注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
2003年12月 今年最後のM研の集まりである。
| 今回の登場人物(M研メンバー) | ||||||
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| 御芳名 | 佐藤議員 | 鳥海議員 | 遊佐議員 | 伊藤事務官 | 佐川秘書 | |
| 所属 | 安部派 M研幹事 |
森派 | 奥山派 | 内閣官房 | 森官房長官 | |
| 職務 | 国会議員 | 公務員 | 政治家秘書 | |||
「今年は何回かトライアルができたというか、チャレンジしたが、1年を振り返って皆さんの感想を話してください」
「まず十勝沖地震は大成功だったね。トライアルを繰り返した過程で経験を積み学んだというべきか。大きな成果があった」
「かっこよく言えば、過去のトライアル結果を反映して、十勝沖地震では行政の説得、現場での対応方法が確立したということですか」
「そんなかっこいいとか、体系的なものじゃなくて、道知事を始め被害想定地域の首長たちが、週刊文秋で叩かれたのを見て、九州の失敗をしないようにと言われたことを守ったからじゃないですか」
「シニカルに見ればそうでしょうけど、地震予知が信用されてきたということもあるでしょうね」
「台風もあるし景気とか為替もあるから、地震予知でなく災害予知というべきかしら。
でも今はまだ運用というか法的には、国交省とか総務省からの『情報提供とお願い』なのですよね。また自衛隊の災害事前派遣も法律に明記されてないですし・・・・・・ここはしっかりと法制化すべきです」
「そうそう、国会で民衆党から質問がありました。九州で避難を強制したと追及されましたね。違法だ追求しました」
「アハハ、国交相の林オバサン、あなたの選挙区では避難を強制はしませんと言ったら、国会の質問中に国会放送を見た地元民から、質問した議員に抗議の電話が殺到して取り下げたって報道されたわね」
「人権は大事だけど命を助けることが最高の人権保護だろう。緊急事態に相手を丁寧語で長々説得する時間はないよ」
「そんな暇がないから緊急事態というんだ」
「世の中には問題がいろいろある。目先のことしか見えず、先が見えない人が多いし、国会で相手を叩けばよいと考えている議員がいる。
国会議員なら、立場をわきまえて、揚げ足取りとかケチをつけるのを止めて欲しい。議員として、社会を良くするために何をすべきかを考えて欲しいものだ」
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「では皆さんから感想や意見が出尽くしたようです。本日出されたご意見をまとめて皆さんに送付したします。M研は来年も続きますから、お正月はそれを読んで考えておいてください。
そうそう2004年のイベント集も添付します。中越地震がありますよ。
他にお話がありましたら?」
「私から、経産省の会議で新しい国際規格が作られるというお話を聞きました。元はイギリスのPAS56(Guide to Business Continuity Management)
ゆくゆくISO規格・・・国際規格というものになるようです。
で、経産省の担当者の話では、防災にもそれが使えるのではないかということなのです。
我々も佐川さんの予知に頼るだけでなく、今後一般化というか体系的な防災手法を構築しなければならないと思います。そのときPAS56の考えが使えないかと思うのです。
その勉強会をしたらどうかと思います」
「そういう規格があるとは知りませんでした。その仕組みを作れば災害が予知できるのでしょうか?」
「さあ、私も知りません。経産省にその規格をどのように国内に取り入れるか検討している人間がいますから、声をかけてみましょう」
佐川は事業継続マネジメントと聞いて、思い出した。
ISO22301がISO関係者の口の端に登るようになったのは2003年末、つまり今だ。佐川はもう議員秘書に出向して2年近く経ち、企業でのISO対応状況の情報とは縁が遠くなっていた。
PASはガイドだが認証規格としてすぐにBS25999というものができ、また情報セキュリティはそれから独立してISO27001として作られた流れになっていくはずだ。
日本では事業継続ガイドラインというのが2005年頃作られるが、それはIT関係だけだったような気がする。いや、ほとんど忘れている。なにせ佐川にとっては30年も前のことだ。
佐川がそんなことを考えているうちに話は進んでいて、来年1月に経産省の事業継続マネジメントを担当している人に来てもらい、話を聞くことが決められていた。
佐川としても別に反対することもない。防災に役立つとは思わないけど、
リーダーの佐藤議員と山田危機管理監から、来年も頑張ろうと締めて解散した。
佐川は事業継続マネジメントについて、会社のスタンスはどうなのか、山口に聞いてみようと思う。
それに佐川は出向の身分だ。年末だから人事取扱い上の上司である吉井部長に、挨拶に行かねばならない。
特段急ぎの仕事があるわけではない。吉井部長に『年末の挨拶に伺いたい。ご都合の良い日時を』とメールする。
その日、退庁する前にメールボックスを見ると、既に『年末はどこにも行かん、好きな時に来い』と返事が入っていた。
明日の午後伺いますと返信する。
翌日、昼飯を食べると吉宗機械の本社まで行く。丸ノ内線を使えば霞が関から大手町まで10数分だ。普段何も考えずに乗り降りしている地下鉄駅が、1995年のサリン事件の舞台だったところだ。そう思うと緊張する。
事業継続マネジメントなんてものが、ああいった事件にいかほど効果があるのか・・・・・・どう考えても効果などなさそうだ。
私は田舎で働いていたとき作業指導などで出張が多かった。それで地下鉄サリン事件が起きたとき考えた。なにか防護するものを携帯すべきだと。
頭部全体を覆うのは犯人と間違えられそうだし、吸収缶付きのガスマスクでも大げさかなと思い、塗装職場に行って活性炭マスクを数枚もらってきた。そしてそれを出張のときはいつも携帯していた。
| 頭部を覆うもの 皮膚浸透する毒ガスもある | スキ間なくズレない 塗装作業など | 簡単で目立たない 通常の塗装作業用 |
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単なるマスクでなく活性炭が入っており毒成分を吸着する |
| 効果は形ではなく、吸収缶の中身次第だ。 | ||
環境部の部長は相も変わらず吉井さんである。そして山口がいる。
吉井部長は山口を呼んで、三人で小会議室に入る。
「佐川もこの先いろいろあるだろうが、まずワシのことを知らせておく。
わしも56歳になり役職定年だ。取締役にはなれないから、どこに行くのか考えているところだ」
「吉井さんのような経歴でしたら関連会社の取締役役員でしょう?」
「そんなところだろうな。わしは実行部隊を指揮した経験はないので、経営者よりスタッフが向いていると思っている。
とはいえ、こちらの希望じゃなくて、人事なり関連会社が欲しいと言ってくれないと、行くわけにはいかない。
佐川がこちらに戻るなら、交代して官公庁に出向も面白そうだが」
「官公庁は単なる上下関係でなく身分が違うのですよ。国会議員は選挙で選ばれますので、基本、官僚は彼らの指示に従い企画し実行し後始末をします。
そこに出向すると、人を使うことはまずなく、使われるだけです。それも自ら手足を動かす担当者です。職制上ではないですが、実質的に私の上長である山田危機管理監という方は、元警視総監で職位としては大臣の次の次くらいです。しかし部下はなく、実質的に自ら仕事をしています」
「なるほどな、省庁でやりたいことをしたければ、国会議員になるしかないのだろう」
「実は私は公務員ではなく、身分は議員の個人秘書なのです。
元々は、省庁に出向すれば議員の指示に従わなければならないということで、秘密のある私は公務員になれば質問された場合まずいだろうと、保守政党の議員の私設秘書となっているのです。名前を上げると森官房長官です」
「お前も苦労しているわけだ」
「アハハハ、苦労はしてませんよ。工場で尾関工場長(第7話)にイジメられていたことを思えば、気楽なものです」
「ところで佐川の方はどうなんだ? つまり今後の話だ。今日来たのはその件だろう?」
「今現在、私の人件費は100%当社負担ですから、受入側に不満はないのですが、私も出向している身で定年は当社の60歳です。私は52歳ですから吉井さんより4歳下になります」
注:このお話は今2003年である。この時代はまだ定年60歳が大多数を占めていた。もちろん定年後、嘱託(それまでの賃金の5掛けくらい)として数年雇用するのも一般的だった。
だが出向した場合、嘱託扱いして出向を続けるというのは会社のメリットもなく普通はない。出向元を定年退職して出向先で雇用してもらえばハッピーということになる。
だが出向先が官公庁とか政治家の秘書ではそれはないだろう。
「4つ違いなら、まだ8年もあるぞ」
「そうでもありません。現状でいれば受入側はタダで使えるのですからハッピーで、60までこのまま行ってしまうでしょう。そのとき官房長官が自腹を切って私を秘書に雇うことはないでしょう。
そうなると、60になった時点で定年で解雇になれば出向先がありません」
「そういうことか。そうだな~、関連会社に行くなら、最低定年まで社内で仕事をしていて、そのつながりで出向という形がないと難しいだろう。
おっと、そういうことで戻してくれということか?」
「そこまでは言いませんが、なにかアドバイスがいただけるならと思いまして」
「ワシがコンサル会社にでも行くなら、お前を雇っても良いが・・・どうなるか分からんなあ~」
「脇から口を出しますが、新しいISO認証支援などはいかがでしょう。
柳田企画という関連会社を覚えていますか?(第47話)
あそこも仕事はあるのですが、認証指導ができる人がおらず、撤退を予定しています」
「佐々木さんや片岡さんは引退したのですか?」
「あのお二人は、今年定年のはずです。
定年後も柳田企画で雇用してもらいISOコンサルをされると聞いていますが、後継者がいないのです」
「行先のない部長級はいくらでもいるだろう」
「佐川さんクラスがいません。社内で教育してくれる人がいないのです」
「彼らだってもう5年もISO認証指導しているだろう。なんで後継者教育ができないんだ?」
「さあ、どうしてなんでしょうね」
「早い話、彼らが教育する時間がもったいないから、それを当社にさせようということだろう」
「正解です。あるいは佐川さんを受け入れることを予定しているのかどうか」
「ISO認証指導か・・・・・・審査員との戦いに日々、再びですか、アハハハ」
「柳田企画で良いなら、話を付けるぞ。そうだとしても、やはり定年になったときすぐというわけにはいかない。少なくても定年の二年前には今の出向先から戻して、それから定年までの柳田企画の窓口でもするかだな」
「それと今ではISO9001とISO14001では足りないのです。
雨後の竹の子のように、新しい認証規格ができいてます。
「実は行政でISO22301が必要かどうかという話を聞いている」
「それって事業継続マネジメントとか言われているものですね」
「そうそう、それについて情報があれば教えて欲しい。
認証しようとしている企業があるのか、当社ではどう考えているのか、規格は役に立つ内容なのか、認証する意味があるのかどうか」
「佐川さん、それってみんな私が知りたいことですよ。
実を言って、佐川さんなきあと、この会社で新しいISOMS規格が出たら、それに対応するのは私と目されていまして、困っています」
「何を困るのか? 期待されることは誇りでうれしいだろう。なによりも失業の心配はない」
「最初の品質は、まあ生産技術にいましたので持っている知識で何とか理解できました。環境もその延長ですか。
でも情報セキュリティとか食品安全とかになると、規格だけではなんともはや・・・
専門知識と従事経験がないと手におえません」
佐川は山口の話を聞いていて、会社に戻ってもする仕事はあるようだと思った。ISO認証が1994年に始まってまだ7年、知識と経験のある人がそんなにいるわけがない。ISOと離れてまだ2年だ。
しかし・・・・・・事業継続というISO規格ができたとして、それが事業継続に役に立つものだろうか?
例えば災害が起きたとして、建屋が損壊したとか電気の供給が半月止まるとかなら、わざわざマネジメントシステムを考えるようなことではない。だが一地方の道路網、鉄道網、送電線が断たれたとして、製造を復活するなんて仕組みがあるとは思えない。
佐川は東日本大震災を経験しているから、事業継続マネジメントシステムなるものがISO9001などの延長上に作れるとは思えない。そんなもの作っても役に立たないゴミだろう。
実際、これから起きる東日本大震災の前に、事業継続マネジメントの認証を受けた企業が数社あったが、その会社(s)が認証によって、あるいは認証を受けたレベルであったことで、周辺の他社より復旧が早かったとか、復旧にかかった費用が安く済んだなんてことがあったのか?
佐川には事業継続マネジメントの認証がなんの役にも立たないと思う。
佐川は元勤務していた吉宗機械の福島工場を思い描く。地震が起きたときには、佐川は副工場長のいじめで既に退職していて、上京し別の会社に勤務していた。だから吉宗機械とは円はなかった。
しかしお盆やお彼岸には田舎に帰っており、昔を思い出しては福島工場の周囲を歩いたりしていた。前の歴史ではその副工場長は犯罪者になることもなく、順調に偉くなって本社に行き既に退職していた。
ともかく、福島工場は鉄筋コンクリート造りで地上2階建てだったが、東日本大震災ですべて崩壊してしまった。ただ皆避難できて負傷者はいなかった。
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| 桜庭さん |
棚を壁に固定するというのは、どういう意味か知らなかったと桜庭さんは言う。しかしそのとき固定されていない棚はすぐに倒れるけど、鎖で繋いでいたり、壁に固定されているとグラグラしてもすぐには倒れない。倒れるまで5分でも耐えてくれれば安全に避難できる、そのために棚を固定するのだと分かったという。
非常持ち出しなんてしたの? と聞くと、アハハハと笑った。生きる死ぬというとき、大事な図面と言っても、自分の命より大事じゃないという。
そういえば元居た職場では、引率者とか電源確認とか役割を決めて、非常持ち出しというのに、庶務の人を指名して何かないかと考えて会社規則のファイルを持ち出すことに決めたことがあったのを佐川は思い出した。余計な仕事を作ってそれを持ちだそうとして亡くなったら責任問題だったと苦笑いする。
事業継続マネジメントも似たようなものだろうなと思う。
本日の思い出
東日本大震災後に、昔、勤めていた会社を見に行ったことがある。
既に退職して社員じゃないから中には入れないが、周囲の万年塀は崩れて、代わりにきれいなフェンスになっていて、外から中が良く見えた。
私が働いていた当時の建物は一切なかった。私がエライサンから整理整頓が悪いと叱られた危険物屋内貯蔵所は更地になっていた。
工場内の舗装道路もまったくコースが変わっていたし、構内の電柱の配置も違う。
地震のおかげで更地に立て直しができて良かっただろう。
その後、元環境部門の同僚に会って話をしたが、地下水汚染は井戸から地下水をくみ上げて浄化していたが、少しも改善しなかった。
地震で建屋が崩壊したので、さっさと除染が終わりましたと笑っていた。
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