震もドクター・マジックから知らされており、奥山先生はその情報が大変役に立った(第150話)と喜び、ドクター・マジックと私(私設秘書)を交えて会食した。
私もドクター・マジックにいろいろ考えを聞いたが、彼は売名とかお金を望んでいないようだった。実際に今まで1円も払っていない。
何が望みかと露骨に聞くと、日本と世界が安全に平和になって欲しいと優等生的回答が返ってきた。
奥山先生はそれで納得したようで、これからもよろしく頼むとドクター・マジックに頼んでいた。
私は今でも彼が信頼を積み重ねて、そのうち大きな嘘で大儲けを企んでいるのではという懸念を払拭できない。
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翌日、奥山総務相は国家公安委員長と警察庁長官を呼んで何か打ち合わせをしたらしい。その話は聞かせてもらえなかった。
証拠もなにもなく、予言で動いて大丈夫なのだろうか?
6月8日
9:30
宅原の住んでいるアパートを張り込んでいた私服警官が、宅原の乗る車が猛スピードで出ていくのを目撃、本部に報告した。
10:00
行田小の前に車を停車、布でくるんだ包丁を持って学校敷地に入ったところを、待ち構えていた警官隊が不法侵入で逮捕。その際に包丁を振り回して数人が軽傷を負う。
その後、精神鑑定により責任能力を減免するような精神障害はないとされ起訴される。
8月
検察が凶器を持って構内に入ったことから殺人未遂としたのに対し、弁護側は不法侵入、公務執行妨害と主張した。
結局、たいした事件ではなく社会の関心を集めず、年内に懲役1年で結審した。
判決後、奥山総務相と私設秘書である。
「ドクター・マジックからの連絡で、大事件かと思って警察庁まで動かしたが、大げさだった。勇み足だったかな?」
「傍聴に行きましたが、宅原は危ない人であるのは間違いないですね。
経歴がスゴイですよ。婦女暴行、危険運転致死、家庭内暴力・・・放置してはいけない人です」
「私が動かなかったら、宅原は校内に侵入して殺したのだろうか?」
「あのとき警察に話したのは最善だったと思います」
今後、ドクター・マジックからの報告は奥山総務相に出さないことになった。
そして二人はそれで行田小事件を忘れた。
2002年10月
宅原は刑期満了で出所した。
そしてその2週間後、行田小と別の小学校に侵入し児童10数人を殺した。
マスコミは前回の行田小事件を引き合いに出して、なぜ前回殺人未遂事件としなかったのか、なぜ出所後のフォローがなかったのか、学校の警備体制がなっていない、と激しい批判報道を行った。
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奥山総務相と私設秘書である。
「行田小の事件を覚えているか?」
「もちろんです」
「あのときどうすれば良かったのだろうかね?
私があのとき動いたのは、全くの無駄、無意味だったのだろうか?」
「あの事件と今回は無関係ですよ。先生が動いたから行田小は助かった、それは間違いありません」
2002年10月
未来プロジェクトの例会である。
今日は中山取締役と下山次長も来ている。
「行田小の事件は未遂に止められたと思いましたが、結局この事件は止められなかったのですね」
「どうなんだろう、皆はどう考えている?」
「未来は変えられないということかしら」
「当初はその可能性を考えていたが、今までそう思えるものはなかったから忘れてしまったのかな」
「規模が大きくなると変えようとしても変えられないのか?」
「でもアジア通貨危機(第89話)でも対策はできたし、その結果、不都合はなかったわ。企業不祥事対応(第117話)も問題なかったし」
「でもアジア通貨危機は大規模で世界的なことだったが、我々はそれを止めたわけでなく、当社がうまく立ち回ったにすぎないよ」
「行田小の問題は、そういう因果関係とか規模の大小ではないと思います。
単純に是正処置、つまり原因を取り除かなかったからです」
「面倒くさい言い回しだな。起承転結を簡単に言えよ」
「8年前、私は灰皿を投げられた女性をかばった(第36話)。あのとき私は彼女がケガをする未来を知っていてそれから救った。でも私以外、救ったことを知りません。
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今回、未来プロジェクトの情報は、行田小で殺される小学生を救った。
どちらも以前の未来を知らない人は、救ったことに気付かない。
じゃあ、灰皿事件と行田小の違いは何でしょうか?
あの人は審査員になる前、某社の品質管理にいて、購入先の品質監査担当だったそうです。そして至る所で暴言、暴力をふるっていたそうです。
行田小の犯人もまったく同じです。犯人は子供のときから粗暴で、強姦、傷害など目を覆いたくなるようなことをしてきた。服役もした前科持ちです。
行田小のとき、そういうことを考慮して、適切な対策すべきだった。それだけのことです。
ただ日本では予防拘禁はできません。それをどうするのかは社会が決めるのでしょうね。
未来プロジェクトは、今後とも上申するだけでしょう。
今回の教訓を一般化すれば、我々は当初なるべきであった歴史を、行動によって変えることができるということです。
それを他から評価してほしいと願うのは理屈から無理なのです」
「じゃあ、どうしたらいいのか?」
「どうもしません。今まで通りで良いと考えます。
未来を知っていれば、それをより良くしようと動くべきであり、未来を知っていなければ今考えられる最善を尽くすべきです。
未来を知ろうが知らなかろうが、為すべきことに変わりありません。
今後、未来プロジェクトで重大な犯罪の予知をしたら、通報するだけで良いのではないでしょうか。
行田小のことで、予知が外れたとか、対応して問題が起きたわけではありません。
問題を未然防止するだけでなく、再発防止の手を打つ必要があるということです。ISO規格でいう予防処置にすぎません。
ただそれは未来プロジェクトの範疇ではありません。会社の責務でもありません」
「奥山総務相が予知を疑うというか、予言に対する信頼を失ったかもしれない。
あるいは奥山総務相は予言を信頼していても、警察が奥山総務相を信頼しなくなったかもしれない」
「今回の事件はマスコミから厳しく叩かれています。未遂事件を起こして服役・出所後すぐに同じ事件を起こした。今回は2桁の犠牲者を出した。叩かれるには十分です。
警察、警察庁、公安委員会は揃って反省して、次回は対応を考えると思います。
言い換えれば、二度目の事件が起きたことで、奥山総務相も警察もドクター・マジックの予言を、より信頼したのではないでしょうか?」
「なるほどと思えるが、真実はどうだろう?」
奥山総務相と私設秘書が話している。
「聞いてくれよ。国家公安委員長と警察庁長官と話をしてきたよ」
「先生の情報を疑われたのですか?」
「いや、その逆だった。今回の事件がおきて、情報の信頼性は増したようだ。
ということで今後もドクター・マジックの情報を提供してほしいと言われた。
問題はなぜ最初の事件のとき、本質に切り込めなかったかだ。
警察も反省しているようだ。なにせ犯人の前科はすごいものだからな。暴力団などの組織には関わっていなかったようだが、強姦、過失致死とかザクザクだ。もちろんムショ暮らしもしているし、前科はいくつもついている。
あれを見れば・・・といっても日本の法では手がないのがな」
「最初の事件で死傷者が出ていれば一発でしたね」
「予言などない方が良いということか?」
「どうでしょうねえ~、人柱が立てば皆の納得は得られる、でもそれが良いはずはないですよね。
しかしこれってタイムパラドックスのひとつですね」
「なんだ、タイプパラドックスとは?」
「いろいろなケースがあるのですが、過去に戻って改変したら、未来に戻れば過去が改変されたことに気付かない、事件はなかったことになるということですよ」
「なるほど、過去に戻って犯罪を止めたら、犯罪がなくなって犯罪者を止めたことにはならないということか。
するとドクター・マジックはカサンドラの呪い
本日の疑問
未来の知識を活用してISO第三者認証制度をより良くしようという物語の趣旨は、どうなったのでしょうか?
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| 注1 |
911テロ後、米国内の民間航空機は即時飛行停止された。 9/12まで全面停止、保安体制を整えるにつれ9/13から少しずつ再開されたが、運航制限、空港での厳しい検査など数週間続いた。それ以降もテロ事件以前より厳しい安全検査が常態化した。 | |
| 注2 |
「カサンドラの呪い」とは、ギリシャ神話のトロイの王女カサンドラが、神アポロンから授かった「予知能力」に対し、「その予言は誰も信じない」という呪いをかけられたことをいう。 トロイを責めていたギリシア軍は、攻め落とせないと諦めて大きな木馬を作り、それをトロイの城壁の前に置いて撤退した。トロイ軍は勝利に浮かれてその大きな木馬を城塞の中に引き込んだ。 カサンドラは「それは災いだから入れてはいけない」と言ったが誰も言うことを聞かない。夜、木馬の中からギリシア軍が出てきてトロイは落城した。 奥山総務相はドクター・マジックは事件を予言して防いでしまえば、予言は成就しなくなることを呪いと言ったのだ。 |
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