タイムスリップ156 法学者5

26.03.26

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。




2001年11月某日
吉宗機械のロビー階の小会議室である。
班目先生からISO認証制度に疑問があるので教えて欲しいという話があり、今日はここで佐川と話をすることになった。

班目先生からふたりが会うと聞いたISO認証誌の押田編集長が、陪席したいというのでOKした。押田編集長が来るなら広報にも話をしなければと石川に声をかけると、それを聞いていた山口も話を聞きたいというのでそれもOKした。
ということで部屋には5名いる。


班目助教授 「私がISO認証誌に、ISO規格を法律家が読んで何を考えたかを書き始めたのは3月号からで、今月で9回になります。
規格も法律も、心情とか感情などに関係なく、何をどうするのかということを誤解されない・あいまいのない文章は一緒だと思って解説を書いてきました。

しかし今になって不思議と思うことがいくつもあり、それをはっきりさせないと解説などできないと感じるようになりました。
ということで今日は佐川さんに、そういったことをお聞きしたいと思って参りました」

佐川真一 「私も知らないことや疑問は、たくさんあります。班目先生から問われても、答えられないかもしれません」

班目助教授 「もちろん佐川さんはドラえもんじゃありませんから、質問すれば答えが返って来るとは思っていません。同じ疑問を持っていると知るだけでも一歩前進です。

ええと、まず根源的な疑問ですが、ISO認証とはどういう意義があるのでしょうか?」

佐川真一 「前回(第151話)も質問されたように記憶しています。
そもそも認証とはどんな意味なのでしょうか?

日本国憲法では天皇のお仕事としていくつもあげていますが、そのひとつに『国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること(憲法第7条第5項)』とあります。
そこでの『認証』の意味は任命について形式的に正当性を与えることらしいですね。いや、私が中学校でそう習っただけで、班目先生には釈迦に説法でしょう。

ところで日本国憲法は国産だとかGHQのお仕着せとかいろいろ説はありますが、現実にマッカーサー草案と言われる英文(注1)があります。
マッカーサー草案と言われるものの第7条第5項の英文はこうです。
Attestation of the appointment and dismissal of Ministers of state and other officials as provided for by law, and of full powers and credentials of Ambassadors and Ministers.
訳せば『法律で定められた国務大臣その他の高官の任命および罷免、ならびに大使および公使の完全な権限および信任状を証明すること』

ところでここではattestationを認証と訳しています。Attestationとは『a legal statement made by someone in which they say that something is definitely true』私が訳せば『誰かが何かについて真実であると公式に述べること』だそうです。

でもISO規格の『認証』はcertificationの訳です。
ここから分かることは、日本語の『認証』の意味を考えてもダメです。原文の英単語の意味を理解しないといけません。
もちろん規格で定義されていれば定義の意味に解します。

certificationはISO14001で定義されておらず、引用規格はありませんから、英語の辞書の意味で使われていることになります。

certificationの意味は英英辞典をみると
the process of giving someone or something an official document that says they are allowed to do a certain job, that something is of good quality etc
『人や物に、特定の職務に従事する許可や、品質が基準を満たしていることなどを証明する公的な文書を交付する手続き』

certificationとAttestationとは違いますね。Attestationなら宣言すればおしまいですが、certificationは何らかの形で基準を満たしていることを確認しないとならないようです」


広報 石川 石川さやか
山口 環境部 山口
班目助教授 班目助教授佐川真一佐川課長
押田
ISO認証誌 押田


押田 「ちょっと質問、脇から口を挟んで申し訳ない。
佐川さんは常にそういうふうに原文を当たって考えているのですか?」

佐川真一 「もちろんです。というかJIS和訳を信じていません。
残念ながら私は英語を中学と高校で習っただけで、英文を読んでも理解できる自信がありません。ですから一語一語英英辞典を引いて調べるしか手がありません」

班目助教授 「ともかく認証に限らず日本語で考えるな、英語原文で考えろというのは理解しました」


話はそれるが知っておかないと、話が通じない恐れがあるので、若干説明をする。
日本語で「認証」と訳された英語はひとつではない。そして元々の単語はそれぞれ違う意味を持っている。そういったものを後先考えずに訳したことが理解に苦しむ原因だ。

憲法の「認証」の原語attestationとは、公式な事実の確認とか証言の意味で、天皇陛下が外国から着任した大使を認めるとか、大臣になることを認めるということに使います。

ISO「認証」の原語のcertificationとは、特定の基準を満たしていることを認めた意味です。ISO認証を始め、資格取得とか法規制を満たしたというケースに使います。

となるとUL「認定」というのは本来はUL「認証」にしなければなりません。実際に英語原文は「UL certification」です。しかし過去よりUL認定と訳されているために歴史的に「認定」なのだそうです。
歴史的湾を知ってるかい、あれと同じだ。
経緯としてULには完成品に対する「listing」と部品に対する「recognition」があり、recognitionを認定と訳してしまったことからUL認定が根付いたという話を聞きました。

元々の英語ではそれぞれの単語の意味は明確で、皆、意味は違います。
certificationは「この物・ひとは特定の基準を満たしたと認めた」意味。
Accreditationは「この組織はcertificationを行う能力があると認めた」意味。
recognitionは他の組織が行った結果を、当団体も認めるという相互認定のような場合に使う言葉。

弱ったねえ~

そういった分類とか階層を気にせずに、入ってきた言葉に過去からある日本語で近い意味の言葉を()てた結果が現在だということです。
だから認証とすべきところが認定だったり、認証と言っても原語が違えば意味が全く違うけど気にしない(私は気にする)。

現実にはobjectiveとpurposeとtargetとgoalを気にしないでも生きていけます。なにせ審査員も気にしてませんから。もっとも審査員には、己の見解と違うと訂正させるという強権があるからでしょうけど。

本日の懸念
私の説明がいい加減だという叱責が、外資社員様から飛んでくるのではないかと心配しております。
まあ、大体のことを知らないと話が通じませんので、多少いい加減なところはお許しください。


佐川真一 「話はちょっと変わります。ISO認証と言いますが、実はこれも変遷がありました。
今、ここで無造作に認証と言っていますが、正確には認証という言葉は使われていません」

班目助教授 「えっ、認証って言葉がないって?」

押田 「そう言えばそうだった」

山口 「私も今気づきました」

佐川真一 「私がISO9001に関わったのは、10年前、1992年でした。そのときはISO9001認証と呼んでいましたし、英文でもcertificationという語を使っていました。
そして認証機関と呼び、英語でもcertification bodyと称していました。

しかし1994年に認証という語を使うと、万が一不具合が起きたとき、認証した責任を問われるとして、審査登録(Audit and registration)と名前を変えました。当然認証機関から審査登録機関と改名しました。

この経緯が大々的に広報された覚えはないので、正確な経緯は存じません。ちょっと気になるのですが、イギリスの認定機関が政府機関であるDTI(イギリスの経産省)から民間のUKASになったのが1995年だと思います。その(あたり)と関係があったのかもしれません」


注:この物語より6年後の2008年に、認証の言葉が一般的だという理由で審査登録が認証に、審査登録機関が認証機関と元に戻った。
まさに小林旭の昔の名前で出ていますだ。


押田 「いやはや、佐川さんがISO認証に詳しいのは良く分かりました」

佐川真一 「まあ古くから携わっていただけです。
ともかく正確に言えば、2001年現在、認証という言葉は正式に使っている認証機関はありません。当然、認証機関も存在していません。存在しているのは審査登録機関です」

班目助教授 「佐川さんと話すととても勉強になります。私はISO認証の意義は何だろうと疑問でしたが、そもそもISO認証というのはないのでしたか、これは驚きです。

ただそこから分かったのは、認証制度・・・といってもそういうものも存在せず審査登録制度ですか、それは認証という言葉を使う危険性を認識しているという事実があるのですね。
でも私の疑問は審査登録の意義は何かと替わっただけです」

佐川真一 「審査を受けて合格すると免状がもらえます。その名称は認証証ではなく審査登録証といいます(笑)。
そこには『上記組織のマネジメントシステムは審査の結果、下記規格の要求事項に適合していることを証する』と書いてあります。審査登録機関によって言い回しは違いますが似たようなものです。

意義は何かという問に答えるなら、まず意義の意味ですが、『行為とか物事が存在に足る価値』としましょう。
それは『審査を受けた組織がISO規格要求に適合しているという証明を受けた』ということですね。いくら頭をひねってもそれ以外の意味はありません」

押田 「その組織は水準レベルにあるという証明と理解するなら、立派な会社だと言えるでしょう」

佐川真一 「まあ組織としての基本的条件は満たしていますね」

班目助教授 「話を戻すと、認証ではなく審査登録の価値は適合証明であるとなりました。
では適合証明とは世間並みのレベルであるという・・・それって価値があるのですか?
私が知りたいのは適合証明にはどういう具体的価値があるのかです。」

佐川真一 「審査登録を考えると価値も何もないですね。世に存在する企業の1%くらいが認証していて、認証していない企業にも大企業あり株価の高い企業もあり、認証していても倒産する企業あり、違反する企業もあれば、出荷した製品をリコールした会社もあるでしょうね。
逆に優良企業はISO認証を受けていなくても規格適合か規格以上のレベルにあると思います。
規格適合の証明にどんな価値があるのか分からない」

班目助教授 「私が疑問に思ったのは既に明らかにされているのですね。価値がどうこう考えることはなかった」

佐川真一 「お金の価値は何かなんてよく言われますよね。昔々、物々交換の次は商品貨幣の登場でした。
商品貨幣とは穀物とか金塊とかですね。要するにお金ではないけれど普通に売られている商品が物々交換の仲立ちになるものなら、貨幣の役を果たすわけです。
江戸時代なら米、金や銀の塊、貴金属だけでなく生き物だってラクダや馬のようにどこでも需要があるものなら貨幣代わりになる。

でも商品貨幣は劣化しますし、生き物は餌や世話が大変なので、代表貨幣になった。つまり商品貨幣の預かり証ですね。この紙幣を銀行に持っていけば金塊とか米に交換するという兌換紙幣ですね」


商品貨幣(実物貨幣)
Commodity money
代表貨幣
Representative money
名目貨幣(法定貨幣)
Fiat money
お塩牛 兌換紙幣 1ドル札
商品貨幣とはそれ自体に価値があり、交換手段としても使われた。
塩、家畜、宝石、穀物などが使われた。
パチンコの景品もこの一例といえる。
代表貨幣とは価値のあるものと交換できることの証書であり、兌換紙幣、預かり証、借用証、支払いを約束した手形などがある。
昔の兌換紙幣には「この券と引き換えに銀貨を渡す」と書いてありました。
名目貨幣とは政府などが貨幣とすると宣言することで価値があるとみなされたもの。
現行のほとんどの貨幣は名目貨幣である。


班目助教授 「ええと、ちょっとついていけないのですが」

佐川真一 「単なるたとえ話です。
ちょっと話をさせてください。このとき金塊の分しか兌換紙幣が発行できないと経済の拡大ができない。それで管理通貨制度の登場で、金の保有量に縛られず、政府や中央銀行が経済状況に合わせて紙幣の発行量(通貨供給量)を管理・調整する制度となりました。今がそうです。

となると、貨幣の価値は何で保証されるかとなると、発行者つまり日本銀行とかアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)ですね。むやみやたらに発行すると価値が下がる。だから経済状態に合わせて発行しているだろうという期待です」

班目助教授 「つまりなんですか、ISO認証の価値は特定の物によってではなく、認証制度に依存しているということですな」

佐川真一 「ご理解いただきありがとうございます。
単純に言えば認証とは、誰に対しても何の責任も負わないということです。まさに不換紙幣です」

班目助教授 「ええと、客がISO認証を受けた製品だから買ったとしても、認証は何の補償もないということですね」

佐川真一 「お待ちください、まずISO認証とはマネジメントシステムの認証なのです。それが保証する・・・保証すると言っても何も保証しないのですが・・・保証するのは製品やサービスを提供する仕組みが規格に適合していることだけです。

ISO9001ならそこで作られた製品とか、ISO14001なら環境管理がしっかりされていることを保証するわけではありません」

班目助教授 「作られた物を保証しない・・・物を作った仕組みを保証する・・・なるほど、意味は分かりました。
となるとそのときの保証とは、どんな価値があるのかとなりますね」

佐川真一 「マネジメントシステムが規格に適合していることを、保証することが価値でしょう」

班目助教授 「自分の尻尾を追いかけている犬のようですね。購入者は規格適合の仕組みで作られたことより、仕様を満たした製品が欲しいのです」

佐川真一 「それは品質保証の長い歴史を理解していただく必要があるのですよ。第二次大戦のときです。日本がドーリットルを除いてアメリカ軍の空襲を受けたのは半年くらいですが、ドイツの場合は大戦中ずっと5年間の長きにわたり空襲を受けました(注2)
爆弾を落とされる方も大変ですが、爆弾を作り・運び・落とす方も大変です。一説には当時の爆弾の不発率(爆発しない割合)は10~20%といわれます。

B17爆撃機

昔見た映画で爆撃機のパイロットが『やっとの思いで運んだ爆弾の2割が爆発しない』と言うと、上官が『それなら2割多く運べ』と語るシーンがありました(注3)
それは実用的な解かもしれませんが、エレガントではありませんね。
でもって品質保証の出番です。

爆弾の不発率を下げることは重要な課題です。それで生産工程をしっかり管理する方法が考えられ品質保証にたどり着きます」

班目助教授 「品質保証? 品質を保証するのですか?」

佐川真一 「また翻訳のミスというか不適切な翻訳が関わります。原語はQuality assuranceで、その意味は『確約する』『確信する』です。ところが日本語訳はassuranceを『保証』と訳しています」

班目助教授 「なるほど、顧客を納得させる方法と理解すれば良いのですね」

佐川真一 「そうです。日本語の品質保証の意味ではないですね。ともかくそういう工学の手法を品質保証と和訳したわけです。
戦争が終われば戦時中に生まれた方法は産業界で活用されます。特に安全や異常が起こると被害が大きな航空、鉄道、インフラなどでその考え方が応用されました。

品質保証は社内だけでなく、サプライチェーンを遡って要求されます。部品、原材料、下請けなどは、複数ある客先ごとに異なる品質保証要求を受けて困りました。
それで品質保証の標準化が考えられました。品質保証の標準を定めたISO規格を『品質保証モデル』と名付けたわけですよ」

押田 「それってISO9001規格のタイトルですね」


注:ISO9001のタイトルは途中で改名している。
1987年~1994年
Quality system-Model for qualityassurance in design/development, production, inatllation and sevicing
2008年以降
Quality mqnqgement systems-requirements


佐川真一 「そうです、よくご存じで。
ISO9001が作られたときは、第三者認証ではなく二者取引用と考えていたことを忘れてはいけません。規格はそのままでは適用できないから、製品や取引に応じてtailoring(修正)して使えという注記が何カ所も書いてあります。

でも取引に応じてtailoringしたら第三者認証は互換性がない、だから細かいことは四捨五入した。それだけでなく一般的な品質保証要求事項はあるけれど、製品対応の品質保証には不足しているのです」

班目助教授 「不足ですか? 私には分かりませんが」

佐川真一 「計測器管理を例にとれば、校正期間を要求したり、校正は専門のところを指定することもあるでしょう。ISO9001ではそこまで細かく決めていない」


分類要求事項
調達先への要求事項技術的事項製品仕様に関すること図面・仕様書
製造条件に関すること工作仕様書
品質保証共通的要求事項ISO9001やISO14001で間に合う
個別的要求事項この部分を補う必要あり

注:ISO9001:1987の序文では上表のピンク部分を「技術的規定要求事項(the technical (product/service) specified requirements)」と呼んでいた。
序文の文章は表現が逆で「ISO9001規格要求は技術的規定要求事項にとって代わるものでもなく、補うものである」と記述していた。


押田 「ああ、そう言われると・・・。第三者認証は形だけということか。真に品質保証を実現しようとするとユニークなものになってしまう」


注:ユニークとは日本では通常「変わっている」「面白い」とか「個性的」という意味で使われているが、本来は「唯一無二」「ひとつしかない」という意味である。


班目助教授 「佐川さんはISO認証制度に大いに不満のようですね」

佐川真一 「不満というか効用がない、突き詰めれば存在意義がないと思います。
ISOMS規格は多々ありますが、すべて品質保証を基本としています。ルールを決めてそれを守らせる仕組みですね。それは正しい手法ですが限界があります」

班目助教授 「限界とおっしゃると?」

佐川真一 「一番の問題は、枯れた製品にしか適用できないことです」

押田 「それは仕方がないんじゃないですか。開発を標準化できるはずがない」

佐川真一 「現状のISO9001も14001も方法を標準化していませんよ。標準化したのは要求事項だけです」

押田 「ああ~」

佐川真一 「それと認証の取消と審査がリンクしていません。
審査の要求事項にないこと、例えば談合(カルテル)は法に反するから認証を取り消す対象であるという発想はおかしいでしょう(注4)

審査登録証には「これは遵法を保証しない」と明言してある。ならば談合をしても認証を取り消すのはおかしくないですか?
前回話に出たIBM社でも使い込みがあり公害も出している。だけど情報公開しているし、不正をしっかりと公表しているすばらしい会社と言われている」

班目助教授 「認証に関わらない違法があったとき、認証が取り消せるかは契約次第ですね。そもそもISO認証は国の制度ではなく民間の事業です。契約にないことを認証取り消しするなら民事訴訟は可能です」

佐川真一 「話が戻りますが、私はISO9001もISO14001も当たり前のレベルである。だから認証などするまでもないと考えています。
もっと意味があるULやCEマークのようなものに移らないといけない。ISO認証そのものが時代に合わないと考えています」

押田 「私も含めてISO認証ビジネスに関わる人にとっては非常に重大なことです。そうなりますか?」

佐川真一 「なるでしょうね。数年前から流行っているグリーン調達を考えてみてください。
20世紀は、ISO14001認証しているとか、植林をしていますなんてのがメインテーマでした。

今はそんなのどかで漠然としたものでなく、販売した製品の廃棄処理、具体的に言えばリサイクルをするとか、材料採掘で環境汚染をどう防いでいるかとか意味のある内容になってきました。

今EUではRoHS鉛規制とかREACHなどが検討されています(注5)。そして製品本体にはCEマークでしょう。すべて意味あるものでなければ永続することはできません。
認証の信頼性とは最低限、永続すると信じられることでしょうね」

山口 「あの~、佐川さんの話を聞いて変なことを思いついたのですが・・・
ISOは会社を良くするなんてのは、ISO認証の限界を知った人たちが救いを求めた妄想じゃないかと・・・」

佐川真一 「また、それはきつい発想だな。
有益な環境側面はまったくのお門違いと思うけど、ISOが会社を良くするという発想はそうとも思える。イワシの頭も何とやら」

押田 「皆さん、辛辣極まりない」

山口 「えっ、規格にない審査員たちの妄想で苦しめられているのは私たちなんですよ」

班目助教授 「なるほど、ISO認証ビジネスの外と中では、大きな認識違いがあるのですな」



うそ800 本日の作品へのコメント

本日のコンテンツは、自分の考えていることを全て吐き出した感じである。
ISO9001は他のMS規格のベースとなった。言い換えればすべてのMS規格は品質保証規格である。
私は品質保証ベースのマネジメントシステムの規格は意味がないと考えている。意味がないと言うと語弊があるが、それは一般論であるからだ。
私は製品の品質保証にはISO9001では大いに足りないという認識がある。他のMS規格でも同じだ。

具体的にはEU統合のときISO9001認証が必要と言われた。今はISO9001など口の端にも上らない。それは議論する以前の最低ラインだからだ。
含有化学物質規制に対応するには、そもそもISO9001レベルでなければならない。言い換えるとISO9001など要求しなくとも、禁止物質を含有させないためにはISO9001レベルでなければならないのだ。

現実を考えるとISOMS認証などどうでも良いというか、意味がないとも思っている。
各社がしっかりとユニークで有効なMSを構築し(認証など不要だ)、CEマークのように製品固有の対応を進めれば良いのだ。



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注1 参考:「英語で日本国憲法を読む」島村 力、グラフ社、2001年

注2 B29 日本の本土空襲が激化したのは1944年11月頃から1945年8月の終戦までの約9ヶ月間(マリアナ諸島からのB-29による空襲)。
ドイツは開戦翌年の1940年から終戦の1945年まで約5年間空襲を受けた。

注3 記憶が怪しいが、たぶん1990年の映画「メンフィス・ベル」だったかと思う。映画でなく小説の方かもしれない。

注4 この物語より5年後くらいだが2008年頃に理解できないルール・通知が複数出されている。いずれも現在ではウェブにない。
・「組織不祥事への認定・認証機関の対応について(組織不祥事対応検討会報告書)」08/03/14
・「JAB Notice No.05 組織による法的要求事項の意図的な違反と審査登録機関のよるQMS審査について」
・「認定を受けたISO 14001:2004 認証の一部としての法的要求事項の順守」

参考:法違反と認証について

注5 RoHS指令は2002年から、REACH規則は2006年から。
この物語の2002年頃は、各社共、その対応に右往左往していたときだ。




外資社員様からお便りを頂きました(26.03.26)
おばQさま 今回も大変参考になる内容、有難うございました。
私の認識も、ほぼ同じで「Certificaiton」とは「ある手順を定めて調査、試験を行い、定められた基準に従い適合性の判定を行う」と理解しています。
ですから、ISOに限らず、技術系のCertificaitonでもCTS(Certificaiton Test Specificaiton)という試験と判定基準を定めた試験仕様書が存在し、認証機関(ATL:Accreditation Test Lab)はCTSに従いCertificaitonを行う。
このCertificaiton Processが正しく運営されているかは、規格団体がATLに対して、定期的にAuditをするのが一般的です。
ですからAuditとは、Certificaiton Processが正しく運営されているかの監査だと言えます。

ISO認証(便宜上 Certificaiton=認証とします)に戻ると、本来は認証機関はISO17025で試験機関として認められているのですよね?
ですから、認証機関の名刺には普通 「ISO17025 accreditated」と書いてあると思います。

>certificationは「この物・ひとは特定の基準を満たしたと認めた」
まさにその通りで、この論理はISO17025で認められた試験機関が、ある手順(顧客には認証前に公開されているはず)に従い、判定して「特定の基準を満たしたと認めた」のがISO認証となります。
ですから、おばQさまがお書きような問題のあるISO審査や判定があるとすれば、認証機関はISO17025が求める「公平性(impartiality)」に照らして問題がないかを常に確認し明示できる必要があります。

JIS和訳では公平性の注に「利害抵触がないこと,偏見がないこと,先入観がないこと,中立,公正,心が広いこと,公明正大,利害との分離,及び均衡が含まれる」とあります。
もしISO認証の意義があるとしたら、むしろ認証機関側を保証するISO17025ではないかと思っています。
というのも、国際的な計量や測定については、ISO17025を取得した試験機関でなければ、海外で認められません。
計測器の校正、放射性物質の測定結果、残留物質の濃度 などのデータで、海外との取引や輸出入での証明の場合、ISO17025でILACで認められた試験機関でなければ、認められないのが一般的だからです。
だからこそ、各国の試験機関はISO17025の順守について厳格で、特に公平さについては敏感です。

お話に出てくる問題のある審査員や認証機関は、自らの行動で、ISO認証の価値を下げてしまった。
「会社を良くする」なんて利害にかかわらず、本来の「公平性」の原則に立ち戻るべきだったと思います。

外資社員様 いつもご指導ありがとうございます。
JABはISO規格をJABの文書に書き直しているので、ちょっと見ただけではISO規格とJAB基準の対応は分かりません。ただMS認証機関の認定にISO17025は引用していません。
ISOMS認証機関はISO17011らしいです。マネジメントシステム認証情報をご覧ください。

ISO認証では、認定機関は規格解釈には踏み込まないようです。規則で決まっているのかどうかは知りませんが、認証機関のおかしな解釈に認定機関が異議を付けたというのは聞いたことがありません。
ISO17025ではどうなのでしょうか?
ISO認証機関には「認証業界の恥部」とか呼ばれていた認証機関が実在しますが、そういうことに指導などがあったとかは聞きません。
少なくても規格解釈をしっかりさせれば大分違ったとは思います。
まあすべて過去ですね。もう認定作業にPDCAを回すなど時期遅れでしょう。
世は既にISO認証などを超えて意味のあることにフェーズは変わっていると信じます。


わずー様からお便りを頂きました(26.03.26)
今回はとても考えさせられました。
普段使っている用語の濫用によって社会を揺るがすこともあるのだなぁ、と(ちと大袈裟)。
私にとって今回の肝は「認定」に尽きます。誰がどのようにこの用語を使っているかによってとんでもない裁量が生み出されてしまう可能性(虞ともいう)があるのだということに気づかされました。
歴史的湾の例は「認定」機関の「認定された」審査員が「認定する」ことができると一方的宣言しているだけ、と解釈しました。違ったら訂正おねがいします。
いやー、朝から頭を使う回でした。楽しかった!

わずー様、いつもお便りありがとうございます。
歴史的湾とはそんな深遠な意味はありません。湾という呼び方はルールはなくその地域で呼ばれていれば湾なのです。ただお金とか権利とか絡むとそう簡単ではありません。通常湾と呼ばれる両端が24海里以内であると、その湾は領海となるそうです。
しかし昔から俺っち海だと言っていれば、条件を満たさなくても、その湾は歴史的湾と呼ばれ国際法で領海とみなされる。
昔から「認定」と言っていたなら「認定」なんだろうという意味でしかありません。単なるダジャレです。誤解を招いたならごめんなさい。
言いたいことは、ISO規格とか審査でいい加減なことを言う審〇員が多く、言ったもの勝ちとか、審査員が「私が言うのだから間違いない」とかいう審査に私は悩まされてきました。
そういうのはいけないな、語義はしっかりしてほしい、嘘はつくなよというのが趣旨です。
またお便りください。





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