タイムスリップ172 中越地震1

26.06.01

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。

注2:タイムスリップISOとは

注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。



2003年の正月も過ぎた。
奥山総務大臣名で新潟県知事、N市市長、Y村村長が呼ばれた。皆、何事かと思いながら3人揃って上越新幹線で上京する。


上越新幹線上越新幹線

訪問先は皇居の桜田壕近くの、総務省が所在する中央合同庁舎第2号館である。
案内された会議室には、奥山総務相が上席に、N市とY村を含んだ選挙区選出の国会議員を始め数人の国会議員、数名の官僚らしき者が座っている。


今回の登場人物
(今後災害発生予定の)被災地首長政府側
御尊顔職位御芳名御尊顔職位御芳名
平田知事新潟県知事平田奥山総務相総務大臣奥山
鈴木市長N市市長鈴木森官房長官官房長官
長田村長Y村村長長田山田危機管理監内閣官房
危機管理監
山田
今村〇〇大学
理学部准教授
今村

山田危機管理監 「内閣官房の危機管理監の山田です。本日は中越地震対策会議にお集まりいただきありがとうございます。
では会議を開催いたします。まず主催の奥山総務相からのご挨拶をお願いします」

奥山総務相 「奥山総務相です。一昨年の中央省庁の再編で自治省の大部分が総務相に編入されました。そういうわけで以前自治省が担当していた事務の多くが総務相所管となりました。

『昨今、災害が多い』というのは聞き飽きたでしょう。実際に災害が増えているのかと調べると、災害の元となる台風も地震も、実は時ととも変っていないらしい(注1)

異常気象というが温暖化したり寒冷化したりも過去より繰り返している。戦国時代は寒冷化で起きたというのは定説だ。
最近の地球温暖化問題は、人間の活動で温暖化が加速され、自然由来の温暖化より急速だということを問題にしている。

だが同じ自然現象が起きても、その影響は文明によって産業によって影響は大きく変わる。
移動する手段がないとき、火山が爆発すればそこで死ぬしかない。小舟でもあれば逃げることができる。火山の爆発を予知できれば、予め爆発前に新しい場所に移り住むこともできる。

まあ、余計なことを言ってしまったが人間は知恵を持っているのだから、自然災害が起きることを事前に把握して対処できるように進歩していくと期待している。

新潟県南部から能登半島あたりは過去より地震活動が活発な地域です。現在、予想されている地震の対策についての検討を皆さんに報告させていただき、考えてもらいたいというのが本日の趣旨です。
よろしくお願いします」

山田危機管理監 「まず概要を説明します。
内閣官房内に首相の指示により昨年M研というものが設置されました。ここにいらっしゃる今村先生を始め、地震予知、気象予報、事故予測などを研究されている方が予知された災害などに対して、立法あるいは行政として対策を検討するものです。

研究会ですから、今現在、予測も対策も未確立で試行錯誤の段階です。
ではありますが、今まで2002年から台風災害などで実績を積んでまいりました。
この度、直近の大きな災害として中越地震について対策を考えております」

平田知事 「質問です。このメンバーが呼ばれたことから、中越地震が予知されたということでよろしいですか?」

山田危機管理監 「そうです。地震発生推定は2004年10月23日の夕刻です」

平田知事 「オイオイ、発生日だけじゃなく時刻まで分かるのか!」

山田危機管理監 「では〇〇大学の地震学の今村准教授に説明をお願いします」」

今村 「〇〇大学の今村です。地震発生を予知した者です。
私はいつどこを震源に地震が起きるかという地震予知のを研究しております。しかし被害が発生するのかは分かりません。あらかじめそれはご了承ください。

地震の起きたところ、つまり地中の地震の起きた場所を震源といいます。そしてその真上の地表の場所を震央と言います。それは間もなく合併でN市に編入されるK町(注2)です」

鈴木市長 「それは本当ですか? それにしてはK町町長が呼ばれていませんね」

今村 「科学ですから、本当とか100%とは言えません。ただ過去数年間予測した結果から地震発生は99%間違いないでしょう。
話は途中でして、K町は震央、要するに震源地の真上です。しかし地盤や地形の関係で、その場所が一番揺れるとか被害が大きいわけではありません。

がけ崩れ

地図でしか見ておりませんが、山々とか土地利用から考えて、一番揺れが大きいのは震央のK町ですが、がけ崩れなどが起きるのは山間部のM村であると推定されています。
それは地震学でなく防災の先生方による検討結果です」

長田村長 「私の村ですか・・・確かに山間部というだけでなく、高くはないが急傾斜の尾根と谷の重なりですねえ~」

山田危機管理監 「今村先生は地震学の切り口ですが、私は防災の切り口で申し上げます。
地震により、M村と周辺の町と結ぶ道路が切断されてしまいます」

長田村長 「それはどういうことでしょう?」

山田危機管理監 「災害が起きて道路が遮断されると逃げ場がないということです」

長田村長 「道路が遮断されたなら交通は途絶しますが、元々、自給自足の村ですから、道路が復旧するまで2週間くらい周辺と連絡がつかずとも暮らすことに問題はありませんよ」

山田危機管理監 「長田村長、それは住まいの安全や電気、水道などが生きているならでしょう。
住まいも牛舎も作業場も崩壊して、もちろん電話も電気も水道も井戸さえ枯れたらどうでしょう?
炊事するにも今でも台所に(かまど)(注3)がある家などありますか。ガスとか電気ではありませんか?」

長田村長 「そりゃ困りますね。だけどそういうことは、今までなかった」

山田危機管理監 「震度と山の斜度から推定して、村が外部とつながる道路はすべて途絶、村内の各集落間の交通も不可と予想されます。自動車が走れないというだけでなく徒歩にても連絡できなくなります」

長田村長 「村外とつながる道路は1本ではありません。車が通れるだけでも8つくらい道はあります」

山田危機管理監 「村長、大丈夫と思いたいお気持ちは分かります。人だけ通れる道なら更に何本もあるでしょう。
でも地震によって起きる山崩れによってすべてが不通になることを想像できませんか。なにしろ村内の集落間の道路も皆不通になるのです」

長田村長 「それは想像ではないのですね?」

山田危機管理監 「推定ですから断定はできません。集落の一部に地盤の強固なところがあるなら、そこだけは残るかもしれないし、山の斜面が雪崩のように地表数メートルが滑り落ちるなら集落は全滅するでしょう」

長田村長 「何も手を打たない場合はどうなりますか?」

山田危機管理監 「初冬の夕暮れですから、皆大怪我もなく損壊した家から脱出して死傷者がなかったとして、母屋も納谷もすべて崩壊して、暖もとれず・・・
集落で声を掛け合い一番まともな家に身を寄せるしかないでしょうな。

隣接する市町村も地震の被害は大きいでしょう。法律に基づき県が主導して、対策を取るわけですが、まずは目に見えるところから手を打つでしょう。
被害連絡のこないところへの調査隊派遣は、目の前が終わってからになるでしょうね。気がついたときに自衛隊に調査を依頼するか」

平田知事 「もちろん県は、直ちに各地域振興局に被害調査と救助を命じます」

山田危機管理監 「今村先生の予知された日時をお調べになりましたか? 土曜の夕方です。県は職員に連絡をとることができますか? 職員たちも家族の安全が第一ではないですか。

もうひとつ気づいてほしいのですが、平田知事の任期は10月までです。平田知事は既に4戦目に立候補しないと伺っております」

平田知事 「それは既に公表しておりますから、各党が候補者を擁立して選挙戦になるでしょう。選挙日程はもう決まっています」

奥山総務相 「それは我々も確認済だ。平田知事は地震前日の金曜日に県庁を見送られ、後任者は翌週の月曜日就任になる。
自治体の首長交代に伴う空白のために、救助が遅れたと言われないように対処することが必要だ」

平田知事 「おお、確かに、日時が偶然の一致ですね。そういう事情もあるのか」

長田村長 「発言します。
地震発生は間違いないとしましょう。それで政府として言いたいことは何ですか?
今まで伺った話では、大きな地震が起きてY村は崩壊してしまうと聞こえます。じゃあ我々は何をすべきなのですか?」

奥山総務相 「先ほども申しましたが、地震の予知、台風の予報などを基に、被害を少なくするため県知事の要請前に出動準備をするトライアルは何度もしてきました。しかしそれでは犠牲者を大きく減らすことはできませんでした。

当たり前ですね。被害が出てから出動しては被害を大きく減らすことはできません。それで今考えているのは地震なら起きる前、台風なら来る前に避難させる方法です。

今回予測される地震では、Y村が交通途絶になると予測される。家もなく暖も取れないなら高齢者、乳幼児に死者が出るおそれは多分にあります」

長田村長 「どうするんですか?」

山田危機管理監 「まず、地震発生してから消防や自衛隊が出動するのでは、対応が十分とれないだろうということです。実際にシミュレーションをしております。地震にY村のアクセス路がすべて途絶したときどうするか。ヘリコプターによる救出しかないという結論でした。

山崩れによって道路の寸断だけでなく川の流路も変わり、自衛隊の戦車や斥候のオートバイでさえ走行不可という結果でした。
3,000名の村人を、救出する方法はヘリだけです」

長田村長 「ヘリでの救出は可能なのですか?」

ヘリコプター

山田危機管理監 「可能でした、シミュレーション上では。
現実には予めヘリポートの確保、各集落への救助の伝達、ヘリコプターの移動を手配しておくことが必須であり、また夜間の安全上の問題が課題です。

自衛隊だけでは間に合わないので、近隣県への警察ヘリ、消防ヘリの協力要請が受け入れられた場合です」

長田村長 「言いたいことは分かりました。何もせずに地震を待つ危険を冒すよりも、地震発生前に住民に因果を含めて避難を行うよう手を打てということですな」

山田危機管理監 「そう言っては身も蓋もありません。我々は自分たちが楽しようとしているわけではありません。
自衛隊だって人の子、安全第一で無理をさせたくない。ヘリポートと言っても学校の校庭や平らなところを見つけて設営するわけで、仮に電線一本残っていてローターに絡まればヘリは墜落です。そんなことはさせたくない。

避難所 また避難者を体育館に押し込めたくない。昨今の災害では体育館などを避難所に使うことが多くなっていますが、避難所生活で高齢者が体調を壊して亡くなるケースも増えている。

村から寒さと恐怖で逃げていくより、地震発生の二日前くらいにバスで脱出する方が、安全で快適なはずです。もちろん行先は体育館ではなく、予め建設しておく被災者住宅です」

長田村長 「それならバスではなく自家用車で避難したほうが良いですね」

山田危機管理監 「もちろんそれでもよろしいです。それは話の本質ではありません。
どのような対策を取っても、地震が来るのは変わりません。我々の提案は、地震発生を待つのではなく、積極的に地震時の被害防止のため、できることをしようと考えています。もちろんY村だけでなく中越地方全域でです。

話を戻します。長田村長はそれで政府として言いたいことは何か?と質問された。
言わせてもらいます。
前提として、我々は地震発生日時が信頼できると考えています。
その日前に、被災地の住民が住めるような住宅を用意し避難してもらうようにしたいのです」

平田知事 「それは今後すべての地震対応ということですか?」

奥山総務相 「本日の対象である中越地震は激甚災害指定される見込みです(注4)そういう地震を対象と考えています。一つの市町村内で対応ができる規模は、対象外と考えています。

本日お見えになったお三方へのお願いは、住民に大地震が来る、Y村は壊滅すると予測されている、よって予め避難住宅を建設するから、地震前に転居してほしいと説得すること。
仕事については、特にY村は農業と錦鯉養殖が基幹産業であり、それは気候条件もあるだろうから転居してもできるというものではないと考えている。

今後の復旧については、要するに山崩れとか道路が破壊されたところ等を復旧するのか、新たに村を建設するのか、あるいは放棄するのかというのは地震後に状況を見て判断したい」

長田村長 「それは村を捨てるという選択もあるわけですね」

奥山総務相 「可能性としてはあります。今村先生の話にもありましたが、山が崩れるだろう、それも一つの山が崩れるのではなく山脈ごと崩れるかもしれない。崩れたことで堰止湖ができるかもしれない。
それは今予測できない。地震が起きてみなければ分かりません。

そんなこんなで復旧するのに仮にY村で1,000億とかかかるなら、国家としてはそれをせずに、被災者に支援金を出して新しい人生を始めてもらいたい。支援金も復旧工事も被災者が頼るべきものだが、同時にそれは国民の税金だ。住民一人に1億出せるのかという疑問は持つべきだ。
長田村長、あなたも為政者(注5)なのです」

長田村長 「年配者の中にはいろいろあるでしょうね。
まず何百年も続いた村だから、今になって地震で崩壊するとは思えないこと
闘牛や錦鯉は簡単に場所を変えるわけにいかない
代替地が入手できるか。
1億の話は・・・理解はできても説得は難しいでしょうね」

平田知事 「長田村長と市長は、この資料をよく検討してほしい」


注:合併の予定日はまだ1年も先で地震の起きてからになる。将来の復旧の負担を考えると被害の少ない市側は合併を止めたいと思うかもしれないが、地震が起きるから・起きたから、合併解消という話はあり得ないだろう。


奥山総務相 「まず今まで話したことはまだ話の半分だ。
中越地震と呼ばれる地震はY村だけに被害を出すわけではない。県知事も市長もその全体を考えなければならない。
我々が最初に提示したY村は、村全体が全滅の恐れがあるということであり、Y村以外では死亡者あるいは崩壊する家々が出ないのではない。

いや、正しく言えばY村の死者よりも、周辺のK市やT市、合併前のN市での死者や負傷者が多いかもしれない。
繰り返すが最初にY村を取り上げたのは、そこに手を打たないと、その地区は全滅するかもしれないからだ」

平田知事 「本日のご趣旨は分かりました。村長、市長と私で検討を深めます。
更なる検討会が必要と存じます。次回は現地視察を兼ねて行ってはいかがでしょう?」

山田危機管理監 「それはアイデアですね。2週間後くらいまでにその日程を決めたいと思います」




新潟からのメンバーはそろって上越新幹線に乗る。


平田知事 「本人だけで来いという意味が分かったよ。こんな大問題がうかつに漏れたらとんでもないことになる」

長田村長 「とはいえ対象者全員に理解して納得してもらうには情報公開が必要です」

鈴木市長 「でもすべての村人に周知するとは可能ですか? 何割が事前に避難するというか? へたすると、これを機会にと都市部へ移住してしまうかも?」

長田村長 「逆に避難しない人もいるでしょうねえ~。地震が来ないと考える人、故郷で死んだほうが良いと考える人」

平田知事 「避難しない人をどう扱うか?」

長田村長 「避難しないのを選ぶ自由もあるでしょうね。救出が来ないことに納得してもらえれば」




新潟からの参加者が去った内閣官房である。


奥山総務相 「初めから手の内を見せたのはまずかったか?」

山田危機管理監 「どのみち悲劇を回避するためと、釘を刺しておかないと意味がありません」

森官房長官 「いずれ未来を知っているなら行きつくところは決まっている。そこに到達するようにすこしずつ段階を進めるトライアルは必要だ。
あの話で尻込みするなら、首長たる資格はない」

奥山総務相 「まあまあ、次回を待ちましょう」

山田危機管理監 「しかしこれはある意味、責任を、自治体の首長に投げたということです。
仮に避難しない人がいて、首長がそれを認めたとき、国はOKしますか?」



うそ800 本日の言い訳


この場合、まったく未来の出来事を知らないで実施させることは強権があれば可能かもしれないが、納得はさせられないだろう。
では未来を示せば納得するかとなれば、納得させることができても人を動かすことは、それだけではできないかもしれない。

なにしろ人は疑い深いし、利害だけでは動かない。地震が来ることに納得しても、その地震で故郷が破壊されないかもしれないし、収用された土地が後に値上がりするかもしれない。

それに正常性バイアスというのがある。事件や事故に直面した際、自分や周囲の心をパニックやストレスから守るために、無意識に「大したことではない」と過小評価して平静を保とうとする心理状態のことだ。
人間は複雑で簡単には動かすことはできない。



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文末脚注
  1. 「昨今、災害が多い」というのは企業などの環境担当者の挨拶になっている。皆が語るなら事実かと言えば、そうではない。
    災害死亡者数左図は過去35年間の災害死亡者数の推移である。
    阪神淡路大震災と東日本大震災の犠牲者数があまりにも多いので近似線作成からは除いた。
    若干増加傾向であるが、昨今災害が多いというには当たらないと思う。
    マグニチュード7以上地震回数
    マグニチュード7以上の地震は過去35年減少傾向である。もちろん東日本大震災のような巨大なものが発生している。
    台風発生・上陸数
    台風は発生数、日本上陸数共に減少傾向にある。
    なお大雨、強風のランキングに入る台風は、近年は少なく1960年代が多い。

    数値の出典は下記の通り。筆者がグラフ化した。
    地震年表
    内閣府防災情報
    東日本大震災以降の震度6弱以上の地震


  2. ・新潟観光ナビ 震央メモリアルパーク


  3. かまど 煮炊きするための火を囲む台。通常は土間に土を盛って作られる。竈に火を燃やし、その上に鍋や釜を置き煮炊きする。

    我が家は農家でない一般家庭だったが、この絵のように私が高校生のときまで竈でご飯を炊いていた。だから弁当のご飯にはおこげがあるのが当たり前だった。

    マッチから薪まで火を移すのは技能が要った。焚き付けから薪に移るときとか火力を上げるには、絵のように火吹(ひふき)を使っていた。
    そんな昔ではない、1960年半ばのことである。


  4. 中越地震は正式に「平成十六年新潟県中越地震による災害についての激甚災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」 として閣議決定され、同年11月26日に公布・施行された。


  5. 為政者の範疇は、通常、内閣のメンバー、自治体の首長(知事、市長、村長)、立法府の構成員(国会議員、地方議員(都道府県議会議員、市町村議員))とされる。







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